御影のブログ

企画/シナリオライター御影のブログ。

「御影新作プレゼンのサンプルシナリオ_01」の2

2014年01月25日 13時07分55秒 | 新作プレゼンのサンプルシナリオ
;■屋敷・サロン(17時半)
;■ 雪村陣(私服
;■ 御蔵姫子(メイド服
;■ 黒崎今日香(私服
;■ 黒崎明日香(私服
;■ ピリッタ・マキネン(制服
;
長い廊下の先にあった扉を開けると、かなり広さのある部屋に出た。

花瓶、鉢植え、壁掛けの絵画、ここも花に溢れた部屋だったが――

しかし、なによりも目を惹いたのはソファに腰掛ける白い少女だった。

ファッションには詳しくないので呼び方が正確かわからないが、白いゴスロリ服を着た少女が、ゆったりとした姿勢で本を読んでいた。

見た目は可憐だが、どこか造花のような冷たさを湛{たた}えてもいる。

≪明日香≫「…………」

少女はチラッとこちらを窺うと、すぐ手元の本に視線を落としてしまった。

【姫 子】「あれ、明日香ちゃんだけですか? 今日香ちゃんもいると聞いていたのですが?」

部屋を見渡しながら姫子が言う。

;■ぽつりと
【明日香】「……今日香は台所」

【明日香】「……おかえりなさい、姫子」

;■微笑み
【姫 子】「ただいま戻りました」

【明日香】「……その人が新しい世話役の人?」

本に目をやったまま、明日香と呼ばれた少女が訊ねてくる。

【姫 子】「ええ。雪村陣くんです」

【 陣 】「よろしく」

【明日香】「……どうも」

その挨拶のときだけ伏せていた目をあげ、明日香がようやく俺を正面からとらえた。

だが、またすぐに本を読み始めてしまう。

ピリと話した後だからか、余計にそっけなさが際立つ。

;■軽い呆れ
【姫 子】「明日香ちゃん、もうちょっと自己紹介してもいいんじゃないですか?」

;■少し考え
【明日香】「…………」

【明日香】「……別に明日香から話すことはない」

【 陣 】「それなら俺から話そうか?」

【明日香】「…………」

ようやく本を閉じ、明日香が必要以上にゆっくりと立ち上がる。

それだけでも重労働だという動きは、見た目通り、あまり身体が丈夫ではないらしい。

;■冷たく
【明日香】「……あなたは他人に干渉してくるタイプ?」

【 陣 】「どちらかと言えばあまり干渉しないタイプだけど、明日香が干渉されるのがイヤかどうかを知らないと話しかけるだろうな」

【明日香】「…………」

【明日香】「……そうね」

それは認めるという仕草で明日香が頷く。

【明日香】「……干渉しすぎないならそれでいい」

【明日香】「……話を聞くのが嫌いなわけじゃなくて、明日香は、話をするのが苦手なの」

【 陣 】「わかった」

話しかけるのはいいが、返事にはあまり期待するなということだ。

それにしても、このクールさで自分のことを名前で呼ぶのは、少し微笑ましい。

;■ちょっと感心
【姫 子】「陣くん、扱いに慣れてますね。明日香と初対面でこれだけ話せる人は初めてですよ」

【 陣 】「こんなものだろう?」

施設に預けられたばかりの心を閉ざしている子どもに比べれば、そっけないだけで、明日香とは会話が成立している。

【 陣 】「それにしても――」

明日香と姫子の2人を、交互に見やる。

【 陣 】「メイド姿の姫子と並ぶと、明日香がこの屋敷のお嬢様みたいだな」

;■笑顔
【姫 子】「それは楽しいことです」

;■ちょい、おどおど
【明日香】「……姫子がイヤなら、こういう服はやめるけど?」

冗談だったのに、明日香が困ったように言う。

;■苦笑
【姫 子】「別にイヤではありません。いつも通りで構いませんよ」

【明日香】「…………」

【明日香】「……そう」

姫子の顔色を窺って、ようやく明日香が納得する。

【 陣 】「やっぱり、姫子は偉いのか?」

;■無表情、視線を逸らしながら
【明日香】「……明日香は死にたくないから」

俺の言葉に、明日香が囁くようにつぶやく。

なぜ急に、生き死にの話が出てくるのだろう?

ついでに、自分のことを名前で呼ぶのはやはり癖なのだろうか?

ぼんやりと浮かんだ2つの疑問を続けようとしたときだった――

;■画面揺れ
【 陣 】「――っ!?」

背中に衝撃を受けて視界が揺れた。

≪今日香≫「お兄さん、だーれ?」

べったりと張りついたなにか――明らかに女の子の声であるそれが、どこか舌足らずに訊ねてくる。

やってることも話し方も幼い子どものようだが、しかし、背中に感じる重さは大人のものだ。

【 陣 】「あの……誰だかわからないけど、とりあえず離れてくれないかな?」

≪今日香≫「なんで?」

【 陣 】「なんでというか……」

なんというか、その……感触がヤバイ。

とにかく柔らかい。

これは明らかに子どもではなく女性の身体だ。

≪今日香≫「どうしたの?」

【 陣 】「いや……」

;■ため息
【明日香】「……今日香、その人を困らせないで」

;■ちょっと不承不承
【今日香】「はーい」

【姫 子】「陣くんは、困ってるって顔じゃないですけどね」

外野がなにか言っているが、背中の女の子は素直に「よいしょ」と離れてくれた。

【 陣 】「ん?」

ようやく目の前に立った女の子は、明日香とそっくりな外見をしていた。

違いは、明日香が白い服なのに対し、今日香のほうが似たデザインの黒い服を着ているという1点だけだった。

【 陣 】「双子なのか」

;■満面の笑み
【今日香】「そうだよ♪」

【 陣 】「明日香が姉?」

;■冷静
【明日香】「……逆」

;■笑顔
【今日香】「今日香がお姉ちゃんだよ」

白と黒――対照的な服の色もそうだが、ここまで性格が正反対というのも面白い。

そこで、明日香が自分のことを名前で呼んでいた理由がわかった。

【 陣 】「そうか。双子だから、2人とも自分のことを分かりやすいように名前で呼ぶのか」

;■笑顔
【今日香】「そのとーり!」

;■冷静なまま
【明日香】「……明日香には似合わないって言いたいんでしょ?」

【 陣 】「似合わないってほどじゃないけど、少しくすぐったいな」

;■拗ね、少し照れ
【明日香】「…………」

【姫 子】「おや、照れてる」

【 陣 】「そうなのか?」

【明日香】「……別に」

;■きょとん
【今日香】「ねえ、おにーさん」

ふいに、今日香が親指を口元に寄せながら見つめてくる。

【今日香】「おにーさんは誰なの?」

【 陣 】「ああ、雪村陣……今日からここでみんなの世話をすることになってるんだ」

;■びっくり
【今日香】「あ、新しいせんせーなんだ」

【 陣 】「先生?」

;■笑顔
【今日香】「外のことを知ってる人」

【 陣 】「……外のこと?」

【今日香】「うん」

今日香はこちらの疑問など関係ないというように笑っている。

無言のまま明日香に助けを求めると、こちらもわずかに期待の満ちた目で俺を見ていた。

【明日香】「……落ち着いてからでいいから、色々教えて欲しい」

【今日香】「今日香にも!」

【 陣 】「ちょっと待て、先生って家庭教師じゃないのか? 外の話ってなんだ?」

【明日香】「……そのまま、今の“外”の情報を知りたいだけ」

明日香が当然のことのように答える。

そこで、その言葉が意味することに気づいた。

なんとなく携帯をとりだすが、アンテナは圏外で使い物にならなかった。

【 陣 】「……この屋敷に電話とかネットは?」

【明日香】「……ない」

【姫 子】「一応、守屋くんたちが待機してる管理室に繋がる電話はありますが、外部と連絡をとる手段はそれだけですね」

【明日香】「……欲しいものは手に入るけど、いわゆる新しい雑誌とか新聞も、テレビもない」

【 陣 】「それは……」

明日香の説明を理解したとき――ようやく、この仕事の異質さがわかった。

俺の仕事におかしなことはない。

俺の身に危険もない。

ただ、彼女たちが、この鳥かごのようなドームから“外”に出れないのだ。

【明日香】「……もしかして、知らなかったの?」

俺の顔色の変化を読みとったらしく、意外そうに明日香がつぶやく。

【 陣 】「ああ」

【明日香】「……そう」

【 陣 】「明日香、まさか誘拐されてるのか?」

姫子には聞こえないように、小さく訊ねる。

;■どこか歯切れ悪く
【明日香】「それはない……みんな、良くも悪くも自主的にここにいる」

【 陣 】「…………」

含みがあるようにも思えるが、嘘を強制されているという雰囲気でもない。

姫子がいるこの場で、これ以上の詳細を訊ねるわけにもいかないか。

明日香とは後で話をしたほうがいいだろう。

【 陣 】「姫子」

【姫 子】「なんですか?」

【 陣 】「彼女たちに、俺が外のことを教えてもいいのか?」

確認のために姫子に目をやる。

;■ごく普通に軽く
【姫 子】「“彼女たちが望むものを与え、望むことを叶えなさい”ということです」

【 陣 】「そうか」

情報の伝達自体が禁止されているわけではないらしい。

そもそも、仕事の内容が“それ”なのだから拒否権もない。

【 陣 】「それなら、外の話は落ち着いてからだな」

【今日香】「いつ落ち着くの?」

【 陣 】「夕飯を食べた後くらい、かな?」

ここでの生活がどうなるのかまだわからないので、どうしても曖昧になってしまう。

こちらはドームに入ってから30分も経っておらず、まだ荷物すら手にしたままなのだ。

;■駄々
【今日香】「夕飯ってもっと早く――」

;■やれやれ
【明日香】「……今日香、あまり無理を言わないで」

;■あっさり
【今日香】「わかった」

明日香の言葉に、今日香が驚くほど素直に引き下がった。

【ピ リ】「おお、びっくりぎょうてん浦島金太郎です。意外と仲良くやっておりますね」

【 陣 】「意外とって言うなよ」

部屋に走りこんできたピリにツッコミを入れておく。

【ピ リ】「陣くん、お部屋の用意が出来ましたが、よろしいですか? それとも、もうちょっとお話してからですか?」

【 陣 】「お部屋がよろしいんじゃないかな」

まだまだ知りたいことはあったが、とにかく一度落ち着きたい。

荷物とコートを抱えなおしていると、ふと、明日香が今日香になにかを耳打ちしている様子を目にした。

何事かと思っていると、今日香がピリのそばに歩み寄る。

【今日香】「ピーちゃん、せんせーのお部屋ってどこ?」

【ピ リ】「前の先生と同じですよ。1階の左手側です」

【今日香】「そっか」

言いながら、今日香が明日香に目をやる。

意味は通じているらしく、明日香がこくりと頷いてソファに座りなおした。

【姫 子】「また悪巧みしてますね、あの双子は」

【 陣 】「悪巧み?」

【姫 子】「好奇心旺盛なんですよ」

【ピ リ】「陣くん、行きますです」

ピリがさっさと歩けと言うように催促してくる。

もう1度部屋を見渡すと、今日香が小さくを手を振っていた。

俺もそれに手を振り返してから、サロンをあとにした。



;■屋敷・廊下(右翼)(17時半)
;■ 雪村陣(私服
;■ 御蔵姫子(メイド服
;■ ピリッタ・マキネン(制服
;
【 陣 】「……どうも、ここのルールがよくわからないな」

