;■屋敷・サロン(17時半)
;■ 雪村陣(私服
;■ 御蔵姫子(メイド服
;■ 黒崎今日香(私服
;■ 黒崎明日香(私服
;■ ピリッタ・マキネン(制服
;
長い廊下の先にあった扉を開けると、かなり広さのある部屋に出た。
花瓶、鉢植え、壁掛けの絵画、ここも花に溢れた部屋だったが――
しかし、なによりも目を惹いたのはソファに腰掛ける白い少女だった。
ファッションには詳しくないので呼び方が正確かわからないが、白いゴスロリ服を着た少女が、ゆったりとした姿勢で本を読んでいた。
見た目は可憐だが、どこか造花のような冷たさを湛{たた}えてもいる。
≪明日香≫「…………」
少女はチラッとこちらを窺うと、すぐ手元の本に視線を落としてしまった。
【姫 子】「あれ、明日香ちゃんだけですか? 今日香ちゃんもいると聞いていたのですが?」
部屋を見渡しながら姫子が言う。
;■ぽつりと
【明日香】「……今日香は台所」
【明日香】「……おかえりなさい、姫子」
;■微笑み
【姫 子】「ただいま戻りました」
【明日香】「……その人が新しい世話役の人?」
本に目をやったまま、明日香と呼ばれた少女が訊ねてくる。
【姫 子】「ええ。雪村陣くんです」
【 陣 】「よろしく」
【明日香】「……どうも」
その挨拶のときだけ伏せていた目をあげ、明日香がようやく俺を正面からとらえた。
だが、またすぐに本を読み始めてしまう。
ピリと話した後だからか、余計にそっけなさが際立つ。
;■軽い呆れ
【姫 子】「明日香ちゃん、もうちょっと自己紹介してもいいんじゃないですか?」
;■少し考え
【明日香】「…………」
【明日香】「……別に明日香から話すことはない」
【 陣 】「それなら俺から話そうか?」
【明日香】「…………」
ようやく本を閉じ、明日香が必要以上にゆっくりと立ち上がる。
それだけでも重労働だという動きは、見た目通り、あまり身体が丈夫ではないらしい。
;■冷たく
【明日香】「……あなたは他人に干渉してくるタイプ?」
【 陣 】「どちらかと言えばあまり干渉しないタイプだけど、明日香が干渉されるのがイヤかどうかを知らないと話しかけるだろうな」
【明日香】「…………」
【明日香】「……そうね」
それは認めるという仕草で明日香が頷く。
【明日香】「……干渉しすぎないならそれでいい」
【明日香】「……話を聞くのが嫌いなわけじゃなくて、明日香は、話をするのが苦手なの」
【 陣 】「わかった」
話しかけるのはいいが、返事にはあまり期待するなということだ。
それにしても、このクールさで自分のことを名前で呼ぶのは、少し微笑ましい。
;■ちょっと感心
【姫 子】「陣くん、扱いに慣れてますね。明日香と初対面でこれだけ話せる人は初めてですよ」
【 陣 】「こんなものだろう?」
施設に預けられたばかりの心を閉ざしている子どもに比べれば、そっけないだけで、明日香とは会話が成立している。
【 陣 】「それにしても――」
明日香と姫子の2人を、交互に見やる。
【 陣 】「メイド姿の姫子と並ぶと、明日香がこの屋敷のお嬢様みたいだな」
;■笑顔
【姫 子】「それは楽しいことです」
;■ちょい、おどおど
【明日香】「……姫子がイヤなら、こういう服はやめるけど?」
冗談だったのに、明日香が困ったように言う。
;■苦笑
【姫 子】「別にイヤではありません。いつも通りで構いませんよ」
【明日香】「…………」
【明日香】「……そう」
姫子の顔色を窺って、ようやく明日香が納得する。
【 陣 】「やっぱり、姫子は偉いのか?」
;■無表情、視線を逸らしながら
【明日香】「……明日香は死にたくないから」
俺の言葉に、明日香が囁くようにつぶやく。
なぜ急に、生き死にの話が出てくるのだろう?
ついでに、自分のことを名前で呼ぶのはやはり癖なのだろうか?
ぼんやりと浮かんだ2つの疑問を続けようとしたときだった――
;■画面揺れ
【 陣 】「――っ!?」
背中に衝撃を受けて視界が揺れた。
≪今日香≫「お兄さん、だーれ?」
べったりと張りついたなにか――明らかに女の子の声であるそれが、どこか舌足らずに訊ねてくる。
やってることも話し方も幼い子どものようだが、しかし、背中に感じる重さは大人のものだ。
【 陣 】「あの……誰だかわからないけど、とりあえず離れてくれないかな?」
≪今日香≫「なんで?」
【 陣 】「なんでというか……」
なんというか、その……感触がヤバイ。
とにかく柔らかい。
これは明らかに子どもではなく女性の身体だ。
≪今日香≫「どうしたの?」
【 陣 】「いや……」
;■ため息
【明日香】「……今日香、その人を困らせないで」
;■ちょっと不承不承
【今日香】「はーい」
【姫 子】「陣くんは、困ってるって顔じゃないですけどね」
外野がなにか言っているが、背中の女の子は素直に「よいしょ」と離れてくれた。
【 陣 】「ん?」
ようやく目の前に立った女の子は、明日香とそっくりな外見をしていた。
違いは、明日香が白い服なのに対し、今日香のほうが似たデザインの黒い服を着ているという1点だけだった。
【 陣 】「双子なのか」
;■満面の笑み
【今日香】「そうだよ♪」
【 陣 】「明日香が姉?」
;■冷静
【明日香】「……逆」
;■笑顔
【今日香】「今日香がお姉ちゃんだよ」
白と黒――対照的な服の色もそうだが、ここまで性格が正反対というのも面白い。
そこで、明日香が自分のことを名前で呼んでいた理由がわかった。
【 陣 】「そうか。双子だから、2人とも自分のことを分かりやすいように名前で呼ぶのか」
;■笑顔
【今日香】「そのとーり!」
;■冷静なまま
【明日香】「……明日香には似合わないって言いたいんでしょ?」
【 陣 】「似合わないってほどじゃないけど、少しくすぐったいな」
;■拗ね、少し照れ
【明日香】「…………」
【姫 子】「おや、照れてる」
【 陣 】「そうなのか?」
【明日香】「……別に」
;■きょとん
【今日香】「ねえ、おにーさん」
ふいに、今日香が親指を口元に寄せながら見つめてくる。
【今日香】「おにーさんは誰なの?」
【 陣 】「ああ、雪村陣……今日からここでみんなの世話をすることになってるんだ」
;■びっくり
【今日香】「あ、新しいせんせーなんだ」
【 陣 】「先生?」
;■笑顔
【今日香】「外のことを知ってる人」
【 陣 】「……外のこと?」
【今日香】「うん」
今日香はこちらの疑問など関係ないというように笑っている。
無言のまま明日香に助けを求めると、こちらもわずかに期待の満ちた目で俺を見ていた。
【明日香】「……落ち着いてからでいいから、色々教えて欲しい」
【今日香】「今日香にも!」
【 陣 】「ちょっと待て、先生って家庭教師じゃないのか? 外の話ってなんだ?」
【明日香】「……そのまま、今の“外”の情報を知りたいだけ」
明日香が当然のことのように答える。
そこで、その言葉が意味することに気づいた。
なんとなく携帯をとりだすが、アンテナは圏外で使い物にならなかった。
【 陣 】「……この屋敷に電話とかネットは?」
【明日香】「……ない」
【姫 子】「一応、守屋くんたちが待機してる管理室に繋がる電話はありますが、外部と連絡をとる手段はそれだけですね」
【明日香】「……欲しいものは手に入るけど、いわゆる新しい雑誌とか新聞も、テレビもない」
【 陣 】「それは……」
明日香の説明を理解したとき――ようやく、この仕事の異質さがわかった。
俺の仕事におかしなことはない。
俺の身に危険もない。
ただ、彼女たちが、この鳥かごのようなドームから“外”に出れないのだ。
【明日香】「……もしかして、知らなかったの?」
俺の顔色の変化を読みとったらしく、意外そうに明日香がつぶやく。
【 陣 】「ああ」
【明日香】「……そう」
【 陣 】「明日香、まさか誘拐されてるのか?」
姫子には聞こえないように、小さく訊ねる。
;■どこか歯切れ悪く
【明日香】「それはない……みんな、良くも悪くも自主的にここにいる」
【 陣 】「…………」
含みがあるようにも思えるが、嘘を強制されているという雰囲気でもない。
姫子がいるこの場で、これ以上の詳細を訊ねるわけにもいかないか。
明日香とは後で話をしたほうがいいだろう。
【 陣 】「姫子」
【姫 子】「なんですか?」
【 陣 】「彼女たちに、俺が外のことを教えてもいいのか?」
確認のために姫子に目をやる。
;■ごく普通に軽く
【姫 子】「“彼女たちが望むものを与え、望むことを叶えなさい”ということです」
【 陣 】「そうか」
情報の伝達自体が禁止されているわけではないらしい。
そもそも、仕事の内容が“それ”なのだから拒否権もない。
【 陣 】「それなら、外の話は落ち着いてからだな」
【今日香】「いつ落ち着くの?」
【 陣 】「夕飯を食べた後くらい、かな?」
ここでの生活がどうなるのかまだわからないので、どうしても曖昧になってしまう。
こちらはドームに入ってから30分も経っておらず、まだ荷物すら手にしたままなのだ。
;■駄々
【今日香】「夕飯ってもっと早く――」
;■やれやれ
【明日香】「……今日香、あまり無理を言わないで」
;■あっさり
【今日香】「わかった」
明日香の言葉に、今日香が驚くほど素直に引き下がった。
【ピ リ】「おお、びっくりぎょうてん浦島金太郎です。意外と仲良くやっておりますね」
【 陣 】「意外とって言うなよ」
部屋に走りこんできたピリにツッコミを入れておく。
【ピ リ】「陣くん、お部屋の用意が出来ましたが、よろしいですか? それとも、もうちょっとお話してからですか?」
【 陣 】「お部屋がよろしいんじゃないかな」
まだまだ知りたいことはあったが、とにかく一度落ち着きたい。
荷物とコートを抱えなおしていると、ふと、明日香が今日香になにかを耳打ちしている様子を目にした。
何事かと思っていると、今日香がピリのそばに歩み寄る。
【今日香】「ピーちゃん、せんせーのお部屋ってどこ?」
【ピ リ】「前の先生と同じですよ。1階の左手側です」
【今日香】「そっか」
言いながら、今日香が明日香に目をやる。
意味は通じているらしく、明日香がこくりと頷いてソファに座りなおした。
【姫 子】「また悪巧みしてますね、あの双子は」
【 陣 】「悪巧み?」
【姫 子】「好奇心旺盛なんですよ」
【ピ リ】「陣くん、行きますです」
ピリがさっさと歩けと言うように催促してくる。
もう1度部屋を見渡すと、今日香が小さくを手を振っていた。
俺もそれに手を振り返してから、サロンをあとにした。
;■屋敷・廊下(右翼)(17時半)
;■ 雪村陣(私服
;■ 御蔵姫子(メイド服
;■ ピリッタ・マキネン(制服
;
【 陣 】「……どうも、ここのルールがよくわからないな」
廊下に出たところで、ぼんやりとつぶやいてしまう。
【姫 子】「わからない?」
【 陣 】「なにか目的があって、この変な施設を作り、女の子たちを集めて、外に出さないようにしている――」
【 陣 】「“なにかの目的”って、まあ、それが姫子のご機嫌とりに関係しているんだろうけど」
【姫 子】「当然そうですね」
たいしたことではないと姫子も同意する。
【 陣 】「妙なことは多いけど、それにいちいち口を挟まないからこその高額な給料だってことも納得してる」
【姫 子】「では、なにがわからないんです?」
【 陣 】「外の情報をシャットアウトするルールがあるのに、そこに俺みたいな人間を入れたら意味がないだろ?」
これが疑問だ。
;■くすくす
【姫 子】「あら、陣くんは雑誌やネットと同じものなんですか?」
【 陣 】「情報の正確さとか量を考えたら、そういうもののほうが俺より優秀じゃないか?」
【姫 子】「大きな違いがあります」
【 陣 】「それは?」
【姫 子】「陣くんから知識を得るためには、コミュニケーションという過程が必要になります」
【 陣 】「なるほど」
それは確かに大きな違いだ。
【ピ リ】「なに2人はむつかしいお話をしておりますか?」
俺たちがのんびりしていると、ピリが急かしに戻ってきてしまった。
【 陣 】「ああ、悪い」
【姫 子】「そういえばピリさん、陣くんがドーナツを持ってますよ」
【ピ リ】「ドーナツ!」
突然の大声にびっくりしてしまう。
【ピ リ】「すばらしい! 陣くんは神様ですね!」
【姫 子】「神様は私です」
【 陣 】「そういうことじゃないだろう」
;■にこにこ
【ピ リ】「ドーナツは何個ありますか?」
【 陣 】「10個」
【ピ リ】「1人2個ずつですね」
【姫 子】「ピリ。今日は陣くんがいますから、屋敷にいるのは6人ですよ」
【ピ リ】「あー」
なんでドーナツを買ってきた俺が、恨みがましく睨まれなくてはならないんだ。
;■がっくりしながら
【ピ リ】「えーと、10個を6人で割りますから……割れません……」
【姫 子】「私とピリで3個ずつ食べて、他の4人が1個ずつにすればぴったりですよ」
【ピ リ】「姫子さん、やはり神様でしたか!」
;■えっへん
【姫 子】「神様です」
【 陣 】「…………」
なんかもう面倒くさい。
ツッコミ役として明日香でも連れてくればよかっただろうか?
