御影のブログ

企画/シナリオライター御影のブログ。

はじめに

2099年01月01日 01時00分00秒 | はじめに
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「御影新作プレゼンのサンプルシナリオ_01」の6

2014年01月25日 13時14分08秒 | 新作プレゼンのサンプルシナリオ
;■施設外観(10時)
;■ 雪村陣(私服
;■ あおい(私服 ※明日香ルートのラストにも出てくる女の子。
;■ 雪村要(外の制服 ※立ち絵化するなら屋敷でも使用。しないなら私服で。現状のテキストは“ある”ものとして書いておく。ないものとして書いていると追加は加筆になるので(なければ音声収録後でも文章をちょっと削れば成立する)。
;
駅を離れて住宅街に入ってからは、なるべく人通りの少ない道を選んで進む。

やがて、小さな公園のような敷地の向こうに、慣れ親しんだ施設を目にした。

ここで生活しているのは、母親代わりの園長と、俺と要を含めた子どもたちが9人。他に通いの大人が2人いる。

あの屋敷と比べるまでもなく、手狭でプライバシーはほとんどない建物だ。

それでも――俺はこの“家”が好きだった。

もともとの園長だった義理の父が病気で亡くなり、母から経済的に施設の継続が不可能だと告げられた日の夜、俺は布団の中でこの家を離れたくないと心を締めつけられた。

今でもその気持ちに変わりはない。

【 陣 】「……それでも」

それでも、この施設での生活は、あの屋敷にいた少女たちの命と引き換えにする価値があるのだろうか?

わからない。

ただ、こうやって考えてしまうくらいには、つりあいがとれてしまっているのだろう。

家に入ることもせず立ち尽くしていると、施設から小さな女の子が出てきた。

まだ学校にも通っていない、施設では一番小さい妹のあおいだった。

彼女はぎこちない手つきで靴をはき、絵本を大事そうに抱えながら庭に出てくると、ようやく俺の存在に気づいた。

;■きょとん
【あおい】「あ、陣ちゃん」

【 陣 】「ただいま、あおい」

【あおい】「陣ちゃん、おかえりなさい? もうお出かけしないの?」

舌足らずにあおいが聞いてくる。

【 陣 】「うん、今日はもうお出かけしないよ」

【あおい】「じゃあ、絵本よんでくれる?」

あおいが期待を目に浮かべてせがんでくる。

平日の昼間はひとりだけ施設に残される彼女にとって、俺がこの時間にいるということは、不自然である以上に嬉しいことなのだろう。

先に園長である母さんに挨拶をしたかったが、仕方ない。

【 陣 】「いいよ。でも、外で読むの? 雪が降ってるのに?」

【あおい】「おうちのなか、ストーブであついあついなの」

【 陣 】「わかった。じゃあ、なに読んでるの?」

;■微笑み
【あおい】「えーとね、『ヘンゼルとグレーテル』」

庭にあるベンチに座り、あおいを膝にのせて絵本を開く。

【 陣 】「むかしむかし――って、最初のページだけ、あおいが読んでみようか」

【あおい】「えー」

【 陣 】「ちゃんと読めるかな?」

【あおい】「わたし、これくらいもうよめるよ?」

【あおい】「えーと、『むかしむかし、あるもりに、きこりのおとうさんとおかあさんとふたりのこどもがいました』」

ぎこちないが、楽しそうにひらがなを読み上げるあおいに、思わず微笑んでしまう。

子どもは体温が高いので、抱いているとまるでカイロのようにあたたかい。

彼女の実の両親が経済的に行き詰まり、あおいを施設に預けたのは去年のことだった。

最初は泣いてばかりだったあおいが、ようやく笑ってくれるようになったのは、ここ半年ほどのことだ。

もし、この施設がなくなり、別の場所に移ることになったら――あおいは、俺たちに会いたいと泣くのだろうか?

自分が捨てられた存在だからこそ、新しい家族を守ることは信念になりえた。

サンタクロースになりたかった。

3年で2億。

俺が3年耐えれば……と、即物的に考えている自分に血の気が引く。

それでも、どうしても、考えてしまうのだ。

姫子の言葉は呪いだった。

俺が世話役の仕事を辞めようが続けようが、あの屋敷で行われることに変わりはない。

それなら、俺が苦しむ対価に金をもらってなにが悪い?

その金があれば家族を守れる。

だが、本当に選べるのか?

あの屋敷に残っているのは3人――ピリと、今日香と、明日香。

もし世話役の仕事を続けるとして、俺は彼女たちの誰かを選ぶことができるのか?

家族を救うためなら他人を殺せるのか?

人の命には、どれだけの価値がある?

いや、自分に言い訳をしてはいけない……。

なによりも恐ろしいのは、施設の家族たちに金の出所を聞かれることだ。

それほどの大金では誤魔化すことはできないだろう。

人の命を見殺しにしてきた金だと、妹や家族に知られることに、俺は耐えられるのか?

【 陣 】「…………」

【あおい】「陣ちゃん?」

【 陣 】「あ? え?」

【あおい】「つづきよんで」

いつの間にか最初のページを読み終えていたあおいが、不満そうに言う。

【 陣 】「ああ、ごめん」

心を見透かすような無垢な瞳にゾッとした。

手に浮かんでいた汗をズボンの後ろでぬぐい、絵本のページをめくろうとしたところで――

なにかイヤな予感を覚えて、あおいを抱えたまま頭を伏せる。

ヒュン――

風を切る鋭い音とともに、さっきまで俺の頭のあった場所を正確無比に、なにか金属の棒のようなものが飛んでいった。

【 陣 】「…………」

;■軽い驚き、心配、わたわた
【 要 】「兄さん、帰ってたの?」

顔をあげると妹――雪村要が、わたわたとこちらに走り寄ってきていた。

【 要 】「『ただいま』くらい言ってくださいよ。そうじゃないと、おかえりなさいも言いにくいじゃないですか」

【 陣 】「いや、要……『おかえりなさい』の前に、俺になにか言うことがあるんじゃないか?」

俺は通りの向こうに転がっているものに目をやる。

……玄関に置いてあったバールか、あれ?

;■わざとらしく丁寧に驚き
【 要 】「まあ。ところでお兄様、ポルターガイスト現象って、思春期の女の子がストレスを感じると発生するって説をご存知でした?」

【 陣 】「……ご存知ないし知りたくない」

感情が高ぶると手近なものを投げる癖は、いっこうに治る気配がなさそうだ。

【 陣 】「それより要、お前、学校は?」

【 要 】「登校中にメールに気づいたから、戻ってきてたんですよ」

【 陣 】「相変わらず考えなしだな……学校にはちゃんと行けよ」

;■呆れ
【 要 】「兄さんにそれを言われたくありません」

【 陣 】「そりゃそうだけど、お前は俺と違ってクラス委員長とかなんだろ?」

;■微笑み
【 要 】「ええ。そりゃもう普段から品行方正に生きてますので、ちょっと体調が悪いということにすれば、なんの問題もなく」

要が自信満々にろくでもないことを口にする。

俺とは学年が違うので、周囲にどれだけ本性を知られているかわからないが、要は表向きだけなら優等生だ。

;■むっ、と
【 要 】「それより、無断で外泊なんてするから心配したんですからね」

【 陣 】「無断じゃない。連絡のつかない場所でバイトをするって母さんから聞いてただろ」

;■一言ずつ区切って、ぷんぷん丸
【 要 】「なんで、そこで、わたしにも連絡しないの!?」

今みたいに騒がしいから、と答えれば余計に怒らせてしまうだろう。

【あおい】「……けんかはダメだよ?」

ふいに、あおいが不安そうな顔で俺たちを見上げる。

【 陣 】「あー、あおい、これは喧嘩じゃないから」

【 要 】「そ、そうそう」

兄妹そろって、泣く子には勝てなかった。

【 要 】「あおい、ちょっとこの品行不公正なお兄ちゃんに話があるから、おうちに戻っててくれないかな?」

【あおい】「おにいちゃんは絵本読んでくれるのよ?」

【 要 】「あー」

【 要 】「よし、わかった。あとでお姉ちゃんが2冊読んであげる!」

【あおい】「ん」

あおいが素直に家に戻っていく。

【 陣 】「……女の子は、あのくらいの年でも、ちゃっかりしてるな」

【 要 】「兄さん!」

2人きりになったところで、改めて要が怒りをあらわにした。

つい、要の足元に投げられそうな石やガラクタが落ちていないかを確認してしまう。

そうでなくても、要の腕や足は凶器だ。

【 陣 】「わかった。悪かった。謝るよ」

;■ぼそり
【 要 】「……謝ればいいってもんじゃない、よ」

言いながら、要が俺の肩に顔をうずめる。

【 要 】「わたしを置いて、いなくなっちゃうんじゃないかって、すごく、心配した、のに……」

【 要 】「寂しかった、ん、だから……」

【 陣 】「……泣くなよ」

【 要 】「っ……まだ、泣いてないもん」

要は気丈に答えるが、口調は幼くなっているし、声は震えている。

その背中をポンポンと叩いてやる。

【 要 】「ああ、もう……もっと甘えたい、とか思っちゃう自分がイヤになるわ……」

泣くのは我慢したようだが、俺の肩に抱きついたまま要がブツブツとつぶやいていた。

;■ぶつぶつ
【 要 】「……そもそも、わたしの立場が変なのよ」

【 要 】「本当は“妹”なのに、上から2番目だからって兄さん以外の子たちの前では“お姉ちゃん”しないといけないし」

【 要 】「いっそ、兄さんみたいに一番年上なら分かりやすいのに――って考えがダメなのよね」

反省なのか愚痴なのか、わかりづらい独り言だった。

親に捨てられたという境遇がトラウマになっているのか、要はとにかく人目のないところで俺に甘えたがる。

まったく――どうせ猪突猛進ならイノシシくらい強ければいいのだが、本性はハムスターだ。

表向き優等生を気取っているのも、弱味を見せるのをとにかく嫌うからだろう。

これで明日香くらい図太ければ、兄離れをしてくれそうなのだが……。

【 陣 】「大丈夫か?」

【 要 】「……あんまり大丈夫じゃない」

【 陣 】「とにかく、連絡しなかったことは謝る」

;■期待
【 要 】「……反省してるならデートしてくれる?」

年相応の口調で、要がいつもの“おねだり”をしてくる。

一緒に買い物したり映画を見たりするのを要は『デート』と言うが、これは女の子特有の表現だろう。

【 陣 】「お前、明らかに声が元に戻ってるからな?」

;■大げさになげやり
【 要 】「悲しくて死んでしまいそうですよよよ」

【 陣 】「……まったく」

妹に甘いのはわかっているが、心配させたことは事実だ。

いや、甘いというなら、俺を許すためのきっかけを提示する要も甘いか。

【 陣 】「わかった」

俺の返事に、要がガバッと顔をあげる。

;■笑顔
【 要 】「よし、許した!」

【 陣 】「相変わらず、さっぱりしてるな」

【 要 】「淡白なのは兄さんゆずりだよ、きっと」

えへへ、と要が笑う。

我が妹ながら、男子にもてそうだなと感じさせる明るい笑顔だ。

【 陣 】「その代わり、バイトのことはもう質問するなよ」

;■きょとん
【 要 】「ちょっとワケありの家庭教師だっけ。なんか恥ずかしい失敗でもしたの?」

【 陣 】「遊びに行きたくないのか?」

【 要 】「わー! わっかりました! お財布だけとってくるから待っててくださいお兄様!」

要が冗談めかして、慌しく家の中に向かう。

あの屋敷でのことを口にしたくないがために、交換条件を出すのは意地が悪いと思ったが、要が知るべきことではないだろう。

そうやって自分に言い訳をしていると、言葉通り、すぐに要は戻ってきた。

;■にっこり
【 要 】「お待たせ」

【 陣 】「それじゃあ、地下鉄で渋谷にでも出るか?」

【 要 】「今日が平日だってことを忘れないでくださいね」

【 陣 】「ああ、そうか」

午前中に渋谷を2人でうろつくのは危ない。

俺ひとりならともかく、要が目立って仕方ないのだ。

;■微笑み
【 要 】「近場でいいよ」

【 陣 】「いいのか?」

【 要 】「うん」

俺の腕にしがみつきながら、要がとびきりの笑顔を浮かべた。

【 要 】「兄さんと2人きりなんて久しぶりだし、ゆっくり遊ぼ♪」



;■新宿駅東口(13時)
;■ 雪村陣(私服
;■ 雪村要(外の制服
;
;■最初のほうは空(昼・雪)で。
;
いつも要と歩くときの流れで、無印で家具や雑貨、紀伊国屋で本を眺め、そのまま要の服を見てまわる。

見てまわるだけで、買い物はしていない。

遊びなら映画でも観るのが一番楽なのだろうが――兄妹そろってお金を使うのは得意ではなかった。

【 要 】「くしゅん」

;■ここから駅前背景

【 陣 】「大丈夫か?」

;■苦笑
【 要 】「1回くしゃみしただけだから、平気平気」

【 陣 】「顔が赤くなってるけど」

;■くすくす
【 要 】「心配しすぎだよ。兄さんは恥ずかしいなぁ」

年下扱いするなと口にしながら、俺の伸ばした手に、要は寒さに赤く染まった頬をあてる。

【 要 】「あったかい」

【 陣 】「要は体温低いよな。貧血もちだし」

;■ふぅ
【 要 】「そうね。夏よりは冬のほうが調子いいけど」

【 陣 】「俺がいなくても、あんまり無理するなよ」

【 要 】「……なんだか、どこか遠くへ行っちゃいそうな言い方だね」

【 陣 】「え?」

寂しそうな瞳に射抜かれ、わずかに狼狽してしまう。

自分でも意識していなかったが、確かに、俺の言い方はそういうニュアンスを含んでいた。

半年後の夏に――俺は要の隣にいるのだろうか、と。

自分の考えに首を振る。

【 陣 】「そういえば、もうすぐクリスマスか」

なかば無理やりに“今”のことに話題を変える。

;■軽い呆れ
【 要 】「こんな雪模様で今さらクリスマスなんて言われましても」

【 陣 】「寒さというより、街がだ」

薄曇りの天気だからこそ、ビルや木々を彩るネオンがきらびやかに見える。

毎年の光景だが、ティッシュやチラシを配っているサンタも多い。

;■微笑み
【 要 】「うん。キラキラしてて、きれいだよね」

;■上目遣い、おそるおそる
【 要 】「そういえば、兄さんは、あのー……」

【 陣 】「なんだ?」

【 要 】「いえ、兄さんの今年のクリスマスの予定はどうなんですか、と」

【 陣 】「いつも通り、施{い}設{え}でパーティーだろ」

【 要 】「夜とかに出かけません?」

【 陣 】「なんで、こんな寒い中、出かけなきゃいけないんだ?」

ついでに、なんで外向けの口調になっているんだ?

;■笑顔
【 要 】「よかった」

【 陣 】「なにが?」

疑問に疑問を返してしまったが、要がなにを聞きたかったのかわからなかった。

;■苦笑
【 要 】「い、いえいえ、おうちが一番だもんね」

;■普通に
【 要 】「あ、クリスマスっていえば忘れてた。前に頼まれてたもの調べておいたよ」

要がポケットから取り出した封筒を受けとる。

【 要 】「施設のみんなが欲しいがってるもののリスト。全員からさりげなく聞きだすのに、ちょっと時間かかっちゃった」

【 陣 】「ああ、ありがとう」

;■軽い困り、不安
【 要 】「兄さんがプレゼントはいくらでもいいって言うから、みんなゲーム機とか高いものばっかりだったけど、本当に大丈夫なの?」

【 陣 】「……金はなんとかする」

あの屋敷の2日間の生活ですでに10万円を稼いだことは、口に出来なかった。

要から目を逸らして封筒を開くと、可愛らしいイラストがあしらわれたメモと一緒に、1万円札が2枚はいっていた。

顔をあげると、要が照れ隠しのように笑っていた。

;■苦笑
【 要 】「わたしだってお姉さんなんだから、協力するよ」

【 陣 】「お前、バイトなんてしてたか?」

;■冗談めかした笑顔
【 要 】「要さんってばお金持ちだから」

前もって練習していたような笑顔だった。

妹には無理をしてバイトをするなと言ってあったので、お小遣いやお年玉を貯めた――正真正銘、これが要の全財産なのだろう。

さらに、メモのほうに意図的な不備も見つけた。

【 陣 】「このメモ、要の欲しいものが書いてないぞ」

;■ぷんぷん
【 要 】「まさか、わたしの分までプレゼントを買うなんて言わないでくれません?」

【 陣 】「わざとらしく怒ってみせてもダメだ」

【 要 】「……っ」

【 陣 】「ちょうどいいから、コートとかでも買いに行くか?」

;■トーンダウン
【 要 】「わたしだけじゃ、ないもん……」

【 陣 】「ん?」

意固地になって言い返してくることは予想していたが、要が急に声のトーンを落とす。

【 要 】「それ、ね……みんなね、最初は、プレゼントはいらないって……」

【 要 】「小さい子まで、プレゼントもお年玉もいらないからみんなで来年も一緒にいたいって、言うんだよ……」

【 要 】「そんなときに、わたしだけ――」

感情が高ぶったのか要の目に涙が浮かぶ。

【 陣 】「……こんなところで泣くなよ」

【 要 】「泣きません!」

ぐっと喉を鳴らしながら、要は涙をこらえる。

まっすぐな瞳が俺を見つめる。

【 要 】「わたしが泣くもんですか」

【 陣 】「…………」

気丈に振舞っているが、泣けるだけ、要は大丈夫なのかもしれない。

だけど、俺は泣けなかった。

小夜が死んだときですら泣けなかったのだ。

ただ頭が空白になる。

【 陣 】「……そうか」

こんなところで、心が折れるのか。

サンタクロースになりたかった。

今年がみんなで過ごす最後のクリスマスになるとしても、思い出を与え、笑顔で送りだしてやれればよいと思った。

だけど、サンタクロースはいらないと言われてしまった。

誰もが――幼い子どもだとしても、わかっているはずだ。

クリスマスプレゼントを拒否したくらいで、施設が存続するはずがないと。

それでも、思い出よりも、誰もが一緒にいたいと願ったのだ。

理想よりも現実を選んだのだ――。

【姫 子】『誠実な人間は、例えこちらが信用されていなくとも、信頼はできるし御しやすい』

【姫 子】『より大きな誠実さを与えればコントロールすることができる』

姫子の言葉が蘇る。

あの屋敷から逃げ出してからたった数時間で、呪いが実を結ぶ。

【 陣 】「…………」

俺は誠実な人間ではない。

;■他人を殺した金で家族を守る人間は、けっして誠実であってはならないのだ。
他{・}人{・}を{・}殺{・}し{・}た{・}金{・}で{・}家{・}族{・}を{・}守{・}る{・}人{・}間{・}は{・}、け{・}っ{・}し{・}て{・}誠{・}実{・}で{・}あ{・}っ{・}て{・}は{・}な{・}ら{・}な{・}い{・}の{・}だ{・}。

