お気楽日記、やりたいことはいろいろあれど。

気まま旅に、気まま読書、やりたいことはいろいろあれどなかなか実現できないでいます。なにか達成したら、記録してみます。

読書感想文 2010.8 「バロン・サツマ」と呼ばれた男 薩摩治郎八とその時代(村上紀史郎)

2010-08-28 22:47:57 | 読んでみました、読書感想文
 ひさびさ、読書日記。

 ずいぶん前に、たしかなにかのテレビ番組で、戦前の欧州で、「バロン」と呼ばれていた、けたはずれの財力の日本人がいた、というのをちら見した記憶があり、「ストックホルムの密使」で、主人公が「バロン」とあだ名されているのを読んだとき、そうだ、あの日本人はどんな人だったっけ・・・と気になっていました。

 近所の図書館で、ダンディな俳優みたいな白黒写真が表紙になった、本書を見かけて、早速手に取ってみました。

 本名は、「薩摩治郎八」さんというそうで、19歳でイギリスへ、その後、パリ大学の日本館の設立にかかわったりと、長きに渡ってフランスで過ごした人物。小遣いが月に200万円?!いったい何者?って驚きますが、実家は、幕末から明治にかけて大成功をおさめて、信じられないほどの財力を持つようになった、商家のうちのひとつ。その家系図を見ると、皇族をはじめ、徳川家さんやら、会津松平家家さんやら、びっくりするような縁戚つながり。会津のお姫様にあたる、奥様のまたきれいなこと。

 パリでの交流で出てくる、日本人、ヨーロッパ人、それが星の数というほど列挙されていて、芸術家、政治家、科学者、でてくるわでてくるわ。著者の方の取材力のたまもので、読むこちらも目が回ります。とても一度では把握しきれないし、わたしの浅い知識では存じ上げないお名前も。この本きっかけで、知ることになる人も多そう。また、意外な人がパリ留学していたと知ったりも。

 それにしても、戦前の日本人たちが、パリでおたがいに派閥を作って、あれこれと悪口を言い合っていたという点も、面白い。
 いまも、海外で、日本人同士のグループができて、その中でのみつきあったりという話を聞きますが、どうも見知らぬ土地ではいつの時代も同じ傾向があるらしい、ということか。

 バロンサツマさんは、そうした日本人社会にうんざりして、主にフランス人と交流していたそうですが。晩年、脳卒中で倒れて一時言葉が出なくなり、回復して出てきたのはまずフランス語だった(サンドリエ:灰皿)というのも、人物像を象徴しているようです。

 また、晩年の、フランスへの旅で、かわらぬ交流で暖かく迎えられた様子などを読むと、ほっとされられます。
 こんな人物がいたのか、と、驚かされてさらに興味がわく、一冊です。


 (藤原書店 2009)

 
 


最新の画像もっと見る