安曇野の雨は山と里の季節を紡ぐ。
ぼったりと重く湿った「上雪」が冬の終わりを告げると、繭玉から引かれる絹糸のように、春雨が音も立てずに舞い降りて、木々の冬芽を揺り起こし、山葵の花の芽を覚ます。
初夏の雨は種まき雨。若葉が弾くきらびやかな陽光の合間に降る雨は、黒々と耕された田畑をしっとりと潤す。里人は、蓮華の花絨毯の彼方に山々を仰ぎ、種のまきどきを伝える「種まき爺」や「代掻き馬」の雪形が、残り雪を抱く山肌に現れる日を心待ちにする。
6月、白く可憐な「えごの花」から清楚な香りが漂い梅雨を呼ぶ。さわさわと衣ずれにも聞こえる音を軽やかに奏で、細い雨が萌葱色の田に畑に惜しみなく降り注ぐ。「天水」と拝まれる水の恵みを、土は黙々と蓄える。
森や林の夏葉は雨と戯れ、飽くことなく楽しげに踊り続ける。明け方、気まぐれな太陽が強烈な陽射を注ぐと、踊り疲れて寝過ごした水の精霊が、慌てて土に還っていくように、青葉に連なる雨滴が我先に去っていく。絶え間のない雫が放つ一瞬のきらめきに、永遠の別れを想う。
「ひと雨欲しいねぇ」この挨拶が交わされると、雷雨の出番。夏空の紺碧がみるみるうちに墨色に覆われ、山々とともに稲妻に鋭く切り裂かれると、地響きをたてて大粒の雨が激しく大地を叩く。雨を疎んじる者の身勝手に怒りをぶつけているかにみえる、すさまじい勢いは、乾ききった土の匂いをかきたて、地に根を張るもの達がつく安堵のため息と混じり合う。翌朝、からりと晴れた空の下「いいお湿りで」とあちらこちらで笑顔がほころぶ。2つの挨拶が交互に繰り返される年は、秋の実りに心が弾む。
肩をかすめる風が涼を帯びると、厳しい日照りに意地を張りながら大地をつかんでいた薄が、いつしか優しい佇まいとなり、雨は絵を描き始める。楓の紅色、夏はぜの赤紫、落葉松の黄金色。風に宿る温もりを秋の色に移し、雨は柔らかな絵筆となって樹木を染め上げる。
里人は、豊かにたなびく稲穂の波を刈り取りはぜをかけ、手塩にかけた輝く果実を、我が子の如く慈しんで掌に抱く。ひと雨ごとに山々の錦は模様を変え、収穫の明け暮れを癒し、冬支度を急がせる。
やがて山から駆け下りた木枯らしが朽葉を吹き散らし、冬越しの白鳥が湖に羽を休める頃、雨は雪に包まれ、すっかり葉を落とした裸木とともにしばし眠りに就く。瑠璃色の空に凛と稜線を描く純白の冬山に見守られ、人々が知る由もない巡り来る季節の夢をみながら、雨はひっそりと安曇野の冬を眠る。
ぼったりと重く湿った「上雪」が冬の終わりを告げると、繭玉から引かれる絹糸のように、春雨が音も立てずに舞い降りて、木々の冬芽を揺り起こし、山葵の花の芽を覚ます。
初夏の雨は種まき雨。若葉が弾くきらびやかな陽光の合間に降る雨は、黒々と耕された田畑をしっとりと潤す。里人は、蓮華の花絨毯の彼方に山々を仰ぎ、種のまきどきを伝える「種まき爺」や「代掻き馬」の雪形が、残り雪を抱く山肌に現れる日を心待ちにする。
6月、白く可憐な「えごの花」から清楚な香りが漂い梅雨を呼ぶ。さわさわと衣ずれにも聞こえる音を軽やかに奏で、細い雨が萌葱色の田に畑に惜しみなく降り注ぐ。「天水」と拝まれる水の恵みを、土は黙々と蓄える。
森や林の夏葉は雨と戯れ、飽くことなく楽しげに踊り続ける。明け方、気まぐれな太陽が強烈な陽射を注ぐと、踊り疲れて寝過ごした水の精霊が、慌てて土に還っていくように、青葉に連なる雨滴が我先に去っていく。絶え間のない雫が放つ一瞬のきらめきに、永遠の別れを想う。
「ひと雨欲しいねぇ」この挨拶が交わされると、雷雨の出番。夏空の紺碧がみるみるうちに墨色に覆われ、山々とともに稲妻に鋭く切り裂かれると、地響きをたてて大粒の雨が激しく大地を叩く。雨を疎んじる者の身勝手に怒りをぶつけているかにみえる、すさまじい勢いは、乾ききった土の匂いをかきたて、地に根を張るもの達がつく安堵のため息と混じり合う。翌朝、からりと晴れた空の下「いいお湿りで」とあちらこちらで笑顔がほころぶ。2つの挨拶が交互に繰り返される年は、秋の実りに心が弾む。
肩をかすめる風が涼を帯びると、厳しい日照りに意地を張りながら大地をつかんでいた薄が、いつしか優しい佇まいとなり、雨は絵を描き始める。楓の紅色、夏はぜの赤紫、落葉松の黄金色。風に宿る温もりを秋の色に移し、雨は柔らかな絵筆となって樹木を染め上げる。
里人は、豊かにたなびく稲穂の波を刈り取りはぜをかけ、手塩にかけた輝く果実を、我が子の如く慈しんで掌に抱く。ひと雨ごとに山々の錦は模様を変え、収穫の明け暮れを癒し、冬支度を急がせる。
やがて山から駆け下りた木枯らしが朽葉を吹き散らし、冬越しの白鳥が湖に羽を休める頃、雨は雪に包まれ、すっかり葉を落とした裸木とともにしばし眠りに就く。瑠璃色の空に凛と稜線を描く純白の冬山に見守られ、人々が知る由もない巡り来る季節の夢をみながら、雨はひっそりと安曇野の冬を眠る。
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