きりうゆかりの難民部屋

ボツ原稿、発表のあてのない原稿、出だししか書いてない小説などをアップしています。

ひるめしのもんだい

2010-05-13 21:16:48 | Weblog
 ヒト(他人)の作っためしをくう、というのがおののくような喜びである、というのは、普段メシ当番である者の特権なのだろうか、それともただくうだけの奴でもそうなんだろうか。とりあえず、旅館などに泊まったとき主婦がいちばん嬉しいのは、ヒトがめしを作ってくれて片付けまで全部してくれるそのことだと思う。てんぷらが氷点下までに冷めていよーがイカ刺しが噛み切れなかろうが問題じゃないくらいうれしいことなのだ。
 ところで、うちはときどき出前を取る。言っとくがあたしがずぼらを決め込みたいのではなく、ダンナが「今日は出前にしようか」と言うのである。そのときの心のトキメキをわかっていただけるだろうか。出前って、なんでこんなに嬉しいんだろう。
 しかし問題が一つあって、うちの近所つーもんは、まあまあ納得できる味と値段のバランスのとれた、出前をしてくれる店が2件しかないのね。歌舞伎町が近いからいろいろチラシはたまるけど、たいていは高くて遅くてマズい。あと、外国人のワルクチを言うてはならんと思いつつ、中華料理屋の中国人女性の電話応対は殴りつけるような口調で、「待たせてどーもすみません」なニュアンスがまったくない。下手に出られることに慣れきった日本人だからこその感想かもしれんが、「二度と注文するかチ×××ロ」なんて気分になるのも事実である。
 つーわけで、うちの場合出前取るのに、ラーメン屋とソバ屋が一軒ずつしかねえわけなのだよ。今んとこそれで不自由はないが、どちらかの店主が脳溢血でも起こして閉店してしまったら一軒しか残らないことになる。たいへん困る。このへんの事情はマンション全体で共通してるらしく、出入り口に置いてある使用済みの食器はこの2軒の物ばかりである。いっぺんドミノピザを頼んだことがあるが、胃を四分の三取ってもスパゲティは2杯くうダンナと、4杯は軽くいけるあたくしとゆうイタリア胃袋の持ち主にとってありゃなんとも値段のわりに食いでのない代物ですなあ。二人でラージサイズを10分で平らげ、まだなんもくった気がせんのでしょうがなくラーメンをゆでた。