ポコピン亭

ポコピンの日々の記録と東方緋想天の戦いが綴られていきます。多分。

目をくいしばれ!!byケロロ軍の一人

2008-03-14 | ポコ日記
ども、最近やたらと睡眠時間が長いような気がしてならないポコピンです。
こんばんは

おかしいな、夜に10時間ほど寝て昼に6時間ほど昼寝しているのにまだ眠いとはいったいどういうことだ
もう冬眠の時期はすぎようとしているというのに・・・
・・・遅めの冬眠時期到来だろうか。ふむふむなるほど。
とりあえず眠いんだってばヽ(`д´)ノコーヒーでも飲むかチクショウ

というわけで今日(13日)は朝から家の掃除をば
部屋の布団を干して~
台所を掃除して~
邪魔なゴミとはるか昔からあるインスタントラーメンの粉末も全て処分して~
片っ端からごしごし磨いて~
掃除機掛けて~
干してた毛布が落ちて_| ̄|○
無くしたと思って諦めてたものがいまさらでてきて_| ̄|○
もう二度と着ないであろう服とかの処分に困って_| ̄|○

とかしている間にお昼に(´・ω・`)ネムタス
それからお昼ご飯にペペロンチーノ(?)を食べてから相棒が来るとか言うのでネトゲをしながら2時間ほど待たされて相棒到着。
いいさいいさ、待たされるのは慣れてるさ(´・ω・)一日放置されたこともあったしね
それから元気に旅行先のアニメイトのお土産に『しにばらのしおり』を貰って相棒を追い返す
後何したっけ・・・そうかそこで昼寝だ。
3時ごろに昼寝をして、携帯の目覚ましを5時ごろにセットしたはずなのに起きたのは11時とはこれいかに・・・
しっかり昼寝も8時間じゃねえかよ_| ̄|○昼寝ってレベルじゃねーぞ
ということがあったのですよ

どうよこの生活っぷりは(´・ω・`)?
久々(初)に日記っぽい日記じゃないか。素晴らしい。
リアルでも日記が書けたらいいんだけどねぇ(´・ω・)自分で字書くの嫌いなんだ(汚い的な意味で
PC万歳。科学の発達万歳。
相変わらずオチのつけかたがわから無いぜ・・・


追記
前回の記事で乱視になった人挙手
(´・ω・`)ノ

ずっと寝てていいよ♪(リクエストタイトル)

2008-03-13 | ポコ日記
ども、朝7時ごろに目が覚めて朝食をと台所へ向かって卵を焼いている時に母がやってきて『あらポコ、徹夜?』と毎日尋ねられるポコピンです。
こんばんは

そりゃいままで(過去6年ほど)そんな朝早く目覚めて朝食を作るなんて数えるぐらいしかやったことないけどさ・・・
そんな一週間も聞き続けなくてもそろそろ察しておくれポコ母よ(´・ω・`)

何故こんな時間に日記を書いているのかポコピン(´・ω・)?
別に今までゲームでLV上げして寝れなかったわけじゃないからね!

さて、ポコピンがスノーボード旅行へと旅立つまで後40時間ほどなわけです。
修学旅行のときのリベンジを果たす時が来ました(*´ヮ`)まってろ白いゲレンデ野郎
その間日記はお休みですね(´・ω・`)げふっ
デジカメで写真取ってきて帰ってきたら日記に貼り付けたりしよう。
・・・( ゜д゜)貼り付け方探さないと
デジカメの使い方とか説明書読まないとさっぱりわからないけどまぁ大丈夫だろう。
シャッターボタンさえ押せればいいんだ、うん。

そういえば昨日(12日)は何してたんだっけ・・・
確か朝食を食べてニコニコしてネトゲをしようとして午後3時までメンテがあって昼寝をして気がつけば今日で
/(^0^)\





>ピアノ
30分以上楽譜を見つめると目がやられるのは相変わらず・・・
(↓AA注意)




         __ ____
      //   ̄  \\     
     //--.--  -─\\    乱視になる
   //  (● ●) ((●(●) \
 .| |.|    ( . ((_人_人__)    |
     \\    ⌒ ` /,/
    ノ         \\







ふう、なんてカオスな一日なんだ。
園児にも負けちゃいそうな生活ッぷりだぜ・・・
流石に何かやることを見つけないと(´・ω・)そうだ溜め込んでいる本を読もう
・・・とりあえず寝るぜヽ(`д´)ノ

あ・・・・ありえない・・・・(書いたキャラの目が皆死んでいる的な意味で(マリクボイス

2008-03-12 | ポコ日記
ども、朝母に何が食べたいといわれテンプラが良いと言ってはみたものの昼を過ぎて晩になるころにはまた別のものが食べたくなっているのだけどもうテンプラがいいといってあるので他のものがいいとも言えないような状況に陥ったことのあるポコピンです。
こんばんは

いやぁ、だってほら、時間進行による心境の変化?なわけですよ、うん。
夕飯食べた後に明日何食べたいって聞かれても困るわけで・・・聞かれたときはお腹一杯でもういりませんよ的な感じなわけで・・・
うん、大変だよね、いろいろと。
それはそうと今日は昼ごろに大学方へ高校卒業証明書を提出しに行ったよ(´・ω・`)
なんか学生(♀)3人くらいがポコのほうをこそこそ見ながらちらちら話していたけどきっときのせいさ・・・ポコの守護霊を見ていたんだね、うん。
それから帰ってきて大規模風呂掃除をば。
普段浴槽しか洗わない母の代わりに風呂場の洗えるものを全て洗浄、脱水、乾燥。
随分綺麗になったわ(*´ヮ`)水垢とか最低だよね
それからご飯食べて~、ゲ~ムして~、うふふ~(壊

・・・・・はっ、しまった。あまりにも眠すぎて思考回路がZZzzz
最近昼寝をはさんでも0時近くになると猛烈に眠いのはなんでだろうか(´・ω・`)健康的な体に戻った?何故?


>小説
さてさて、かなり内容がまとまってきてプロットも完成しようというのに
後3日後スノボー旅行だちくしょうめ(´・ω・)いやっほぅ!
仲間3人とともに盛大に転んできます。
それから帰ってきたら某ゲームでインスピレーションとやる気を増幅させて作業に入ろうかな・・・うーむ

>ピアノ

<●> <●>バルス!!

指がああああゆびがあああああああ


というわけだったんだ(´・ω・`)(謎
ちなみに今回日が過ぎたのはゲームをやりすぎていたからでウワキサマラナニヲスルヤm
皆勤賞を取れる月はあるのかなぁ~(遠い目

世界が滅びても僕だけは生きていられますようにby某漫画主人公

2008-03-10 | ポコ日記
ども、ただいま辺境の地(友人宅)による一泊二日お泊り紀行を終えて帰ってきたポコピンです。
こんばんは

一応途中6時間ほどの睡眠をはさんで元気は元気だったんだけど、
人間3つが一つの部屋の中で36時間を過ごすのは中々疲れました。
・・・やることが無いというのが問題で(´・ω・`)
まぁポコピンはそこそこに楽しめましたが。
いやぁいいね最近のゲームってやつは( ゜д゜)インスピレーションを刺激されるぜ!
今から早速起動でもしてみようか・・・いやいやひとまず寝よう。
とりあえずこの報告は後日改めて・・・
今はもう眠い・・・_| ̄|○うぅぅ・・・


(最近こんなのばっかりだな

泣いたっていいじゃな~い♪人間だもの♪ byゲームの誰か

2008-03-08 | ポコ日記
ども、今ポコピン亭初のすげー記事を書いたにもかかわらずエラーで記事が全部消えて泣きそうなポコピンです。
こんばんは

いやもう30分くらい掛けてドドーンと書いたのに・・・書いたのに!
こんな時にかぎって・・・もうぅ_| ̄|○
いいやうん、また今度書こう・・・
もうポコは御風呂へ行くよ・・・うぅ(´;ω;)

愛はお金で買えるby某偉人(誰だったかな・・・

2008-03-07 | ポコ日記
ども、小説を読んだらしき友達からチャットが来て第一声目が『お前病気だろww』だったポコピンです。
こんばんは

・・・だからあれほどカオスだからへなへなしながら読んでね♪って言ったのに_| ̄|○
ちなみに二言目は『中二病もついに末期に来たか・・・』という
・・・このやろうめ!( ゜д゜)!!


さて、とにかく一言

書 き た い

もう衝動と想像と妄想が頭をグルグルとぶーん⊂ニニ二(^ω^)ニニつ(壊
いやしかし今書くとまた色々なもので分断されて製作時期が長くなってgdgdになってしまう・・今はまだ!( ゜д゜)!

そしてなにより、最近ムダに健康的で午後九時ごろから猛烈に眠くなったりしてます。
今はほとんど寝ながら書いているような・・・
起きるのは5時ごろなんですがね(´・ω・`)(もちろん朝ですよ
うぅ・・・やばい・・・
とりあえず寝よう、そういえば風の人を社長ボイスでぽっこぽこにしていないや・・・
・・・眠い、お休み_| ̄|○

(なんだこのカオス

尊敬する人?マザーテレサだよ!

2008-03-06 | ポコ日記
ども、ひとまず小説も一段落着いて落ち着いたと思ったら早くも次のを書きたい衝動に駆られてもう大変なことになっているポコピンです。
こんばんは

なんかもう大変なんですよ(´・ω・`)
何が大変かというとじっとしていると次から次へと次の小説のネタが溢れてきて暴走しているというかなんというか(謎
しかしヽ(`д´)ノ三月中旬のポコは何故か予定がいっぱい
10~11日:友人宅に泊まりに行く
15~18日:スキー旅行へ行く
22日:大阪へ遊びに行く
・・・いっぱい?
いえ、いっぱいですよ? いっぱいなんだってば!
というわけでどのタイミングで書き始めようかすごく悩んでたりします(´・ω・`)
やる気のあるうちにガバッと終わらせるためには短期集中でやるのがいいと思うのですよ(三日くらいで骨組み完成までこじつけたい
次はシンプルに100Pを満たすか満たさないかくらいを予定しているのでUPは早いはず
まぁ加筆修正にどれだけかかるかワカリマセンが・・・
とにかくヽ(`д´)ノどうしよう!
3月の後半で書ききるかなぁ。それはまでは本とか読んで本力(?)を蓄えるか・・・

次のは練習をかねてファンタジー(短編)にチャレンジしたいと想います(`・ω・´)ビバ☆ファンタ
撃沈・・・するんだろうなぁ(遠い目

小説はパワーだぜ

2008-03-05 | ポコ日記
ども、まさに昼に寝て夜に起きる生活になってしまっているポコピンです。
こんばんは

某オワタソングでも言っていましたね

朝眠って 夜に起きる
そんな 生活が続く

・・・なんだろう悲しさが溢れてきたぜ(つдと)
たまには外に出て友達と遊びに行くかぁ(*´ヮ`)どこ行こう


さて、もうやけくそで小説UPにこぎつけたわけですが、
読む際は左のone day -鈍色の叫び-のボタンをぽちっとクリックしてお読みください
誤字脱字報告大歓迎です_| ̄|○ぐふっ
感想はあとがきのところにどうぞ(`・ω・´)え、無い?・・・_| ̄|○

今回は想いのままに書きなぐり続けたらこんなカオスな結果になった。今は反省している。
次からはもっと冷静に書くべきだと思った。でも次の時も忘れてる可能性が高そうだ・・・
・・・ううううがあああヽ(`д´)ノ(謎

