Missy の時間

こんな引きこもりのオバさんもいます。

今更ですが、コロー展

2008-09-10 23:56:39 | 美術館とか
何だか今日は、とても良いお天気でしたねぇ。
ってかちょっと暑い。もうちょっと爽やかに・・・。
・・・。贅沢ですかね。
晴れただけでも良しとしませう。
毎日必ず雨が、それも短時間でも大量に降ったりしていたので、
こんなにスッキリしたお天気は本当に久しぶりではないですかね。


さてさて、書こう書こうと思っていながら
ついつい今頃になってしまいました。

・・・って、最近こんなんばっかだな。

ホント今更なんですが。
もう先月末で終わってしまったのですが、
上野公園にある【国立西洋美術館】で開催していた
【コロー展】に行ってまいりました。


それも最終日。それもそれも日曜日。
娘と一緒に行こうと言う事になったので日曜日しか
ありませんでした。

混むよねぇ~。きっと半端ないよねぇ~。

おっ?
確かに混んではいるけれど、思ったほどではなさそうです。

おしっ!行くで~~。

あ~~。やっぱ館内は混んでいる。
当たり前よね。最終日に来る自分が悪いのよね。
我慢我慢。


あ。ちょっとここらでコローさんについて。

【ジャン=バティスト=カミーユ・コロー】
(1796~1875)写実主義・バルビゾン派
19世紀のフランスの画家です。

父親が織物商を営む裕福な家庭に生まれましたが、
その父親がコローに後を継いで欲しかったため、
なかなか画家になる許しを得ることが出来ませんでした。

コローは織物商の見習いを続けながらも、画家になることを夢見て
アカデミー・シュイス(19世紀のパリでアカデミー・ジュリアンと
共に有名だった私的な画塾)に通い修業したそうです。

コローが25歳の頃妹が病の為亡くなり、翌年コローは両親から
画業に専念する許可と、その妹の年金を譲り受けます。
これにより生涯金銭上の苦労を背負う事がなくなったそうです。

本格的に画家を目指す事になったコローは、まず同年代の風景画家
【ミシャロン】に弟子入りし、後、【ジャン=ビクトール=ベルタン】
に師事します。
そしてこの年初めてフォンテーヌブローの森に訪れます。

コローは結構行動派な画家だったようで、フランス各地を精力的に
歩き回りイタリアにも3回訪れて、多大な絵画を制作しています。
(他にもスイス・ベルギー・オランダなど)

サロン(展覧会/宮展)にもたびたび出品して次第に有名になっていきます。

1855年59歳の時には、パリ万国博覧会で6点の風景画を出品し金賞を取ります。
コローの風景画の特徴として霧がかかったような銀灰色が多く用いられ、
これを【コロー色】と名づけられ、当時ファッションの流行色にもなったそうです。
又6点のうちの【マルクーシの思い出】は皇帝ナポレオン三世
(ナポレオン一世の甥)が買い上げました。

これらによりコローの名声は確立され製作依頼の注文が殺到するようになったそうです。



この方の事は、正直名前くらいしか知らないくらいの知識でした。
(それは知識とは言わないでしょ・・・

でも、《コローのモナリザ》と言われている【真珠の女】は
知っていたので、是非観てみたい~と思っていました。

いやぁ。
もうギリギリで何とか。

さすが最終日だけあって混んでいました。
が、全く進まないわけでもなく、2~3列になっていて、
一番前はさすがになかなか動かないので、その後ろ位に位置して
じっくり観たい時だけ待ってでも観るという形を取りました。


風景画家と言われるだけあって、風景画は銀灰色や
柔らかな色合いが多くて、写実的な中にもどこか幻想的な雰囲気があります。

でもこれは、二回目のイタリア旅行(1834年)後から徐々に
コントラストが弱まり、繊細な感じになっていったようです。

あと唐突ですが、観ていて単純に凄いなぁと思ったのが、
他の画家のように、自分の芸術の革新性を主張してきた
訳でもないのに、のちに出てくるセザンヌ、シスレー、
ルノアール、モネ等など、著名な画家達に影響を与えてきた事です。

それらの画家とコローの同じ様な構図の絵が並べられていたりして
そう言うちょっとしたサプライズ的な見せ方が自分的に凄く良かったです。


コローの代表作と言われる絵画はいくつかありますが、
みな晩年に描かれたものばかりです。


【真珠の女】(1858~68年)ルーブル美術館
(1868~70年と言う説もあるようです)

頭部の木の葉のモチーフが真珠と見間違えられ、
既に19世紀からこのタイトルで呼ばれるようになっていたそうです。

コローが手放すことなく自宅の客間に飾って、
10年もの間、手を加え続けたと言われています。

そのせいか、髪の部分がキラキラと光っていて
まるでラメでもちりばめてあるように見えて驚きました。

もちろんこの時代にあるわけも無いでしょうに・・・。

うむむ・・・。
もっと近くで見たい。
仕方なく、少しづつニジリニジリと近寄る私。

おお~う!!
これは、油絵の具・・・!(あ、当たり前ですが・・・)
黒の絵の具が、塗って塗って塗って塗り重ねてありました。
それが立体的になって光に反射して光っていた様です。
コローの10年分の想い・・・がキラキラと輝いていたと言う事でしょうか。


【モルトフォンテーヌの想い出】(1864年)ルーブル美術館

風景画の代表作です。

この絵もサロンに出品された際に皇帝ナポレオン三世に
買い上げられて、フォンテーヌブローのお城に置かれたそうです。

皇帝の失脚後は、財産整理により国の財産となり1879年以来
ルーブル美術館に所蔵されています。

発表後は瞬く間に版画などを通して知れ渡り、
20世紀に入っても紙幣の絵柄になるなど国民的な人気のある絵となったそうです。

《コロー色》が素晴らしいです。
この柔らかで幻想的な空気感は何だろう・・・?
コローだから、いえコローでしか出せない色なんでしょうね。
思わずたたずんでしまうような絵です。

この絵の前では、皆さん少しずつ間を取りながら佇んでいました。



【青い服の婦人】(1874年)ルーブル美術館

最晩年、亡くなる前の年に、胃がんに冒され苦しみながらも
製作された絵だそうです。

この絵は完成後、すぐ個人コレクターの手に渡り、
1900年のパリの万国博覧会に出品されると、
《最晩年の傑作》とセンセーションを巻き起こしたそうです。

一緒に行った娘が、
『私は、《真珠の女》よりこっちの方が好きかも
と言っていました。

ふくよかで柔らかな女性の肌の質感や髪の繊細さと
青いドレスのドレープの大胆な筆致との対照的なところが凄いなぁと思いました。



お土産品。大きい方が娘が買ったもので、小さい方が自分用。

小さいけれど、1ページに1作品が載っていてその前ページに
解説が付いていて観やすいです。
・・・が。
横向きの作品は本も横にしないといけないので、そこがちょっと・・・。
(それは観やすいと言うのか?
う~ん。でも好き。

大きい方も、コローが写生に訪れた場所が写真で載っていたりして素敵です。

もっと大きなカタログがあったのですが、重くて諦めました。


いやぁ~。
でも頑張って行って良かったですぅ。
なぜかず~~っと引っかかっていたんですよねぇ。
おかげでスッキリしました。(何が?



ちなみに今月13日(土)~12月7日(日)迄、
【神戸市立博物館】でコロー神戸展が開催されるそうです。