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民法総則⑰

2005年02月07日 | 民法
一六 表見代理
1 表見代理の三つの態様
  代理権のない者が本人に代わってした行為、すなわち無権代理行為は無効であるのが原則である(113条1項)。しかし、無権代理行為の相手方となった者からみると、それが、代理権なくされた行為であるとは、わからないことが多い。そこで、相手方が代理権の存在を信じ、しかも、信じたことについて過失がない場合、相手方を保護する必要がある。これが表見代理の制度であり、109条、110条、112条が3つの態様を定めている。
  これらは、いずれも無権代理行為に有権代理と同じ効果を認め、法律行為の効果が本人に有効に帰属するものとする規定である。このような結果は本人にとっては重大なことであり、したがって、持に任意代理の場合に表見代理が成立するために求められる要件には、本人に何らかの意味における帰責性があったといえる要素が含まれる。

2 権限踰越の表見代理
  代理人が、その与えられた代理権の範囲を超える内容の法律行為を本人に代わってした場合において、相手方が、その法律行為が代理権の範囲内のものであると信じ、かつ、そのように信じたことについて過失がなかったと認められるときには、当該法律行為の効果が本人に有効に帰属するものとして扱う制度が、110条の定める表見代理である。一般に権限踰越の表見代理または越権代理と呼ばれる。
  例:Aが土地を所有しており、この土地を80O万円以上の代価で売却することの委託を受けたBが、代金を600万円とする売買契約をCとの間で成立させた場合、Bのした法律行為は代理権の範囲を超えるものであるが、Cにおいて、Bが600万円で売却をする権限を有すると信じたことに過失がなければ、この売買契約は、AとCとのあいだにおいて有効に成立する。
  110条に基づく表見代理が有効に成立するための要件は、大きく分けて二つある。一つは、ある範囲での代理権を代理人が有していて、この範囲を超える代理権の行使があったことである。もう一つは、相手方が、代理権の範囲を超えた代理人の行為であることについて善意無過失であることである。

3 基本代理権
  110条の表見代理は、「代理人カ其権限外」の行為をすることを要件として成立するから、そこでは、無権代理行為をなす者が、少なくとも何らかの事項について代理権を有していることが必要である。この代理権のことを基本代理権と呼ぶ。特に任意代理の場合には、この要件は、表見代理の実質的基礎づけを与える。すなわち、本人が信頼して代理権を授与したという事情があったことが、代理権の範囲を逸脱した代理人の行為について、一定の要件のもとで本人に責を負わせることを是認してよい理由となる。

4 正当理由
  110条の表見代理が成立するためには、相手方が、問題となっている無権代理行為について、代理人に「権限アリト信スヘキ正当ノ理由ヲ有セシ」ことが必要ある。この「正当ノ理由」の要件は、一般に、代理権の欠缺についての相手方の善意無過失を意味すると解されており、相手方が、代理人が代理権の範囲外の行為をしていることを知っているか、または、知らないとしても、そのことに過失があった場合には、110条の表見代理は成立しない。

5 法定代理への110条の適用可能性
  110条の表見代理が成立するためには、基本代理権が存在することが必要であるが、その基本代埋権は、法定代理権であってもよいか。
 例:Aが禁治産者であり、その後見人がBである場合、Bは、法定代理権(859条)を有するが、後見監督人が置かれている場合は、たとえばBがAの所有する土地をCへ売却するにあたっては、後見監督人の同意を得なければならず(864条・12条1項3号)、同意を得ないでされた行為は取り消されることがある(865条1項)。この場合において、もし相手方のCがBの法定代理権に制限があることを知らず、かつ、知らないことについて過失がない場合には、110条を適用して当該行為を有効なものとして扱うことができるか。表見代理を正当化する要素としての本人の帰責性ということを厳格に要求するのであれば、Bが法定代理人となったのはAの意思とはかかわりないものであるから、110条の適用を認めるべきではない。しかし、それでは実際上、相手方となる者が、無能力者との財産の取引にあたり、かなりに慎重にならざるをえないことになるであろう。相手方の適切な保護という見地からは、むしろ110条の適用を肯定すべきであると考えられる。なお、この場合は無能力者の財産の保全が配慮されなければならず、後見事務の監督(863条)が強力に運用されることが求められる。

