[吾唯足るを知る]という言葉に
隠されたスゴイ真義。
長居和尚
人はとかく、いろいろなモノや気持ちに飢えている。
常に情報を欲しがり。
モノをひたすら欲求する。
高城剛さんは、日本人は『消費教』の信者だ。と言った。
「確かに!」
クリスマス商戦(いくさである!!)
バレンタイン商戦(いくさである!!)
お正月商戦・・・・・・・(笑)
神道 キリスト教 仏教とかは日本人はホントはどうでもいい人が90%で、消費をすることに取り付かれている。
このカルト的な思想は最も恐ろしい!!!
クリスマス、バレンタインならまだしも、最近はセントパトリックデイとか・・イースターとか。
何でも、民衆を商戦という戦に巻き込んで、儲けようという方々も・・・知恵は無限というか・・・
いろいろですね。
でも、まあ状況によっては
欲があることは、そんなに悪いことばかりではないと和尚は考える。
もし
それが向上心につながって、意欲の向上に役に立つなら
むしろ、大きな欲、つまり大欲を持つことは、佳きことなのであろう。
今日のテーマは、冒頭にもあるが。
たった一つの言葉
[吾唯足るを知る]である・・・・・・・・・
この言葉の意味を、インターネットで調べてみると、いろいろな
お考えが紹介されている。
人気質問サイトの ウィキペディアさんでは。
Q吾唯足るを知るってどうゆう意味ですか?どんな由来ですか?
という質問に対し。
A
1これは、老子の
自勝者強 知足者富
から来ております。
例えば
戦場に行って、明日死ぬかもしれないという恐怖の中で過ごしているわけでもなく、
昨日、今日食べることができず、明日も食べ物を得る望みもないというわけでもない。
長い日本の歴史の中で、また現在の世界中の中で、こんな恵まれた60年間に生きている幸せを感じず、
いつも不平不満を言っている現代の日本人をどう思いますか?
心が貧しく生きるより、足るを知って、心豊かに生きる方がよいかと思います。たとえ経済的には貧しくとも。
(そういいながらも明日月曜日はまた満員電車に乗って、会社に行くのですが・・・)
追伸
蛇足とは思いますが、龍安寺関連のサイトを見ていたら、このつくばいは、水戸黄門様(川光圀)
が寄進したという伝承だそうです。我々が見ているものは、レプリカです。
これを調べますと
方丈(本堂)の東北にある茶室「蔵六庵」に大切に保管されています。
非公開の茶室にあるためレプリカ(模造品)を拝観ルートに置いてあるそうです。
2『人生、望むと不幸が起きるから、どんなことでもありがたく感謝しなさいよ』
といって、個人の『幸福追求』を抑圧する考えです。
為政者つまり支配者が、人民を弾圧するときに使うもっともらしい言葉として、日本では使われてきた。
例えば、現在の隣国では
『配給があるだけ、ありがたいと思いなさい。牛肉のスープや米の飯を欲しがってはいけません』
という意味で、『手に入ったもの』『与えられたもの』で満足しなさいという『諦めの哲学』を人民に強いるものです。
3 吾唯足るを知る (われただたるをしる)
京都、竜安寺方丈の北側にあるつくばいに刻まれている文字で、禅の教えだそうです。
文字通り読めば「私は満ち足りていることだけを知っている」という意味でしょうか。
「満足することを知っている者は貧しくても幸せであり、満足することを知らない者は
たとえ金持ちでも不幸である。」ということかと思います。
この満足することを知るということは幸せに生きる為には、とても大切な事だと思います。
などなど
一般的な解釈はこういうことか、と理解してみたものの
和尚の心にはまだ引っかかるものがある。
なんか違和感がある。
ところで。再度出てきますが・・・・
老子にこの一文がある。
「知足者富」
(たるをしるものはとむ)
これは、やっぱり、老子の考えをまだ、古今の思想家は解釈し切れていないのでは・・・・・・
和尚はこう解釈しました。(信じない人は信じなくてもOKです!)
真義はコレであろう!!
『今持っているものを最大限に活かせば,富める人になれるよ!!』
『富める人は、あれこれ手を出さずに、持っているもの(能力、物質道具、財産)を充分に活かして栄えてるよ!!』
『あれが無いから欲しい。これが不足しているから手に入れたい、と、いつも不足感ばかり言ってると、持っているものを活かしたり、充分に使って
人生をエンジョイする前に不満感、不足感でいっぱいの人生で終わっちゃうョ!』
皆さんも自分のコトに当てはめて考えてみると、いろいろ考えるところが出てきますかな?
