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楡日記 

今日も一日 なんとかやっていこう!

ドクター マズガニ とモンスター患者

2025-02-03 06:33:24 | 日記

12月3日、

私の執刀医となる ドクター マズガニ と会う。

 

緊張して連れと待っていると、そこに入って来たのは 私と同世代くらいの、

彫の深い美人、、、いや、笑顔の素敵なチャーミングな ドイツ系の女性だった。

話していても サバサバしていて はっきりとものを言う。話しているとなんだか安心した。

 

(この人だったら、心配いらない。この人に お任せしたい )

 

すぐにそう思った。

 

この前 カナダの医療崩壊について書いたが、

私の職場も友人も 私がいつ 医者と連絡がついて、手術できるのか心配してくれていて

(私も心配だった)

ドクター マズガニ にあった後、

「すごく素敵な女性の先生だった」と みんなに報告のメールを送ったら、

数人の友人らから

「私も以前 病院にかかったことがあったけど 医者と相性が悪くて、、、

 ケイコさん、良かったね」 と 言われた。 

日本のように セカンドオピニオンなどとは言っていられないカナダの医療、

ドクター マズガニに会えたのはラッキーだった。

 

手術までには2度ほど 検査に行き、

何度もいろんなオフィスから電話が来て 質問を受けた。

 

ドクター マズガニに 

「患者がいっぱいいて、手術は4週から6週後になると思うんだけど

 できるだけ 順番は早くなるように努力する」 と 言ってもらった。

 

(すでに12月、クリスマスに新年となれば、下手すりゃ、2月初めまで待たなきゃか?)

と 覚悟したが、意外と早く連絡が来て 1月6日に手術した。

 

 

手術から目が覚めて、ケアルームに6時間近く居たのではなかろうか。

その後 4人部屋に運ばれたのだが

(アレ?隣のベッドの人って男なの?)

と 思ったくらい隣の人が野太い声で唸っている。時に叫び、 オーマイガー!オーマイガー!を連呼。

私のもとに 看護師が 「これ使って」 と 耳栓を持ってきた。本当にうるさい。

 

翌日、病室の他の3人は、すべて私の倍くらいはある巨漢の女性で、

昨夜 騒いでいた婆さんのところには カウンセリングの女性が来ていたり、ご家族がきたりしていて

日中は穏やかに過ごしていた。

 

が、しかし、

夕食が終わったころからまた 隣のベッドの婆さんの様子が変わっていく。

ブツブツと文句を言いだし、

消灯後から ナースコールを連打。オーマイガー!オーマイガー!オーマイガー!と言い続ける。

 

(え?昼間 普通に過ごしてたじゃん) と 突っ込みどころ満載。

最初は 様子を見に来ていた看護婦も、

隣の婆さんが どこも悪くないようなので、だんだんと来なくなった。

この人は かまってちゃん なんだろう。

看護婦が すぐに来ないことに 腹を立てる婆さんは さらにナースコールを連打。

連打 連打 連打。

もう、なにかゲームでもやっているかのような連打に呆れていると、

ピタッと ナースコールが鳴らなくなった。

壊れたか?と 思ったが そうではない、後からわかったのだが、

ナースステーションで 婆さんのナースコールを切ったのだった。

 

看護婦から拒否される患者。。。。

 

隣の婆さんは 「ナース! ナース‼ ナ―――――ス!!!!!」 と 叫ぶが

誰も来ない。 そして オーマイガー!オーマイガー!オーマイガー! 

そしてついに

「だれか、私のために ナースコールを押しなさいよ」 と 叫んだ。

しかしなあ、

これだけ 大声で呼んでるのに、看護婦もわざわざ無視してるのは明白で、

私が押すのもなあ、 と思っていたら、

隣のカーテンが シャーっと開いた。

そして 私のカーテンをつかんだのが見えて 思わず、

「開けないで。」と 言った。

 

「あなた、起きてるなら 私のためにナースコール押してくれてもいいでしょう?押さないなら

 私にナースコール貸しなさいよ」 と言ってきた。

 

「私は病気でここにいるの、アナタを助けるためじゃない」 

 