廊下に出たところで、ぼんやりとつぶやいてしまう。

【姫 子】「わからない?」

【 陣 】「なにか目的があって、この変な施設を作り、女の子たちを集めて、外に出さないようにしている――」

【 陣 】「“なにかの目的”って、まあ、それが姫子のご機嫌とりに関係しているんだろうけど」

【姫 子】「当然そうですね」

たいしたことではないと姫子も同意する。

【 陣 】「妙なことは多いけど、それにいちいち口を挟まないからこその高額な給料だってことも納得してる」

【姫 子】「では、なにがわからないんです?」

【 陣 】「外の情報をシャットアウトするルールがあるのに、そこに俺みたいな人間を入れたら意味がないだろ?」

これが疑問だ。

;■くすくす
【姫 子】「あら、陣くんは雑誌やネットと同じものなんですか?」

【 陣 】「情報の正確さとか量を考えたら、そういうもののほうが俺より優秀じゃないか?」

【姫 子】「大きな違いがあります」

【 陣 】「それは?」

【姫 子】「陣くんから知識を得るためには、コミュニケーションという過程が必要になります」

【 陣 】「なるほど」

それは確かに大きな違いだ。

【ピ リ】「なに2人はむつかしいお話をしておりますか?」

俺たちがのんびりしていると、ピリが急かしに戻ってきてしまった。

【 陣 】「ああ、悪い」

【姫 子】「そういえばピリさん、陣くんがドーナツを持ってますよ」

【ピ リ】「ドーナツ!」

突然の大声にびっくりしてしまう。

【ピ リ】「すばらしい! 陣くんは神様ですね!」

【姫 子】「神様は私です」

【 陣 】「そういうことじゃないだろう」

;■にこにこ
【ピ リ】「ドーナツは何個ありますか?」

【 陣 】「10個」

【ピ リ】「1人2個ずつですね」

【姫 子】「ピリ。今日は陣くんがいますから、屋敷にいるのは6人ですよ」

【ピ リ】「あー」

なんでドーナツを買ってきた俺が、恨みがましく睨まれなくてはならないんだ。

;■がっくりしながら
【ピ リ】「えーと、10個を6人で割りますから……割れません……」

【姫 子】「私とピリで3個ずつ食べて、他の4人が1個ずつにすればぴったりですよ」

【ピ リ】「姫子さん、やはり神様でしたか!」

;■えっへん
【姫 子】「神様です」

【 陣 】「…………」

なんかもう面倒くさい。

ツッコミ役として明日香でも連れてくればよかっただろうか?

【 陣 】「そういえば、あと1人、会ってない子がいるんだな」

【姫 子】「比良坂小夜という子ですよ」

【ピ リ】「小夜ちゃんは親知らずです」

【 陣 】「歯医者か?」

【ピ リ】「歯医者とは何事ですか?」

【姫 子】「行方知れずでしょう」

【 陣 】「なるほど」

【ピ リ】「わたしはそう言いました!」

ああ、この子、本当に残念なんだなぁ……。

とにもかくにも――その小夜という少女が、ボケよりツッコミ側の人間であることを祈っておこう。



;■屋敷・陣の部屋(17時半)
;■ 雪村陣(私服
;■ 御蔵姫子(メイド服
;■ ピリッタ・マキネン(制服
;■ 黒崎今日香(私服
;
騒ぎながら案内された部屋は、形容すれば書斎のような雰囲気だった。

書き物机、ソファのセット、ベッドにクローゼット、使い道のなさそうな暖炉に、奥にある扉の先はこの部屋専用の洗面所とトイレになっていた。

過不足はなく、むしろ広すぎて落ち着かないくらいだ。

【 陣 】「この屋敷の各部屋の配置ってどうなってるんだ?」

おおまかに部屋を見て回ったところで、姫子とピリに向かって声をかける。

【姫 子】「1階の右手は先ほどのサロン、その奥に娯楽室と図書室があります」

【姫 子】「左手にこの世話役の方の部屋と、台所と食堂と洗濯室。2階が女の子たちの部屋ですね」

【ピ リ】「あとは1階のまっすぐ奥がお庭とお風呂かと」

【 陣 】「後で見て回るか」

言いながら、常春の世界で必要のなくなったコートやマフラーをクローゼットに投げこむ。

【ピ リ】「それでは、お名残惜しいですが、なにかあったら台所にいるので声をかけてください」

それこそメイドのように言って、ピリはドーナツの袋を抱えて部屋を出て行った。

【 陣 】「なあ……ピリがいると、俺はすることがないんじゃないか?」

【姫 子】「あの子が納得する範囲で、お掃除の手伝いでもすればいいんじゃないですかね」

他人事のように姫子がぼやく。

;■にやにや
【姫 子】「それより、色々と私に言いたいことがあるんじゃないですか?」

【 陣 】「まあ、確かに百聞は一見にしかずだったな」

明日香との話を思い出す。

【 陣 】「この屋敷に住んでいる女の子たちは、全員身寄りがないのか?」

【姫 子】「そうです。ある意味、ここも陣くんが暮らしていた施設と変わりはありません」

【姫 子】「私や守屋くんから、彼女たちの生い立ちを教えるつもりはありません。それを知ることもあなたのお仕事になります」

【 陣 】「プライベートを詮索する気はないけどな」

【 陣 】「それより、ここにいる子たちは全員望んでここに住んでるのか?」

【姫 子】「事実です。皆さんに聞いて回ってもらっても構いませんよ」

即答だった。

【姫 子】「ここでは、望めばなんでも手に入ります」

姫子が楽しそうに両手を合わせて笑う。

【姫 子】「私か陣くんを通して守屋くんに連絡をいれれば、すぐに望みの品を用意してもらえます――これも、あなたの仕事の一環ですね」

【 陣 】「……ぬるま湯だな」

特殊、というより異{・}常{・}だろう。

ここはまさに、姫子のために用意された楽園であり、少女たちの鳥かごだ。

【 陣 】「……というか、なんで女の子だけなんだ?」

【姫 子】「私が花が好きだから」

それもまた異常な答えだった。

彼女たちは花か。

【 陣 】「ここにきてから、感覚のおかしなことばかりだ」

立て続けに独自の世界を見せつけられ、自分のもっている常識がわずかに揺らいでいる。

おそらく、姫子と話していても――彼女が嘘をついていないとしても、しっくりくる答えというものは得られないだろう。

なによりも、彼女がここでのルールの根源なのだから。

【姫 子】「質問はそれだけですか?」

【 陣 】「今のところは」

これ以上は、もう少し落ち着いて、なにを知るべきかを考えてからにしたほうがいいだろう。

【姫 子】「それでは、私もドーナツを食べてきます」

【 陣 】「もう少し、神様らしく去ってくれないか?」

;■考え
【姫 子】「……ふむ」

;■真顔
【姫 子】「ドーナツが私に食べて欲しいと語りかけてくるのです」

よくわからない神様らしさを発揮したあと、姫子は大人しく部屋を出て行った。

すぐに軽い足音が遠ざかり、やがて音がなくなった。

静かすぎる。

【 陣 】「そうか……ここ、車も走ってなければ、鳥もいないのか」

ぼんやりと部屋に立ち尽くしながら、妙なことに納得する。

すぐにどこかへ行こうという気にはなれず、椅子やソファではなく、ベッドに腰かけた。

【 陣 】「さて」

ようやく一息つけた。

気になることは多いが、部外者である俺になにができるのかはわからない。

そもそも、考え事をするにも情報が足りなすぎた。

まずは現実的な問題を片付けながら、屋敷の事情を見て回るか。

【 陣 】「まあ、給料分は働かないとな」

ピリに手伝えることがあるか聞いてこよう。

そう思って扉に目をやったところで、それが勝手に開いた。

【今日香】「あ、せんせー」

【 陣 】「今日香?」

【今日香】「ピーちゃんと姫子ちゃんは?」

部屋の中に入ってきた今日香が、あたりを見渡す。

【 陣 】「2人とももう出て行ったけど。どっちかに用事だったのか?」

【今日香】「ううん。あのね」

癖なのか指を口元に寄せながら、今日香が言葉を選ぶように間を空ける。

【今日香】「明日香ちゃんがせんせーとお話をしてきなさいって」

【 陣 】「話してこい?」

【今日香】「うん」

【 陣 】「なんの話をしろって言われた?」

【今日香】「え? なにも言ってなかったよ?」

驚いたように今日香が目を丸くする。

この屋敷のことを明日香に相談しようと思っていたが、自分の代わりに今日香を寄越したのだろうか?

だが――正直、今日香に代役が努まるとは思えなかった。

【 陣 】「…………」

どうしたものかと考えていると、ふらふらした足取りで今日香が近づいてくる。

彼女は目の前までくると、そのまま床に座りこみ、ベッドに座っている俺の膝に寄りかかってきた。

物心がつく前の子どもにはよくされることだが、今日香のような少女にやられると、さすがに焦ってしまう。

【 陣 】「え? あ、なに?」

【今日香】「せんせーは男の人なんだね」

当然のことを、さも珍しいことのように今日香が言う。

【 陣 】「そ、そうだな」

【今日香】「すごく久しぶりに見た」

【 陣 】「久しぶり?」

そういえば、ピリと初めて会ったときも、似たような反応をしていたか。

【 陣 】「そうか。俺の前の先生っていうのは女性だったんだね?」

【今日香】「うん、そう。その前の先生も女の人だったよ」

どこか眠たげに今日香が言う。

異性に対して無菌室のような場所で育ったから、彼女はこうも身体に触れることに抵抗がないのか。

【 陣 】「…………」

ふいに、イヤな予想が浮かんでくる。

まさか、明日香のやつ、それがわかってて今日香を送りこんできたんじゃないよな?

いくら仕事で来ているとはいえ、俺だって健全な男なのだが――いや、だからこそなのか?

