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占い師らむねの津々浦々

配信占い師らむねが、日々思うことを何となく書き連ねるブログ。

一貫性のある狂気はむしろ冷静

2025-03-29 03:17:00 | 日記
どうも、ずっとブログサボってました、らむねです。
やる気出なかったんですよ。今は何とかやる気出ました。


今回は、占いに関係ない(厳密に言うと若干は関係ある?)独り言です。


世の中にはいろんな「やべえ人」がたくさんいます。
これが恋愛市場ならモラハラとかDVと呼ばれ、
仕事における職場ならパワハラ上司、(ある意味)無敵な新人、
親や家族は今流行りの毒親、毒兄弟ってやつですね。


そんな彼らのヤバさの根源「狂気」ですが、そもそも狂気が狂気として位置づくのは、その言動が常識の枠に到底当てはまらないからな訳です。
常識の範囲内で狂ってるのは、あんま狂ってるって言いません。
それはただの変わった人です。


ただ、世の中にはごく稀に、持ち得た狂気を独自の美学に昇格させる人らが一定数います。
ただの狂気と美学化した狂気の違いは、
その狂気によって人を導いているか否か、だと思っています。
なので、ただの理不尽な暴力やいじめのようなものは、ただの狂気という枠と考えています。
人を導く美学化した狂気とは、それがある種の教えや教養と化す、そんな感じ。


私なに言ってんだろ

霊能者だと自覚したきっかけ

2025-03-19 22:40:00 | 日記
どうも、らむねです。
いっちょまえに霊能者やっとります。
今回は、私が自分を霊能者だと自覚した経緯をお話しようかなと思います。


私らむねは、自分が霊能者だと自覚したのは成人してからでした。
記憶の限りでは、この能力は生まれつきです。
物心ついた頃から、自分の周りにいる大人たちの本音が、うっすら透けて見えるような感覚で生きていました。
しかし、それは見えると言っても「何となく感じる」程度のもので、
例えば、
・笑顔だけど本当は思うところがある
・悲しんでいるように見えるが、実際は演技でそんなに悲しくない
などなど。
これらは、一見すると心理学のコールドリーディング(些細な動きや癖などから本音を推理する高度な会話技術)のように思えますが、特筆すべきは、私はこれらを「社会経験が一切ない幼少期から既にできていた」ということ。
特別そういった特訓や訓練なんて受けていません。
私は、みんな似たようなことを常にしていると思っていました。
得意不得意の違いが、人によってうっすらあるくらいだろう、と。
自分が何らか特殊な側の人間かもしれないと察したのは、高校生になってからです。


前にも別の記事で書きましたが、私は高校生の頃にコロナ全盛期が当たり、2年生の頃はずっとオンライン授業でした。
授業中の暇つぶしに偶然選んだのが、雑誌の付録についていたおもちゃのペラッペラのタロットカード。
んで、このタロットで、他人の悩みも占ってみるかーと、その場のノリと勢いでSNSで鑑定をやってみたら、これがまあ当たる当たる。びっくりするくらい当たる。
「どうしてそんなこと分かるんですか⁉︎」とよく聞かれました。
私はタロットから感じた結果を伝えてるだけだったんですが、笑っちゃうくらい当たってたらしいんです。
もしかしたら私、占いに天性の才能でもあるんじゃないかな〜って浮かれてました。


けど、そこで、思い出したことがあったんです。
私、そもそも昔から、なぜか人から悩み相談ばかり受けていたな、と。
昔から気がつくと、目の前の相手から悩みを相談されるんです。


記憶の中で最も幼い頃は9歳の頃で、相手は父方の親戚。多分当時40代くらいの人だと思います。
結構本格的な内容でした。自分の能力への失望、将来への不安、周囲と自分の格差。
どう考えても9歳児ではなく然るべき機関に行くべき人だったと思いますが、当時上手いこと(?)アドバイスしてあげたような記憶があります。
その後はとんで中学生。当時、教室で会ったら喋る程度の友達の女子から、突然かなり深刻な恋愛の相談をされたことがあります。その子とは、LINEの交換をした後「よろしくね!」のスタンプを送り合った以外まともに接点がなかったのですが、なぜかすごく深刻な相談を受けました。
その後は高校1年生。当時クラスで圧倒的にキャピキャピしていた、席が近いことくらいしか接点がなかった女子が突然個人LINEを追加してきたかと思ったら、唐突に恋愛相談を受けました。その後、普段接しているキャピキャピ一軍女子たちは、空気感で仲良くしているだけで内心もう鬱陶しい、という本音も。
と、こんな具合で、なぜか人から悩み相談を受けやすい人間なのを、思い出したのです。


私の占いの能力はただの才能では片付かないと思い、
今度はSNSで、悩みを募集して霊視できるかどうか試してみました。
すると、また「当たってる!」とのコメントが。
これをきっかけに、私は自分が霊能者だと自覚しました。


以上、自分語りでした☆
これからも霊視能力磨きます!