だから、どんな言い訳もせず、俺は自分の意志で、あの屋敷に戻ることを決めなくてはならない。

俺が求めるのは金だ。

【 要 】「……どうしたの、兄さん?」

【 陣 】「ん、ああ、なんでもない」

俺は笑う。

自然に笑ってみせた。

【 陣 】「ごめんな、つらい役を押しつけちゃって」

;■へなちょこな困り
【 要 】「兄さんが謝ることじゃないよ」

【 陣 】「じゃあ、ありがとう」

【 要 】「うん」

【 陣 】「クリスマス、楽しみだな」

;■黒画面
;■ちょい長めのウェイト
;
それから2日の間、俺は施設で子どもたちの世話をし、学校で友人たちと他愛のない話で盛り上がった。

笑って……

笑って、笑って……

笑って、笑って、笑って、笑って、笑って、笑い続けて。

普段通りの生活を続けて。

3日目の朝、妹にも義母にも誰にも告げず、あの屋敷に戻った。

;■文字を画像化でもいいかな。
;
3人の少女たちを殺すために。

………………

…………

……

;■サンプルテキスト終了。
;■第一選択肢までもう少しあるが、ここまでが御影の想定するプロローグ。



;■--------------------------------------------------------------
;■【あとがき】

<ユーザーの皆様へ>
 ここまでお読み頂き、ありがとうございました。
 この段階で「“あなた”なら誰を生贄に選ぶか?」を考えて頂ければ、この作品の面白さの肝がわかりやすいかなと思います。
 “雪村要”は他ヒロインより登場が遅いので、まずは「ピリ・今日香・明日香」の3人から考えてみてください。ピリを選べば屋敷の空気は一変するでしょうし、今日香と明日香という共生関係の2人を切り離したときの変化こそが分岐となります。
 以下、Twitterにリプライ用のツイートを用意してみました。よろしければ「誰を選ぶのか?」だけでも書いて頂けると、他の方が誰を選んでいるかと自分の選択を見比べたりすることで、別の楽しさがあると思います――あればいいなと御影も思っています。

 ・「“あなた”は誰を選びますか?」
 https://twitter.com/mikage_work/status/426755514702110720

 他にも、現在この企画はとても自由な段階なので、ご意見ご感想だけでなく、アイデア、このメーカーさんで作ったら面白いのではないか、絵がないからせっかくだし描いてみた~など、実際の作品になったとき、本当になにかを反映させることができるかもしれません。
 なにかありましたら、こちらも同様にツイートを用意してみましたので、よろしくお願いします。

 ・「ご感想、ご意見、アイデア、情報など、ご自由にお書きください」
 https://twitter.com/mikage_work/status/426755866264477696



;■----------
<企業・作り手側の皆様へ>

 ユーザーさま同様、ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
 以下は、最低限の技術的な補足を簡単にいたします。
 この手の「誰かを選んで減少させる・大きく人間関係や環境を変化させる」という企画・シナリオを考慮された方は数多くいると思いますが、たいていは最終的なルート分岐がヒロイン数の乗算になり、素材量の飽和を見越して制作候補から外す経験があると思います(2人のヒロインから1人を選ぶ、はこれの簡易版ですね)。
 結論から、本作は分岐構成に工夫をすることで、テキスト容量では2MB前後の規模で完結させる目処が立っています(現在、進捗では御影単独で初稿の7割を完成済みで、外部要因なしの現在はむしろ1.8MBほどの規模で収まる予定)。
 制作環境の確定に合わせ、企画内容や規模の変更、それに合わせたテキスト修正なども全て考慮の範囲としております。
 もし本企画や御影自身にご興味がありましたら、お気軽にお問い合わせくださいませ。
 このサンプルテキスト以外にも、企画概要のペラや、想定素材、御影の経歴書などもご用意しております。



;■----------
※一応、著者以外の商業利用はおやめください。
 (このテキストだけで出来るとはあまり思えませんが、書いておくほうがいいのかな程度の備考)

「御影新作プレゼンのサンプルシナリオ_01」の5

2014年01月25日 13時12分26秒 | 新作プレゼンのサンプルシナリオ
;■屋敷・食堂(19時半)
;■ 雪村陣(私服
;■ 御蔵姫子(メイド服
;■ ピリッタ・マキネン(私服
;■ 黒崎今日香(私服
;■ 黒崎明日香(私服
;■ 比良坂小夜(私服
;
【小 夜】「そういう楽しそうなことをしてるときは、呼んで欲しかったなー」

【明日香】「……趣味が悪い」

【今日香】「せんせー、スカート人間みたいだったねぇ♪」

【ピ リ】「見られてないので恥ずかしくありませんでしたよ?」

【 陣 】「頼む……そろそろ、その話題をやめてくれ」

夕飯時の食堂に人が増えるたび、この会話が繰り返されている。

;■微笑み
【姫 子】「皆さん揃いましたね。それでは、この屋敷の主人である私から食事の前のご挨拶を――」

1回見ただけで慣れてしまったが、姫子が音頭をとるのを合図にして、食事がフライングで始まる。

自己弁護を中断して、俺も自分の食べる分をさっさと確保した。

【姫 子】「……陣くん、ちょっと取りすぎじゃありませんか?」

【 陣 】「女の子と食べる量を一緒に考えないでくれ。それより、続けて」

【姫 子】「まったく……皆さん、自分の食べる分は手元に集めましたね? では、残りは全て私のものです」

【姫 子】「で、昨日と今日、それぞれが陣くんとの交流を深めたでしょうが、続けるにしろ辞めるにしろ、明日には彼は外に出てしまいます」

【姫 子】「なにか心残りのある方は、今夜中にお話してくださいな」

【姫 子】「それでは、いただきます」

すでに食べ始めていたが、姫子の「いただきます」に全員が続ける。

【今日香】「でも、せんせーが辞めちゃったらさみしいねー」

今日香がもぐもぐと口を動かしながら、残念そうな声をもらす。

【 陣 】「本当にそう思われてるなら、嬉しいよ」

【明日香】「……陣は戻ってくるわ」

【小 夜】「あら、双子ちゃんたちが懐いてる?」

【ピ リ】「わたしも陣くんはいいことですよ。やっぱり、男の子がいると助かります」

【姫 子】「反対意見はないようですね」

姫子が俺に対して笑いかけてくる。

もちろん、俺も仕事を続けるつもりだったので、苦笑いを返しておいた。

【姫 子】「それで、陣くん、明日は何時くらいにお帰りになります?」

【 陣 】「そうだな……問題がなければ昼前には出ようかな」

日が暮れる前には施設に戻りたかったし、3時までの授業で今の俺が話せるネタはほとんどない。

それなら、さっさと次に来るときの準備をしてきたほうがいいだろう。

【 陣 】「だから、体験って言っても明日の分の給料はいらないよ」

【姫 子】「いいでしょう」

そこだけは屋敷の主らしく、姫子が鷹揚にうなずく。

【小 夜】「続けるの?」

ふいに、小夜が小さな声で訊ねてきた。

【 陣 】「そのつもりだけど」

【小 夜】「そう」

うつむき気味に静かにつぶやいたあと、ワンテンポおいて、小夜がまた顔をあげる。

【小 夜】「なにが一番の理由?」

お金――と正直に答えるのは、屋敷の住人には失礼だろう。

【 陣 】「まあ、楽しかったし、ピリの料理が美味しいからかな」

俺は無難な答えを返しておいた。

………………

…………

……


;■屋敷・渡り廊下(23時)
;■ 雪村陣(私服
;■ 比良坂小夜(私服
;
食後の時間をサロンで過ごし、女の子たちが全員入浴を済ませたのを確かめてから、俺も露天風呂に入ってきた。

【 陣 】「いい湯だったな」

鼻歌を歌いたいくらい気分がいい。

昨日よりも心に余裕があったので長湯してしまったが、火照った身体に春の夜気が心地よい。

これも屋敷を好む理由のひとつか。

【 陣 】「あれ?」

渡り廊下まで戻ってきたところで、小夜が立っていることに気づいた。

【小 夜】「やっほ」

【 陣 】「こんなところでなにしてるんだ?」

【小 夜】「夜の散歩中、かな」

【 陣 】「もしかして、あの墓みたいなところに行くのか?」

【小 夜】「うん」

【 陣 】「もうちょっと明るい場所のほうがいいだろう」

暴漢という意味でならここは世界で一番安全だろうが、夜に足場の悪い林に入るのはさすがに危ない気がする。

;■くすくす
【小 夜】「それじゃあ、陣くんが一緒に来てくれる?」

【 陣 】「ん」

少しだけ迷う。

相変わらず小夜は挑発的な様子だが、俺が気にしすぎているだけなのだろうか。

;■微笑み
【小 夜】「冗談だよ」

【 陣 】「冗談?」

;■笑顔
【小 夜】「陣くんとお話しようと思ってここで待ってたの」

【小 夜】「だから、一緒に散歩しない? ってお誘いは本当だよ」

【 陣 】「ああ、夕飯のときに姫子が言ってたあれか」

俺が一度外に出るので、明日までに話があるなら今日のうちだと言っていたが、本当に声をかけてくる人間がいるとは思わなかった。

誰もが――俺自身も、また戻ってくると考えていたからだ。

【 陣 】「なにか急ぎの用事があるのか?」

【小 夜】「今のうちに聞いておきたいことがあったから」

【 陣 】「内緒の話か?」

【小 夜】「ううん、そんなことないよ。陣くんが部屋に戻りたいなら、ここで聞いて済ませちゃうような話」

【 陣 】「わかった。散歩に付き合う」

俺は素直に従うことにした。

彼女たちに望むものは与えろ、というのが仕事であり、俺の立場だ。

ちょうど夕涼みにもなるしな。



;■屋敷・花畑の墓標(23時)
;■ 雪村陣(私服
;■ 比良坂小夜(私服
;
墓標の立つ花畑は、相変わらず雰囲気のある場所だった。

【 陣 】「そういえば、ここ、昼間に来たことないな」

【小 夜】「きれいな場所だよ」

【 陣 】「次に屋敷に戻ってきたときに見てみるよ」

【小 夜】「次、か」

小夜がぼんやりと繰り返す。

【 陣 】「なんか、夕飯のときもそんな感じだったけど、小夜は俺が戻ってこないほうがいいのか?」

【小 夜】「私はいいんだけど、陣くん自身のためには……どうなのかな?」

【 陣 】「俺?」

;■苦笑
【小 夜】「ごめんね、よくわからないよね。今は気にしないで」

困ったような笑顔を浮かべて、小夜が首を振る。

;■普通に微笑み
【小 夜】「それより、陣くんに聞いておきたかったのは、世話役の仕事を請けたときのことなんだ」

【小 夜】「陣くんが男の子だってことに、姫子とか守屋さん、なにか言ってなかった?」

【 陣 】「ああ、それなら守屋さんは気にしてたよ。女の子だけの屋敷に若い男を入れていいのかって」

今ならよくわかるが、彼女たちの異性に対する距離感は狂っている。

だけど――だからこそ、俺という存在は外に出る前の“慣らし”の意味があるのではないかと思っていた。

ただ、少しわからないこともある。

ドームや屋敷は『停滞』の象徴であるはずなのに、俺の存在は『変化』だ。

姫子が本当に望んでいるものは、いったいどちらなんだ?

【小 夜】「姫子はなんて言ってた?」

同じことを考えたわけではないだろうが、小夜が静かに問いかけてくる。

【 陣 】「あー、姫子は恋愛を禁止してるわけじゃないから男でも気にするな、って言ってたけど」

【小 夜】「そっか」

小夜が、うんうんとうなずく。

;■苦笑
【小 夜】「じゃあ、やっぱり陣くんは、私のために用意された王子様なんだね」

【 陣 】「王子様?」

;■にっこり
【小 夜】「私はお姫様だから」

【 陣 】「……それ、恥ずかしくないか?」

【小 夜】「女の子はみんな、心の中ではお姫様になりたいものだよ」

くすくすと小夜が笑う。

青白い光に照らされた小夜は、確かにお姫様に相応しい存在だろう。

それでも、俺が王子様というのはありえない。

まあ、よくてサンタクロースのなりそこない程度だ。

【 陣 】「よくわからないけど、俺は小夜のためだけに雇われたってことか?」

;■普通に、少しだけ考えこみながら
【小 夜】「多分、最終的にはそうなんだと思う」

【 陣 】「最終的?」

【小 夜】「ねえ、私って子どもの頃に少しの間だけ施設に預けられたことがあるんだけど、もしかして陣くんと会ったりしてないかな?」

突然、小夜が話を変える。

【 陣 】「いや……会ったことないと思うけど。それって何年前のことだ?」

【小 夜】「6年くらい前。この屋敷に来る前にちょっとだけね」

【 陣 】「思い当たらないな。俺の住んでる場所は――」

俺が施設の名前と地域を伝えると、小夜は肩をすくめた。

【小 夜】「そこじゃないなぁ」

【小 夜】「残念。そこまでは運命じゃないか」

【 陣 】「話ってそれだけか」

【小 夜】「あー、うん、そうだね」

【 陣 】「…………」

小夜がなにを確認したかったのか、さっぱりわからない。

ただ、なにかがひっかかっている。

この仕事の最後の一線のようなもの……

【 陣 】「……小夜、俺からもひとついいか?」

【小 夜】「いいよ」

【 陣 】「俺の前の世話役だった人は、どんな人間だった?」

【小 夜】「あ、その質問がきちゃったか」

軽くつぶやきながら、小夜はどう答えるか考えるように間をおく。

【小 夜】「名前を言ってもわからないだろうけど、三十歳くらいの女の人。あんまり詳しくないんだよね」

【 陣 】「その人は、あの屋敷に何年いた?」

【小 夜】「1年はいなかったよ」

【 陣 】「逆に言えば、半年以上はいたんだな」

【小 夜】「そうとも言える」

【 陣 】「なんで1年も一緒に暮らしてて詳しくないんだ?」

;■微笑み
【小 夜】「……陣くんが本当に聞くべきことは、それじゃないよ」

悪戯っ子のような笑みに、俺は少し考える。

【 陣 】「…………」

【 陣 】「どうして、こんな条件のいい仕事を、辞{・}め{・}た{・}んだ?」

【小 夜】「……それが正解」

小夜が銀色の髪を揺らしながら、表情を消し、静かに首をかしげた。

【小 夜】「詳しくないのは、前の世話役の人は部屋に閉じこもってばかりだったから」

【小 夜】「辞めた理由はね、壊れちゃったから」

【 陣 】「壊れた?」

【小 夜】「ねえ、陣くん、少し寒い」

小夜が自分の腕を抱いてつぶやく。

【 陣 】「……はぐらかしてるのか?」

【小 夜】「ううん。本当に冷えてきてるし、陣くんも湯冷めしちゃうでしょ」

【小 夜】「続きは屋敷に戻ってからしてあげる」

【 陣 】「サロン?」

【小 夜】「そこまで踏みこんだ話なら、あんまり目立つ場所じゃないほうがいいかな」

小夜がきびすを返しながら、のんびりと言う。

【小 夜】「陣くんの部屋に行っていい?」

【 陣 】「いや、それは……」

【小 夜】「ここに2人きりでいるのも、サロンも陣くんの部屋も、別に変わらないと思うよ?」

小夜の言うことは確かにその通りだ。

それでも、個室というのはやはり気になってしまう。

【小 夜】「とりあえず屋敷まで戻ろ」

歩き出してしまった小夜のあとを、俺は頭をかきながらついていく。

外の常識が通じていない。

仕方ないか――というのは、言い訳だろうか?



