夫と一緒に12月8日に窓ぎわのトットちゃんのアニメ映画を見に行きました。戦前で、特別支援学級が学校にない時代にインクルーシブ教育を始めたトモエ学園と生徒、トットちゃんや泰明ちゃんの学園生活と戦争と言う時代の波を原作にそってアニメ化されていたので、感動し涙が止まらず最後は、号泣です。私は、トモエ学園が80年代まであってもし、夫が通っていたらきっと虐待の愛情を与えないネグレクトを母親から受けていることに小林校長がお弁当から気づいたはずと思いました。戦前にインクルーシブ教育や

三大栄養素が

子供の成長に必要だからお弁当に入れるようにと他の学校よりもいち早くしていたトモエ学園と子供を信じ考える力をのばすやトットちゃんと一緒なら泰明ちゃんも皆と同じようにできるようになると

信じて見守ることをしていた小林校長は

素晴らしいです。子育ては、子供の考える力をのばし見守ることが必要だと気付かされました。帰りの車の中で夫が、トットちゃんと同じだっからあの時代に生きて、トモエ学園に行ってたら違ったかもしれないと言ったのです。その時にトモエ学園が80年代まであって通っていたらきっと小林校長がお弁当からお母さんの作る弁当でも大人の作る弁当でもない子供の作るお弁当だと長男のお兄ちゃんが作ってることに気づいて、虐待の愛情を与えないネグレクトを母親から受けていることがわかったはずだよ、でも私が生まれた昭和53年に廃校届け出してるし、70年代後半には、学校に特別支援学級が作られるようになったからねと言いました。戦争で、芸術家達や文学者達に戦争関係や軍事関係に切り替えろと国から命令があり、徹子さんのお父さんにも軍歌を演奏してほしいと要請があったけど演奏のお礼に食料を差し上げると言われたが、軍歌は演奏できないと断った勇気ある人です。ハイと素直に受け入れて行ったのは、画家達だったと思う。画家フジタさんも西洋画だったが、戦場の戦闘機を描いています。子供にもスパイと間違われるからカタカナ語の外来語を言わせないように親がしていたりと人間としての自由を民間人から奪ったのです。東京大空襲で、トモエ学園も焼け小林校長の次はどんな学校を作ろうかの言葉に戦争に対してくっしないぞと学校設立に意欲を燃やしていることが伝わります。私は、トモエ学園のような放課後等デイサービスが令和の時代にあれば親が少しだけど肩の荷が下りるのではないかと思いました。戦争は、地球上でないけど武装勢力と軍事勢力による戦いが今もあります。子供達の中には、武装勢力のグループに入りたいや軍人になりたいと言う夢を持つ子も少なからずいます。本心からではなく自分を守れるのは、自分自身しかないと言うことを知ってるからでしょう。なので、窓ぎわのトットちゃんの本が、出版された国でも字幕で良いので上映してほしいです。DVDが出たら必ず購入します。だまされたと思って皆さん見てください。




