宮古島から始まるスローな革命

宮古島発スローライフのお役立ち情報

正常性バイアス

2004-10-29 10:21:59 | 宮古島移住


珊瑚の一部が白色化しても‥大丈夫だろう。
オニヒトデが増え始めても‥大丈夫だろう。
ゴミが海岸を埋め尽しても‥大丈夫だろう。

どこかで正常性を期待するバイアスがかかる。
異変の予兆を正常化願望が集団で吹き飛ばす。

天災の怖さは二次三次と多重人災化することだ。
ゆえに異変の予兆に対しては早々にアクションすることだ。

百年大計とは、
複雑多様な異変の予兆を察知しながら
予防対処を持続する現実的な作業も含まれる。

21世紀は地域地域の現場主導となる。
実践者の群れの小さな羽ばたきが
バタフライ効果となって環境を支える世紀となる。

台風は天災?人災?

2004-10-21 23:51:08 | 宮古島移住


宮古島は台風銀座と呼ばれて来た。

北上して来た台風が偏西風に煽られ
東側に急激に曲がるヘアピンカーブ
そこに宮古島が位置していた。

ヘアピンゆえに速度を落とし
歩行或いは自転車スピードで
最大瞬間70mを吹き荒らす。

台風という天然時間と
農業という天然時間が
生活を賭けて対峙する

その試練の積み重ねが
最大瞬間80m弱、
まる2日間吹き荒れても
人身に及ばない天然の強靭さを培った。

反面、停電生活2週間を強いた電柱は
天災をあなどった人為の代物で
その脆弱さには目を見張るものがあった。

宮古島の生活史は
良くも悪くも天然色に彩られている。

‥‥

温暖化で海水温が上がり、
温帯が亜熱帯化して
台風進路も変貌しつつある。

その新進路上(本土)には、
天然の強靭さを削いだ人為施設が立ち並ぶ
台風ごとに予期せぬ被害者が生まれている。

そして、被害者になって初めて分かることがある。
‥都市の安全神話の崩壊である。

PS

私は都市生活者を揶揄しているのではない。
島には島の一長一短があり、
街にもそうであろう。

ただ、街に住む人は
どこかで安全神話を盲信しているように思える。
そのことが後の祭りにならないように
天然(気候、台風、洪水、地震、噴火など)の脅威も
今後の人生をどこで過ごすか?という判断材料にして頂きたい。

観光客が来れば来るほど美しくなる宮古島(3)

2004-10-15 21:43:22 | 宮古島移住


明日から宮古島の産業祭り
トヨタ車体が協賛イベントとして
電気自動車(COMS)の試乗会を行う。

風や波の音、鳥の声を聞きながら
静音モーターならではのCOMSクルーズ
やっぱり体感してみなければ分からない。

聞いたことは忘れ
見たことは覚え
体験したことは理解するという。

未知なるスローな時間は
まずは体験してみることから始まる。
2005年を宮古観光のCOMS元年としたい。

今は、単なる私の思いに過ぎないが
この思いは来春に現実化するだろう。

観光客が来れば来るほど美しくなる宮古島(2)

2004-10-12 23:59:13 | 宮古島移住


今夏休みのエコバカンスアルバムを公開中。
約5000枚のエコゲスト写真をアップしました。
遊びの中で学びつつ環境貢献に協力頂きました。

まだまだ、未成熟な企画ですが、
観光客が来れば来るほど美しくなる宮古島を目標に
現在は、2005年上半期の企画を行っています。

アイデア等ご提案(コメント)頂ければ幸いです。

観光客が来れば来るほど美しくなる宮古島(1)

2004-10-07 23:59:59 | 宮古島移住


観光客が来れば来るほど美しくなる宮古島
私が3年前から提唱実践しているテーマだ。

10月の本ブログでは、
この提唱実践のプロセスを振り返りながら
皆さんと一緒にロハスな観光スタイルを考えてみたい。

環境負荷(大気・水質・食糧汚染)が健康負荷に
環境負荷(大気・海水高温化)が天候異常で生存負荷へ

環境負荷=人類負荷という構図が
ようやく誰の目にも明らかになり始めている。

環境保全は地球のためではなく
自分のため、自分の愛する家族や友人のため、

要するに、他人事ではない。




スローな祈り(3)

2004-10-01 21:00:00 | 宮古島移住


都会でタマシイの話をすると違和感がある。
たぶん、このブログでもそうだろう。

タマシイの話。
昔の宮古島では日常的な話だった。

約10年前、そのユタ(シャーマン)に出会った。
きっかけは、隣家に訪れていた彼女(ユタ)が
玄関先で長男が落としていった上着を拾い上げたことだ。

彼女はその上着を手にして言った。
この子はタマシイを落としていると。

その夜、長男に尋ねてみた。
すると、数日前に道路に飛び出し車にひかれそうになったという。
宮古島では子供が激しく驚くとタマシイを落とすと言われている。

これが、私たち家族と彼女との出会いであり、
私がタマシイを取り戻し始めるきっかけとなった出来事だ。

ダイビングサービスという仕事は、
日々海中で人の命を預かる仕事だ。

人のチカラでは及ばない天然領域の仕事ゆえ、
隔月、彼女に神願いに来てもらっている。

彼女から学んだことは
宮古島というキャンパスならではのことだ。

まだまだ、初心でしかないが
日々が楽しい学びである。