私たちはいま、この七尾教会の礼拝堂を父なる神の前に献げるために、この礼拝堂に集ってきた。誰もが知っていることではあるが、この礼拝堂の中に主なる神が住んでいるわけではない。また、主なる神の栄光は、この礼拝堂がなくてはこの地で明らかにされないわけでもない。神は礼拝堂がなくても、神であらせられるし、礼拝堂がなくても、御名の栄光を表されるし、礼拝堂がなくても、自らの大切な御言葉を前におすすめになる方である。しかし、主なる神は、会堂を求めるひとりひとりの信徒の願いに耳を傾けて、そのときどきに、礼拝堂をつくることをお許しになった。そこに集い、主なる神を賛美し、ともに祈りをあわせて、イエスキリストの血と肉を受けることをおゆるしになった。あるときには、それはテントのようなものであったり、小さなプレハブのようなものであったり、あるときには、有名な建築家がしっかりと構想を練ってつくった立派なものであったりした。しかし、それらの建物は主なる神にとって必要だったのではなく、むしろそこに集う者、神に祈りを献げる者、地上を生きて行く者にとって必要なものであった。かつて、ダビデは自らが立派な家に住むようになったとき、主なる神の契約の箱が天幕にあることを嘆いて、主なるかみのために神殿をつくることを計画した。しかし、それを意に介さず、私はそのようなことを求めたことがあるのか、とおっしゃったのが主なる神であった。しかし、そのダビデの願いを良しとして、その子ソロモンに神殿を建てることを許してくださった。これもまた、誰もが知っている歴史的事実である。
今日私たちが、この献堂式のときに与えられた列王記上9章は、まさにその献堂をして、ソロモンが主なる神に祈りをささげたあとに、神がソロモンに語られた場所として知られている。主なる神のこの箇所での大切なメッセージはたくさんある。多くを語ることはできないが、ただ一点、このスタートはこうなっていることを確認しておきたい。
列王記上9:3「わたしは、あなたが憐れみを乞い、祈り求めるのを聞いた。わたしはあなたが建てたこの神殿を聖別し、そこに私の名をとこしえに置く。わたしは絶えずこれに目を向け、心を寄せる。」
神殿の中に住むとおっしゃったのではない。その神殿に、私の名を置くとおっしゃたのである。これこそまさに、エルサレムの神殿の最も大事なポイントであった。私たちの教会はキリストの教会と呼ばれる。キリスト教会と呼ばれる。キリストの名、救い主の名が、そこに置かれている。それが私たちの教会そのものである。本来、建物ではなく、生かされているキリスト者ひとりひとりこそ、キリストの名が置かれている会堂、キリストの宮である。その者たちが、この会堂に集い、父なる神を賛美し祈りを合わせ、聖餐にあずかっている。私たちは、この会堂に父なる神がお住みになっているわけではないとよく知っているが、主なる神がその名を置かれたこの会堂に集って祈っている。この会堂は宝である。私たちは、そのことをよく知って、この会堂が主なる神に用いられるように、主なる神の栄光を表されるにふさわしいものとなるようにと願っている。
私は、この七尾に着任をして、ここが最初の任地である。28年前に遣わされて、ずっとこの七尾教会の講壇に立ち続けてきた。28年前、この会堂に来たときに、あの古い会堂で説教者として立ち始めたとき、最初に私に与えられた仕事は、七尾教会が持っていた鹿島台伝道所という伝道所を名実ともに廃止することであった。訪れたときには、すでに礼拝が行われなくなって10年を経て、十字架の横棒はなくなり朽ち果てているその会堂に、1万円に満たない預金通帳の残高があり、26名の教会員の原簿があった。七尾教会は、私が着任したことにあわせてその預金を七尾教会の預金とあわせて、会員名簿を不在会員として全員受け入れることを決議して、その鹿島台伝道所を廃止したのである。今日、この中に、まだ出来上がったばかりの鹿島台伝道所の小さな写真が入っている。今日のテキストは献堂式に用いられて、このような喜びのときによく読まれる。しかしこれもまた、よく知っているように、列王記上9章の6節以下は、このように続いているのである。
