『本格ミステリ・フラッシュバック』(東京創元社)という探偵小説のガイドブックが出版されたらしい。わたくしは、月に数度しか新刊書店をのぞかないし、わたくしが訪れる田舎の小さな書店に、本書が置いてある可能性も低いかもしれない。この情報はインターネット上で知ったのだけれども、わたくしは、その書籍名が、気になった。最初は、<本格>=<謎とき>の意味合いだろうと感じていたのだが、そこにリストアップしている作品名を眺めてみて、わたくしが<本格>と考える作品に対する感覚と微妙にずれているような気がしたのだ。
本書を手にとって、云っているわけではないので、具体てきに述べるべきではないかもしれないが、たとえば、石原慎太郎『断崖』や結城昌治『公園には誰もいない』を挙げるのは、わたくしは、苦しいと思う。両作とも、無理に<謎とき>という範疇に収めなくても、その存在を自己主張できうる傑出した作品たちだ。にもかかわらず、所謂<本格>としてとりあげることに、<ハードボイルド>の秀作として評価を得ている作品に、別の装いを与えること自体、無理がありすぎるのではないか。これから、いざ<本格>探偵小説を読もうという読者に対しても、ひいては、作者に対しても、それは、失礼のような気がしないでもないのだが。
もっとも、その内容・出来栄えにも関わらず、今、誰も、省みなくて、それでは、もっと盛大にスポットライトを当ててあげようではないかという趣向だとすれば、わたくしも大賛成だ。
蛇足ながら、わたくしが、約一年前に、愉しみながら挙げた、<思考機械(その51~55)『百人一書』~戸田和光氏へ>との、本書との重複について、わたくしは、驚きを通りこして、呆れてしまったことを告白する。本書と、わたくしの選定した作品の重複が、30件以上だったのだ。たしかに、日影丈吉『内部の真実』、土屋隆夫『影の告発』、陳舜臣『炎に絵を』といった有名重量級クラスだと、なるほど、納得はできるのだが、それが、おやっと思うのが、
小沼丹『黒いハンカチ』
高森真士『割れた虚像』
という作品。『黒いハンカチ』は、わたくしが知るのは、新保博久氏ひとりが、以前から、盛んに持ちあげていたぐらいで、それよりもはるか前に、間羊太郎氏が、自らのエッセイにとりあげていたが、ここまで人口に膾炙したのは、文庫版化した東京創元社(および新保博久氏)の力が大きいのか。『割れた虚像』は、<白梅軒>で知った本。評氏は、どこで、本書を、知りえたのだろう。それ(<白梅軒>登場)までは、わたくしは、まったく見知らぬ本だった。世間では評判の本だったのだろうか。
びっくりしたのは、
広瀬正『T型フォード殺人事件』
が挙げられていること。いやあ降参。世の中には、判るひとは、居るのだ。小松左京『継ぐのは誰か?』ぐらいであれば、誰でも挙げよう(せめて、草川隆『時の呼ぶ声』ぐらい)が、この作品を理解できるのは、わたくしだけではないのだ。ううむ。あなた(評氏)も、ちょっと変わったひとなのかもしれない。流石は、広瀬正といいたいような、この企みについては、ぜひとも、タイムマシンを駆って、作者に、頭を下げに向いたい傑作。
そして、いちばんの驚きだったのは、
高橋泰邦『大暗礁』
を、とりあげていること。これこそ、わたくしのとっておきの作品なのに。これだと、わたくしが、いかにも、盗み書きしているみたいじゃない。いやだなあ。
ちなみに、それでも、わたくしが選出した五作品、
高場詩朗『神戸舞子浜殺人事件』
星新一『気まぐれ指数』
富島健夫『容疑者たち』
福島正実『異次元失踪』
藤沢周平『秘太刀馬の骨』
は、『本格ミステリ・フラッシュバック』に挙げられていた所謂<本格>作品以上に、魅力てきな作品だというのは、自負するし、作者も胸をはるべきだと自慢しよう。
本書を手にとって、云っているわけではないので、具体てきに述べるべきではないかもしれないが、たとえば、石原慎太郎『断崖』や結城昌治『公園には誰もいない』を挙げるのは、わたくしは、苦しいと思う。両作とも、無理に<謎とき>という範疇に収めなくても、その存在を自己主張できうる傑出した作品たちだ。にもかかわらず、所謂<本格>としてとりあげることに、<ハードボイルド>の秀作として評価を得ている作品に、別の装いを与えること自体、無理がありすぎるのではないか。これから、いざ<本格>探偵小説を読もうという読者に対しても、ひいては、作者に対しても、それは、失礼のような気がしないでもないのだが。
もっとも、その内容・出来栄えにも関わらず、今、誰も、省みなくて、それでは、もっと盛大にスポットライトを当ててあげようではないかという趣向だとすれば、わたくしも大賛成だ。
蛇足ながら、わたくしが、約一年前に、愉しみながら挙げた、<思考機械(その51~55)『百人一書』~戸田和光氏へ>との、本書との重複について、わたくしは、驚きを通りこして、呆れてしまったことを告白する。本書と、わたくしの選定した作品の重複が、30件以上だったのだ。たしかに、日影丈吉『内部の真実』、土屋隆夫『影の告発』、陳舜臣『炎に絵を』といった有名重量級クラスだと、なるほど、納得はできるのだが、それが、おやっと思うのが、
小沼丹『黒いハンカチ』
高森真士『割れた虚像』
という作品。『黒いハンカチ』は、わたくしが知るのは、新保博久氏ひとりが、以前から、盛んに持ちあげていたぐらいで、それよりもはるか前に、間羊太郎氏が、自らのエッセイにとりあげていたが、ここまで人口に膾炙したのは、文庫版化した東京創元社(および新保博久氏)の力が大きいのか。『割れた虚像』は、<白梅軒>で知った本。評氏は、どこで、本書を、知りえたのだろう。それ(<白梅軒>登場)までは、わたくしは、まったく見知らぬ本だった。世間では評判の本だったのだろうか。
びっくりしたのは、
広瀬正『T型フォード殺人事件』
が挙げられていること。いやあ降参。世の中には、判るひとは、居るのだ。小松左京『継ぐのは誰か?』ぐらいであれば、誰でも挙げよう(せめて、草川隆『時の呼ぶ声』ぐらい)が、この作品を理解できるのは、わたくしだけではないのだ。ううむ。あなた(評氏)も、ちょっと変わったひとなのかもしれない。流石は、広瀬正といいたいような、この企みについては、ぜひとも、タイムマシンを駆って、作者に、頭を下げに向いたい傑作。
そして、いちばんの驚きだったのは、
高橋泰邦『大暗礁』
を、とりあげていること。これこそ、わたくしのとっておきの作品なのに。これだと、わたくしが、いかにも、盗み書きしているみたいじゃない。いやだなあ。
ちなみに、それでも、わたくしが選出した五作品、
高場詩朗『神戸舞子浜殺人事件』
星新一『気まぐれ指数』
富島健夫『容疑者たち』
福島正実『異次元失踪』
藤沢周平『秘太刀馬の骨』
は、『本格ミステリ・フラッシュバック』に挙げられていた所謂<本格>作品以上に、魅力てきな作品だというのは、自負するし、作者も胸をはるべきだと自慢しよう。