こちらの葛藤を知ってか知らずか、今日香は俺の膝元で、すんすんと鼻を鳴らしている。

【 陣 】「あの、今日香、なにしてるの?」

【今日香】「えーとね、なんか懐かしい匂いがする」

【今日香】「せんせーはお父さんいる?」

【 陣 】「……いや、いないな。お父さんの代わりの人ならいるけど」

【今日香】「そっか。これ、お父さんの匂いなのかな」

子どものような笑顔に――外見と不釣合いな無邪気さに、ようやく心が落ち着く。

【 陣 】「なにかと思ったら、『お父さん』だったか」

【今日香】「ん?」

【 陣 】「いや、こっちの話」

【今日香】「あったかいね」

【 陣 】「そうだな」

俺は今日香の頭を撫でながら、春めいた窓の外に目をやった。

………………

…………

……


;■屋敷・サロン(18時半)
;■ 雪村陣(私服
;■ 黒崎明日香(私服
;
それから30分後。

ピリのいる台所に向かう前に、サロンに顔を出す。

夕日のさしこむ部屋の中で、相変わらずの姿勢で明日香が本を読んでいた。

【 陣 】「明日香」

【明日香】「…………」

呼びかけると、本から顔をあげて明日香がこちらに目をやる。

【 陣 】「今日香が俺の部屋のベッドで寝てるから、回収してくれ」

【明日香】「……そう、寝ちゃったんだ」

【 陣 】「なんなら俺が運んでもいいけど、部屋がわからなくて」

【明日香】「……夕飯が出来たら起こす」

【 陣 】「わかった」

【明日香】「……それだけ?」

【 陣 】「なんで今日香を部屋に寄越したんだ?」

もったいぶるのは好きじゃないので、ストレートに訊ねる。

【明日香】「…………」

;■ちょっとばつが悪い、軽い嫉妬もある
【明日香】「……今日香は」

【 陣 】「ん?」

【明日香】「……今日香は可愛い」

どこか困ったように明日香がつぶやく。

【 陣 】「それ、双子だと自画自賛になってないか?」

【明日香】「……顔の話じゃない」

明日香が本に視線を落としてしまうが、その目は文字を追っていなかった。

守屋のような無表情さだが、明日香の場合、なにを考えているのかわからないほどではない。

可愛げということなら、確かに今日香と明日香は比べるまでもないが――

【 陣 】「まあ、双子だからって気にすることないだろ」

【明日香】「…………」

【 陣 】「睨むなよ」

【 陣 】「今日香が可愛いなら、明日香は美人って、個性じゃないか」

;■ごく軽い驚き
【明日香】「…………」

;■ごく軽い照れ怒り
【明日香】「……陣のバカ」

わずかに照れた怒り顔に満足して、俺はサロンを後にした。


;■屋敷・廊下(右翼)(18時半)
;■ 雪村陣(私服
;
【 陣 】「……ん?」

廊下に出たところで、ちょうど窓の外を人影が通り過ぎた。

たなびく髪が一瞬だけ見てとれた。

【 陣 】「銀色だったな」

初めて目にした髪の色――まだ会ったことのない比良坂小夜という少女のものだろうか。

このドームに部外者がいるとは思えないので、おそらくそうだろう。


;■屋敷・玄関ホール(18時半)
挨拶だけしておこうと、俺は一度屋敷の外へと出る。


;■屋敷・外観(18時半~19時になる)
;
余計な光源がなく、空気も澄んでいるせいか、夕焼けの赤さが際立っていた。

いや、そう見えるよう調整された映像、か。

ちょうど夕暮れらしい。

ふと、ここでは夕方から夜にどうやって切り替わるのだろうかと思いつく。

;■夕方→夜空へ切り替え
タイミングもいいので、少しだけ待ってみる。

地平線に太陽が消えていく動きに合わせて周囲が暗くなっていく。

それはちょうど、映画館の照明が消えていくのを、可能な限りゆっくりにしたような感じだった。

空を映しだしているモニター自体の動きは滑らかで、夕暮れの赤みが失われる代わりに青みがかり、またたく星空を映しだした。

ただ、夜になってもあたりはぼんやりと明るい。

【 陣 】「明かりについては少しぎこちないな」

屋敷の住人の安全のためだろうが――わずかでも機械的な限界を目にしたことで、ほっとした。

視線をおろして、最初の目的を思いだす。

人影の見えた窓の位置を考え、屋敷を正面に見て、右手のほうにぐるりと回る。


;■花畑の墓標(19時)
;■ 雪村陣(私服
;■ 比良坂小夜(制服
;
屋敷の裏手にはわずかな林があり、道なりに進むと花畑が広がっていた。

人工的な月明かりの下。

不自然な青白さに照らされた廃墟のような石のオブジェと、それを囲む花園。

人影はその中心で、こちらに背を向けて立ち尽くしている。

彼女の前には木で組まれた大きな十字架があり、地面に影を落としていた。

近寄りがたい雰囲気に、一瞬、足を止めてしまう。

異常な1日の中でも、これは極めつけだった。

【 陣 】「……それは誰かの墓なのか?」

;■ここから小夜登場、見返りCG。
;■軽い驚き
≪小 夜≫「…………」

俺の声に、わずかに肩を揺らして、少女が振り返る。

その動きに合わせて、ふわりと花びらが舞った。

人形のようだと思った。

目の前にいても、気配がまるで感じられない。

姫子が浮世離れしながらも生命力に溢れているのに対し、この少女からは生気というものが感じられない。

ただ、俺という部外者の存在と質問に浮かべたわずかな驚きが、かろうじて彼女を人間だと認めていた。

;■きょとん
≪小 夜≫「えーと、お墓?」

≪小 夜≫「どうかな」

;■わずかな悲哀のある微笑み
≪小 夜≫「私がこの屋敷に来たときには、もう立ってたものだから……もしかしたら悪戯なのかも」

少女が笑顔にしては弱々しい表情を浮かべる。

;■苦笑
≪小 夜≫「掘ってみれば本物かわかると思うけど」

【 陣 】「そこまで悪趣味じゃない」

≪小 夜≫「そうだね。本当にお墓かどうかわからないから、これ、そのままなんだよね」

意外と屈託のない話し方をする少女を安心させるように、両手を広げて見せる。

【 陣 】「驚かせるつもりはなかったんだ。今日からあの屋敷で働かせてもらう、雪村陣だ」

【小 夜】「小夜、比良坂小夜です。よろしくお願いします」

スカートの裾をつまんで、小夜が会釈する。

;■CGから通常シーンに戻す候補位置。

【 陣 】「ピリと同じ服なんだな」

【小 夜】「ピリさんにもう会ったの?」

【 陣 】「小夜が最後だよ」

【小 夜】「そう」

ぼんやりとした調子で小夜が胸に手をあてる。

【小 夜】「これは制服」

【 陣 】「制服?」

【小 夜】「まだ聞いてないんだね」

【 陣 】「そんな感じの台詞ばっかり言われてるけど、本当にちょっと前に来たばかりだから、わからないことだらけだよ」

【小 夜】「午前9時から午後3時までは、この服を着て過ごすのがあの屋敷のルールなの。私は、着替えるのが面倒で今もそのままだけど」

“制服”に“先生”となると、つまり――

【 陣 】「学校の代わりか」

【小 夜】「うん。なにもない場所だから、習慣になるようなルールがないと、手持ち無沙汰にしかならないよね」

どこかぼんやりとしているが、小夜は今までで一番話しやすい相手かもしれない。

【 陣 】「もし学校なら、俺は2年だな」

【小 夜】「あ、えーと……それなら私と同い年かな」

小夜が外の世界の基準を思い出すように答える。

;■微笑み
【小 夜】「よろしくね、陣くん」

【 陣 】「ああ」

【小 夜】「ところで、もしかして夕飯だから私を呼びにきてくれたの?」

【 陣 】「いや、窓から見えたから挨拶しておこうと思って」

【小 夜】「そっか。それじゃあ一緒に戻ろ」

気さくな様子で小夜が屋敷に戻ろうとする。

俺は彼女に声をかけた。

【 陣 】「俺のほうも『ところで』だけど、小夜はこんなところでなにをしてたんだ?」

墓参りでもないなら、わざわざ日暮れにこんな場所を訪れる理由を思いつけない。

【小 夜】「散歩、かな?」

【 陣 】「もうちょっと場所を選んだほうがいいと思うけど」

【小 夜】「そうだね。うん」

彼女は俺の言葉に納得したというようにうなずく。

【小 夜】「ねえ、陣くん。外から来たのなら、あのお屋敷やみんなが少し変だってことは気づいてるよね?」

【 陣 】「まあ、普通だとは思えないな」

【小 夜】「ひとつだけ知っておいて欲しいんだけど」

ふいに真面目な顔になって、小夜がまっすぐ俺を見つめてくる。

【小 夜】「あのお屋敷で一番おかしいのが私だから、気を許さないで」

【 陣 】「え?」

【小 夜】「多分、わからないと思うけど、先に伝えておくね」

【小 夜】「姫子よりも私のほうが危ないから」

それで用は済んだとばかりに、今度こそ小夜は花畑から立ち去っていく。

彼女が一番まともだと思うのだが――

からかわれているのか?

よくわからないなと思いながら、俺は小夜の後を追って屋敷へと戻った。

………………

…………

……


;■屋敷・食堂(19時半)
;■ 雪村陣(私服
;■ 御蔵姫子(メイド服
;■ ピリッタ・マキネン(私服
;■ 黒崎今日香(私服
;■ 黒崎明日香(私服
;■ 比良坂小夜(私服
;
;■食事シーンCGは表情&動作差分を考慮しない1点ものとして形成する。
;■「大勢での食事シーン」というイメージボード的なものを想像してもらえればよい。
;■テーブルに映る皿や食事の内容も汎用素材として変更なしでOK。
;■ポイントは3点。
;■ 1:各キャラクターごとにレイヤーわけをして外せるようにしておく。
;■ 2:あとで参加するキャラも含めて作成しておく。
;■ 3:小夜は一番目立たない位置でよい(初期に脱落して以降は取り外しがデフォになるので)。
;
;■ 表情差分や汎用性をイベントCGで作成するなら、全キャラクター単独のテーブルについているものを別に作成する方法がある。
;■ 「ダンガンロンパ」の学級裁判シーンをイメージできるなら近いと思う。
;■ 服装は私服限定、表情「喜怒哀楽」4種(×余力がれば目線左右)。
;■ こうすると、誰がどう残っていてもシーンが形成できる。
;■ まあ、これでも素材量がアホみたいに多くなるので基本的には必要ない。