列王記上9:6「もしあなたたちとその子孫がわたしに背を向けて離れ去り、わたしが授けた戒めと掟を守らず、他の神々のもとに行って仕え、それにひれ伏すなら、わたしは与えた土地からイスラエルを断ち、わたしの名のために聖別した神殿もわたしの前から捨て去る。」
これが、その後に書かれている神の言葉である。
「わたしは与えた土地からイスラエルを断ち、わたしの名のために聖別した神殿もわたしの前から捨て去る。こうしてイスラエルは諸国民の中で物笑いと嘲りの的となる。この神殿は廃墟となり、そのそばを通る人は皆、驚いて口笛を鳴らし、『この地とこの神殿に、種はなぜこのような仕打ちをされたのか』と問うであろう。そのとき人々は、『それは彼らが自分たちの先祖をエジプトの地から導き出した神、主を捨て、他の神々に付き従い、これにひれ伏し、仕えたからだ。それゆえ、主は彼らの上にこのすべての災いをもたらされたのだ』と答えるであろう。」
主なる神にとって、神殿が必要なのではない。私たちにとって神殿が必要だったのである。主なる神にとって、礼拝堂が必要だったのではない。私たちに礼拝堂が必要だったのである。主なる神はそれを良しとし、私たちを愛するがゆえにそれを建てて下さり、そこに集い、神を賛美し、祈りを合わせ、聖餐にあずかることを許してくださる。しかし、そのものたちが、もし神を侮り、神を必要ではないと考え、礼拝をすることをやめ、祈りを合わせることをやめ、聖餐に乱れが生ずるようなことをしたら、神は、その礼拝堂を「ならば私もその名を捨てよう」とおっしゃるに違いないのである。
今日は七尾教会の献堂式である。多くの人々の支えによってこの会堂ができた。喜びのときである。お祝いのときである。しかしそれは、私たちが主なる神を純粋に信じて生きて行くことによってのみ許される唯一の喜びである。私たちはこの礼拝堂を用いて、これからも正しく御言葉に耳をかたむけ、正しい御言葉が語られ、聖礼典がしっかりと執行される教会をこの地において守りぬかなければならない。そう信じてくださったからこそ、石川地区、富山地区、福井地区、中部教区、日本基督教団の諸教会、諸施設、諸団体、信徒ひとりひとりの方々が、主なる神に、わたしはあの地に教会が必要だと信じると言って、献げてくださった。そのことを感謝し、この地に集うものは、正しい礼拝を守りぬく決心をこの場でしなければならない。その決心をしつつ、そうだからこそ、「この会堂を主なる神に献げます」と高らかに宣言をして、主なる神の栄光のためにこの御堂を用いていきたいと願う。
(2011年4月29日 献堂式 釜土達雄牧師)
今日私たちが、この献堂式のときに与えられた列王記上9章は、まさにその献堂をして、ソロモンが主なる神に祈りをささげたあとに、神がソロモンに語られた場所として知られている。主なる神のこの箇所での大切なメッセージはたくさんある。多くを語ることはできないが、ただ一点、このスタートはこうなっていることを確認しておきたい。
列王記上9:3「わたしは、あなたが憐れみを乞い、祈り求めるのを聞いた。わたしはあなたが建てたこの神殿を聖別し、そこに私の名をとこしえに置く。わたしは絶えずこれに目を向け、心を寄せる。」
神殿の中に住むとおっしゃったのではない。その神殿に、私の名を置くとおっしゃたのである。これこそまさに、エルサレムの神殿の最も大事なポイントであった。私たちの教会はキリストの教会と呼ばれる。キリスト教会と呼ばれる。キリストの名、救い主の名が、そこに置かれている。それが私たちの教会そのものである。本来、建物ではなく、生かされているキリスト者ひとりひとりこそ、キリストの名が置かれている会堂、キリストの宮である。その者たちが、この会堂に集い、父なる神を賛美し祈りを合わせ、聖餐にあずかっている。私たちは、この会堂に父なる神がお住みになっているわけではないとよく知っているが、主なる神がその名を置かれたこの会堂に集って祈っている。この会堂は宝である。私たちは、そのことをよく知って、この会堂が主なる神に用いられるように、主なる神の栄光を表されるにふさわしいものとなるようにと願っている。
