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畠山義綱のきままな能登ブログ

畠山義綱が見てきた史跡を紹介します。
時々、経済や政治などもつぶやきます。

過去の歴史の旅~其の8

2011-08-29 04:44:00 | 旅行・観光
 日本の首都は東京。東京都言えば観光名所は「東京タワー」「浅草寺」。そしてこれからはスカイツリーが名所になるんでしょうか。それでも、やっぱり逃したくないのは、東京の基礎を作った徳川家康の居城だった江戸城。
 現在は、天皇がお住まいになっていて皇居になっており、ほとんどが一般人には入れないスペースになっています。



 そんななか、江戸城の雰囲気を一番感じさせてくれるスポットはこちら。伏見櫓です。皇居正門のすぐわきにあり、正門の石橋越しにみるとこれまた雰囲気がとてもいいです。
 江戸城の天守閣は2代将軍・徳川秀忠の代にはもうできていましたが、さらに回収を加えられ、3代将軍・徳川家光の時代である1638(寛永15)年に高さ58mの大天守閣が完成しました。しかし、1657(明暦3)年の大火事であるいわゆる「明暦の大火」で焼失以来再建されることはありませんでした。幕府の財政事情が再建をゆるさなかったのでしょうか。そのため、江戸城を象徴する建物は正門の横にある伏見櫓になっているんです。



 江戸城で現存する櫓は3つしかなく、前述した「伏見櫓」と「富士見櫓」と、上記写真の「桜田二重櫓」です。江戸城に残る唯一の隅櫓でなかなかの大きさを誇ります。



 上記写真は坂下門。これは宮内庁関係者の通用門らしく厳重な警備がされています。坂下門と言えば、老中の安藤が襲われた場所「坂下門外の変」。桜田門は大老の井伊直弼が暗殺された「桜田門外の変」があります。江戸城も立派な建物ですが、江戸時代以降常に政治の中心だっただけに色々な歴史があります。


 写真を撮るのを忘れてしまいましたが、江戸城には天守閣のあった天守台があります。そちらは公園になっていて一般人でも無料で入れます。ぜひ櫓だけではなく、そちらの方も行くといいと思います。江戸城の天守閣の大きさが、天守台の大きさからも伝わってきます。江戸城の天守閣の復元の声もちらほら出ています。もちろん、復元費用が膨大にかかり、日本の財政状況でそれが難しいこともわかりますが、できれば復元された江戸城の天守閣を見てみたい…と思ってしまう自分もいます(笑)

過去の歴史の旅~其の7

2011-08-28 04:44:00 | 旅行・観光
 2005年6月19日。突然車を運転して遠出したくなった私。遠出するなら快適な高速道路。東名は混んでいるから、やっぱり中央道で山梨方面へ。ならば中央本線が通っている松本方面へ行くか。それならやっぱり国宝・松本城へGO!…という意味不明な自己納得で急に当日朝に松本行きを決定。



 松本城の天守閣は、文禄(1593~1594)年間に建てられたものです。姫路城と同じように、創建時そのままの姿を残す貴重な城で、国宝に指定されています。

 天守閣に入るのに大人600円。天守閣からの眺めはかなりよかった。安土桃山城郭だからと言って当時はあまり写真を撮らなかったのが悔やまれる…。城内には歴史展示があったが、なぜか火縄銃の展示が多かった。なんで?企画展でもやっていた?

 天守閣は、創建当時のままなので、閲覧に適したつくりにはなっていない。その分階段などもとても狭いが、それこそが本物を味わえるものと思って嬉しかったのを覚えています。

過去の歴史の旅~其の6~

2011-08-27 04:44:00 | 旅行・観光
2003(平成15)年1月、JR東日本は政府株の売却で完全民営化を達成し、記念として「JR東日本パス」を発売しました。これは、2011(平成23)年の東日本大震災で東北応援のために発売した「JR東日本パス」と同様のもので、在来線・新幹線の自由席乗り放題、指定席も新幹線を含め事前に申請すれば2回まで取れて1日1万円というものでした。

 これを利用して、米沢→仙台→盛岡と日帰りで旅行しました。その盛岡編を報告します。同じ日に回ったのに、米沢は大雪。仙台は快晴。盛岡は雪、と激しく天気が変わりました。たくさんの距離を移動したんだなって実感しました。



