今日は◎0歳の自分の誕生日。
べつになんにもしてくれなくていいよ・・・と言ったんだけど。
自分的には、本心孤独好きなので、一人の時間が欲しかったんだけど。
本読みしたりとか。
まあ、祝ってくれるというのだから、ありがたいことなので。
おでかけ。
シャネルの口紅を自分のご褒美に買った。
なんとなく口紅・・・くらいだったんだけど。
いつもつけている色とは違う、少し若い子向き(無理してではないくらい)の
華やかな色を選ぶ。
その後、リッツのケーキバイキング!
リッツに行ったからにはフレンチだったらよかったのにと思ったけど。
この歳でケーキのバイキングは、おでぶさんになってきてたので、
うわ・・・とか思いながらも、まあまあ楽しめた。
デザートばかりではなかったからである。
ちゃんと軽食もあって本当に美味しかった。満足です。ありがとう~。

…いかんいかん

本業であるグラフィックの仕事も、ありがたいことに、たびたび入ってくるようになった。
…凝り性なので、ついつい時間かけ過ぎてしまう

パートの方も、暇な時もあるので、週3~4回のペース。
てづくり市にも、没頭してて、最近は、天然石などを使って、
ピアスの他に、ブレスレットやネックレスなども手がけていたり、
楽しみながら、ひとつひとつをデザインして楽しみながらつくっています