私は、この七尾に着任をして、ここが最初の任地である。28年前に遣わされて、ずっとこの七尾教会の講壇に立ち続けてきた。28年前、この会堂に来たときに、あの古い会堂で説教者として立ち始めたとき、最初に私に与えられた仕事は、七尾教会が持っていた鹿島台伝道所という伝道所を名実ともに廃止することであった。訪れたときには、すでに礼拝が行われなくなって10年を経て、十字架の横棒はなくなり朽ち果てているその会堂に、1万円に満たない預金通帳の残高があり、26名の教会員の原簿があった。七尾教会は、私が着任したことにあわせてその預金を七尾教会の預金とあわせて、会員名簿を不在会員として全員受け入れることを決議して、その鹿島台伝道所を廃止したのである。今日、この中に、まだ出来上がったばかりの鹿島台伝道所の小さな写真が入っている。今日のテキストは献堂式に用いられて、このような喜びのときによく読まれる。しかしこれもまた、よく知っているように、列王記上9章の6節以下は、このように続いているのである。
列王記上9:6「もしあなたたちとその子孫がわたしに背を向けて離れ去り、わたしが授けた戒めと掟を守らず、他の神々のもとに行って仕え、それにひれ伏すなら、わたしは与えた土地からイスラエルを断ち、わたしの名のために聖別した神殿もわたしの前から捨て去る。」
これが、その後に書かれている神の言葉である。
「わたしは与えた土地からイスラエルを断ち、わたしの名のために聖別した神殿もわたしの前から捨て去る。こうしてイスラエルは諸国民の中で物笑いと嘲りの的となる。この神殿は廃墟となり、そのそばを通る人は皆、驚いて口笛を鳴らし、『この地とこの神殿に、種はなぜこのような仕打ちをされたのか』と問うであろう。そのとき人々は、『それは彼らが自分たちの先祖をエジプトの地から導き出した神、主を捨て、他の神々に付き従い、これにひれ伏し、仕えたからだ。それゆえ、主は彼らの上にこのすべての災いをもたらされたのだ』と答えるであろう。」
主なる神にとって、神殿が必要なのではない。私たちにとって神殿が必要だったのである。主なる神にとって、礼拝堂が必要だったのではない。私たちに礼拝堂が必要だったのである。主なる神はそれを良しとし、私たちを愛するがゆえにそれを建てて下さり、そこに集い、神を賛美し、祈りを合わせ、聖餐にあずかることを許してくださる。しかし、そのものたちが、もし神を侮り、神を必要ではないと考え、礼拝をすることをやめ、祈りを合わせることをやめ、聖餐に乱れが生ずるようなことをしたら、神は、その礼拝堂を「ならば私もその名を捨てよう」とおっしゃるに違いないのである。
今日は七尾教会の献堂式である。多くの人々の支えによってこの会堂ができた。喜びのときである。お祝いのときである。しかしそれは、私たちが主なる神を純粋に信じて生きて行くことによってのみ許される唯一の喜びである。私たちはこの礼拝堂を用いて、これからも正しく御言葉に耳をかたむけ、正しい御言葉が語られ、聖礼典がしっかりと執行される教会をこの地において守りぬかなければならない。そう信じてくださったからこそ、石川地区、富山地区、福井地区、中部教区、日本基督教団の諸教会、諸施設、諸団体、信徒ひとりひとりの方々が、主なる神に、わたしはあの地に教会が必要だと信じると言って、献げてくださった。そのことを感謝し、この地に集うものは、正しい礼拝を守りぬく決心をこの場でしなければならない。その決心をしつつ、そうだからこそ、「この会堂を主なる神に献げます」と高らかに宣言をして、主なる神の栄光のためにこの御堂を用いていきたいと願う。
(2011年4月29日 献堂式 釜土達雄牧師)