寄り道が多かったせいか、台所のピリのところに顔を出したときには夕飯の支度は終わっていた。

手伝えたのは食堂に皿を運ぶ仕事だけだった。

そして――

;■微笑み
【姫 子】「それでは、この屋敷の主人である私から食事の前のご挨拶を――」

;■軽い呆れ
【姫 子】「って、もう皆さん食べ始めてますね」

【 陣 】「メイドが音頭をとるのは妙な光景だな」

;■微笑み
【小 夜】「慣れだよ、慣れ」

;■笑顔
【今日香】「せんせー、ピーちゃんのご飯はすごく美味しいんだよ♪」

;■残念
【ピ リ】「先に陣くんが来ることを教えておいてもらえれば、もっと美味しいご飯を作りましたのに」

;■冷静
【明日香】「……というか、陣、姫子が話してるうちに自分の食べる分を確保したほうがいい」

明日香の説明が状況を端的に語っているようで、全員、せっせと自分の食べたいものを取り皿に移して、食事を始めている。

【姫 子】「まったく……皆さん、自分の食べる分は手元に集めましたね? では、残りは全て私のものです」

どうしようもない大食い宣言をしてから、姫子が俺のほうに目をやる。

【姫 子】「一応、陣くんの紹介などもしようと思っているんですから」

真面目に聞いているとは言いがたいが、姫子が全員に、俺の経歴を要約して伝える。

【小 夜】「ふうん。陣くんも施設の出なのね」

【 陣 】「ああ。だから、こういう食事風景も慣れてる」

メニューにもよるが、基本、大所帯の食事は大皿から取り分ける形になりやすい。

特に今日は、俺が飛び入りになったせいで5人分を6人で割ることになっているはずだ。

【 陣 】「ところで、全員集まってるからちょうどいいんだけど、俺は明日からなにをすればいいんだ?」

【姫 子】「では、食べながらざっと説明しましょうか」

【ピ リ】「姫子さん姫子さん、陣くんはわたしの手伝いをしてくれるのですか?」

【姫 子】「掃除や洗濯は構いませんが、食事はピリにお願いしたいところですね」

【 陣 】「確かに」

適当に口に放りこんだから揚げをひとつとっても、料理の腕についてはピリと俺の差は大きすぎる。

;■軽い照れ困り
【明日香】「……洗濯も?」

;■軽い照れ困り
【ピ リ】「洗濯は自分たちでしたいですねぇ」

;■きょとん
【今日香】「なんで?」

;■くすり
【小 夜】「私は陣くんにお願いしちゃってもいいかな」

【姫 子】「では、私と小夜と今日香の洗濯は陣くんにお願いしましょう」

【 陣 】「ああ」

変なところで性格が出るな、と思う。

;■笑顔
【ピ リ】「陣くん、お掃除はお屋敷が広いので分担しましょう」

【 陣 】「それもわかった」

【姫 子】「あとは、皆さんの望むものを守屋くんに電話して手配するのがお仕事になります。これは明日香とピリからの話が中心ですね」

【 陣 】「部屋に電話があったな。で、その2人の注文が多いのか?」

【明日香】「……本とかゲームとか服」

【ピ リ】「わたしは食材とか洗剤とかトイレットペーパーですよ?」

【 陣 】「なるほどね」

ピリは生活全般を任されているので当然として、明日香はここのシステムを使って浪費をしているらしい。

【 陣 】「一応、この屋敷に持ちこんじゃいけない品物は、どういう基準で考えればいいんだ?」

【姫 子】「最初のうちは陣くんが気にする必要はありません。これまでの経験で各自に基準がありますし、都合の悪いものは守屋くんのところで止められます」

これも分かりやすい話だった。

その後、食事をとりながら、全員からおおまかな屋敷のルールを確認する。

そうして、ようやく具体的なイメージが掴めてきた。

1日の生活サイクルを考えると、だいたいこんな感じか――

朝は適当に起きて、朝食は各自で済ませる。

9時になったら、全員が制服に着替えてサロンに集まって、昼食を挟んで午後3時まで勉強会(俺は先生役を務めることになるらしい)。

以降は掃除や洗濯をしながら、その都度、頼まれた仕事をこなせばよいということだ。

【 陣 】「そんなに外の学生生活と変わらないな」

【小 夜】「……そうなの?」

【 陣 】「ああ。朝がもうちょっと早いけど」

【ピ リ】「懐かしいお話です」

【姫 子】「これでだいたいの説明はしましたよね?」

【今日香】「夕飯だけは必ず全員でとることって決まりはあるよ」

今日香が楽しそうに補足する。

【小 夜】「そうしないと、部屋に引き篭もったまま出てこない子が出てくるから」

思わず明日香のほうを見てしまう。

【明日香】「……なに?」

【 陣 】「いや、別に」

確かに、決まりでもなければ出てこなさそうだなぁ。

とにかく、と俺はこっそりと全員の様子を眺める。

しばらくこの6人で暮らしていくことになるが――まあ、悪い仕事ではなさそうだ。

姫子が花と形容するのも、納得できるメンバーだった。

………………

…………

……


;■屋敷・サロン(21時)
;■ 雪村陣(私服
;■ 比良坂小夜(私服
;■ ピリッタ・マキネン(私服
;■ 黒崎今日香(私服
;
夕飯を終え、全員でサロンに移って軽いお茶を済ませた後。

今日香と明日香が自室に戻り、姫子もどこかへと姿を消し、ピリと小夜だけが部屋に残っていた。

【小 夜】「陣くんは休まなくても平気?」

小夜がぼんやりとした表情で言う。

一瞬、遠まわしに部屋から出て行けと言われたのかと思ったが、単純に体調を気遣ってくれているらしい。

俺は電波の入らない携帯で午後9時という時間を確かめる。

【 陣 】「ちょっと気疲れはしてるけど、まだ休むような時間じゃないな」

【小 夜】「陣くんはよくやってると思う。うん」

小夜が優しいような弱々しいような微笑みを浮かべる。

ピリや今日香のような屈託のない笑顔を、とまでは言わないが、もう少し明るく笑ってくれないと、どうも気になって仕方ない。

【 陣 】「あ、そういえば風呂ってどうなってるんだ?」

当たり前のことすぎて、訊くのを忘れていた。

自分の部屋にトイレはあったが、風呂場を見た覚えがない。

;■微笑み
【小 夜】「一緒に入ろうか?」

【 陣 】「そういう冗談はやめてくれ」

;■くすくす
【小 夜】「冗談じゃないのに」

照れくさくて小夜のほうを見ていられず、ピリに視線を向ける。

【ピ リ】「わ、わたしと入りたいということですか!?」

【 陣 】「そこから離れろ。単に、風呂にどういうルールで入るのかを確認してるだけだ」

【ピ リ】「安心しました」

真顔でほっと息をつき、ピリがいつもの笑顔を取りもどす。

【 陣 】「1階の奥に風呂場があるって聞いたけど、入る順番とか時間はどうなってるんだ?」

;■あー、と
【小 夜】「うん。まあ、あれも一応、お風呂かな?」

【ピ リ】「そういえば男の人が来たのは初めてですから、どうしましょう?」

【 陣 】「なんだその反応は?」

;■にっこり
【ピ リ】「ここのお風呂は露天風呂なのです」

【 陣 】「露天風呂?」

俺の驚きに、小夜が苦笑いしながら言う。

【小 夜】「屋敷の裏手にあるんだよ。もちろん天然じゃないけど」

【ピ リ】「養殖です」

【 陣 】「魚かよ」

それこそ冗談だ。

;■えっへん
【ピ リ】「広いので誰でもいつでも入ってよいとなっていて、順番とか時間なんて決めていませんでした」

;■苦笑
【小 夜】「世話役の人が女性だったときはそれで問題なかったんだけど」

【 陣 】「……どうにかしてくれ」

自分で手配できることではなかったので、額を押さえてうめいてしまう。

姫子のやつ、本当になにも考えずに男の俺を採用したのか。

;■苦笑
【小 夜】「あとで姫子と明日香さんに相談してあげる」

【ピ リ】「夜に入ると星がきれいですよ」

【 陣 】「星?」

新宿で星がよく見えると言われてもピンとこない。

だが、ここでは夜空すら作り物で――プラネタリウムのようなものなのだろう。

【 陣 】「それはちょっと気になるな」

;■微笑み
【小 夜】「やっぱり一緒に入る?」

【 陣 】「遠慮しておく」

いい加減、風呂の話題から離れたほうがよさそうだ。

【 陣 】「ところで、普段は2人とも、どんな話をしてるんだ?」

【ピ リ】「普段?」

【 陣 】「今日は俺の話ばっかりだけど、その前とか、例えばピリと小夜はどんな話をしてたのかってこと」

【ピ リ】「どんなと言われても?」

【小 夜】「普通の話かな?」

小夜とピリが同じように首をかしげる。

普通――テレビやネットもないこの閉鎖された環境で、その言葉はどこか据わりが悪い気がした。

【 陣 】「具体的には?」

;■微笑み
【小 夜】「ピリさんとは猥談が多いですよね」

【ピ リ】「ぐふぁ!?」

小夜の穏やかな答えに、ピリが妙なむせ方をする。

【ピ リ】「いけませんいけません! 小夜さん、なんてこと言いますか!?」

【小 夜】「ピリさんはこの屋敷に来て半年くらいしか経ってないから、あんまり世間ズレしてないんだよね」

ピリの抗議を無視して、小夜が説明してくれる。

【小 夜】「ちょうど年頃の子が多いタイミングだから、まあ、猥談は多いよ」

【ピ リ】「小夜ちゃん、話を聞いてください! せめて恋バナとお呼びください!」

【 陣 】「小夜は、ここでの暮らしが長いのか?」

【ピ リ】「陣くんも誤解してはいけないことです!」

ピリの慌てぶりも面白かったが、小夜の言い回しのほうが気になった。

【小 夜】「私は6年。双子ちゃんがもうすぐ3年、ピリさんは半年、姫子はいつからいるのかな?」

【 陣 】「この屋敷に6年か……」

物心がつく年齢を考えれば、小夜は外での生活より、この屋敷での生活のほうが体感時間が長いくらいかもしれない。

【 陣 】「じゃあ、古株は姫子と小夜なんだな」

【小 夜】「うん。姫子と私は親友――かな?」

【ピ リ】「わたしも親友です!」

【小 夜】「そうだね。ピリさんは姫子を餌付けしちゃったもんね」

【 陣 】「ここは動物園か」

まあ、夕飯のときも、本当に姫子が大皿に残ったものを全てひとりで食べきっていたが。

【小 夜】「で、ピリさんとの猥談の話だね」

【 陣 】「そうだったな」

【ピ リ】「せっかく忘れていたのに話を戻さないでください!」

ピリが半泣きになって叫ぶ。

【小 夜】「そうは言っても、やっぱり男の子が来たからには意識してるでしょ?」

【ピ リ】「それはそうですし、最初にパンツを――いや、陣くんのことを意識しているというお話ではなく!!」

【小 夜】「パンツ?」

【 陣 】「ホールで会ったときにピリが洗濯籠をひっくり返してたんだよ」

【小 夜】「ああ、そういうの、恥ずかしいんだ」

どちらかと言えば、これは小夜が世間ズレしているのだろう。

【ピ リ】「今日香ちゃんと明日香ちゃんも恥ずかしがります!」

【小 夜】「うん。あの子たちが一番思春期してるもんね」

【 陣 】「姫子は? あれが神様だって言うなら、人間の恋愛はどう考えてるんだ?」

;■真顔
【小 夜】「姫子とその手の話をしても、おしべとめしべの話しかしないかな」

【 陣 】「受粉か……」

【ピ リ】「え、えっちです!!」

植物の話でもピリは顔を真っ赤にして叫ぶ。

想像力豊かというか……みんな、ピリをからかうのが楽しいんだろうなぁ。

と、勢いよくサロンの扉が開いた。

;■笑顔
【今日香】「ピーちゃん、今日香たちとお風呂はいろ!」

【ピ リ】「おお! さすが今日香ちゃん、グッドダイヤモンドです!」

【今日香】「ん?」

ピリの必死な様子に、今日香がきょとんとしながら部屋を見渡す。

;■にこにこ
【今日香】「あ、せんせーと小夜ちゃんも一緒にお風呂入る?」

【小 夜】「グッドアイデアですね」

【 陣 】「頼むから勘弁してくれ」

まあ、俺にとってもちょうどいいタイミングか。

【 陣 】「俺は部屋に戻って着替えをどうにかしてくる。一番最後でいいから風呂に入ってもよくなったら声をかけてくれ」

【小 夜】「わかりました」

小夜の笑い声を聞きながら、俺は大人しくサロンから退散する。

よく考えれば、俺もピリと同じように、からかわれていたようだ。



「御影新作プレゼンのサンプルシナリオ_01」の3へ続く

「御影新作プレゼンのサンプルシナリオ_01」の1

2014年01月25日 12時12分10秒 | 新作プレゼンのサンプルシナリオ
;■--------------------------------------------------
【まえがき】
 本テキストファイルだけが拡散することもあると思いますので、補足の前書きをいたします。
 執筆者は「御影」で、情報は以下にあります。

 御影(企画/シナリオライター)
  ・ブログ :http://blog.goo.ne.jp/mikage00 ※問い合わせ用のメールアドレス記載あり
  ・Twitter:https://twitter.com/mikage_work