;■屋敷・陣の部屋(23時半)
;■ 雪村陣(私服
;■ 比良坂小夜(私服
;
結局、どこという場所も思いつかず、俺の部屋に来てしまった。

【 陣 】「確かにあったかいな」

意識していなかったが、屋内に戻ると身体が冷えていたことに気づく。

【小 夜】「ね。あのままだったら湯冷めしてたよ」

【 陣 】「そういえば、小夜も風呂に入った後だもんな」

【小 夜】「うん。あんまりこんな時間に出歩いたりしないしね」

小夜の言葉に、俺は無意識に携帯をとりだして時間を確認していた。

午後11時半。

全員が寝ているということはないだろうが、この屋敷の夜は早そうだ。

【小 夜】「……ちょっと寒い部屋だね」

小夜が内装を見渡しながらつぶやく。

【小 夜】「広さとかは他のところと変わらないけど」

【 陣 】「まだ生活感がないからかな?」

人が暮らしている部屋というのは、やはりそれらしい匂いや暖かさがある。

特に、この部屋は事務的な造りになっているというのもあるだろう。

【 陣 】「あの暖炉って使えるのかな?」

どうでもいい会話を小夜に振る。

しかし、彼女は答えなかった。

【 陣 】「……小夜?」

【小 夜】「暖炉なんて、いらないよ」

彼女は俺とは正反対のほうに視線を向けていた。

その先にはベッドがある。

【 陣 】「なにを、っ――!?」

視線を戻そうとした瞬間、小夜が俺の胸に飛びこんできた。

突然のことに支えることが出来ず、俺はそのままベッドに押し倒されてしまう。

【 陣 】「……さ、小夜?」

【小 夜】「…………」

瞳が潤んでいることを見てとれる近さで、彼女は俺を見下ろしていた。

両腕の手首を押さえられている。

小夜はわずかに頬を赤く染め、熱っぽい息をつく。

【小 夜】「……あんまり、驚かないんだ」

【 陣 】「……冗談だろ?」

俺は眉をしかめてしまう。

この体勢では力は入りづらいが、それでも押し返すことは出来る。

出来るが――出来なかった。

こうなることを期待していなかったといえば、嘘になる。

;■可愛くぼんやり
【小 夜】「……抵抗、しないの?」

【 陣 】「…………」

【小 夜】「……キス、してもいい?」

【 陣 】「…………」



;■Hシーンはとりあえず後回し。
;■CG枚数との兼ね合いもあるし、媒体を変える場合などはカットもありえるので。



;■ピロトーク
;
【小 夜】「……ふ、ぁ」

隣で寝ている小夜が妙な声をもらす。

【 陣 】「大丈夫か?」

【小 夜】「あ、うん。ちょっとクラクラしてるけど、平気」

気の抜けた表情が、とても可愛らしい。

【 陣 】「小夜が気持ちよかったのなら、よかった」

【小 夜】「……そうだね」

俺の手を握りながら、小夜が小さく微笑む。

出会って2日の少女と抱き合い、こうやっているのはおかしなことだろう。

それでも、俺は小夜を愛しく想っていた。

もう一方の手で、彼女の髪を撫でる。

【 陣 】「きれいな銀色だな」

【小 夜】「ふふっ。それだけが自慢だから」

猫が喉を撫でられるように、くすぐったそうに小夜が言う。

【小 夜】「ねえ、陣くん、私を選んで」

【 陣 】「……ん?」

【小 夜】「今だけでいいから、この屋敷の他の子たちじゃなくて、私を選ぶって言って」

懇願するような響き。

ピリや今日香や明日香ではなく、小夜を選ぶ。

今だけはという言葉に距離を感じたが、俺は彼女の望む言葉を告げようと思った。

【 陣 】「俺は、小夜を選ぶよ」

;■平静、目閉じ
【小 夜】「…………」

;■寂しい微笑み
【小 夜】「……ありがとう、陣くん」

また、その笑い方だ。

どうしたら小夜を普通に笑わせてあげることが出来るのだろう。

俺は彼女にキスをしようと腕を伸ばす。

しかし、彼女は俺の手を逃れ、身を起こしてベッドからおりた。

【 陣 】「……小夜?」


;■屋敷・陣の部屋(0時半)
;■ 雪村陣(私服
;■ 比良坂小夜(私服
;■ 御蔵姫子(メイド服
;
;■姫子の服装は和服もあり。
;■以降のCGの見栄えがよいもので。
;
彼女は俺の呼びかけに反応せず、手早く服を身に着け、ぼんやりとした視線を虚空に向けた。

;■ごく普通に
【小 夜】「姫子、聞いたでしょ、次は私よ」

【 陣 】「……姫子?」

;■少し残念そうに
【姫 子】「……馬鹿ですね、あなたは」

【 陣 】「――っ!?」

どこからともなく発せられた声とともに、いつの間にか――扉を開けることもなく、今この瞬間、姫子が部屋の中にいた。

【姫 子】「失礼しますよ、陣くん。覗いていたわけではないんですがね」

ベッドの上にいる俺に頭を下げたあと、姫子は小夜に視線を移した。

;■ため息
【姫 子】「やってくれましたね、小夜」

;■無感情
【小 夜】「ルールを決めたのはあなたよ」

【姫 子】「6年間……あなたとは一番長く暮らしていたのに」

【小 夜】「情が移った、なんて言わないでね?」

【姫 子】「……ありえないことに、親友だったと、私は思っていましたよ」

【小 夜】「親友なら約束を守って、姫子」

【姫 子】「…………」

姫子が押し黙る。

2人がなんの話しをしているのか、わからない。

姫子はちらりと俺のほうを見たあと、扉のほうへ歩いていく。

小夜もその後に続こうとする。

【 陣 】「……小夜、なんの話だ?」

【小 夜】「え? あ、驚かせちゃってごめんね。陣くんは気にしないで」

【小 夜】「確かめてみたかったの、自分を」

【小 夜】「私は夢みたいなものだから」

【小 夜】「悪い夢、だから」

まるで何事もなかったかのような、ぼんやりとした表情で小夜がつぶやく。

【小 夜】「そのまま寝てしまって、次に起きたときには忘れてしまっていいの」

【 陣 】「…………」

意味がわからなかったが、それ以上に、突然拒絶されたことがショックだった。

忘れることなんて、出来るはずがない。

【小 夜】「ごめんね、陣くん」

;■笑顔
【小 夜】「さよなら、私の王子様」

そして、小夜も部屋を出て行った。


;■屋敷・陣の部屋(0時半)
;■ 雪村陣(私服
;
【 陣 】「…………」

まともなことを考えられるようになったのは、小夜と姫子がいなくなって、さらに10分ほど経過してからだった。

衣服を整え、ベッドのシーツに広がった染みを軽くティッシュでふきとり、部屋に立ち尽くす。

どこか夢見心地だ。

まるで屋敷の中に俺しかいないような静けさだった。

あれは夢だったのか?

いや、そんなことはありえない。

この手に、小夜を抱いた感触が生々しく残っている。

夢のようだったのは、その後の小夜と姫子の会話だ。

【 陣 】「……選んだ?」

選んだ。

俺は小夜を選んだ。

どういうことだ?

自分を愛してくれということではなかったのか?

俺は2人が去っていった扉に目をやる。

喉が渇いている。

ざわざわと心が波打った。

選んだ。

選ばされた。

【 陣 】「……俺は、なにを選ばされたんだ?」



;■屋敷・陣の部屋(0時半)
;■ 雪村陣(私服
;
廊下に出た。

静かなのはいつも通りだが、なにかがおかしい。

まるで水の中のように空気が重い。

その重さがさらに強くなる方向――ホールのほうへ向かう。



;■屋敷・玄関ホール(0時半)
;■ 雪村陣(私服
;
2階を見上げる。

小夜と姫子が向かったのは自分たちの部屋だろうか?

2人の部屋がどこにあるのかを知らない。

だが、上ではない、ような気がする。

サロンや図書室のあるほうでもない。

なにも目印はないのに、それはナメクジが這った跡のように、1階の奥へと続いている気がした。

俺は誘われるように足を進める。



;■屋敷・渡り廊下(0時半)
;■ 雪村陣(私服
;
渡り廊下に出たところで、俺は自分がどこを目指すべきか知った。

あの花畑だ。

墓標。

悪い予感がした。

悪い予感が、した。

寒い。

俺はなにを選んだ?

頭を振る。

【 陣 】「……小夜」

無意識に名前を呼んでいた。

なにが起こったのか確かめるために、暗い森に足を踏み入れる。



;■黒画面
;
俺が選んだものはなにか。

前の世話役だった人間が壊れた理由。

外界と隔絶されたドームと屋敷の存在意義。

この仕事の本当の中身。

あの採用テストの質問。

『あなたは、いくらもらえれば人を殺せますか? 回答する必要はありません。考えてみてください』

――全ての答えがそこにい{・}た{・}。



;■花畑の墓標(0時半)
;■ 雪村陣(私服
;■ 御蔵姫子(メイド服
;
墓標の足元、赤い花畑に姫子がうずくまっていた。

彼女は砂遊びでもしているかのように、地面にあるなにかに熱中していた。

ピチャピチャと生理的に受けつけられない音がする。

【 陣 】「…………」

赤い花畑?

ここにある花は、月明かりを流しこんだような白だったはずだ。

赤いものがぶちまけられている。

その状況を、すぐには脳が認識できなかった。

赤いもの。

赤いものはペンキだ。

鉄の匂いのするペンキ。

ペンキ。

無意識に一歩後ろにさがっていた。

その気配に、姫子の動きが止まる。

【姫 子】「……あら」

;■わずかな微笑み
【姫 子】「陣くん、来てしまったんですね」

うずくまっていた姫子が顔をあげる。

姫子の手も真っ赤だ。

その細い指先から、赤いペンキが垂れている。

姫子は自分の指を舐める。

彼女の舌と唇の端からもペンキが垂れている。

【姫 子】「お見苦しくて失礼しました。ちょっと、久しぶりの食事だったもので」

食事。

食い散らかした跡だ。

な{・}に{・}を{・}?

はっきり見えないが、彼女の足元にある赤黒いものはなんだ?

【 陣 】「   、     」

なにかを自分が声に出したが、自分でもなにを言ったかわからなかった。

;■微笑み
【姫 子】「あなたが選んだものを頂いただけですよ」

姫子が笑う。

【 陣 】「  、    ?         ?      ?」

;■ため息
【姫 子】「なにを今更」

姫子が冷たい瞳で俺を見つめる。

【姫 子】「この仕事が尋常のものではないと、あなたも承知していたと思いますが?」

【姫 子】「神が、なんの見返りもなしに、人間に恩恵を与えると思っていたのですか?」

【 陣 】「      ?」

;■くすくす
【姫 子】「あの屋敷は私のもの」

;■歌うように
【姫 子】「そして、私への貢物が食べごろになるまで世話をするのが、あなたの仕事、あなたの役目」

【姫 子】「だから、あなたは選ぶんですよ」

【姫 子】「あの生{・}贄{・}の少女たちの中から、私が誰を食べていいかを」

【 陣 】「――   !?」

多分、俺は叫んだ。

無意識に姫子に掴みかかろうとした瞬間、視界がぶれた。

自分の身体がなくなったかのような脱力の直後、地面に顔から激突する。

【 陣 】「…………」

動けない。

力ずくで押さえつけられたとかではなく、四肢のどこにも一切の力が入らない。

ただ姫子が目を細めただけで、指一本どころか、呼吸も出来ない。

まぶたを動かすことも出来ず、眼球すら動かせない。

だから、俺はそれを見つめ続けることになった。

花に紛れて、銀色の髪が散らばっていた。

ほんの少し前に、俺がきれいだと言い、それが自慢だと言った少女の髪の色だった。

;■くすくす
【姫 子】「不遜も許しましょう。あなたの最後の味付けのおかげで、小夜は本当に美味しくなった」

【姫 子】「いい仕事でした」

【 陣 】「…………」

意識が遠くなる。

小夜は約束を果たした。

その身をもって、俺の前にいた世話役の人間が壊れた理由を教えてくれた。

誰か……誰か、誰か……

誰でもいい、俺を、殺してくれ。

………………

…………

……

;■長いウェイト





;■------------------------------------
;■<プロローグ・3日目>

;■-----
;■屋敷・陣の部屋(7時)
;■ 雪村陣(私服
;
目が覚めると自分の部屋のベッドで寝ていた。

【 陣 】「…………」

天井を5秒ほど見つめる。

どうやら願いは通じず生きているらしい。

それとも、死んでも今と同じような世界が続くのだろうか?

上半身を起こしてシーツをめくる。

【 陣 】「……どうして?」

パジャマではなく私服を着ていたが、倒れたときについたはずの血やドロがなかった。

昨日の夜のことは全て夢だったのか?

俺はベッドのシーツの上を調べる。

なにもない。

床の絨毯の上も這いつくばって調べたが、やはりなにも見つからなかった。

念のためゴミ箱の中を覗きこむが、昨日の夜に使ったティッシュペーパーも含めて、完全に空っぽになっていた。

【 陣 】「…………」

【 陣 】「……夢?」

いや……そんなことはありえない。

あんな生々しい、俺みたいな人間の想像力では思いつけないような夢などあるものか。

なにかあるはずだ。

俺はベッドに腰をおろして頭を抱える。

あの花畑や、小夜の部屋を確認するか――いや、ここまで証拠が消えているからには、なにもないだろう。

違う。

それは言い訳だ。

行きたくない。

外に出て……姫子に会うのが恐ろしかった。

【 陣 】「…………」

視線が枕に向かう。

ゆっくりと枕を持ち上げると、銀色の髪が1本、落ちていた。

【 陣 】「…………」

……小夜。

俺はその髪をティッシュに包んでポケットに入れる。

ここに来たときに着ていたコートを取りだし、一度だけ部屋を見渡して、廊下に出た。



;■屋敷・廊下(左翼)(7時)
;■ 雪村陣(私服
;■ ピリッタ・マキネン(制服
;
;■笑顔
【ピ リ】「おや、陣くん。おはようございます」

ホールに向かって歩いているとピリがいた。

【 陣 】「ああ、おはよう……」

まぶしい笑顔を見ていられず、思わず視線を逸らしてしまう。

【ピ リ】「ん? なんか陣くんは元気ありませんか? コートなんて着てどうしました?」

【 陣 】「あ、ああ……ちょっと風邪っぽくて。だから早めに退散するよ」

【ピ リ】「あれ、もしかして、お帰りですか? 朝ごはんくらい食べて行きませんこと?」

食事……。

【 陣 】「……ごめん」

俺は吐き気をこらえながら、ピリの横を通りすぎる。

【ピ リ】「あ、陣くん」

;■笑顔
【ピ リ】「元気になったら、また♪」



;■屋敷・外観(7時)
;■ 雪村陣(私服
;
ホールを抜けて屋敷の外へ。

振り返らず、そのまま草原を歩き続ける。

また……。

誰がこんなところに戻ってくるか……。



;■桜の木の下(7時半)
;■ 雪村陣(私服
;■ 御蔵姫子(メイド服
;■ 守屋信司(スーツ
;
目印である桜の木の場所に辿りつく。

何時にここを出るか誰にも伝えていなかったが、俺がここにいることはセンサーで把握しているだろう。

案の定、風景だった場所がスライドしてスーツ姿の男性があらわれた。

【守 屋】「こんな時間にどうかしたのか?」

【 陣 】「……帰ります」

【守 屋】「もう? 姫は?」

【 陣 】「屋敷にいるんじゃないですか」

【守 屋】「妙だな」

守屋が考えこむ。

あまり話をしたくない。とにかくここから離れたい。

守屋を悪い人間だとは思わないが――俺の味方ではない。

なによりも、彼女たちのように、このドームに閉じこめられることだけは避けたかった。

【守 屋】「……顔色がよくないが、大丈夫か?」

ピリに続いて守屋にまで――自分は、よほど酷い顔をしているらしい。

【 陣 】「調子が悪いから、風邪なら他の子に移す前に、早めに帰ろうと思ったんです」

【守 屋】「ああ、そういうことか」

【守 屋】「それなら長居させては申し訳ないな。手短に用件だけ済ませよう」

【守 屋】「屋敷での生活はどうだった。感想というより、実際に世話役を続けられるかという話だが」

【 陣 】「……また戻ってきます」

嘘だった。

だが、ここで『続けない』と言えば、その理由を問われるだろう。

【守 屋】「そうか」

【守 屋】「あとは君に対する賃金の支払いだな。現金でもいいし、預金口座を教えてもらえれば今日までの3日分、まず15万円を振り込んでおこう」

【 陣 】「口座は次に来たときでいいですか? あと、2日分でかまいません」

;■微笑み
【姫 子】「報酬は2億にしましょう」

;■木の上でもいいかな。CG次第。
なんの前触れもなく、姫子が桜の木の下で笑っていた。

【姫 子】「陣くんが他の子と同じようにあの屋敷を出ることなく3年間を過ごすなら、前払いで1億、後払いで1億」

【姫 子】「そのくらいはよろしいですよね、守屋くん?」

;■いぶかしく思いながらも普通に
【守 屋】「あなたがよければ構いませんが」

【 陣 】「……2億?」

呆気にとられてしまった。

姫子を怖がるよりも先に、内心で興奮してしまった。

2億――耳にしない額ではないが、それを俺みたいなガキに与えるというのはなんの冗談だ?