>私信
というわけでどうよ風の人(´・ω・)どうだ書きやすそうだろう。アクセサリーでも書いてくれたまえAHAHAHAHAHA(壊


うむ、今日のもかなりカオスだぜ・・・
・・・ポコピン亭はパワーだぜヽ(`д´)ノ

まえがき

2008-03-04 | one day -鈍色の叫び-
ポコのものを読むに当たっての注意事項をよく読み御理解いただくようお願いします。

注意事項
1:気分が優れない時は無理をせず、目や体を休めてください
2:途中で吐き気やめまいなどに襲われた場合、すぐに中断し、体を休めてください
3:なんてったってポコ作品です。過度の期待はご遠慮ください。
4:単行本にして約265Pです(予想読破時間三時間
5:例によってリアルポコピン関係者にはとてもじゃないが見せられんとです。もし見るというならばポコピンの左前辺りにいつも居た【松の尾っぽは何色だ?】さんの携帯の受信フォルダが大変なことになります。やめてあげましょう。
6:そろそろ暖かくなってきましたね。気温の変化に気をつけましょう。
7:文字数の関係でぷちぷちと本編が切れています。ご了承ください。
8:タイトル横の数字は編集作業用のものです。気になさらずに。

読む準備はできましたか?
読む勇気はもてましたか?
とてもポコだけでは場を支えられそうにありません。尊敬する作家の言葉を借りましょう。

どうか、おもしろかったら笑ってください。
どうか、つまらなかったら笑ってやってください。
両手いっぱいの幸せが訪れますように。

プロローグ 時速120kmの箱の中

2008-03-04 | one day -鈍色の叫び-
冬。暖房。放送。メロディ。赤いシート。人の声。一人。二人。

「皆元気かな?」
「そりゃまぁ元気だろうな」
「どうしてわかるの?」
「だってほら、馬鹿から元気取ったら何も残らないだろ」
「あはは、言いすぎだよ」
「んなことないって」
「たのしみ?」
「あぁ、でも――」
「平気」
「…………」
「本当に、だいじょうぶだから」

流れる景色。見慣れた町。灰色の空。揺れる体。一つ。二人。

『次はまもなく――』

第一章 冬風のしたで 一

2008-03-04 | one day -鈍色の叫び-
 その日も昨日に負けず劣らず猛烈に寒かった。
 朝には微妙に、ほんの五分くらいだけど雪が降ったほど気温は低い。
 空には羽毛布団みたいな分厚い灰色の雲がしっかりと太陽の光を遮っていて、夏には凶悪にも思えるくらいギンギン調子に乗って輝いている太陽もボロ負けだった。
 風が冷たい。マフラーで巻かれたところから上の部分、つまり頬の辺りから頭の先にかけてはもう寒すぎて感覚が無くなってきた。
 このすっかり薄くなった古いロングコートも僕を冷気から守りきるのは困難らしく、母親が買ってきた三組千円セットの手袋はむしろむなしくて、頼りになるのは僕が自分で買ってきたこのマフラーだけ。
 マフラーだけでこの寒さに耐えられるか!
 奥歯がカチカチと鳴り始める。これはシャレにならない。寒すぎる。
 今だけ、今この瞬間だけ夏の暑さが恋しくなった。
「ちょっと、大丈夫?」
 同じく隣に並んで立っている少女、一河朋香が心配そうに尋ねてきた。
 朋香も僕と同じ時間外気にさらされ続けているはずなのに全然寒そうな気配は無い。
 白に近い桃色のダウンコートに、もこもこした毛糸の手袋、赤と白のラインが入ったニット帽と見ているだけで暖かそうなのに手には買いたてのココア(HOT)まで握られている。
「見ての通りだ、大丈夫そうに見えるか」
 唇が震える。話すのも辛い。はっきり声が出せている自信は無い。少なくとも僕には「みえのおおいあ」にしか聞こえなかった。三重の多いア?
 それでも伝わったのは、おそらく慣れだろう。数分前からずっとこんな調子だからだ。
「えっと、うん、元気そう。良かった良かった」
 僕の顔を覗き込んで出た言葉がそれである。鬼だ。僕がこんなに震えているのに元気そうだってさ。多分寒さで視力が落ちているんだな。そうに違いない。きっとそうさ。
「本当にそう見えるなら朋香、お前は重症だ。早く眼科に行ったほうが良い」
「うるさい馬鹿!」
 うぅ、どうして神様は僕にこんな酷い仕打ちをするのですか、学校の小テストでカンニングしたからですか、遅刻回数が多いからですか、それとも買うつもりも無いのにスーパーの試食コーナーを回ったからですか。あんまりです、そんなことで僕をこんな酷い罰を与えるなんて、貴方は最低だ。僕はこれっぽっちも信じていない神様に愚痴ってやった。
「寒い、マジで寒い、ココアちょっとくれよ」
「なんで?」
「いいじゃんちょっとくらい」
「やだ、自分で買ってくれば?」
「少しくらいくれよ」
「うるさい馬鹿!」
 あぁ泣きたい。鼻をすする。泣いてるわけじゃないぞ、寒すぎて鼻水が出てきただけだ。
 僕達が駅に着いてから十分が経過していた。


