伊豆大島ジオパーク研究会 ブログ

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『2023年 第13回日本ジオパーク全国大会in関東』 参加報告(後編)

2023年11月04日 12時23分00秒 | 日記

『2023年 第13回日本ジオパーク全国大会in関東』 参加報告(前編) より続きます.


〇10/27 特別座談会「ジオパーク秩父と私」林家たい平 他2名

 開会式前日の夕方に一般市民も聴講できる催しとして秩父

会場で行われました.

人気落語家さんがGPをどのように捉えているのか興味があり,

ツアー解散直後でちょっと疲ていましたが,参加してみました.

冒頭のつかみはなんと,楽屋に大島のクサヤが届いたという話

題でした.大島には何回か渡島したそうで,裏砂漠や地層大切

断面の感想も披露してくれました.その後ブラタモリ浜松編を取

り上げ,稲作に向かない風土と織物の関係,織機(しょっき)職人

と舶来オルガンの修理というエポック,木工技術の発展,木製プ

ロペラ製造,金属中空プロペラの製造,金管楽器の製造・・

と土地の成り立ちと気候風土が産業発達に結びつくことをGPと

絡めて解りやすく語り,最後に二度の大震災後の復興には秩父

のセメントも役立っていること,夜祭屋台の豪華さはそのセメント

や絹織物(秩父銘仙)が生みだした富による,と地元聴衆に秩父

GPの素晴らしさを再発見することを促しました.付け焼き刃

のGP知識を披露するだけかもしれないと思っていたのですが,

あにはからんや楽しくて見事なGP概念の普及啓発座談会でした.

(撮影禁止のため画像はありません)

 


〇10/28 開会式  (一部オンライン)

 今回は分散開催の為か,全国大会では恒例だった開催GP

周辺の郷土芸能の披露がないことがちょっと残念でした.日本

GPの関係者・首長さんや政治家さんの挨拶・祝辞が続きまし

たが,多元中継のノウハウ不足によるものなのか,銚子会場や

リモート発言者の映像の不鮮明さと音声の聞き取りにくい事が

とても気になりました.素材が多元接続状態での視聴技術は,

だいぶ前に完成していますが運営側では会場全体の俯瞰映

像とPA音声のみの採取伝送で安易に済まそうとしたための

不具合だったと想像しています.当初は関東全GPによる分散

開催が予定されていたそうですが,この程度のオンライン会合

ノウハウのままで,もしも開催していたら大混乱必至だったと思

います.

 

[秩父会場となった秩父宮記念市民会館]

 

[映像・音声の共有に難のあった2元会場接続]

 

[開会前の秩父会場内]

 

〇10/28 基調講演 「チバニアアンと地質遺産」 (オンライン聴講)(要旨メモ)

講師 日本地質学会会長 岡田誠氏

 冒頭,チバニアンは何が凄いのかは現地に行ってもわから

ない.また房総半島の地質の凄さは専門家にはよく知られて

いるが,一般人にはわからない.という実例から説き起こし,

チバニアンを軸に地質に関するあれこれをお話して下さいま

した.以下は講演のメモです.

 地質遺産は後世に残す価値あるものであるが,専門家にしか

価値がわからない場所がある.一方でGPは地質遺産を含まな

ければならず,自治体は地質遺産で地域振興をしたい.観光

地や地域資源として成り立ちにくいものがある.地質遺産は専

門家にしか判断できない.

玄武洞は壮大な奇観により地磁気逆転発見前から観光地.

地磁気逆転は一部に見られるだけ.

チバニアンは地磁気の逆転の経過が逐一記録されていること

にタイムマシン的な価値があり,日本でははじめて地層年代の

境目(GSSP) となった.天然記念物にもなったが景観が理由で

はない.見学者来るが泥岩地帯でシマシマも無く地味.

GSSP:(国際境界模式層断面のポイント)地球史は地層に残され

た化石の種類の変化や,地層に刻まれた気候の変化などをも

とに 116の階に区分され.その内81の名称が決定している.