【 陣 】「そういえば、あと1人、会ってない子がいるんだな」
【姫 子】「比良坂小夜という子ですよ」
【ピ リ】「小夜ちゃんは親知らずです」
【 陣 】「歯医者か?」
【ピ リ】「歯医者とは何事ですか?」
【姫 子】「行方知れずでしょう」
【 陣 】「なるほど」
【ピ リ】「わたしはそう言いました!」
ああ、この子、本当に残念なんだなぁ……。
とにもかくにも――その小夜という少女が、ボケよりツッコミ側の人間であることを祈っておこう。
;■屋敷・陣の部屋(17時半)
;■ 雪村陣(私服
;■ 御蔵姫子(メイド服
;■ ピリッタ・マキネン(制服
;■ 黒崎今日香(私服
;
騒ぎながら案内された部屋は、形容すれば書斎のような雰囲気だった。
書き物机、ソファのセット、ベッドにクローゼット、使い道のなさそうな暖炉に、奥にある扉の先はこの部屋専用の洗面所とトイレになっていた。
過不足はなく、むしろ広すぎて落ち着かないくらいだ。
【 陣 】「この屋敷の各部屋の配置ってどうなってるんだ?」
おおまかに部屋を見て回ったところで、姫子とピリに向かって声をかける。
【姫 子】「1階の右手は先ほどのサロン、その奥に娯楽室と図書室があります」
【姫 子】「左手にこの世話役の方の部屋と、台所と食堂と洗濯室。2階が女の子たちの部屋ですね」
【ピ リ】「あとは1階のまっすぐ奥がお庭とお風呂かと」
【 陣 】「後で見て回るか」
言いながら、常春の世界で必要のなくなったコートやマフラーをクローゼットに投げこむ。
【ピ リ】「それでは、お名残惜しいですが、なにかあったら台所にいるので声をかけてください」
それこそメイドのように言って、ピリはドーナツの袋を抱えて部屋を出て行った。
【 陣 】「なあ……ピリがいると、俺はすることがないんじゃないか?」
【姫 子】「あの子が納得する範囲で、お掃除の手伝いでもすればいいんじゃないですかね」
他人事のように姫子がぼやく。
;■にやにや
【姫 子】「それより、色々と私に言いたいことがあるんじゃないですか?」
【 陣 】「まあ、確かに百聞は一見にしかずだったな」
明日香との話を思い出す。
【 陣 】「この屋敷に住んでいる女の子たちは、全員身寄りがないのか?」
【姫 子】「そうです。ある意味、ここも陣くんが暮らしていた施設と変わりはありません」
【姫 子】「私や守屋くんから、彼女たちの生い立ちを教えるつもりはありません。それを知ることもあなたのお仕事になります」
【 陣 】「プライベートを詮索する気はないけどな」
【 陣 】「それより、ここにいる子たちは全員望んでここに住んでるのか?」
【姫 子】「事実です。皆さんに聞いて回ってもらっても構いませんよ」
即答だった。
【姫 子】「ここでは、望めばなんでも手に入ります」
姫子が楽しそうに両手を合わせて笑う。
【姫 子】「私か陣くんを通して守屋くんに連絡をいれれば、すぐに望みの品を用意してもらえます――これも、あなたの仕事の一環ですね」
【 陣 】「……ぬるま湯だな」
特殊、というより異{・}常{・}だろう。
ここはまさに、姫子のために用意された楽園であり、少女たちの鳥かごだ。
【 陣 】「……というか、なんで女の子だけなんだ?」
【姫 子】「私が花が好きだから」
それもまた異常な答えだった。
彼女たちは花か。
【 陣 】「ここにきてから、感覚のおかしなことばかりだ」
立て続けに独自の世界を見せつけられ、自分のもっている常識がわずかに揺らいでいる。
おそらく、姫子と話していても――彼女が嘘をついていないとしても、しっくりくる答えというものは得られないだろう。
なによりも、彼女がここでのルールの根源なのだから。
【姫 子】「質問はそれだけですか?」
【 陣 】「今のところは」
これ以上は、もう少し落ち着いて、なにを知るべきかを考えてからにしたほうがいいだろう。
【姫 子】「それでは、私もドーナツを食べてきます」
【 陣 】「もう少し、神様らしく去ってくれないか?」
;■考え
【姫 子】「……ふむ」
;■真顔
【姫 子】「ドーナツが私に食べて欲しいと語りかけてくるのです」
よくわからない神様らしさを発揮したあと、姫子は大人しく部屋を出て行った。
すぐに軽い足音が遠ざかり、やがて音がなくなった。
静かすぎる。
【 陣 】「そうか……ここ、車も走ってなければ、鳥もいないのか」
ぼんやりと部屋に立ち尽くしながら、妙なことに納得する。
すぐにどこかへ行こうという気にはなれず、椅子やソファではなく、ベッドに腰かけた。
【 陣 】「さて」
ようやく一息つけた。
気になることは多いが、部外者である俺になにができるのかはわからない。
そもそも、考え事をするにも情報が足りなすぎた。
まずは現実的な問題を片付けながら、屋敷の事情を見て回るか。
【 陣 】「まあ、給料分は働かないとな」
ピリに手伝えることがあるか聞いてこよう。
そう思って扉に目をやったところで、それが勝手に開いた。
【今日香】「あ、せんせー」
【 陣 】「今日香?」
【今日香】「ピーちゃんと姫子ちゃんは?」
部屋の中に入ってきた今日香が、あたりを見渡す。
【 陣 】「2人とももう出て行ったけど。どっちかに用事だったのか?」
【今日香】「ううん。あのね」
癖なのか指を口元に寄せながら、今日香が言葉を選ぶように間を空ける。
【今日香】「明日香ちゃんがせんせーとお話をしてきなさいって」
【 陣 】「話してこい?」
【今日香】「うん」
【 陣 】「なんの話をしろって言われた?」
【今日香】「え? なにも言ってなかったよ?」
驚いたように今日香が目を丸くする。
この屋敷のことを明日香に相談しようと思っていたが、自分の代わりに今日香を寄越したのだろうか?
だが――正直、今日香に代役が努まるとは思えなかった。
【 陣 】「…………」
どうしたものかと考えていると、ふらふらした足取りで今日香が近づいてくる。
彼女は目の前までくると、そのまま床に座りこみ、ベッドに座っている俺の膝に寄りかかってきた。
物心がつく前の子どもにはよくされることだが、今日香のような少女にやられると、さすがに焦ってしまう。
【 陣 】「え? あ、なに?」
【今日香】「せんせーは男の人なんだね」
当然のことを、さも珍しいことのように今日香が言う。
【 陣 】「そ、そうだな」
【今日香】「すごく久しぶりに見た」
【 陣 】「久しぶり?」
そういえば、ピリと初めて会ったときも、似たような反応をしていたか。
【 陣 】「そうか。俺の前の先生っていうのは女性だったんだね?」
【今日香】「うん、そう。その前の先生も女の人だったよ」
どこか眠たげに今日香が言う。
異性に対して無菌室のような場所で育ったから、彼女はこうも身体に触れることに抵抗がないのか。
【 陣 】「…………」
ふいに、イヤな予想が浮かんでくる。
まさか、明日香のやつ、それがわかってて今日香を送りこんできたんじゃないよな?
いくら仕事で来ているとはいえ、俺だって健全な男なのだが――いや、だからこそなのか?