 相棒兼、親友兼、幼稚園からの幼なじみが四ヵ月ぶりに京都に帰ってくるというメールが届いたのは、学校が冬休みに入った翌日のことだった。
 相棒は僕とは違って他府県の高校に通っている。電車を乗り継いでで二時間くらい走ったところ、らしい。
 実際に自分で行ったことが無いから分からないけど、とにかくそこそこ遠いところだ。
 相棒は屈指のテニスプレーヤーで、いろんな大会でそれなりに入賞と優勝を繰り返しているような化け物だ。
 親父さんが元テニスプレーヤーでスポーツジムを経営していて、小さい時に一度遊びに行ったことがあるが、全然遊ぶような雰囲気ではなかった。
 真剣な表情で玉を追いかける人たちは当時の僕を圧倒するのに十分だった。
 そんなジム経営の父に育てられた相棒はあっさりスポーツ推薦で高校に入学。スポーツで有名な高校だそうだ。
 でもそこは他府県であり、つまり京都ではない別の県、どこだったかな、まぁいいや、とりあえず他府県なわけで、電車で二時間。
 もちろんそんなところに家から通学するわけもなく、今は寮で一人暮らしをしている。
 出発前日に、いやぁ参ったよ学校遠すぎだってのわはははは、とか言っていたが結構あっさり出発してしまった。
 向こうの練習は厳しいらしく、京都には大型の連休の時しか帰って来ない。
 そして今、無事にお互いの高校が冬休みに突入して、僕達は相棒の帰りをこうして駅で待っているのだが、
「寒い寒い寒い寒い」
 本日二百回目に突入する寒いを連呼。正確には数えてないが多分それくらいは言っているだろう。寒い寒い。
 雨をしのぐための屋根しかなく、横からの風が当たりまくりなこの駅の製作者は僕のことが嫌いなのだろうか。あったことも無いのに。
 駅の横にはコンビニがあるのでそこに入って待っていようと朋香に言うと、
「もうすぐ来るだろうし、待ってよう」
 とかニヤニヤ笑いながら言うのだ。わざとだ。絶対にわざとだ。
「和哉うるさい」
 しかめっ面で朋香がそういうのだけれども、寒いものは寒い。冬は寒いもんだろ? 今俺は冬の試練に耐えているところなんだぜ。邪魔をしないでクレタマエ。
 とうとう頭まで怪しくなってきた。
 隣のタクシー乗り場で一人のおばさんが黄色いタクシーに乗り込むのが見えた。あの中は暖房全開であったかいんだろうな。自分がタクシーに乗ったつもりで想像してみる。
 暖房の暖かさ。紅潮する頬。寒さから解放された安堵の息。
 冷たい風がそんな妄想を軒並みなぎ払っていった。
 もう少しみせてくれてたっていいじゃないか…………。僕は大自然を相手に愚痴っていた。
 学校が冬休みに入ってから気温はグングン低下。温暖化はどうしたんだと言いたくなる。
「自分で一時には着くから待ってろとか言ったくせにもう十五分も経ってるし!」
 そうだ、今こうやって震えてるのはあいつのせいだ。あいつがもっと時間通りに駅についていればこんな思いはしなかったはずだ。
「電車遅れてるのかな」
 相変わらず暖かそうな格好で語りかけてくる朋香が握るココアの中身はもう無くなっていた。ちぇ、本当に一口もくれなかったな。少しだけ寂しい気持ちになった。
 それにしても遅い。線路でも凍っているのだろうか。それなら仕方が無いが、単なる遅刻なら一体どうしてやろうか。……どうするつもりんだんろう。
 やばい、本格的に頭がやばくなってきた。そのうち「ぐふふふ」とか謎の笑い声を上げだしかねない。
 そんなことを思っていた時だ。
「いーっよう!」
 男にしてはやけに高めの声と共に僕の受ける重力が二倍になった。後ろから誰かが乗りかかってきたらしい。突然のことだったのでバランスを崩してこけそうになったが何とかこらえるが、急に力が入ったせいで足が痛い。
 こんな馬鹿なことをするのは今あいつしかいない。
「重いっつうの」
 前かがみで今にもこけそうな体を勢いよく起こす。のりかかってきた奴もすぐに身を引いてくれた。
 慌てるわけでもなく振り返ると、そこには黒い塊があった。決して比喩などではない。
 上から下まで真っ黒。上は分厚いニット帽から始まり、口まで覆ったネックウォーマー、ベルト付きダウンジャケットにぶかぶかのカーゴパンツにスニーカー。途中で刺繍も何も無い。完全無地の黒。帽子を含めて高さ百八十センチ近い黒が立っていた。
 一言で言うと怪しさ全開。某探偵もののアニメの犯人像に服を着せたらこんな感じではないだろうかという感じで、ぱっと見は正直ビビる。
 あたかもその空間だけが切り取られたかのような、そんな風にも思えてくる。
 ただニット帽からはみ出た栗色の髪の毛だけが、その存在を主張するかのように色を持っていた。
 その黒い男、和泉優は紛れもなく相棒兼親友兼幼なじみである。
 初めこそその服装に少し違和感はあったが、今ではすっかり慣れてしまった。どうしていつも黒い服なのかと聞いてみたこともあるが、今はそんなことよりも、
「何で後ろから出て来るんだよ」
 僕の知る限りこの駅の出入り口は一つしかないはずだ。そこで僕達が待っていたのだからこんな目立つ奴を見逃すはずがない。他にも比較的黒い服装の人は居るが、優はそれをはるかに上回って黒いからだ。
 ……まてよ、まさか。
 僕の頭に笑えない冗談のようなものが浮かんだ。
「実は結構前から着いてたんだけど、ほら、遠目でもお前が震えてるのがすげえ見えるから面白くてずっと見てた。あそこの中から」
 優の指差す先には駅前自慢のドーナツ店。
 最低だ。鬼だ。こいつも鬼に違いない。
 僕の体は意思を無視してがくがくと震えだした。もちろん寒いからだ。
 なんだこいつは。もうちょっと悪びれろよ。むしろ謝れ、今すぐ謝ってくれ。
 そんなことを言ってやろうと思ったときにふと思い出してしまった。
 夏休み帰ってきたときに同じことされてるし!!
 あの時は暑くて最悪だった。連日三十度超えの猛暑が続く中、優を朋香と迎えに来たときのことだ。
 僕達が駅に着いてから五分くらい暑い暑いと言っていて、それから朋香がトイレに行ってくると傍のコンビニまで走っていって、僕は一人で優が来るのを待っていたんだ。十分くらい。
 殺人的な暑さの中を一人で突っ立っているのはかなり寂しくて、それでもずっと待っていた。
 それでも来ないからまだ着かないのかとメールをした二十秒後、朋香と優がコンビニから出てきた。
 今思えば朋香がコンビニに行った理由をもっと深く考えるべきだった。どう考えてもクソ暑いここから逃げ出すための言い訳だったんじゃないかと。しかも戻ってきた時には優まで一緒。
 おそらくコンビニに隠れていた優が僕達を見つけて、僕にばれないように朋香を手招きでもしたのだろう。そして暑さに苦しむ僕のことも忘れて話し呆けていたに違いない。最低だ。
 しかも戻ってきた時の言葉が、
「わりぃ、忘れてた」
 である。どうだろう、そりゃあ泣きたくもなるってもんだ。悲しすぎて涙も出なかったけど。
 そして今回は暖かなドーナツ店からの震える僕観察。悪趣味にもほどがある。
 あぁ、もういいや。きっと僕はいじめられっ子体質なんだろう。絶対にそんなの信じたくないが。
「朋香も久しぶり!」
「うん、久しぶり。元気そうだね」
「元気じゃないときがあったか?」
「そういえば無いよね」
 僕が黙々と暗いことを考えている間に二人は楽しそうに話して笑っていて、僕一人なんかみじめに思えてきた。ズズッ。鼻をすする。ちくしょう、本当に寒いな。
「おいおい、せっかく帰ってきたのに元気出せって」
 僕から元気を奪い取っているのは誰だと思っているのだろうか。
「…………」
「ほら土産やるからさ」
「え、まじで」
 自分の現金さが悲しくなったがもう考えないことにした。開き直りってやつだ。そうでもしないとやっていけない。
 優はポケットに手を突っ込んで、ほらよ、というかけ声と共に何かを僕に投げる。冷え切ってかじかんだ僕の手はそれを上手に掴めなくて、何度か手の中でバウンドさせながら何とかそれを捕まえる。
「……なんだこれ?」
 掴んだそれは大きさ五センチくらいの透明な小瓶に青っぽい液体と、星の形をしたガラスのようなものが入っていた。
 空に向けると中の液体が光の当たり具合で虹のように七光りして、とても綺麗だった。
 蓋のコルクのところに紐がついているからキーホルダーの類、かな?
 朋香にも同じものが渡されて、やはり僕と同じように光を当てて虹を楽しんでいた。
「なんか綺麗だから言われるがままに思わず買ってみた」
 誰に言われたんだろう、店員か? まぁ販売側の誰かだろう。
 確かに綺麗だ。ずっと見ていても飽きない気がする。少し振ると中で透明な星がキラキラと輝いた。
「すごく綺麗」
 感動した口ぶりで朋香が呟き、マジで綺麗だな、と僕も呟いた。
「はは、喜んでもらえてよかった」
 ポケットに手を突っ込んだままの優の目が笑っていた。きっと口元もニコニコとしているに違いない。
 僕達は少しの間、虹色の星を眺めていた。
 流れていく冬の風。さっきまでは随分と冷たかったそれも、今は不思議と暖かく感じられる―――わけはない。
 寒いものは寒いわけで、もう限界なんてとっくに超えている。さっさと用事を終えてぬくぬくとしたいのでさっさと用件を済ませることにする。
「それで、俺らは荷物持ちだろ。何でお前手ぶらなんだよ」
 ちなみに昨日きたメールの内容はこうだ。
『愛しい親愛なる親友へ。ついにこっちも冬休みだぜ! つうわけで明日の一時にいつもの駅で待機よろしく! 最高の荷物持ちを持つ幸せな俺より』
 俺より、っておいおい。それじゃ誰だかわからないだろう。
 一体僕は親愛なる親友なのか、最高の荷物持ちなのかどっちなのだろう。多分両方か。
 優はそういう奴だ。いつも冗談っぽく言うくせに、言いたいことは何でも言う。
 ふざけてるくせに、しっかりと話す優の正直なところが僕は好きだった。
 いつも自分をごまかして、見栄とかを張ったりして何とか生きている僕には優が羨ましかった。
 だから僕は荷物持ち。僕の名誉のために言っておくが別にこき使われているわけではない。友情ってやつだ。親友が助けを求めているのに放っておくことなんてできないだろう?
 そういうわけで僕達は親愛なる親友のために彼の荷物を持って帰るのを手伝うことになった。
「あぁ、荷物はな、あれ」
 優のポケットから出た指が明後日の方向を指し示して、僕の目がその先を追う。
 指の先は駅の端っこ。ただでさえ陰になって見えにくいくせに日の光が弱いせいでさらに暗くなったところを指していた。
 まだ昼間なのに暗すぎてよく見えない。よく見えないが、ぼんやりと何かが見えた。目を凝らすと少しずつ何かが見えてくる。それから思わず目を見開いてしまった。
 アウトドアなんかで使う巨大な肩に担ぐタイプの横長い鞄が二つ。どちらもありえないくらいパンパンに膨らんでいて、触るとはじけてしまいそうだ。
 何であんなにでかいんだとか、中に何が詰まっているんだとか、そんなことが出ては消え、消えては出てきてを繰り返した結果、残ったのは大きな溜息だけ。
 向こうで着る衣類や日用品だけでは説明できないその大きさに、僕は完全に圧倒されていた。
 前回はもっと可愛らしく、もっと一般的にしぼんでいたはずだ。
 だが今回はしっかり前の二倍以上はある気がする。無意識に二度目の溜息が漏れた。
「……すごい量だね……」
 朋香も驚いているようで、その声はどこか小さかった。
「すごいってレベルじゃねえぞ、あれは」
 はっきり言って常識外である。どうやってあんなものを担いでこの駅までたどり着いたのかと尋ねたくなる。しかしすぐに手で持ってきたのだろうという一般的な答えにたどり着き、優がそれぐらいのことを軽々とやってのける男だということを思い出して、再び溜息が漏れる。
「まぁ向こうで色々買っているうちに……色々と……な?」
 な? じゃねえよ、な? じゃ。
 とりあえず近くまで歩いてみるとそれは近くなるほどさらに大きくなっていって、すぐ近くで見れば僕一人位は軽く収まりそうなサイズだった。改めてこれを担いでいる優を想像してみる、が、あまりに非常識すぎて僕の想像力では全然足りなかった。とにかくでかすぎるのだ。
 シャレになってないぞおい。
 そんな僕は親愛なる親友の最高の荷物持ち。いまさら断るわけにはいかない。
 しかし世の中には不可能という言葉があるわけで、それを横でニコニコしている奴に言ってやった。
「なぁ優。どう考えてもこれは朋香には持てないだろ」
 見た目重量は軽く十キロは超えている。とてもじゃないが朋香がコレを持って歩くというのは考えられない。というか考えたくない。
「いやいやいや、でかいのを持つのは俺とお前で、朋香はこっち」
 そう言いながら優は腰を折って巨大なバッグの向こう側から何かを取り出した。出てきたのはごく普通の肩掛け鞄。しかもぺちゃんこ。
 それはいたって普通サイズで、地面に転がる二つのだるまと比べると余計に小さく見えた。
 おいおい、いくら朋香が女だからってそれはひいきすぎるだろう。僕はずっとこっちを見ている(気がする)だるまを見ながらそう思った。

 
 見た目重量十キロ、感触重量五割増し、つまり十五キロくらいの勢いで膨れ上がった荷物は思い切り僕にのしかかっていた。
 寒いなんて感じている余裕はない。重い。ひたすら重い。とって部分が肩にすごく食い込んできてすごく痛い。気がつけばほとんどおんぶするような格好でその荷物を持っていた。 
 駅から優の家までは二十分くらいかかるが、流石にこの大荷物を抱えて二十分を歩ききる自信が無かったので、丁度中間地点くらいのところにある僕の家で一時休憩することになった。
 とはいえそれでも半分。疲れるには十分な時間である。
「ほんとにお前どうやってこんな荷物こっちまで持ってきたんだ」
 横では清々しいくらい涼しい顔をした優が楽々とバッグを持ち運んでいた。一体どういう鍛え方をしたらそんな風になれるのだろうか。
「それはあれだ、お前らに会いたい強い思いと、再会を喜ぶ気持ちと、九割八分近い気合だ」
 どうやら僕達への思いは二分以下らしい。もう少し僕たちに会いたい思いと再会を喜ぶ気持ちに心を裂いてほしい。
 駅から僕の家に向かう住宅地の細い小道を横一列に並んで僕達は歩く。ただでさえ狭い道を並んで歩いているのだから余計に狭く感じられた。
 しかも右側を歩く優のさらに右側には人一人が入れそうなスペースが空いている。完全な無駄スペースだ。
「おい、優。もうちょっと右寄れよ」
 朋香を挟んだ左側の僕が必死に訴える。なんせこっちは隣の民家の壁とすれすれなのだ。時々飛び出ている木々にぶつかりそうになるのを何とか避けているくらいぎりぎり。
「いいか和哉、お前はバッグをおぶっている。つまり縦幅は一人分だ。でも俺は横に持っている。サイズ的に二人分だ。俺が右に寄ると俺のバッグはどうなる?」
 ならお前も背負えよ! とか思ったが、もうそんなことを言うのもばかばかしくなってきた。うお、あぶね、また木の枝にぶつかりかけた。
 よく見れば朋香と優の間にほんの少し隙間が空いていて、どちらかというと朋香が僕によってきて壁に押付けている感じ。
 お前も右に寄れよ、とか言いたかったけど、どうせ言ったところで痛い反撃がくるのは目に見えていたのでやめておいた。
「男らしくちゃんと持ちなさいよ」
 真ん中で小さなバッグを首にかけて前に持って歩く朋香が言う。そうは言うが朋香、このバッグは、
「まじで重てぇ」
 普段運動なんて通学と体育の授業くらいしか大してしていない僕にとってこれはかなりの重労働である。それに比べて朋香はどうだろうか。ペチャンコの見るからに軽そうなバッグを持って楽々と歩いている。
「それ軽そうだな」
「うん、すごく軽いよ」
「何が入ってんだ?」
「ん? 何も入ってないぞ、中の荷物は全部お前のバッグに突っ込んだからな」
 さらりとすごく酷いことを聞いた気がする。
「ついでにそのバッグも突っ込もうかと思ったんだが、見ての通りそれ以上入らなかったんだな、はっはっは」
 はっはっは、ってお前……。もっと僕のこともいたわってやってほしい。そのうちストライキを起こすかもしれないぞ、一人で。
 一人でストライキの旗を掲げて何かを叫んでいる自分を考えてみた。幼稚にデフォルメされた僕が一人で旗を振りつつ精一杯給料を出せと叫んでいる。間抜けすぎだ。
 もう考えるのはやめよう、なんだかさっきからこんなのばっかりだ。
「そういえば前言ってたあの本、中々良かったぞ」
 優が朋香に向かって話しかけた。
「でしょ? やっぱりあれがあの人の作品で一番良いと思うのよね」
 すぐさま答える朋香。
 一体何の、あぁ、小説の話か。僕の全然及ばない領域の話。僕はあまり小説を読むほうではなく、むしろ全然だ。まるで国語の教科書を見ているようですぐに眠くなってしまう。どうしてこの二人は大量の本を読み続けることができるのだろうか。漫画ならいくらでも読めるけど。
 優と朋香は二人ともかなりの読書家だ。
 朋香の家には大量の本が山ほど溢れていて、まるで家が本でできているってくらい本だらけ。全部父親が昔に買ってきた本らしい。しかしそんな本もすでに朋香によって読破済みで、今では朋香が大量の本を買う立場になっている。
 優のほうは昔彼が僕の家に遊びに来たとき、朋香がたまたま忘れていった全七巻の文庫本のうちの一巻から三巻をその場で読みきり、そこで何か変なスイッチが入ったらしく次の日には残りの四巻を全て購入していったという。
 そこから半ば暴走したように本を購入し続け、気がついたら自室の本棚が溢れているというような状況らしい。
 読書家の本に対する情熱というものがさっぱり分からない僕にとって、それはまるで別世界だった。
 優も朋香も家の近い幼なじみ。優は幼稚園から、朋香は小学校から。
 元々二人の間には何の交流も無かったようなのだけど、二人とも僕とよく遊んでいたわけで、自然と接触する機会も増えて、気がつけば二人は小説の話題で盛り上がっていた。
 どこかに取り残されたような気分になる。
 前に僕も小説を読もうかな、なんて思ってはみたのけれど、朋香から借りた小説を二分で投げてしまった。情けない。
 僕にもう少し根気があればこの輪の中に入っていけたのだろうか。
 そういえば一度だけしっかりと読めたことがあるが、あれはたしか―――
「んで、どうなのさ和哉は」
 急に話を振られて慌てた。
「え? あ、何?」
 全然話を聞いていなかったので何を聞かれたのかさっぱりわからない。
「だから、学校の成績だよ、どうだったんだ」
 どうやら小説の話はとっくに終わっていたようで今は学校の話で盛り上がってるらしい。優が相変わらず笑った目で僕を見ていた。
「お前わかってて聞いてるだろ」
「まぁな」
「いつもどおりだよ」
「そりゃひでえな」
 まぁ、確かに酷かった。頑張らないとクラスの馬鹿四天王になるのもそう遠くない未来な気がする。
「私が勉強教えてあげてるのに小テストみたいな点数とるんだよ?」
「和哉、お前は最低だ」
 なぜか急に真剣になった優の目が気持ち悪い。
「な、なんだよ」
「朋香が、この朋香がお前のために自分の勉強時間をさいてまで教えてくれているんだぞ。それなのに、それをムダにしたお前は最低だ」
「この朋香ってどういう意味よ」
「細かいこと気にすんな、いいか和哉、朋香に教えてもらっているならお前が俺並みの成績を取ることだって不可能ではない」
「そんなに力説されても困るんだが」
「……こともない」
「できないのかよ」
 ちなみに優は聞くに高校の成績がオール五の大馬鹿野郎。そんな成績を僕が取れるはずがない。朋香ですら評定平均が四くらいだというのに。
「とりあえずがんばれよ」
「お、おう」
 本当に頑張らなければいけない。馬鹿四天王入りしないためにも。
 どうしようも無くくだらない話題で盛り上がって、話に夢中で荷物の重さも忘れていた。
 気がつけば僕の家はすぐ目の前に迫っていた。

