貧者の一灯 ブログ

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貧者の一灯・番外編

2023年11月09日 | 貧者の一灯
























※…うつ病についても色々本を読んだ。

看護師でも専門以外はよくわからないものだ。
「うつ病は心の風邪ではなく心のガンです」と
書いてあって何だかほっとした。

体のどこかの細胞が癌化するよりは楽だ。

『うつ病の毎日ごはん』(国立精神・神経研究
センター・女子栄養大学出版部)には、美味し
そうな献立と、「うつは治る病気です」と書い
てあった。

治る気はしないけれど付き合っていけそう。そし
て、「うつ病は頑張りすぎた人が頑張りが効かな
くなってなる病気です」と書いてあって泣けた。

がんばってきたことを褒められた気がした。

医師から 「あせらないでいきましょう、天気の
良い日は太陽を浴びるようにしたほうが良いです
よ」 と言われたので、天気と体調の良い日は、
私も子どもたちと一緒に公園にバードウオッチン
グに出かけるようになった。

五年前、左眼のブドウ膜炎で失明の危機、

三年前から右眼が飛蚊症でいつも虫がちらちらし
ているように見える。

そんな目で鳥は見つけられないと思っていたけれ
ど、これが、案外子どもたちと一緒にはまった。

そして、どうやら私はかなり動体視力が良いらし
く飛んでいる鳥がトビなのかワシなのかなどがわ
かるようになってきた。

鳥の動きと次男の鳥情報を合わせると珍しい鳥も
同定できて面白くなってきた。

仕事もせず遊んでいるが、確かに生きているとい
う実感が持てる。生き延びてきてよかったとしみ
じみする。

でも翌朝は「どうしよう」と落ち込む。

そんな繰り返しだけれど、私はバードウオッチン
グを通して見事なまでに変化し成長してきた子ど
もたちにとても刺激を受けた。

好きなことをとにかく諦めずやり続ける。

「それしかできないとのめりこんで」。それが
彼を生かしてきたことを知った。

母もこのままヘタレではいられないと思った。
お母さんを張るために人生バンジーしたのだ。





※…「寄り添うってなに?」次男からの質問

コロナ禍のある時、次男とNHKのTV番組『ズー
ムバック×オチアイ』を見た。

毎回、欠かさず録画までしている。テーマは
「生死論」だった。

子どもたちと生と死、宗教、アートについて話
がはずんだ。

次男は毎日絵を描きながら「誰かのために寄り
添える絵が描きたい」と言う。

「ずっと死にたくて何度も死ぬことを考えてき
たから」、だから「この絵を見たらそういう人
が励まされる、そんな絵が描きたいんだ」と。

続けて、「ねえ、ところで寄り添うってなに?」
と、問いかけてきた。

改めて問われると「難しいね……」と言いかけて、
十五歳になったばかりの子が何度も死ぬことを考
えてきたという現実、

誰よりもそれを知る当事者の母親だけに言葉を失
った。同時に、子どもの顔を見て、「そんなこと
を子どもに言わせる親の顔が見たいわね!」と笑
ってしまった。

どんなつらい目に遭わされたらそんなことになる?
どんなつらい思いをさせたのじゃ? と思った。

でも、この子は本当にそう思ったんだ。

不登校の日々、孤独と向き合って、閉塞した空間
の中で、出産があれば何時に帰って来られるかわ
からない母の帰りを、雨の日も風の日も、ただた
だ母の帰りを待ちながら、本当にいつもこの子は
「死」と対話してきたのだ。

それが、今は、そこに寄り添うものとなりたいと
思っている。

私は助産師として 「子育ては子どもに寄り添うこ
と」 と偉そうに語ってきた。

でも、肝心な自分の子どもの心に寄り添えていな
かったことに気づき、正直、その気づきに驚いた。

改めて「寄り添う」とは何か考えた末、「まず子
どもと同じことをしよう」 と思った。

彼が真っ白なキャンバスに一筆一筆入れるよう、
私も心の中にあることを一字一字と綴ることから
始めてみよう。

幸い、今は時間がある。これは、きっと神様が与
えてくださったチャンス。ここからが、本当に母
の「寄り添う」チャレンジの始まり。

「寄り添う」を始める=この本を書くことだった。

今こそ、次男に寄り添い見守る大切な時。再び次
男を置き去りに仕事に出かけることはできない。

私ができることは、ただ子どもたちのために「い
ま生きること」。

そう思いながらも、夜になると不安に襲われ、睡
眠薬がなければ眠れない。

けれど、自分にも、これからでも、何かできるこ
とがあるはず。…















「憤(いきどおり)を発して食を忘れ、楽しみ
て以(もって)て憂(うれい)を忘れ」と『論
語』にもあるとおり、弟子の顔回が殺されたと
きには辺りはばからず泣きわめいた。

そのときの様子は「慟哭」という言葉のいわれ
になっているほどである。

四大聖人の一人と崇(あが)められるほどの孔
子ですらこれほど感情を露(あらわ)にした。

喜怒哀楽してこそ悟りなのではないか。

蘇東坡(そとうば)が師匠の仏印禅師に「仏と
はいかなるものか」と問うた。

すると仏印禅師 は「仏もまた一個有血的男児」
と答えた。

つまり、血の気が多くなったときに仏性が出る
というのである。

燃えているときには仏になる。
冷めている人間はサタンである。
燃えることが生きることなのである。


※…
「よく人は学問とか修業とかいう事を間違って、
喜怒哀楽をしなくなることだと誤解するが、決し
てそうではない。

それでは学問・修業というものは非人間的なもの
になってしまう。

学問を為(な)す要は、いかに喜び、いかに怒り、
いかに哀しみ、いかに楽しむかというところにあ
る。」(安岡正篤一日一言/致知出版社)

我々は、人間のできた人、尊敬に値するような
人物は、喜怒哀楽などなく、どんなことが起き
ても感情をあらわにせず、悟りきっているよう
な人だろう、とつい思ってしまう。

しかし、喜怒哀楽がないということは、感情の起
伏がないロボットと同じだ。

どんなに情報があり知識があろうと、まったく
感情がない人を好きになる人はいない。

人間の究極の魅力は、喜怒哀楽にある。

仏陀も今の我々からみると同じで、喜怒哀楽を
表さないような冷(さ)めた人だったように思
ってしまう。

しかし、あれだけ多くの人たちを惹(ひ)きつ
ける仏陀が、冷めていて、喜怒哀楽がなかった
はずがない。

まさに「仏もまた一個有血的男児」なのだ。

多感で、血の気の多い、燃えたぎるような熱き
感性があるからこそ、そこに魅力がある。

冷めている人間はサタンだからだ。 燃えること
が生きること…

喜怒哀楽多き、熱き人でありたい。

author:行徳哲男師の心に響く言葉より…










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