本当に当たる占い師は優しくない

2025-03-18 22:24:00 | 日記
どうも、らむねです。
私は自身で占い師をやってはいますが、普通にお金を払って占いをしに行くし、ネットの占いページもさりげなく見ちゃいます。
答えを知りたくて占いに行ってる感覚はもうほとんどなくて、そういうアトラクションやサービスを楽しむような感覚で占いに行きます。
まあ、最近は金欠なのでマジで全然行ってませんけどね。


さて、皆さん一度は思うことあるんじゃ無いでしょうか。
というか、配信でリスナーさんからよく聞かれることでもありますね。
「本当に当たる占い師ってどうやって探せばいいですか?
僭越(せんえつ)ながら、私はありがたいことに「すごく当たってる!」と言って頂けることが多いです。
多分ですが、私は出た結果をただ述べるだけのスタイルで、聞くとしたら細かい部分の確認くらいなんですよね。
そのシンプルさが、「当たっている」と感じてもらえている主な要因では無いかと勝手に思っています。
というのも、私自身人に占ってもらって、何か違うな、外れてる気がするなと感じる占い師は、
高確率で、無駄なお喋りが多いんです。


この、無駄なお喋り、というのはもっと詳しく言うと、
「○○色のオーラがこう伸びていて、それが何たらかんたら……」
「〇〇のカードが出ているのですが、このカードの意味は……」
といったもの。
要するに、素人からすれば別にいらないと感じる情報ばかりベラベラ喋る、という特徴があります。
片思いの相手の気持ちが知りたい時に、カードの意味の解説されて、頭に入りますか?
素直に、お相手は今〇〇という気持ちが強いですね。だけでいいはずです。
カードの意味の解説は、その後、何なら最後にチャチャっとやるだけで間に合います。


そもそも占い師というのはカードを読めればいい、星の配置を見れればいいという単純なものではなく、
技術を持った上で、依頼主が納得して安心できるよう、結果を噛み砕いてわかりやすく伝える能力が求められます。
何なら言ってしまえば、鑑定が外れてでもトークで依頼主の心を軽くできたらそれが一番御の字です。


当たる占いができる占い師は、大前提、人の心の仕組みに詳しく、そして敏感です。
どんな伝え方をしたら相手は一番理解できるか。専門的な要素をいかにして噛み砕くか。
本当に当たる占い師は、下手にあてることより、相手が結果を受け取った時に感じる思いや気持ちを瞬時に理解することに長けているし、そういう人は説明が非常に上手く、トークがスマートで簡潔です。
そして、こういう占い師は、占いに「気持ちよくなれるかどうか」を求めている層からは、冷たいとか、サービスが足りないと陰で言われがちです。
個人的にも、本当に腕がいい人は、肝心なところでかなりドライにズバッと切る人が多いです。


ただ、今どき本当の意味で腕の良い占い師は、表舞台にはいません。
今の時代、占いに求められるのが、正確さよりも場の雰囲気だからです。
占いの館みたいな、いかにもスピリチュアルです!という空気感のところよりは、
一見ごく普通の民家のおばちゃんち、みたいなところが一番当たります。
けれどそういう占い師は、見た目のインパクトに欠けるため、インターネットの検索に引っかからないんです。
だから、探そうと思っても、難しいんです。


この先、本当の実力者に正しくスポットライトが当たってくれたらな、と思います。

霊能者だからこそ感じる、霊視の限界

2025-03-18 01:14:00 | 日記
どうも、らむねです。
一応生まれつき霊能者です。
厳密に言うと、霊能者って体質みたいなもので、生まれつきしか無い(後天的な霊能者って無いと思う)と勝手に思っているのですが、これはまた別の機会に記事を書こうと思います。


さて本題ですが、霊視っていかにも何でもお見通しにできそうな能力と思われがちだけど、実際はそうでもない、と言うお話です。
よく聞かれるんですよ。霊視って何が見えてるんですか?
今自分が何考えてるか霊視で当ててください!
今ピーマンって念じてたんですけど聞こえませんでしたか?
……残念ですが、霊能力ってそんな簡単な仕組みではありません。


まず大前提。霊能力で見えるものは、非常に「抽象的」な情報だけです。
そもそも、人間の感情や思考というものは非常に曖昧でグレーゾーンまみれなものです。
一言で「嬉しい」と感じていても、その嬉しさすら、ポジティブなものネガティブなもの、あるいは親や教師から洗脳レベルの教育で植え付けられた偽物の「嬉しさ」であることもあるわけです。
たった一つの感情でも、その裏には途方も無い背景、バックグラウンドが存在し、その分言葉の定義は人によって簡単に左右してしまうのです。


そしてここが問題の肝なのですが、霊能力はこの、一つの感情に対して、何を視る能力なのか、という話になってきます。
例題は、先ほどの「嬉しい」にしましょう。


「美味しいケーキを食べることができて嬉しい」という状況を仮定しましょう。
これが、
・誕生日パーティでケーキを食べた5歳児の子供
・悲惨な事故で家族を失った孤独な社会人
という二通りの違いがあったら、どうでしょう。
背景に含まれる意味合いや感情が、全く違うものになるのは、何となくわかりますね。
これは占いでもスピリチュアルでもなく、国語の勉強ですね、もはや。