なお,地磁気で年代決定はできない.チバニアン階/期は77.4

~12.9万年前.現地の花粉の研究から,地磁気の逆転と生物

の相関関係は見いだされていない.

(撮影禁止のため画像はありません)

 


〇10/28 基調提言 「ジオパークは誰のためのもの?」 (オンライン聴講)(要旨メモ)

講師 糸魚川市観光協会事務局長(元日本ジオパークネットワーク事務局)  齋藤清一氏

 日本ジオパークの創生から関わっているが最近のGP活動

は元気が無くなってきた感がある.成熟期・高齢化・4年ごとの

審査の大変さ等が原因か.

世界GPによって規制されている鉱物資源の販売について,

糸魚川GPではヒスイ商組合を組織して規制に沿うよう対応して

きたが,糸魚川GPとの調整不調で組合は解散した.

GP活動には地質遺産の保全と継承に重きがあるが現世代に

実質利益を求める希望は当然ある.

GPをしっかりと知る.情報交換・学び・ゴールの共有が進んで

いない.個人企業・構成員レベルで具体的目標を設定行動

するところに至っていない.自分たちは何をしたいのか常に

考える必要.

地質物品の売買禁止についてヒスイを売りたい.GPやめて

もらいたいとの声もある.

認定審査はパスしないと行けないものなのか? 

行政の無誤謬性からパスが目的化しているのではないか.

GP—社会—地域

の三つが相互連携して発展するのが理想だがGPと地域の間

に現在の人々の為になる物がないと活動の継続性が確保しずらい.

本音の疑問・主張・納得が必要.今回地元で「世界の石展」が

開催されるがGPも出展を決めた.販売促進の現場でブレーキ

をかけ営業妨害をするような事になるかもしれない.

 

・・等々,糸魚川GPでは地質資源である地元産ヒスイの販売に

ついて深刻な状況が生じているようでした.この問題は秩父GP

にもあり,武甲山は古くから漆喰やセメントの材料として石灰岩

の採石が行われており,秩父一帯の繁栄の礎となっています.

一時閉山の計画があったそうですが,折から東日本大震災が

発生し大量のセメント需要が発生した為,採石停止とはならな

かったそうです.

(撮影禁止のため画像はありません)

 

〇10/28 分科会⑪『ジオ・エコ・ヒト―なぜジオパークで生態学?』

コーディネーター 平田 和彦

[JGN生態学WGリーダー、千葉県立中央博物館分館海の博物館 研究員]

分科会は両会場合計で11,秩父会場ではその内4分科会が

開催されました.

私は表題のものに参加しましたが,各地のGPで生態観察や

研究を行っている若い研究者の取り組みの事例発表をたくさん

聞くことができました.

なお,座談会には 伊藤 舜専門員も参加しています.

コーディネーターの 平田 和彦氏 は当日早朝に転倒したとの

ことで顔面負傷した痛々しいお姿でしたが,地質主体のGP運

動の中にあっては傍系である生態学の意義について冒頭の

趣旨説明で熱く語っておられました.

[コーディネーターの平田氏]

[分科会会場]

[伊豆大島GPの伊藤専門員も発表者]


〇10/28 交流会

 コロナ禍中の大会では交流会の中止や会場分散・めいめい膳

利用など制約の多かった交流会ですが,久しぶりに参加者が一

堂に会しての交流会となりました.おなじ円卓に着席した方たちと

の名刺交換は恒例です.今回は森内・牧野(立山黒部),図師(霧島),

石川(山陰海岸),肥沼(秩父),水永(アポイ)[敬称略]など.森内さん

には黒部ダムの構造を解説していただき,図師さんとは新燃岳の状

況やGP関係者必読の小説「死都日本」が話題になりました.

おひらきの寸前に来年の開催予定地の下北GPの方々が壇上から

参加を呼びかけ,会場からはエールが飛ぶという賑やかさの内に

散会しました.