 岩手と言ったらやっぱり斯波氏ですよね…って誰もそんなこと思わないかもしれませんが、奥羽は室町幕府も斯波氏や畠山氏を投入するなど重点経営を目指していた場所です。しかし、その努力もむなしく両者とも戦国時代には力を失っていきます。
 斯波氏を滅ぼした南部信直(初代盛岡藩主)によって、盛岡城が作られたのは1588(天正16)年。盛岡駅から近くにあり徒歩でもいけます。盛岡市役所のすぐ近くです。すなわち盛岡城は盛岡市の中心部にあるわけです。
 写真を見てもわかる通り、盛岡城は石垣がとてもきれいです。盛岡市の公式サイト(http://www.city.morioka.iwate.jp/14kyoiku/bunka/sitei/kuni-sitei/kuni-moriokajo04.html)によると、本丸東側の石垣は野面石(自然石)を用いていますがそれは、建造が比較的初期だった事が影響しており、後世(あとから工事した箇所)にしたがって直線的な石垣構成が見て取れます。



 さて、残念ながら盛岡城にも天守閣はありませんし、復元されたようなものもありません。明治期に盛岡城は陸軍省の所管となりほとんどの建物は破却されたと言います。以降公園化され「岩手公園」として親しまれてきましたが、2006(平成18)年に開園100周年を記念して愛称として「盛岡城跡公園」となりました。こちらの名前の方が史跡としてPRできるという点もあり、愛称というより正式名称のような感じになっているのでしょう。

 「3DCGでよみがえる日本の名城」というサイトに、盛岡城が載っていました(http://www.3kids-cg.com/morioka.html)。これで往年の盛岡城を見るとやはり天守閣のようなものはみあたりません。

過去の歴史の旅~其の5~

2011-08-26 04:44:00 | 旅行・観光
 2003(平成15)年1月、JR東日本は政府株の売却で完全民営化を達成し、記念として「JR東日本パス」を発売しました。新幹線乗り放題(JR東日本管内で1日1万円の切符)を利用して、2003(平成15)年3月8日に年米沢→仙台→盛岡と旅をしました。今回は仙台編です。さて、同じ日の午前中に山形県米沢市に行って大雪だったのに、こちらはよく晴れています。新幹線でかなりの距離を移動したということもありますが、奥羽山脈のせいか東北の太平洋側と日本海側の天気は変わりやすいですね。



 仙台城(別名・青葉城)と言えば、「伊達政宗」。仙台城跡にある「伊達政宗像」は人気スポットのひとつです。伊達政宗と言えば「仙台藩」で石高は62万石。東北の随一の都市仙台で東北で唯一の政令指定都市。「杜の都」とも呼ばれ、現在ではプロ野球球団である「東北楽天ゴールデンイーグルス」も本拠地を置く。そんな巨大都市の仙台の一番の観光名所が「仙台城」です。
 ところで意外に思うのは、仙台城に天守閣がないことです。これは焼失してなくなり再建されていないのではなく、62万石の大藩でありながら当初から天守閣がなかったと言われています。確かに本丸跡はあっても天守台はなかったです。そういった意味では、若干地味とも言えなくもありません。しかし、天守閣だけが城ではありません。特に戦国時代はほとんどの城で天守閣がありません。そういう城の歴史を調べてみるのも歴史学としては面白いです。



 写真の見事な石垣は、清水門跡の石垣です。せめて大手門などを復元してくれるといいのになあと思ったりはしますね…。



 この写真は三の丸東側土塁です。近世城郭なのにこのように土塁をしっかり生かしているところも仙台城の面白さの一つです。さらにここから仙台の街を眺めてみると…。

 見事な仙台の町並みが広がります。仙台城の別名・青葉城というのは、仙台城がある「青葉山」から来ています。仙台城は元々山城だったというわけですね。伊達政宗らしい、堅固な城だったということがわかります。



 仙台城にはなぜかお店がたくさんあります。レストランのほかにもカフェなどなど。観光客が多いからお土産物屋も繁盛することでしょう。当然お土産物には写真のように伊達関連のものも多いです。
 青葉城展示資料館、というのもあったのですが、この頃の私(2003年当時)は、安土桃山時代にあまり興味がなくスルーしてしまいました。日帰りの旅でまだ盛岡観光が残っていたため時間がなかったという理由もありますが、もったいないことをしたものです。


