先週だったか、朝日の投書欄に焚書のことが載っていました。
「焚書」とは書物を焼くこと。古代から治世者は様々な形で言論統制をおこなってきました。古代中国でも焚儒といって、儒教の書が弾圧され、多くの儒教の書籍が焼かれ、儒者が生きたまま埋められました。
言論の自由、思想の自由が保障されたのは、人類の歴史の中では本当につい最近のことなのです。
日本でも昭和20年以降、敗戦の後のことです。
ヒトラーのナチスドイツでも、かつて焚書が行われました。
『焚書は序章に過ぎない。本を焼く者は、やがて人間も焼くようになる』
(ハインリッヒ・ハイネ 戯曲『アルマンゾル("Almansor")』より)
愛の詩人と言われるハイネの有名な言葉です。
ハイネです。
ナチスは焚書を実施し、ハイネの作品も焼かれました。
そして、ハイネの言葉通り、そそ後ナチスは多くの人間を焼いたのです。ナチスは合理的な殺人のために、ガス室を作り、大量殺戮を行います。その対象となったのは、ユダヤ人、ポーランド人、精神疾患を持つ者、政治犯、ジプシーと呼ばれる人々、同性愛者、等々。今からほんの数十年前のこと、まだ100年もたっていないのです。
今の日本はどうでしょうか。本当に自由があるでしょうか。
戦後教科書の検定制度が実施されるようになりました。これは戦時中の反省から、誤った教科書によって、戦争への道を再び歩むことがないように、という自戒のための制度だったのです。しかし、戦後70年以上たち、この制度を逆手にとって、教科書は再び危機的な状況にあるのではないでしょうか。あの戦争をちょっとでも批判的に書いた日本史の教科書は、検定が通りません。南京大虐殺や従軍慰安婦などに触れると検定が通らないので、教科書会社は自粛して記述を避けるようになってきています。
なんだかとても窮屈で、怖いことだと思うのです。
ハイネの言葉を決して忘れずに、しっかり心にとめていきたいと思います。
さて、私の好きなハイネの詩を紹介します。愛の詩が読める時代がずっと続きますように。
「かの ひとを 知ったからには 死なねば ならぬ」
かの ひとを 知ったからには 死なねば ならぬ
死なねばならぬ
名状し難い その 微笑みの 輝きの ために。
死なねばならぬ
その 軽やかな もろ手 の ために。
死なねば ならぬ
かの女(ひと)の ために
若者よ お前の 心の 空間の中を 高く
彼女たちが さ迷う とき 歌うがいい
この 致命的な ひとたちを
お前の 花咲く 胸のうちから
歌い 讃える が いい
この 達し難い 人たちを
ああ
彼女たち が なんと 遠いことか
お前の 感情の
頂の うえに 彼女たちは 現れて 注ぐのだ
甘美と なった 夜を
お前の 両腕の 見捨てられた 谷間へ
ああ 上昇する
彼女たちの 風が お前の
肉体の 葉むれ に 騷めき お前 の 小川が
輝いて 彼方へ 流れて ゆく
けれど 大人は
さらに 深い 感動を 秘めて 沈黙 するが いい
その 感情 の 山々を 夜に 道も なく
さまよい 歩いた 彼は
沈黙 するが いい
丁度 中年の 船人が 沈黙 するように
すると 耐え抜かれた
驚愕は 彼の 中で 飛び 廻るのだ
まるで 揺れている 鳥籠の 中 での ように
「焚書」とは書物を焼くこと。古代から治世者は様々な形で言論統制をおこなってきました。古代中国でも焚儒といって、儒教の書が弾圧され、多くの儒教の書籍が焼かれ、儒者が生きたまま埋められました。
言論の自由、思想の自由が保障されたのは、人類の歴史の中では本当につい最近のことなのです。
日本でも昭和20年以降、敗戦の後のことです。
ヒトラーのナチスドイツでも、かつて焚書が行われました。
『焚書は序章に過ぎない。本を焼く者は、やがて人間も焼くようになる』
(ハインリッヒ・ハイネ 戯曲『アルマンゾル("Almansor")』より)
愛の詩人と言われるハイネの有名な言葉です。

ナチスは焚書を実施し、ハイネの作品も焼かれました。
そして、ハイネの言葉通り、そそ後ナチスは多くの人間を焼いたのです。ナチスは合理的な殺人のために、ガス室を作り、大量殺戮を行います。その対象となったのは、ユダヤ人、ポーランド人、精神疾患を持つ者、政治犯、ジプシーと呼ばれる人々、同性愛者、等々。今からほんの数十年前のこと、まだ100年もたっていないのです。
今の日本はどうでしょうか。本当に自由があるでしょうか。
戦後教科書の検定制度が実施されるようになりました。これは戦時中の反省から、誤った教科書によって、戦争への道を再び歩むことがないように、という自戒のための制度だったのです。しかし、戦後70年以上たち、この制度を逆手にとって、教科書は再び危機的な状況にあるのではないでしょうか。あの戦争をちょっとでも批判的に書いた日本史の教科書は、検定が通りません。南京大虐殺や従軍慰安婦などに触れると検定が通らないので、教科書会社は自粛して記述を避けるようになってきています。
なんだかとても窮屈で、怖いことだと思うのです。
ハイネの言葉を決して忘れずに、しっかり心にとめていきたいと思います。
さて、私の好きなハイネの詩を紹介します。愛の詩が読める時代がずっと続きますように。
「かの ひとを 知ったからには 死なねば ならぬ」
かの ひとを 知ったからには 死なねば ならぬ
死なねばならぬ
名状し難い その 微笑みの 輝きの ために。
死なねばならぬ
その 軽やかな もろ手 の ために。
死なねば ならぬ
かの女(ひと)の ために
若者よ お前の 心の 空間の中を 高く
彼女たちが さ迷う とき 歌うがいい
この 致命的な ひとたちを
お前の 花咲く 胸のうちから
歌い 讃える が いい
この 達し難い 人たちを
ああ
彼女たち が なんと 遠いことか
お前の 感情の
頂の うえに 彼女たちは 現れて 注ぐのだ
甘美と なった 夜を
お前の 両腕の 見捨てられた 谷間へ
ああ 上昇する
彼女たちの 風が お前の
肉体の 葉むれ に 騷めき お前 の 小川が
輝いて 彼方へ 流れて ゆく
けれど 大人は
さらに 深い 感動を 秘めて 沈黙 するが いい
その 感情 の 山々を 夜に 道も なく
さまよい 歩いた 彼は
沈黙 するが いい
丁度 中年の 船人が 沈黙 するように
すると 耐え抜かれた
驚愕は 彼の 中で 飛び 廻るのだ
まるで 揺れている 鳥籠の 中 での ように