香港に恋して(旧:にゃんこの日記)

大好きな香港を中心に健康、美容、食べ物、ひと‥何でも綴っていきます

「五味康祐の世界」展

2010-10-11 | その他
今年で没後30年となる作家の五味康祐の遺品展が、9月5日~10月11日まで
石神井公園にて開催されており、本日はその最終日を締めくくるイベントとして
櫻井秀勲氏による講演会が行われた。
櫻井氏は五味康祐の元担当編集者であり、現在は執筆や講演活動で活躍する
人物だ。

私はこれまで、五味康祐の作品を読んだことはないのだが、櫻井氏が著作の中で
度々、五味の観相家としての顔など様々なエピソードを紹介した記述を読んで
いたため、その人物像に興味を持ち、出かけてみることにした。

櫻井氏は、松本清張を世に出した編集者としても知られるが、曰く「作品の良さ
なら松本清張、一方、五味康祐は言葉の美しさでは圧倒的。剣豪小説を書いて
いたが30歳そこそこで古い言葉をよく知っていた」と。

また、松本清張、司馬遼太郎らと同様、歴史ものを書く作家は膨大な資料を
読み込むが、それを全て持ち歩くわけにはいかないため、読んだものを映像の
ように記憶に焼き付ける、いわゆる“フォトリーディング”により情報を
インプットするため、細部まで実に良く覚えているのだという。

五味はまた、音楽及びオーディオ評論でも才知に長けていた。
ただし、彼は難聴だった。
戦時中、中国大陸へ赴き、斥候平として麦畑の中に三日三晩隠れていた時、
左耳が遠くなってしまったのだという。
しかしスピーカーを通して聞こえる音(音楽)だけは誰よりも良く聞こえたという。

聴覚に変調をきたしたのが極度の精神的ストレスによるものであり、肉体的な
問題がないとすれは、通常の音は聞こえなくとも、スピーカーを通せば最高の
状態で聞こえるということも有り得るのかもしれない。不思議な感じはするが。

五味がカラヤンの演奏会に出かけた際には、その時の演奏の出来に我慢がならず、
途中で席を立ちそうになったところを制止されたという。
彼の頭には、スピーカーを通したカラヤンによる最高の音があり、常にそれと比較
してしまうのだ。それくらい、音に対する絶対的な感覚は他を圧倒するものだった。
音への絶対的美意識、それが、彼の美しい文章へも繋がっていくのだろうか。

五味の転機は昭和40年、自身が起こした交通事故で二人の命を失わせてしまった時だ。
それから一年間、自宅に篭もり、自殺(彼自身は“自裁”と書いている)も考え、当然
一切の執筆ができなくなってしまったが、その時、非常な慰めになったのがヘンデルや
バッハ、そしてモーツァルトのレクイエムだったいう。
後の45年、三島由紀夫割腹事件に際し寄せた手記でも「どうして私ではなく彼なのか」
さらに「彼に音楽があったなら‥」と書き記している。

さて、観相家としても有名な五味だが、彼自身の手相には手首から中指まで真っ直ぐ
伸びる天下線があり、また全ての指紋・足紋が渦を巻くという珍しいタイプで、いずれも
大物になる暗示がハッキリ出ていたという。

そして「五味康祐人相教室」の看板を掲げ、人々の相談にのる他、手相や人相に関する
著作もいくつか残している。

ある時、五味はよく行く飲み屋で、そこの若いホステスが「一週間以内に死ぬ」と、
傍らにいた編集者に耳打ちし、的中させたというから恐ろしい。
自身についても、58歳で死ぬことを折に触れ語っており(実際その通りになった)、
肺ガンに倒れた最後の病床では、手相から病名を知ったという。

会場内の展示物で印象に残ったのは、五味が亡くなった際、愛娘の由玞子さんが
新聞に寄せた手記。

由玞子さん曰く「昭和55年3月に“余命あと二週間”と告げられた時、父が復活祭の日に
帰天するのかと思った。父親の生涯を貫いたものは“贖罪”であったから」と。
彼女自身も父親の意向で大学まで白百合に通ったと言うが、五味はカトリックの信仰を
持っていたのだろうか‥。

さらに観相学についても、生前よく「“明日死ぬ”というのが当たる、当たらないは重要
ではない。その人に迫り来る不幸をいかに回避させるかが重要だ」と言っており、避け
られるべきものならあえて苦しみを受けることなく、目前の不幸からその人を救えるなら、
と思いTV番組の限られた時間でも多数の人の相を観たのではないか、と由玞子さんは
回想する。

そして最後に「父と同じように痛みを持った人が父の残したものに触れ、慰められ勇気付け
られることがあれば、父の罪は償われたと言えないだろうか」と結ばれていた。

五味が人生の転機となった交通事故後に書いた『自日没』には、五味自身の心の苦しみが
登場人物の口を通して語られていると由玞子さんは言う。
さらに、既に亡くなった夫人をして「この作品は五味そのもの」と言わしめた、重いテーマ
かもしれないが、この『自日没』を手始めに五味康祐という作家に触れてみたいと思った。





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