というと、その手は見えなくなった。

 

その後 婆さんは 「誰も 私を助けない!」 と 泣き叫び、吐く真似をして

「ナース! ナース!」と 呼び続けた。

しばらくすると その迫真の演技からか、

コポっと口から 吐き出してしまい、ベッドを汚したようだった。

時間にして午前12時くらいだったと思う、そこから 婆さんの声は更に大きくなり、

さすがに看護婦がやって来た。

婆さんは

「汚れたから ベッドを取りかえて 」 と言ったが

看護婦は

「それは無理」 といって 出て行ってしまった。

廊下には あちこちの病室からのナースコールが響いている。

そりゃ、看護婦にベッドを取りかえている暇はない。

私も なんで私がこんな目に、、、と この病室になったことを恨まずにはいられなかった。

 

婆さんの独り言と泣き叫ぶまま 午前3時。

お掃除担当らしき黒人の女性がシーツや毛布を持って入ってきて、

「汚れたものだけでも取り替えます」 と 言った。

婆さんは そこで落ち着きを取り戻し、淡々と彼女に 

「だれも私を助けてくれない、ナースコールも壊れた」と言った。

黒人女性が 婆さんのナースコールを押すと、ちゃんと鳴った (笑

 

取り替えたシーツを持って、その黒人の女性が 「とりあえず、これでいいでしょう」と言ったので、

私も(やれやれ、やっと静かになるか) と 思った瞬間、

その婆さん、

「私も こんな肌の浅黒い女の世話になるなんて」 と言った。

 

助けてくれた人への差別発言、

ものすごい不快感、

ナニコノ人、何様?

 

翌朝、日勤の看護婦らが仕事に来て、話題は 問題児婆さん一色だったようだ。

昼間は 入れ替わり立ち代わりカウンセリングの人が来て、

夕方からは 看護婦が 婆さんの文句を先手先手で阻止、

婆さんのリクエストに応えて 新しいベッドや椅子が運ばれて

「これで 問題ないですね? あなたのリクエストはすべて叶えましたよ。吐き気止めも飲んでくださいね」

と 念を押されていた。

鳴らなくなったナースコールは自分の態度が悪いせい、と知った婆さんは

3日目の夜はおとなしかった。

 

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頼りになるのは誰なのか。

2025-02-02 05:35:32 | 日記

11月の初めに病気がわかって、仕事を長期で休むことが決まった。

血圧が異常に下がって 立つことができず、家で寝ていた。

食欲がなく、吐き気もあって、簡単に痩せて行った。

 

で、

2週間もすると 私の常連客である日本人女性あやさんから連絡が来た。

友人 カルロットさんからも

「店に2週続けて行ったけど、ケイコがいないなんて

どうなってるの?」と。

 

連れが ご近所に話したせいで、

あちこちへと話は広まり、そのうち立派な弁当が届いたり、

あやさんのやっているカフェJOIE French Café (@joie_frenchcafe) • Instagram photos and videos

から クレープやコーヒーが届き、あやさんお手製の食事が何度も届いた。

 

 

時に年末、

毎年 年末に小さなご挨拶を持って友人らを訪ねるのだが、これじゃ無理だな、と観念し、

「ちょっと病気しまして、年末のご挨拶、失礼させていただきます」

と 連絡したら、

この街で本格的な和食の食堂 Uchida Shokudo を経営している友人から

焼き鯖だの、大根の味噌汁、煮びたし、白和え、手作り納豆、ついには おせち料理まで

届いた。(現在も毎週届く)

 

更には 友人k子ちゃんが 手作りの肉まん、お焼き、総菜パンに 鶏レバーの生姜煮

手作りひよこ豆味噌の具沢山味噌汁、おかゆ、風呂吹き大根に大量のオニギリが届いた。

 

先週も友人夫妻から 野菜たっぷりの味噌汁と鶏唐揚げ、

シイタケ かんぴょう の入った立派な太巻きが届いた。

 

先々週、知らないご婦人が訪ねてきて、

(ダレコレ) 