こちらの葛藤を知ってか知らずか、今日香は俺の膝元で、すんすんと鼻を鳴らしている。
【 陣 】「あの、今日香、なにしてるの?」
【今日香】「えーとね、なんか懐かしい匂いがする」
【今日香】「せんせーはお父さんいる?」
【 陣 】「……いや、いないな。お父さんの代わりの人ならいるけど」
【今日香】「そっか。これ、お父さんの匂いなのかな」
子どものような笑顔に――外見と不釣合いな無邪気さに、ようやく心が落ち着く。
【 陣 】「なにかと思ったら、『お父さん』だったか」
【今日香】「ん?」
【 陣 】「いや、こっちの話」
【今日香】「あったかいね」
【 陣 】「そうだな」
俺は今日香の頭を撫でながら、春めいた窓の外に目をやった。
………………
…………
……
;■屋敷・サロン(18時半)
;■ 雪村陣(私服
;■ 黒崎明日香(私服
;
それから30分後。
ピリのいる台所に向かう前に、サロンに顔を出す。
夕日のさしこむ部屋の中で、相変わらずの姿勢で明日香が本を読んでいた。
【 陣 】「明日香」
【明日香】「…………」
呼びかけると、本から顔をあげて明日香がこちらに目をやる。
【 陣 】「今日香が俺の部屋のベッドで寝てるから、回収してくれ」
【明日香】「……そう、寝ちゃったんだ」
【 陣 】「なんなら俺が運んでもいいけど、部屋がわからなくて」
【明日香】「……夕飯が出来たら起こす」
【 陣 】「わかった」
【明日香】「……それだけ?」
【 陣 】「なんで今日香を部屋に寄越したんだ?」
もったいぶるのは好きじゃないので、ストレートに訊ねる。
【明日香】「…………」
;■ちょっとばつが悪い、軽い嫉妬もある
【明日香】「……今日香は」
【 陣 】「ん?」
【明日香】「……今日香は可愛い」
どこか困ったように明日香がつぶやく。
【 陣 】「それ、双子だと自画自賛になってないか?」
【明日香】「……顔の話じゃない」
明日香が本に視線を落としてしまうが、その目は文字を追っていなかった。
守屋のような無表情さだが、明日香の場合、なにを考えているのかわからないほどではない。
可愛げということなら、確かに今日香と明日香は比べるまでもないが――
【 陣 】「まあ、双子だからって気にすることないだろ」
【明日香】「…………」
【 陣 】「睨むなよ」
【 陣 】「今日香が可愛いなら、明日香は美人って、個性じゃないか」
;■ごく軽い驚き
【明日香】「…………」
;■ごく軽い照れ怒り
【明日香】「……陣のバカ」
わずかに照れた怒り顔に満足して、俺はサロンを後にした。
;■屋敷・廊下(右翼)(18時半)
;■ 雪村陣(私服
;
【 陣 】「……ん?」
廊下に出たところで、ちょうど窓の外を人影が通り過ぎた。
たなびく髪が一瞬だけ見てとれた。
【 陣 】「銀色だったな」
初めて目にした髪の色――まだ会ったことのない比良坂小夜という少女のものだろうか。
このドームに部外者がいるとは思えないので、おそらくそうだろう。
;■屋敷・玄関ホール(18時半)
挨拶だけしておこうと、俺は一度屋敷の外へと出る。
;■屋敷・外観(18時半~19時になる)
;
余計な光源がなく、空気も澄んでいるせいか、夕焼けの赤さが際立っていた。
いや、そう見えるよう調整された映像、か。
ちょうど夕暮れらしい。
ふと、ここでは夕方から夜にどうやって切り替わるのだろうかと思いつく。
;■夕方→夜空へ切り替え
タイミングもいいので、少しだけ待ってみる。
地平線に太陽が消えていく動きに合わせて周囲が暗くなっていく。
それはちょうど、映画館の照明が消えていくのを、可能な限りゆっくりにしたような感じだった。
空を映しだしているモニター自体の動きは滑らかで、夕暮れの赤みが失われる代わりに青みがかり、またたく星空を映しだした。
ただ、夜になってもあたりはぼんやりと明るい。
【 陣 】「明かりについては少しぎこちないな」
屋敷の住人の安全のためだろうが――わずかでも機械的な限界を目にしたことで、ほっとした。
視線をおろして、最初の目的を思いだす。
人影の見えた窓の位置を考え、屋敷を正面に見て、右手のほうにぐるりと回る。
;■花畑の墓標(19時)
;■ 雪村陣(私服
;■ 比良坂小夜(制服
;
屋敷の裏手にはわずかな林があり、道なりに進むと花畑が広がっていた。
人工的な月明かりの下。
不自然な青白さに照らされた廃墟のような石のオブジェと、それを囲む花園。
人影はその中心で、こちらに背を向けて立ち尽くしている。
彼女の前には木で組まれた大きな十字架があり、地面に影を落としていた。
近寄りがたい雰囲気に、一瞬、足を止めてしまう。
異常な1日の中でも、これは極めつけだった。
【 陣 】「……それは誰かの墓なのか?」
;■ここから小夜登場、見返りCG。
;■軽い驚き
≪小 夜≫「…………」
俺の声に、わずかに肩を揺らして、少女が振り返る。
その動きに合わせて、ふわりと花びらが舞った。
人形のようだと思った。
目の前にいても、気配がまるで感じられない。
姫子が浮世離れしながらも生命力に溢れているのに対し、この少女からは生気というものが感じられない。
ただ、俺という部外者の存在と質問に浮かべたわずかな驚きが、かろうじて彼女を人間だと認めていた。
;■きょとん
≪小 夜≫「えーと、お墓?」
≪小 夜≫「どうかな」
;■わずかな悲哀のある微笑み
≪小 夜≫「私がこの屋敷に来たときには、もう立ってたものだから……もしかしたら悪戯なのかも」
少女が笑顔にしては弱々しい表情を浮かべる。
;■苦笑
≪小 夜≫「掘ってみれば本物かわかると思うけど」
【 陣 】「そこまで悪趣味じゃない」
≪小 夜≫「そうだね。本当にお墓かどうかわからないから、これ、そのままなんだよね」
意外と屈託のない話し方をする少女を安心させるように、両手を広げて見せる。
【 陣 】「驚かせるつもりはなかったんだ。今日からあの屋敷で働かせてもらう、雪村陣だ」
【小 夜】「小夜、比良坂小夜です。よろしくお願いします」
スカートの裾をつまんで、小夜が会釈する。
;■CGから通常シーンに戻す候補位置。
【 陣 】「ピリと同じ服なんだな」
【小 夜】「ピリさんにもう会ったの?」
【 陣 】「小夜が最後だよ」
【小 夜】「そう」
ぼんやりとした調子で小夜が胸に手をあてる。
【小 夜】「これは制服」
【 陣 】「制服?」
【小 夜】「まだ聞いてないんだね」
【 陣 】「そんな感じの台詞ばっかり言われてるけど、本当にちょっと前に来たばかりだから、わからないことだらけだよ」
【小 夜】「午前9時から午後3時までは、この服を着て過ごすのがあの屋敷のルールなの。私は、着替えるのが面倒で今もそのままだけど」
“制服”に“先生”となると、つまり――
【 陣 】「学校の代わりか」
【小 夜】「うん。なにもない場所だから、習慣になるようなルールがないと、手持ち無沙汰にしかならないよね」
どこかぼんやりとしているが、小夜は今までで一番話しやすい相手かもしれない。
【 陣 】「もし学校なら、俺は2年だな」
【小 夜】「あ、えーと……それなら私と同い年かな」
小夜が外の世界の基準を思い出すように答える。
;■微笑み
【小 夜】「よろしくね、陣くん」
【 陣 】「ああ」
【小 夜】「ところで、もしかして夕飯だから私を呼びにきてくれたの?」
【 陣 】「いや、窓から見えたから挨拶しておこうと思って」
【小 夜】「そっか。それじゃあ一緒に戻ろ」
気さくな様子で小夜が屋敷に戻ろうとする。
俺は彼女に声をかけた。
【 陣 】「俺のほうも『ところで』だけど、小夜はこんなところでなにをしてたんだ?」
墓参りでもないなら、わざわざ日暮れにこんな場所を訪れる理由を思いつけない。
【小 夜】「散歩、かな?」
【 陣 】「もうちょっと場所を選んだほうがいいと思うけど」
【小 夜】「そうだね。うん」
彼女は俺の言葉に納得したというようにうなずく。
【小 夜】「ねえ、陣くん。外から来たのなら、あのお屋敷やみんなが少し変だってことは気づいてるよね?」
【 陣 】「まあ、普通だとは思えないな」
【小 夜】「ひとつだけ知っておいて欲しいんだけど」
ふいに真面目な顔になって、小夜がまっすぐ俺を見つめてくる。
【小 夜】「あのお屋敷で一番おかしいのが私だから、気を許さないで」
【 陣 】「え?」
【小 夜】「多分、わからないと思うけど、先に伝えておくね」
【小 夜】「姫子よりも私のほうが危ないから」
それで用は済んだとばかりに、今度こそ小夜は花畑から立ち去っていく。
彼女が一番まともだと思うのだが――
からかわれているのか?