また、京都以外にも出店の場所を、増やそうかなと、いろいろと探して見に行きます

5月のブログがさびし~ので、まとめて更新するぞ~

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ピンクのかわった花~ …なんて花かしら~? ひらひらと風にゆれてて かわいい花だな~ |
これは見事なラナンキュラスだ~ きれいに咲いてるな~ 造花みたい… |
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おんなじ幹から、三色の花が~ すごい~~~! |
山桜~ | ![]() |
その次に、切干大根のおやき。くるみや、黒ゴマ、かぼちゃ、あんこ、ふき味噌、
などなど…いろいろ、あります、そしてとっても満腹になり、美味しいです。
その他、長野の名産品の数々を買ってきて、我が家で楽しんでいます。
りんごは安いし、甘いです。いつもたくさん買ってきます。
わさびの葉っぱは、塩もみしたあと、熱いお湯(80℃くらい)をまわしかけ、
洗ってしぼり、砂糖でもんで、またお湯をかけて、…と手間ひまかかりますが、
お浸し(だし醤油漬)にして、食します。これもくせになる美味しさです。
独活(ウド)…大きく太いウドは、キンピラにします。甘い芳香があり、
シャキシャキと、歯ごたえがとても楽しい食材です。
平茸は、きのこ汁にしました。
そばや、野沢菜は、今回は買ってきませんでしたが、
長野の行けば、美味しいものにありつけます。
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生けたときは、赤目柳だった。 |
この度、入院→手術するに至り、今日、おかげさまで、めでたく退院することができました。
もともとアレルギー性鼻炎もちで、副鼻腔炎になることが、しばしばあり、
ちょっとのま、ほっといてしまったのが、悪かったと思います…(すごく反省)
副鼻腔炎も慢性化し、『鼻タケ』が発症。大きく成長しているため、
鼻タケ切除&慢性副鼻腔炎の治療のため、内視鏡手術を受けました。
お世話になった病院は、古い病棟でしたが、入院生活は、程よく心地よく
あ~この先生で、本当によかったなと心から思える、とても、いい先生で、
安心した気持ちで、手術をうけることができました。
本当にお世話になりました!感謝の気持ちでいっぱいです!
↓闘病日記 (これから手術を受けられる方は、予備知識としてご参照くだされば幸いです)
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入院した日は、しばらく入浴ができなくなるために、朝と、夜もお風呂に入りました。
翌日に、手術。 手術室に入る際は、めちゃくちゃ緊張 ストレッチャーの上で、計測音がし、
心拍数があがったり、さがったり、(…貧乏ゆすりが原因で、不整脈かと間違われる)
なが~い帯状のガーゼを、次から次へと、鼻の穴に詰め込んで、シュルシュルと出すと
じんわりと麻酔が、ききはじめました
すでに注射されている感覚はなくなった状態で、2、3回鼻の中に注射。
内視鏡が鼻の中に入れられ、ガリガリゴリゴリと、
空気のとおりをよくするため、軟骨が削られていきます。
「おぉ」と看護婦さんのどよめきが聞こえ(なんで?)ヌルリとした生暖かい感触がしたな~と
思ったら、上顎洞底部より生えていた、鼻タケが切除されていました。
あとで見せてもらったら、気持ちわるいし、デカかった。
目の裏側が眩しくて、「お、お~」とか言いながら、おびえていたら、
内視鏡のライトが、目の裏側からあたってるから、眩しいんだとか…。
ウルトラマンの目のように、光っていたかもしれないな~。
中をガリガリゴリゴリ→吸引する、を繰り返し…1時間半ほどで手術終了。
最後に、また、なが~い帯状ガーゼを、6本つめて終了。
麻酔ってすごいですね。手術は、まったく痛みなく、終えることができました。
その後、じわじわと鼻とほっぺが腫れ、少し膨らみ、麻酔のせいの吐き気におそわれ、
どんよりした痛みがしてきて、薬をもらいましたが、その夜はあんまり眠れませんでした
またこの日に限って、看護師さんが、気の利かない不親切な人だったので、最悪。
次の日も、鈍痛や微熱がありましたが、おとなしく安静にしていると、少しずつ体がラクに…
手術から2日後に、詰めていたガーゼをとる時が、痛かった
私も先生も、ビニールのエプロンをされ、なにやら嫌な予感が…。
1枚、2枚、…。手品師が“するする”とハンカチを口から出すように、鼻の中から次々と
ガーゼがでてきて、最後のガーゼがとれた瞬間、血がドボっと!
受け器に、血のかたまりがドボドボ…、気持ちわるく、思わず目をそらしてしまいました。
落ち着いたころに、はじめて、自分の鼻のとおりが、スースーと快適なことに、気づきました。
鼻の中に空気が入ると、キーンと、少し沁みますが、新鮮な感じです。
手術日より3日後に退院。 退院後、しばらくは、鼻血に要注意。
下をむいていると、突如、タラ~っと、きました びっくり。
少しずつ、かさぶたがとれたりし、1~2ヶ月ほどかけて、治っていくとのことです。
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鼻が、すっきり!します。鼻づまりで、悩まされていたのが、嘘のように。受けてよかったです
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お彼岸なので、お墓参り。 16歳まで長生きした愛犬 『ころ』 のところにも、 お参りに行った。 * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * 本当に、かわいい、愛犬でした。 心の中を見透かすように見つめる、やさしい瞳が 忘れられません。いつも、心が洗われるようでした。 |
母犬がシェパードで、13匹も子犬が生まれ、みな、もらわれていくなか、
最後の方まで、残っていた、ちょっとマヌケそうな子犬で、
耳がペコンとたれ、泣きそうな顔で、我が家にやってきた。
たくさんの、本当にたくさん、数え切れない、思い出が、いっぱいあります。
ときどき、ハッと、忘れかけそうになった思いやりを感じ、やさしくなれます。
老犬になり、体がヨボヨボになっても、いつも尻尾を振って、私を迎えてくれました。
言葉を、かわすことはできなくとも、気持ちは、わかるんです。
コロがおしえてくれました。
ありがとう。
いつまでも、天国で見守ってくださいね。
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葡萄をいただいたので、 |
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先日の『おばぁちゃん』の日記より、続いてます。
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おばぁちゃんちに行く途中は、いかがわしい光景にでくわす。
電車の駅の改札を出て、電車の高架の下を通って、角の靴屋を曲がるとすぐだが、
高架の下を通るとき、薄暗い壁に、日活ロマンポルノだと思われる、裸の女の人が、
縄で縛られている絵だとかが、デカデカとあった。 その下の壁に沿うように、
水の入った容器が置かれ、金魚が売られていて、 デメキンなどが、ヒラヒラと泳いでいた。
隅の方に、金魚売りのおじいさんが、ひっそり座っていた。
そんな光景を見ながら、母に手をひかれ、おばあちゃんちに行っていた。
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二階へは、まっすぐに、ふみ幅の狭い、階段をギシギシとあがり、
薄暗いなか、オレンジ色の電球が、ぼんわりとした横の襖をあけると、和室の居間があり、
居間の隣は、薄暗い部屋の隅に、小さな本棚とタンスだけの、シンプルなおじぃさんの寝室。
居間の廊下を 挟んだところに、二間あり、ふる~いアンティークな足踏みミシンがある、
おばぁちゃんの部屋と、三面鏡がある、母の妹の部屋があった。
母の一番下の妹は、わたしが幼い頃は、まだ結婚前で、
「お姉ちゃん」としたって、よく遊んでもらった。
従兄弟たちと一緒に、腕にぶらさがったり、布団の上から飛び乗ったり、
やんちゃな頃に、たえず笑いながら、遊んでもらってたように思う。
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泊まりに行ったときは、銭湯に行くのが楽しく、湯上りのお風呂やさんの香りが、好きだった。