と思っていたら、

「向かいに住むパン屋の、その息子の母です」 と言う。(つまりはパン屋主人の別れた奥さん)

あなたがご病気と聞いて、、と スープを2種類持ってきた。

そして

「なにか手伝えることがあったら、していきますけど」

とも言ってくれた。(帰したけど)

 

 

1月6日に手術を受け、退院して4週間目に入るが、

私は自分で一度もご飯の支度をすることなく(できる状態ではない)

皆さんからの ご厚意に甘えて、毎度沢山のおかずに味噌汁付きで食事をしている。

なんとまあ、ありがたいことか。

本当に、本当に 感謝でしかない。

 

で、

驚いたことに、

お義母さんからは 何も無い。(笑)

連れの姉さんからは、プロテインパウダーが届いたのみ。

 

日本から来て、親兄弟の無い環境で住んでいる友人らからしたら、

私には 同じ町に 義母もいるし、義姉もいる、ましてや旦那もいるわけだから、

みんなからのご厚意に甘えるのが恥ずかしかった。

特に 一番最初に買い物を頼んだ友人に話すときは勇気がいったが、

自分の分しか パンを焼かない旦那を見て、そして

「なんでも言ってね」 と言ったわりに 頼りにならないカナダの家族を確信したとき、

これは自分の身が危ない、と 恥を忍んで友人にSOSの電話をした。

 

この前、術後の検査に行って、帰って来た日の夜

お義母さんから連れに電話が来た。

ハンズフリーで出たので 丸聞こえだったのだが、

 

「今日、ケイコの検査の日じゃなかった?みんなに言わなきゃいけないのに、なんで

 報告の電話くれないの?」

 

 と いきなり怒鳴っているのが聞こえて、

 

(お義母さん、私の体よりも 自分の付き合いある人との話題の方が重要なんだなあ)

がっかりした。

 

 

 

 

 

 

 

 

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医療崩壊のカナダ

2025-01-31 09:18:11 | 日記

カナダの医療は崩壊している。

 

今現在のカナダの医療事情は、選挙があるたび、その問題に声が上がる。

まともに医者に会えないカナダの医療、爆上がりする住宅、

移民の国カナダは 考えを改めなければならない時を迎え、

1月6日に トルドー首相は辞任した。

 

これを痛感したのは 11月7日、

救急車でジェネラル病院という大きな病院へと運ばれた私は、

病院の入り口で そのほか5台の救急車が入ってくるのを眺めていた。

受付は 私と一緒に乗ってきた救急隊員がやってくれて、

ファミリードクターからの指示もあって、個室の処置室へと運ばれた。

処置室へ向かう廊下で びっしりと運ばれた患者がベッドで寝ている。

「お前、部屋あるのか、ラッキーだなあ」 と 言われた。

大きな病院なのに、どこの廊下にも 人が寝ていた。

 

私は その後 何本もの血液を採り、

医者に10月からの不調を話し、レントゲンを撮って、結果を待って

また医者と話した。

夕方に病院に入って 一通りの検査が終わったのは夜10時。

「手術が必要になるので、すべての結果と今後の予定は ジブリ―病院横のセンターに報告し、

 そこにオフィスを持っているドクターが執刀することになります。センター、もしくは

 執刀医からの電話を待ってください」

と言われた。

 

病院を出たのは午後11時少し前、

そこで目にしたのは 待ち時間9時間58分 と書いてある掲示板と

咳き込む子供からお年寄りまで 待合室から奥の廊下まで 医者に診てもらうために待っていた

大勢の人だ。

 

私の場合、ファミリードクター(かかりつけ医)が居たから、スムーズに運ばれてきたが、

今現在 どんなに申請しても ファミリードクターを得ることはできないだろう。

圧倒的に医者が足りない。いや、移民してきた人々が多すぎると言った方がいいか。

 

この後、2週間ほど待ったが 執刀医からの連絡が来ないので センターに問い合わせてみたら、

私のファイルが どっかに行っちゃって届いてないという。

検査をしたジェネラル病院から 私のファミリードクターとセンターに 私のファイルが送られているはずなのに。

聞けば この手の アレレ?はよくある話で、忙しすぎる病院関係者が確認を怠っていつまで待っても

連絡が来ないことがあるらしい。

私の場合、この時も ファミリードクターがセンターに連絡を入れてくれて、事なきを得た。

 