 本テキストの内容は“商業用に作成した「PCゲーム」の冒頭部分にあたるシナリオ”となります。
 ただし、“現段階において本企画およびテキストは、どの企業・メーカーで制作するかを決定していない”状態となっております。
 一応、職業シナリオライターが商売用に本気で書いた、素のシナリオデータを読める機会ということで、ご興味とお時間がありましたらお読み頂ければ幸いです。


;■----------
<企業・作り手側の皆様へ>

 本作は「ユーザーさんに情報が公開されている状態を前提に、この作品を一緒に作りたい」という方や会社さんはいらっしゃいますでしょうか?――というTwitterとWEBを使ったプレゼンでもあります。
 要点は、どんな商売の基本でもある『お客様は安心にお金を払う』に基づくものであり(御影がなにかを購入するときも当然これが大事)、かつ、これは今の不況下ではより重要な要素になっていると御影は考えています(特に1作品の単価の高いPCゲームでは、他メディアよりもビジネスとして弱いと感じている)。
 まあ、こんな状況ですが、色々とやれるのだからやってみようの一環です。
 御影は、正確にはシナリオライターよりも企画のほうが本業なので、他にもちょこちょこ考えていることなどもありますので、ご興味がありましたら、お気軽にお声をかけてくださいませ――の、きっかけとしまして。



;■--------------------------------------------------
【ごく簡単な企画概要】

 舞台は現代の新宿。
 冬、12月。
 新宿の街と、ビルの中に用意された鳥かごの屋敷。
 作品のイメージカラーは、街が赤と黒、屋敷が青と緑。

 街や国が繁栄する対価として、神様に人間の少女たちの命を“生贄”として捧げている。
 このシステムが前提として存在している物語。
 主人公となる“あなた”は、生贄になる少女たちの世話をし、誰を捧げるかを“選択”させられる――。

 他媒体にはない能動的な選択による分岐システムを最大限に活かした、アドベンチャー“ゲーム”となっております。



;■------------------------------------
;■【書式の解説】
;■ ・本テキストは現状、「18禁AVG」「ウインドウ形式」「ボイスあり」でのシナリオを想定しています。
;■ ・各場面の冒頭に“舞台”“登場キャラ(服装)”を一覧記述。
;■ ・スクリプト化の際のウェイトや効果音などを目安のレベルで記述。
;■ ・以下3点の記号のみ補足します――
;■   1 ;■      :ゲームに反映されないコメント文章。
;■   2 【***】  :台詞の話者名。≪***≫の場合は話者の名前が未出であることをあらわす。
;■   3 {}      :ルビ({・}の場合は傍点)。

;■以上。
;■記述は統一されておりますので、必要な仕様への一括置換をすぐにおこなえます。
;■また、すべての条件は、実際に開発を行う環境やスケジュールが確定したところで、最適な形に修正することを前提としています(ヒロインや舞台の見直し、全年齢化、ノベル化、携帯ゲーム媒体でのノベル化などなど)。



;■------------------------------------
;■【サンプルテキスト本文】
;■<プロローグ・1日目>

;■-----
;■事務室(15時)
;■ 雪村陣(私服
;■ 御蔵姫子(メイド服
;
;■以降の冒頭の選択肢は、なにを選んでもそのまま先に進む。
;■冒頭に選択肢を複数配置することで、主人公とプレイヤーの共感を強化。
;■同時に、このゲームが“選ぶ”ということを意識していることを提示する。
;■なにかあればここの選択肢の回答の傾向をトリガーにして、後で変化する点を用意してもよい。
;■ここのフラグで、最終EDのCGは同じだが、“個々の選択”により微妙に内容の異なるオチにするという手はある。

;■少しだけ、メッセージウインドウなしの白or黒画面でSEのみ。
;■SE・時計の秒針の音。

;■SE・紙をめくる音。
;
時間とともに、裏返しで配られていた問題用紙を表にする。

『大金のはいった財布を拾いました。あなたのとる行動に丸をつけてください。』
;■選択肢・3択
;■1:交番に届ける 2:黙って自分のものにする 3:持ち主を探す
;
【 陣 】「……なんだ、これ?」

適当に丸をつけたところで、思わずつぶやいてしまう。

バイトの採用テストを受けに来たのだが、こんな問題が出てくるとは予想していなかった。

バイト――年齢制限や必要な免許はなく、仕事の内容は“ある施設の管理人に準ずるもの”であり、住み込みを前提とする。

すぐに冬休みになるとはいえ、しばらく学校を休むことになるかもしれないが、事後報酬+日当5万円という、まさに破格と言っていい条件の仕事だった。

はじめは騙されているのではないかと疑ったが、雇用主は国であり、なによりも話が美味しすぎる。

もし騙すつもりがあるなら、もう少し常識的な範囲で話に“味付け”をするはずだ。

【 陣 】「……ま、金額的になにかヤバイ仕事なのは間違いないだろうけど」

監視する人間はいないが――この問題では監視の必要がないことも納得だが、盗聴マイクを警戒して小声でつぶやく。

違和感を覚えながら続きに目を通す。

『階段の前で大きな荷物を手にして困っているお年寄りがいました――』『輸血用の血が足りないと宣伝している人間がいます――』『自分の知らない言葉で道を訊ねられているようです――』

【 陣 】「…………」

何人がこのバイトに募集しているのかわからないが、こんな問題では、誰がやっても似たような結果にしかならないのではないだろうか?

俺が抱いた疑問は相手も予想済みらしく、問題用紙の先頭に『※なお、どのような内容であっても質問は受け付けません。ご自身の考えでのみ回答してください。』と書いてあった。

あくまでも道徳観念を計るだけの一次テストなのか、奇抜な答えを求めているのか……ちょっとした考えどころではあった。

とにかく続きを埋めてしまおう。

『電車に乗ろうとしたが財布を忘れて困っている人がいました。あなたの行動に丸をつけてください』
;■選択肢・3択
;■1:必要なお金を渡す 2:交番まで案内する 3:無視する

『大事な約束の予定を忘れていました。あなたの行動に丸をつけてください』
;■選択肢・3択
;■1:素直に謝る 2:言い訳を考える 3:約束をなかったことにする

『買い物をした際、店員が商品を1つレジに通していませんでした。あなたの行動に丸をつけてください』
;■選択肢・2択
;■1:黙っている 2:指摘する

;■SE・扉の開閉音

もくもくと用紙を埋めていると、ふいに扉の開く音がした。

ようやく係りの人間が入ってきたかと思ったが、顔をあげるとメイドがいた。

;■以降も共通のコメントになりますが。
;■ヒロインや舞台の描写はデザインにあわせて適宜修正を前提とする。
;
長い髪。

深い赤色の瞳。

生きている人間とは思えない整った容姿。

;■軽い微笑み
≪姫 子≫「…………」

ふわりと浮世離れした佇まいで、少女はわずかに微笑みを浮かべていた。

服装で職業を判断しただけだが、その見た目はメイドと呼ぶには自己主張が強すぎる。

しかしだ……。

この殺風景な部屋にメイドというのもよくわからない。

まさかお茶が出されるのかと思ったが、メイドはなにをするでもなく、俺の顔を興味深そうに見つめていた。

【 陣 】「…………」

これもテストの一環なのかと、どう声をかけようか迷ってしまう。

その躊躇いの中――

;■にっこり
≪姫 子≫「…………」

彼女は花のような笑顔を浮かべる。

呆気にとられる俺を残して、メイドの少女は部屋を出ていってしまった。

【 陣 】「……あ」

【 陣 】「え? いや……なんだったんだ?」

思わず素の声をあげてしまう。

なにか自分は間違いを犯したのだろうか?

だが、あの笑顔は否定的な雰囲気ではなかった。

意味はわからなかったが、もう気にしても仕方のないことだ。

頭を切り替えて問題を埋めていき、2枚目の用紙を目にした瞬間――これが本命だとすぐに理解した。

2枚目の用紙に記された問題は3つだけだった。

;■選択肢
『あなたは童貞もしくは処女ですか? 事実に丸をつけてください』
;■選択肢・3択
;■1:はい 2:いいえ 3:回答しない

;■選択肢
『大切な誰かを助けるために、別の誰かを殺すことは悪いことだと思いますか? あなたの考えに丸をつけてください』
;■選択肢・3択
;■1:はい 2:いいえ 3:どちらとも言えない

ひっかかりを覚えながら2つの問いに答え、俺は最後の問題をじっと見つめた。

テストの時間が終わるまで、見つめ続けた。

;■文字を画像化して表示する?
『あなたは、いくらもらえれば人を殺せますか? 回答する必要はありません。考えてみてください』

………………

…………

……


;■第二都庁ビル前(16時・雪)
;■ 雪村陣(私服
;
【 陣 】「……ん」

ピンとこない採用テストが終わり、ビルの外に出ると、白いものがちらついていた。


;■空(雪空)
;
【 陣 】「今年の雪は早いな」

ぼんやりと明るい空を見上げながら、白い息をつく。

季節は12月。

しばらく天気が悪いという予報だし、クリスマスも雪になるかもしれない。

【 陣 】「もっと降るといいな」

迷惑をこうむる人間も多いだろうが、それでも、雪は好きだった。

この灰色の街が埋まるくらいに降ればいいなと、思った。


;■新宿駅東口(16時・雪)
;■ 雪村陣(私服
;
地下道を使わず、地上を歩いて新宿駅の東口に出る。

雪と寒さのせいで普段より人出は少ないが、それでも相変わらずの混雑だった。

どの学校も期末テストが終わる時期だからか、学生服のままの若者も多い。

【 陣 】「クリスマスか」

頭をかいてしまう。

【 陣 】「別の短期のバイトを探しておくほうがいいかもな」

今日テストを受けたバイトより金額的に美味しい仕事はないだろうが、いまいち採用される手応えがない。

どこかで求人ペーパーでも漁ってから帰ろう。

そう考えたときだった――

携帯が着信を告げる。

ディスプレイにはアドレス帳に登録されていない番号が並んでいたが、その番号には覚えがあった。

例のバイトの連絡先だ。

【 陣 】「もしもし?」

≪姫 子≫『はじめまして。こちらは雪{ゆき}村{むら}陣{じん}さんの携帯電話で間違いないでしょうか?』

聞き覚えのない若い女性の声。

【 陣 】「はい、そうです」

≪姫 子≫『ありがとうございます』

【 陣 】「あの、なにかテストで不備でも見つかりましたか?」

それとも忘れ物でもしたかと、空いた手でポケットに財布があることを確かめてしまう。

;■苦笑
≪姫 子≫『そうではありません』

≪姫 子≫『先ほどのテストの結果を踏まえまして、これから面接を行わせて頂ければとご連絡さしあげた次第です』

【 陣 】「え、今からですか?」

確かに、採点に時間がかかるようなテストではなかったが、それでも突然だ。

≪姫 子≫『急な話で申し訳ないのですが、日を改めてお手間をとらせるより、まだ近場にいらっしゃるうちにと思いまして――いかがでしょうか?』

【 陣 】「少し待ってください」

考える。

心の準備も出来ていないが、電車代や時間の浪費を考えれば、これからのほうがいいのかもしれない。

面接までこぎつけたということは、チャンスでもある。

なによりも、ここで日を改めることで、別の誰かに採用の機会を与えてしまうのは避けたかった。

【 陣 】「わかりました。お願いします」

≪姫 子≫『ありがとうございます。場所は先ほどテストを受けたビルの同じ部屋にお願いいたします。受付には話を通しておきますので』

【 陣 】「はい」

≪姫 子≫『それと、これは面接とは関係のないことですが、今、どちらにいらっしゃいますか?』

【 陣 】「新宿駅の東口です」

≪姫 子≫『でしたら、ドーナツを買ってきて頂けますか?』

【 陣 】「……ドーナツ?」

意味不明な話の流れに、思わず繰り返してしまう。

≪姫 子≫『はい。別々の種類で10個ほど。もちろんお金はこちらで払いますので』

【 陣 】「別にいいですけど」

≪姫 子≫『それでは、また後ほど』

;■くすくす
≪姫 子≫『お会いできることを楽しみにしております』

最後に、妙な挨拶を告げて通話が切れた。

【 陣 】「…………」

わずかな間、頭がからっぽのまま立ち尽くしてしまう。

ふと、今の電話の主は、あのメイド姿の少女ではないかと思った。

なんの確証もないが、そんな気がする。

あの笑顔。

【 陣 】「今から、ね」

携帯をしまったところで、適当な用事をでっちあげて、30分くらい心を落ち着かせる余裕を作ればよかったなと思う。

【 陣 】「まあ、とりあえずドーナツだな」

雪のせいか、今の電話のせいか、リアルすぎるこの新宿の街にも、どこか現実感がない。

雪が強くなってきている。

………………

…………

……


;■事務室(17時)
;■ 雪村陣(私服
;■ 御蔵姫子(メイド服
;■ 守屋信司(スーツ
;
先ほどテストを受けたビルに戻り、指定された部屋に入ると、今度は2人の人間が俺を待っていた。

