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チャーリーブラウンによろしく

2年ほど放置していたブログですが、ヤプログから引っ越してきました。
更に数年を経て、ようやく再開しました。

叫風一過 7

2015年11月04日 | 小説
前回までのあらすじ
バイクが小学生の列に突っ込む原因となったのは、明幸が車道の帽子を取りに歩道の柵を飛び超えたたからであった。話を聞いた婚約者の佳乃は、二人の将来のために、警察には出頭しないで二人だけの秘密にしようと言った。

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 昌弘が阪神の逆転勝利の慶びに浸りながら、睡眠薬代わりの新書を持って寝室に行ったのを機に、洋子は立ち上がったが、やがて思い直し、佳乃に、居間から電話をかけた。呼び出し音が途切れ、
「はい」
という娘の鼻声に、やっぱり泣いていたかと得心しつつ、
「佳乃。あんた、ひょっとして妊娠した?」
 母親は、単刀直入に、自らの勘が自らに告げた推測をそのまま口にして、核心に踏み込んだ。
「え、なんて?お母さん、妊娠って私が?まさか。してへんよ」
 うろたえる佳乃に、洋子は、ならば、何があったのかを話すよう促した。その落ち着いた声は、娘が容易ならざる事態に直面していることを見抜いていると告げるとともに、隠し事をするなと命じてもいた。
「そっちに行く」
 佳乃が電話を切り、しばらくして居間に着くと、チリのビオワインがグラス二つを従えて、テーブルの中央に立っていた。
「自白剤。しかも、ピノ・ノワール。どう?ええやろ」
と、洋子が顎でボトルを示して、笑い、バケットを手早く切った。
「ありがと」
―やっぱり、ただごとじゃない―佳乃のしんみりとした声に、洋子の気持ちは、再び引き締まった。二人はテーブルを挟んだ。グラスに暗赤色の芳香が開いた。
「で、妊娠してへんということは、浮気?」
 ワインを飲み、小さくちぎったパンをオイルにちょいと浸けて口に放り込み、洋子は照準を娘の顔にピタリと合わせた。
「そんなことやったら、どんなにいいか」
 一生懸命笑おうとする娘の目元には、もう泪が溢れていた。―昌弘がここにいたら、この時点でもう平静を失いかねない。とりあえずは夫を「のけ者」にして正解だった―と洋子は思い、ティッシュの箱を娘にあてがった。
「まぁ、ゆっくり飲んで、どっしり構えて、じっくり話そう」
 母は自分にも言い聞かせ、口の端を無理に持ち上げた。


 あちこち水滴が眩しい、爽やかな週末の朝だった。台風は、夜半に豪雨を降らせた後、紀伊半島をかすめ、黒潮に沿って足早に北へ去った。午前九時過ぎ。呼び鈴が鳴った。こんな日時に明幸を訪ねる友などいない。宅配便だと決めつけ、彼は一晩中苦悩したためぼやけた顔のまま、物憂い返事をしてドアを開けた。
「あっ、お義母さん」
 洋子が立っていた。
「おはよう」
「お、おはようございます」
 今朝、早くにたたき起こされた「のけ者」は、妻に佳乃のことで話があると告げられた瞬間に、父親の顔になった。目覚ましのコーヒーをすすりながら話を聴き、答えを求められた夫は、「そら、お前」と口火を切った。彼の答えは、洋子の思いと同じだった。安心したと告られげた夫は、それならばと、後を彼女に託した。
「明幸、俺のこと、怖いみたいやしな」
 夫は、どこか誇らしげに言い添えた。









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