第一章 冬風のしたで 一-2

2008-03-04 | one day -鈍色の叫び-
 膨れ上がった荷物を部屋まで持っていくかどうかという話し合いの結果、荷物は玄関から入ってすぐ横に積んでおくことにした。
 優は邪魔になるから自分で持って上がると言ったのだが、こんなでかいものを持ってもし階段で足を滑らせたりしたら大変だということで納得させた。
「ただいま」
 誰に言うわけでもなく言った。返事は無い。
「ただいまー」
 朋香も続いて家に上がる。やはり返事は無い。
「おじゃましまーす」
 僕にはあれほど色々言うのにどうして他人の家に上がる時はおじゃましますって敬語なんだろうな。おじゃまするぜ、とかおじゃまー、とかではダメだろうか。だめだろうな。
 そんなどうでも良いことを考えつつ階段を上がって三階の自室を目指す。部屋に行くには一度二階のリビングを経由しなければならない。
 僕達が揃って階段を上ってリビングに着くと、弟がイヤホンをつけて携帯をいじりながらソファに寝転がっていた。携帯で曲でも聴きながらメールでもしているのだろう。なるほど、返事が無かったのもうなずける。
 ぞろぞろと三人がリビングに入ってくると弟も気づいたようで僕、ではなく優を見て、
「おお、優ちゃん! 久しぶり!」
「よっ、元気そうだな」
 という活気溢れる挨拶を交わした。
 何故だか知らないが菊池家の住人達(僕を除く)は優のことをちゃん付けで呼ぶ。ちなみに僕は一度も……いや、言っていた。幼稚園の時に。
 それを親が覚えていてずっと言っているのだろう。僕が忘れかけているようなことをずっと覚えているなんて。もっと他に覚えることはあると思うのだが。
 優と弟の交流も終わって僕の部屋へ向かう。階段を上ってすぐの部屋が僕の部屋だ。
「うおおおお、四ヵ月ぶりに懐かしい!」
 叫びながら僕のベッドへダイブ。
 しかも前の朋香みたいな感じじゃなくてもっと重量感と、破壊力のある感じ。
 ベッドのスプリングがピギャッと痛ましい悲鳴をあげた。どうして僕のベッドは人からプレスを受けなければいけないんだろうか。
「おいおい、頼むから壊すなよ」
「だが断る」
「断んな!」
「いやいや、他人のベッドが目の前にあったらまず全力でボディプレスをするのは礼儀だろ」
 ひどい礼儀だ。どのへんが礼の儀式なんだろうか。スキンシップにしては痛ましすぎる。
 大きな悲鳴をあげて沈黙したベッドに満足したのか優は体を起こしてベッドに腰掛ける。何故か左側の場所をぽんぽんと叩いているが。
「どうした?」
「いや、ゴミを見つけた」
 それは叩くんじゃなくて払わないといけないのでは、という疑問が浮かんだがすぐに消えた。
 僕はいつもどおり勉強机付属の椅子に座り、朋香は座布団を敷いて座った。
 丁度三角になるような形で僕達は座っているのは、コレが一番話しやすい形だから自然にそうなったのだろう。
「それにしてもお前の部屋漫画ばっかだな」
 ニット帽とネックウォーマーを取りながら部屋を見渡して優が言った。
「あ、それ私も思った」
 同じく朋香も帽子を取ってひざの上に乗せて同意する。
「ほとんど借り物だけどな」
 マフラーをくるくると外して答える。
 机の上にあったエアコンのリモコンに手を伸ばしてボタンを押すと、ピッという音と共にエアコンの口が開き、ゴォォっと暖かい空気が吐き出されていく。
 室温はみるみる上昇して、僕達の防寒着を剥ぎ取っていった。
 ジャケットを脱いでも尚黒い無地のフリースのせいで、優の栗色の髪の毛はすごく綺麗に見えた。
「そういえば向こうの学校って髪染めるの違反だとか言ってなかったか?」
「あぁ、まあ気晴らし程度にな。戻る時にはまた黒に直すつもり」
「でも染め替え続けると髪の毛溶けるとかって聞いたよ」
「げ、まじで?」
 朋香の一言に優は動揺しまくっていた。それぐらい先に調べておけよオール五。馬鹿と天才は紙一重ってこういうことだろうか? 違う気がするが。
「よし、このまま帰ろう」
「いや戻せよ」
 相変わらずどこまで馬鹿で、どこが賢いのかわからない。優はいつもとぼけているせいで普段からは賢さの欠片も見つけられない。まぁそれがいいんだけど。
「それでねー、聞いてよー」
 何がそれで、なのかよく分からないが朋香が話し始める。
「実は私、和哉の家に居候することになったようなんだよ」
「……は?」
 優は一体目の前の彼女は何を言ったんだというような顔でぽかんとしたが、すぐに顔を戻した。
「どゆこと?」
「それがね、ひどいんだよ、うちの親がさ――」
 それから朋香は自分が菊池家に居候するまでの経緯を話しだした。
 その話のほとんどが丁寧に何枚ものオブラートで包まれていたが、それを話す彼女はどこか必死で、額に汗を浮かべている。それは決して暖房のせいではなかった。
 話が進むにつれて優の顔が険しくなっていき、朋香はやはりぎこちない笑顔で続けていく。
「――とまぁ、そういうことがあって私は菊池家の居候になったわけですよ」
 ほんの数分の話だったのに、随分と長い間話していた気がする。
 沈黙。
 気まずい空気が流れる。
 最初に静寂を破ったのは、優の小さな吐息だった。
 目を閉じ首だけを動かして宙を仰いで、小さな小さな息を吐いた。
 再び開いた彼の目は、とても優しい目をしていた。
「よく頑張ったな、ありがとう」
 それを聞いた朋香は何故か背筋をピンと伸ばして、
「そ、そうなんだよ、本当にもう大変だったんだから、あれ、あれ? あはは、あははは、ちょっと私お茶入れて、くる、ね」
 そう言い残して部屋を飛び出していった。右手を目に添えながら。
 沈黙。
 音の世界から切り取られたような、そんな錯覚を受けるほど静かな空間がここにあった。
 外をヒュウヒュウと舞う風も、ゴォォというエアコンも、まったく耳に入ってこなかった。響くのは朋香の乾いた笑い声と―――
 今度は僕の吐息が沈黙に響いた。
「なぁ」
「ん?」
「ありがとう、ってなんだ?」
「……大切な人が居なくなるかもしれなかったんだ、朋香はよく頑張ったよ。お前もな」
「……あぁ」
「あいつが居なくなったら俺は悲しいし、でもそうはならなかっただろ。だからありがとう、だ、おーけー?」
 最後の口調がいつもと同じに戻っていたのは朋香が勢いよく扉を開けたからだろう。
「お茶とお菓子持ってきたよー」
 それらの乗ったお盆を片手に朋香が部屋に入る。
「おー、クッキーじゃん、もらいっ」
 おもむろに優がお盆からクッキーをさらっていく。
「こぼさないでよ、どうせ和哉は掃除しないんだし」
 明るく元気に怒る朋香。
 そんな、そんな赤い目で笑うなよ。
 静寂の波紋が、頭の中を駆け巡っていた。
「それでね、この前学校で――」



