余桃之罪、もしくは電光朝露

関西フィル、日本センチュリー、京都市交響楽団、大阪フィルの定期会員です。アイドルやら声優やら。妄想8割、信憑性皆無。

関西フィルハーモニー管弦楽団 第224回定期演奏会 [灼熱のマエストロ]

2010年10月08日 | 関西フィルハーモニー管弦楽団

10.10.8(金)19:00 ザ・シンフォニーホール
関西フィルハーモニー管弦楽団 第224回定期演奏会 [灼熱のマエストロ]
指揮/小林研一郎
ピアノ/田村 響
オルガン/片桐聖子
コンマス/ゲオルギ・バブアゼ(関西フィルハーモニー管弦楽団コンサートマスター)
曲目:
芥川也寸志/弦楽のためのトリプティーク
ショパン/ピアノ協奏曲第1番ホ短調op.11
サン=サーンス/交響曲第3番ハ短調op.78「オルガン付き」
サン=サーンス/交響曲第3番ハ短調op.78「オルガン付き」より第2楽章終結部(アンコール)

9割ぐらいのお客様。
コバケン効果ですわな。かつてコバケンさんは関フィルの首席客演指揮者だった。ということはデュメイの前任っすよ。
プレトークからコバケン節全開で芥川先生との思い出を語りつつも実は己の自慢話だったり政治が文化に興味がないことを嘆いたり関フィルを心にもなく褒めてみたりする。なによりも客に媚び放題、殷勤な姿勢を崩さない。そりゃそうだ。この中の誰かがいつスポンサーになるか、スポンサーのツテになるかと思えば慎重にならざるを得ないじゃないか。正しい態度ではあるけれど、ここらへんが鼻につく人もいるんだろう。司会の西濱さんは関フィルとのこれから、というような意味を含めて今後についてを聞いたのにちゃっかりと己が今一番専心しているチェコフィルとのベートーヴェン交響曲全集録音の宣伝をして終わった。見事だね。

芥川。
コバケンさんは天才なのでその作品の持つ大筋と本質を把握したらそれを直押しに押してくる。
このトリプティークも野太く土俗的な歌声として纏めた。紛れもなく伊福部昭の弟子の作品だと感じる。江戸っ子で洒脱な都会派がちょっと鄙びたものに思いを馳せてみた、的なアプローチのほうが好きだけど。

ショパン。
どんな協奏曲もチャイコンに仕上げる指揮者と見た目と裏腹に乙女チックで繊細なソリストの指向が最後まで噛み合わず。
人選ミスor選曲ミス。どちらでせう。

休憩挟んでサン=サーンスさんの3番。
コバケンさんは天才なのでその作品の持つ大筋と本質を把握したらそれを直押しに押してくる。
で、出来るオケと出来ないオケとでやり方が少しだけ違う。CDで出てるチェコフィルと名古屋フィルのオルガン付き聴き比べてみたら分かるかな。
出来ないオケだと大筋を形作って聞かせ所のフレージング以外はパワーコントロールだけ。出来るオケだと経過句にも細かい表情がつけられていて「本当はここまでしたいんだな」というのがよく分かる。もっとも、オルガン付きなんてのはそこまでする価値のある作品でもないので力押しのほうがよほど愉しい。
無論、関フィルさんは出来ない子ですから力押し。爽快感溢れる終結だった。と、思う。爆演って会場出る頃にはどうでもよくなるのが大半なんで。
定例のコバケンスピーチの後は定例のコバケンアンコール、第2楽章終結部最後の15秒。
つい5分前に燃え上がるような終結をやったとは思えない不感症な音の出だしに感心する。関フィルさんはよく言えば人間的、悪く言えばダメだなあ。
同じアンコールをヴェロ/センチュリーで聞いたけど、あれは本番と全く同じテンションに一瞬でギアチェンジするセンチュリーさんのエグさの表れでもあったわけだ。

四方に向かって団員全員で深々とお辞儀するいつものノリには辟易する。あれはいらん。

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