貧者の一灯 ブログ

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貧者の一灯・漢の韓信

2023年02月20日 | 貧者の一灯

















第二章:呉の興隆 呉中に危機あり  

越は呉の国内を荒らしまわったあと、闔閭が
帰還した報を受けて撤退した。  

その見事なばかりの潔さに闔閭は驚いたが、
当然疑問は残る。いったい、なにを目的に
彼らは呉に侵攻したのか。 「どう思う?」  

闔閭は伍子胥に尋ねた。

「越王允常いんじょうは、国を富ませ、兵を
増強していると聞いています。おそらく彼らは、
我が国と争いたいのだと…

…そしてゆくゆくは、この土地を我がものとした
いのでしょう。今回の出兵は、その意思表示だ
と思われます」  

伍子胥は答えたが、それは推測の域を出ない
返答であった。

彼らの注視はこれまで常に楚と中原に向けら
れており、自分たちより南方にある国をまとも
な目で見たことなどなかったのである。

「越など、これまではただの蛮族の集団に
過ぎないと思っていたが……都合よく余の
不在時を狙って国内へ侵入するなどとは、
戦略的にも情報の収集力にも優れていると
言わねばなるまい。

今後、その動きを監視せよ」  

伍子胥は頭を下げ、了解の意を示した。
これより先、彼は越の動向を探る役割を担う
こととなる。

「越が撤退したからには、さしあたっての問題
は、夫概だ。

あの男め……。いま一歩で楚の領土が我が
ものとなろうとしていた矢先に、余計なことを
しでかしてくれたものだ。

孫先生、余は夫概をどう処理すべきか」  
問われた孫武は、感情を消したまま答えた。

「征討するしかありません。ここは、彼が肉親
であられることをお忘れになるべきでしょう。

過去を遡って罪をなかったことにすることは
できませんから、しでかした罪は、罰するしか
ありません」  

常にないような冷酷な口ぶりである。

伍子胥は孫武のその言葉に、彼の内なる
心境の変化を感じ取った。

しかし闔閭の手前では、その思いを口にする
ことができない。

「肉親の情など、奴に対して感じたこともない。
余が王座を守り続けるにあたって、もっとも
警戒すべき相手は、血を分けた肉親なのだ」

「では、攻撃して滅ぼしましょう。さもなければ
呉国は分裂状態となり、それこそ越国につけ
いる隙を与えてしまいます」  

かくて闔閭は夫概を攻撃し、彼が奪おうとした
王座から追放した。

夫概は抗戦を試みたものの、それが敵わない
と見ると逃亡し、楚に亡命した。

そして楚はそれを受け入れ、彼に堂谿どうけい
の地を領地として与えたのである。  

その後、夫概は氏を与えられた。つまり、
この地の名を取って、堂谿氏と称したのである。  

これは、楚が彼に与えた破格の待遇と言うべき
であろう。楚は、呉国を混乱に陥れた彼の功績
に報いたのである。  


※…楚王軫は、未だ十五歳にも満たない。

彼はその幼心に逃亡の日々の記憶を刻み
込んだ。そのことが成長後に与える影響は、
はかり知れない。

「母上。母上は包胥のもとへ行ってしまわれ
るのか」  嬴喜は、悩みに沈んだ表情とともに
息子を見つめた。

しかし、彼女の決意は揺るがない。彼女の
悩みは、それをどう息子にわからせるか、
そのことだけであった。

「王さま、私のこれまでの人生は……すべて
自分を押し殺してきたものでした。

私は、少し離れた場所に移るだけで、なにも
王さまを見捨てるわけではありません。

ただ、少し離れた場所に移る……たったその
ことだけで私は女としての幸せを掴むことが
できるのです。どうか、わかってちょうだい」

「…………」  軫は、理解を示したのか、
そうではないのか、返事をしなかった。

母親の嬴喜は不安に駆られたが、かといって
決断を覆す気はない。

息子が認めなくても行動を起こすつもりで
あった。 「あなたがどう言おうと、私は包胥
どののもとへ参ります。

ですが、どうせ行くのであれば、皆に祝福され
たいのです。

王さまにいちばんわかってほしい……」
「誰も認めぬとは言っていません。

どうか母上、お幸せに。それから、包胥を
ここに呼んでください」  

嬴喜はその言葉を聞いて喜々とした表情を
浮かべ、軽い足取りで包胥を呼びに走った。

その無邪気さに軫は子供ながら驚いたので
ある。 …母上が、恋する女の顔になっている。  

軫は、そのことを微笑ましく思った。  

やがて軫の前に現れた包胥は、うやうやしく
頭を下げ、自らの行為を謝した。

軫から母親を奪うつもりは決してないが、
それでも無心ではいられない彼であった。  

しかし軫は開口一番、包胥をを讃えた。 「包胥
のこのたびの働きは、まさに国を救うものであった。

余はまだこの通り幼く、以後も貴公の助けが
なければ国を支えられない。

よって貴公の働きに存分に報いたいと思う。
今の領地の申に加えて封邑五千戸を賜るゆえ、
より積極的に国政に関わってほしい。

貴公は、大夫から卿けいとなるのだ」  

包胥は驚いた。しかし、彼はひと呼吸おいた
あと、この軫の申し出を断ったのである。

「この楚地には、先祖代々の墓がありまして……
私はそれを守ろうとしたに過ぎません」  

だが、幼いが明晰な頭脳を持つ軫は、この
返答を是としなかった。

「いや、貴公は分家したとはいえ、楚の王族と
同じ羋び姓を持つ身だ。つまり貴公の先祖とは
楚の王家のことであり、その意味ではやはり
貴公は国を守ったのだと言える。

なぜなら、国を守るということは、すなわち
王家の御霊みたまやを守ることに他ならない
からだ」  