ひとりはテスト用紙を配りに来たときに見かけたスーツ姿の男。もうひとりはあのメイドだった。

すぐに男のほうが声をかけてくる。

≪守 屋≫「雪{ゆき}村{むら}陣{じん}くんだね」

【 陣 】「はい」

≪守 屋≫「かけるか?」

先ほどテストを受けた事務机を男性が示す。

【 陣 】「いえ、立ったままで大丈夫です」

相手が立っているのに自分だけ座るようなことは出来ない。

こちらの返事はどうでもよかったらしく、それならと男が話を続ける。

【守 屋】「私は守{もり}屋{や}信{しん}司{じ}。君の携わる仕事の担当官と思ってくれていい」

【姫 子】「御{み}蔵{くら}姫{ひめ}子{こ}と申します」

メイド――姫子と名乗った少女が、小さく膝を曲げて会釈する。

初めて聞いたその声は、やはり先ほどの電話と同じものだった。

どうして俺と同じくらいの年の女が――しかもメイド服で同席しているのか、いまいち判断がつかない。

まさか、この守屋という男の秘書ではあるまいし、本業のメイドでもないだろう。

いや、もしかしたら、本当にこんな若いメイドを雇うような、どこぞの倒錯した金持ちが絡んでいる仕事なのだろうか?

俺が見つめていると、彼女はにっこりと微笑みを返してきた。

どうしても花をイメージしてしまう、生きた笑顔だ。

まあ、いい。

疑問は浮かぶが、この面接で話を聞いていけば自然と解消されていくことだろう。

【守 屋】「それでは面接を始めるが、楽にしていい」

【守 屋】「君の採用はほぼ決まっている」

【 陣 】「採用、なんですか?」

意外な言葉に、目を丸くしてしまう。

【守 屋】「もちろん、君のほうから拒否する権利はある。あとは、この面接で君がよほどおかしなことを言わなければだな」

;■微笑み
【姫 子】「ただし、嘘は認めません」

ふいに、姫子が続ける。

俺と守屋という男性の視線を受けても、彼女はそれっきり口を閉ざしていた。

なにか違和感を覚えたが、それがなにか、まだはっきりとしない。

【守 屋】「続けよう」

【守 屋】「形式的なものだが、まず、志望動機はなにかな?」

【 陣 】「お金が欲しかったんです」

【守 屋】「まあ、そうだな」

即物的な返事に、守屋は鉄面皮のまま言う。

【守 屋】「仕事内容もわからない曖昧な条件で募集をかけている以上、それ以外の高い志なんて望むべくもない」

意外にも、こちらを馬鹿にしているというより、自分たちが馬鹿だとでも言いたげな話し方だった。

ただ、金に力があるということは認めざるを得ない。

本当なら、真っ先に仕事の内容を聞きたかったが――その金額のせいで、俺は自分からそれを言い出せずにいた。

;■微笑み
【姫 子】「なぜ、そんなにお金が必要なんですか?」

また、メイドの少女が口を挟んでくる。

【姫 子】「ただ遊びに使うには、今回のバイトの条件は、いささか高額過ぎると思いますが?」

【 陣 】「そうですね。まあ、日当5万円ですもんね」

「なぜ、あなたはメイド服なんて着てるんですか?」という質問を逆にしたかったが、無難な返事で済ませる。

【 陣 】「遊びに使うつもりはありません……いや、遊びなのかな?」

【守 屋】「それは謙遜だろう」

守屋が話を引き継ぐ。

【守 屋】「君の応募書類を確認させてもらったが、施設に預けられているね」

【 陣 】「はい」

ここからが本題かと、心の中で身構える。

【 陣 】「子どもの頃から、妹と一緒に施設で暮らしています」

【守 屋】「親御さんは病気か事故で亡くなったとか?」

【 陣 】「いや、行方知れずです。物心がつく前に捨てられていたそうなので詳しいことはわかりません」

これで守屋の顔色が変わるかと思ったが、彼は無表情なまま話を進める。

【守 屋】「半年ほど前に援助していた企業が倒産して、今暮らしている施設が閉鎖の危機に瀕しているというのは知っているかな?」

【 陣 】「……調べたんですか?」

【守 屋】「応募があったときに簡単にだが」

悪びれもせず彼はうなずく。

【 陣 】「施設の経済状況のことなら知っています。俺が一番年上ですから」

すでに閉鎖を見越した所長や事務の人たちが、子どもたちの新しい預け先を模索していることも知っている。

それが遠い未来の話ではないことも。

【守 屋】「君は今回の仕事の報酬を、その施設のために使おうと思ってるんだろう?」

【 陣 】「施設のためというか……」

曖昧なニュアンスをどう伝えるべきか、少しだけ言いよどんでしまう。

だが、正直に話そうと思った。

【 陣 】「誤解しないで欲しいんですけど、今回の仕事の報酬で借金をどうにかできるとは思っていません」

【守 屋】「一時しのぎにはなる」

負債の額まで調べているのか、さも当然のことのように話を受けとられる。

どうにも気分が悪い。

調査されたことではなく、こんな“ガキ”にそこまでするほど、この仕事が重要なものだと相手が認識していることにだ。

そこで、しばらく黙ったままでいた姫子が前に出てきた。

【姫 子】「私が話してもよろしいですか?」

【守 屋】「……どうぞ」

【姫 子】「陣くんを不快な気分にさせてしまったのなら、失礼しました」

【 陣 】「いや、別に……」

いきなりフレンドリーに名前を呼ばれて、動揺してしまう。

そんな俺にさらに顔を近づけ、姫子が悪戯っ子のように囁く。

;■くすり
【姫 子】「この人たちは心配性なんです。まあ、守屋くんの場合は心配することがお仕事ですし、仕方ありませんね」

守屋く{・}ん{・}?

年下の少女にくすりと笑われても守屋の無表情は変わらなかったが、どこか居心地は悪そうだった。

【姫 子】「報酬をどうお使いになられても、それは陣くんのものですから、こちらが詮索することではありません――」

【姫 子】「それでも、興味はあるんです」

;■笑顔
【姫 子】「お金というものは、どう貯めるかより、どう使うかに“人間”が出ますから」

それが面接ということか。

【 陣 】「サンタクロース」

【守 屋】「ん?」

俺のつぶやきに、守屋のほうが反応する。

【 陣 】「サンタクロースになりたかったんですよ」

【姫 子】「どういうことでしょう」

楽しそうに姫子が目を大きく開く。

【 陣 】「施設暮らしだからって、それほど世間一般の家庭と豊かさが変わるわけじゃないんです」

【 陣 】「もちろん生活は質素だし決まりも多いけど、誰かの誕生日にはケーキが出るし、クリスマスにはプレゼントをねだることだって出来るんです」

【 陣 】「でも、今年のクリスマスは、それが出来ないって聞いたから」

【姫 子】「あなたがサンタクロースになりたかった、と」

【 陣 】「そういうことですね」

たいしたことではなかったが、すっかり事情を吐き出し、やれやれと思ってしまう。

【 陣 】「もし今年のクリスマスプレゼントがなければ、うちの弟や妹たちは、嫌でも自分たちが“他の子どもとは違う”と感じるでしょう……それだけは避けたかったんです」