 僕達が解散したのは、日がすっかり暮れて時計の針が六時を指した辺りだった。
 元々荷物は優の家まで運ぶ予定だったので僕は玄関に降りて荷物を持とうとしたのだけど、死にそうな顔の奴が何言ってんだと優は笑いながらそう言って軽々と二つの荷物を持ち上げた。両手がパンパンに膨らんだバッグでいっぱいだったから、首から昼に朋香が持っていた小さなバッグをぶら下げていた。
 朋香がその小さなバッグだけでも持っていくよ、と言ったのだけれど、優は大丈夫、クッキー美味しかったよとか言って帰っていった。
 その日の夕飯は、その日も夕飯は美味しいはずだった。
 朋香が居候に来てから家の中の会話が増えた。
 夕飯の支度も手伝っていて、僕もそれを手伝おうとしたけれど、大丈夫だから休んでいてと怒られてしまった。
 どうして僕が気遣われているんだろう、そうじゃないだろう?
 夕食までの間、部屋で色々なことを考えていた。本当にどうしようもない、色々なことだ。
 今日は本当に寒かったとか、相変わらずあいつは意地悪だとか、あの荷物は重すぎるとか、優一人で二人分の道幅を使っていたとか、向こうの学校の校則が厳しいとか、朋香が話―――
 そこで思考が止まる。いくつものどうしてが頭の中を這いずり回って気持ち悪い。
 朋香が手伝ってくれた夕飯は、ちっとも味がしなかった。おかしいと思って何度もかみ締めてみても、やっぱり味を感じることが出来ない。
 母が何かを話していた気がするけど、全然耳に入ってこなかった。
 夕飯を終えて、逃げ込むように部屋に入ると、いつもはしない埃の臭いが妙に鼻について、あぁ、掃除しないとなとかを思った。思ってみただけだ。
 電気もつけずにベッドのところまで歩いていく。途中、何かに引っかかってこけそうになった。
 ベッドに倒れこむ。クィっとスプリングが鳴く。ほら、優のせいでちょっとおかしいじゃん。
 そのまましばらく、倒れこんでいた。
 コンコンとノックの音が聞こえたのは数秒後か、数分後か、あるいは数時間後だったかもしれない。
「和哉、起きてる? 入っていい?」
 朋香の声が聞こえて、いいよと促すと部屋のドアが開いた。廊下の光が部屋に漏れる。
「うわ、電気もつけずに何してんの、寝ようとしてた?」
「いや、考え事」
 体は起こさずに倒れたまま答える。
 朋香が電気のスイッチを探り当ててオンにするとすぐに部屋は明るくなった。ほとんど闇に慣れていた僕の目は一瞬目の前が真っ白になって、すぐに見えるようになった。
 勉強机の横にある椅子ではなく、昼間と同じように朋香は座布団に座った。あぁ、さっきつまずいたのはそれか。
 心配そうな彼女の顔。一体どうしたんだろう。
「ちょっと、大丈夫?」
 昼の駅にいたときのことを思い出した。あの時も朋香はそう心配してくれた。その後の仕打ちはひどいものだったけど。
「ん、大丈夫」
「大丈夫だったら何しぼんでるのよ」
「………………お前こそ大丈夫か?」
「え?」
 きょとんとした表情が僕を見ている。
「あの話した後、泣いてただろ」
「何言ってるのよ、そんな過ぎた事話したくらいで泣くわけ……」
「…………」
「あー、うん、ごめん、ちょっと泣いてた」
 気まずそうに頬を指でかきながら目を泳がしていた。
 どうして彼女は泣いてまでそのことを話したのだろうか、そのことがずっと頭の中をぐるぐると渦巻いていた。
 悲しいことなんて、みんな忘れてしまうほうが良い。辛いことなんて消してしまったほうが良い。
 ずっと笑ってて、その幸せを感じているほうが良いに決まっているのに。
 それなのに朋香は自分の胸を傷を掘り返した。掘った時間は少なかったけれど、掘り返した欠片を確かに見つめながら話していた。
 思い出したくない傷を掘り返していくのはどれだけ辛かっただろうか。
「なんで、話したんだ?」
 自分でも驚くほどその声は沈んでいた。
「だってさ、私達親友、だと思うの。だから隠しておくのはなんか嫌だなって」
 自分で親友と言うのが恥ずかしかったのか、少し頬が赤くなっていた。
「でも、辛くなる必要なんてないだろ。そんなもの、みんな忘れればいい」
「だめ」
 その声がさっきよりもずっと強いものだったので少し驚いて体を起こした。
「そういうのって忘れちゃいけないと思うんだ。あー、だから話したのかも、ほら、私記憶力いいほうじゃないし?」
「泣いてでも伝えることかよ」
「でもそういうことってあるじゃない?」
「なんで?」
「だってほら、親友だから」
 つまりは、親友だから?
 親友だから、話した?
 なるほど、そうか。
 何を難しいことを考えていたんだろう。数時間前からの自分を全部笑い飛ばしてやりたい気分だ。
 お前馬鹿だろって言いながら笑ってやりたい。
 何も理由はいらなかったんだ。
 好きだから好き、嫌いだから嫌い、それと同じことだろう。
 親友だから、話したいから話す。ただそれだけのことだ。
「和哉?」
 急にニヤニヤしだした僕に気味悪がっているのだろう。まぁ僕だってそんな奴が近くに居たら気持ち悪いし。
「もう大丈夫、治った」
 さっきまでのぐるぐるしたものはどこに行ったのか。単純な頭してるな俺の頭。ちょっとこれは自虐的か。今回はセーフだろ。
「ずっと私が話したこと悩んでたの?」
「そうだよ、解決したけどな」
「バーカ、そんな悩むようなタイプじゃないじゃんあんた」
「確かに似合ってなかったわ」
 悩みの無くなったすっかり晴れた思考というのは気持ちが良いもので、ほんの数分前までの僕はもう消え去っていた。
 そうだよな、だって親友だもんな。
 それにあいつは賢いから記憶力とかも良いし絶対に忘れないと思う。
 時計の針は十一時を過ぎていた。随分と長い間ベッドの上に倒れていたようだ。
「よし、元気になったし寝ようっと」
「ありがとな」
 朋香はどういたしましてと答えて、ゆっくりと立ち上り出口へ歩いていく。途中机の上に置いてあった小瓶を可愛らしく突付いた。中の青色の液体がふわふわと揺れる。
 ドアを出た後、そこから顔だけを覗かせておやすみと笑った。僕もおやすみと答える。
 あ、そういえばまだ風呂入って無いや、明日の朝に入ろう。
 机の上で、虹色の星が輝いていた。

第一章 冬風のしたで 二

2008-03-04 | one day -鈍色の叫び-
 次の日は朝から遊びに出かけることにした。
 朝起きて風呂に入ってから朝食を取った後に優に遊びに行こうとメールを出すと、さも当然のように二十秒くらいでメールが帰ってきて集合場所とか映画の時間等がが書かれていた。そして今は駅前で待機中。時間は只今九時五十五分。
 昨日の寒さに満足しなかったのか今日もすこぶる気温が低い。
 空には引き続き毛布のようなどんよりとした分厚い雲が覆っているし、風は鋭さを増していた。
 だが今日の僕は昨日とは違う。昨日はほとんど楽観的な考えで大丈夫だろうと軽装備で家を出たのが良くなかった。あれでは自滅しても文句も言えない。
 しかし今回の武装は完璧だ。
 まずは上着を一枚増やした。兄の持っていたお古のフリースだが全然着なかったらしく新品同然で、フードまで着いていて寒さをしのぐには十分だ。さらに今回はカイロを持参。
 だから今は昨日と違ってあまり寒くは無かった。相変わらずむき出しの頬は冷たいがそれは辛抱することにする。
 電車が駅を通るたびに中からいろんな人が出てくる。通勤のおじさんや、本を持った若い人、サングラスのにいちゃんに男女のカップル。
 みんな一様に顔をしかめて寒そうなそぶりをした後、そのままどこかへ行ってしまった。
 きっと彼らも明日には今以上の重装備になっているに違いない。そんなことを思った。
 朋香は相変わらずもこもこした暖かそうな格好で、手にはついさっき買ったばかりのホットオレンジを大事そうに握っている。ホットレモンなら聞いた事があるが、オレンジって美味しいのだろうか?
「それうまいか?」
「うん、美味しいよ」
 美味しいらしい。でもホットオレンジと聞いて美味しそうなイメージは少しも湧いて来ない。
「ちょっと飲む?」
「……いや、いい」
 それにしてももう集合時間になろうというのにまだ優の姿は見えない。
 もしかしたらまたどこかで僕を笑っているのかもしれないと、思わず辺りをきょろきょろと見回してしまう。
「・・・・・・なにしてんの?」
 なんて朋香に言われるくらい見てみたが、見つからない。
 約束の時間まで後一分。後十秒。三、二、一、本当に遅刻かよ。勉強ができるのは良いが時間くらいはしっかりと守ってほしうぐっ――
 突然の後ろからの衝撃と増える重力。昨日のワンシーンがフラッシュバックした。
「いよう! おっはよー」
 妙に高い声で優が耳元で言うものだから耳が少し痛い。
「だからなんでお前は後ろからでてくるんっだ!」
 勢いよく優を振り払う。今回は多少警戒していたつもりだったのに。
「毎回隠れて近づくのって結構大変なんだぜ? お前がきょろきょろした時はまじで焦った」
 ああもうどうしてこいつは普通に登場してくれないんだ。
 今日の優も昨日とまったく変わらず真っ黒な姿をしていた。本人曰く、同じ服をまとめて何着も買ってるらしい。しっかりと着替えても居るらしいが同じ服なので確認も難しい。
「おはよう優」
「おはよう朋香」
 ほほえましい光景で挨拶を交わす二人。僕もそんな普通な挨拶をしたかった。
 そして三人が無事集合したので、切符を買って電車を待つ。目的地は浜大津アーカスという建物。
 そこそこ巨大な遊戯施設であるアーカスには映画館やカラオケボックス、ボーリング場、ゲームセンターにマックやその他飲食店などが詰め込まれており、遊び倒すには十分な場所だ。
 三条のほうにも映画館やカラオケなどはあるのだが、一つ一つの距離が離れていていちいち外に出なければならないのでめんどう臭い。
 その点アーカスは一つの建物に全てがあるため、常に暖房で暖かい。最高だ。
 問題があるとすれば自転車で移動するような距離ではないので電車に頼るしかなく、電車賃を食うということだがそれは仕方がないことだろう。
 往復五百二十円で暖房の加護がついてくるのなら十分だ。
 というわけで、僕達は電車に乗り込んでアーカスを目指していた。
 僕達学生は冬休みとはいえ社会人はまだまだ忙しいらしく、しかしラッシュの時間帯ではないため電車の座席が埋まっている程度の人だった。
 入った扉とは反対の位置にある扉の辺りに集まり吊り革を持ってぶらぶら揺られる。思っていたよりも電車内の暖房が暖かかったので、ポケットの中のカイロがすごく熱く感じられた。
「映画何か見たいやつあるか?」
 吊り革ではなく扉の横にある手すりを掴みながら優が言った。電車が左右に揺れるたびに栗色の髪の毛も一緒に揺れる。
「もう見るの決まってるんじゃないのかよ」
「まぁ俺は決まってるんだけど、お前ら何か無いのか」
 そういえば最近の映画って何があるのだろうか。全然気にしたことも無いからわからない。
「俺は、別に無いかな」
「優は何見たいの?」
 吊り革の位置が高すぎてほとんど片手バンザイをしているような格好の朋香が尋ねる。優みたいに手すり持てばいいのに、と言うと恥ずかしそうな顔でプイとそっぽを向いて別に良いでしょと怒られた。
「和哉から聞いてないのか」
「うん、明日優と遊びに行くって言われただけ」
「お前……朋香にも言っといてくれって書いておいたろ」
 そんなこと書いてあっただろうか。ポケットから携帯を取り出してメールを確認してみるが、それらしい文章はどこにも見つからなかった。
「んなこと書いてねえぞ」
「書いたって、携帯貸してみろ。ほら、ちゃんと書いてある」
 確かに『噂のあの映画を見ようと思う。朋香にもこのメール見せておいてくれ』と書いてあった。ただ書いてある場所がひどすぎる。
 送られてきたメールのはるか下方。空白部分を約二十秒スクロールさせた先にそれが書いてあったのだ。
「お前は本当にダメな奴だ」
 僕の肩に手を当ててうなだれる優。絶対にわざとだ、お前それが言いたかっただけだろ。噂のあの映画ってなんだよ。そんなものたとえ見つけても伝わらねえよ。
「本当に和哉は頼りにならないなぁ」
 今のメールを見ていたはずの朋香でさえこの仕打ちだ。あぁ、どんどん僕の株が下がっていく。しかも故意に。最悪だ。
「それで、何が見たいの?」
「子犬の話だよ」
 子犬の話か、そのCMなら見覚えがあるかもしれない。名前はなんだっただろう。マリーと子犬の物語だっけ、メリーと子犬の物語だっけ、まぁそんな感じのはずだ。
 CMを見るに感動物の映画らしいが、それ以上のことはよく分からない。
「え…………見るのってあの映画なの?」
 明らかに朋香が動揺した顔をした。漫画なら一筋の汗の描写でもされているくらい見事に。
「いやか?」
「ううん、いやじゃなくて、むしろ見たかったんだけ……ど……ね」
 何故か床のあっちのほうを見つめている。何がいやなんだろうか。僕の頭でその理由を察するのは難しかった。
「なら丁度良いし決まりだな」
 優は目の前の朋香が見えているはずなのに明るくにこにこしていた。その朋香を見て楽しんでいるような風に見える。一体なんだろう。やはり答えは出なかった。