6 地方公共団体の長の権限行使と110の表見代理
  代理権の成立要件と範囲が法律で決まっている点で法定代理と似ているのが地方公共団体の長の権限である。ここでも、地方公共団体と取引をする相手方のため、110条と同様の保護を考えることが適切である。判例も、地方公共団体の長による越権行為について同条を類推適用する可能性を認める(最判昭和39・717民集18・6・1016)。たとえば地方公共団体の長は、当該地方公共団体の財産の管理処分権を有するが(地方自治法149条6号)、その行使は条例または議会の議決によらなければならない(同法237条2項)から、それらによらないでする管理処分権の行使に基づく私法契約は無効であり、ただし相手方が権限の逸脱について善意無過失である場合は、有効なものとして扱われる。もっとも、地方公共団体の長が有する権限の範囲及び権限行使の手続は、法僅により定められているのであるから、相手方の善意無過失の要件が充足される事例は、実際上は、きわめて限られたよう。

7 日常家事代理権と110の表見代理
  761条は、文言上は、日常家事に関し夫婦が互いに連帯責任を負う旨を定めているにとどまるが、この規定の解釈として、夫婦は、互いに、日常家事に関して代理権を有すると考えられている。では、日常家事ではない事項について夫婦の一方が他方に代わって法律行為をした場合、目常家事代理権を基本代理権として110条の表見代理が成立するか。
  この点については考え方は2つに分かれる。
 (1) 110条適用説
   この場合にも同条の適用があり、日常家事代理権を基本代理権とし、相手方の正当理由があることを要件として表見代理の成立を認めることができる。
 (2) 110条類推適用説(判例・通説)
   問題となる法律行為が日常家事の範囲内に属すると信ずるについての正当の理由が相手方に認められる場合に限り、本条を類推適用して相手方の保護を図る。
  (1)説では、夫が妻に代わってした法律行為につき、相手方が、日常家事の範囲内に属すると信じたことについて正当の理由がある場合、夫が妻に代わってする法律行為を相手方は、日常家事に関するものではないと考えたが、しかし、当該の行為について妻は夫に(日常家事代理権とは異なる)個別の代理権を与えたと信じ、そのことに過失がない場合の両方に表見代理の成立が肯定されるのに対し、(2)説は前者についてのみ表見代理り成立を認める。判例は、(2)説をとるが(最判昭和44・12・18民集23・12・2476)、その理由として、表見代理の成立する範囲を広く認めると夫婦の一方が他方の財産的独立を脅かすことになることを挙げる。

8 代理権授与表示に基づく表見代理
  109条が定めるのが、代理権授与表示に基づく表見代理である。110条の表見代理の場合と同様、表見代理の成立要件として、本人の側の事情と、相手方の主観的容態の両方が問題となる。
  まず、本人の側の事情としては、本人が、相手方に対し、代理権を授与した旨を表示したことを要する。つぎに、相手方の主観的容態として、相手方は、代理権の不存在について善意かつ無過失でなければならない。これら双方を充足した場合に表見代理が成立する。後者の要件は法文に明示されていないが、代理権の存在を信じた相手方を保護する表見代理制度の趣旨から、解釈上要求される。

9 代理権消滅後の表見代理
  112条が定めるのが、代理権消滅後の表見代理である。
  例:Aを委任者、Xを受任者とする委任契約が成立し、これに基づいてXがAを代理する権限を取得し、これを証するためAがXに委任状を交付したという場合において、そののち委任契約が終了し代理権が消滅したにもかかわらずAが回収を怠った委任状をXがBに示してAのための法律行為をしたときには、相手方Bは、112条の表見代理に基づき、この法律行為の効果が本人のAに帰属する旨を主張することができる。
 (1) 要件1ー代理権の消滅
   112条の表見代理が成立するためには、いったんAがXに代理権を授与したという事実が存することが必要である。ただし、そこで授与される代理権は、継続的なものであったり反復的なものであったりすることは要しない。もっとも、Xが有していた代理権が継続的ないし反復的なものであることは、実際上、相手方であるBに要求される主観的要件の充足を認定しやすくする要素として働く。
 (2) 要件2ー相手方の善意無過失
   相手方であるBは、112条により、善意かつ無過失でなければならない。ここにいう善意の内容について、大審院は、代理権があったことを知っており、かつ、現在はそれが消滅している事実を知らないことであるとする趣旨の判示をしたことがある。しかし、端的にXが取引行為時に代理権を有していないことを知らないことと理解すれば十分であり、今日の判例も、代理権消滅前にBがXと取引をした事実のごときはBの善意無過失を認定する「資料」にとどまると判示する(最判昭44・7・25判時574・27)。要するに、Bが信頼すべきは、Xの代理権の「存続」ではなく、その「存在」である。
 (3) 善意無過失の立証責任
   善意無過失の主張・立証責任は、法文の文言に忠実であれば、まず、Bが自己の善意を主張・立証しなければならず(112条本文)、そして、これに成功した場合にAがBの有過失を主張・立証すべき立場に置かれる(同条但書)という分配になるが、大審院の判例には、もっばら本人Aの側でBの悪意・有過失を主張・立証しなければならないとしたものがある。