【守 屋】「1、2ヶ月の延命より、想い出を選んだということか」

【 陣 】「自己満足って言ったほうが正解でしょうね」

こんなものは偽善にもほど遠い。

しかし、それで納得したというように守屋がうなずく。

そんな彼に、姫子が楽しそうに笑いかける。

【姫 子】「ほらね。陣くんは私が感じた通りの子でしょ?」

【守 屋】「わかりましたよ」

そこで、初めて守屋が表情を歪めた。

;■軽い困り
【守 屋】「しかし、本当に男性でいいんですか? しかも、こんな若い少年で?」

【姫 子】「構いません。私は彼を気に入りました」

【守 屋】「彼女たちのプライベートなところまでは責任がもてませんよ」

【姫 子】「守屋くんは余計なことを心配しすぎです。別に恋愛禁止というわけでもないでしょう」

【守 屋】「姫が納得しているのなら止めませんが」

【 陣 】「…………」

2人の会話に、部屋に入ってすぐの違和感の正体を悟った。

面接官の守屋にメイドが付き従っていると思っていたが、実際はその逆、姫子が決定権を持っていて、守屋がそのサポート役だったらしい。

そうなると、余計にこのメイドの素性と年齢が気になる。

【姫 子】「陣くんにお願いしたい仕事とは、とある屋敷で、そこに住む可愛い女の子たちの面倒を見ることです」

【 陣 】「え?」

突然こちらに話が戻ってきて、呆気にとられてしまう。

どうもこのメイドは、相手の意表をつくのが趣味らしい。

【 陣 】「“ある施設の管理人”でしたっけ?」

【姫 子】「私たちは“世話役”と呼んでいますが、そのままのお仕事です」

【姫 子】「必要であれば掃除や洗濯、蛍光灯の交換などの修繕作業をしてもらいますし、陣くんがよければ家庭教師のようなこともして欲しいと思っています」

【 陣 】「普通、ですね」

【守 屋】「人殺しでもさせられると思ったかな」

冗談だろうが、鉄面皮に戻って守屋が言う。

【 陣 】「ちょっと考えはしましたけど、多分、それはないなと思ってました」

妙な話だが、実体のある権力を持った“国”が、そのへんの素人に大金を積んで人殺しをさせるのは効率的ではない。

事件そのものを揉み消せるのだから。

それでも――どこか緊張感のない空気が漂っているが、この仕事のなにかがヤバイことだけは忘れないように注意しておく。

【 陣 】「具体的には、どこまでバイトの内容を説明してもらえるんですか?」

【守 屋】「君がこの仕事を請けることに前向きであるなら、後はお姫様次第だな」

守屋の言葉を受けて、姫子が俺と向かい合う。

【姫 子】「その屋敷には現在、私を含めて5人の女の子が暮らしています」

【姫 子】「“彼女たちが望むものを与え、望むことを叶えなさい”」

【姫 子】「あなたにお願いする仕事は、まとめれば、この1つだけです」

【 陣 】「…………」

いまだに漠然とした内容に、どういう感想も浮かんでこない。

どこぞのお屋敷で雑用をするだけで日当5万円。

住みこみだとしても、なにか一番重要な話が抜け落ちているとしか思えない。

【守 屋】「私から説明しましょうか?」

守屋の問いかけは、俺にではなく姫子に向けてだった。

だが、当人が首を横に振る。

【姫 子】「お断りします。守屋くんの説明は事務的で愛嬌が足りません」

【守 屋】「そうですか」

守屋はあっさりと引き下がってしまう。

どちらかと言えば事務的で愛嬌のない説明を聞きたかったが、それは望めないらしい。

【姫 子】「そうだ、いいことを思いつきました」

『ろくでもないことを思いついた』と同じ意味のつぶやきに、イヤな予感しか覚えない。

【姫 子】「百聞は一見にしかずとも言います。陣くんに、今から屋敷で2、3日過ごしてもらいましょう」

【 陣 】「え、今から? 今ですか?」

【姫 子】「もちろん」

嬉しそうにしている姫子から守屋に視線を移すが、彼は諦めろと首を振った。

【守 屋】「君がよければ、その2、3日の分も報酬は支払おう」

【 陣 】「な、なにも持ってきてないんですけど?」

【姫 子】「着替えや生活雑貨は全てこちらで用意しましょう。どのみち、中に持ち込めるものには制限があります」

【 陣 】「……施設とか学校への連絡は?」

【守 屋】「施設には自分で電話すればいい。学校には私から連絡して欠席にはならないようにしておこう」

【 陣 】「…………」

鉄面皮はどうやっても崩れないらしい。

まあ、そんな気はしていた。

2、3日――それだけでも10万から15万円の収入か、と考えてしまう。

学校を休むことになるが、すでに期末テストは終わっているので、それは問題ないだろう。

施設にもバイトのことは先に伝えてあったので、連絡さえすれば外泊の許可はとれる。

唯一、実の妹のことが気になったが、こうなると下手に連絡をとらないほうがいいかもしれない。

【 陣 】「わかりました」

【 陣 】「でも、先に3つだけ確認したいことがあります」

【姫 子】「どうぞ」

【 陣 】「最初に、この仕事は、俺の身になにか危険がおよぶものではないんですよね?」

【姫 子】「ありません」

【守 屋】「前提として、こちらを信じるなら、だが」

守屋が自覚的に補足する。

相手がこちらを騙すつもりなら、ほとんど意味のない質問なのは承知していたが――心情的にはどうしても訊いておきたかった。

【 陣 】「じゃあ、次に、このドーナツはどうすればいいんですか?」

【守 屋】「ドーナツ?」

俺が手にしたままの袋に、守屋が首をかしげる。

【 陣 】「買ってきてくれと頼まれてたんですけど」

【姫 子】「後で美味しく頂きましょう♪」

;■呆れ
【守 屋】「……いつの間に」

【姫 子】「守屋くん、お金、払っておいてください」

【 陣 】「最後に――」

俺は目の前にいるメイドに向かって、首をかしげた。

【 陣 】「あなたは、いったい誰なんですか?」

【姫 子】「あら、申し遅れました」

わざとらしく驚いて見せたあと、姫子は澄ました様子で答えた。

【姫 子】「私は“神様”です」

………………

…………

……


;■第二都庁ビル廊下(17時)
;■ 雪村陣(私服
;■ 御蔵姫子(メイド服
;
;■うむむ
【姫 子】「その、『ひゃあ、頭のおかしい女に会っちまったぜぇ!』、みたいな沈黙はやめてくださいません?」

屋敷に向かうため、殺風景な廊下を並んで歩いている途中、姫子が立ち止まって憮然と言う。

【 陣 】「いや……これ、なにかの宗教に関係してる仕事ですか?」

;■ごく当然のように
【姫 子】「そうですよ」

即答だった。

「手続きがあるので後は任せます」と去っていった守屋が、なにかの気まぐれで戻ってきてくれないかと願ってしまう。

もちろん願いは叶わなかった。

【姫 子】「あ、そうそう、面接も終わりましたし、言葉遣いは普段通りのものにしてください」

【 陣 】「いいんですか?」

【姫 子】「もうペナルティーなどありません。敬語のままだと疲れますし、こちらとしても、素のあなたを感じておきたいですし」

【 陣 】「面接うんぬん抜きで、タメ口で話したくはなるな」

【姫 子】「その調子です」

あっさりと横柄な態度を受け入れ、姫子が「ふむ」と息をつく。

;■一応、読みは“しんじん”。自分も収録時に間違えそうだからメモ。
【姫 子】「私のことを初めてお伝えするときには見慣れた反応ですが、どうにも信心が足りませんね」

【 陣 】「“自称”神様じゃないのか?」

;■真面目(茶目っ気は滲ませつつ
【姫 子】「“由緒正しい”神様、ですよ」

【姫 子】「私は穀物の神であり、商業の神でもあります――というか、日本人には一番馴染み深い神様だと思いますけどね」

【 陣 】「馴染み深い?」

【姫 子】「自分で調べてください」

こちらの態度へのささやかな反抗か。

【姫 子】「意味のない問答はやめましょう」

【姫 子】「陣くんが信じようが信じまいが、私が神であることに変わりはありませんし、そうでなくとも実行力のある権限をもっています」

【姫 子】「そもそも、根源的には無宗教でありながら、無神論ではないあなたがたは、今さら本物の神がこの世界にいたとしても驚きはしないでしょう?」

【 陣 】「まあ」

コレが本物かどうかはさておき、確かに、いたとしても別に驚きはしない。

ある意味で“金”という神様がいるような世界だ。

;■微笑み
【姫 子】「つまり、こういうことです――」

【姫 子】「実体のある豊穣の神としての私を、この国ではシステム的に保護し、手厚く扱うことでその恩恵を受けている」

【姫 子】「それだけのこと」

【 陣 】「恩恵?」

【姫 子】「飢えることのない生活」

【姫 子】「穀物は人の命を支えるものであり、現代においては経済と言い換えてもよいでしょう。だから私は穀物と商業の神とされているんです」

【 陣 】「……なるほど」

自分でもなにに納得したかはわからないが、そう定義されていることだけは理解できた。

【 陣 】「ところで、それでなんでメイド服なんだ?」

【姫 子】「可愛いじゃないですか」

【 陣 】「意味はないのか……」

【姫 子】「意味ということなら、主である私が従者の姿をしていることが面白いということですね」

やっぱり意味はないらしい。

【 陣 】「……どこまでも行き当たりばったりだよな」

これは聞こえないようにつぶやいた。

もしかしたらこれは、どこぞの令嬢の頭がおかしくなってしまい、その世話をしろという仕事なのかもしれない。

それなら全てが納得できる。

【姫 子】「それでは参りましょう」

【 陣 】「参りましょうというか、どこに向かってるんだ?」

俺は足を止めたまま首をかしげる。

あの部屋への道筋を考えると、ビルの外に出るのなら廊下を進む方向が逆だ。

【姫 子】「屋敷ですよ」

【 陣 】「別の出口があるのか?」

【姫 子】「別の入り口がある、というほうが正解かもしれませんね」

楽しげに言って、姫子はやはり逆の方向へと歩みを再開する。

いぶかしげに思いながらも、俺はその後をついていくことにした。



;■桜の木の下(17時半)
;■ 雪村陣(私服
;
長い廊下を抜け、突き当たりにあった扉を開けた瞬間――思わず立ち止まってしまった。

目の前を舞い落ちる雪。

いや、雪かと思ったが、これは……

【 陣 】「……桜?」

見上げると、すぐ脇に大きな桜の木が生えていて、その向こうには青空が広がっていた。

足の裏に感じる土の感触、草の感触、風の感触。

あたたかな空気。

ここは、春だ。

振り返ると、いつの間にかドアが消えていて、背後にも同じような風景が広がっていた。


;■ドーム内草原(17時)
;■ 雪村陣(私服
;■ 御蔵姫子(メイド服
;
【 陣 】「……これが神様の力なのか?」

わずかな気味の悪さを覚えながら、正面にいる姫子に訊ねる。

;■微笑み
【姫 子】「まさか。ここはあのビルの中で、これは科学の力ですよ」

【姫 子】「ビルの中心に半球のドーム状の空間があって、私たちは今、その外周部にいます」

【姫 子】「土は運び込んだもの。太陽は照明。気温や風は空調。空や遠くの風景は映像です」

【 陣 】「映像?」

【姫 子】「入ってきたほうの景色に“触れて”みてください」

言われた通りに手を伸ばすと、指先がコツンと中空にぶつかった。

;■小物CG、手元のアップ。
【 陣 】「これ……液晶のモニターか」

わずかな温かみのあるプラスチックのような質感に納得する。

【姫 子】「あまり強く押すと壊れますよ」

【姫 子】「屋外に人間がいるときは、センサーでその人間の座標を読み取って、景色の角度やピントをリアルタイムに変えて正常に見えるようにしている――とかなんとか」

伝聞なのか、いまいち自分でもわからないという調子で姫子が言う。

まさかと思ったが、ドームという名の示す通り、外周部分全てにモニターとセンサーが張り巡らされているらしい。

注意深く見ると、扉のある場所に継ぎ目があることがわかる。

この1本だけ立っている桜の木は、出入り口の目印か。

【姫 子】「採算を度外視すれば、今の世は出来ないことのほうが少ないそうですよ」

;■ころころ
【姫 子】「いざ、かぐや姫、穢き所に、いかでか久しくおはせむ。今なら、五つの難題も解いてしまえるでしょうね」

【 陣 】「…………」

【姫 子】「百聞は一見にしかず、ということです」

【 陣 】「……確かに、説明されるよりは実感が湧くな」

この施設にかけられている金額に呆れると同時に、“神様”という存在に対し、それだけの価値を国が見出していることに今さらゾッとした。

確かにこれは冗談ではない。

悪い夢でも見ているようだ。

【姫 子】「屋敷はこの先にありますが、しばらくお花見でもしながら景色を楽しみましょうか?」

【 陣 】「いや、行こう」

;■ちょいシリアス
【姫 子】「今なら10個のドーナツを2人占めできますよ?」

【 陣 】「……水もなしにドーナツを5個も食べられないだろう」

【姫 子】「じゃあ、私が9個食べても構いません」

【 陣 】「頼むから進んでくれ」

【姫 子】「それではこちらへ」

少しだけ残念そうに言いながら、彼女は俺を先導して歩き出した。

俺はその背中を眺めながら、目を細めた。

……本物?



