いぐいぐの娘の海のにっこにこ日記。

にっこにこの子供たちの様子を残しておきたくて作ったブログですが、娘の海が引き継いでくれる事になりました。よろしくね☆

母のように

2005-10-23 00:27:13 | 家族・ふるさと
私は3姉妹の長女で、1歳9ヶ月でお姉ちゃんになりました。

いつも可愛がってもらっていた近所のお姉ちゃんに、
「もうすぐいぐすけちゃんはおねえちゃんになるんで~!」と教えて
もらってから、自分の事は「ねえちゃん」と呼び、甘える事をやめました。
母は妹のものになり、私は同居していた祖父母と寝る事になりました。
しばらくは泣いたりしてたかもしれないけど、そのうち、おばあちゃんが
私の母親役になり、母はいてもいなくても良い人になりました。
そうしないと、小さな私はやっていけなかったと思います。

ここまで書いただけで、止めどなく涙が出てくるのは、きっとその頃の
小さな自分が私の中にいるんでしょうね~。
その時の気持ちは全然覚えてないんですが、不思議なものです・・・。

そんな事で、私の中の母は、2人の妹のお母さんという位置づけでした。
そんな母を遠くから見ていて、この人すごいお母さんだなーって思った
事が何度かありました。

母は看護婦(現在は、正しくは看護士)です。まだ現役です。
気がつけば看護婦として働いていましたが、私がすごいなと思ったのは
その看護婦としての知識を越えた行動力を見せた時の事でした。

一つは、私が小学6年生、下の妹が2年生の夏の事です。
ある朝、起きて来た母を何気に見ると、苦痛に顔を歪め、おなかを
手で押さえて、歩くのもやっとな状態ではないですか・・・。
びっくりしていると、母はすぐに病院に連れて行かれ、そのまま、
入院・手術となりました。子宮筋腫という病気だと教えてもらいました。
母はいつも夜勤をしていましたし、母がいなくても表面上はいつもと
変わらない生活が続いていました。
そして、ちょうどその頃、下の妹が体調を崩しました。

妹はもともと体の丈夫な子ではありませんでした。でも、私と一緒に
祖父母のもとで寝ていたから、母の入院にショックを受けて、という事
ではないと思います。父は仕事一筋の頑固な大工の棟梁で、家の事は
全て他の家族に任せっきりだったので、病気で寝ている妹は、祖父母が
昔から見てもらっている町の医院の先生に往診に来てもらって、何だか
わからない注射を1日1本打ってもらっていました。
でも、妹は全然良くなる気配はなく、逆に悪くなっているような感じでした。
それでも、祖父母は昔からお世話になっている先生だから、と、そのまま
の状態を続けていこうとしていました。
そんな状態が3、4日続いたある日、うちに帰ると妹の姿がありません。
聞くと、入院中の母が、おなかの抜糸も済んでいないのに、車を運転して
妹を迎えに来たのだと言います。
何でそんな事になったのか後で聞くと、その日、母は悪い夢を見たらしく、
いてもたってもいられなくなって、ちゃんとした病院で診てもらうために
妹を強行突破で連れに来たのだと言うのです。
祖父は、父の上を行く頑固一徹な明治男で、母以外の人に、祖父の意思に
そむく事はできなかったのでしょう。
母は、「ちゃんと先生に診てもらっているから連れて行かなくていい!」と言う
祖父と戦い、妹を自分が入院している病院に連れて行きました。
当時まだ砂利道だったうちの近くの道を、傷口が開くかもしれないのに
運転して帰って来た事は、子供ながらにすごいな~って思いました。

妹は熱中症とか脱水症状だとかが悪化し、内臓が弱って危険な状態になって
いたみたいです。(よくわからなくてすみません!)
先生には、「あと半日放置していたら、寝たきりになっていたと思います」
と言われたと聞き、そこでまた私は、「お母ちゃんすごいなあ」と思いました。
妹がどのくらい入院していたかもよくわかりませんが、うちに帰って来た時は、
本当に嬉しくて、そのときの事を作文に書いて、いくつか賞ももらいました。

母も妹も、その後、何事もなかったように元気になりましたが、
私の中に、母は、いざという時には、絶対に私達を守ってくれる人だという
イメージが強く残りました。

その後、上の妹が、千枚通しでどんぐりをほじっていて、誤って千枚通しが
刺さり、手が動かなくなった時も、母はその力を発揮しました。
その日、母はすぐに妹を町の病院に連れていったのですが、夜勤の看護婦
さんに、「先生はもう帰られたから、明日来て下さい」と言われました。
しかし、「もし、この子の手が動かなくなったらどうしてくれるんですか!」
「先生を呼んで下さい!!!」 と戦い、無理やり先生を呼んでもらった
そうです。
その時も、「次の日まで放っておいたら、指をとばす事になっていた」と
先生から言われたと聞きました。

自分と母とのの関わりはあんまり覚えていない私ですが、その時見た
「なりふり構わず子供を守る」母の姿は、私の中にしっかりと残っています。

淋しかった子供時代の私。
「自分と同じ思いを子供達にはさせたくない!!」という強い気持ちで
子育てをしている私ですが、いざという時には、母のように
本気で子供を守れる母親でありたいです。



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16 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
Unknown (ヨシミとチホのママ)
2005-10-23 12:06:22
いぐすけさん、こんにちは!

お母さん凄いです!

読んでいて胸がドキドキしました。

子供の病気や怪我の時って、オロオロオタオタしてしまう親が多いのですが、いぐすけさんのお母さんは本当に凄いなって思います。

たぶん看護士さんでなくても、きっと同じ行動を取られたのでしょうね。

いぐすけさんもきっと同じなんだろうなぁ。

それにしても親の愛情の深さって計り知れないですね。

私も自分の子供を守り抜くぞ!

