あっという間に、次の誕生日がやってきました。
夜明け前の空には、明けの明星が大きく輝いています。
今朝は、同じ誕生日の先代ロッキー君の写真の前にも、お誕生日のおやつをお供えしました。
こたろうが自分にくれるのかと思って、うろうろしています。
2013年の二月に撮った写真、確か節分に大雪が降ったんじゃなかったかな。
ロッキーは11才でした。こたろうとは違いアクティブな子でした。
誕生日が違えば、縁はなかったと思いますし、ロッキーがこたろうと出会わせてくれたと思っています。
先日、酔っ払い叔父さんの思い出を書きましたが、ご先祖様とか親戚の人、もちろん親もそうなんですが、血のつながった人たちの人生に思いを寄せる事が増えました。
今朝、誕生日の朝起きる時に思ったんです。
過去を振りかえるより、前を向いていこうと思うようにして生きてきた。過去と他人は変えられないと。
でも、ここまで生きて生かされてきた今、過去を振り返るのは、決してネガティブなことではないと。
私にもまだ夢や目標はあるけれど、40年50年前のそれとは違って当然なんだと。
そんなことにいまさら気づくというか、意識するのも愚かかもしれませんが、割と自分の人生を否定する傾向にある私。
高齢者に突入する誕生日の朝、またサトリを開いたような気がしています。
そのサトリ、何度目?(笑)
敢えて悟りとは書きませんが(爆)
はい、いくらでも過去を振り返ってみましょう!
ただし、時は前にしか進みません。
それと同時に想ったことがあります。
神さまは宇宙そのものだと思っていると先日書きましたが、最近神とか悪魔とか妖怪とかの出てくる映画を立て続けに観ていて、その中のセリフで、あっ!と思い出したことがあります。
地獄は、神を信じさせるために作られた、というようなセリフがあったのです。
天国極楽地獄は、生きているうちに自分の中に作るものだ、と考えていました。
その詳細を絵や文章で見聞きすることはありますが、それらはすべて人間が作ったものですよね。
神や仏の教えを信じる事で自分の軸を保って生きていけるのは、それ自体素晴らしい事だと思います。
でも、改めて考えると、悪いことをしたら罰が当たるとか、地獄に落ちる、というのは脅しのようなものでは。
悪人も、それを自分が悪だと認識しなければ、その人にとっては悪でもなければ地獄にも落ちない。
必要悪だの不必要善などと言う言葉もありますが、善悪も対極にあるものではなくて、そんなような曖昧なものなのかなって。
いわゆる本物の「神」といえるのは、宇宙そのものだという事で、自分が考えてきたことにピンポ~ン♪と正解の音を鳴らした次第です。
人が創った色んな神がいて、仏はまあ神とは別物らしいですが、その教え自体には頷けるところも沢山あるけれど、それに関わる人間のやることは、到底同意できるものではない物も沢山あります。
私自身の都合とか考えで、それぞれの教えなどを切り取りつつ、暮らしていこうと思いました。
もちろん、それがすべての人々に同意されるものではないとわかっていますが、最低でもボケないうちは人の迷惑にならないように暮らしたいです。
もう少し長くなりますが、オオカミとカラスのことを書いておきます。
恥ずかしながら、私は長い事一匹オオカミというものを、自分の都合で解釈していました。
一匹オオカミにも、道しるべとなるものがいるという事も、母親になってから知ったことです。
道しるべとなるのは、カラス。
カラスが獲物のいるところに導いてくれる。
そこまでは、知っていました。
正直な話、結婚して子供を持ってから、自分は群れに属さない一匹狼でいい、と思って生きていました。
それまでは、友達は多い方でした。
そうすることで、自分の自己中とか孤独を正当化していたのでしょうね。
叔父さんに似て、不器用なんでしょうと言いたいところですが、それ以前に実の父が不器用ですから、父に似たんです。
爆
不器用な家系です。
本物の一匹狼は違う。
ある日群れを離れるのは、近親交配が続くのを防ぐためだそう。
敢えて群れのリーダーに逆らい、負けたら出ていくのです。
違う群れに入れてもらえなければ、一人で生き抜くしかない。
そんな中で、カラスと出会う。
カラスが高いところから獲物を見つけ、それをオオカミに知らせる。
絶好のパートナーとなり、オオカミが獲った獲物をカラスがシェアしてもらう生活がしばらく続く。
けれど、オオカミにとってカラスは最終的なパートナーではない。
他の群れに入れなければ、新しい群れを作るために、同じオオカミのパートナーを見つけなければならない。
長い旅の中で、ついにパートナーと出会い、新しい群れを作る。。。
みたいな。
いまさらですが、本物の一匹狼っていうのは、近親交配を避けるため、そして新しい群れを作るために、敢えて群れから離れるんです。
一人で生きて行こうなんて思ってはいない。
危険で勇敢なチャレンジャーなんですね。
これは、互いがしばしの相棒に出会った時か、それとも別れの時か、それは皆様が決めてください。
この狼にとって、新しい群れを作るか、新しい群れに入るかっていうことは、「縁」なんでしょう。
縁というものも宗教的な話でしょうが、人生で最も大切なものだと感じます。
生まれてきたところも出会いも、すべて縁、と考えるのは仏教的なのかな?
長くなりましたが、最後までお読みいただきありがとうございます。
感謝をこめて
つる姫
追伸
どうしようかまよいましたが、思いついて東京タワーまで歩いていってかえりました。
三万歩には及びませんでした。22000歩ほど😆
行き帰りは晴天で汗ばみました。帰宅後雲が広がりいまは寒そう。
詳細は明日の朝刊で(笑)
*今日書いたことも私が理解して表現した個人の見解です。
校正なし、誤字脱字言い回しに変なところがあってもお許しを。