Flour of Life

煩悩のおもむくままな日々を、だらだらと綴っております。

宮部みゆき「日暮らし」再読。

2011-11-18 00:22:09 | 読書感想文(時代小説)


先日、「ぼんくら」シリーズ最新作の「おまえさん」を読んだとき、前2作のあらすじと登場人物を
ほとんど忘れていて、登場人物の関係を理解するのにかなーり時間がかかりました。
なので、いまさらですがとりあえず「おまえさん」の前作「日暮らし」を読み返しました。
(『ぼんくら』はまた今度…読むかもしれない)


「ぼんくら」で起きた鉄瓶長屋の騒動から約1年後。八丁堀の同心・井筒平四郎のもとに、再び事件が
舞い込んでくる。芋洗坂にあるお屋敷で、女主人が殺された。屋敷の女中が発見したとき、その場には
植木職人の男が一人、呆然と座り込んでいた。男の名前は佐吉。鉄瓶長屋の一件で、平四郎と深い関わりを
持った男だった。死んでいた女主人の名前は葵。遠い昔にある事情で行方をくらました、佐吉の母親だった。
葵を殺したのは誰か。平四郎は甥の弓之助とともに事件の謎を探るが…


「おまえさん」もそうでしたが、その前作の「日暮らし」もまた、一篇の長編小説というより連作短編小説の
形式になっています。違うのは、「おまえさん」では核になる殺人事件が冒頭でもう起きているのに対し、
「日暮らし」では中盤、上下巻の上巻が終わりかけてから、ようやく起きるところです。最初に読んだときは
そんなに気にならなかったのですが、読み返してみると本題に入るまでの前置きがやや長すぎる気がしました。
まあ、誰が葵を殺したのかとか、動機はなんなのかとかは、この小説の中ではそんなに重要ではなかったのですが。

正直、小説は葵の事件よりも、事件の周りにある人間模様を描くことのほうに重点が置かれていました。
母親に捨てられ、岡っ引きの政五郎のもとで暮らすおでこの三太郎の話に始まり、自分を捨てた母親の居場所を
知った佐吉が、妻のお恵とぎくしゃくする話、葵の家の女中のお六が、しつこくつきまとっていた男から
葵に助けてもらう話など。今思うと、おでこの話は後の「おまえさん」への伏線だったのでしょうね。
「おまえさん」を読んだ後だと、おでこを捨てた母親と佐吉を捨てた葵に重なるものがあって、興味深かったです。

一番面白いと思ったのは、物語中盤で退場した葵への、平四郎の印象が少しずつ変わっていく様子でした。
最初は息子を置いて出奔した業の深い憎らしい女だったのが、生前の葵を知る人たちから話を聞いたり自分で
考えたりするうちに、平四郎は葵のことを複雑な内面を持った1人の人間として考えるようになります。
こういうのって、日常でもよくありますよね。自分の頭の中で、一方の側から聞いた話をもとに描いた人物像が、
他方から聞いた話で、あるいは当の本人に直接あった印象でがらりとかわってしまう、ということ。
先入観でよくないことをいろいろ想像してたのに、実際会ってみたらまじめでいい人だったり、その逆で
いいイメージを持っていたのがものすごくがっかりさせられたり。ご存知の方も多いと思いますが、私は
とっても思い込みが激しくていつも失敗ばかりしているので、平四郎の気持ちの変化を読んでいろいろ反省させられました…。

うーん、もっと冷静にならなきゃね!いつも一人で突っ走って壁に激突して玉砕してるけどね!
短気は損気。そして悋気はもっと損気。精進精進ですわ。

ただ、妾である葵の存在に悩まされ続けた本妻のおふじの扱い方など、消化不良な面もいくつかありました。
お六につきまとっていた男のその後もすっきりしないし、大勢の女たちを悩ませた湊屋惣右衛門その人について
詳しく描かれてないのにもひっかかります。勧善懲悪、大団円!とまではいかないところにまたリアリティが
あるといえばそうなんですが。

ところで、宮部みゆきの時代小説はいつもそうですが、この「ぼんくら」シリーズでも毎回美味しそうな食べ物が
いっぱい登場します。お菜屋のお徳さんが作る料理が出てくるたびに、お腹が空いてよだれが出そうになりました。
宮部作品に出てくる料理のレシピ本が出たら、絶対買うんだけどなぁ。どっかから出ないかなぁ。


コメントを投稿