 それからしばらく吊り革を持ったままの僕と、何故かどんよりとしている朋香と、にこにこしっぱなしの優が浜大津に着いたのはそれから八分後のこと。
 電車から降りた朋香は「よし、諦めた」とか言って急に元気になった。むしろ開き直った。何を諦めたのかは知らないが。
 アーカスは浜大津駅を降りてほんの少し歩いた先にある。
 暖房全開だった電車内から降りて吹きさらしのホームに立つと、一段と風は冷たくなっている気がした。これなら電車から降りてくる人が寒そうにするのもうなずける。装備を整えたところでこの寒さを感じないというのは無理だろう。握ったカイロが暖かかった。
 改札口に切符を飲み込ませて駅の外にでると、すぐにだだっぴろい広場が目に入ってくる。
 街は何十階もあるようなビルが何本も立っていて、まさにコンクリートジャングルと呼ぶにふさわしいような場所だったが、人口芝で一面を覆われた広場はそんなジャングルから完全に切り離されていた。
 中には鬼ごっこをしている子供達と、それを遠目に眺める大人たち。
 コンクリートのジャングルの中では四角い鉄の塊がぶんぶんと慌てて走っていくのに、広場の時間はゆっくりと流れているような気がした。
 ほんの少しだけ、昔のことを思い出した。勉強も部活も知らなかった無邪気な幼稚園の頃の記憶。あの頃は毎日のように優たちと園内を走り回っていた。一緒に遊んでいた子達は今どうしているのだろうか、という思いは五秒くらいで消えた。
 広場から広い駐車場をはさんで存在するアーカスは灰色のジャングルの中でふてぶてしいくらい色とりどりな壁画で覆われていて、明らかに異質な存在をしていた。
「ここに来るのって久しぶりだよね」
 アーカスへ続く歩道を並んで歩く。誰が決めたわけでもないのに並びは決まって、前から見て右に僕、真ん中に朋香、左に優となった。多分僕と優が並んだら朋香からはどちらかの顔が見えなくなるから、だと思う。気がつけばそういう風になっていた。だからいまさらそれを疑問に思う人は居ない。
「そうだな、優が帰ってきたときくらいしかこないもんな」
「まじでか。お前らいつもどこで遊んでんだ?」
 優は驚いたような目で僕達を見つめてきた。別にそんなに驚くようなことでも無いと思うが。
 それに答えるために朋香が優を見るのだけど、身長差が大体二十五センチくらいあるのですごく見上げる形になる。首がつらそうな姿勢に見えるが朋香はあまり苦にしていないようだ。
「うーん、本屋とか、かな」
「それって遊びって言うのか?」
「楽しかったら遊びじゃない?」
「なるほど」
 それで納得したのか再び前を向いて歩いていく。すぐ傍で子供達の楽しそうな声が響いていた。

 建物の中は思っていた通り暖房が暖かくて気持ちよかった。
 入ってすぐの広々としたロビーには数人の人がベンチに座っていたり、立ったままおしゃべりをしていて、加えて館内に流れる流行の音楽で賑やかだった。
 はるか高くの天井からはいくつものガラス球がぶら下がっていて、さらにその球体によって大きな球体が構成されている。球で出来た球。初めてそれを見たときは少し感動するくらい神秘的に見えた。
 そんなロビーを通ってエレベーターに乗って映画館のある四階に向かう。
 チンッという音とともに開かれた扉の先に見えたのはシネマフロア。四階の床全面に敷かれた白色のカーペットが僕達を迎えてくれた。他の階は全部タイル張りなのにどうしてこの階はカーペットが敷いてあるのだろう。
 よく分からない白の上を歩きながらチケット売り場を目指す。
「…………」
 ふと隣を見ると朋香がこわばった表情をしていた。。
「……どうした?」
 別にチケットを買って、映画を見るだけだ。そんな顔をするようなことは何も無いと思うのだが。
「やっぱり見るの嫌だったり、とか?」
 少しだけ不安そうに優が尋ねると、朋香はぶんぶんと首を振って、
「ううん、本当に見たいよ。見たいんだけど、さ」
 と曖昧な答えを返した。
 良くはわからないが何か諦めたんじゃなかったのだろうか。元気付けてやりたい気もするが原因がまったく分からないのでかける言葉も見つからない。
「とりあえず楽しめればいいんじゃね?」
 それだけを言うので精一杯だ。それでも朋香は「う、うん。そうだね」と言って少しだけ表情が明るくなった。
 一枚千円のチケットを購入し、定番のポップコーンとドリンクも手に入れて指定された劇場に入る。ポップコーンは三人とも別々の種類を買ってみた。朋香が塩で、僕がバターで、優がキャラメル味だ。キャラメルの匂いは強烈で、それだけでお腹いっぱいになりそうなほど濃厚な匂いをしていた。
 劇場内には決して多くはない人がすでに座っていて、映画が始まるまでは後ほんの数分。多分僕達で入場するのは最後だろう。
 つまり、今空いている席ならどこに座っても問題は無いということになる。他に人が入ってくることが無いのだから。それを狙って遅めに入ろうと提案したのは優だ。
 幸いにも丁度中央よりやや後ろの部分が空いていて、僕達はそこに座ることにした。
 席が横列の真ん中なので、途中別の人の前を通っていくことになる。椅子と椅子、もしくは椅子と人の間の隙間を抜けてようやく中央にたどり着く。
 隣の席の人から三つ目の折りたたみ式の椅子を開いてに座り込む。朋香も僕の横に静かに座るのだが、何故か優は座らない。一応席は三つあるはずだが。
 不思議に思っていると、優は申し訳なさそうな顔で口元に手を当てて小声で、
「わりぃ、もう一つ横にずれてくれないか」
 と言った。隣の見知らぬ人と真横に並ぶのが嫌だったのだろうかと思いながら言われたとおりに一つ隣の席にずれる。同じように朋香も隣の席に移動してくれた。
「さんきゅ」
 ネックウォーマーを外した優が席に着き、僕もなんだか暑くなってきたのでコートを脱いで膝の上に乗せる。朋香はいつの間にか帽子や上着を取っていてもう膝の上に置いていた。
 変わらず帽子やジャケットはそのままの優が深く背もたれに身を預けたところで照明が暗くなり、爆音のような音と目が痛くなるほどまぶしい光が劇場内に広がり始めた。

 その映画はCMで言っていた通り、すごく感動的なものだった。
 特にクライマックスのシーンは心振るわせる感動的場面で僕も正直うるっときたのだが、何かが聞こえてきて隣を見るとそれはそれはもう大変なことになっていた。
 僕のうるっなんていう比ではない。どちらかと言うとだばーというような、いわゆる大泣きをしていた。
 声こそ上げていなかったけれども、目からは涙がとめどなく溢れていて、しきりにハンカチでそれをぬぐっている。
 映画よりも衝撃の映像を残したまま、エンディングの音楽と共にスタッフロールが流れ始める。スタッフロールが流れ終えて、照明が光を灯し始めるまで、二人はハンカチを手放さなかった。
 こんな格好をしているからいつも忘れかけてしまうが、優もかなり涙もろい人種で、『となりのトト○』でも泣いてしまうような奴だ。
 一体どこのシーンで泣くんだよと言ってみたら、
「最後二人がネコバスに乗って畑を駆け抜けるところでおばあちゃんが『めいちゃーん』って叫ぶところなんて最高じゃん」
 と強く言い切られた。
「わからねえよ」
「あのシーンで泣かないとかお前は一体全体何者だ?!」
 そんなやりとりがあった。あれって泣く映画なのか? あまりにも優の言葉に熱い気持ちが篭っていたため、もしかしたら僕はトトロの泣き所もわからないような愚か者なのかと疑ってみて、一度トト○の全シーンを高速で脳内再生してみたのだが。
 結論。やっぱり泣けねえよトト○じゃ。
 ようやく音楽も止まり、『ご観覧ありがとうございました』という女性の声の放送が流れて人が散り散りに解散していく。
 僕達も例外ではなく、そのまま席を立って劇場の外に出る。
 いつの間にかすっかり優の涙は止まっていて、泣いてた? 何のこと? という感じなのに、朋香の目はまだまだ潤んでる。
「大丈夫か?」
 別に怪我をしたわけでもないのだから、大丈夫なのは分かっているが思わずそう言ってしまう。
 朋香は恥ずかしそうに僕から顔を背けて「平気」と涙声で答えた。
「やっぱりよかったな。思ってた以上によかった。流れも自然な感じだったし、盛り上げ方もうまいし、ああいうのを良い作品っていうんだろうな」
 話の構成にも感動を覚えているらしい優は突然ポケットからメモ帳を取り出して、何かをしきりメモりだした。何を書いているかは見えないが、大体の想像はつく。
 それにしても朋香はよく泣いていた。
 なんとなくだが、朋香がこの映画を見ることを渋っていた理由が分かった気がした。泣き顔を見られたくなかったとか、そんな感じではないだろうかと思う。
 確かに人前で泣くのは恥ずかしいもんな。
 自分が誰かの前で大泣きしているところを想像してみると、とても恥ずかしすぎて続けられなかった。これは恥ずかしい。朋香が渋ったのも納得である。
 朋香が泣きやむのを待ってからどこへ行こうかという話になり、優がその答えをあっさりと出した。
「よし、それじゃ飯食ってカラオケでも行くか」


