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日食に、肉食について考えた。怪奇肉食祭りin笹島
Esaman2009/08/03 7月25日、全国的に日食が観察されることで話題となりましたが、この日、名古屋市中村区の則武公園と憩いの家で「怪奇肉食(日食)祭りin笹島」が行われました。
この企画は、怪奇肉食祭り実行委員会が企画したもので、わざわざ遠くに出てゆかなくても、地元でも日食が見れるということなので、せっかくなので、一緒に集まって焼肉をしましょう、という趣旨のものです。
会場である則武公園は、名古屋駅と中村区役所との間ぐらいのところにある公園で、笹島界隈のホームレス支援団体などが集まって、夏祭りなどの催しが開かれる場所でもあります。
・日雇い ホームレスたちの癒しの祝祭~笹島夏祭り2007/08/19 (会場:則武公園)
・映画「蟹工船」を観て、生き辛い社会を語り合う「カニコー」鍋開催。2009/01/22 (会場:いこいの家)
また、かつて北海道から名古屋に出稼ぎに来ていた人と地元の人との間で、アイヌ差別が元で、ある深刻な事件が発生した公園でもあります(笹島事件)。
憩いの家は、ホームレスの人たちが日中に立ち寄って、休んだり昼寝をしたり、シャワーを使ったりできる施設で、古い民家を借り切って運営されている味のある建物です。
この「怪奇肉食祭り」は、実は自分も呼びかけ人の1人なので、準備にも奔走しました。その一部始終を報告します。
●肉食祭り、数日前
当日は雨なんじゃないか、という予報があるなか、それでも楽しみにしている人もいると思い、日食メガネを探してみるものの、どこも売り切れ。しかも「フィルムやススガラスなどでは観察しないでください」という宣伝もされています…。
自分の記憶では、銀塩フィルム(モノクロフィルム)を感光させて現像して作ったものであれば、日食グラスになるような気がしたので、かなり久しぶりに現像タンクをひっぱりだしてきて、作成してみました。ところが、ずっと曇っていてテストをすることができず、当日の朝を迎えました。
●肉食まつり、当日
朝、雨がパラついていたものの、大半の予想を裏切り、開始時刻になると晴れてきました。さっそくお手製の「日食グラス」を使ってみると、おぼろげながら太陽の輪郭がみえます。
感度の高いフィルムで強めに現像したため(ネオパン400、ND-76P希釈なし、36度C、4分、連続攪拌1分、以後1分につき10秒攪拌)、暗すぎるような気もしましたが、薄くて目を傷めてもよくないので、こんなものでしょう。
これでお手製の日食グラスが役に立つ、と思いつつ、お客の集合をまっていると、徐々に曇り出してきました。ちょうど日食の始まる9時半を過ぎると、それなりに明るいものの、太陽の姿はまったく見えない、というなんとももどかしい状態になりました。
雨こそ降らずに一安心ですが、肝心の日食まつりに太陽がみれないとは…
と思っていると、次の問題が発生ました。
●料理長、行方不明
この日のメイン企画である「いろいろな肉料理とボリビア料理」を作る担当である、笹日労芸能部のボリさん(通称)が、やってきません。ボリさんは、沖縄から移住した日系ボリビア移民2世の人で、独特なラテンな(いい加減な?)キャラクターと、踊りと料理が上手いことで、名古屋のホームレス支援界隈では、ウクレレ芸人の「えぐれささしま」さんと共に、ローカルな人気の高い人です。
すでに人が大勢あつまり、肉を焼き始めてしばらくたってから、料理長が自転車にのって颯爽と登場。ボリさん、得意のラテンなノリ(ラテンの人に失礼でしょうか…)で、この日も、大幅に遅れて到着したのでした。
「みんな気にしすぎだ。朝雨が降っていたので、中止かと思って2度寝したんだよ」とのことでした。
●日食は一切見れず。しかし誰も気にせず
料理長も到着し、本格的に料理を開始します。会場には15~16人の人たちが集まっていました。ホームレスの人、昔日雇いで働いていて今は引退した人、会社員、個人事業主、無職、派遣切りにあった若者、フリーター、ニートをしている人、などなど…全体的に、お金がない面々が集まっています。
料理は、前日からワインに漬け込んであったボリビア風のものが大変人気で、七輪にどんどんのせて、みんな焼いて食べています。その隣では、公園に持ち込まれた机の上で、ボリさんがサラダを作ったり、ボリビアの炊き込みご飯「アロズ・コン・ケーソ」を作ったりしています。
日食が進行しているのでしょうか? あたりはすこしづづ暗くなっていますが、一向に太陽は見れません。それでも、一同はまったく気にせず、夢中で焼肉を食べています。特に赤ワインにニクニクや野菜と一緒に一晩漬け込まれた肉はとてもおいしく、サラダとよく合います。