勇気と力の出るお話、ありがとうございます!

尊敬って言葉じゃ足りない・・・ (ゆん)
2005-10-23 21:29:41
お母さん、本当に凄い人ですね!

私はオロオロしてしまって、ここまで強く守れるだろうか・・・

と、不安になりました。

子どもを何があっても守る・・・言うは易しだけど

実際は何処まで守れるか・・・。

冷静な判断と対応を、身につけなきゃいけませんね。
ママさんには太鼓判でしょう (いぐすけからヨシミとチホのママさんへ)
2005-10-23 23:15:18
ママさん、こんばんは!

うちの母はもうすぐ60歳ですが、日頃は天然ボケの入った、おしゃべりなおばちゃんキャラで、あたしんちのお母さんにとても似ています!!笑

でも、いざと言う時の勘はするどいものがありますね~!

私なんかはまだまだですが、でも、せっかくこんな母の娘に生まれたんだから、いい所は頂かないと!と思ってはいます♪



ママさんは、うちの母以上に何かあった時のパワーは凄そうですよね。母は、身体的なピンチにさらされた子供を救う事のできる人だと思いますが、ママさんは、もっと細かな、心のピンチからも、するりと救い出してくれそうで・・・。

ヨシミちゃんとチホちゃん、本当に幸せですよね~
私も同じです・・ (いぐすけからゆんさんへ)
2005-10-23 23:23:47
ゆんさん、いらっしゃいませ!

こんな母を見て育ってはきましたが、私自身は、まだ実際にこんなにもすごいピンチにさらされた子供を救出した事はないし、いざと言う時守りきれるのか?というと絶対の自信もありません・・

でも、医療機関に対する過信だけはしないようにしています。母としての自分の勘の方が正しい、というのはあると思うので・・。



そうですね、何だかんだ言っても、私は母を尊敬しているんでしょうね~!

あと4日ほどで母は還暦を迎えるので、明日にでもプレゼント探しに行きたいと思います。

(その前に、明日は私の誕生日!こんなところでこっそり宣伝している私です
母は強し (ohkosai)
2005-10-24 09:01:26
 そうそう、母は強しです。

子供が危険なときは、直感でわかる。

おなかがすいたら、おっぱいが張る。

そうですよね。

 でも、だんだん希薄になってる。

整体師は、食い止めるべく行動します。

 

 子供が調子悪くなるときは、抱いたとき

軽く感じます。いつも抱いてあげてたら

すぐわかりますよね。
Unknown (ヤンマー)
2005-10-24 14:10:51
いつも素敵なお話ありがとう・・。



いぐすけさんのお母様、本当に素晴らしいです。

そしてうらやましく思いました。



私の母は、自分のことで精一杯で子どものことにアンテナがむいてないことがあったんですね。本当に苦しいときでさえも・・・。



ですから、私は子どもにある意味過剰反応することがあります。

自分の子ども時代の寂しい思いから、どうしてもそうなってしまいますね。

がむしゃらに子を守りたい!その思いは強いです。



いぐすけさんのお母様のように、思いだけでなく行動に移せる、そんな母親でありたいと思っています。

知らなかった・・・ (いぐすけからohkosaiさんへ)
2005-10-24 20:49:58
ohkosaiさん、コメントありがとうございます!

具合が悪くなると、軽く感じるというのは、全然知りませんでした~。教えて頂いてありがとうございます!

主人はいつも遅いし、のん気な人なので、私が守らなければ誰も子供を守る人はいないですものね。

日頃は手を抜きまくっている私ですので、いざと言う時くらいは頼れる母になりたいものです!

ありがとうございました~♪



さっき妹とも話したのですが (いぐすけからヤンマーさんへ)
2005-10-24 21:43:13
ヤンマーさん、いらっしゃいませ

さっき妹とも話したのですが、母は看護士が天職の人で、もともとそういう勘がするどく、おまけに物おじしない性格ですから、それらがトータルでいい方向に出ている部分もあるのだと思います。

母自身は、7歳で父親を亡くし、その後、働く祖母の代わりに、幼い3人の弟と妹の世話や家事全般を一人でこなし、学校の先生になるという夢もあきらめ・・・、と、可哀想な自分(母の事)についての話も随分聞かされましたよ。今の時代では信じられないほどけな気な話ではあるのですが、子供を生む前の私には、聞きたくない話でした。



けれど、今も時々、元気になって結婚もし、バリバリと仕事をしている下の妹を見て、あの時母が行動を起こさなければ、妹はこうしてここにいなかったのかなー・・・、と感慨にふけったりはします。



そう思うと、やっぱり、母は偉大ですね。

きっと、ヤンマーさんのお母さんにも、うちの母にはない良い所があるような気がします。

いつか、それを見つける事ができればいいですね!だって、こんなに素敵なヤンマーさんのお母さんですものね。



もしかして! (ヨシミとチホのママ)
2005-10-25 22:25:07
いぐすけさん、こんばんは!

もしかしてお誕生日だったんですか?!

写真館を覗いたら・・・ケーキって!

おめでとうございま~す!

ありがとうございま~す♪ (いぐすけからヨシミとチホのママさんへ)
2005-10-25 22:49:10
ママさん、そうなんです

昨日は私のお誕生日でございました♪



3人の子供達と私とで、お気に入りのラーメン屋さんに行って、好きな物を食べ、なぜか最後に子供達だけがデザートを食べて、私のお誕生祝い終了です(^。^)



まあ、もうあんまりめでたくないですが・・・。

でも、気付いて頂いてありがとうございました~

嬉しかったです