和尚は悪い癖で、本をめちゃめちゃ購入して結局読まずに手放したりすることもあって、すこし足るを知るように気をつけようと思います。
反省反省。
ではでは。
皆様も持っているものを充分に活かして
佳き人生をお過ごしくださいませませ。
拝
ではでは。
隠されたスゴイ真義。
長居和尚
人はとかく、いろいろなモノや気持ちに飢えている。
常に情報を欲しがり。
モノをひたすら欲求する。
高城剛さんは、日本人は『消費教』の信者だ。と言った。
「確かに!」
クリスマス商戦(いくさである!!)
バレンタイン商戦(いくさである!!)
お正月商戦・・・・・・・(笑)
神道 キリスト教 仏教とかは日本人はホントはどうでもいい人が90%で、消費をすることに取り付かれている。
このカルト的な思想は最も恐ろしい!!!
クリスマス、バレンタインならまだしも、最近はセントパトリックデイとか・・イースターとか。
何でも、民衆を商戦という戦に巻き込んで、儲けようという方々も・・・知恵は無限というか・・・
いろいろですね。
でも、まあ状況によっては
欲があることは、そんなに悪いことばかりではないと和尚は考える。
もし
それが向上心につながって、意欲の向上に役に立つなら
むしろ、大きな欲、つまり大欲を持つことは、佳きことなのであろう。
今日のテーマは、冒頭にもあるが。
たった一つの言葉
[吾唯足るを知る]である・・・・・・・・・
この言葉の意味を、インターネットで調べてみると、いろいろな
お考えが紹介されている。
人気質問サイトの ウィキペディアさんでは。
Q吾唯足るを知るってどうゆう意味ですか?どんな由来ですか?
という質問に対し。
A
1これは、老子の
自勝者強 知足者富
から来ております。
例えば
戦場に行って、明日死ぬかもしれないという恐怖の中で過ごしているわけでもなく、
昨日、今日食べることができず、明日も食べ物を得る望みもないというわけでもない。
長い日本の歴史の中で、また現在の世界中の中で、こんな恵まれた60年間に生きている幸せを感じず、
いつも不平不満を言っている現代の日本人をどう思いますか?
心が貧しく生きるより、足るを知って、心豊かに生きる方がよいかと思います。たとえ経済的には貧しくとも。
(そういいながらも明日月曜日はまた満員電車に乗って、会社に行くのですが・・・)
追伸
蛇足とは思いますが、龍安寺関連のサイトを見ていたら、このつくばいは、水戸黄門様(川光圀)
が寄進したという伝承だそうです。我々が見ているものは、レプリカです。
これを調べますと
方丈(本堂)の東北にある茶室「蔵六庵」に大切に保管されています。
非公開の茶室にあるためレプリカ(模造品)を拝観ルートに置いてあるそうです。
2『人生、望むと不幸が起きるから、どんなことでもありがたく感謝しなさいよ』
といって、個人の『幸福追求』を抑圧する考えです。
為政者つまり支配者が、人民を弾圧するときに使うもっともらしい言葉として、日本では使われてきた。
例えば、現在の隣国では
『配給があるだけ、ありがたいと思いなさい。牛肉のスープや米の飯を欲しがってはいけません』
という意味で、『手に入ったもの』『与えられたもの』で満足しなさいという『諦めの哲学』を人民に強いるものです。
3 吾唯足るを知る (われただたるをしる)
京都、竜安寺方丈の北側にあるつくばいに刻まれている文字で、禅の教えだそうです。
文字通り読めば「私は満ち足りていることだけを知っている」という意味でしょうか。
「満足することを知っている者は貧しくても幸せであり、満足することを知らない者は
たとえ金持ちでも不幸である。」ということかと思います。
この満足することを知るということは幸せに生きる為には、とても大切な事だと思います。
などなど
一般的な解釈はこういうことか、と理解してみたものの
和尚の心にはまだ引っかかるものがある。
なんか違和感がある。
ところで。再度出てきますが・・・・
老子にこの一文がある。
「知足者富」
(たるをしるものはとむ)
これは、やっぱり、老子の考えをまだ、古今の思想家は解釈し切れていないのでは・・・・・・
和尚はこう解釈しました。(信じない人は信じなくてもOKです!)
真義はコレであろう!!
『今持っているものを最大限に活かせば,富める人になれるよ!!』
『富める人は、あれこれ手を出さずに、持っているもの(能力、物質道具、財産)を充分に活かして栄えてるよ!!』
『あれが無いから欲しい。これが不足しているから手に入れたい、と、いつも不足感ばかり言ってると、持っているものを活かしたり、充分に使って
人生をエンジョイする前に不満感、不足感でいっぱいの人生で終わっちゃうョ!』
皆さんも自分のコトに当てはめて考えてみると、いろいろ考えるところが出てきますかな?
和尚は悪い癖で、本をめちゃめちゃ購入して結局読まずに手放したりすることもあって、すこし足るを知るように気をつけようと思います。
反省反省。
ではでは。
皆様も持っているものを充分に活かして
佳き人生をお過ごしくださいませませ。
拝
ではでは。