夜でも、まだ明るくネオンが光る中を、空を見ながらおじぃちゃんと一緒に歩いて帰る。
ネオンの光の中から月を探して、見つけては「おちまさまが笑ってる」とか言ってたそうな。
家の裏側の、道を挟んだすぐ傍に、高架になった京阪電車のホームがあり、
二階の居間の窓から、少しだけ高い目線に、ちょうど駅の裏側が見えた。
早朝。 車輪の音や、 警笛のピィッーという音、ドアのしまるシュルシュル…の音などが聞こえる。
それで目が覚める。 まだ布団の中で寝ぼけながら、
朝日が左から右へと動く、車輪の影を、フスマに描く。
うつらうつら~と、寝ぼけながら見てる光景。
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夏と秋に、八幡さんのお祭りがあり、商店街や、すぐ近くにまで、
太鼓囃子の御みこしがやってくる。
背の高い赤い帽子(?)をかぶった子供たちが、太鼓を叩いて
ドンドコドンドコドンドドンドドン…と、なんだか、わくわくしてたな。
夕飯は、商店街から細道に入ったら、店内に川が流れていたお料理屋があったり、
中華料理屋さんにも、皆でよく行った。
浴衣に着替えさせてもらい、神社に行くと、
コンチキチンチキチンチキチンコンコンのお囃子で、神社界隈が夜店でにぎわう。
金魚すくいや、あてもの、ヨーヨーつりやら、一円玉入れで水飴をもらったり、
歩いて帰る夜道も、とても楽しかった。
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おばぁちゃんとの思い出。
二十歳のころ、勤めはじめてすぐ、仕事帰りに、寄り道をし、お腹がすいていた わたしに
丼をつくってくれた味が、とても美味しかった。今も、真似てつくるが、なかなかうまく作れない。
その夏におじぃちゃんが亡くなったので、おばあちゃんちでの、最後の思い出だと思う。
わたしが結婚したときは、旦那を見て、うれしそうな笑顔で、
「じゃがいもみたいな人やな~」と、小声で耳打ちしてくれた。
入院してたころは、帰り際に、バイバイと言うと、笑いながら「日本人は、さようならや」と言っていた。
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お茶のお稽古で、先生のうちに行くと、炭がいこされている。
その部屋のにおいで、ときどき、どこかでかいだにおいだな…と、思うことがある。
麻雀屋は煙草の煙で、空気が白くなっていたが、あまり気になる程ではなかった。
カウンターの隅に、火鉢の代えの練炭を置いていたからか、
そんなにおいがしたのかもしれない。
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昔の写真を、ふと見ると、その時が、容易に思い返されることがある。
胸に秘める思い出を、忘れないように。
オリンピックもあとわずか・・・。
昨日のソフトボールは、悲願の金メダル!
つい先ほどは、陸上での、日本の快挙を見て、感動した!
ジャマイカが、ワールドレコードを次々と更新し、カリブ陣が迫りつつあるなか、
日本男子陸上で、初という快挙!
予選での、ハプニングで、競合国が減り、そういう幸運もあってか、
走りでは到底、おいつけない、世界の大物選手と対等に、
正確なバトンパスの技術で、戦いぬいた。
「この、9万人の観客の前で、走れることが楽しい。楽しむことを、忘れないで走れた」
…と、爽やかな笑顔が、とても印象的で、心に刻まれた。
たくさんの寄せ書きが書かれた、日本の国旗をかかげ、ウィニングラン。
そしてインタビューで、
「日本陸上短距離は、世界に通用しないと、言われてきましたが、
みんなの力でとったメダルと言っていい。 日本陸上の歴史の勝利です」
・・・そう言った選手たちの、言葉に、胸があつくなった。
今まで努力してきた、陸上選手たちも、どんなにか、喜んだであろうか…。
今日走った選手たちと、同じように、本当に嬉しく思うことだろう、と思う。
「みんなの応援が、自分たちが持つ力、以上の力に、なりました」
ただテレビで見ているだけの、私も、嬉しさが、ひとしおです。
そういう彼らの、考え方や思いが、メダルに導いてくれたのでは、とも思えてしまいます。
先日より、ばぁちゃんの体調がよくなく入院。 なので、母と病院に見舞いに行ったら、
笑いかけると、「なんで笑ってるのん?」と 笑ってくれたのでちょっと安心。
「お二人のお嬢さんがた、ゆっくりしていってぇ」 やって。
老人ホームで寝たきりのばぁちゃんは、94歳。 おじぃさんは、もう17年前に他界。
もう、ボケてしまっていて、たぶん、孫や娘だとわかっているのか?いないのか?わかりません。
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祖父母が住んでいた家は、大阪の旭区。 賑やかな繁華街にありました。
今風で言う、昭和レトロな建物で、趣がある、お家でした。
家の一階は、狭い台所に、不動産屋の事務所、また麻雀屋さんもしており、
木枠の大きなガラス戸に、金色の つるつるしたドアノブで、
まるで魔法使いが持っていそうな、金色の、単純な形の、大きな鍵。 そこが不動産屋。
家の側面にも、入り口があり、そこが、自営でしていた、麻雀屋。
おばぁちゃんは、木製のカウンターに、番台さんのように座り、麻雀をしにきたお客さんから
頼まれた、出前やタバコ、ビールやらの注文をきいていました。
おじぃさんは、戦前は、府庁に 勤めていたそうなのですが、
戦後は、一変し、自営をはじめたそうです。
母は、三姉妹の長女で、
若い頃は、2階の部屋で、下の麻雀の音がうるさかったと、こぼしていました。
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おばぁちゃんは、絵を書くのが得意で、 カウンターでよく、大きな火鉢にあたりながら、
メガネを半ずらしにし、広告の裏などの白紙に、着物姿のきれいな…芸者さん?の絵など、
鉛筆で、書いていたのを、子供ながらに、上手だな~と思っていたのを、覚えています。
わたしは、幼い頃、祖父母の家に遊びにいっては、 夕方までの客がいない間、
麻雀用の背の高い椅子に座り、グルグルまわって遊んだり、 麻雀台の、小さい引き出しの中の
点棒を、きちんと整理して遊んだり、 麻雀牌を使って、積み木したり…と、
ちょっと風変わりな、遊びをさせてもらっていたと、思います。
また、夕方になると来る お客さんが、パチンコの景品のキャラメルなんかを、くれるのが、
楽しみでもありました…
今は、あまり見かけることが少なくなった、瓶に入ったコーラや、ファンタ、プラッシーなど、
コーラの赤いロゴが入った、大きな専用冷蔵庫の、備え付けの栓抜きに、 瓶をさし、
きゅっとひねって、栓抜きをするのが楽しかったり、
机に、備え付きの、レトロな鉛筆削りで、グルグル手でまわして、
鉛筆を削るのが楽しかったり…。
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楽しい思い出が、多くありますが、旦那さんに、こんなだったと話しをすると、
その環境が、想像しにくいみたいです。
お店をして接客していたからか、おばぁちゃんは、よぼよぼになった今でも、
よくハイカラなことを言って、人を笑かしてくれます。
ぼけていても、ケラケラと、かわいらしい笑顔で、「がんばり」と言ってくれる。
見舞いに行って、元気づけられて帰ります。 いつまでも元気でいてほしいな~。
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日々変わる、空の雲。 |
立体的な、雲の形が、空のたかさを、強調してるかのようにも見える。
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お寺に掲示された、筆書きの文章に、ふむふむと...。
習字が、日に日に上達してきた、お友達でもある、若和尚さんが、書いたお盆の文。
(少し省略してます)
『お盆には、ご先祖さまが、お家に帰ってくるので、
楽しく 迎えてあげるために、準備として、仏様が安心できる、楽しい家庭を、築きましょう。
そして、いつも守られて、生きていることに、感謝をしましょう。』
そうだな~と感心。
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健康に生きている、そして、 生かされていることに感謝をし、 人や家族に、迷惑や心配をかけず、 みんなが安心できるように心がけ、努力をすると、 自然と、責任感や、心配り、やさしさが生まれ、 仕事や家事にも、真面目に働き、いい家庭を 築くことができますよ…とも言っているそうです。 |

