自分の気持ちを書きたいように書けるということは精神衛生上とても良いことだと思う。
おいらはブログの中で吐き捨てたいことが山ほどあるが、少しずつ消化していっているので気持ちも楽になってきている。
どちらかと言うとおいらの性格は完璧主義である。
何事も自分に完璧を求めてできなければ自分をとことんまでけなしさげすむ。
最初からできなくて当たり前のことでもそうなのだ。
とにかく自責の念は深く、そしてそれは直していかなくてはいけない習慣なのである。
自分を責めることを自分をほめることに変えていく必要があるとある本を読んで理解した。
それだけでもおいらは成長したのである。
そしてそうするように努力している。
自分の価値を問われるならおいらは今でも生きている価値があるのだろうか、そして人に認識されるべき存在なのかと疑問に思う。
必死で生きているのだ。
自分の存在を誇示する人間の話を聞きそれを認めなければならない現実を受け入れさせようとする人間によって無理に生かされていると言っても過言ではない。
そんな人間関係の中でわたしは生活しているのである。
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自分も改めて自分の存在意義について考えてみるけど自分からは
回答は出ない時の方が多いかも。でも存在意義って自分というか
誰かが自分を必要としてくれるんじゃないかなぁ。
僕の場合は自分の両親は既にいなくて、血の繋がった兄弟もいない
からそういう意味ではひとりぼっちです。
でも幸いにも家族(妻・子供)が今はいます。きっと家族は自分を
必要と感じてくれているんじゃないかなぁって思っています。
mumu_comさんは未婚?だと思うけど、きっとどこmumu_comさんを待っている人が居て、その人の間から新しい生命がこの世の中に
出てくるのを待っていると思うよ。