だが、それだけあれば前金だけでも施設を救うことが……。

;■流し目、くすくす
【姫 子】「もちろん、この金額は陣くんが本{・}当{・}に{・}戻{・}っ{・}て{・}く{・}れ{・}ば{・}、ですがね」

【 陣 】「……っ」

姫子の登場に驚き、恐怖するよりも、期待を抱いてしまう。

期待を……抱かされてしまった。

『大切な誰かを助けるために、別の誰かを殺すことは悪いことだと思いますか?』

『あなたは、いくらもらえれば人を殺せますか?』

『回答する必要はありません。考えてみてください』

はっ、と守屋が顔をあげる。

;■真剣
【守 屋】「まさか……食べたんですか? このタイミングで?」

【姫 子】「ええ」

【守 屋】「……誰を食べたんです? 今日香ですか?」

【姫 子】「なるほど。守屋くんは、次の生贄は今日香だと考えていたんですね」

【 陣 】「……隠してたな」

八つ当たりだとわかっていても、俺は守屋を睨みつけてしまう。

;■軽い困り
【守 屋】「否定はしない。それがルールだからな」

【姫 子】「そのルールを逆手にとって、小夜が自分から生贄になったのです」

【守 屋】「小夜が……」

意外なことに、小夜の名前を聞いて、守屋が表情を歪めた。

【姫 子】「とりあえず、陣くんには考える時間を与えます」

【姫 子】「メロスにちなんで3日後の日没までに戻ってくれば、よしとしましょう」

;■困り
【守 屋】「……戻ってくるとは思えませんがね」

そのほうがいい、と苦虫を噛み潰したような顔で守屋が言う。

;■くすくす
【姫 子】「代わりならいくらでもいるし、そも世話役がいなければ、私は勝手に食事をするだけです」

【姫 子】「当然、ここの話を警察にしたところで取り合ってもらえませんのであしからず」

【 陣 】「…………」

それで話は済んだとばかりに、2人は俺が出て行くのを邪魔しないらしい。

俺は混乱と期待を抱えたまま、扉に向かう。

;■くすくす
【姫 子】「誠実な人間は――」

すれ違いざま、姫子の笑い声に、思わず耳を傾けてしまう。

【姫 子】「誠実な人間は、例えこちらが信用されていなくとも、信頼はできるし御しやすい」

【姫 子】「より大きな誠実さを与えればコントロールすることができる」

【姫 子】「会って3日と経たない人間と、本来の自分の身内は比べるまでもなく」

【姫 子】「そうでなくとも、世話役がいないことで“無作為に選ばれた少女”は、きっと、あなたのことを恨むでしょうね」

………………

…………

……


;■第二都庁ビル前(8時・雪)
;■ 雪村陣(私服
;
よろけるようにビルを出たところで、あまりの寒さに驚いた。

;■空(雪空)
;
まるで昨日の明日香のように、季節を確かめるために空を見上げてしまう。

【 陣 】「……ああ、冬か」

ぼんやりと灰色に光る空に、雪がちらついている。

積もってはいないので3日間降り続けていたわけではないらしいが、身を切るような寒さに、それも時間の問題のように思えた。

そして、音の多さにも驚いてしまう。

車の音、鳥の声、建築現場の音、店舗の宣伝音声やBGM――それらが幾重にも重なって聞こえる。

世界には、こんなにも“音”が溢れていたのか。

あの屋敷で過ごしていた2日間でこれなのだから、彼女たちの感覚がズレているのも当然だと再認識してしまった。

と、ポケットの中で携帯が振動する。

13通のメールを受信――電波が入るようになって一気に届いたらしい。

2通はスパム、3通が友人からの他愛もない雑談、残りの8通は妹――要{かなめ}からだ。

妹からのメールは、最初のほうは自分に告げず泊まりのバイトを請けたことへの非難で、後半は心配だから返事が欲しいというものだった。

連絡がつけられるところに出てきたことをメールで返したところで、今日の曜日を思い出す。

【 陣 】「そういえば、火曜だから学校か」

すぐに返事はこないだろう。

自分も2時間目か3時間目なら間に合いそうだが、とても学校に行く気にはなれなかった。

そして――妹からのメールに少しだけ気が楽になっていることに気づく。

施設に戻るため地下鉄に乗ろうと考えたが、どの方向に向かうにも、この時間は朝のラッシュで混んでいるはずだ。

施設は新宿駅から東、住宅街の外れにある。ここからなら歩いても1時間はかからないだろう。



;■新宿駅東口(8時半・雪)
;■ 雪村陣(私服
;
新宿駅まで戻ってきたところで、ふいに足が止まってしまった。

いつもなら意識しない、人の多さに圧倒される。

この国で一番多くの人間が行き来する場所――学生、ビジネスマン、歌舞伎町から出てきた朝帰りの女性、外国人の旅行者、ビラ配り、浮浪者。

一昨日まではなんとも思わなかった“ありふれた日常”が、遠いものに感じられてしまう。

まるで自分が浦島太郎になったような気分だった。

この人たちは、あの屋敷で行われていることを知らない。

この人たちも、姫子の餌なのか?

すでに、自分が普通の世界の住人だとは思えなくなってしまっていた。

【 陣 】「…………」

立ち止まったままの俺を、通行人が怪訝な顔をしながら避けていく。

口元がひきつっている。

俺は今、どんな顔をしているのだろう?

これ以上の注目を浴びたくなくて、うつむきながら俺はゆっくりと歩きだした。



「御影新作プレゼンのサンプルシナリオ_01」の6へ続く

「御影新作プレゼンのサンプルシナリオ_01」の4

2014年01月25日 13時11分01秒 | 新作プレゼンのサンプルシナリオ
;■屋敷・サロン(12時半)
;■ 雪村陣(私服
;■ 御蔵姫子(メイド服
;■ ピリッタ・マキネン(制服
;■ 黒崎今日香(制服
;■ 黒崎明日香(制服
;■ 比良坂小夜(制服
;
;■同背景だが区切りのために一応。
;
壁の柱時計が正午を知らせると、ピリが用意したサンドイッチが運びこまれて昼食になった。

1時までは、外の学校でいうところの昼休みらしい。

俺の伝えた話を肴にして、屋敷の少女たちはサンドイッチを手にしながら和気あいあいと雑談を続けている。

逆に俺は、朝の9時から話の中心にいた反動か、ひとりで黙々と食事をとり終えてしまった。

【 陣 】「まあ、女子の食事は遅いしな」

【姫 子】「いい雰囲気でしたね」

授業の間はひっそりと様子を観察していた姫子が、俺を褒めるように声をかけてくれる。

【 陣 】「こんなんでいいのか?」

一応でも雇い主である彼女に、お伺いを立てる。

;■笑顔
【姫 子】「もちろん改善していく点は多々あるでしょうが、そもそも教師役は副次的なものですからね。私の求めているものと大きなズレはありません」

【 陣 】「姫子の求めているものって?」

【姫 子】「ふむ」

;■考えこみ
【姫 子】「人間の言葉で言うなら『ありのままに』、というのが――いえ、これは少しニュアンスが違いますね」

【姫 子】「『人が人らしくある』こと?」

;■にっこり
【姫 子】「『可能性の成長』が一番的確かもしれません」

【 陣 】「いや……どんどん分かりづらくなってないか、それ?」

哲学すぎて理解できない。

【 陣 】「まあ、悪くなかったのならいいけど。このペースじゃ、あと1日か2日で俺が話すネタなんてなくなるぞ?」

【姫 子】「明日香の言った通り、本質的に必要なものは『情報』ではなく、陣くんの『感性』であれば、話はどんなものでも問題ないでしょう」

【 陣 】「適当だな」

そう言いながら、サロンを出て行くことにする。

【姫 子】「どちらへ?」

【 陣 】「ちょっとその辺を歩いてくるよ」

昨日からひとりの時間をとれず、明るいうちに屋敷の中や裏手がどうなっているのかを見ておきたかった。

【姫 子】「それでは、最後にひとつだけ」

【 陣 】「なんだ?」

【姫 子】「これまでに、あなたは彼女たちの基本的な性格などを知ったと思いますが、ひとりだけ意識から外されている子がいますよ」

【 陣 】「は?」

【姫 子】「少し考えればわかります」

【姫 子】「それでは、私もそろそろ食事にしましょう」

【 陣 】「サンドイッチを真っ先に食べてなかったか?」

【姫 子】「あれは前菜です。メインディッシュはキッチンにいます」

唐突に、宣戦布告文章を読み上げるような真剣さで姫子が宣言し、彼女は俺よりも先にサロンを出て行ってしまった。

意識から外されてる?

つい、部屋に残っている小夜、ピリ、明日香と今日香を眺めてしまう。

別に無視している子なんていないはず……

……いや、そうか。

今日香だ。

明日香の影に隠れていたり、無邪気すぎて裏表もないだろうと感じていたが――

そうやって、昨日から今日香個人のことをまったく意識していなかった。

“双子のひとり”ではなく、今日香という少女は、どんな子なのだろう?

姫子が指摘しなければ、それこそ疑問にも思わなかっただろう。

よく考えれば、先ほどの授業中、今日香だけは途中から一切口を閉ざしていたではないか。

……これはどういうことだ?

【小 夜】「どうしたの?」

俺の視線に気づいた小夜が声をかけてくる。

【 陣 】「ああ、いや……ちょっとそのへんを散歩してくる」

【小 夜】「案内しようか?」

【 陣 】「まだ小夜は食事中だろ」

そこで、都合のよいことに、今日香が他の3人よりも早く食べ終わっていることに気づく。

【 陣 】「今日香」

【今日香】「なーに、せんせ?」

【 陣 】「食べ終わってるなら今日香が案内してくれるか?」

【今日香】「ん」

今日香が思案するように指をくわえて、妹である明日香のほうへ目をやる。

;■少し考えながら
【明日香】「……行ってきなさい。明日香も食べ終わったら行くから」

;■にっこり
【今日香】「わかった」

【明日香】「……気をつけるのよ」

【今日香】「うん。気をつける」

明日香は嬉しそうにうなずくと、スキップするように俺の前にやってくる。

;■えへへ
【今日香】「明日香ちゃんが行ってきなさいって、せんせー♪」

【 陣 】「ああ、頼むよ」

こうして見ると、なんの裏もないように思えるが、一度気になってしまったので注意しておこう。

俺は今日香のためにサロンの扉を開いてあげた。


;■屋敷・廊下(右翼)(12時半)
;■ 雪村陣(私服
;■ 黒崎今日香(制服
;
;■にこにこ
【今日香】「せんせー、どこに行きたいの?」

【 陣 】「そうだな。本当はドームをぐるっと周ってみたいけど、1時までそんなに時間はないな」

外は後回しにして、屋内の見ていないところを回ろう。

【 陣 】「2階ってみんなの部屋があるんだろうけど、俺が上がったらまずいかな?」

今日香に話しかけるときは、どうも子どもに話しかけるようになってしまう。

【今日香】「え? どうだろ?」

【 陣 】「今までにそういう決まりってあった?」

【今日香】「ううん。そんなのなかったよ」

【 陣 】「まあ、誰かの部屋に入りたいってわけじゃないし、気にしすぎか」

【今日香】「じゃあ、上だね」

ふいに、右手があたたかいものに包まれ、身体が引っ張られた。

今日香の小さな手が、俺の手を握っている。

子どものようではあるが――実際は同年代の少女と手をつなぐというのは、猛烈に照れくさい。

【 陣 】「……まあ、悪い気分じゃないからいいか」

【今日香】「どうしたの?」

【 陣 】「なんでもない」


;■屋敷・玄関ホール(12時半)
;■ 雪村陣(私服
;■ 黒崎今日香(制服
;
【今日香】「でも、せんせーは、やっぱり大きいねー」

ホールに出たところで、今日香が俺の手を強く握りながら、感心するように言う。

【 陣 】「今日香の手は柔らかいけどな」

【今日香】「あー、せんせーは硬いね。うん。硬い硬い」

【 陣 】「階段をのぼるから、余所見してると危ないよ」

【今日香】「うん」

注意はしたが、やはり、ふらふらとしている。

手をつないでいるとよくわかるが、今日香はとにかくまっすぐ歩けないようだ。

それでもバランス感覚がいいのか、よろけたり躓{つまず}いたりすることはない。

明日香と違って運動神経はよさそうだ――と、ひとつ今日香のことを知る。


;■屋敷・2階廊下(12時半)
;■ 雪村陣(私服
;■ 黒崎今日香(制服
;
ホールの脇からゆるやかな曲線を描く階段をのぼり、2階にあがる。

部屋には入れないので、目的もなく廊下を進む。

左右の端までを行き来してみたが、雰囲気は1階とほぼ変わらないらしい。

しかし、いい加減に見慣れたので驚くことはないが、本当に映画やドラマのセットみたいな屋敷だ。

【 陣 】「2階には部屋はどのくらいあるんだ?」

【今日香】「8つ」

【 陣 】「俺以外に5人だから、半分くらい空き部屋なのか――というか、この広さで8室か」

俺の部屋が特別豪華なのかと思っていたが、どうやらどこも変わらないらしい。

いや、こういう屋敷の2階は来客用だろうから、こちらのほうが造りがいいのかもしれない。

;■にっこり
【今日香】「今日香と明日香ちゃんは同じ部屋だよ」

【 陣 】「せっかく部屋が余ってるんだし、別でもいいんじゃないか?」

何気なさを装って口にしたが、これは半分、カマをかけていた。

仲の良い姉妹で相部屋というのは特に問題のあることではないだろうが――今日香がどう反応するか気になった。

;■普通に
【今日香】「今日香は明日香ちゃんと同じ部屋がいい」

【 陣 】「そっか。やっぱり家族だもんな」

【今日香】「せんせーも、お父さんもお母さんがいないんだよね」

【 陣 】「ああ。でも、妹ならいるよ」

【今日香】「そうなの?」

自分にも妹がいるからか、今日香が大げさに食いついてくる。

;■にっこり
【今日香】「明日香ちゃんみたいな子?」

【 陣 】「いや、明日香とは正反対」

妹と明日香が顔を合わせたら喧嘩になりそうだと、思わず笑ってしまう。

【 陣 】「この屋敷の中なら小夜が一番近いと思うけど、それともちょっと違うんだよな」

【今日香】「どんな感じ?」

【 陣 】「本人に言うと怒るけど、直情というか猪突猛進って感じ」

【今日香】「いのしし?」

【 陣 】「中身はちゃんと女の子だから、ハムスターとか子犬かな」

【今日香】「そっか。会いたいねぇ♪」

【 陣 】「今日香や明日香がこの屋敷を出たら、かな」

そう言ってから、彼女たちはこの屋敷を出ることが出来るのだろうかと考えてしまう。

全員が自主的にここにいると言っていたが――それは本当なのだろうか?

【 陣 】「なあ、今日香はここにずっといてもいいのか?」

【今日香】「明日香ちゃんがいるなら、今日香もここにいるよ」

【 陣 】「じゃあ、明日香が出るなら出てもいいんだ」

【今日香】「うん。明日香ちゃんが出るなら、今日香も出るよ」

ふいに、今日香の話し方に違和感を覚えた。

やはり依存、か?

そこで、あの授業中に今日香が口を閉ざしていた理由がわかった気がした。

【 陣 】「なあ、今日香」

【今日香】「なあに、せんせー?」

【 陣 】「さっきの勉強の時間に黙ってたのって、なんでだ?」

;■微笑み
【今日香】「えーとね、明日香ちゃんが『しばらく黙ってなさい』って言ったから」

それが自然なことだというように今日香が答えた。

【 陣 】「今日香、それは――」

【今日香】「あ、明日香ちゃんだ」

ふいっと窓のほうに目をやった今日香が、嬉しそうに声をあげた。

つられて視線を向けると、確かに窓の外――ドームの草原を明日香が歩いている。

彼女はきょろきょろと辺りを見渡し、首をかしげると、重そうな足取りで屋敷の裏手に回ってしまった。

【今日香】「あー、明日香ちゃん、せんせーと今日香がお外にいると思ってるんだね」

【 陣 】「こういうとき、携帯があれば呼び止められるんだけどな」

いつもの癖で、使い道のない携帯をポケットから出してしまっていた。

【今日香】「呼んでこなきゃ」

【 陣 】「ああ、そろそろ1時になるか」

今日香の依存しきった言動は気になったが、今すぐになにかという話ではないし、明日香を交えて今夜こそ話をすればいいだろう。

それより明日香を迎えに行くべきだと、1階に戻ろうとしたところで――

今日香が窓を開けた。

もう届きそうにないが、声でもかけるのだろうか。

【今日香】「あ、せんせー、窓閉めておいてね」

【 陣 】「窓? 自分で閉めればいいだろ?」

【今日香】「自分じゃできないから」

【 陣 】「ん? なんで?」

【今日香】「今日香はここからいなくなるからだよ?」

俺のほうがおかしなことを言ったというように答えて――

今日香は窓枠に手をつき、そのまま、身軽な動きで窓の向こうに身を投げだした。

【 陣 】「っ……おい!?」

背筋に寒気を覚えながら窓に駆け寄る。

【今日香】「明日香ちゃーん」

何事もなかったかのような明るい声が聞こえてすぐ、今日香の姿は見える範囲から消えてしまった。

【 陣 】「…………」

【 陣 】「……飛び降り、た?」

信じられなかったが、目の前で起こった事実だ。

屋敷の2階――普通の建物より1階が高い分、地上までは5、6メートルくらいあるだろうか。

確かに、高所恐怖症でもなければ目をくらますような高さではないし、地面は草土だから絶対に怪我をするとか死ぬような高さでもない。

それでも、飛び降りれるかどうかは別だ。

【 陣 】「……なんだ、あの子は?」

………………

…………

……


;■屋敷・サロン(15時)
;■ 雪村陣(私服
;■ 御蔵姫子(メイド服
;■ ピリッタ・マキネン(制服
;■ 黒崎今日香(制服
;■ 黒崎明日香(制服
;■ 比良坂小夜(制服
;
今日香と明日香がサロンに戻ってきたのは午後の授業の直前で、声をかけることが出来なかった。