よくわからないなと思いながら、俺は小夜の後を追って屋敷へと戻った。
………………
…………
……
;■屋敷・食堂(19時半)
;■ 雪村陣(私服
;■ 御蔵姫子(メイド服
;■ ピリッタ・マキネン(私服
;■ 黒崎今日香(私服
;■ 黒崎明日香(私服
;■ 比良坂小夜(私服
;
;■食事シーンCGは表情&動作差分を考慮しない1点ものとして形成する。
;■「大勢での食事シーン」というイメージボード的なものを想像してもらえればよい。
;■テーブルに映る皿や食事の内容も汎用素材として変更なしでOK。
;■ポイントは3点。
;■ 1:各キャラクターごとにレイヤーわけをして外せるようにしておく。
;■ 2:あとで参加するキャラも含めて作成しておく。
;■ 3:小夜は一番目立たない位置でよい(初期に脱落して以降は取り外しがデフォになるので)。
;
;■ 表情差分や汎用性をイベントCGで作成するなら、全キャラクター単独のテーブルについているものを別に作成する方法がある。
;■ 「ダンガンロンパ」の学級裁判シーンをイメージできるなら近いと思う。
;■ 服装は私服限定、表情「喜怒哀楽」4種(×余力がれば目線左右)。
;■ こうすると、誰がどう残っていてもシーンが形成できる。
;■ まあ、これでも素材量がアホみたいに多くなるので基本的には必要ない。
寄り道が多かったせいか、台所のピリのところに顔を出したときには夕飯の支度は終わっていた。
手伝えたのは食堂に皿を運ぶ仕事だけだった。
そして――
;■微笑み
【姫 子】「それでは、この屋敷の主人である私から食事の前のご挨拶を――」
;■軽い呆れ
【姫 子】「って、もう皆さん食べ始めてますね」
【 陣 】「メイドが音頭をとるのは妙な光景だな」
;■微笑み
【小 夜】「慣れだよ、慣れ」
;■笑顔
【今日香】「せんせー、ピーちゃんのご飯はすごく美味しいんだよ♪」
;■残念
【ピ リ】「先に陣くんが来ることを教えておいてもらえれば、もっと美味しいご飯を作りましたのに」
;■冷静
【明日香】「……というか、陣、姫子が話してるうちに自分の食べる分を確保したほうがいい」
明日香の説明が状況を端的に語っているようで、全員、せっせと自分の食べたいものを取り皿に移して、食事を始めている。
【姫 子】「まったく……皆さん、自分の食べる分は手元に集めましたね? では、残りは全て私のものです」
どうしようもない大食い宣言をしてから、姫子が俺のほうに目をやる。
【姫 子】「一応、陣くんの紹介などもしようと思っているんですから」
真面目に聞いているとは言いがたいが、姫子が全員に、俺の経歴を要約して伝える。
【小 夜】「ふうん。陣くんも施設の出なのね」
【 陣 】「ああ。だから、こういう食事風景も慣れてる」
メニューにもよるが、基本、大所帯の食事は大皿から取り分ける形になりやすい。
特に今日は、俺が飛び入りになったせいで5人分を6人で割ることになっているはずだ。
【 陣 】「ところで、全員集まってるからちょうどいいんだけど、俺は明日からなにをすればいいんだ?」
【姫 子】「では、食べながらざっと説明しましょうか」
【ピ リ】「姫子さん姫子さん、陣くんはわたしの手伝いをしてくれるのですか?」
【姫 子】「掃除や洗濯は構いませんが、食事はピリにお願いしたいところですね」
【 陣 】「確かに」
適当に口に放りこんだから揚げをひとつとっても、料理の腕についてはピリと俺の差は大きすぎる。
;■軽い照れ困り
【明日香】「……洗濯も?」
;■軽い照れ困り
【ピ リ】「洗濯は自分たちでしたいですねぇ」
;■きょとん
【今日香】「なんで?」
;■くすり
【小 夜】「私は陣くんにお願いしちゃってもいいかな」
【姫 子】「では、私と小夜と今日香の洗濯は陣くんにお願いしましょう」
【 陣 】「ああ」
変なところで性格が出るな、と思う。
;■笑顔
【ピ リ】「陣くん、お掃除はお屋敷が広いので分担しましょう」
【 陣 】「それもわかった」
【姫 子】「あとは、皆さんの望むものを守屋くんに電話して手配するのがお仕事になります。これは明日香とピリからの話が中心ですね」
【 陣 】「部屋に電話があったな。で、その2人の注文が多いのか?」
【明日香】「……本とかゲームとか服」
【ピ リ】「わたしは食材とか洗剤とかトイレットペーパーですよ?」
【 陣 】「なるほどね」
ピリは生活全般を任されているので当然として、明日香はここのシステムを使って浪費をしているらしい。
【 陣 】「一応、この屋敷に持ちこんじゃいけない品物は、どういう基準で考えればいいんだ?」
【姫 子】「最初のうちは陣くんが気にする必要はありません。これまでの経験で各自に基準がありますし、都合の悪いものは守屋くんのところで止められます」
これも分かりやすい話だった。
その後、食事をとりながら、全員からおおまかな屋敷のルールを確認する。
そうして、ようやく具体的なイメージが掴めてきた。
1日の生活サイクルを考えると、だいたいこんな感じか――
朝は適当に起きて、朝食は各自で済ませる。
9時になったら、全員が制服に着替えてサロンに集まって、昼食を挟んで午後3時まで勉強会(俺は先生役を務めることになるらしい)。
以降は掃除や洗濯をしながら、その都度、頼まれた仕事をこなせばよいということだ。
【 陣 】「そんなに外の学生生活と変わらないな」
【小 夜】「……そうなの?」
【 陣 】「ああ。朝がもうちょっと早いけど」
【ピ リ】「懐かしいお話です」
【姫 子】「これでだいたいの説明はしましたよね?」
【今日香】「夕飯だけは必ず全員でとることって決まりはあるよ」
今日香が楽しそうに補足する。
【小 夜】「そうしないと、部屋に引き篭もったまま出てこない子が出てくるから」
思わず明日香のほうを見てしまう。
【明日香】「……なに?」
【 陣 】「いや、別に」
確かに、決まりでもなければ出てこなさそうだなぁ。
とにかく、と俺はこっそりと全員の様子を眺める。
しばらくこの6人で暮らしていくことになるが――まあ、悪い仕事ではなさそうだ。
姫子が花と形容するのも、納得できるメンバーだった。
………………
…………
……
;■屋敷・サロン(21時)
;■ 雪村陣(私服
;■ 比良坂小夜(私服
;■ ピリッタ・マキネン(私服
;■ 黒崎今日香(私服
;
夕飯を終え、全員でサロンに移って軽いお茶を済ませた後。
今日香と明日香が自室に戻り、姫子もどこかへと姿を消し、ピリと小夜だけが部屋に残っていた。
【小 夜】「陣くんは休まなくても平気?」
小夜がぼんやりとした表情で言う。
一瞬、遠まわしに部屋から出て行けと言われたのかと思ったが、単純に体調を気遣ってくれているらしい。
俺は電波の入らない携帯で午後9時という時間を確かめる。
【 陣 】「ちょっと気疲れはしてるけど、まだ休むような時間じゃないな」
【小 夜】「陣くんはよくやってると思う。うん」
小夜が優しいような弱々しいような微笑みを浮かべる。
ピリや今日香のような屈託のない笑顔を、とまでは言わないが、もう少し明るく笑ってくれないと、どうも気になって仕方ない。
【 陣 】「あ、そういえば風呂ってどうなってるんだ?」
当たり前のことすぎて、訊くのを忘れていた。
自分の部屋にトイレはあったが、風呂場を見た覚えがない。
;■微笑み
【小 夜】「一緒に入ろうか?」
【 陣 】「そういう冗談はやめてくれ」
;■くすくす
【小 夜】「冗談じゃないのに」
照れくさくて小夜のほうを見ていられず、ピリに視線を向ける。
【ピ リ】「わ、わたしと入りたいということですか!?」
【 陣 】「そこから離れろ。単に、風呂にどういうルールで入るのかを確認してるだけだ」
【ピ リ】「安心しました」
真顔でほっと息をつき、ピリがいつもの笑顔を取りもどす。
【 陣 】「1階の奥に風呂場があるって聞いたけど、入る順番とか時間はどうなってるんだ?」
;■あー、と
【小 夜】「うん。まあ、あれも一応、お風呂かな?」
【ピ リ】「そういえば男の人が来たのは初めてですから、どうしましょう?」
【 陣 】「なんだその反応は?」
;■にっこり
【ピ リ】「ここのお風呂は露天風呂なのです」
【 陣 】「露天風呂?」
俺の驚きに、小夜が苦笑いしながら言う。
【小 夜】「屋敷の裏手にあるんだよ。もちろん天然じゃないけど」
【ピ リ】「養殖です」
【 陣 】「魚かよ」
それこそ冗談だ。
;■えっへん
【ピ リ】「広いので誰でもいつでも入ってよいとなっていて、順番とか時間なんて決めていませんでした」
;■苦笑
【小 夜】「世話役の人が女性だったときはそれで問題なかったんだけど」
【 陣 】「……どうにかしてくれ」
自分で手配できることではなかったので、額を押さえてうめいてしまう。
姫子のやつ、本当になにも考えずに男の俺を採用したのか。
;■苦笑
【小 夜】「あとで姫子と明日香さんに相談してあげる」
【ピ リ】「夜に入ると星がきれいですよ」
【 陣 】「星?」
新宿で星がよく見えると言われてもピンとこない。
だが、ここでは夜空すら作り物で――プラネタリウムのようなものなのだろう。
【 陣 】「それはちょっと気になるな」
;■微笑み
【小 夜】「やっぱり一緒に入る?」
【 陣 】「遠慮しておく」
いい加減、風呂の話題から離れたほうがよさそうだ。
【 陣 】「ところで、普段は2人とも、どんな話をしてるんだ?」
【ピ リ】「普段?」
【 陣 】「今日は俺の話ばっかりだけど、その前とか、例えばピリと小夜はどんな話をしてたのかってこと」
【ピ リ】「どんなと言われても?」
【小 夜】「普通の話かな?」
小夜とピリが同じように首をかしげる。
普通――テレビやネットもないこの閉鎖された環境で、その言葉はどこか据わりが悪い気がした。
【 陣 】「具体的には?」
;■微笑み
【小 夜】「ピリさんとは猥談が多いですよね」
【ピ リ】「ぐふぁ!?」
小夜の穏やかな答えに、ピリが妙なむせ方をする。
【ピ リ】「いけませんいけません! 小夜さん、なんてこと言いますか!?」
【小 夜】「ピリさんはこの屋敷に来て半年くらいしか経ってないから、あんまり世間ズレしてないんだよね」
ピリの抗議を無視して、小夜が説明してくれる。
【小 夜】「ちょうど年頃の子が多いタイミングだから、まあ、猥談は多いよ」
【ピ リ】「小夜ちゃん、話を聞いてください! せめて恋バナとお呼びください!」
【 陣 】「小夜は、ここでの暮らしが長いのか?」
【ピ リ】「陣くんも誤解してはいけないことです!」
ピリの慌てぶりも面白かったが、小夜の言い回しのほうが気になった。
【小 夜】「私は6年。双子ちゃんがもうすぐ3年、ピリさんは半年、姫子はいつからいるのかな?」
【 陣 】「この屋敷に6年か……」
物心がつく年齢を考えれば、小夜は外での生活より、この屋敷での生活のほうが体感時間が長いくらいかもしれない。
【 陣 】「じゃあ、古株は姫子と小夜なんだな」
【小 夜】「うん。姫子と私は親友――かな?」
【ピ リ】「わたしも親友です!」
【小 夜】「そうだね。ピリさんは姫子を餌付けしちゃったもんね」
【 陣 】「ここは動物園か」
まあ、夕飯のときも、本当に姫子が大皿に残ったものを全てひとりで食べきっていたが。
【小 夜】「で、ピリさんとの猥談の話だね」
【 陣 】「そうだったな」
【ピ リ】「せっかく忘れていたのに話を戻さないでください!」
ピリが半泣きになって叫ぶ。
【小 夜】「そうは言っても、やっぱり男の子が来たからには意識してるでしょ?」
【ピ リ】「それはそうですし、最初にパンツを――いや、陣くんのことを意識しているというお話ではなく!!」
【小 夜】「パンツ?」
【 陣 】「ホールで会ったときにピリが洗濯籠をひっくり返してたんだよ」
【小 夜】「ああ、そういうの、恥ずかしいんだ」
どちらかと言えば、これは小夜が世間ズレしているのだろう。
【ピ リ】「今日香ちゃんと明日香ちゃんも恥ずかしがります!」
【小 夜】「うん。あの子たちが一番思春期してるもんね」
【 陣 】「姫子は? あれが神様だって言うなら、人間の恋愛はどう考えてるんだ?」
;■真顔
【小 夜】「姫子とその手の話をしても、おしべとめしべの話しかしないかな」
【 陣 】「受粉か……」
【ピ リ】「え、えっちです!!」
植物の話でもピリは顔を真っ赤にして叫ぶ。
想像力豊かというか……みんな、ピリをからかうのが楽しいんだろうなぁ。
と、勢いよくサロンの扉が開いた。
;■笑顔
【今日香】「ピーちゃん、今日香たちとお風呂はいろ!」
【ピ リ】「おお! さすが今日香ちゃん、グッドダイヤモンドです!」
【今日香】「ん?」
ピリの必死な様子に、今日香がきょとんとしながら部屋を見渡す。
;■にこにこ
【今日香】「あ、せんせーと小夜ちゃんも一緒にお風呂入る?」
【小 夜】「グッドアイデアですね」
【 陣 】「頼むから勘弁してくれ」
まあ、俺にとってもちょうどいいタイミングか。
【 陣 】「俺は部屋に戻って着替えをどうにかしてくる。一番最後でいいから風呂に入ってもよくなったら声をかけてくれ」
【小 夜】「わかりました」
小夜の笑い声を聞きながら、俺は大人しくサロンから退散する。
