長年愛用して来たシェーバーの、


その後
替え刃が生産終了になっていました……
まぁ、しょうがない。
これを機に新しい物を買おうかな。
そんな事を考えながら朝のゴミ出し。
こんな早朝に何処かで
バーベキューでもやっているのか、
やや煙たく香ばしい風が吹いてくる。
今日も平穏無事に過ごせますように。
「おーい、ミルくん‼︎」
背後から自分を呼ぶ声。
ご近所さんと鉢合わせたかな?
振り返るとそこには、
生垣の隙間から手を振る──……
パンイチのおっさん
「……………。」
平穏無事って……
そう……願ったじゃん……ッ‼︎
フラグ回収が早過ぎるよ……‼︎
「ええと……」
「いや〜この間はありがとうね
おかげでこうして外に出られるよ」
あー……
よく見たらこの人、
以前ハチの巣駆除を頼んで来たご近所さん。
でも、さ……
いくらハチの脅威が消えたとは言え、
流石にその姿は無防備過ぎません?
「お盆用に買った食材が余ってね、
このままだと勿体無いから
友達と朝から一杯やってんの」
「ども」
生垣の奥からトングを手に挨拶してくる、
パンイチおっさん2号
パチパチと炭火の爆ぜる音が、
その場の暑苦しさを強調させる。
「いや……流石にその姿で、
バーベキューは危ないって……」
「俺たちはガキの頃から、
夏と言えばこのスタイルだから」
「ミルくんだって今は引いてるけど、
あと10年もすれば我々の仲間入りだよ」
お願い
断言しないで
どんなにおっさん化しようとも、
例えそこが自宅の敷地内だろうと、
パンイチで外に出る事はしない……‼︎
『一緒に食べてく?』と言うお誘いを、
心の底から全力でお断りさせて頂いて。
お裾分け、と渡されたビールを手に帰宅。
「さて……どうするか」
ビールは紙コップに入っています。
ラップをして冷蔵庫に入れるか、
それともこのまま飲んでしまうか。
手羽先でもあればビール煮などが
作れたのだけれど、今は食材が無い。
……。
まぁ、今日は出掛ける用事も無いし。
とりあえず卵焼きでも作ろうか……
そんなわけで
「ふー……夏休み満喫気分」
ビールをちびちび飲みながら、
大根おろしたっぷりの卵焼きをモグモグ。
今日は穏やかな1日を楽しめる──……
〜♪
〜〜♪
鳴り響く着信音。
スマホには『社長』の文字。
「…………。」
波乱の幕開けかな
「ミルくん、突然ごめんね
友達が花壇を作りたいって言うんだ
それで土を少し分けて貰えるかな?」
「ああ、構いませんよ」
良かった
今回は普通だ
社長からの無茶振りに慣れ過ぎて、
あまりにも平和で普通過ぎる依頼に
感動すら覚える自分がそこにありました。
むしろ刺激が足りない?
いっそ自分が刺激を生み出してみる?
例えばパンイチで出迎えてみるとか。
………。
いや、いかんいかん。
ちょっと酔いが回ってるぞ。
気を確かに……‼︎
アホな事を考えている内に、
作業着姿の社長が我が家に到着。
「土のう袋持って来たよ」
続いて、社長の友達と思われる男性。
「ミルさん、突然すみません
どうもありがとうございます」
そして10代半ば頃の女の子。
「お世話になります」
……。
……良かった……
パンイチ思い止まって、
本当に良かった……ッ‼︎
危うく大事故を引き起こす所でした…
社長が持って来た土のう袋に、
畑の土を詰めながら雑談タイム。
「娘が庭に花を植えたいって
それならいっそ花壇を
作ろうかって話になりましてね」
「なるほど」
「ミルくんは土を自作してるでしょ?
自然の栄養たっぷりだし、
少し分けて貰えたら助かると思って」
「庭の落ち葉や雑草の
リサイクルがてら、ですけどね」
皆で作業すると、
力仕事もあっという間。
袋を車に詰め込んで、
木陰で麦茶片手にホッと一息。
それにしても──……
「娘さん、さっきから静かだけど…
大丈夫?熱中症になってない?」
急に話を振られて驚いたのか、
返って来たのはキャーと言う悲鳴。
いや、流石に叫ばなくても……
もしかして人見知りするタイプ?
「ミルさんが熱中症って言った‼︎」
叫ぶ要素が見当たりませんが⁉︎
「ミルさんって、
私の推しに似ているんです‼︎
実写になったら絶対似てる‼︎」
急に饒舌だね
「写真撮らせて下さい‼︎」
ちょっと待て
「ミルくんってば、
相変わらずモテるね」
いや、社長?
これって決して、
自分がモテているわけじゃないよ⁉︎
単に似てるってだけだからね⁉︎
「今回の花壇を作る話も、
推しをイメージした推し色の
花畑が家に欲しかったからで‼︎」
ガーデニングと言う名の推し事⁉︎
ねぇ‼︎
突っ込みが‼︎
突っ込み処が多すぎる‼︎
ボケ担当しかいねぇ…‼︎
「どこで撮影する?
ドアの前で良いかな?」
いや、何でナチュラルに
撮影モードなんですか、社長……
「……まぁ、そうだな……
マスクしたままで良いなら……」
「ミルくん情緒が無いよ、
もっとファンサしないと‼︎」
我儘言うな
社長なら社員の肖像権守れよ‼︎
あとファンじゃないから……ッ‼︎
「じゃあ扇子で顔隠すのは?」
「ミルくん…
何で鞄に扇子入れてんの?」
暑いからだよッ‼︎
夏に扇子持ち歩いて
何が悪いんだ……ッ‼︎
結構、涼しいんだよ?
日除け代わりにも使えるし。

「お嬢さんとしては、どう?
扇子のミルくんでも良い?」
「むしろ有りです」
有りなんだ……
「じゃあ、とりあえず──…
ミルくんのスマホで試し撮りね」
何で社長が仕切ってるんだ……
まぁ、別に良いのだけれども。
それよりも
お父さんが、
さっきから空気。
あれ、放置しても良いのかな…
まぁ…いっか……
とにかく早く終わらせたい。
扇子で顔を隠してパシャリ。

その後
娘さんのリクエストで、
推しのポーズをとらされたりと
何やかんやあったものの。
とりあえずは無事に終了。
彼女の推しが何処の誰なのかは
結局、最後まで謎のまま。
……知らない方が幸せなのかもね。
これから花壇作りをすると言う、
元気な3人を見送ってようやく一息。
朝から濃い1日だった……
重ね重ね思うはひとつ。
パンイチで出迎えなくて、
本当に…本当に良かった…‼︎
今日一番のファインプレー、
たぶんそこだと思います。
さて、飲み直すかな……