なお,来年の全国大会は2024年8月30日開会とのことです.

[同テーブルとなった方々]

 

[恒例の次期開催予定地の決意表明 来年は下北GP開催で今回の大会に10名を送り込んできました]

以上を本大会の参加報告とします.

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『2023年 第13回日本ジオパーク全国大会in関東』 参加報告(前編)

2023年11月04日 10時54分41秒 | 日記

『2023年 第13回日本ジオパーク全国大会in関東』

 今大会は銚子ジオパークと秩父ジオパークの二か所および

リモート参加を利用した分散形式で開催されました.私はジオ

ツアーの希望エリアに沿って秩父会場に参加しました.

(以下ジオパークをGPと略記します)

 

秩父会場参加プログラム 

10/26-10/27 プレジオツアー

10/27 特別座談会 「ジオパーク秩父と私」林家たい平 他2

10/28 開会式  (一部オンライン)

10/28 基調講演 「チバニアアンと地質遺産」 (オンライン聴講)

10/28 基調提言 「ジオパークは誰のためのもの?」 (オンライン聴講)

10/28 分科会⑪『ジオ・エコ・ヒト―なぜジオパークで生態学?』

10/28 交流会

 

 これ以外にもポスター発表と10/29の小中高生の部をはじめと

した各種口頭発表が設定されていましたが,日程の都合がつか

ず参加できませんでした.

 

10/26-10/27 プレジオツアー

 秩父側のプレジオツアーは二つのプログラムが設定されまし

たが 『バスで巡る日本地質学発祥の地ツアー』を選択しました.

 最初に訪れたジオサイトは札所28番橋立堂という武甲山の西

端岩壁の麓に建つお堂でした.

二億年の昔,海洋プレート上で活動を停止した火山島の上に

生じたサンゴ礁が石灰岩に変じ,いったんプレート境界で付加

体となったのちに,その後方から沈み込んできた海嶺等で地殻

上まで押し上げられた山体が秩父のシンボルである武甲山です.

(なぜ持ち上がったのかガイドさんの説明はありませんでした.

海嶺による押し上げは推測です)

ここでは当時の火山島の名残りの玄武岩溶岩の露頭と,その

上に形成された石灰岩の山体の両方が見られます.堂の左側

には見学コースだけでも30mを超える落差の縦長構造の鍾乳

洞があり,石灰岩の山体を内部から体感できました.その後も

長瀞・秩父付近がかつて地底・海底であった事を示す多くの

イントや大型哺乳類の化石が発見された1500万年前の堆積

層を見学し,この地が「日本地質学発祥の地」と呼ばれる場所

であることを得心しました.

[秩父のシンボル武甲山]

 

 

[橋立堂]

 

 

[堂の裏にある玄武岩の露頭と表面の石灰岩]

 

秩父GPは日本列島がユーラシア大陸から分離し始めた2

万年前をはるかにさかのぼる2億年前から6500万年前にかけ

ての地層が各所に露出してしています.ここは関東山地の南

東部にあたります.糸魚川GPの解説パネルの表現を借りれば,

関東山地は日本列島が大陸より分離し,南西部と北東部に割

れた際にフォッサマグナ内に生じた「かけら」とされていますが,

武甲山一帯は海洋プレート上の山体がプレート境界に達した

後に,なんらかの原因で浮き上がって来た物とされていますの

で,もともとは大陸由来の陸地ではありません.加えて付近には

マントル内のカンラン岩から生じた蛇紋岩まで存在しているので,

列島創生の物語は単純ではなく,多彩な現象が含まれることが

想像されます.

[カニ・貝の化石を含む「ようばけ」 この地が海底であったことを示す]

 

[法性寺のタフォニ風化跡 岩盤表面からの水分蒸発に伴う. 塩類による風化跡]

 

[長瀞 この地が高圧力状態の地底にあった事を示す景観]

 

後編に続く

 

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