よく考えれば、俺もピリと同じように、からかわれていたようだ。
※「御影新作プレゼンのサンプルシナリオ_01」の3へ続く
;■ 雪村陣(私服
;■ 御蔵姫子(メイド服
;■ 黒崎今日香(私服
;■ 黒崎明日香(私服
;■ ピリッタ・マキネン(制服
;
長い廊下の先にあった扉を開けると、かなり広さのある部屋に出た。
花瓶、鉢植え、壁掛けの絵画、ここも花に溢れた部屋だったが――
しかし、なによりも目を惹いたのはソファに腰掛ける白い少女だった。
ファッションには詳しくないので呼び方が正確かわからないが、白いゴスロリ服を着た少女が、ゆったりとした姿勢で本を読んでいた。
見た目は可憐だが、どこか造花のような冷たさを湛{たた}えてもいる。
≪明日香≫「…………」
少女はチラッとこちらを窺うと、すぐ手元の本に視線を落としてしまった。
【姫 子】「あれ、明日香ちゃんだけですか? 今日香ちゃんもいると聞いていたのですが?」
部屋を見渡しながら姫子が言う。
;■ぽつりと
【明日香】「……今日香は台所」
【明日香】「……おかえりなさい、姫子」
;■微笑み
【姫 子】「ただいま戻りました」
【明日香】「……その人が新しい世話役の人?」
本に目をやったまま、明日香と呼ばれた少女が訊ねてくる。
【姫 子】「ええ。雪村陣くんです」
【 陣 】「よろしく」
【明日香】「……どうも」
その挨拶のときだけ伏せていた目をあげ、明日香がようやく俺を正面からとらえた。
だが、またすぐに本を読み始めてしまう。
ピリと話した後だからか、余計にそっけなさが際立つ。
;■軽い呆れ
【姫 子】「明日香ちゃん、もうちょっと自己紹介してもいいんじゃないですか?」
;■少し考え
【明日香】「…………」
【明日香】「……別に明日香から話すことはない」
【 陣 】「それなら俺から話そうか?」
【明日香】「…………」
ようやく本を閉じ、明日香が必要以上にゆっくりと立ち上がる。
それだけでも重労働だという動きは、見た目通り、あまり身体が丈夫ではないらしい。
;■冷たく
【明日香】「……あなたは他人に干渉してくるタイプ?」
【 陣 】「どちらかと言えばあまり干渉しないタイプだけど、明日香が干渉されるのがイヤかどうかを知らないと話しかけるだろうな」
【明日香】「…………」
【明日香】「……そうね」
それは認めるという仕草で明日香が頷く。
【明日香】「……干渉しすぎないならそれでいい」
【明日香】「……話を聞くのが嫌いなわけじゃなくて、明日香は、話をするのが苦手なの」
【 陣 】「わかった」
話しかけるのはいいが、返事にはあまり期待するなということだ。
それにしても、このクールさで自分のことを名前で呼ぶのは、少し微笑ましい。
;■ちょっと感心
【姫 子】「陣くん、扱いに慣れてますね。明日香と初対面でこれだけ話せる人は初めてですよ」
【 陣 】「こんなものだろう?」
施設に預けられたばかりの心を閉ざしている子どもに比べれば、そっけないだけで、明日香とは会話が成立している。
【 陣 】「それにしても――」
明日香と姫子の2人を、交互に見やる。
【 陣 】「メイド姿の姫子と並ぶと、明日香がこの屋敷のお嬢様みたいだな」
;■笑顔
【姫 子】「それは楽しいことです」
;■ちょい、おどおど
【明日香】「……姫子がイヤなら、こういう服はやめるけど?」
冗談だったのに、明日香が困ったように言う。
;■苦笑
【姫 子】「別にイヤではありません。いつも通りで構いませんよ」
【明日香】「…………」
【明日香】「……そう」
姫子の顔色を窺って、ようやく明日香が納得する。
【 陣 】「やっぱり、姫子は偉いのか?」
;■無表情、視線を逸らしながら
【明日香】「……明日香は死にたくないから」
俺の言葉に、明日香が囁くようにつぶやく。
なぜ急に、生き死にの話が出てくるのだろう?
ついでに、自分のことを名前で呼ぶのはやはり癖なのだろうか?
ぼんやりと浮かんだ2つの疑問を続けようとしたときだった――
;■画面揺れ
【 陣 】「――っ!?」
背中に衝撃を受けて視界が揺れた。
≪今日香≫「お兄さん、だーれ?」
べったりと張りついたなにか――明らかに女の子の声であるそれが、どこか舌足らずに訊ねてくる。
やってることも話し方も幼い子どものようだが、しかし、背中に感じる重さは大人のものだ。
【 陣 】「あの……誰だかわからないけど、とりあえず離れてくれないかな?」
≪今日香≫「なんで?」
【 陣 】「なんでというか……」
なんというか、その……感触がヤバイ。
とにかく柔らかい。
これは明らかに子どもではなく女性の身体だ。
≪今日香≫「どうしたの?」
【 陣 】「いや……」
;■ため息
【明日香】「……今日香、その人を困らせないで」
;■ちょっと不承不承
【今日香】「はーい」
【姫 子】「陣くんは、困ってるって顔じゃないですけどね」
外野がなにか言っているが、背中の女の子は素直に「よいしょ」と離れてくれた。
【 陣 】「ん?」
ようやく目の前に立った女の子は、明日香とそっくりな外見をしていた。
違いは、明日香が白い服なのに対し、今日香のほうが似たデザインの黒い服を着ているという1点だけだった。
【 陣 】「双子なのか」
;■満面の笑み
【今日香】「そうだよ♪」
【 陣 】「明日香が姉?」
;■冷静
【明日香】「……逆」
;■笑顔
【今日香】「今日香がお姉ちゃんだよ」
白と黒――対照的な服の色もそうだが、ここまで性格が正反対というのも面白い。
そこで、明日香が自分のことを名前で呼んでいた理由がわかった。
【 陣 】「そうか。双子だから、2人とも自分のことを分かりやすいように名前で呼ぶのか」
;■笑顔
【今日香】「そのとーり!」
;■冷静なまま
【明日香】「……明日香には似合わないって言いたいんでしょ?」
【 陣 】「似合わないってほどじゃないけど、少しくすぐったいな」
;■拗ね、少し照れ
【明日香】「…………」
【姫 子】「おや、照れてる」
【 陣 】「そうなのか?」
【明日香】「……別に」
;■きょとん
【今日香】「ねえ、おにーさん」
ふいに、今日香が親指を口元に寄せながら見つめてくる。
【今日香】「おにーさんは誰なの?」
【 陣 】「ああ、雪村陣……今日からここでみんなの世話をすることになってるんだ」
;■びっくり
【今日香】「あ、新しいせんせーなんだ」
【 陣 】「先生?」
;■笑顔
【今日香】「外のことを知ってる人」
【 陣 】「……外のこと?」
【今日香】「うん」
今日香はこちらの疑問など関係ないというように笑っている。
無言のまま明日香に助けを求めると、こちらもわずかに期待の満ちた目で俺を見ていた。
【明日香】「……落ち着いてからでいいから、色々教えて欲しい」
【今日香】「今日香にも!」
【 陣 】「ちょっと待て、先生って家庭教師じゃないのか? 外の話ってなんだ?」
【明日香】「……そのまま、今の“外”の情報を知りたいだけ」
明日香が当然のことのように答える。
そこで、その言葉が意味することに気づいた。
なんとなく携帯をとりだすが、アンテナは圏外で使い物にならなかった。
【 陣 】「……この屋敷に電話とかネットは?」
【明日香】「……ない」
【姫 子】「一応、守屋くんたちが待機してる管理室に繋がる電話はありますが、外部と連絡をとる手段はそれだけですね」
【明日香】「……欲しいものは手に入るけど、いわゆる新しい雑誌とか新聞も、テレビもない」
【 陣 】「それは……」
明日香の説明を理解したとき――ようやく、この仕事の異質さがわかった。
俺の仕事におかしなことはない。
俺の身に危険もない。
ただ、彼女たちが、この鳥かごのようなドームから“外”に出れないのだ。
【明日香】「……もしかして、知らなかったの?」
俺の顔色の変化を読みとったらしく、意外そうに明日香がつぶやく。
【 陣 】「ああ」
【明日香】「……そう」
【 陣 】「明日香、まさか誘拐されてるのか?」
姫子には聞こえないように、小さく訊ねる。
;■どこか歯切れ悪く
【明日香】「それはない……みんな、良くも悪くも自主的にここにいる」
【 陣 】「…………」
含みがあるようにも思えるが、嘘を強制されているという雰囲気でもない。
姫子がいるこの場で、これ以上の詳細を訊ねるわけにもいかないか。
明日香とは後で話をしたほうがいいだろう。
【 陣 】「姫子」
【姫 子】「なんですか?」
【 陣 】「彼女たちに、俺が外のことを教えてもいいのか?」
確認のために姫子に目をやる。
;■ごく普通に軽く
【姫 子】「“彼女たちが望むものを与え、望むことを叶えなさい”ということです」
【 陣 】「そうか」
情報の伝達自体が禁止されているわけではないらしい。
そもそも、仕事の内容が“それ”なのだから拒否権もない。
【 陣 】「それなら、外の話は落ち着いてからだな」
【今日香】「いつ落ち着くの?」
【 陣 】「夕飯を食べた後くらい、かな?」
ここでの生活がどうなるのかまだわからないので、どうしても曖昧になってしまう。
こちらはドームに入ってから30分も経っておらず、まだ荷物すら手にしたままなのだ。
;■駄々
【今日香】「夕飯ってもっと早く――」
;■やれやれ
【明日香】「……今日香、あまり無理を言わないで」
;■あっさり
【今日香】「わかった」
明日香の言葉に、今日香が驚くほど素直に引き下がった。
【ピ リ】「おお、びっくりぎょうてん浦島金太郎です。意外と仲良くやっておりますね」
【 陣 】「意外とって言うなよ」
部屋に走りこんできたピリにツッコミを入れておく。
【ピ リ】「陣くん、お部屋の用意が出来ましたが、よろしいですか? それとも、もうちょっとお話してからですか?」
【 陣 】「お部屋がよろしいんじゃないかな」
まだまだ知りたいことはあったが、とにかく一度落ち着きたい。
荷物とコートを抱えなおしていると、ふと、明日香が今日香になにかを耳打ちしている様子を目にした。
何事かと思っていると、今日香がピリのそばに歩み寄る。
【今日香】「ピーちゃん、せんせーのお部屋ってどこ?」
【ピ リ】「前の先生と同じですよ。1階の左手側です」
【今日香】「そっか」
言いながら、今日香が明日香に目をやる。
意味は通じているらしく、明日香がこくりと頷いてソファに座りなおした。
【姫 子】「また悪巧みしてますね、あの双子は」
【 陣 】「悪巧み?」
【姫 子】「好奇心旺盛なんですよ」
【ピ リ】「陣くん、行きますです」
ピリがさっさと歩けと言うように催促してくる。
もう1度部屋を見渡すと、今日香が小さくを手を振っていた。
俺もそれに手を振り返してから、サロンをあとにした。
;■屋敷・廊下(右翼)(17時半)
;■ 雪村陣(私服
;■ 御蔵姫子(メイド服
;■ ピリッタ・マキネン(制服
;
【 陣 】「……どうも、ここのルールがよくわからないな」
廊下に出たところで、ぼんやりとつぶやいてしまう。
【姫 子】「わからない?」
【 陣 】「なにか目的があって、この変な施設を作り、女の子たちを集めて、外に出さないようにしている――」
【 陣 】「“なにかの目的”って、まあ、それが姫子のご機嫌とりに関係しているんだろうけど」
【姫 子】「当然そうですね」
たいしたことではないと姫子も同意する。
【 陣 】「妙なことは多いけど、それにいちいち口を挟まないからこその高額な給料だってことも納得してる」
【姫 子】「では、なにがわからないんです?」
【 陣 】「外の情報をシャットアウトするルールがあるのに、そこに俺みたいな人間を入れたら意味がないだろ?」
これが疑問だ。
;■くすくす
【姫 子】「あら、陣くんは雑誌やネットと同じものなんですか?」
【 陣 】「情報の正確さとか量を考えたら、そういうもののほうが俺より優秀じゃないか?」
【姫 子】「大きな違いがあります」
【 陣 】「それは?」
【姫 子】「陣くんから知識を得るためには、コミュニケーションという過程が必要になります」
【 陣 】「なるほど」
それは確かに大きな違いだ。
【ピ リ】「なに2人はむつかしいお話をしておりますか?」
俺たちがのんびりしていると、ピリが急かしに戻ってきてしまった。
【 陣 】「ああ、悪い」
【姫 子】「そういえばピリさん、陣くんがドーナツを持ってますよ」
【ピ リ】「ドーナツ!」
突然の大声にびっくりしてしまう。
【ピ リ】「すばらしい! 陣くんは神様ですね!」
【姫 子】「神様は私です」
【 陣 】「そういうことじゃないだろう」
;■にこにこ
【ピ リ】「ドーナツは何個ありますか?」
【 陣 】「10個」
【ピ リ】「1人2個ずつですね」
【姫 子】「ピリ。今日は陣くんがいますから、屋敷にいるのは6人ですよ」
【ピ リ】「あー」
なんでドーナツを買ってきた俺が、恨みがましく睨まれなくてはならないんだ。
;■がっくりしながら
【ピ リ】「えーと、10個を6人で割りますから……割れません……」
【姫 子】「私とピリで3個ずつ食べて、他の4人が1個ずつにすればぴったりですよ」
【ピ リ】「姫子さん、やはり神様でしたか!」
;■えっへん
【姫 子】「神様です」
【 陣 】「…………」
なんかもう面倒くさい。
ツッコミ役として明日香でも連れてくればよかっただろうか?