;■屋敷・外観(17時半)
;■ 雪村陣(私服
;■ 御蔵姫子(メイド服
;
おそらくドームの中心になるであろう場所に、その洋館は建っていた。

この施設全体と比べれば、普通に金のかかっていそうな普通の建物だった。

慣れた様子で姫子が両開きの扉に手をかける。



;■屋敷・玄関ホール(17時半)
;■ 雪村陣(私服
;■ 御蔵姫子(メイド服
;■ ピリッタ・マキネン(制服
;
扉の向こうは、小規模なダンスパーティーでも開催できそうな広さのホールが広がっていた。

ただ、思い描いていたホールとは趣きが少し違った。

ホールの両脇に木が植えられ、いたるところに花が飾られている。

それ以上に、ガラス張りの天井から差しこむ光、地面に張り巡らされた水路、その中心に位置する瀟洒なテーブル――まるで庭園のような自然に溢れていた。

【 陣 】「そういえば、建物の中の建物なんだな、ここは」

“外”の様子があれなので、今さらのように思いだしてしまった。

誰の趣味かわからないが、この施設全体が『自然』を基調としたデザインで統一されているらしい。

【 陣 】「で、これからどうするんだ?」

;■おすまし
【姫 子】「どうしましょう?」

あまり期待していなかったが、どうやら本気で、姫子は“メイド”としては役に立たないらしい。

まず俺の部屋に案内してもらって荷物を片付けるか、住人に挨拶をしたいところだが――どちらにせよ、別の人間を探したほうがよさそうだ。

そう考えたとき、2階から足音が聞こえてきた。

パタパタパタ。

≪ピ リ≫「あ、姫子さん、お帰りなさい」

大きな洗濯籠を抱えた少女が、1階に降りたところで足を止めた。

いや、籠が大きいのではなく少女が小さいのか。

;■わたわた
≪ピ リ≫「姫子さん、お洗濯物ちゃんと出しましたか? 部屋に溜めるのはよくありませんよ?」

;■呼びかけ、落ち着きなさいと
【姫 子】「ピリ」

;■笑顔
【ピ リ】「あと、お布団も干したほうがいいです。姫子さんはベッドじゃないんですから、干せば夜にはポカポカです」

【姫 子】「ピリ」

;■軽い怒り
【ピ リ】「あ、ご飯でしたらまだですよ。洗濯が終わったらおやつにしますから、夕飯の下ごしらえしたものを食べないでくださいね?」

【姫 子】「ピリ、これ」

【ピ リ】「これ? あれ?」

これ――と俺が示され、ようやくピリと呼ばれた少女が俺の存在に気づいた。

向こうは見上げ、俺は少女を見下ろす。

【姫 子】「こちらは雪村陣くん。新しい“世話役”の方ですよ」

【 陣 】「紹介の前に、今の下ごしらえがどうこうって話のほうを具体的に聞いてみたいんだが?」

【姫 子】「黙殺します」

;■笑顔で感心
【ピ リ】「おー、なんと、新しい世話役の人は男の子でございましたか」

男の子?

;■にっこり
【ピ リ】「ピリッタ・マキネンです。どうぞ、ピリとお呼びください」

握手でもしてきそうな勢いだったが、両手が籠で埋まっているからか、彼女はガバリと頭を下げて挨拶を済ませた。

サイドでまとめた金色の髪がばさりと揺れる。

ついでに、洗濯物が籠から散乱した。

【ピ リ】「きゃー!」

ピリが慌てて拾おうとするが、身をかがめるたび、余計に籠から洗濯物がこぼれ落ちるだけだった。

【ピ リ】「むー!!」

小さい身体ながら、エネルギーに満ち溢れた子だな。

ついでに頭は弱いらしい。

【 陣 】「とりあえず、落ち着いて籠を下に置け」

【ピ リ】「おお! なるほど!」

ピリは籠を置いて身軽になると、なぜか真剣な顔で俺を見つめた。

;■ピキーン
【ピ リ】「……さては、陣くんは天才ですね?」

;■呆れ
【姫 子】「あなたがお馬鹿なんですよ」

;■軽い怒り
【ピ リ】「わたしはお馬鹿ではありません。ちょっとそそっかしいだけです」

【 陣 】「いいから拾え」

俺も荷物を置いて、散らばった洗濯物を籠に放りこんでいく。

洗濯前だから当然といえば当然、着ていた人間の匂いと、わずかだが体温が残されているものもある。

【 陣 】「なるほど。話には聞いていたが、ここにある服は全部女物だな」

;■照れ困り、軽いびっくり
【ピ リ】「あ」

【 陣 】「あ?」

【ピ リ】「あ、あー……」

【 陣 】「なんだよ?」

首をかしげながら、俺は手にしていた誰かしらの下着を籠に放り投げる。

と、ピリの視線がその下着のあとを追うように動いた。

【ピ リ】「…………」

【 陣 】「ああ、今の、ピリのだったか」

【ピ リ】「あ、あの、陣くん、恥ずかしくないですか?」

【 陣 】「いや、まあ気にはなるけど、俺も施設の出だから」

一部の女子が年頃になると、「自分の洗濯は自分でやる!」と騒ぐこともあるが、いちいち構っていられない。

【ピ リ】「……さようでございますか。もう少し照れてくれてもよいでしょうに」

妙な口調でため息をつきながら、ピリが最後の洗濯物を籠に入れ終える。

;■にこにこ
【姫 子】「さて、陣くん、1枚だけ隠した下着を出してください」

【 陣 】「……殺すぞ」

【姫 子】「神殺しとは厨二パワー全開ですね」

この世俗にまみれたメイドもどきの神様に、ご利益があるとは到底思えないのだが……。

;■きょとん
【ピ リ】「これは何事ですか?」

【 陣 】「そこのメイドが、俺が拾ってる最中に下着を隠したんじゃないかって誘導尋問したんだよ」

解説したくなかったが、下着泥棒と思われてはたまらないので解説する。

【ピ リ】「なんと! 姫子さんも天才でしたか!」

【姫 子】「あなたがお馬鹿なんですよ」

【ピ リ】「わたしはお馬鹿ではありません。ちょっとそそっかしいだけです!」

【 陣 】「その話はもういい。それより、改めてよろしく」

;■笑顔
【ピ リ】「そうでした! はい、自己紹介の途中でした!」

【 陣 】「えーと、ピリッタ・マキネン? やっぱりピリは日本人じゃないのか?」

【ピ リ】「いえ、お父さんとお母さんはフィンランドの人でした。でも、わたしは日本生まれの日本育ちなので、れっきとした日本人です」

この質問には慣れているらしく、ピリがすらすらと答える。

日本生まれにしては言葉遣いが妙なのは、その親の影響だろうか。

【姫 子】「ピリの作る料理は最高ですよ」

なにもせず立っていたメイドもどきが、うっとりと言う。

【 陣 】「それ、人格や生い立ちよりも先に紹介することじゃないよな?」

【ピ リ】「陣くんは、好きな食べ物と嫌いな食べ物はなんですか?」

料理人扱いされることにも慣れているのか、ピリが楽しそうに訊ねてくる。

【 陣 】「出されたものはなんでも食べるよ」

【ピ リ】「そうですか」

曖昧な返事に考えこむピリだったが、彼女はすぐににっこりと笑った。

【ピ リ】「では、陣くんに好きなものが出来るくらい美味しい料理を作ります♪」

【 陣 】「めげないな」

;■きょとん
【ピ リ】「ご飯はとても大切なことですよ?」

【 陣 】「そうだけど。ピリは料理とか洗濯が趣味なのか?」

てっきり、俺の仕事がその手の家事全般だと思っていたのだが。

;■ちょっと考え
【ピ リ】「いえ、別にそういうことでもないのですが、なんでしょうね……」

面白いほど百面相しながら、ピリが自分の考えをまとめるように首をかしげる。

;■真剣
【ピ リ】「私は、食べるということは、生きるということだと思うのです」

【 陣 】「……まあ、そうだな」

確かにその通りだが、そこまで気合をこめることだろうか?

と、メイドもどきが口を挟んでくる。

【姫 子】「おそらく2人の認識が噛み合っていないので補足しますが、ピリは餓死しかけた経験があるんですよ」

【 陣 】「餓死?」

;■笑顔。
【ピ リ】「はい。貴重な経験でした」

;■ほのぼの
【ピ リ】「人間、神様に祈っていても、水だけでは5日くらいが活動の限界なんですね」

;■ほのぼの
【姫 子】「水がなければ3日ももたないでしょうねぇ」

【ピ リ】「公園の水道に感謝いたします」

なんだ、これ? ツッコミを入れたほうがいいのか?

初対面で追求していい話なのか判断できず、俺が口を挟めずにいると、ピリがポンと手を叩いた。

【ピ リ】「そうでした。わたしだけが陣くんを独り占めしてはいけません。他の子たちにも挨拶したいですよね?」

【 陣 】「あ、ああ」

【姫 子】「皆さんがどこにいるかわかりますか?」

【ピ リ】「小夜ちゃんがどこにいるかわかりませんが、今日香ちゃんと明日香ちゃんなら居間にいましたよ。ちなみにギャグじゃないです」

【姫 子】「居間じゃなくてサロンですね」

【 陣 】「サロン、ね」

この洋館でサロンというのも、出来すぎた響きだ。

【ピ リ】「えーと、わたしは洗濯物があるので、陣くんのことは姫子さんに任せてよろしいですか?」

【姫 子】「ええ。場所がわかれば案内はこちらでしましょう」

【ピ リ】「あ、そうだ。陣くんのお部屋も用意しないといけないんですよね?」

【姫 子】「そうですね。場所は前の世話役の方と同じお部屋で構いません」

【ピ リ】「普段から掃除していたことでしたが、ベッドのシーツとかだけ変えておかないとですね」

【ピ リ】「では、お洗濯とお部屋の準備をしたらすぐ戻りますので、先に挨拶しててください」

ピリはそう言うと、返事を待たず、籠を手にしてホールの左手のほうに走っていった。

本当に“すぐ”戻るつもりらしい。

【 陣 】「ところで、洗濯ってメイドがやらなくていいのか?」

【姫 子】「黙殺します」

【 陣 】「別にいいけどな」

言いたいことはあるが、言う必要もないことだ。

一応、姫子がここの主人ということだし。

【 陣 】「それに、小さい子でも洗濯くらい覚えておいて損はないか」

【姫 子】「ピリの身体的特徴を貶{けな}す必要はないと思いますが?」

【 陣 】「いや、小さいってのは年齢のことだよ」

【姫 子】「余計にタチの悪い感想ですね」

【 陣 】「そうか?」

【姫 子】「彼女は陣くんの1つ上です。現在この屋敷にいる人間の中では、一番年上ですよ」

【 陣 】「…………」

思わずピリの消えた方向に目をやってしまう。

【姫 子】「それではご主人様、こちらへ」

相変わらずの恭{うやうや}しいだけでまったく心の篭っていない案内に、俺は素直についていくことにした。



「御影新作プレゼンのサンプルシナリオ_01」の2へ続く

仕事履歴

2014年01月04日 08時19分04秒 | 仕事履歴
【略歴(敬称略)】
※携わった作品数および業務内容が多いので、最近の作品と比較的わかりやすいタイトルのみ掲載しています。
※現状はすべて「PCゲーム作品」となります。

(有限会社circus)
「D.C.」 企画進行/シナリオ

(株式会社minori)
「ef - a fairy tale of the two.」 企画進行/シナリオ
「eden*」  企画進行
「すぴぱら」 企画進行
「夏空のペルセウス」 企画/シナリオ
「ソレヨリノ前奏詩」 シナリオ

(purple software)
「クロノクロック」 企画/シナリオ
「アマツツミ」 企画/シナリオ
「アオイトリ」 企画/シナリオ

他、作業可能な内容は――
広報立案、ドラマCDシナリオ作成、スクリプト作業、各種雑務などとなります。