
第2次大戦の時代をめぐる、3部作のうちの、第1作目だそうです。 すでに、3部作のうち、先に2作目にあたる『エトロフ発緊急伝』、3作目にあたる『ストックホルムの密使』、を読んでいたので、順番は逆になります。先に読んだ物語に含まれていたエピソードなどが、この『ベルリン飛行指令』を読むと、ああそうか、これだったのか、と分かりました。絡められていたさまざまな人間模様も、遊び心?もツボで、読めば読むほど、あちこちに発見があり楽しめました。
主人公、安藤啓一、『エトロフ発緊急電』、『ストックホルムの密使』にも一部に登場しています。この『ベルリン飛行指令』での人柄、行動、過去、そしてそのほかの描写からふりかえりたくなり、2作ともまた読み返してみました。孤独な影を持つ天才的な飛行士で、人付き合いの下手な安藤、しかも信頼できる数少ない友人たちを時代の中で失っていった彼も、きっと、『ストックホルムの密使』の主人公、森となら、いい友人になれるのでは・・・、と思います。もしそうなっていてくれたら。
過去形、仮定法での表現が妥当であろうとするなら、とても残念、・・。
それでも、彼らがその後の時代に交流があったことを望んでしまいたくなる、魅力ある人物たちです。
物語は、1940年、三国同盟が結ばれた頃が舞台です。冒頭は作者の短い前書き、さらに戦後の1964年のF1レースにわく欧州からスタートするのですが、どう展開していくのかと思ううちに、惹きこまれていきます。 さまざまな人たちの過去に関する小さな記憶が、やがて結びついて、当時の、とある計画をめぐる、人間模様があきらかになっていきます。
登場人物のうち、幾人かは、主人公同様、2作目、3作目にもつながって、活躍あるいは回想で登場しています。
それにしても、山脇順三さん、こんな遊び人だったんですか?
先に、『ストックホルムの~』などを読んでいたので、奥様ベタボレの印象が強くて、そんな「経歴」があったなんて。
個人的にしょっぱなの驚きは、それでした。
安藤から、鉄拳食らわなくて、ほんとによかったですね。
空の彼方まで、すっ飛ばされてしまいそうです。
海軍で厄介者扱いされた飛行士、安藤と、部下であり友人ともいえる乾恭平、腕は超一流でありながら、飛行機に乗る機会を奪われていたこの二人に、とある極秘任務の話が舞い込みます。
そして、選ばれた2機の零戦が、ペアを組んで、大陸を横断していく、わずか数日、といえど、当時の世界の状況からいつなにがあってもおかしくない、緊迫の旅路。
途中、強く勧められても1機で飛ぶことを拒否して、あくまでも2人で飛んでいきます。 その理由は。
2機が「機体」のメンテナンスの面から、故障時に部品供給庫となってお互いを補完しうる存在になる可能性は、安藤や乾が口に出していたことですが、このほかに「操縦者」も、お互いを助けうるための存在、であったことが分かります。
つまり、いざというとき、緊急事態の場合、もし自分が単機になっても、相手が単機になっても、どちらも任務を遂行できるか。それだけの能力を持っているか。
安藤が乾を即時に推薦し、乾もまた安藤と組んで飛ぶ仕事、それだけで任務の詳細も聞かず即決したのは、電流のごときまさに以心伝心、自分が相手を、相手が自分を必要としていることが分かっていたのだ、ということが、後からじわり、と伝わってきて、じーんとくるものがあります。
そのことが最初からわかっていたからこその、空の上での互いの判断。
そしてそれほどに危険な任務と分かっていてでも、大好きな飛行機で空を飛べる、その機会を選んだ飛行機乗りたち。
当時の世界の、日本での情勢の中、つかの間の自由を味わえる、大空の上を望んだ彼ら。
2人がとったどちらの行動も、強い絆で結ばれた男たちの、心と卓越した能力ゆえのもの、つい目頭が・・。
世界地図を広げて、軌跡をたどりつつ、ぜひ読んでみたくなる1冊です。
(新潮ミステリー倶楽部特別書 1988)