表に見える表情や身振り手振りで、大まかな気持ちや感情を察するのは、霊能者でなくとも練習次第でできます。
学問の分野で言えば、心理学がこれにあたるでしょう。
霊能力は、表に見える情報からは本来読み取れるはずのない情報を機敏に汲み取る、人智を超えた観察眼や洞察力の総称だとらむねは個人的に考えています。(言葉が難しいね)
家族を失った社会人が目の前にいたとしても、それを完璧に隠して、家族と仲が良い架空のエピソードを語っていたら、なかなか簡単には見破れないでしょう。
それを見破るのが、霊能力なんです。


しかし、そんな一見便利そうな霊能力にも、大きな落とし穴があります。
霊能者は、霊能者である以前に、人間です。
人間なので当然社会勉強を通じて世の中を学ぶ必要があるし、人間関係も、ある程度ぶつかり合いや青春を経てイロハを学ぶ必要があります。
霊能者は、ただ霊能力を持つだけでは、力を使いこなせないんです。
きちんと社会経験を積んで、色んな人間ドラマを生身で感じないと、
霊能力で今その場で感じている、霊能力で視えたものの正体を理解できないのです。


例えば、知らない言語の文章が目の前に出てきても、
それを読むことはできなくても、「そういう画像」として目で見て認識はできるでしょう。
けど、それを解読して意味を読解するなら、実際にその言語を勉強しないといけませんね。
霊能力も同じです。学ばなければ、使い物にならないんです。


そして、霊能力を使いこなすために世の中を学べば学ぶほど、
人の感情や思考がいかにグレーゾーンまみれで、
いかに霊能力が無力であるかを痛感します。
この無力感は、どうにも言葉で説明できるものではありません。


霊能者って、そんなに言葉のインパクトほどは、強く無いんですよ。


霊能力が無い人が見ている世界がよく分からない、の巻

2025-03-17 01:06:00 | 日記
どうも。あんまり公には言わないけど、一応霊能者です。らむねです。
霊媒師と霊能者って何が違うのか正直わかりませんが、霊媒師は降霊術とか儀式がメインの肩書きっぽいなと勝手に感じるので、字の響きで霊能者と言う名乗り方しています。


私の霊能力は完全に生まれつきです。
ぼやっとした抽象的な伝わり方ではあるんですが、人の感情や考え、思考の傾向や本来の性格、本音etc……
そういったものを、無意識のうちに理解できます。
メンタルが常に削られるトンデモデメリットを無視さえすれば、常にコミュ力最強格になれるチート能力です。
まあ、常にメンタル削られるお土産付きですけど。なんなら実の親の本音だって見えます。
これが何を意味するかは、勘の良い方ならわかるかと思います。
……もう慣れましたけどね。


さて、前置きはこのくらいにして。
生まれつきこんな漫画みたいなチート能力を装備できてしまうと、今度は逆に、「持たざる者」の気持ちがいまいちよく理解できないんです。
持たざる者と言うと過大表現なところはありますが、世間で俗に「コミュ障」と呼ばれている方々ですね。
もう吹っ切れて自慢しますが、私は昔からコミュ力だけは筋金入りです。
初対面、生まれ育ちに差があろうがどれだけ歳が離れてようが、ベラベラ喋れます。
昔、親戚のおばに映画に連れて行ってもらった時、そこにおばの友達とその息子さんがいたんですよ。
私、その男の子にすぐ話しかけたのをなんとなくですが覚えています。
私にとって、人と話すことは呼吸みたいなもので、無意識でできてしまうものでした。
しかし、それはコミュ力というよりは、霊能力と言うチート能力あってこその特技です。
世間の大半は、霊能力なんてチート能力は持ってません。
多分、人間ってそもそものデフォルトはみんなコミュ障で、そこからある種の向き不向きや才能、得意不得意でどれだけお喋りできるかが決まっていくのかなと見ていて思います。
私はその過程を、見事にフル無視して成長してるんですよ。
だからこそ、お話が上手くできない人、「コミュ障」が見ている世界が、想像できないんです。
理解できないから、逆に知りたくて仕方ないんですよ。
だって、占いに来る人、ほとんどが「人と上手く話せなくて孤立気味な人」ですから。
メインターゲットですもん。こりゃ観察と分析が捗るってもんです。


今まで、色んな「上手く話せない人」を霊視してきました。
そこで、どうにも分からないことがあるんです。
コミュ障の方々って、頭の中には、しっかり思考や感情があるんです。
なのに、それを言葉にしようとすると、何故か詰まってしまう。
何故なんだろう?思ったことを言えば良いだけなのに。
本気でそう思ってました。
元からスポーツ万能な人が、運動神経が悪い人を単なる努力不足と思ってしまうようなもんでしょう。
彼らの頭の中では、意思を言葉に紡げなくなる壁となる「何か」があるんでしょうね。


私自身、まだまだ研究中です。
これからも、色々と観察して分析していこうかと思います。