 さて、時間がないので、仙台城から仙台駅までタクシーで戻ることに。

 あっ!櫓があると思ってあわてて撮った写真です。1967(昭和42年)に復元された隅櫓がだそうで、政宗像と共に人気のスポットと言われています。仙台城には復元整備計画もあるみたいで、大手門の復元が計画されていると聞きます。復元が完成したらまた訪れたいなって思います。


 最近できた仙台城のスポットとして、「仙台城見聞館」(http://www.city.sendai.jp/kyouiku/bunkazai/guidance/)があります。2006(平成18)年にオープンしました。この施設では仙台城の歴史や発掘調査成果,石垣修復工事の映像等を展示しているそうで、より詳しく仙台城のことが知れそうです。2003(平成15)年当時にはなかった施設がオープンしているというのも再訪したい気持ちにさせられます。



過去の歴史の旅~其の4~

2011-08-25 04:44:00 | 旅行・観光
 今回も過去の歴史の旅を振り返りたいと思います。2003(平成15)年1月、JR東日本は政府株の売却で完全民営化を達成し、記念として「JR東日本パス」を発売しました。これは、2011(平成23)年の東日本大震災で東北応援のために発売した「JR東日本パス」と同様のもので、在来線・新幹線の自由席乗り放題、指定席も新幹線を含め事前に申請すれば2回まで取れて1日1万円というものでした。

 これを利用して、米沢→仙台→盛岡と日帰りで旅行しました。その米沢編を報告します。



 2003(平成15)年3月8日。東京では全く降っていなかった雪が降りすごく積もっています。東京はめったに雪が積もらないので、雪の装備もしていなかったので、靴がグチャグチャになってしまいました…。米沢の一番の行きたいところと言えば、米沢城!伊達政宗や上杉景勝の拠点でした。



 米沢城は非常にお城らしくありません。本丸を囲む堀はよく残っていますが、天守閣は元より、壮大な石垣も見当たりません。というのは、土塁を中心とした城だったらしいということもあります。また、上杉謙信を祭る上杉神社が本丸跡に建立され、武田氏の館跡にある躑躅ヶ崎館(つつじがさきやかた、山梨県甲府市)のようになっているという現況も影響しています。ですので、江戸時代の城!と思って訪問するとちょっと拍子抜けしてしまうかもしれませんね。



 上杉神社内では、上杉謙信だけが祭られているわけではありません。この銅像は上杉鷹山(上杉治憲)像があります。治憲は米沢藩9代藩主で、借金だらけの米沢藩の財政を緊縮財政と殖産興業によって立て直し、借金の返済を済ませたうえで藩の貯蓄まで蓄えた江戸時代の名君です(人物列伝「上杉治憲」参照)。このように米沢城は、戦国時代までの大名である伊達色はほとんどなく、安土桃山時代以降の大名である上杉氏をクローズアップしています。また、神社内には宝物殿として創設された稽照殿や旧上杉伯爵邸などもあります。



 さらに、上杉神社近くには「米沢市上杉博物館」(http://www.denkoku-no-mori.yonezawa.yamagata.jp/uesugi.htm)があります。この博物館は、2001(平成13)年に開館したとても大きな施設で、いかに米沢市が上杉氏の史跡を観光として売りたいのかがよく伝わります。人口10万人程度である米沢市がこれほどの博物館を維持できるのか…とちょっと心配になります。
 展示はとても詳細で勉強になります。巨大な画面でデジタルグラフィックで開設したり、展示もただ見るだけではなく、中世の文書を実際に作る(折りたたむ)など展示の工夫が見られなかなかの見応えでした。



 米沢といえば米沢ラーメン。細縮れ麺としょうゆ味のあっさりスープがおいしい。縮れ麺だとスープがよく麺にからんでおいしかったぁ。


 最近は、戦国なりきりワールド「戦国の杜」(http://www.yonezawa-naoe.com/)という施設が米沢市に2010(平成22)年4月にオープンしました。米沢市は一層戦国・安土桃山時代の観光に力を入れているみたいです。ここは、前田慶次などのイケメン像があるなど、「歴女」に誘致に力を入れています。