(5年後の初秋)
・・ウィーーン・・
やあ、着いた着いた。
一緒に良く来てた海岸だよ。
ほら、今日は天気もいいし、遠くまで良く見渡せる。
こんな風に君と過ごせるようになるなんて、
思ってもみなかったな。
・・5年前のあの日、僕はすごくすごく迷ったあと、
劇薬を鍋に入れることにした。
ただ、誤解しないで欲しいんだけれど、僕は君の事が
とても好きだったんだよ。
その顔がね。
美しかった。
髪型、額、眉、瞳、睫毛、鼻筋、頰、唇、あごのライン。
全てが僕には完璧だった。理想だったんだ。
どんなハリウッド女優を見ても、
可愛いと話題の日本人の安いアイドルを見ても
君にはとうていかなわなかったよ。
そしてそれは今でも変わらない。
ただ、君は口が過ぎた。そして、日常的に暴力を僕にふるった。
僕はしょっちゅう天秤にかけていたんだ。
君の顔に夢中な自分の気持ちと、傷つけられるプライドの重さをね。
5年前のあの日、葛藤の末 鍋に薬を入れようとした時。
ああ、僕は結局意気地なしなんだな。
手が震えて、薬の半分は排水口に流れてしまった。
それでも残りの半分を鍋に入れて調理を済ませ、
平静を装って君に出来上がったおじやを持っていった。
「ありがとう」
かすれた声でそう言って嬉しそうに食べる君を見て、僕は思わず泣いてしまったよ。
ああ、こんな日が人生に訪れることがあるなんて。
正直、薬を入れてしまったことを後悔した。
でも、今まで受けた仕打ちが鋭く光る刃物の様に頭をよぎって、
君が食べるのを止める事は出来なかった。
ほら、たくさんのカモメが飛んで行く。
君は結局劇薬が致死量に至らなかったからだろうね。
命を落とす事無くこうやって車椅子に乗って
意識不明のまま僕と暮らしている。
僕の仕事中は施設にお世話になるけど、
あとはずっと一緒に居られるんだ。
僕はね、偶然とか運命は信じないたちなんだけど
時々ふと思うんだ。
こうやって2人で過ごせるようになるなんて、
ひょっとしたら、神様はいるんじゃないかってね。
君のきれいな顔を見つめながら静かな時間をただ過ごせる日々が
思わずやってくるなんて。
自由についてもいろいろ考えたけど、
やっぱり君の顔を見て生きられない自由なんて
意味がないと結論がでたよ。
・・風が冷たくなってきたな。
そろそろ家に帰ろうか。
今夜もたくさん可愛がってあげるからね・・・。
(無数のカモメが飛んで行く)
・・ん?
あれ・・おかしいな。
今 何か
・・・言ったかい・・・?
不定期連載「ホネシャブリ」 お終い
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