 携帯を見てもとすっかりお昼だったのでファーストフード店に突撃することになった。
 丁寧な赤で彩られた店内は人気と飯時も手伝って人で大賑わいしている。
「相変わらず人多いな、ここ」
「お昼だからね、それに美味しいもん。安いし」
 レジの前にできた行列に並びながら他愛もない会話を繰り広げる。
「何食おうかな、チーズバーガーでいいか」
「私フィレオフィッシュとシェイク」
「俺ビッグっと」
 各々の食べたいものも決まり、後は順番を待つだけ。フライドポテトの香ばしい香りと油のはねるパチパチという音が聞こえてきた。ポテトを作る所がわりとレジに近い場所にあるのでレジの前に並んでいてもそれを見ることができる。赤と白の帽子を被った女性がてきぱきと紙の袋にポテトを流し込んでいた。
「ポテトうまそうだな」
 その光景を見ていた優から言葉が漏れる。確かに美味そうだ。人がごった返しているせいでポテトの生産が追いついていないらしく、次々と熱された油の中にポテトが放りこまれ、食欲をそそる匂いと音をばら撒きながら揚げられて紙の中へ収められていく。
 そう言われるとやけに食べたくなってきた。セットを買うつもりだから当然ポテトもついてくるのだけど、なんとなく大きいサイズがほしくなった。よし、Lサイズにしよう。
「いらっしゃいませー」
 いつの間にか僕達の番が回って来て、マニュアル通りの軽快な声に迎えられた。営業スマイル全開でニコニコと立っている女性にそれぞれのメニューを人が混んでいることもあるのでまとめて頼んで受け取った後、空いていた四人掛けのテーブルに座った。僕が後悔したのはその数分後。
 まずチーズバーガーは美味かった。作りたてで熱々のそれはファーストフードとしては十分な価値があるように思えたし、それは満足だ。コーラも普通に美味かった。ハンバーガーにコーラはつき物だと思うのだけれども、他の二人はバニラシェイクとオレンジジュースである。それにしても優の格好でオレンジジュースが好きというのだから奇妙を通り越して何かおかしさがこみ上げてくる。服装と食の好みを一緒に考えるのはいささか問題もあるような気もするが、とことん見た目と性格が一致しない。
 問題はポテトだ。
 ポテトは間違いなく出来立てで美味かったのだけれど、しかしだ。よく考えてみればこんな脂っこいものをLサイズの量もいらないわけで、むしろSでも良かったのじゃないかという後悔の波が押し寄せてきた。何でLを買おうと思ったんだろうか。
 半分くらい残ったそれを力なく見つめながらコーラをすすった。
 隣に座った朋香と僕の正面に座る優はさっきの映画のことで話題が持ちきりであのシーンが良かったとか、このセリフがグッときたとか、犬が可愛かったよねとかを言い合っていた。
 大泣きした者同士で何かが共鳴しあっているのか、実に楽しそうだ。
 笑いあう二人を見ていると僕もどこか楽しい気分になってきたりするのだけれども、残ったポテトのオーラがそれを打ち消していた。なんだよポテト、Lとか頼んで悪かったと思ってるよ、もう頼まねぇからそんなオーラ出すなよ。
 とはいえもう体は油ものをほとんど受け付けなくなっているわけでそれに手を伸ばすことは躊躇われた。かといって捨てるわけにはいかない。
 さてさてどうしようかと思っていると優が僕の方を見て、
「さっきから何ポテト睨んでんだ?」
「もう二度とLなんて頼まないってポテトと約束したところだ」
「お前……ついにポテトと話をするくらい可哀想な奴になってしまったんだな……」
「和哉……いつの間にそんな……」
「ちげぇよ」
 目の前でよよよと泣く振りをする優と何か哀れみの目を向ける朋香。何でお前らそんなにグルなんだよ。味方無しかよ。
 しかしいまさら何かを言ったところで何かが変わるとは思いにくく、となるとやはりそれを受け止めてしまうしかないのである。実に悲しい。
「ポテトいるか?」
「それじゃ遠慮なく」
 優はあっさりと泣きまねをやめてポテトを口へ運んでいく。
「そういえば優、何でそんな端に座ってるの?」
 暖房ですっかり溶けてどろどろになっているであろうマックシェイクを飲んで朋香が言った。
 優の座っている位置は僕の正面。四人掛けの席で僕と朋香が並んでいるので自動的に優は一人で二人分座れることになるのだから、幾分ゆったりとしたスペースを確保できているはずだ。それなのに優は僕の前に座って、隣には丁度人一人が座れる空間があった。荷物を置いているわけでもない。
「それは俺が和哉の顔を近くで見たかったからさ」
 何のためらいもなくそう言い放った。もちろん冗談である。冗談であると分かっていても、かなり嫌なセリフだ。これは絶対に男同士で言う言葉ではない。
「お前な、そういう時はウホッとか言って乗れよ。振ってるんだからよ。まぁ冗談なわけだが」
 笑ってポテトを一つ食べる。ウホッてなんだ?

第一章 冬風のしたで 二-2

2008-03-04 | one day -鈍色の叫び-
 昼食を終えて店を出てから次はカラオケに向かう。
 さっきとはうって変わって物静かで、薄暗いカラオケ屋だった。防音がしっかりしているのか個々の部屋からは光が漏れているのに音は全然聞こえなくて、わざと落とされ気味の照明は上品な雰囲気をかもし出していた。
 一時間一人四百円で優が一人一時間だとか言って三時間歌うことになり、どこから入手したのか優は割引券を出して千二百円のところが千円になった。
 係りの人に誘導されて部屋に入ってから「それではごゆっくり」と丁寧に頭を下げる店員を見送って早速カタログに目を通す。
「よし! 久しぶりのカラオケだ、歌うぞ!」
 一人メラメラと炎をバックに燃えている優を含めてカラオケが始まった。
 まず初めに曲を入れたのはやはり優で、それはもう熱い曲だった。途中何度も叫ぶようなところも惜しまずに声を震わせて気持ち良いビブラートを作りながら曲は進んでいく。
 隣でカタログを見ていた朋香が僕の膝あたりをつんつんと突付いているのに気づいた。
「優ノリノリだね」
「いつもこの曲から歌い始めてるしな、こういう曲のほうがエンジンかけやすいんだろ」
 普段どおりの距離で話すとまったく聞こえないので、自然とお互いの距離は近くなる。優が大きな声で歌っているので余計に聞き取りにくい。
「ふーん、そういうものなのかな」
「そういうもんなんだろ、朋香は友達とカラオケとかあんま来ないのか?」
「うん、全然」
『ばかやろー!!!』
 突然の罵声に俺も朋香も一瞬ビクッと体が震えた。優がガラスを割らんばかりの声で叫んだからだ。
 しかしそれは僕達に言われたのではなく、歌詞の一部だったらしい。なんて迷惑な歌だ。
「相変わらずすごいね」
「あぁ」
 素直に同意する。ようやく曲が終わったのか優は肺から全ての空気を吐き出すように息をつき、深々と椅子に座り込む。
「お疲れさん」
「ふぅ、気持ちよかった。やっぱり最初はこれからだな」
「すごい叫び声だったな」
「お前も歌ってみれば?」
「いや、俺にはお前みたいな大声は出せないから遠慮しとく」
「それは残念だ。っと、次誰歌う?」
「あはは、私だったりして」
 優から朋香にマイクが渡されて、「やっぱり恥ずかしいな」と言いながらも朋香の選んだ歌が始まった。優とは違うもっと静かな曲――優の曲と比べれば何でも静かだと思うが――で、最近出たばかりの新曲だった。何かのドラマで使われていた曲だと思う。
 右手にマイクを持って、左手でリズムを取りながら恥ずかしそうに歌う朋香は可愛かった。僕の視線に気づくとすぐに画面に顔を戻してしまったけど。
 さて、僕は何を歌おうか。これといって歌いたい歌があるわけでもない。カタログをぱらぱらとめくって、最後までめくり終えて、また戻ってめくる。ぱらぱらぱら。
「どうした?」
 その行動を見ていた優が訊いてきた。
「いや、何歌おうかなって」
「そうだな、これとか良いと思うぞ、歌いやすいしな」
 自分の持っていたカタログを僕の前に持ってきて曲の名前と番号が書いてあるところを指差す。僕でも読める英語で書かれたその曲はどこかで聞いたことのある名前だった。どこで聞いたか、どんな曲だとかも忘れているけど、それはメロディを聴けば思いだすかもしれない。
 他に選ぶ曲も無いのでその曲を選んで機械に入力する。ピピッと高音の電子音がなった後、テレビ画面の上のほうに入力を受け付けたことを表すサインが表示された。
 それから朋香の歌に耳を傾ける。澄んでいて綺麗な、それなのに恥ずかしくて震え気味のその声は、聞いていて心地がよかった。
 歌が終わって間奏に入ると朋香は「あーやっぱり恥ずかしいよ」と両手で頬を押さえた。その手の下が染まっているのが容易に想像できる。
「なかなか良かったと思うぞ」
「そ、そうかな」
 うつむき加減に言う朋香の両手が少し顔を強く押さえた、ような気がする。
「それじゃ和哉がんばれ」
 背中をポンと優に叩かれながら朋香からマイクを受け取るとすぐにやはりどこかで聞いたことのあるメロディが流れ始めた。
 Happy Rainbowと画面にでかでかと映された文字は、名前の通り虹色に装飾されていて、なにか他の曲とは違うような印象を受けた。優や朋香が歌った曲のタイトルはこんなことはされていなかったのに。
 出だしの長い間奏。確かに聞いたことはあるはずのそのピアノで奏でられるメロディは優しくて、壮大で神秘的な何かをイメージさせていた。
 メロディは思い出されるが一向に歌詞を思い出す気配は無い。だがおそらくこの調子ならそのうち歌詞も思い出すだろう。ようやく画面に歌詞が表示される。
「…………」
 それは僕の動揺を誘うに十分だったようで、その歌詞を見た瞬間に言葉が出なくなった。
 なんせ出だしの歌詞が、まさかそんな曲だとは思っていなかったようで僕は色づいていく歌詞をしばらく眺めていた。
「どうした?」
 優が尋ねてくる。
「なんというか…………これ歌うか?」
「お前歌わないのか?」
「あ、あぁ、別の曲探してみる」
「じゃあこの曲もらうわ」
 優がリモコンで曲をリセットし、再び初めから曲が流れ始める。優雅で幻想的なメロディが流れた後、優が歌い始めた。それは最初に歌ったものとは似ても似つかないくらい優しい声で、持ち前の高めの音質を使って、綺麗に歌っていた。

 愛してる 大好きだ
 何度も何度も言ったのに 声は君に届いてるかな?
 ここに居ない君 ここにいる僕
 こんなに近くにいるのに どうして触れられないの?
 本当に 愛してる 本当に 大好きだ
 どこにも行かないで ずっと傍に居てほしい
 一緒に見た虹はすぐに消えてしまったけれども
 君にはずっと 居てほしい