申包胥はその言葉に苦笑いをした。

幼い軫の口から、実に大人びた言葉が飛び
出したことに、一瞬返す言葉が見つからなか
ったのである。

「結果的に私の行動が国を救うことになった
として……封邑五千戸の件はありがたいお話
ではございますが、辞退申し上げます。

そのかわりと言ってはなんですが……」
「うん? なんだ」

「お母上を……太后さまを、この私にいただけ
ますでしょうか」 包胥は若干言い淀みながら、
思い切った形で自分の希望を言葉にした。

「封邑の件を断るというのならば、そういう形で
貴公の功績に報いるのもいいかもしれない」  

楚王軫は、そう言ってこれを認めた。  …












※…
シャワーを浴びて髪の毛を乾かして病室に
戻った。

レンタルのパジャマも、新しいのを用意して
もらえて、綺麗さっぱり快適だ。

病室に戻るが、検査のない日は、時間があ
って暇だ。 相変わらず、同室のAさんとBさん
は喋りまくっている。

看護師さんが来て、Bさんと何やらやり取りし
ているが、Bさんが「子どもさんはいはんの?」
と看護師さんに聞いている。

看護師さんは、「28歳と30歳の女の子がいて、
ふたりとも独立してひとり暮らししています」と
答えた。

Bさんが、「まあ! そやったら結婚してはれ
へんの!心配やなぁ」というと、

看護師さんが「いいえ、全然」と返していたの
が、おかしかった。

ほんと結婚してるかどうかなんて、余計なお
世話だ。

昼から、新たにひとり入室してきたが、どう
やら手術のための一泊だけの入院のようで、
同じくうちのオカン世代だ。

取り残されている気分を抱えて この日は、
新刊の発売日の前日だったが、きっと東京
の書店さんにはもう並んでいるだろう。

共著のノンフィクションだ。 まさか新刊の発
売日を病院で迎えるなんて思ってもみなかった。

自分が出版の世界で取り残され、このまま
戻れないような不安に襲われる。

フリーランスにとって、病気や入院で仕事を
休むことは、そのまま仕事を失う可能性があるし、
休業補償もない。

でも、だからこそ、私と同じく不調をそのまま
にしておく人は多いんじゃないかとも思う。

健康診断も行かなくてすむし。 もうひとつ
考えていたのは、「これからの人生、本当に
会いたい人としか会いたくないな」ということだ。

コロナ禍で人と会うリスクが出来てから、強く
そう思うようになった。

デビューした頃は、本や自分の名前を売り
込むことに必死だった。

お金が無かったから、東京にも夜行バスで
行き、泊まりはネットカフェで、その度に腰を
痛めた。

けれど、そうして交遊を広げていって、得た
ものは疲労と、傷ついた自尊心だけだった。

これからは「会いたい人とだけ会う」

官能小説でデビューして性愛を描いている
女の作家ということで、興味を持たれはする。

けれど、大勢のいる場所で、私の本を読みも
しない人に「エッチなこと書いてる人!」と囃し
られたり、嘲笑されたり、バカにされたり、

「その容姿で?経験じゃなくて想像で書いてる
んでしょ」と、外見を揶揄されたり、ネットでも
散々「ブスが官能書くな」と叩かれた。

他の作家と露骨に態度を変えられたことも、
何度もある。

どうも官能小説というのは、一般文芸に比べて
誰でも書けるとも思われるらしく、「私も官能なら
書けるかも」なんて面と向かって言われもした。

興味は持たれ、おもしろがられもするけれど、
バカにされることのほうが多かった。

家に帰って悔しくて泣くことも、つい最近まで
あった。

コロナ禍で助かったことのひとつに、そういう
不特定多数が集まる場所に行かなくなり、
穏やかに過ごせるというのがある。

心身を守るためにも、「会いたい人としか会わ
ない」ことに決めた。

入院して、自分の身体が悲鳴をあげたことに
やっと気づいた。

死なずに済んだけれど、これから退院して生き
ていく上に、ストレスを溜めたくはない。

ストレスが身体にダイレクトに響くのは、肌身に
沁みている。

頑張らないといけない人ほどストレスを避けなく
ては 入院中、嫌なことを考えるだけで、胸の
鼓動が早まり不安に襲われた。

もう、51歳だ。 まだ 51歳だともよく言われるし、
この病棟の中でも「若い人」扱いをされるけれ
ど、命にはタイムリミットがあることに気づいて
しまった。

だから、私は若くて時間があるなんて、どうして
も思えない。

いつ死ぬか、わからない。 心臓の病気を抱えて
しまった今となっては、健康な同世代の人たち
より、生きることにリスクが伴う。

だから、会いたい人にだけ会おうと決めた。

少しでも気がすすまない場所には行かない。
とはいえ、フリーランスといえど社会人であり、
仕事をしないと生きていけない身の上では、
「会いたくない人には会わない」で済まない
場面も正直、多々ある。

気にいらない人とだって、会わないといけない
状況は避けられない。

もしも私が大金持ちで趣味程度で小説を書い
ているとか、ベストセラー作家だからそんなに
ガツガツ仕事しなくてもいいし、ほっといても
本が売れる立場ならいいけれど、全然そんな
ポジションにはいない。

そもそも、小説の仕事だって、いつまでできる
かわからない。 再来年あたりには、無職になっ
て仕事探しをしている可能性だって大きい。

だから、嫌な想いをしたり、我慢しないといけな
いことは、これからも間違いなくある。

そんななかで、どれだけストレスを避けて、
生きていられるかというのが、退院後の課題
であるのは間違いない。 …









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