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もう、かれこれと退社をして、お気楽主婦となって、6年程になりますが、
勤めていた頃は、“こだわりの食”を、オリジナルで開発し、商品化する仕事をしていました。
スイーツやパンなどの、商品企画が多かったのですが、中華食材で、
特に美味しいと評判・人気商品となった、「北京の餃子」を、商品化したことが ありました。
そのモデルとなったのが、北京に点在する、胡同(フートン)という 「路地」 があり、
そこで作られる家庭料理、鍋貼(グオティエ)という、棒状になった、おやつ感覚の、
いわゆる焼き餃子でした。
しかし、中国では、餃子は「焼き」ではなく、水餃子や、蒸すのが主流で、
あまったものを、食べなおすのに、鍋に貼り付けるように、焼いて食べたことから、
焼き餃子は、いわゆる「あまりもの」。 日本に、伝わった餃子が、
なぜ「焼き」の方になったかは、?ですが、中国では、餃子は黒酢で食べるのが、
日本では酢醤油と、なったように、少し違った、伝わり方をしたようです。
某通販雑誌との、タイアップ商品ということで、 紙面に掲載するため、北京の胡同を、訪れ取材をし、 現場で作っている風景などを、編集した、 大掛かりな商品開発で、たいへんだったな~と、 懐かしい… ![]() |
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*Photograph in 夕食の点心(神戸牡丹園製) |
胡同は、今、オリンピックで見られるような、近代的な北京と、かけはなれた、
伝統的な家屋が連なる、細い路地のことで、とても、その風景は、情緒があり、
“古くからの北京の街並み”とも、言われています。
700年以上続いてきた、路地と中庭のある民家は、北京庶民の歴史ある、住宅地。
その胡同が、オリンピック開催のためや、経済発展の波に飲まれ、
取り壊されている、現状があるようです…