俺の話すネタが尽きたため、午後は最初に説明された通り、各自が自分の学力に合わせた教科書を手に自習をしている。

静か過ぎて迂闊に声をあげられない。

意外にも、全員が真面目に勉強していた。

手持ち無沙汰だったので、俺は3時までの2時間を、図書室から持ってきた本を読んで過ごした。

そして――

【姫 子】「お腹がすきました」

姫子の妙なつぶやきを合図に、全員が「3時か」と手を止めた。

【姫 子】「皆さん、オヤツにいたしましょう♪」

【ピ リ】「姫子さん、さっきご飯を食べたばかりですよ?」

【姫 子】「あれは昼食用の胃を満たしたに過ぎず、今はオヤツ用の胃が空腹を訴えているのです」

;■ぼそりと、きょとん
【明日香】「……牛?」

;■軽い不満
【ピ リ】「むー。そんなに食べて、よく太らないですよね」

【姫 子】「人間はそういうところが不便ですね」

;■くすくす
【小 夜】「そのうち、他の子たちからの憎しみで殺されるわよ」

活気の戻ってきたサロンの空気に、ほっと息をつく。

【 陣 】「……ようやく喋れるな」

【小 夜】「ん? 陣くん、なんか緊張するようなことあった?」

【 陣 】「いや、みんな、意外と真面目に勉強してるんだな。もっと適当にやってるのかと思ってた」

;■微笑み
【小 夜】「やることないし、勉強も暇つぶしにはちょうどいいって言ったでしょ」

【小 夜】「遊びだから真剣にやってるだけ」

【 陣 】「なるほど」

;■疲れた、ため息
【明日香】「……明日香は別に楽しくないし、疲れた」

;■笑顔
【ピ リ】「疲れた頭には甘いものです。オヤツを準備しますので、ちょっと待っててください」

【明日香】「……なんだか、姫子と同じように扱われてる気がする」

最後の明日香のぼやきは、そばにいる俺だけに聞こえたものだった。

【小 夜】「あ、ピリさん、お茶をいれるなら手伝うよ」

【ピ リ】「お願いしました」

【姫 子】「飢え死にしそうです」

食い意地のはった姫子も2人のあとを追っていったので、サロンに残ったのは明日香と今日香の双子だけだった。

【明日香】「……で、陣はなんの用?」

【 陣 】「よくわかったな」

【明日香】「……午後に入ってから、ずっと、ちらちらこっちを見てたでしょ」

【 陣 】「明日香じゃなくて、用があるのは今日香なんだけど」

;■いぶかしみ
【明日香】「……今日香?」

【今日香】「ん?」

妹に名前を呼ばれたことで、当人が顔をあげる。

【今日香】「どうしたの明日香ちゃん?」

;■怪訝
【明日香】「……今日香、陣と2人きりのときに、なにか変なことした?」

【今日香】「ううん。ちゃんとなにもしてないよ」

【 陣 】「いや、足とか、大丈夫か?」

【今日香】「足?」

【 陣 】「2階の窓から飛び降りただろ」

【今日香】「あんなのぜんぜん平気だよ♪」

【 陣 】「平気なのか?」

いまだに信じられない。

見ると、明日香も俺と同じような顔で呆れていた。

【明日香】「……2階から飛び降りた? 今日香がそんなことしたの?」

【 陣 】「むしろ、あんなこといつもしてるのか?」

【明日香】「……思い当たる節はあるけど、窓からの飛び降りは初めて」

【明日香】「……今日香、ちゃんとしてないじゃない」

【今日香】「え? 今日香は、ちゃんといつもよりバカみたいにしてたよ?」

;■ため息
【明日香】「……窓から飛び降りるなんてバカそのものだけど、融通ってものがあるでしょ」

【 陣 】「おい待て」

その言い方では、まるで今日香が演技をしているかのような……

【明日香】「……陣、今日香の話をするなら散歩に行きましょ」

扉のほうを気にしながら明日香が言う。

【 陣 】「みんなの前じゃ話せないのか?」

【明日香】「……オヤツと今日香の秘密、どっちが大事?」

【 陣 】「わかったよ」

さすがに、その2つは比べられない。

【今日香】「なんの話?」

話の中心であるはずの今日香だけが、不思議そうな顔をしていた。



;■屋敷・ドーム内草原(15時半)
;■ 雪村陣(私服
;■ 黒崎今日香(制服
;■ 黒崎明日香(制服
;
双子と一緒にドーム内の草原をぶらつく。

いい天気だ。

それが例え空調だとしても、春めいた陽気と風は心地よかった。

【 陣 】「ここは春なんだな」

作り物の青空を見上げながらつぶやくと、明日香がつられて遠い目をする。

【明日香】「……ああ、そういえば“外”には季節があるんだ」

【 陣 】「忘れてたのか?」

【明日香】「……別に忘れてはいないけど、ここに来てから季節なんて意識してなかった」

【明日香】「……今は12月だから、冬ね」

【 陣 】「昨日は雪が降ってたよ」

;■微笑み
【明日香】「……うん。雪は好き」

;■笑顔
【今日香】「今日香は夏が好き!」

;■くすくす
【明日香】「……夏はお化けが出るわよ」

【今日香】「わ、あ! お化けなんていないよ!」

【 陣 】「なんだ? 今日香はお化けが嫌いなのか?」

【今日香】「お化けなんていないもん!」

【明日香】「……仲がいい」

【 陣 】「そんなことより、もういいだろ」

屋敷からはだいぶ離れた。

位置を測定するセンサーはあるものの、盗聴器の類はないはずだ。ここなら誰にも話を聞かれることはない。

【明日香】「……そうね」

【明日香】「……陣は、今日香に優しいし、昨日の夜、明日香になにもしなかった」

【明日香】「……なにかをするそ{・}ぶ{・}り{・}もなかったのは、ちょっとどうかと思うけど」

【 陣 】「な、なんだよ急に」

【明日香】「……少しだけ信用してあげるってこと」

珍しく明日香が笑った。

【今日香】「せんせーは女の子に興味ないの?」

べったりと俺の腕にはりつき、今日香が見上げてくる。

【 陣 】「やめろ、それは誤解だ」

小夜もそうだが、どうもこの子たちの恋愛観と男への警戒心はズレてるな。

まあ、思春期をこんなところで過ごしていれば歪みもするか。

【明日香】「……今日香、TPPってなんだかわかる?」

【今日香】「ん、うーん……せんせーの前で言っちゃっていいの?」

【明日香】「……今はいい」

【今日香】「TPPはトランス・パシフィック・パートナーシップ。環太平洋戦略的経済連携協定だね」

突然あがった声が、一瞬、誰のものかわからなかった。

【 陣 】「……今のは、今日香か?」

【今日香】「そうだよ」

今日香は笑顔でうなずいてから、俺の反応に「あれ?」と首をかしげながら指をくわえた。

【今日香】「2006年にシンガポール、ブルネイ、チリ、ニュージーランドが結んだ経済連携協定のことでしょ?」

それが正解なのかと聞かれているのだろうが、わからない。

【 陣 】「……午後の自習のときに調べたのか?」

【今日香】「ううん。今日香は最初から知ってたよ。せんせーに教わった日本とかアメリカが参加してないときの話だけど」

2006年の知識なら、この屋敷に来る前の話か……。

【 陣 】「もしかして、今日香は天才ってやつなのか?」

【明日香】「……天才とは、ちょっと違う」

【明日香】「……今日香は壊れてるの」

【明日香】「…………」

【明日香】「……わかりづらい?」

ピンときていない俺の反応に、明日香が子どもっぽく首をかしげる。

【 陣 】「いまいち」

【明日香】「……今日香、昨日、先生のお部屋に行ったときに話したことを、最初のほうだけでいいから繰り返してみなさい」

;■ごく普通に
【今日香】「『あ、せんせー』『今日香?』『ピーちゃんと姫子ちゃんは?』『2人とももう出て行ったけど。どっちかに用事だったのか?』『ううん。あのね。明日香ちゃんがせんせーとお話をして――』」

【明日香】「……そこまででいい」

明日香の言葉で、ピタリと今日香の声が止まる。

【明日香】「……こんな感じ」

;■笑顔、どやっ
【今日香】「ね、せんせー、あってるよね?」

【 陣 】「…………」

そんな話をしていたような気はするが、わけがわからず、すぐには声が出なかった。

【明日香】「……今日香はどんなことでも覚えてる」

【 陣 】「いや、待て、なんだ? 2階から飛び降りたこととか、記憶力がいいとか、どういうことの説明なんだこれ?」

【明日香】「……ああ」

【明日香】「…………」

;■可愛く、しゅん。演技
【明日香】「……明日香は話が上手くないの、ごめんね」

【 陣 】「いや、ここまできて、その言い訳はどうなんだ? 可愛く言えばなんでも許されるわけじゃないからな?」

さすがにツッコミをいれてしまう。

【今日香】「2人とも今日香のことお話してるの?」

自分のことだと言うのに、ぼーっと聞いているだけだった今日香が、指をくわえながら言う。

まるで動じていない。

【今日香】「ねえ、明日香ちゃん。今日香のことをせんせーに教えちゃっていいんだよね?」

;■ため息
【明日香】「……そうね、任せる」

自分には向いていないと諦めたのか、明日香がため息をつきながら場を譲った。

【今日香】「せんせーが最初に気にしてたのは、今日香が飛び降りたことだよね」

【 陣 】「ああ」

【今日香】「今日香は他の子と比べて運動神経がいいのもあるけど、もっと単純に、あのくらいの高さなら大丈夫だってわ{・}か{・}っ{・}て{・}た{・}だけ」

【 陣 】「わかってた、っていうのは、どういうことだ?」

【今日香】「うーん、例えば、せんせーが1メートルの高さから飛び降りるとき、あんまり注意しないよね?」

【 陣 】「それくらいなら」

【今日香】「じゃあ、2メートルは?」

【 陣 】「2メートルか……」

つまり、自分の背よりも高い場所。

【 陣 】「まあ、ちょっと気をつければ平気だな」

【今日香】「3メートルは?」

【 陣 】「それは……飛び降りれなくはないだろうけど、必要がないならやめておきたい」

【今日香】「つまり、せんせーは2メートルは安全だけど、3メートルは危ないなって思うんだよね」

【 陣 】「ああ、なるほど」

今日香の言わんとしていることを理解した。

【 陣 】「俺の『ちょっと気をつければいいや』って2メートルと、今日香の5、6メートルが同じ感覚なのか」

;■にっこり
【今日香】「そうそう」

今日香が、へにゃっと笑う。

『できるから、やった』

聞けば単純な話だが――話し方も雰囲気もいつも通りなのに、今日香の説明は本当に要領を得ている。

【今日香】「でもね、勉強も運動も出来すぎると嫌われるし、周りを油断させておくほうがいいからって、明日香ちゃんに『バカみたいにしてなさい』って言われてるの」

【今日香】「特に昨日からは、せんせーが来たから『いつもより注意しなさい』って」

自慢にしか聞こえない内容だが、あまりにも他人事すぎて薄ら寒いほどだった。

能ある鷹は爪を隠す――というより、これは擬態か。

【明日香】「……一応だけど、演技って言っても、今日香の性格はこのまま」

【 陣 】「ああ、これは素なんだ」

それは少しだけ安心した。

【 陣 】「それで、これのなにが問題なんだ?」

話の通りなら、今日香の学力と運動能力は、明日香の否定した天才そのものだ。

だが、なにが壊れているんだ?

【明日香】「……陣」

考えこんでいた俺に、明日香が真剣な様子でつぶやいた。

【明日香】「……今日香の頭がいいこととかは隠してるけど、それはバレてもいい秘密なの。本当の問題はそこじゃないの」

【明日香】「……これから話すことは、みんなには内緒にしてね。絶対」

あまりにも必死な――そう感じさせないように振舞っているが、にじみ出る雰囲気だけでも懇願するような言葉だった。

【明日香】「……今日香には自分の意思なんてないの」

【明日香】「……依存してるって思われてるだろうけど、もっと壊れてて、本当に誰かに言われたことしかできない」

【明日香】「……生きてる人形でしかないの」

【 陣 】「え?」

すぐには、その意味がわからなかった。

だが、一瞬の後、背筋に寒気が走る。

春の陽気に設定されているはずのドームの中で、ぞっとした。

【明日香】「……誰かが『しゃべるな』と言えばずっと黙ってるし、『靴を舐めろ』と言えば本当にそうする」

【明日香】「……『死ね』と命じれば、今日香はなんの躊躇いもなく自殺するでしょうね」

【明日香】「……そうよね、今日香」

;■ごく普通に、笑顔
【今日香】「うん。明日香ちゃんが今日香は死んじゃったほうがいいなら、そうするよ」

【明日香】「……今のは確認しただけ。やめなさい」

【今日香】「わかった」

明日香は冗談を言っている雰囲気ではないし、今日香はいつも通りの顔をしていた。

【 陣 】「今日香は……そんなんでいいのか?」

【今日香】「え、なにが?」

【 陣 】「いや、だから、人の言うことだけ聞いてていいのか……?」

【今日香】「うん」

今日香は屈託なくうなずく。

;■笑顔
【今日香】「だって、今日香、わ{・}か{・}ら{・}な{・}い{・}もん」

【 陣 】「…………」

【明日香】「……今日香がこれほど可愛くて有能じゃなければ、まだマシだったのにね」

明日香が皮肉げに笑う。

他人に言われたままに、なんでもしてしまうお人形。

ゲスな想像だとわかっていても、今日香に性的な命令をするイメージを無意識に浮かべてしまう。

いや、だからこそか。

初日に俺の部屋に今日香を寄越したのは、まだ俺が遠慮している間に――絶対に手を出さないうちに、今日香を近寄らせてもよい相手か測っていたのか。

そうでなくても、今日香がこれだけ優秀ならば、使いようはいくらでもある。

【 陣 】「明日香……なんで俺に今日香のことを話した?」

気がつくと、口元を手で押さえながら明日香を睨んでいた。

明日香の言うとおり、これは良い悪いという話ではなく、なるべく他人には秘密にしておくべきことだ。

だからこそ、屋敷の他の住人ではなく、昨日会ったばかりの男である俺に打ち明けた意味がわからなかった。

【 陣 】「自分が悪い人間だとは言わないが、俺は聖人君子でもねえぞ?」

思わず威嚇するような言い方になってしまう。

;■自嘲
【明日香】「……明日香は悪い子よ」

明日香が自嘲気味に笑った。

【明日香】「……陣に、味方になって欲しいだけ」

【 陣 】「信用できるほどお互いのことを知らないだろ。そもそも、俺が世話役を続けるかもわからないんだぞ?」

【明日香】「……信用は買える」

【明日香】「……それに、あの屋敷じゃ選べるほど味方になりえる人はいない。陣にはこれからも世話役をして欲しいから教えたの」

【今日香】「手札を伏せすぎると交渉に不利だからだね」

そこで、気づいた。

信用は買える――それはつまり、今日香の秘密を売ったということか。

【明日香】「……明日香がいるうちは大丈夫。最優先で『明日香以外の命令は可能な限り聞き流せ』って言ってあるから」

【 陣 】「可能な限り?」

【明日香】「……逐一なにをするのか聞きにこられるのも面倒だし」

【 陣 】「確かに悪人だ」

思わずぼやいてしまう。

ふざけるな、と言わなかっただけ、まだ冷静か。

【明日香】「……そろそろ戻らないと、さすがにあやしまれるかな」

話が済んだのか、明日香が屋敷のほうに目をやる。

【今日香】「ねえ、明日香ちゃん。今日香はせんせーの言うことも聞く?」

;■流し目
【明日香】「……そうね、陣はどうしたい?」

【 陣 】「やめておく」

こんなことで理性を試されても面白くない。

;■くすり
【明日香】「……もったいない」

【明日香】「……今日香、先生に秘密を教える時間は終わり。いつも通りに『バカみたいにしてなさい』」

【今日香】「うん」

【明日香】「……あと、もし明日香がいなくなったら陣を頼りなさい」

【今日香】「うん、わかった」

ぴたっと、今日香が俺の腕にはりついてきた。

【今日香】「だって、せんせー♪」

今日香が満面の笑みを浮かべる。

この無垢な少女に、一体なにが詰まっているのかと考えてしまう。

いや……なにも詰まっていないのか。

【 陣 】「……俺の出番がないことを祈っておくよ。明日香と今日香はずっと一緒だろ」

【今日香】「あはは、そうだね♪」

今日香は楽しそうに笑うと、俺の腕を軸に、くるりと回転して、そのまま屋敷のほうに走っていく。

【明日香】「……陣」

【 陣 】「どうした?」

今日香のあとを追おうとした俺を、明日香が呼び止める。

;■すまなそうに
【明日香】「……その、明日香は謝らないから」

なにに対しての謝罪だろうと思ったが、おそらく、明日香自身もよくわかっていないだろう。

困りきったその顔は、ほとんど「ごめんなさい」と言っているのと同じようなものだった。

俺はニヤリと笑ってしまう。

【 陣 】「そういうときは、『ありがとう』って言っておけばいいんだよ。そう言われてイヤな気分になるやつはいないだろ」

【明日香】「……覚えておく」

【 陣 】「やり方はともかく、結果的に、明日香は今日香を守ってるんだしな」

【明日香】「……べ、別にそんなんじゃない」

明日香が照れたように早足になるが、すぐに歩調が遅くなり、俺に追いつかれてしまう。

わずかな距離でも、明日香は息を乱していた。

【明日香】「……こんな遠くまで、来なきゃ、よかった」

【 陣 】「明日香のほうは、本当に体力ないな」

可愛いものだと笑ってしまう。

【明日香】「……むぅ」

じっと睨まれたが、それすらも可愛らしい。

そんな妹に比べて、今日香は俺たちの前を元気いっぱいに走りまわり、ふいに立ち止まっては、こちらを待ってくれていた。

【 陣 】「ほら」

俺は明日香に手をさしだす。

他意は――まあ、あるようなないような感じだが、ひとりで歩くのもつらそうだ。

;■照れ、ぼそりと
【明日香】「……ありがとう」

明日香は少しだけ戸惑ったが、素直に俺の手をとった。

今日香とは違い、体温の低い手だ。

俺たちは手を繋ぎながら、のんびりと春の草原を歩く。

【明日香】「……時々、今日香が憎くなる」

ぽつりと、明日香が暗い声をもらした。

【明日香】「……考えすぎだってわかってるけど、双子だから、どうしても考えちゃうの」

【明日香】「……明日香には、なにもない」

【明日香】「……あの子が、明日香の分まで、頭のよさとか体力とか愛想のよさをもって生まれてきたんだって」

けほけほ、と明日香が小さく咳きこむ。

そして皮肉げに笑った。

【明日香】「……きっと、明日香と今日香は、元はひとりの完璧な人間だったのよ」

【 陣 】「…………」

俺はなにもフォローできなかった。

明日香も返事が欲しくて口にしたことではないのだろう。

一方的に今日香が明日香に『依存』していると思っていたが、そうではなかった。

この双子は、利害関係の一致した『共生関係』にあるのだ。

………………

…………

……


;■屋敷・外観(16時)
;■ 雪村陣(私服
;■ ピリッタ・マキネン(制服
;■ 黒崎今日香(制服
;■ 黒崎明日香(制服
;
;■むっ、可愛く軽い怒り
【ピ リ】「というか、陣くん、オヤツのあとはお掃除とお洗濯なのに、どこに行きましたか!?」

