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悟りへの道標(悟った人の言葉を紹介していきます)

現在は主にニサルガダッタ・マハラジ(1897~1981)の言葉がメインです。みんなで悟りましょうヽ(=´▽`=)ノ

ゴールデン・デイ~物質科学の完成~

2016-09-08 22:35:09 | シッダラメシュワル・マハラジ
1925年頃

シッダラメシュワル:この世の人生、あるいは世俗(サンサーラ)とは、他者を犠牲や生贄にして(他者の幸福と不幸への完全な無関心)、自分を幸福にせしめようとする企てを意味しています。

パラマールタが意味するものは、①宇宙全体の起源を悟ること②自分本来の幸福を享受すること(すなわち、いかなる努力や手段も要さない幸福ー自己の幸福)③全ての人々を同様に平等に幸せにすること④物質科学の完成、です。

物質研究は常に不完全であり、不完全な事物は誰一人にも幸福をもたらすことができません。パラマールタは、物質科学に完成をもたらすものに他なりません。完成されたものは皆に幸福をもたらします。生の食べ物、あるいは適切な調理が施されていない食べ物は、熟れた食べ物が健康のためになるのに対し、苦痛の原因となります。苦い”ニームの実”さえ、完熟すれば甘味をくれるのです。

完成された物質研究はパラマールタ、他ならぬ神やブラフマを意味するパラマールタの域に達します。

この世の人生(サンサーラ)も霊的な人生(パラマールタ)も共にただ一つのゴール、すなわち、幸福を達成するというゴールを心に抱いています。しかし物質人生や物質研究が束の間の幸福しかもたらさないのに対し、パラマールタは、他のいかなる幸福も比肩できない完成された永遠の幸福を表します。物質人生(サンサーラ)と霊的人生(パラールタ)は共に一つのものを目指しているのに、結果は正反対です。一方は果てしない不幸があるのに対し、他方は無限で比肩しうるもののない永遠の喜びがあります。

物質科学は、宇宙の起源はエーテル(空間全てに浸透しているとされる微細な物質)であり、それ以上は知覚不可能であると決定しました。物質科学者たちは、目や顕微鏡や望遠鏡や他のそのように自身が対象物であり無生物なものを通して観察しますが、そのようなものは物質対象に関する知識に有用であるにすぎず、エーテルを超えた知覚不可能な実在に関する知識においてはそうではないのです。その実在は”ジュニャーナ”、いわゆる真理意識によってのみ認識できるのです。

とても近くにある対象物は肌で感じられ、より遠くにあるものは目で見られ、さらに遠くのものは耳で認識されます。しかしながら、甘味、辛味、酸味などといった事物の内的特性は舌で認識されます。そのような内的特性は、肌や目や耳では認識できません。さらにより微細で知覚不可能な物は、心(マナ)あるいは知性(ブッディ)でのみ認識されますが、すべてを認識するものは”ジュニャーナ”(意識)ただ一人なのです。前記のジュニャーナ、万物の根源であるジュニャーナは、顕微鏡のように非生命で無生物な物体で悟ることは不可能です。加えて、事物の内的不可視特性、すなわち、甘い物の中の甘味、酸っぱい物の中の酸味、チリの中の辛味はいかなる器具やレンズでも知覚不可能です。これらの物質器具は物体の外形までは及びますが、無生物の物体の内的特性まで入り込むはできません。それらが無生物の物体の内的特性まで入り込むことができないのであれば、どうしてそれらにジュニャーナとし知られる可視物不可視物すべての起源である知覚不可能な実在を悟ることが可能でしょうか?前記のジュニャーナ(真理意識)である起源を悟るためには、同一のものを悟りうる手段を手にすることが必要です。それ故、物質器具と無生物器具のみで研究している科学者や不可知論者たちが前記のジュニャーナに関して何も知ることができずにいるのは何の不思議もありません。

インドの古代のリシたちは最初に物質科学を学びましたが、そこに真の幸福を見出すことができなかったとき、精神科学の学習へと進みました。ここで彼らは、他者の心を読むこと、非常に離れた場所の事物や起こっている出来事を知ること、自分の姿を他者に見えなくすること、自分の体を捨てて別の体に入ること、マントラの復唱によって精神肉体両面の病を治したり、空を移動したりといった多くの素晴らしい発見をし、多くの他の超能力(シッディ)を獲得しました…しかし、最終的に彼らは、これらの力は真で永遠なる幸福を達成する助けにはならないことがわかったので、魂を認識し悟ることへ注意を向けたのです。ここにおいて、彼らは完全な霊的満足を獲得した…彼らはこの上ない至福を獲得したのです。ここで彼らは並びうるもののない無限の歓喜と幸福を体験し、この境地では彼らの中の誰もが「祝福された!」「祝福された!」と絶叫しました。この知識の中で彼らが悟った崇高な真理はイーシュワル(神)デーヴァ、すなわち全ての内の啓発霊あるいはブラフマ(何よりも偉大な者)と称せられ、これを彼らは全宇宙の起源として提起しました。物質科学者たちは実在に近づくことも、前記の起源を悟ることもできずに、無の地点で止まっています。それ故彼らは唯物主義や不可知論者と呼ばれていますが、同じ真理をヴェーダが崇高な真理の真の実在を悟ったとして提唱したヴェーダ主義者(ヴェーダ哲学者)たちや同様の他宗教の学者たちは、それ故に