 それから三時間のうち、大体優が五割、朋香が三割、僕が二割くらい歌って部屋を出た。
 朋香は優が初めのほうに僕の代わりに歌った歌が気に入ったのか軽快に口ずさんでいた。
「さて、次何しようか」
 大きな伸びをしながら優はスタスタと歩いていく。何をしようかと尋ねながらも何をするかは決まっているらしい。方向的にはゲームセンターのほうだ。
 ワインレッドのタイルを敷き詰められた上にあるゲームセンターは、やはりゲームセンターらしく様々な電子音が入り混じって壮絶な不協和音を展開していた。
「それで、何するんだ?」
 ゲームセンターに入ったはいいがそのまま少し動かなくなっている優に問いかける。「ん、あぁ」という返事が返ってきた。
「なんかやりたかったんだけど忘れた。まぁ適当に遊ぼうぜ」
 そう言ってずかずかと中に入っていく。
 何をしたとかは詳しく全部は覚えていないけれども結構色々やったと思う。
 対戦定番のレースゲームはもちろんやったし、音ゲーやガンアクション、格ゲー、パズル、シューティングに何故かクイズゲームまで制覇した。しかもことごとく優に圧倒的大差で完敗。朋香とのクイズゲームにいたっては一問も答えさせてもらえなかった。その瞬間だけ勉強しようという思いが膨らんで、別のゲームに行ったときにはもう消えていた。
「和哉弱ぇ」
 連敗続きですっかり心が折れてしまっていた僕はいつかと同じようにベンチでぐったりとして、あそこをこうすれば勝てたんじゃないかとか、あのタイミングがあーだこーだと考えていたのだけれど、結果はいつも完敗だった。優は僕の頭の中ですら連勝しているらしい。
「お前が強すぎるだけだろ」
 並んで広めのベンチに座っている優に最後の抵抗を試みるが、逆に僕のむなしさを煽った。自滅してどうすんだよ……。
 朋香がトイレに行っていて待機中の僕達はゲームについてあれこれ言い合っていた。
「大体なんでお前そんなに強いんだよ、向こうの学校でテニス漬けじゃなかったのかよ」
「そんなもん才能だ才能」
「ゲームの才能とかいらなすぎるだろ」
「案外そうでもないぞ」
「役に立ったことあるのかよ?」
「お前を叩きのめして抜群に気持ちが良い」
「…………」
 だめだ、これ以上続けても僕の心が削れていくだけだ。もう僕は何も言わずに朋香の帰りを待った。ベンチから窓越しに空を見ると日は随分と傾いているらしく、さらに相変わらず分厚い雲が空を覆っていて、限りなく闇に近い世界が広がっていた。
 朋香がトイレから戻ってくるとようやく帰ろうという雰囲気になってベンチから腰を上げる。
 出口へ向かう途中ふと優の顔が横を向いて何か見つけたらしく、「ちょっと待ってくれないか」と言い残して走り去っていった。その先にあるのはUFOキャッチャー。
「あれほしかったのかな?」
 共に待機命令を出された朋香が優の向かうゲームの景品を見て尋ねてくる。
「そりゃほしいから行くんだろ」
「あ、それもそうだね」
 サイフから百円を取り出して機械に投入後、クレーンが動き始めた。普通はもっとまじまじと見つめたり、ケースを横から見て奥行きを確かめたりするものだと思うのだけれども、優は一切そんなことをせずにクレーンを動かしているようで、迷いなくそれは景品の上まで移動してそれを掴む。見事に景品の一部にひっかかり、それをつまみ上げ、シュート。
 取り出し口に転がってきたそれを取り出して優が「悪い、待たせた」と言って戻ってくる。UFOキャッチャーをして待たされた分としてはかなり短かったと思うが。
 手には先ほど獲得した景品が収まっていた。
「……何だそれ?」
 優の手に持つそれは三十cmくらいの大福に豚鼻をくっつけて棒線を縦に二本書いて目を作り、頭部と思われる部分からさくらんぼを蔓部分から突き刺したような、小学生がデザインしたのではないかと思うほど恐ろしく単純で奇妙な生き物(?)のぬいぐるみ。何でそんなのほしかったんだ?
「何でそんなのほしかったんだ?」
 思わず言ってしまった。
 優はにこにこ笑いがなら、少し困ったような顔をして、
「俺もそう思う」
 と頭をかいた。照れ隠しだろうか? まぁトトロで泣くぐらいの感性の持ち主ならこの人形に何かを感じ取っても不思議ではない、様な気がする。
 とにかく無事優のUFOキャッチャーも終わり、皆で帰路に着いた。
 建物を出ると日が落ちた分、昼頃よりもずっと寒く感じられ、暖房のついた場所から出てきたために一層寒かった。
 来た時と同じように並んで駅に向かって歩く。比較的この辺りは明るく、街灯も多いため足元がよく見えるのだが、優の黒い服装はその光も遮って黒かった。まるでそこに光が無いような、そんな黒さ。手には鞄に入りきらなかった謎のぬいぐるみを持っているが。
「優って本当に黒色好きだよねー」
 可愛らしいフードを被った朋香が跳ねた声で言った。
「いつ見ても黒だし、レースゲームの時も車の色黒にしてたし」
「んー、別に好きってわけじゃないけどな」
 優はさっきのように困ったような声で苦笑する。
「じゃあどうしていつも黒なのよ」
「さぁ、なんでだろな?」
 はははと優の目は笑っていた。別に黒くたって良いじゃん。何色でも優だろ? そう言おうと思ったけれど、恥ずかしくてすぐにやめる。
「ほんと今日はよく遊んだなー」
 映画とカラオケとゲームセンター、高校生の僕達にとっては十分な量だろう。
「向こうじゃ部活ばっかやらされて全然遊べないんだよな。朝練があって勉強して昼から夜までずっと部活でテニスだぜ? 信じられねえよ」
「でも勉強時間が短いってことだろ? いいじゃん楽で」
「お前な……勉強の方が絶対楽だぞ。一日九時間もラケット振り回してみろ」
「う、確かに辛いかも」
「でも優って勉強の成績も良いよね」
「まぁ勉強はしてるからな。和哉の二倍、いや三倍はあると思うぞ」
「三倍は誇張しすぎじゃないか?」
「じゃあお前テストの平均点言ってみろよ」
「…………」
「もっと勉強しろよ」
「……やべ、ほらもう電車来るぞ、急げ」
「おい逃げんな」
 そりゃ走り出したくもなるさ。勉強なんて大嫌いだ。


 はぁはぁと息を上げながらも切符を買って、本当にやってきていた電車に慌てて乗り込んだ。もう一本待てば良いのだけど、なんとなくそれはできなかった。
 車内は昼よりも随分人の数が減っていて楽々とクロスシートに座ることができた。僕と朋香が並んで座り、優は一人窓の外を眺めている。
 帰りの電車は行きよりずっと早く感じられて、気がつけば電車は目的地に到着していた。
「さむっ」
 駅を出るとやはり寒く、体を縮ませて身を震わせる。相変わらずタクシーに乗り込んでいく人たちが羨ましく思えた。
 祭りの後の脱力感というか、なんとなくそんな雰囲気がゆったりと流れていて、適度な疲労も混ざり合って三人とも駅から出てしばらくは何も話さなかった。
 それは静かな沈黙だったけれど、逃げ出したくなるような感じではない。それはもうそんなことを考える余裕もなく疲れているのか、それとも一緒に歩いているのが慣れた親友だからか、それは分からないけれど、嫌ではなかった。
 丁度五分くらい歩いたところで最初に口を開いたのは優だ。
「和哉、ちょっと付き合ってくれないか?」
「俺にそんな趣味は無いぞ」
「本当にお前は馬鹿だな。サーカス団のミジンコのほうがよっぽど賢いぞ」
 少しぼけただけでなんて言われようだろう。昼食の時に優もかなり変なことを言っていた気がするが、気のせいだろうか。
「二人ともどこか行くの?」
 少し心配そうに優を見上げる朋香。時間が時間だしな、多少心配になるようなこともあるのだろう。もちろんこの町で物騒なことがあるとは思えないけれど。
 諭すように優が優しい口調で、少し借りていくだけだよと告げる。さっきから人扱いされて無いぞ僕。
「まぁその辺ぶらぶらしてすぐに返すよ、おばさんにもそう言っといてくれ」
「ん、わかった」
 そう言って朋香と分かれて二人でぶらぶらと歩く。特に行くあても無いらしく、ただ二人で歩いていた。
 この町には街頭が少なく、道が暗すぎるせいですぐ隣に居る優すら見失いそうになる。星も出ていないことがそれを手伝っている。
「そっちの学校はどうよ、なんかあったか?」
 唐突にそんなことを優が話始めて、なんて答えようか少し迷ったが、思いついたことを喋ることにした。
「別に、期末テストがあって先生の愚痴言って友達と馬鹿やったりしてただけ」
「そっか、まぁそんなもんだよな」
 その声だけがはっきりと優がそこに居ることを示している。
「一人暮らしってどう思う?」
「どうってなんだよ」
「家事が大変そうだとか色々あるだろ」
「そうだな、寂しそうとか、かな」
 そう言うと優は何か考え込むように僕とは反対の方向でうつむき、
「案外そんなこともないよ」
 表情は見えないがその声はどこか嬉しそうな、悲しそうな、あるいは自嘲気味に言った。
 ひたすらに歩いた。暗すぎてどのくらい歩いたなんてほとんど分からないが、会話はまだ続いていた。
「大学どこに進学するとか決めてるのか?」
「いや、まだ何も」
「やりたいこととかは?」
「勉強が嫌いだからな、まだ全然そんなの考えてねえ。テストで精一杯」
「それでもヤバイ点数なんだろ、朋香に迷惑かけんなよ」
「お、おう」
 突然朋香の名前が出てきて焦る僕に気づいているのか気づいていないのか、もっと別のことを考えているのかも分からないが優は淡々と質問を続ける。
「お前さ、幼稚園の頃とか覚えてるか?」
「幼稚園? まぁぼんやりとなら少し」
「一緒に遊んでた友達の名前とか、覚えてるか?」
「流石に、そこまでは覚えてないな」
「…………そりゃそうだよな」
 その声は確かに、僅かな悲愴が混じっていた。他人が聞けば笑っているように聞こえたかもしれないが、随分長い付き合いの僕には分かる。
 もう十年以上も前の話だ。小学校も一緒だった奴のことなら少しは覚えているが、優が言っているのはそういうのではないと気づいていた。
 あの頃はいつも優と俺と三人で遊んでいた。無邪気に遊んでいた頃が少し懐かしく思えてくる。三人? 
 もう一人、誰だっただろう。しかし記憶が古過ぎてまったく思い出すことが出来ない。その子は元気にしているのだろうか。
 優が言っているのはその子のことだろう。卒園と同時にまったく姿を見なくなってしまった。別の小学校に通っていたのか、それとも引越しでもしたのか、それとも――
 あまりに酷いことを考えてしまった自分が悲しくなった。そんなわけはない。頭をぶんぶんと振って考えをもみ消した。
 それでも残った残り滓のようなものがしばらく頭の裏側にこびりついて離れてはくれなかった。
「そうだ、今年デパートの前でイルミネーションやるの知ってるか?」
 先ほどとはうってかわって、優は普段の明るい声に戻っていた。
「そうなのか?」
「あぁ、クリスマスの夜までやってるらしいぜ、今朝のチラシになんか書いてあった」
「んなもんいちいち確認してねえ。なんかおばさんっぽいな」
「うるせえよ」
「わりい」
「お前、朋香と行ってこいよ」
「優は来ないのか?」
「俺は、まぁ、その、あれだ。荷物整理で多忙だ」
「別に変な気とか使わなくてもいいぞ?」
「今更お前らに気配りなんてするかよ」
 そう言って綺麗に笑った。僕もそれに釣られて楽しくなる。やっぱり笑ってるほうが楽しくていいよな。
 気がつけば踏み切りの前で話しこんでいた。
 途中で何度か電車が通り、お互いの声が聞こえなくなる時もあったが、それでも話し続けていた。
 再び遮断機が降り、カンカンという耳に障る高い音が響く。
「今日は中々楽しかったぜ」
「ん? 聞こえないって!」
「楽しかったっつってんだよ!」
「俺もだ!」
 お互いに叫びあっているのが妙におかしくて、やはり笑ってしまう。電車が通り、何度も聞いた轟音で耳が痛くなった。
「――――――――良かった」
 優が何かを言っているけれども残念なことにまったく聞こえなかったが、とりあえず何かが良かったらしい。なら悪い気はしない。
「んじゃ、俺帰るわ」
 そう言って優は手を振りながら歩き出す。
「朋香に今日はありがとうって言っといてくれ」
 それだけ言い残すとまるで影が闇に溶けるように、すぐに見えなくなった。だから黒すぎだっての。
 さて、帰るか。
 思い出したように冷たい風が頬を撫でた。立ち止まって話していたから寒い。
 ポケットの中に手を突っ込んでカイロを握り締めてみても、すっかり冷たくなっていて役に立たなかった。