【 陣 】「そういえば、あと1人、会ってない子がいるんだな」
【姫 子】「比良坂小夜という子ですよ」
【ピ リ】「小夜ちゃんは親知らずです」
【 陣 】「歯医者か?」
【ピ リ】「歯医者とは何事ですか?」
【姫 子】「行方知れずでしょう」
【 陣 】「なるほど」
【ピ リ】「わたしはそう言いました!」
ああ、この子、本当に残念なんだなぁ……。
とにもかくにも――その小夜という少女が、ボケよりツッコミ側の人間であることを祈っておこう。
;■屋敷・陣の部屋(17時半)
;■ 雪村陣(私服
;■ 御蔵姫子(メイド服
;■ ピリッタ・マキネン(制服
;■ 黒崎今日香(私服
;
騒ぎながら案内された部屋は、形容すれば書斎のような雰囲気だった。
書き物机、ソファのセット、ベッドにクローゼット、使い道のなさそうな暖炉に、奥にある扉の先はこの部屋専用の洗面所とトイレになっていた。
過不足はなく、むしろ広すぎて落ち着かないくらいだ。
【 陣 】「この屋敷の各部屋の配置ってどうなってるんだ?」
おおまかに部屋を見て回ったところで、姫子とピリに向かって声をかける。
【姫 子】「1階の右手は先ほどのサロン、その奥に娯楽室と図書室があります」
【姫 子】「左手にこの世話役の方の部屋と、台所と食堂と洗濯室。2階が女の子たちの部屋ですね」
【ピ リ】「あとは1階のまっすぐ奥がお庭とお風呂かと」
【 陣 】「後で見て回るか」
言いながら、常春の世界で必要のなくなったコートやマフラーをクローゼットに投げこむ。
【ピ リ】「それでは、お名残惜しいですが、なにかあったら台所にいるので声をかけてください」
それこそメイドのように言って、ピリはドーナツの袋を抱えて部屋を出て行った。
【 陣 】「なあ……ピリがいると、俺はすることがないんじゃないか?」
【姫 子】「あの子が納得する範囲で、お掃除の手伝いでもすればいいんじゃないですかね」
他人事のように姫子がぼやく。
;■にやにや
【姫 子】「それより、色々と私に言いたいことがあるんじゃないですか?」
【 陣 】「まあ、確かに百聞は一見にしかずだったな」
明日香との話を思い出す。
【 陣 】「この屋敷に住んでいる女の子たちは、全員身寄りがないのか?」
【姫 子】「そうです。ある意味、ここも陣くんが暮らしていた施設と変わりはありません」
【姫 子】「私や守屋くんから、彼女たちの生い立ちを教えるつもりはありません。それを知ることもあなたのお仕事になります」
【 陣 】「プライベートを詮索する気はないけどな」
【 陣 】「それより、ここにいる子たちは全員望んでここに住んでるのか?」
【姫 子】「事実です。皆さんに聞いて回ってもらっても構いませんよ」
即答だった。
【姫 子】「ここでは、望めばなんでも手に入ります」
姫子が楽しそうに両手を合わせて笑う。
【姫 子】「私か陣くんを通して守屋くんに連絡をいれれば、すぐに望みの品を用意してもらえます――これも、あなたの仕事の一環ですね」
【 陣 】「……ぬるま湯だな」
特殊、というより異{・}常{・}だろう。
ここはまさに、姫子のために用意された楽園であり、少女たちの鳥かごだ。
【 陣 】「……というか、なんで女の子だけなんだ?」
【姫 子】「私が花が好きだから」
それもまた異常な答えだった。
彼女たちは花か。
【 陣 】「ここにきてから、感覚のおかしなことばかりだ」
立て続けに独自の世界を見せつけられ、自分のもっている常識がわずかに揺らいでいる。
おそらく、姫子と話していても――彼女が嘘をついていないとしても、しっくりくる答えというものは得られないだろう。
なによりも、彼女がここでのルールの根源なのだから。
【姫 子】「質問はそれだけですか?」
【 陣 】「今のところは」
これ以上は、もう少し落ち着いて、なにを知るべきかを考えてからにしたほうがいいだろう。
【姫 子】「それでは、私もドーナツを食べてきます」
【 陣 】「もう少し、神様らしく去ってくれないか?」
;■考え
【姫 子】「……ふむ」
;■真顔
【姫 子】「ドーナツが私に食べて欲しいと語りかけてくるのです」
よくわからない神様らしさを発揮したあと、姫子は大人しく部屋を出て行った。
すぐに軽い足音が遠ざかり、やがて音がなくなった。
静かすぎる。
【 陣 】「そうか……ここ、車も走ってなければ、鳥もいないのか」
ぼんやりと部屋に立ち尽くしながら、妙なことに納得する。
すぐにどこかへ行こうという気にはなれず、椅子やソファではなく、ベッドに腰かけた。
【 陣 】「さて」
ようやく一息つけた。
気になることは多いが、部外者である俺になにができるのかはわからない。
そもそも、考え事をするにも情報が足りなすぎた。
まずは現実的な問題を片付けながら、屋敷の事情を見て回るか。
【 陣 】「まあ、給料分は働かないとな」
ピリに手伝えることがあるか聞いてこよう。
そう思って扉に目をやったところで、それが勝手に開いた。
【今日香】「あ、せんせー」
【 陣 】「今日香?」
【今日香】「ピーちゃんと姫子ちゃんは?」
部屋の中に入ってきた今日香が、あたりを見渡す。
【 陣 】「2人とももう出て行ったけど。どっちかに用事だったのか?」
【今日香】「ううん。あのね」
癖なのか指を口元に寄せながら、今日香が言葉を選ぶように間を空ける。
【今日香】「明日香ちゃんがせんせーとお話をしてきなさいって」
【 陣 】「話してこい?」
【今日香】「うん」
【 陣 】「なんの話をしろって言われた?」
【今日香】「え? なにも言ってなかったよ?」
驚いたように今日香が目を丸くする。
この屋敷のことを明日香に相談しようと思っていたが、自分の代わりに今日香を寄越したのだろうか?
だが――正直、今日香に代役が努まるとは思えなかった。
【 陣 】「…………」
どうしたものかと考えていると、ふらふらした足取りで今日香が近づいてくる。
彼女は目の前までくると、そのまま床に座りこみ、ベッドに座っている俺の膝に寄りかかってきた。
物心がつく前の子どもにはよくされることだが、今日香のような少女にやられると、さすがに焦ってしまう。
【 陣 】「え? あ、なに?」
【今日香】「せんせーは男の人なんだね」
当然のことを、さも珍しいことのように今日香が言う。
【 陣 】「そ、そうだな」
【今日香】「すごく久しぶりに見た」
【 陣 】「久しぶり?」
そういえば、ピリと初めて会ったときも、似たような反応をしていたか。
【 陣 】「そうか。俺の前の先生っていうのは女性だったんだね?」
【今日香】「うん、そう。その前の先生も女の人だったよ」
どこか眠たげに今日香が言う。
異性に対して無菌室のような場所で育ったから、彼女はこうも身体に触れることに抵抗がないのか。
【 陣 】「…………」
ふいに、イヤな予想が浮かんでくる。
まさか、明日香のやつ、それがわかってて今日香を送りこんできたんじゃないよな?
いくら仕事で来ているとはいえ、俺だって健全な男なのだが――いや、だからこそなのか?