華やかな、オリンピック、経済発展も、もちろん、いいことなのだけれど、
それと裏腹に、大切なものを、壊しすぎないように…失わないように、
古きよきもの、残していってほしいな~…と思います。

開会式を録画していたのを見て、そのスケールの大きな、セレモニーに、!
胸がじわ~ん…

テレビの解説者も言っていたように、 これを基に、中国という国が、
より、グローバルな視点をもって、素晴らしい国になっていってほしい。
今までのような、正しいか、正しくないかを、競うだけの姿勢ではなく、ひろく世界を見て、
それぞれのちがいを、理解し、受け入れる大切さを、育てていってほしい。
……うんうんと、ほんとに、そう思うし、オリンピックの感動を得て、
そういう姿勢を、我も学ぼうと、思うべし

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ついつい、スポーツを見てると、その選手たちに、気持ちをかさねて、熱くなる。
あ~くやしいぃ~!とか、やった~!など、絶叫してしまうタチで、興奮する。
今日も、柔道の谷選手が、反則をとられ、不本意な試合の結末になり、憤慨。
さぞかし悔しいであろう…谷選手の心境になり、思いをかみ締める

けれど、敗者復活戦での、1本が決まったときは、気持ちいいほどの “やった~!”
悔しさを乗り越え、結果を出しにいった

冷静に受け止めて、なにかをプラスにしていく姿勢が、見える。
負けてからも注がれる、強い力や思いに、また、感動させられる。
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そんな、勇姿たちも、さながら |
今日と明日は、地元の盆踊り
若い子からお年寄りまで、みなが踊る、ほのぼのした、村のお祭りです
地元っ子は、高校生になると、青年団に、仲間入りができ、
青年団は、祭りの準備をし、そろいのユカタをきて、先頭きって、みなで踊る。
OBいわく、おじさん達は、氷かき、あてもの、ビールだけのところ、今年は、
フランクフルトを増やして、楽しく、出店をしている。
子どもはもちろん、大人もみな、子ども以上に楽しくて、しょうがないように見える。
うちの旦那さんと同級生の、その長男坊が、今年から、青年団入りしたと聞き、
…はやいもんだな~ と いつの間にか、お兄ちゃんになってて、歓心。
次男が、中学二年で、再来年には、青年団入りできるのだが、
先に入ったお兄ちゃんが、さぞかし羨ましいのか、同級生の友人たちと、
青年団の傍で、チラチラソワソワし、気にしている様が、おもしろい
旦那さんに聞くところによると、あの年頃は、青年団がやたらと、気になるらしい…。
なんだか、みなにぎやかに、ワイワイと楽しそうに見えるのか、参加したくなるようで、
ちょっとしたことでも、手伝ってくれとか、言われたくて、
なにかお手伝いができたりすると、たいそう、嬉しかったらしい…(笑) フフフ
しかし、嫁にきて、はじめて、この祭りに参加した奥様たちは、
身内ウケさながらの、このお祭りにどう、参加したらいいか、
わからない~と、なることも、あるようだ…(笑) ハハハ。
祭りになると、久々にあうような人とも、楽しくおしゃべりしたりと、楽しい、ひと時でした。
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帰ってテレビをつけると、北京五輪オリンピック!開会式の聖火のシーンだった。
じわ~んと、感動