世界中の博物館の展示ケースや保管庫に眠る遺物に新たな分析の光が当てられている。続々と開発される新技術を使って、既に絶滅した種の化石や毛皮が分析され、これまでには分からなかった事実が次々に明かされているのだ。このような試みは「ミュゼオミクス(museomics)」という名で呼ばれている。
この造語を発案したのは、ペンシルベニア州立大学の分子生物学者ステファン・シュスター氏である。同氏は同僚のウェブ・ミラー氏とともに昨年、ロシア博物館に200年にわたって保管されていたマンモスの毛から、マンモスのゲノム(遺伝情報)の大部分を再構築した。
「冷凍や乾燥などの処置もなされず、単に引き出しに収められていたマンモスの毛だったが(DNAを復元する試みは)成功した。ここからミュゼオミクスという構想が生まれたんだ。博物館に保管された羽やツノ、ひづめや卵の殻など、とにかくなんでも調べ直す努力をするというコンセプトが基本にある」と同氏は語る。
両氏は、1930年代半ばに絶滅したタスマニアタイガー(フクロオオカミ)についても調査を実施した。犬に似た有袋類であるタスマニアタイガーは、標本としていくつかの博物館に保管されている。そのうちワシントンD.C.の国立動物園にある1世紀前の個体の標本や、ロンドン動物園で1893年に死亡した個体の標本などを対象として、DNAの塩基配列決定法で分析し絶滅の原因を探った。
「その結果、2つの個体の遺伝情報は非常に似通っていることがはっきりした。つまり、遺伝的な多様性を欠いて絶滅の危機に瀕していたことを示している」とシュスター氏は説明する。
遺伝上の警告サインともいえるこのような傾向は、今そこにある脅威を識別するためにも役立つ。このサインに気付けば、種の絶滅を未然に防げるようになるかもしれない。
博物館の所蔵品を対象とした調査は、人類の健康促進に貢献するという意外な目的にも役立っている。医学研究者たちも新しい発想を得て、古きを温ねて新しきを知る調査を実施しているのだ。
ペンシルベニア州フィラデルフィアにはムター博物館という珍しい病理標本や解剖標本の収蔵で知られる博物館がある。学芸員のアンナ・ドーディ氏によると、「カナダの研究チームが、防腐溶液に浮かぶ1世紀半前の人間の腸の標本からコレラのDNAを抽出しようとしている」という。
この研究によってコレラの伝染に関する遺伝子地図が作成されれば、現代における感染対策としても有効な手段になる可能性がある。
また、同博物館のロバート・ヒックス館長は、「この博物館にはアメリカ南北戦争時の外傷に関する詳細な記録も数多く残っているので、世界的な紛争地域、例えばイラクやアフガニスタンのような場所で戦う兵士の命を救うことにもつながるかもしれない」と述べた。
南北戦争時に兵士が受けた外傷は最近の戦争で使われるアメリカ製兵器がもたらす外傷にも似ているため、戦場の軍医に南北戦争の外傷の記録を詳しく調査するよう推奨されている。
ニューヨーク州のアメリカ自然史博物館で哺乳類学分野の学芸員を務めるナンシー・シモンズ氏は、次のように話す。「28万種余りある哺乳類の標本を管理し始めた20年前に比べると、DNAサンプルの採取を求めるリクエストはずいぶんと増えた。皆、標本の皮膚を微量採取したり骨に穴を開けたりするといった方法で、DNA分析や酸素同位体分析などに利用することを望んでいる」。
ただ、標本の保管・保護を使命とする同氏にとってサンプル採取のリクエストに応えていくことは、かけがえのない遺物を徐々に失っていくリスクと常に隣り合わせだ。「標本にダメージを与えたり無駄にしたりするのは避けたいので、ぎりぎりのところで対応している。蓄積された古い知識が現代に生きる知恵となるのであれば、私としても協力は惜しまずに利用を推進していきたい」と同氏は語った。
Brian Handwerk
for National Geographic News
February 17, 2009
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