こちらの葛藤を知ってか知らずか、今日香は俺の膝元で、すんすんと鼻を鳴らしている。
【 陣 】「あの、今日香、なにしてるの?」
【今日香】「えーとね、なんか懐かしい匂いがする」
【今日香】「せんせーはお父さんいる?」
【 陣 】「……いや、いないな。お父さんの代わりの人ならいるけど」
【今日香】「そっか。これ、お父さんの匂いなのかな」
子どものような笑顔に――外見と不釣合いな無邪気さに、ようやく心が落ち着く。
【 陣 】「なにかと思ったら、『お父さん』だったか」
【今日香】「ん?」
【 陣 】「いや、こっちの話」
【今日香】「あったかいね」
【 陣 】「そうだな」
俺は今日香の頭を撫でながら、春めいた窓の外に目をやった。
………………
…………
……
;■屋敷・サロン(18時半)
;■ 雪村陣(私服
;■ 黒崎明日香(私服
;
それから30分後。
ピリのいる台所に向かう前に、サロンに顔を出す。
夕日のさしこむ部屋の中で、相変わらずの姿勢で明日香が本を読んでいた。
【 陣 】「明日香」
【明日香】「…………」
呼びかけると、本から顔をあげて明日香がこちらに目をやる。
【 陣 】「今日香が俺の部屋のベッドで寝てるから、回収してくれ」
【明日香】「……そう、寝ちゃったんだ」
【 陣 】「なんなら俺が運んでもいいけど、部屋がわからなくて」
【明日香】「……夕飯が出来たら起こす」
【 陣 】「わかった」
【明日香】「……それだけ?」
【 陣 】「なんで今日香を部屋に寄越したんだ?」
もったいぶるのは好きじゃないので、ストレートに訊ねる。
【明日香】「…………」
;■ちょっとばつが悪い、軽い嫉妬もある
【明日香】「……今日香は」
【 陣 】「ん?」
【明日香】「……今日香は可愛い」
どこか困ったように明日香がつぶやく。
【 陣 】「それ、双子だと自画自賛になってないか?」
【明日香】「……顔の話じゃない」
明日香が本に視線を落としてしまうが、その目は文字を追っていなかった。
守屋のような無表情さだが、明日香の場合、なにを考えているのかわからないほどではない。
可愛げということなら、確かに今日香と明日香は比べるまでもないが――
【 陣 】「まあ、双子だからって気にすることないだろ」
【明日香】「…………」
【 陣 】「睨むなよ」
【 陣 】「今日香が可愛いなら、明日香は美人って、個性じゃないか」
;■ごく軽い驚き
【明日香】「…………」
;■ごく軽い照れ怒り
【明日香】「……陣のバカ」
わずかに照れた怒り顔に満足して、俺はサロンを後にした。
;■屋敷・廊下(右翼)(18時半)
;■ 雪村陣(私服
;
【 陣 】「……ん?」
廊下に出たところで、ちょうど窓の外を人影が通り過ぎた。
たなびく髪が一瞬だけ見てとれた。
【 陣 】「銀色だったな」
初めて目にした髪の色――まだ会ったことのない比良坂小夜という少女のものだろうか。
このドームに部外者がいるとは思えないので、おそらくそうだろう。
;■屋敷・玄関ホール(18時半)
挨拶だけしておこうと、俺は一度屋敷の外へと出る。
;■屋敷・外観(18時半~19時になる)
;
余計な光源がなく、空気も澄んでいるせいか、夕焼けの赤さが際立っていた。
いや、そう見えるよう調整された映像、か。
ちょうど夕暮れらしい。
ふと、ここでは夕方から夜にどうやって切り替わるのだろうかと思いつく。
;■夕方→夜空へ切り替え
タイミングもいいので、少しだけ待ってみる。
地平線に太陽が消えていく動きに合わせて周囲が暗くなっていく。
それはちょうど、映画館の照明が消えていくのを、可能な限りゆっくりにしたような感じだった。
空を映しだしているモニター自体の動きは滑らかで、夕暮れの赤みが失われる代わりに青みがかり、またたく星空を映しだした。
ただ、夜になってもあたりはぼんやりと明るい。
【 陣 】「明かりについては少しぎこちないな」
屋敷の住人の安全のためだろうが――わずかでも機械的な限界を目にしたことで、ほっとした。
視線をおろして、最初の目的を思いだす。
人影の見えた窓の位置を考え、屋敷を正面に見て、右手のほうにぐるりと回る。
;■花畑の墓標(19時)
;■ 雪村陣(私服
;■ 比良坂小夜(制服
;
屋敷の裏手にはわずかな林があり、道なりに進むと花畑が広がっていた。
人工的な月明かりの下。
不自然な青白さに照らされた廃墟のような石のオブジェと、それを囲む花園。
人影はその中心で、こちらに背を向けて立ち尽くしている。
彼女の前には木で組まれた大きな十字架があり、地面に影を落としていた。
近寄りがたい雰囲気に、一瞬、足を止めてしまう。
異常な1日の中でも、これは極めつけだった。
【 陣 】「……それは誰かの墓なのか?」
;■ここから小夜登場、見返りCG。
;■軽い驚き
≪小 夜≫「…………」
俺の声に、わずかに肩を揺らして、少女が振り返る。
その動きに合わせて、ふわりと花びらが舞った。
人形のようだと思った。
目の前にいても、気配がまるで感じられない。
姫子が浮世離れしながらも生命力に溢れているのに対し、この少女からは生気というものが感じられない。
ただ、俺という部外者の存在と質問に浮かべたわずかな驚きが、かろうじて彼女を人間だと認めていた。
;■きょとん
≪小 夜≫「えーと、お墓?」
≪小 夜≫「どうかな」
;■わずかな悲哀のある微笑み
≪小 夜≫「私がこの屋敷に来たときには、もう立ってたものだから……もしかしたら悪戯なのかも」
少女が笑顔にしては弱々しい表情を浮かべる。
;■苦笑
≪小 夜≫「掘ってみれば本物かわかると思うけど」
【 陣 】「そこまで悪趣味じゃない」
≪小 夜≫「そうだね。本当にお墓かどうかわからないから、これ、そのままなんだよね」
意外と屈託のない話し方をする少女を安心させるように、両手を広げて見せる。
【 陣 】「驚かせるつもりはなかったんだ。今日からあの屋敷で働かせてもらう、雪村陣だ」
【小 夜】「小夜、比良坂小夜です。よろしくお願いします」
スカートの裾をつまんで、小夜が会釈する。
;■CGから通常シーンに戻す候補位置。
【 陣 】「ピリと同じ服なんだな」
【小 夜】「ピリさんにもう会ったの?」
【 陣 】「小夜が最後だよ」
【小 夜】「そう」
ぼんやりとした調子で小夜が胸に手をあてる。
【小 夜】「これは制服」
【 陣 】「制服?」
【小 夜】「まだ聞いてないんだね」
【 陣 】「そんな感じの台詞ばっかり言われてるけど、本当にちょっと前に来たばかりだから、わからないことだらけだよ」
【小 夜】「午前9時から午後3時までは、この服を着て過ごすのがあの屋敷のルールなの。私は、着替えるのが面倒で今もそのままだけど」
“制服”に“先生”となると、つまり――
【 陣 】「学校の代わりか」
【小 夜】「うん。なにもない場所だから、習慣になるようなルールがないと、手持ち無沙汰にしかならないよね」
どこかぼんやりとしているが、小夜は今までで一番話しやすい相手かもしれない。
【 陣 】「もし学校なら、俺は2年だな」
【小 夜】「あ、えーと……それなら私と同い年かな」
小夜が外の世界の基準を思い出すように答える。
;■微笑み
【小 夜】「よろしくね、陣くん」
【 陣 】「ああ」
【小 夜】「ところで、もしかして夕飯だから私を呼びにきてくれたの?」
【 陣 】「いや、窓から見えたから挨拶しておこうと思って」
【小 夜】「そっか。それじゃあ一緒に戻ろ」
気さくな様子で小夜が屋敷に戻ろうとする。
俺は彼女に声をかけた。
【 陣 】「俺のほうも『ところで』だけど、小夜はこんなところでなにをしてたんだ?」
墓参りでもないなら、わざわざ日暮れにこんな場所を訪れる理由を思いつけない。
【小 夜】「散歩、かな?」
【 陣 】「もうちょっと場所を選んだほうがいいと思うけど」
【小 夜】「そうだね。うん」
彼女は俺の言葉に納得したというようにうなずく。
【小 夜】「ねえ、陣くん。外から来たのなら、あのお屋敷やみんなが少し変だってことは気づいてるよね?」
【 陣 】「まあ、普通だとは思えないな」
【小 夜】「ひとつだけ知っておいて欲しいんだけど」
ふいに真面目な顔になって、小夜がまっすぐ俺を見つめてくる。
【小 夜】「あのお屋敷で一番おかしいのが私だから、気を許さないで」
【 陣 】「え?」
【小 夜】「多分、わからないと思うけど、先に伝えておくね」
【小 夜】「姫子よりも私のほうが危ないから」
それで用は済んだとばかりに、今度こそ小夜は花畑から立ち去っていく。
彼女が一番まともだと思うのだが――
からかわれているのか?