【 陣 】「あ、そうだった」

屋敷の前で小さく仁王立ちしていたピリを目にして、そういえばと予定を思い出す。

ピリも本気で怒っているわけではないだろうが、仕事として請け負っているのだから反省しよう。

【 陣 】「悪い、忘れてた。気をつける」

【ピ リ】「まったく。オヤツも姫子さんが食べてしまいましたですよ?」

【今日香】「えー、今日香のも?」

;■えっへん
【ピ リ】「今日香ちゃんと明日香ちゃんの分は守り抜きました」

俺だけオヤツ抜きか。

【明日香】「……じゃあ、明日香と今日香は行く」

【今日香】「ピーちゃん、せんせー、がんばってねー♪」

双子が相変わらず落差の大きいテンションで去っていく。

【 陣 】「それじゃあなにをする?」

【ピ リ】「あー、お洗濯は昨日してしまいましたのでまた明日です。今日はお掃除だけですね」

【 陣 】「了解」

それにしても、重い話を聞いたばかりだから、ピリの存在はありがたいくらいに軽い。

彼女のいない頃の屋敷というのはおそろしく静かだったのだろうと、容易に想像できた。



;■屋敷・玄関ホール(16時)
;■ 雪村陣(私服
;■ ピリッタ・マキネン(制服
;■ 御蔵姫子(メイド服
;
ピリと一緒に屋敷のホールまで戻る。

【 陣 】「さて、掃除か」

俺が担当するのは、なるべく力仕事になる部分がいいだろう。

屋敷の各所のことを思い浮かべ、俺は一番面倒な場所に思い当たった。

【 陣 】「分担なら、俺はあの温泉の掃除でもするか?」

露天風呂の掃除などしたこともないが、お湯を抜いてブラシをかけてと、考えるだけでも女の子にとっては重労働だ。

【ピ リ】「あ、お風呂とホールだけは大変だからと、姫子さんが掃除してくれてます」

【 陣 】「……姫子が、掃除なんてするのか?」

思わず真顔で聞き返してしまう。

メイドが掃除をしていることに驚くというのもよくわからないが、とにかく驚いた。

;■苦笑
【ピ リ】「姫子さんのは掃除という感じではないですね」

【 陣 】「なんだそれ?」

【ピ リ】「神様の力で、こう、見渡すだけで汚れの元になるものを消してしまえるんだそうです」

【 陣 】「……あれが神様っぽいことをしてるのって、話でも初めてだな」

;■普通に
【姫 子】「皮脂や落ち葉などの自然物であれば私の範疇ですから分解・再構築できますよ。プラスチックや鋼は無理ですがね」

【 陣 】「どこから出てきた?」

;■笑顔
【姫 子】「噂をすればなんとやら」

ひょっこりと隣にいた姫子が、素敵な笑顔を浮かべる。

;■うんうん
【ピ リ】「火のないところは燃やせ、というやつでございますね」

【 陣 】「犯罪だからやめろ」

自分で口にしていて、よくピリは疑問に思わないな。

【 陣 】「それより、風呂場じゃなければ俺はどうする?」

【ピ リ】「どうしましょうか?」

【姫 子】「あの、威勢良く登場した私を無視されるのですか? ついでに、燃やせという言葉を耳にすると焼き芋がしたくなりませんか?」

【 陣 】「……無視したくなる話だな」

これで館の主なのだから、無視もできないというのが面倒だ。

【 陣 】「せっかくだし姫子も掃除するか?」

【姫 子】「まっぴらごめんです」

【姫 子】「そしてピリ、陣くんは場合によっては明日までしか滞在できないかもしれませんし、手伝ってもらう場所は選んだほうがいいですよ」

【ピ リ】「あー、そういえばそうでしたね」

【 陣 】「まあ、なにもなければこの仕事を続けたいけどな」

可能性という話なら、俺が自主的に辞めるより、誰かの地雷でも踏んで拒否されるほうが高いだろう。

【ピ リ】「おお! わたしは思いつきました! 天才です!」

【 陣 】「ろくでもなさそうだが、どこだ?」

;■にっこり
【ピ リ】「高いところを掃除しましょう」

【 陣 】「あ、本当に考えたな」

確かに、ピリの背では手の届かない場所を重点的にやってしまうのは、ありかもしれない。

【ピ リ】「このお屋敷、天井が高くて、明かりとかに手が届きませんことですよ」

【 陣 】「脚立かハシゴが必要だろうけど――」

ピリの身長だと、それでも厳しいだろう。

;■笑顔
【ピ リ】「それじゃあ、一番みんなの使ってるサロンの明かりからいきましょう」



;■屋敷・サロン(16時)
;■ 雪村陣(私服
;■ 御蔵姫子(メイド服
;■ ピリッタ・マキネン(制服
;■ 黒崎今日香(制服
;■ 黒崎明日香(制服
;
サロンに向かうと、今日香と明日香がのんびりしているところだった。

【今日香】「あれ、たくさん来た」

;■真剣
【姫 子】「明日香ちゃん、オヤツわけてください」

【明日香】「……お断りよ」

姫子の魔の手を恐れたのか、明日香が手元の皿に乗っていたクッキーを慌てて口に放りこむ。

リスのようだ――というか、キャラぶれ過ぎだろう。

【姫 子】「じゃあ、今日香ちゃん、オヤツわけてください」

【今日香】「ん、1個だけならいいよ」

【明日香】「……はぁ」

姫子はぶれないな。

【ピ リ】「ちょっと2人とも、天井のお掃除しますのでテーブルから離れてもらっていいですか?」

【明日香】「……今日香、離れるわよ」

【今日香】「はーい」

姫子と今日香と明日香が、揃って部屋の中央をあける。

【 陣 】「で」

ピリと並んで天井を見上げる。

;■一応、描写は後で背景合わせ。
サロンの天井には、小型のシャンデリアが吊るされている。

【 陣 】「そういえば、シャンデリアって普通はどうやって掃除するんだ?」

【姫 子】「本格的にやるなら、天井や壁から取り外して、分解したものを専用の洗剤に浸けるんですよ」

【 陣 】「そうなのか」

【姫 子】「素人にやれることではないですけどね」

【ピ リ】「とりあえず、埃を落とせればよいことでしょう」

俺は掃除用具入れから持ってきたハタキと雑巾に視線をおろす。

天井までの高さ-(俺の身長+手の長さ+ハタキの長さ)

【 陣 】「うーん。ハタキを使っても、これは俺でも届かないな」

足場に椅子を使ってギリギリかもしれないが、繊細そうなシャンデリアが相手では、ギリギリというのはちょっと怖い。

;■ぼんやりと
【ピ リ】「思ったよりも高いことですね」

【 陣 】「脚立は?」

【ピ リ】「ハシゴなら倉庫にありましたですよ?」

【 陣 】「部屋の真ん中じゃ、立てかける場所がないし危ないな。脚立を守屋さんに頼んでおいて、今日は別の場所にしておくか?」

【ピ リ】「うむむ、口寂しいですね」

【明日香】「……口惜しい」

【 陣 】「だな」

;■きょとん
【今日香】「肩車すれば届くと思うよ?」

【 陣 】「ああ、なるほど」

今日香の指摘にうなずく。

;■笑い
【ピ リ】「あっはっは、ご冗談を。さすがのわたしでも、陣くんを抱えるのはできませんことですよ?」

【 陣 】「いや、どう考えたって逆だろう」

さすがのわたしでも、って、なんだ。

;■はっと、真剣
【ピ リ】「おお! 確かに、わたしを陣くんがかざぐるますれば届きそうです!」

【ピ リ】「今日香ちゃん、さてはあなた天才ですな!?」

;■ジト目
【明日香】「……今日香がどうこうじゃなくて、ピリがお馬鹿なだけよ」

;■軽い怒り
【ピ リ】「わたしはお馬鹿ではありません。ちょっとそそっかしいだけです」

【 陣 】「いいからやるぞ」

俺はなるべく首が低くなるように屈みこむ。

【ピ リ】「それでは、失礼します」

ピリが俺の肩を越えるように足を――

【 陣 】「……う」

【ピ リ】「どうしましたか、陣くん? どこか痛かったですか?」

【 陣 】「いや……なんでもない」

視界の間近に映るピリの足が――スカートの裾が俺の頭にひっかかるから当然だろうが、生足だった。

肩車なんて小さい子相手にしかしたことがなかったので、考えていなかった。

【 陣 】「立つぞ」

照れくささを隠すように、俺はピリが安定するのを待って立ち上がる。

念のため立ち上がるのに気合を入れてみたが、予想以上に軽くて、逆に勢いがつきすぎてしまった。

;■最初は軽い驚きとわくわく、後半はわくわくのみ。
【ピ リ】「おお、おおお!」

;■笑いながら
【ピ リ】「高い! 怖い!」

【 陣 】「あんまり暴れて落ちるなよ。それより、届くか?」

【ピ リ】「えーと、あ、いけます」

少しぐらついたが、小柄なピリが相手なので問題なさそうだ。

【ピ リ】「埃が落ちてくることですし、陣くんは目を閉じてるほうがいいかもですよ?」

【 陣 】「あー、うん、まあ」

自分でも笑えるほど歯切れが悪い。

;■ジト目、軽い嫉妬まじりの呆れ
【明日香】「……あれ、意識してるわよね」

;■にこにこ
【今日香】「うん。すごくめくれてるし」

;■真剣
【姫 子】「クッキー1枚とか余計に小腹が空くだけでしたね」

【ピ リ】「う?」

3人(内1人はどうでもいいが)のつぶやきに、ピリが首をかしげる。

【ピ リ】「あ」

さすがに気づいたか。

;■照れ困り
【ピ リ】「じ、陣くん、あまり膝とかももとか見ないでくださいませんか?」

【 陣 】「……無茶言うな。あと、気にしすぎだ」

少し、ぶっきらぼうな物言いになってしまう。

正直、俺も意識しだしてしまった。

今日香や小夜と違い、ピリの反応はあまりにも普通の女の子すぎて、こちらまで照れてしまう。

足の白さは――実は、それはまだいい。

プニプニとしたふとももで挟まれた頬と、後頭部に感じるピリの柔らかさと体温が、とにかくヤバイ。

【ピ リ】「わ、わわ」

【 陣 】「……俺が言うのもなんだが、早く片付けたほうがいいと思うぞ」

【明日香】「……誤魔化してるわよね、あれ」

【今日香】「うん。口元がゆるんですから間違いないよ」

【姫 子】「ちょっと台所へ行ってきます」

;■照れつつ怒り
【ピ リ】「姫子さん、どさくさにまぎれて夕飯の下ごしらえしたものを食べてはなりません!」

【姫 子】「ちっ……気づきましたか」

俺の頭上と地面で、妙なコントが繰り広げられている。

なんだかなー。

【 陣 】「1度おろそうか?」

【ピ リ】「い、いえ、こんなの、す、すぐに終わるのですが……」

どう考えても、言うほどには、はかどっていない。

それが微妙なような、嬉しいような。

いい加減、目だけでも閉じてやろうとしたとき――

【ピ リ】「おお、名案が浮かびました! やはりわたしは天才です!」

ピリの嬉しそうな声とともに、俺の視界が真っ暗になった。

【 陣 】「…………?」

鼻の頭に感じる布地の感触。

妙に生暖かくなった空気と、強くなったピリの匂い。

これは……スカート、か?

【ピ リ】「これで陣くんからはなにも見えません♪」

【 陣 】「…………」

嬉しそうな声に、俺はなにも言わないでおこうと決めた。

多分、外野の3人も黙っているからには、同じことを考えていることだろう。

役得だと感じるよりも先に――ああ、本当にピリはお馬鹿なんだなと、思ってしまった。



「御影新作プレゼンのサンプルシナリオ_01」の5へ続く

「御影新作プレゼンのサンプルシナリオ_01」の3

2014年01月25日 13時09分16秒 | 新作プレゼンのサンプルシナリオ
;■屋敷・陣の部屋(21時半)
;■ 雪村陣(私服
;
部屋に戻って、電話といえばそれひとつしかない、アンティーク調の電話の受話器を持ち上げる。