10 表見代理の競合適用
  Aが、Xに、Aの所有する土地を600万円以上の代価で売却することについての代理権を授与した場合、XがBとの間で問題の土地を400万円で売買する旨の契約を成立させ、その際、Xの提示した委任状には持に代金額に関する制限の明示がなかったので、Bが、Xの代理行為が正当な権限に基づくものと誤信したというときには、Bのために110条の表見代理が成立する可能性がある。
  では、問題の法律行為がXの代理権消滅後になされたという場合((1))や、Aが真実はXに何らの代理権も与えてはいないのに、一定範囲の代理権を与えた旨を対外的に表示し、そのうえで、Xが当該代理権の範囲を超えて代理行為をなした場合((2))などには、109条・110条・112条の規定を個別に適用する限りでは、そのいずれの規定に基づく表見代理も成立しないことになる。
  すなわち、(1)では代理行為時にXは110条にいう「権限」を何ら有していないし、(2)にあっては109条の「代理権ノ範囲内ニ於テ」という要件を欠く。
  しかし、(1)(2)においても相手方が代理権の存在を信頼し、かつ、そのことにつき過失がないときは、相手方を保護する必要を否定できない。そこで判例・通説は、①については110条と112条を、②については109条とl10条を合わせて類推することによって相手方の保護を図っている。

11 白紙委任状
  109条の定める表見代理が実際にもっとも問題となるのは、本人が他人に白紙委任状を与える場合である。そこでは、実際に委任状の白地部分に補充された通りの内容で本人が取引の相手方に対する代理権授与の表示をしたといいうるかが問題となる。問題となる場合として以下の2つがある。
 (1) 直接被交付者濫用型
   Aが、Xに、Bから甲土地を買うについての代理権を与え、しかし、その旨を明記しない白紙委任状を交付した場合において、Xが、取得した代理権とは異なる趣旨を白紙委任状に記入し、たとえばBから乙土地を買い、あるいはCとの売買を成立させたという場合
 (2) 転々交付後濫用型
   Xから白紙委任状の転交付を受けたYが、委任状の代理人の欄を無断で補充し、Aの代理人としてBとの取引をした場合
  これらの各場面において、それぞれ実際に行われた法律行為につきAは「第三者ニ対シテ他人ニ代理権ヲ与ヘタル旨ヲ表示シタ」ものと評価できるであろうか。いずれの場合も、白紙委任状の交付は、使者を介しての代理権授与表示とみるべきであり、そして、代理権の授与を表示する行為は意思表示ではなく観念の通知であるが、これには95条を類推適用すべきである。したがって、本人は、重大な過失があるときは、白地部分の補充内容が虚偽である旨を主張できず(95条但書)、結果的に白地部分の内容が虚偽であることの主張ができない。
  判例は、(1)については、代理権授与表示を肯定する。なお、上記設例のXに関する限りは、Bから甲土地を買うについては代理権を有するのであるから、これを基本代理権とみることにより、110条の適用を考える余地もある。これとは異なり、Xが、実際には何らの代理権も取得せず、白紙委任状の補充を委託されたにすぎない場合にこそ、いわば純粋な109条の問題となる。(2)については、不動産の登記手続に必要な書類とともに白紙委任状が転交付された事案において、かかる書類は「転転流通することを常態とするものではない」と判示して109条の適用を否定した(最判昭和39・5・23民集1・84・621)が、そののちは表見代理を認める判決があいついだ(最判昭和42・11・10判時506・35等)。