よくわからないなと思いながら、俺は小夜の後を追って屋敷へと戻った。
………………
…………
……
;■屋敷・食堂(19時半)
;■ 雪村陣(私服
;■ 御蔵姫子(メイド服
;■ ピリッタ・マキネン(私服
;■ 黒崎今日香(私服
;■ 黒崎明日香(私服
;■ 比良坂小夜(私服
;
;■食事シーンCGは表情&動作差分を考慮しない1点ものとして形成する。
;■「大勢での食事シーン」というイメージボード的なものを想像してもらえればよい。
;■テーブルに映る皿や食事の内容も汎用素材として変更なしでOK。
;■ポイントは3点。
;■ 1:各キャラクターごとにレイヤーわけをして外せるようにしておく。
;■ 2:あとで参加するキャラも含めて作成しておく。
;■ 3:小夜は一番目立たない位置でよい(初期に脱落して以降は取り外しがデフォになるので)。
;
;■ 表情差分や汎用性をイベントCGで作成するなら、全キャラクター単独のテーブルについているものを別に作成する方法がある。
;■ 「ダンガンロンパ」の学級裁判シーンをイメージできるなら近いと思う。
;■ 服装は私服限定、表情「喜怒哀楽」4種(×余力がれば目線左右)。
;■ こうすると、誰がどう残っていてもシーンが形成できる。
;■ まあ、これでも素材量がアホみたいに多くなるので基本的には必要ない。
寄り道が多かったせいか、台所のピリのところに顔を出したときには夕飯の支度は終わっていた。
手伝えたのは食堂に皿を運ぶ仕事だけだった。
そして――
;■微笑み
【姫 子】「それでは、この屋敷の主人である私から食事の前のご挨拶を――」
;■軽い呆れ
【姫 子】「って、もう皆さん食べ始めてますね」
【 陣 】「メイドが音頭をとるのは妙な光景だな」
;■微笑み
【小 夜】「慣れだよ、慣れ」
;■笑顔
【今日香】「せんせー、ピーちゃんのご飯はすごく美味しいんだよ♪」
;■残念
【ピ リ】「先に陣くんが来ることを教えておいてもらえれば、もっと美味しいご飯を作りましたのに」
;■冷静
【明日香】「……というか、陣、姫子が話してるうちに自分の食べる分を確保したほうがいい」
明日香の説明が状況を端的に語っているようで、全員、せっせと自分の食べたいものを取り皿に移して、食事を始めている。
【姫 子】「まったく……皆さん、自分の食べる分は手元に集めましたね? では、残りは全て私のものです」
どうしようもない大食い宣言をしてから、姫子が俺のほうに目をやる。
【姫 子】「一応、陣くんの紹介などもしようと思っているんですから」
真面目に聞いているとは言いがたいが、姫子が全員に、俺の経歴を要約して伝える。
【小 夜】「ふうん。陣くんも施設の出なのね」
【 陣 】「ああ。だから、こういう食事風景も慣れてる」
メニューにもよるが、基本、大所帯の食事は大皿から取り分ける形になりやすい。
特に今日は、俺が飛び入りになったせいで5人分を6人で割ることになっているはずだ。
【 陣 】「ところで、全員集まってるからちょうどいいんだけど、俺は明日からなにをすればいいんだ?」
【姫 子】「では、食べながらざっと説明しましょうか」
【ピ リ】「姫子さん姫子さん、陣くんはわたしの手伝いをしてくれるのですか?」
【姫 子】「掃除や洗濯は構いませんが、食事はピリにお願いしたいところですね」
【 陣 】「確かに」
適当に口に放りこんだから揚げをひとつとっても、料理の腕についてはピリと俺の差は大きすぎる。
;■軽い照れ困り
【明日香】「……洗濯も?」
;■軽い照れ困り
【ピ リ】「洗濯は自分たちでしたいですねぇ」
;■きょとん
【今日香】「なんで?」
;■くすり
【小 夜】「私は陣くんにお願いしちゃってもいいかな」
【姫 子】「では、私と小夜と今日香の洗濯は陣くんにお願いしましょう」
【 陣 】「ああ」
変なところで性格が出るな、と思う。
;■笑顔
【ピ リ】「陣くん、お掃除はお屋敷が広いので分担しましょう」
【 陣 】「それもわかった」
【姫 子】「あとは、皆さんの望むものを守屋くんに電話して手配するのがお仕事になります。これは明日香とピリからの話が中心ですね」
【 陣 】「部屋に電話があったな。で、その2人の注文が多いのか?」
【明日香】「……本とかゲームとか服」
【ピ リ】「わたしは食材とか洗剤とかトイレットペーパーですよ?」
【 陣 】「なるほどね」
ピリは生活全般を任されているので当然として、明日香はここのシステムを使って浪費をしているらしい。
【 陣 】「一応、この屋敷に持ちこんじゃいけない品物は、どういう基準で考えればいいんだ?」
【姫 子】「最初のうちは陣くんが気にする必要はありません。これまでの経験で各自に基準がありますし、都合の悪いものは守屋くんのところで止められます」
これも分かりやすい話だった。
その後、食事をとりながら、全員からおおまかな屋敷のルールを確認する。
そうして、ようやく具体的なイメージが掴めてきた。
1日の生活サイクルを考えると、だいたいこんな感じか――
朝は適当に起きて、朝食は各自で済ませる。
9時になったら、全員が制服に着替えてサロンに集まって、昼食を挟んで午後3時まで勉強会(俺は先生役を務めることになるらしい)。
以降は掃除や洗濯をしながら、その都度、頼まれた仕事をこなせばよいということだ。
【 陣 】「そんなに外の学生生活と変わらないな」
【小 夜】「……そうなの?」
【 陣 】「ああ。朝がもうちょっと早いけど」
【ピ リ】「懐かしいお話です」
【姫 子】「これでだいたいの説明はしましたよね?」
【今日香】「夕飯だけは必ず全員でとることって決まりはあるよ」
今日香が楽しそうに補足する。
【小 夜】「そうしないと、部屋に引き篭もったまま出てこない子が出てくるから」
思わず明日香のほうを見てしまう。
【明日香】「……なに?」
【 陣 】「いや、別に」
確かに、決まりでもなければ出てこなさそうだなぁ。
とにかく、と俺はこっそりと全員の様子を眺める。
しばらくこの6人で暮らしていくことになるが――まあ、悪い仕事ではなさそうだ。
姫子が花と形容するのも、納得できるメンバーだった。
………………
…………
……
;■屋敷・サロン(21時)
;■ 雪村陣(私服
;■ 比良坂小夜(私服
;■ ピリッタ・マキネン(私服
;■ 黒崎今日香(私服
;
夕飯を終え、全員でサロンに移って軽いお茶を済ませた後。
今日香と明日香が自室に戻り、姫子もどこかへと姿を消し、ピリと小夜だけが部屋に残っていた。
【小 夜】「陣くんは休まなくても平気?」
小夜がぼんやりとした表情で言う。
一瞬、遠まわしに部屋から出て行けと言われたのかと思ったが、単純に体調を気遣ってくれているらしい。
俺は電波の入らない携帯で午後9時という時間を確かめる。
【 陣 】「ちょっと気疲れはしてるけど、まだ休むような時間じゃないな」
【小 夜】「陣くんはよくやってると思う。うん」
小夜が優しいような弱々しいような微笑みを浮かべる。
ピリや今日香のような屈託のない笑顔を、とまでは言わないが、もう少し明るく笑ってくれないと、どうも気になって仕方ない。
【 陣 】「あ、そういえば風呂ってどうなってるんだ?」
当たり前のことすぎて、訊くのを忘れていた。
自分の部屋にトイレはあったが、風呂場を見た覚えがない。
;■微笑み
【小 夜】「一緒に入ろうか?」
【 陣 】「そういう冗談はやめてくれ」
;■くすくす
【小 夜】「冗談じゃないのに」
照れくさくて小夜のほうを見ていられず、ピリに視線を向ける。
【ピ リ】「わ、わたしと入りたいということですか!?」
【 陣 】「そこから離れろ。単に、風呂にどういうルールで入るのかを確認してるだけだ」
【ピ リ】「安心しました」
真顔でほっと息をつき、ピリがいつもの笑顔を取りもどす。
【 陣 】「1階の奥に風呂場があるって聞いたけど、入る順番とか時間はどうなってるんだ?」
;■あー、と
【小 夜】「うん。まあ、あれも一応、お風呂かな?」
【ピ リ】「そういえば男の人が来たのは初めてですから、どうしましょう?」
【 陣 】「なんだその反応は?」
;■にっこり
【ピ リ】「ここのお風呂は露天風呂なのです」
【 陣 】「露天風呂?」
俺の驚きに、小夜が苦笑いしながら言う。
【小 夜】「屋敷の裏手にあるんだよ。もちろん天然じゃないけど」
【ピ リ】「養殖です」
【 陣 】「魚かよ」
それこそ冗談だ。
;■えっへん
【ピ リ】「広いので誰でもいつでも入ってよいとなっていて、順番とか時間なんて決めていませんでした」
;■苦笑
【小 夜】「世話役の人が女性だったときはそれで問題なかったんだけど」
【 陣 】「……どうにかしてくれ」
自分で手配できることではなかったので、額を押さえてうめいてしまう。
姫子のやつ、本当になにも考えずに男の俺を採用したのか。
;■苦笑
【小 夜】「あとで姫子と明日香さんに相談してあげる」
【ピ リ】「夜に入ると星がきれいですよ」
【 陣 】「星?」
新宿で星がよく見えると言われてもピンとこない。
だが、ここでは夜空すら作り物で――プラネタリウムのようなものなのだろう。
【 陣 】「それはちょっと気になるな」
;■微笑み
【小 夜】「やっぱり一緒に入る?」
【 陣 】「遠慮しておく」
いい加減、風呂の話題から離れたほうがよさそうだ。
【 陣 】「ところで、普段は2人とも、どんな話をしてるんだ?」
【ピ リ】「普段?」
【 陣 】「今日は俺の話ばっかりだけど、その前とか、例えばピリと小夜はどんな話をしてたのかってこと」
【ピ リ】「どんなと言われても?」
【小 夜】「普通の話かな?」
小夜とピリが同じように首をかしげる。
普通――テレビやネットもないこの閉鎖された環境で、その言葉はどこか据わりが悪い気がした。
【 陣 】「具体的には?」
;■微笑み
【小 夜】「ピリさんとは猥談が多いですよね」
【ピ リ】「ぐふぁ!?」
小夜の穏やかな答えに、ピリが妙なむせ方をする。
【ピ リ】「いけませんいけません! 小夜さん、なんてこと言いますか!?」
【小 夜】「ピリさんはこの屋敷に来て半年くらいしか経ってないから、あんまり世間ズレしてないんだよね」
ピリの抗議を無視して、小夜が説明してくれる。
【小 夜】「ちょうど年頃の子が多いタイミングだから、まあ、猥談は多いよ」
【ピ リ】「小夜ちゃん、話を聞いてください! せめて恋バナとお呼びください!」
【 陣 】「小夜は、ここでの暮らしが長いのか?」
【ピ リ】「陣くんも誤解してはいけないことです!」
ピリの慌てぶりも面白かったが、小夜の言い回しのほうが気になった。
【小 夜】「私は6年。双子ちゃんがもうすぐ3年、ピリさんは半年、姫子はいつからいるのかな?」
【 陣 】「この屋敷に6年か……」
物心がつく年齢を考えれば、小夜は外での生活より、この屋敷での生活のほうが体感時間が長いくらいかもしれない。
【 陣 】「じゃあ、古株は姫子と小夜なんだな」
【小 夜】「うん。姫子と私は親友――かな?」
【ピ リ】「わたしも親友です!」
【小 夜】「そうだね。ピリさんは姫子を餌付けしちゃったもんね」
【 陣 】「ここは動物園か」
まあ、夕飯のときも、本当に姫子が大皿に残ったものを全てひとりで食べきっていたが。
【小 夜】「で、ピリさんとの猥談の話だね」
【 陣 】「そうだったな」
【ピ リ】「せっかく忘れていたのに話を戻さないでください!」
ピリが半泣きになって叫ぶ。
【小 夜】「そうは言っても、やっぱり男の子が来たからには意識してるでしょ?」
【ピ リ】「それはそうですし、最初にパンツを――いや、陣くんのことを意識しているというお話ではなく!!」
【小 夜】「パンツ?」
【 陣 】「ホールで会ったときにピリが洗濯籠をひっくり返してたんだよ」
【小 夜】「ああ、そういうの、恥ずかしいんだ」
どちらかと言えば、これは小夜が世間ズレしているのだろう。
【ピ リ】「今日香ちゃんと明日香ちゃんも恥ずかしがります!」
【小 夜】「うん。あの子たちが一番思春期してるもんね」
【 陣 】「姫子は? あれが神様だって言うなら、人間の恋愛はどう考えてるんだ?」
;■真顔
【小 夜】「姫子とその手の話をしても、おしべとめしべの話しかしないかな」
【 陣 】「受粉か……」
【ピ リ】「え、えっちです!!」
植物の話でもピリは顔を真っ赤にして叫ぶ。
想像力豊かというか……みんな、ピリをからかうのが楽しいんだろうなぁ。
と、勢いよくサロンの扉が開いた。
;■笑顔
【今日香】「ピーちゃん、今日香たちとお風呂はいろ!」
【ピ リ】「おお! さすが今日香ちゃん、グッドダイヤモンドです!」
【今日香】「ん?」
ピリの必死な様子に、今日香がきょとんとしながら部屋を見渡す。
;■にこにこ
【今日香】「あ、せんせーと小夜ちゃんも一緒にお風呂入る?」
【小 夜】「グッドアイデアですね」
【 陣 】「頼むから勘弁してくれ」
まあ、俺にとってもちょうどいいタイミングか。
【 陣 】「俺は部屋に戻って着替えをどうにかしてくる。一番最後でいいから風呂に入ってもよくなったら声をかけてくれ」
【小 夜】「わかりました」
小夜の笑い声を聞きながら、俺は大人しくサロンから退散する。
よく考えれば、俺もピリと同じように、からかわれていたようだ。
※「御影新作プレゼンのサンプルシナリオ_01」の3へ続く