ボタンもダイヤルもなかったが、それはそのまま先方を呼び出す音を発していた。

【守 屋】『もしもし』

午後9時半――まだ守屋は帰宅していなかったらしい。

【 陣 】「こんばんは」

【守 屋】『着替えや歯ブラシか』

挨拶の返事はなしに先回りされる。

【 陣 】「そういえば、用意してくれるって言ってましたね」

【守 屋】『もう少し早く連絡があると思っていたが。こちらからそちらへは、可能な限り干渉しない方針でね』

【 陣 】「お互いの連絡って、この電話でしかできないんですか?」

【守 屋】『一応、ドームの入り口にインターホンとマイクがあってやりとりできるが、後はその電話だけだ』

入り口――あの桜の木のある場所か。

【 陣 】「じゃあ、荷物を受け取りに行きます。少し迷うかもしれないから、15分後くらいでいいですか?」

【守 屋】『いや、夜はあの桜の木はわずかに光るようになってる』

【 陣 】「ああ、じゃあ、10分後に」

【守 屋】『わかった』

事務的に電話が切れる。

絶対に先に立って待っているだろうなと思いつつ、俺は屋敷を出る。



;■桜の木の下(21時半)
;■ 雪村陣(私服
;■ 御蔵姫子(和服
;
どういう仕組みかわからないが、桜の木は確かに淡い光を放っていて、迷うことはなかった。

幻想的な風景の下で男と会うのもビミョーだと思ったが。

そこで待っている人間は守屋ではなかった。

【姫 子】「こんばんは」

【 陣 】「着物なんだな」

桜と和服というあまりにもしっくりくる組み合わせに、それほど驚かずに言えた。

【姫 子】「惚れ直しましたか?」

【 陣 】「いや、別に惚れてないし」

【姫 子】「私が存在するだけで世界が2割ほど輝いて見えるはずですが」

【 陣 】「それ、神様の力か?」

【姫 子】「いえ、私の美しさゆえに」

そんな性格だから、魅力的な外見でも小夜ほど焦らされないのだが――言えば調子にのるから黙っておこう。

【 陣 】「ところで、守屋さんは?」

【姫 子】「私が代わりをするので先に帰ってもらいましたよ」

【 陣 】「姫子の部屋にも電話があるのか?」

【姫 子】「私にそんなものは必要ありません。このドームくらいの範囲であれば、皆さんがなにをしているか見聞きできています」

いまいち信用できないが、追求しても仕方がない。

【 陣 】「で、俺の着替えはどうなった?」

見たところ、姫子はなにも手にしていないし、荷物が地面に置かれているということもない。

【姫 子】「すでにお部屋のほうに諸々移しておきました」

【 陣 】「どうやって――って」

;■微笑み
【姫 子】「神様ですから」

つい聞いてしまったが、本当に無意味な説明だった。

【姫 子】「これで、少しは私のことを信じて頂けますか?」

【 陣 】「姫子の部屋にも電話がなくて、俺が欲しがるだろう当然の荷物が最初から用意されていて、屋敷に残った誰かが俺の部屋に運びこんでなければ信じるよ」

【姫 子】「信じない者は馬鹿を見ます」

【 陣 】「……そうだな」

なにかトリックがあると考えてもいいが、そんな手品まがいのことをしても、なんの意味もない。

【 陣 】「それにしても、守屋さんを帰しちゃったのか」

【姫 子】「なにか他に用事があったんですか?」

【 陣 】「ここに来る途中で気づいたけど、携帯の充電器を手配しておいて欲しかったんだ。あと2日もバッテリーがもちそうになくて」

【姫 子】「ここでは繋がらないから無用の長物でしょうに」

【 陣 】「目覚ましは必要だし、普段でも時計代わりにしてる」

;■ころころ微笑み
【姫 子】「それなら、ちゃんとした目覚まし時計と腕時計を頼めばいいんですよ」

【 陣 】「いや、そうなんだけど……」

自分が携帯に依存しているとは思わなかったが、電源が切れたまま放置することを考えると、妙な心細さを覚えるのだ。

姫子には通じない感覚だろうし、また明日にでも守屋に頼もう。

【守 屋】『携帯の機種は?』

突然、なにかスピーカーを通したような当人の声がした。

;■少しいぶかしみ
【姫 子】「盗み聞きとは感心しませんね」

【守 屋】『仕事です』

【 陣 】「ああ、ここにはインターホンがあるって言ってましたね」

どこかに監視カメラも――いや、ドーム内全体に人間の位置座標を読みとるセンサーがあるからカメラはいらないのか。

俺や姫子が外をうろついていることは、当然チェックされていたのだろう。

【 陣 】「あの屋敷の中に監視カメラはないですよね?」

【守 屋】『ない』

【姫 子】「私のプライバシーを侵害する権利も度胸も、今の彼らにありませんよ」

【守 屋】『戦後あたりに軍用の盗聴器を仕掛けたことがあるそうだが、彼女にすべて破壊されたらしい』

話の馬鹿らしさに呆れてしまう。

すでに姫子のことを疑ってはいないが、いちいち演劇くささが抜けない2人だ。

ひとまず、守屋に携帯のメーカーと機種を伝える。

【守 屋】『他になにか必要とするものはあるか?』

【 陣 】「そうですね」

少しだけ考える。

【 陣 】「できればノートパソコンとスマートフォンを1台ずつ」

【守 屋】『ノートパソコンはわかるが、スマートフォン?』

【 陣 】「外の話をするとしたらスマホは外せないでしょうし、明日香がそういうのに興味をもちそうだからって思ったんですけど、ダメですか?」

【守 屋】『……いや、構わない。近日中に、ノートパソコンと回線契約なしのスマートフォンを1台ずつ用意しよう』

【 陣 】「ありがとうございます」

【姫 子】「ちゃんと先生をするつもりですね」

【 陣 】「それが仕事だからな」

姫子の茶々に軽く答える。

【守 屋】『他に用を思いついたら、いつでも電話してくれ』

それを最後に守屋からの反応はなくなった。

【 陣 】「あの人、こんな時間でも家に帰らないのか?」

【姫 子】「そもそも守屋くんに家なんてあるんですかね? どういう生活をしているかは謎です」

それこそ冗談だろう。

【 陣 】「さて、屋敷に戻るか」

【姫 子】「私は少し散歩をしてから帰ります」

【 陣 】「ああ、じゃあ風呂はどうする?」

【姫 子】「一緒に入りますか?」

【 陣 】「もう小夜にからかわれたよ」

【姫 子】「あら……まあ、あの子が冗談をねぇ……」

なにか思うところがあるのか。

【姫 子】「私は明日の朝にしますので、他の子たちが全員入ったのでしたら、ご自由に」

【 陣 】「わかった」

“外”なら神様とはいえ女性をひとりにはしないが、ここでは暴漢や迷子の心配もない。

俺は素直にひとりだけ引き上げることにした。



;■屋敷・陣の部屋(22時)
;■ 雪村陣(私服
;■ 比良坂小夜(私服
;■ 黒崎今日香(パジャマ
;■ 黒崎明日香(パジャマ
;
【 陣 】「で」

寄り道するようなコンビニもないので、まっすぐ屋敷に戻ると、今度は双子と小夜が部屋にいた。

【 陣 】「えーと……なんで3人も俺の部屋にいるんだ?」

【明日香】「……約束」

【今日香】「外のお話するって昼間に言ってたよ?」

【 陣 】「……そうだな」

夕飯のあとで話をしようと言っていたか。

【 陣 】「そういえばこの部屋、鍵がないな」

明日香の睨んでいないのに圧力のある視線から逃げるため、やや現実逃避気味に、ぼやいてしまう。

【 陣 】「順番に確認するけど、小夜は風呂の話か?」

;■微笑み
【小 夜】「うん。3人が出たってことと、姫子が屋敷の中で見つからないって言いに来たの」

【 陣 】「姫子なら外を散歩してた。風呂は明日の朝でいいってさ」

説明が面倒だったので色々と省略する。

【小 夜】「じゃあ、私が最後でいいから、陣くんが先にお風呂へどうぞ」

【 陣 】「そうさせてもらう」

さすがに、そろそろ疲れてきた。

残り少ない今日という日を、落ち着いて過ごしたい。

【 陣 】「今日香と明日香は、風呂の後でいいか?」

【明日香】「……もう眠いから明日にする」

;■笑顔のまま
【今日香】「明日香ちゃんがそう言うなら、今日香も明日でいいよ」

【 陣 】「ありがとう」

本当にありがとう。

こちらの疲れを見抜いてくれたのか、単に機嫌を悪くしただけかもしれないが、もうどちらでもいい。

クローゼットを開けて、出かける前にはなかった着替えやタオルを物色する。

続いて洗面所に行くと、ここにも洗面用具が揃っていた。

【 陣 】「じゃあ、俺は風呂に行く。おやすみ」

【今日香】「せんせー、おやすみなさーい♪」

【明日香】「…………」

【小 夜】「そこまで案内するよ」

【 陣 】「助かる」

どうせ盗られるような私物はないからと、今日香と明日香を残したまま、俺は部屋を出る。



;■屋敷・渡り廊下(22時)
;■ 雪村陣(私服
;■ 比良坂小夜(私服
;
屋敷の正面ホールから奥に進むと、屋敷の裏側にある渡り廊下のような場所にぶつかった。

左右の道はそれぞれ屋敷の両翼への道。

裏手には雑木林が広がり、その右手の奥のほうには小夜と初めて顔を合わせた花畑があるはずだ。

;■このあたりは背景デザインによって描写の修正を前提。
;■すのこが変なら、桟橋的な木組みの道あたりかな。
;
そして、和洋折衷の妙な連結点でもあるらしく、林の奥のほうに続くす{・}の{・}こ{・}の道があった。

【 陣 】「このまま進めば風呂だよな?」

【小 夜】「そうだね。道を外れなければ問題なくつくよ」

温泉旅館のような分かりやすさだ。

【 陣 】「じゃあ、案内はここまででいいよ。小夜もお休み」

【小 夜】「うん。おやすみなさい」

素直にうなずく小夜と別れ、すのこをカラコロさせながら、林の中へと進んでいく。

;■温泉の中までは、林の木の映りこむ夜空などで適当に処理。
;
ドーム全体の規模で考えれば、風呂場も直線距離ならすぐそばにあるのだろうが、距離を錯覚させるように道が蛇行していた。

その先にある木造の脱衣所もごく普通のもので、用意されていた藤の籠に服を脱ぎいれ、隣接している露天風呂へと進む。



;■屋敷・温泉(22時)
;■ 雪村陣(裸
;■ 比良坂小夜(裸
;
【 陣 】「……ふぅ」

髪と身体を洗って湯につかると、自然とため息が漏れた。

このドームに足を踏み入れて5時間ほどしか経っていないはずだが、独自のルールに触れたせいで、思ったより気疲れしていたらしい。

ふと、1日が終わり、『これで5万円』という即物的な数字も浮かんだが、現実感のなさにピンとこなかった。

施設のみんなは俺がいなくても大丈夫だろうか?

【 陣 】「……明日からはもう少し落ち着くかな」

すくいあげた湯で顔を洗ってから、ぼんやりと夜空を眺める。

ピリの言った通り、プラネタリウムのように、くっきりと星がまたたいている。

人工の温泉に、人工の星空。

林の中にいるというのに鳥や虫の気配もない。

だが――だからこそ、余計なものが削ぎ落とされた美しさだった。

【 陣 】「…………」

今の心境に一番近いのは、スケジュールになかった旅行に突然連れ出されたような感じ、か。

ただ、それほど悪い気分ではない。

あまりの静けさに心が空白になる。

だから、小さな湯の跳ねる音と、温泉の表面に広がる波紋のことも、すぐに気づけなかった。

;■微笑み
【小 夜】「ちょっとごめんね」

【 陣 】「っ!?」

おそろしく滑らかなもので背筋を撫でられる感触。

反射的に振り返ってしまったが、大慌てで正面に視線を戻す。

小夜が裸で、俺と背中合わせに温泉の中に入っていた。

【 陣 】「な、なんだ!?」

【小 夜】「ねえ、陣くん、見た?」

【 陣 】「一瞬だけだし前は見てない!」

【小 夜】「見てもいいって言うか、それが目的なんだけど? ちょっと見てくれないかな?」

【 陣 】「…………」

さすがに絶句してしまう。

小夜の声はあまりにも普通すぎて、なにがなんだかわからない。

【小 夜】「真面目に聞きたいんだけど、私の身体って、男の子から見て魅力はあるの?」

【 陣 】「あるよ!」

一瞬だけ見てしまった肩と背中のなめらかなラインを思い出し、頭がくらくらする。

;■考え、あまりよい答えではなかった
【小 夜】「……そっか」

背中越しにぼんやりとした声が聞こえる。

【小 夜】「困ったなぁ」

【 陣 】「なんなんだ!?」

俺の後をついてきて風呂に入ってきたのはわかる――だが、意味はわからない。

【小 夜】「ううん。こっちの話」

【 陣 】「あのさ……頼むから、誰か入ってこないうちに出てくれないか?」

【小 夜】「陣くん、本当に混乱してるね。全員入った後だから誰もこないよ」

【 陣 】「……まさか本当に誘ってるわけじゃないよな?」

【小 夜】「そういうことになったら、まあ、覚悟してきたし仕方ないかな?」

ちゃぷん、と湯を揺らしながら小夜がつぶやく。

【 陣 】「…………」

なんだこれは……。

我慢できている理由は単純に、小夜とは今日が初対面だからということと、彼女の雰囲気がそういう感じではないというだけだ。

意識の上ではこっそりとでも振り向きたい。

【小 夜】「そっか、私、男の子から見て魅力的なのか」

【 陣 】「ああ……この屋敷で6年だったか」

【小 夜】「うん」

小夜が笑いを含ませてうなずく。

今日香もそんな感じだが、異性の視線のない場所で6年を過ごすと、そういう判断基準もおかしくなるのかと納得する。

特に、俺たちの年代の6年は大きい。

【 陣 】「でも、まさか本当にそれを訊きに来ただけじゃないよな?」

【小 夜】「本当にそれを訊きに来ただけ」

【 陣 】「そんなの別に風呂場じゃなくても――」

;■小さな声でぴしゃり
【小 夜】「信じられない」

それが、初めて小夜が強い口調で告げた言葉だった。

;■最初もそれほど重くはなく、後半に行くほど語調を普通に戻して。
【小 夜】「普通に話してるときに、どう答えられても、信じられない、よね?」

【小 夜】「こんなときにどうするか、だよね?」

【 陣 】「……少し、ずるいだろ、それ」

うめいてしまう。

ここで俺が手を出せば、小夜は男性全般が信じられない生き物だと判断すると言うことだ。

今日香の無邪気さとは違う、計算された誘惑と牽制だった。

;■ぼんやり
【小 夜】「ずるいかな……うん、ずるいね」

;■苦笑い
【小 夜】「でも、困ったのは、こんなときでも私に優しくしてくれる男の子がいるんだって、わかっちゃったからなんだよね」

【 陣 】「…………」

彼女がなにを言っているのかわからない。

わかっていない。

わかっている。

本当に優しくするつもりなら、俺は自分から彼女と距離をとれる。

小夜を追い出すのではなく、自分が出て行けばいい。

だが、できない。

背中だけとはいえ、触れ合っていることに性的な期待をしてしまっている。

彼女の肌と髪の感触に興奮していた。

【小 夜】「ごめんね、試すようなことしちゃって」

本当にそれだけが用事だったらしく、小夜はあっさりと俺から離れ、そのまま露天風呂を出て行ってしまった。

【 陣 】「…………」

脱衣所からわずかに聞こえる物音が消えて――

それから、さらに長い時間を我慢してから、ようやく振り返る。

当然、風呂場には誰もいなかった。

まるで悪い夢でも見ていたようだ。

【 陣 】「いや、いい夢か?」

ようやく、張り詰めていた息を吐きだす。

そして、星空を眺める。

今さら、きれだとも思えない。

【 陣 】「……あーあ」

もしこれが夢なら、最後に少しくらい振り返っておけばよかった。



;■屋敷・陣の部屋(23時)
;■ 雪村陣(パジャマ
;■ 黒崎明日香(パジャマ
;
【 陣 】「…………」

のぼせかけた風呂を出ても、どうやら悪夢は続いているらしかった。

ベッドに誰かが寝ている膨らみがある。

軽く見渡すと、机の上にメモ帳が1枚置かれていた。

『ご自由に。 明日香』

【 陣 】「…………」

どうやら、また今日香だけをこの部屋に残していったらしい。

いい加減に考えるのも面倒で、俺はメモを破ってごみ箱に投げこむと、クローゼットから予備のバスタオルをとりだしてソファに寝転んだ。

【 陣 】「……おやすみ」

どうせ寝れないだろうなと思っていたが。

春めいたあたたかさに、すぐに、意識が遠くなった。

………………

…………

……





;■------------------------------------
;■<プロローグ・2日目>

;■-----
;■屋敷・陣の部屋(7時)
;■ 雪村陣(パジャマ
;■ 黒崎明日香(パジャマ
;
あたたかい。

ゆっくりと意識が覚醒し、まぶたの向こうに朝の光を感じる。

鳥の声も車の音もなく、人の声もなく、屋敷で迎える初めての朝はおそろしく静かなものだった。

なんの動きもない世界。

だが、なにかが俺を起こしたのだと思った。

まぶしさに痛まないように片目を開けると、冗談みたいな美少女が俺の寝顔を観察していた。

どうやら、先に起きた今日香の吐息で目が覚めたらしい。

【 陣 】「おはよう、今日……」

そこで、違和感を覚える。

俺を見下ろす視線に、いつもの天然の可愛らしさというものを感じられない。

【明日香】「…………」

【 陣 】「…………」

【明日香】「…………」

【明日香】「……おはよう、甲斐性なし」

あっけにとられる俺に言い放ち、明日香が部屋を出て行った。

【 陣 】「…………」

上半身を起こし、とりあえず頭を抱える。

どうやら、今日も面倒くさい1日が始まるようだ。



;■屋敷・廊下(左翼)(7時)
;■ 雪村陣(私服
;
洗顔と着替えを済ませて部屋を出る。

携帯で確認すると今は午前7時――サロンに集まる9時まで、かなりの時間があった。

“外”での生活に合わせて起きてしまったが、これからは起床時間を1時間ほど遅くしないと、手持ち無沙汰になりそうだ。

【 陣 】「まあ、まずは朝食だな」

俺は手近にあるキッチンの扉を開けた。



;■屋敷・キッチン(7時)
;■ 雪村陣(私服
;■ ピリッタ・マキネン(制服+エプロン
;■ 比良坂小夜(パジャマ
;■   ※ピリのエプロン付きはイベントCGのみ
;
;■笑顔
【ピ リ】「あ、陣くん、お早いおはようございます」

【 陣 】「おはよう」

相変わらず元気なピリに、気分よく挨拶を返す。

エプロンをつけた笑顔の女の子に愛想がよくなるのは、ごく自然なことだろう。

【 陣 】「ピリこそ早いんだな」

;■えっへん
【ピ リ】「早起きは三文芝居です。寝る子は育ちます」

【 陣 】「びっくりするくらい説得力がない格言だな」

【ピ リ】「ん? 何事ですか?」

【 陣 】「いや、なんでもない」

業務用らしき大きな冷蔵庫から牛乳を取りだして、コップに注ぐ。

【 陣 】「他に誰か起きてきてるのか?」

【ピ リ】「陣くんが一等賞ですよ」

【ピ リ】「あ、でも、そろそろ小夜ちゃんが来る頃でしょうか?」

【 陣 】「イメージ通りな感じだな」

ピリと小夜が早起きで、次が今日香と明日香、姫子は――

【 陣 】「……姫子って神様なのに寝るのか?」

;■苦笑
【ピ リ】「特に寝る必要はないそうですが、夜は皆さん寝ていて暇だから寝ているそうです」

【 陣 】「たまらんな……それより、なにか手伝おうか」

【ピ リ】「いえいえ。ご飯はわたしの仕事ですから」

ピリがタコの形になっているソーセージを炒めながら笑う。

テーブルの上にはすでに玉子焼きやサラダ、ヨーグルトや果物が用意されていて、香ばしい匂いや甘い匂いがキッチン中に漂っている。

どうやら朝もバイキング形式らしい。

【 陣 】「結局、朝食は各自で用意するって言いながら、それもピリ任せか」

;■笑顔でかっこつけ
【ピ リ】「自分の分を作るのと一緒にですから、アイムソーリーです」

【 陣 】「……アイムソーリー?」

これは難易度の高い言い間違いだな。

あ、ノープロブレムの勘違いか。

【ピ リ】「というわけで、陣くんもトーストとホットケーキとおにぎりから選べますよ」

【 陣 】「わざわざ全部用意してるのか」

【ピ リ】「トーストとホットケーキは頼まれたら作りますが、お米は姫子さんが食べるのでいつも炊いてます」

【 陣 】「ああ……炊飯器1つ分なら丸ごと食べそうだ」

昨日の夕飯のことを思い出して、納得する。

【 陣 】「しかし、朝からホットケーキか」

【ピ リ】「だいたいは今日香ちゃんと明日香ちゃん専用です」

;■笑顔
【ピ リ】「いつも2人はお部屋に持っていって食べてしまいますが、たまに目の前で食べてくれると、もう本当に可愛らしいのです♪」

まあ、あの双子が並んでホットケーキを食べている姿を目にしたら、俺もにやけてしまう気がする。

【 陣 】「とりあえず、米があるなら俺はご飯にしておくよ」

わざわざピリの手間を増やさなくてもいいだろう。

【ピ リ】「じゃあ、食べたい分だけよそっちゃってください。このソーセージでオカズも完成ですから」

【 陣 】「了解」

カチャカチャと食器や箸を用意しながら、視線だけはピリを追ってしまう。

【ピ リ】「う? どうしました?」

【 陣 】「いや、たいした意味はないんだけど」

【ピ リ】「けど?」

【 陣 】「こう、ピリにエプロンって似合うな――」

【 陣 】「というか、女の子相手なんだから可愛いって言えばいいのか」

【ピ リ】「ぐほっ!?」

ピリが妙なむせ方をする。

【ピ リ】「ふああ、たこさんウインナーに唾が!?」

【ピ リ】「ま、まあ、誰も見ていないのでセーフということにしておきましょう」

【 陣 】「どうやってもアウトだろう……」

そのくらいなら普通に食べるけどさ。

;■照れ困り、涙目
【ピ リ】「な、なぜに陣くんは、そう、突然変なことを言いますか? いじめるですか?」

;■ここから立ち絵
恥ずかしかったのか、ピリがコンロの火を止め、涙目になってエプロンを脱いでしまう。

【 陣 】「褒めただけで、別に驚かせるつもりもなかったんだけど」

ピリの困った照れ顔に、こちらまで恥ずかしくなってしまう。

【 陣 】「あー、俺も施設育ちだから、隠し事とか苦手なんだろうな」

【ピ リ】「そういうものですか?」

そういえば、ピリは両親と死に別れてから直接この屋敷に来ているので、どこかの施設に預けられていたってわけじゃないのか。

餓死しかけたという話も気になっていたが、それを聞こうとすると、どうしても彼女の両親の話に触れそうだったので口にできないでいた。

気にしていないように見えても、まだ半年前のことだしな。

【 陣 】「ニュアンスの話になるけど、施設ってのは実の家族じゃない人間の集まりだからこそ、嘘とか建前で話してると面倒くさくなるって言うか」

【 陣 】「相手の良いところも悪いところも、とりあえず正直に言っとけ、みたいな感じになるんだよ」

;■ため息
【ピ リ】「あー……だから、ここのみんなも、ずっこんばっこん言いたいことを言うわけですね」

【 陣 】「とりあえず、その擬音はやめろ」

【ピ リ】「ギオン?」

【小 夜】「ずっこんばっこん」

【 陣 】「っ!?」

急に耳元で囁かれ、思わず首をすくめてしまう。

声の主は、驚いている俺を迂回してキッチンに入ってきた。

;■くすくす
【小 夜】「おはようございます。2人して朝から猥談なんていやらしいー」

【 陣 】「……おはよう」

【ピ リ】「おはようございますですが、小夜さん、なにが猥談でしたか?」

【小 夜】「ううん。いいのいいの」

そう言いながらも、小夜はクスクスと笑い続けている。

しかし、つい目についてしまうが……パジャマ姿だと、露骨に胸のでかさがわかるな……。

というか、ダメだ、小夜のやつ異性の目を意識してない、ノーブラだ、昨日の温泉での後だってのに、ダメダメだ。

男の葛藤を知るわけもなく、小夜はひとしきり笑ったところで、さらに胸を強調しやがるように大きく息をついた。

【小 夜】「あー、朝からこんなに笑ったのは久しぶり」

【ピ リ】「そうですね。いつもはもっとクールです」

【 陣 】「ん? ……いや、クールであってるな」

ピリが英語やらカタカナ言葉を使うと、どうも間違ってることを前提に考えすぎてしまう。

【小 夜】「陣くんの気持ちはわかるよ」

【 陣 】「人の考えを読むのはやめろ」

【小 夜】「ごめんごめん、つい癖で」

【 陣 】「……イヤな癖だな」

【ピ リ】「ふふ。朝から明るいことはよいことです」

【小 夜】「ほんと、ピリさんはいい子だなー」

どちらが年上かわからない評価だったが、ピリがこの屋敷のムードメーカーなのは間違いないだろう。

【ピ リ】「えーと、小夜さんはいつも通りトーストでよろしいですか?」

【小 夜】「うん。せっかくだし3人で食べようか」

【ピ リ】「そうしましょう」

【 陣 】「ま、いいけどな」

そういえば、ずっと手に持ったままだったお椀としゃもじを思い出し、俺もご飯をよそることにした。



;■屋敷・食堂(8時)
;■ 雪村陣(私服
;■ ピリッタ・マキネン(制服
;■ 比良坂小夜(パジャマ
;■ 黒崎今日香(パジャマ
;■ 黒崎明日香(パジャマ
;■ 御蔵姫子(メイド服
;
キッチンの隣にある食堂で朝食を終えて、そのままのんびりしていると、8時近くなってようやく次の住人が起きてきた。