焼きたての肉を、酢とワインで味付けされたサラダを、チーズとともに炊き込まれたご飯「アロズ・コン・ケーソ」の上にのせると、なんとも香り豊かな味になります。
焼肉で盛り上がっているところに、LOVE&ビンボーでも活躍した「ひょうたんに入った酒」も登場。中に酒を入れると合成酒も高級な味になると評判の「ひょうたん」は、今回は外側にも柿渋を塗られて、味のある色になっていました。
・LOVE&ビンボー春祭り デモ隊が行く2009/05/02
●肉々しい、参加者の話
いろいろな人が参加してくれたので、その人たちのお話の一部を紹介します。
「この時期(月末)になると、みんなお金がなくなって大変だけども、お金がなくても参加できる今回のような企画は良いね。またやってほしい。日食? 子供の頃に、あったような気もするけど、あんまり覚えていないね」(引退した日雇い労働者の方)
「みんなで焼肉は楽しいね。日食祭りだけども、日食はまったく見れないけども、肉とお酒がたくさんあっていいね。ただの焼肉じゃなくて、下味の付いているのがいい。1人暮らしだと、普段は、なかなか料理もしないので楽しいよ。隣で料理をしているのも、本格的で良いね。」(現在福祉で生活をしている方)
「市民運動では、いろいろとマジメな人も多くて、理屈やこだわりもおおいけど、今回のような理屈のない企画は気軽に参加できてよいです。楽しいことが一番ですよ。」(会社員の方)
「昼間から公園でみんなで焼肉をして、ビンボーでも楽しいことがあると実感できました。」(引きこもり気味の方)
焼肉をしていて思ったのですが、今回の企画、割と若い人も多かったのですが、肉を食べる量は、年配の人のほうが多く、驚きでした。お話を聞くと、若い頃には土木現場などで、日雇いで働いていた方だそうです。やはり、若い頃に鍛えた人は、年をとっても体力があるなぁと感心しました。
このほかにも、次の皆既日食が30年ほど後ということで、そのころには生きているかどうか、生きていたら、日食に肉食祭りをしたと、自慢できるとかの話題で盛り上がっていました。
また、肉の食べ方や、作り方、捕まえ方も話題となり、いままで食べた変わった肉の話や、家畜はで、どのようにして解体されているかや、食肉加工を職業にしている人たちの話、食べられる肉の戒律や習慣の話、先住民族が動物を食べるときにどうしていたか、など、この日のために用意された、いろいろな「肉食ネタ」も披露されて、盛り上がっていました。
とくに、ボリビアで先住民族との交流経験のあるボリさんによる、アルマジロやマナケモノ、大きなネズミを食べた話、沖縄では「ヒート」という名前でイルカの肉が流通している話、などが印象的でした。普段は触れることのない「肉食」の裏側の世界にも、について理解を深めることができたと思います。
●名古屋では、日食を見れた地区もあった?
自分たちのいた公園では、日食はまったく見れなかったのですが、途中荷物を撮りに寄った笹島労働会館でTVを見たところ、名古屋でも日食がかすかにみれる場所もあったようです。また、南の島では、真っ暗にはなったものの、雲があって見れなかったところもあったようです。
私たちは、ヘンな話ですが、日食をメインに期待して集まっていなかったことが、功を奏して、楽しくすごすことができました。
このあと、日食が終わる13時頃には一旦解散して、夕方から後夜祭の会場に移動する、という予定だったのですが、皆楽しかったようで、時間を延長して、移動する直前まで公園で肉を焼いていました。若者が酔いつぶれている中、年配の元日雇い労働者の方が、ずっと肉を焼いて食べているのが印象的でした。
●後夜祭は、いこいの家にて
このあと、一行は中村区役所近くにある「いこいの家」に移動して、後夜祭を行いました。後夜祭では、この日に仕事があって参加できなかった人たちも参加して盛り上がりました。
同じメニューでは飽きるだろう、ということで、後夜祭では、いろいろな味付けの肉が用意されました。また、ボリビアの「肉の炊き込みご飯」である「マハド」という「おじや」のようなものも作られましたが、あまりのおいしさに一瞬でなくなってしまいました。
古びた味のある民家である「憩いの家」の机にメニューを広げてみんなで食べていると、何かの劇団の練習か、法事の集まりのような錯覚に陥ります。さいきんの生活では、皆で食事を作るという機会は、なくなってしまっていると思うので、なかなか楽しかったと思います。
ですが、昼に野外でBBQをして、そのまま2次会でも料理を作って食べる、というのは、大変疲れました。それでも、参加してくれたみんなは、楽しかったようでした。
「今度はもっと節約してお金を用意するから、絶対にもう一度やってほしい。出来れば月始めに(お金があるので)」という声も上がっており、次は「十五夜に月見はどうか」という話も出ていました。
「日食に肉食を」という、ただのダジャレで始まった企画ですが、意外と反響があり、次に続きそうな気配です。