羅漢公園
小学校の頃、世の子供たちはみんなこんな石像だらけの公園で遊んでいると思っていた。
大人になってからなんと渋い日常だったのか気づいた。
こんな石像に囲まれて毎日のように遊んでいた私が仏像好きになったのは当然だ。
羅漢公園といえば、スイミングスクールに通っていたのを思い出す。
この階段を登れば、嫌でもスイミングスクールに行かなければいけない諦めに似た覚悟を思い出す。
羅漢公園前に迎えに来てくれるスイミングスクールのバスに乗り通っていたのだが、
私は母が厳しくスイミングを休むことなどめったにできなかった。
その反面、当時一緒に通っていたM子は休みがちだった。
それは、M子が、何週も連続で休み、久しぶりに一緒に通った日のことだった。
いつも道りハードな練習が終わり、帰りのバスでお菓子を食べながら、
今日も厳しい習い事が終わったとほっとしいていた
運転手さんに『羅漢公園前で降ります』と伝え、無事に降りて、あさ開の前をとぼとぼ歩き、家に到着
夕飯を食べて、テレビを見ながらのんびりしていると、あれ、なんか忘れているような
水着もゴーグルも持ち帰ってきた、タオルもある。
あ
M子忘れた!!!
そうです。人です。
久しぶりに水泳にきたM子を、あろうことか、スイミングスクールのバスの中に忘れてきてしまったのです!!!
M子は久しぶりに水泳教室に来たので疲労困憊で後ろの席で熟睡していたのだ。
私はM子が休むのが頻繁だったので、ひとりでバスを降りることが普通になり、ひとり自由気ままに家に帰り、
夕飯を食べ終わるまで全く気づかなかったのだ。
いそいで親にM子に電話をしてもらうと、次の次のバス停で目覚めたM子は、スイミングスクールまで戻り親に迎えに来てもらったとのこと。はぁ。無事で良かった。
次の日M子の冷酷人間を見るかのような目を忘れることはできない。
忘れ物はM子だった。