しかし、私のファミリードクターも コロナ以後、予約はインターネットからしかできなくなり

取れる予約も2週間後とか、ちょっとした病気なら治るくらいの期間が空くようになった。

 

医者のことも、医療関係者のことも 非難するつもりは全くない。

今回のことで、一人で 一晩に 何十人、いや、

100人単位で手当てをしていく若い医者の姿も見たし、

わがまま言い放題の患者に振り回される看護婦も見た。

圧倒的な医者不足、それを支える関係者、そして 病院、

これから 移民数を減らすようになっていくが、うまくバランスが取れるのはいつになるんだろう。

 

現実、治療までの待ち時間が長すぎて、命を落としていく人もある。

 

昨日も書いたが、

私は 今現在 手術も終え、順調に回復している。

今日、料理長がまたもや 高級食材を手に見舞いに来て、

元気な私の姿を見て 泣いていた (笑

 

 

 

 

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更年期じゃない。

2025-01-30 08:07:21 | 日記

10月中頃から、急に下っ腹が出た。

もう、本当に急にズボンがパツパツ。

 

(もとから太っていたとはいえ、これはひどい。

 ついに私も 肥満のオバハンの仲間入りか。。。)

 

と 思っていた。

だーーって お隣の奥さんもこういう体形してるもんね、洋梨みたいなさー。

これはもう、仕方のないことなのよ、

などと 自分に言い聞かせていた。

 

で、

10月後半になったころ、

どーうにも調子が悪い。気分悪いっていうか、立ってるのが辛い。

 

(はー、更年期がひどくて 仕事辞める人いるって言うけど

 こういう感じなのかしら? これは、アレか、ホルモン補充治療とかしたら良くなるの?)

などと思うようになった。

そして ファミリードクターの予約を取った。

 

10月30日、予約当日、気分わるいなあ、と思いつつクリニックへ。

状況を説明すると 触診され、

「このあと 血液検査に行って、明日必ず CT 撮ってきて。で、来週 ここに戻ってきて」

と言われた。

なんでかわからないけれど 食欲がなくなり、立てなくなった。

職場には 

「なんか調子悪くて休みたい。更年期だと思うよ。ホルモンパッチ貼ったら治ると思う」

と伝えて 休んだ。

 

で、

翌週 ホルモンパッチを処方される気満々で クリニックへ

連れと一緒に行った。この時すでに 運転はできなくなっていて、

とにかく立っているのが難しかった。

 

ファミリードクターから言われたことは

「でっかい腫瘍あるから これから救急車で大きい病院へ運んで検査するから」

「えっ?!」

 

更年期で調子が悪いと思っていたが、別に理由があるらしい。

こうして 私は 救急車に乗せられて、

隣町の大きな病院へと運ばれて行った。

 

 

ちなみに 今現在は手術を終え、家に戻ってこのブログを書いているので

安心していただきたい。

カナダでの病気と入院 大変だったが 今となってはなかなかない経験なので

書きしるしておきたい。このあとしばらく続きます。

お付き合いください。

 

 

 

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スノードロップ 2025

2025-01-25 09:47:13 | 日記

ご無沙汰でございます。

 

1月、突然 ブログを見ることができなくなって、(アレレ?)

と思って調べてみたら、運営会社がサイバー攻撃にあって使えなくなっていると

わかりました。

早めに復旧したところもあるようですが、

私のブログはなかなか閲覧できずにいました。

 

一瞬 見れた!と思ったら、また見れなくなり、

見れた! と思って更新するも ログインできずに時間が過ぎました。

 

971チョウ と オータム家 について 書いたりしてたので

国家権力が動いてブログが闇に葬られたかと心配もしました(笑

 

まあ、こうして再開できて良かったです。

 

なかなか公開できなかった1月4日のスノードロップの写真です。

早い春を お楽しみください。

 

 

 

 

 

 

 

 

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