;■にこにこ
【今日香】「あ、ピーちゃんと小夜ちゃんとせんせー、おはよー♪」

【ピ リ】「今日香ちゃんも、おはようでございます」

【小 夜】「おはよー」

【 陣 】「おはよう」

【今日香】「みんな早いねー」

ぶかぶかのパジャマの袖を揺らしながら、今日香が楽しそうに言う。

ピリといい今日香といい、どんな場所でも、朝は子どもほどテンションが高いようだ。

いや、ピリが一番年上だったか?

【 陣 】「ところで今日香、明日香は?」

【今日香】「明日香ちゃんもいるよ」

今日香が場所をあけると、明日香がのろのろと食堂に入ってくる。

;■半分寝てる
【明日香】「…………」

【明日香】「……眠い」

どうやら俺の部屋を出てから寝なおしていたらしく、完全に起きぬけの様子だった。

【 陣 】「明日香もおはよう」

この際、初めて会ったことにしておこう。

;■真顔
【明日香】「…………」

【 陣 】「……ん?」

;■いぶかしげ
【明日香】「…………」

;■わずかな照れ怒り
【明日香】「……………………」

妙に長い無言のあと、明日香がまわれ右して食堂を出て行ってしまう。

【今日香】「あれ? 明日香ちゃんどこ行くの?」

当然のように、今日香もあとを追っていなくなってしまった。

【 陣 】「……なんだあれ?」

【小 夜】「なんだろう? なにか明日香ちゃんを怒らせるようなことしたっけ?」

【 陣 】「なにかって、俺が挨拶しただけだぞ?」

;■にこやかに
【小 夜】「そうだね。じゃあ、陣くんのせいだ」

【 陣 】「おい」

【ピ リ】「い、いや、明日香ちゃんは、陣くんにパジャマ姿というか起きぬけの顔を見られて恥ずかしくて、着替えに戻ったんだと思いますですよ」

俺と小夜の疑問に、ピリが呆れたように答える。

【小 夜】「ああ」

【 陣 】「おお」

;■ジト目、汗
【ピ リ】「お2人はおバカさんですか?」

正直、ピリにそういう目で見られると、地味にショックだ。

【 陣 】「そういえば、ピリだけは朝からちゃんとした服だな」

【ピ リ】「う? お料理しますから着替えますよ?」

【 陣 】「パジャマで料理したっていいだろう。というか、汚れるかもしれないし、一張羅の制服よりパジャマのほうが洗いやすいんじゃないか?」

;■苦笑
【小 夜】「露骨に話を逸らしにかかってるね、陣くん」

自分を蚊帳の外に置いている小夜の言葉は、聞かなかったことにする。

;■ちょい照れ焦り
【ピ リ】「そ、そういうことでしたら陣くんだって着替えてるじゃないですか」

【 陣 】「俺は用意されていた服を着てるだけだし」

【ピ リ】「女の子のパジャマを見たいだなんて伴天連です!」

……ばてれん?

【小 夜】「あー、うーん、たぶん破廉恥って言いたかったんだね」

【 陣 】「ああ――って、よくわかったな」

思わず感心してしまう。

;■苦笑
【小 夜】「慣れだよ、慣れ」

【ピ リ】「そうです、わたしはトレンチと言いました!」

【 陣 】「いや、落ち着け。別にパジャマを無理に見せろってわけじゃないんだから」

【ピ リ】「む、無理やりパジャマに着替えさせるつもりですか!?」

【 陣 】「逆だ! というか、俺はどれだけ特殊な性癖にされてるんだよ!?」

まさか、ちょっとした雑談のつもりが、こういう反応になるとは思わなかった。

俺の疑問を察したか、小夜が助け舟をだしてくれる。

;■くすくす
【小 夜】「ピリさんのパジャマは着ぐるみなんだよねー」

【ピ リ】「小夜ちゃん!?」

【 陣 】「着ぐるみ?」

【小 夜】「そう。うさぎの可愛いやつ。枕もニンジンの形をしたやつ持ってるんだよ」

【ピ リ】「ふおおおお!」

清々しいほどの混乱っぷりだった。

;■殿様、誤字ではない
【ピ リ】「やめてくださいやめてください! 確かに気に入っていますが、殿様にお見せできるものではないのです!」

【 陣 】「気に入ってるならいいんじゃないか?」

【小 夜】「そう思うんだけど」

本人以外はのんびりしたものである。

あと、たぶん、殿様は殿方と言いたかったはずだ。

;■にっこり
【姫 子】「朝から賑やかですねぇ」

騒ぎを聞きつけたのか、どこからともなくメイド姿の姫子が姿をあらわした。

;■後半は早口
【ピ リ】「お、おお! 姫子さん、朝ごはんですね今すぐ用意しますからお待ちやがりください!」

これ幸いにと、バタバタとピリが食堂を出て行ってしまう。

【小 夜】「ピリさんは素敵だなぁ」

【姫 子】「あまり他の子をからかうものではないですよ、小夜」

;■微笑み
【小 夜】「おはよう、姫子」

【姫 子】「おはようございます」

【姫 子】「陣くんも。いかがですか、この屋敷で迎える初めての朝は?」

【 陣 】「ま、悪いもんじゃないな」

今朝の総括に、素直に答えておくことにした。

………………

…………

……


;■屋敷・サロン(9時)
;■ 雪村陣(私服
;■ 御蔵姫子(メイド服
;■ ピリッタ・マキネン(制服
;■ 黒崎今日香(制服
;■ 黒崎明日香(制服
;■ 比良坂小夜(制服
;
午前9時。

決まりに合わせてサロンへ向かうと、すでに全員が集まっていた。

姫子以外は“制服”と呼ばれる服で統一されていたが、学校の代わりというより、仲の良い姉妹の集まりのようである。

机の上に用意された紅茶やお菓子が、余計にお茶会のような雰囲気をかもしだしていた。

【 陣 】「あー、勝手がわからないんだけど、いつもこんな感じなのか?」

先生役を期待されているからか、全員に注目されて困ってしまう。

【姫 子】「いつもとは違いますね」

;■苦笑
【小 夜】「今日は仕方ないよ」

【ピ リ】「いつもは教科書やノートでお勉強してます」

【 陣 】「教科書なんてあるのか? 普通のやつ?」

【明日香】「……たぶん、外と同じものが、図書室に揃ってる」

【姫 子】「普段は各自の年齢に合わせて教科書を読み進めつつ、わからないところがあれば周りに相談――という形式で授業をしています」

そこだけは“外”の基準に合わせているのか。

;■えへへ
【今日香】「今日香は好きな本を読んでいいんだけどね」

【 陣 】「好きな本を?」

【明日香】「……まともな勉強なんてできないから、好きにやらせてるだけ」

【今日香】「それより、せんせー、なにをお話してくれるの?」

マイペースな今日香は、楽しそうに足をパタパタとさせている。

【 陣 】「……仕方ないか」

そろそろ覚悟を決めよう。

【 陣 】「とりあえずピリ、手伝ってくれ」

【ピ リ】「う? なにを手伝いますか?」

【 陣 】「ピリはこの屋敷に来て半年なら、俺とほとんど外の知識が変わらないだろ。俺がなにか間違ったことを言ったり、説明が抜けてたらフォローしてくれ」

【ピ リ】「おお、なるほど」

【ピ リ】「そうですね。むしろ、わたしは陣くんと同じくらい、外よりもこのお屋敷のことを知らないと思いますか?」

【 陣 】「俺に聞かないでくれ」

なんでそこが疑問系になるんだ。

【 陣 】「えーと、屋敷に来たのは小夜が6年前で、今日香と明日香が3年前だよな。それなら6年以上前のことは話す必要ないか」

【小 夜】「あ、私は外のこととか興味ないから、ここ3年の話でいいよ」

【 陣 】「いいのか?」

【小 夜】「冷凍睡眠されてて50年ぶりに目が覚めた、とかじゃないんだから、そんなに変わらないでしょ」

小夜の言い方は、気を遣ったというより本当に外のことに無関心なのだろう。

;■きょとん
【今日香】「せんせー、それより、なんで今日香たちが屋敷に来た時期のこと知ってるの?」

;■はっ、と軽く
【明日香】「……あ、そうか、話してない」

双子が揃って不思議そうな顔をする。

【小 夜】「昨日の夜、私が陣くんに教えたの」

;■少しピリピリ
【明日香】「……あまり勝手に、明日香たちのことを話さないで」

;■微笑み、軽薄
【小 夜】「ごめんごめん」

;■ため息
【明日香】「……正確には3年じゃなくて、2年10ヶ月」

【 陣 】「話せればでいいけど、明日香や今日香は、それまで家族と暮らしてたのか?」

ちょうどいい機会なので、質問してみる。

【明日香】「…………」

【今日香】「明日香ちゃんどうする? 今日香が話す?」

【明日香】「……明日香が話す。今日香だと余計なことまで話しちゃいそうだから、しばらく黙っていなさい」

【明日香】「……明日香たちは子どもの頃に親に捨てられて、ここじゃない施設にいたけど、そこが火事になって閉鎖されたからこの屋敷に来た」

ほとんど感情を漏らさず、明日香が淡々と生い立ちを口にする。

説明としては要点を押さえているが――だからこそ、必要最小限に情報を伏せた物言いだ。

だが、明日香は静かに俺を見つめている。

どうやら、よほど姫子や他のメンバーの前では言えないことがあるようだ。

【 陣 】「まあ、そのうちだな」

これは独り言。

姫子の言葉ではないが、出会って1日の人間に、いきなり心を開けというのも無茶な話だ。

【 陣 】「じゃあ、ここ3年くらいの“外”の大きな出来事を話すから、なにか詳しく聞きたい話題があれば個別に声をかけてくれ」

【 陣 】「まず、一番大きいのは東日本大震災だな」

;■ちょっと困り
【ピ リ】「あー、ありました」

【小 夜】「さすがにそれはわかるよ」

【姫 子】「ここもかなり揺れましたからね。あの時は、なにが起こったのかを私から皆さんに伝えさせて頂きました」

【 陣 】「なるほど」

都内のビルの中なら、体感的には震度4か5くらいあっただろう。

【 陣 】「じゃあ、地震の話は飛ばそう」

【 陣 】「他に国内での出来事だと、スマートフォンの普及とゆとり教育からの方針転換、経済的にはTPP関係と、芸能だとAKBとジャニーズの台頭とかかな」

ある程度、頭の中でまとめていた内容を口にする。

世の中ではもっと多くのことが起こっているのだろうが、なにも調べずに、ぱっと思いついたのはこのあたりだ。

【小 夜】「……スマートフォンとTPPとAKB?」

【 陣 】「小夜には聞きなれない単語だろうな」

その3つの物事は、おそらく今日香や明日香がギリギリの既知の世代だろう。

【 陣 】「スマートフォンは、まあ、携帯電話にパソコンの機能を追加したみたいなものだと思えばいい」

【小 夜】「それってノートパソコンじゃないの?」

【ピ リ】「もっと小さいですね。本当に携帯と同じサイズです」

【小 夜】「へー。SFみたい」

小夜自身は否定したが、まさに冷凍睡眠されていた浦島太郎のような反応で、少し面白い。

;■内心で興味
【明日香】「……スマートフォンって、そんなに流行ってるの?」

【 陣 】「今は携帯よりも売れてるよ。実物を頼んであるから届いたら見せる」

【明日香】「……そう」

表面的には冷静なままだが、うなずいた明日香はどこかそわそわしている。

意外と機械的なものが好きなタイプらしい。

【明日香】「……じゃあ、芸能は興味ないけど、TPPってなに?」

【 陣 】「あー、環太平洋なんちゃら協定で、要するに太平洋に面してる国の貿易とかについての……」

【 陣 】「詳しいことはピリに説明してもらおう」

【ピ リ】「なぜそこでわたしに振りますか!?」

どうやらピリも詳細は知らないらしい。

【明日香】「……わからないの?」

【 陣 】「ニュースにはなってるけど、なんか小難しい話が多くて俺も細かいところまでわからないんだ。すまん、今度調べてくる」

正直に降伏して、思わずため息をついてしまう。

【 陣 】「……なんか、役に立ってないな、俺」

【ピ リ】「じ、陣くんはがんばってます!」

【明日香】「……別に責めてるわけじゃないし、それでいい」

ぽつりと、明日香が穏やかな口調で言った。

【 陣 】「慰められてる、というより、元からあんまり期待されてなかったか?」

俺と目が合うと、明日香は急に照れくさそうに眉を寄せる。

【明日香】「……そうじゃなくて。明日香が知りたいのは、そういう社会の勉強みたいなことじゃなくて、外のことだから」

【 陣 】「だから、うまく教えられてないだろう?」

【明日香】「……違う」

違う?

意味がわからなかったので続きを待ってみたが、明日香は本格的に表情を曇らせてしまう。

;■困り
【明日香】「……そういう、勉強じゃ、ない、の」

言葉は後ろにいくほど、すぼんでいく。

どうやら、本当に話をするのが苦手らしい。

;■苦笑
【小 夜】「明日香さんは、陣くんの“よく耳にするけど詳しく知らない”ということが、外の一般的な感覚なんだね、って言ってるんだよ」

【 陣 】「ああ、なるほど」

屋敷で暮らしている人間からは、そういう捉え方になるのか。

しかし、ピリのときといい明日香といい、小夜は相手の心情を拾うのが上手い。

【 陣 】「そういうことなら、ピリからでも十分に話を聞けると思うけどな」

;■軽い呆れ
【明日香】「……ピリが一般的だとはとても思えない」

【ピ リ】「どういうことですか!?」

【明日香】「……そのまんま」

;■えっへん
【ピ リ】「わたしはとてもとても一般的です。みんなにはよく『独創的だよね』と言われる一般人に過ぎません」

;■頭痛
【明日香】「……一般的と独創的、どっちなのよ」

【ピ リ】「う?」

【小 夜】「ふふ」

可愛らしい2人の言い合いに、思わず周囲の口元もゆるんでしまう。

そんな気軽さや、素のままの知識でかまわないと言われたことで、俺の気持ちも軽くなる。

その後も、国内での政治から始まり、映画や音楽の話、国外のギリシャから始まったEUの経済問題や中国との緊張状態のことなどを話すことになった。

もちろん、俺の知識でわかる範囲の内容であり、それにピリや明日香や小夜が反応するという――授業というより、ほとんど雑談でしかなかった。

中には、俺にはどうやっても考えつかない質問もあった。

例えば――

【明日香】「……ファッションはどうなの?」

【 陣 】「ファッション?」

【明日香】「……今年の流行とか色とか」

【 陣 】「あー、しばらく不況で地味だったらしいけど、なんか最近は派手な色とか、足を出すのも流行ってたかな?」

テレビや妹からの又聞きの情報を、なんとかひねりだせた。

これにはピリのほうが反応してくれる。

;■微笑み
【ピ リ】「わたしが屋敷に来る前なら、服は柄物、小物や鞄はクリアなものが流行ってましたですよ」

【小 夜】「クリアなものって?」

【ピ リ】「透明なやつです」

【明日香】「……中身が見えちゃうじゃない」

【ピ リ】「それがお姉さんっぽくてお洒落なんですよ」

【明日香】「ふうん……ファッションは季節ごとでも変わるから、“今”の話は参考にならないかも」

;■うんうん
【ピ リ】「確かに」

【 陣 】「…………」

正直、この手の話題で女子についていける自信はなかったので、目立たないように無言を貫いた。

男からしたら、ファッションなんて『かわいい』とか『生足はいいよな』くらいのものである。

とまあ、午前中はそんな感じで時間が過ぎていった。



「御影新作プレゼンのサンプルシナリオ_01」の4へ続く