2月5日、96歳になりました。
この数日間は皆さんからお祝いの連絡を頂戴し本当に感謝です。
今年は寅年ですから、わたしは年男です。
大正15年(寅年)の2月5日。
昨年の9月、70余年苦楽を共にした、家内華津代を見送りました。
戒名は、慈泉華照信女。
華津代らしい素敵な戒名です。
11月には記憶の糸を手繰りながら、大正、昭和、平成、令和を生きてきた自分史「恩返しの人生」を発刊することが出来ました。
自分という人間が、何処から来て、何処に向かっていくかを見つめ直すことが出来ました。
2月5日の誕生日を迎えた訳ですが、
この年になって実現したい夢が出来まし
た。
それは……。
昭和20年8月終戦の日。
わたしは山口県熊毛郡平生町にあった大竹潜水学校柳井分校にいました。
ここには、人間魚雷「回天」と特殊潜航
艇「蛟龍」と「海龍」の訓練基地があり
水中特別攻撃隊・特殊潜航艇「蛟龍」の
訓練を受けていました。
しかし、出撃しないまま失意の終戦を迎えました。
あれから70年の月日が経ち、ようやく山
口県熊毛郡の平生町に行くことが出来ま
した。
僅か数ヶ月間しか居なかった平生町の訓練基地でしたが、あの時のことが鮮明に思い出されました。
日本の為にいのちをかけて特別攻撃隊に志願し、残りの人生の時間を仲間達と過ごしていました。
あれから70年。
何かここ(平生町に)やり残したことがある❗️
絶対にある。
わたしは戒名をいただき訓練基地の門をくぐりました。
終戦を告げられ家には戻りましたが、一度は死んだ身です。
今は、いただき直した人生ですから、最後の最後まで生き抜きます。
中途半端には生きれません。
そして、96歳になって「夢」が出来ました。
これは実現したい夢です。
このブログでは「96歳岩田元吉の夢」を綴っていきます。
夢を見たら、実現しないと…。
ささやかな誕生日を息子達としました。
たか子さんからは、素敵な手作りのバックをもらいました。
調子に乗ってちょっと食べ過ぎたようです。(笑)
記 岩田吉樹