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背中合わせの二人

有川浩氏作【図書館戦争】手塚×柴崎メインの二次創作ブログ 最近はCJの二次がメイン

クリスマス大作戦 【4】

2008年11月27日 17時04分29秒 | 【別冊図書館戦争Ⅰ】以降


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柴崎と待ち合わせたのは、有楽町だった。
このあたりまで出れば、見知った顔に出くわすことはないだろう。たぶん。
待ち合わせ場所に予定より五分遅れてきた柴崎は、「ごめん。待った?」と常套句を口に載せてきた。
「待った」
さほど待たされたわけではないが、手塚はとっさにそう答えた。
すると、
「人待ち顔のあんたも悪くないわよ」と軽くいなされる。
手塚は「それじゃ怒れないな」と肩をすくめた。もちろん、怒るつもりなどさらさらなかった。
そこへ、改札から一斉に吐き出された乗客の奔流が彼らのいるところまで近づいてきた。ダスターコートを身に着けたサラリーマン風の男が、足早に柴崎の背後に迫る。
手塚はとっさに彼女の腕を掴んだ。懐に抱き込む格好となる。
柴崎はよろめいた。
「あ、」
サラリーマン風の男は、鬼みたいなスピードで柴崎の傍らを通り越していく。
人波から少し離れたところへ場所を移し、手塚が柴崎の手を離した。
「……ありがと」
「いや。行くか」
「うん。どうする? 買い物の場所にあてはあるの?」
自然と歩調を合わせる形で歩き出しながら、柴崎が訊いた。駅構内を出る。
手塚は母親が行きつけている、銀座の百貨店の名前を挙げた。柴崎が頷く。
「了解。行きましょ」
期待しておいてね。得意げに笑って柴崎は手塚を見上げた。
「期待してる」
そう答えながら、なんだかこれってデートみたいだな、と手塚は思った。
冬晴れの、灰色にかすんだ空の下、クリスマス仕様にディスプレイされた華やかな師走の街に二人は足を踏み出した。



「あのさ……。お前さえよかったらの話だけど、結婚式の後、迎えに行こうか」

あのとき、なんの気負いもなく言えたのが嘘みたいだった。
きっとタイミングがよかったんだと後になって手塚は思う。行きなれたコンビニで、中華まんを食ってリラックスしていて、会話が途切れても気まずくなくて、有線からはクリスマスソングがかかっていて……。
だからあんなふうにさらりと誘えた。
柴崎は手塚の申し出を聞くや否や、「ほんと? いいの?」と顔をぱあっと輝かせた。
手塚が面食らうほど、ストレートな喜びようだった。
「う、ああ……」
「助かるー。実は早めに上がって来たかったのよね。ほら次の日、勤務じゃないの。あたしたち。二次会とかあると正直面倒かなって思ってたの」
笠原の読みどおりだ。手塚は昼間の郁とのやり取りを思い出す。
女の洞察力ってすごいな。滅多に褒めることのない郁を内心賞賛する。
「あんたが来てくれるなら、抜けやすいわ。お願いしてもいいの?」
「ああ。――お前さえよければ」
「大歓迎よ」
柴崎はそう言ってから、ん、と何かが引っかかったような顔をして見せた。
「なんだ」
「手塚、あんた、イブの予定とか約束は? あたしを迎えに来るとか言っていいわけ?」
小首を傾げて訊いてくる。
ああ、それか。手塚は中華まんが入っていた小さな紙袋を手の中で丸めた。
ゴミ箱が近くにないので手の中でもてあそぶ。
「特に約束は入れてない。気にするな」
「気にするなって、……それもなんだか寂しいわね」
同情口調で言われて、ついむっとしてしまう。
まさか今の誘い自体が本命なんだよと、当の本人に言う訳にもいかず、
「別に。イブだからって無理矢理予定作って誰かと過ごすよりも、一人でのんびりするほうが性に合ってる」
と口早に言い募る。
少しムキになってると自覚はあった。がもう口から出た言葉は取り返しがつかない。
柴崎はテーブルに頬杖を突いて、そんな手塚の反応を面白がるような目を向けた。
「相変わらず頑なねえ」
「ほっといてくれ」
「女子寮でもかなりの数の女の子が、今年も涙を飲んでたって聞いてるわよ? 頑張ってお誘いに行ったいたいけな子に、すげなくしたんでしょ」
ぎく。
決してその口調は非難がましくはない。どちらかというと完全に自分を弄っているときの、愉悦をにじませた声だ。
でも、柴崎の地獄耳に今更ながらに手塚は戦慄する。
「すげなくなんか、してない」
「どうだか。あたしもどっちかっていうとあんた寄りの考えに近いけどさ、中にはクリスマスに特別な思い入れがあって頑張っちゃう人だっているんだから。あまりそう見下したもんでもないかもよ?」
「別に俺は、見下してなんか……」
そう言いかけて、手塚は言葉を呑む。
柴崎に指摘されたとおり、心のどこかにそういう部分がなかったとは言い切れないと気づかされたためだ。
ガラスに映る自分と、柴崎の前にいる自分のを見比べる。心の中。
まだまだだな、そう苦笑したい気分で、手塚は言った。
「……確かにガキのころは、クリスマスに浮かれまくるこの国の風潮そのものを小馬鹿にしてたこともあったけど」
手塚の声色が変わったのを察して、柴崎は視線を上げた。
まっすぐに正面の男を見詰める。
「うん」
「今は、ちょっと違う。
本当に好きなひとと過ごすために、あれこれ心を砕いている誰かがいたら、そういう誰かが少しでも報われるといいなって思ってる。その、クリスマスだからとかそういう理由じゃなくて、その日が、一生懸命なそいつにとっていい一日になるといいな、って。……最近っていうか、ここ数年、なんとなく思えるようになった」
上手く言えない。話したそばから、言い表したいこととは微妙にかけ離れていってしまっているような気がする。
でもそれが、正直な自分の気持ちだった。
図書隊に入って働くようになって、近しい人たちができて。
堂上や小牧といった尊敬する上司が、大切な誰かを当たり前のように大切に扱おうと心を砕くところを常に間近で見てきて。
自分は変わったと思う。以前とは違った目で、クリスマスを控えた11月のこの時季を迎えていると思っている。
そういうところを分かってほしくて言ったつもりだったが……。なかなか思うようにはいかない。
手塚が自分の口下手を呪って凹んでいると、黙って耳を傾けてくれていた柴崎が、ひとこと、
「……そっか」
と言った。ぽつんとテーブルに言葉を置くように、頷きながら。
「……うん」
ほっと安堵が手塚の胸に湧く。温かな思いに包まれる。
ひとことだけど。十分だった。
分かってもらえた、と思ってもいいんだろうか。伝わった?
だとしたら、なんか……すげえ嬉しい。
そんな気持ちが顔に出てしまったか、柴崎がつられたように微笑んだ。
「そういうとこ、いいと思うわ。あんたにしては」
がく。手塚はよろけそうになるのを、ひじで支えた。
「……【あんたにしては】とか、一言余計なんだよ」
体勢を整えながら言う。
「そう? でも本心よ。大人になったわねえ、手塚も」
「しみじみ言うな、同期のくせに」
「とにかく、ありがとね。遠慮なくお迎えの申し出に乗っからせてもらうわ。
何か、お礼しなくっちゃね」
「別に気にしなくていい」
「そうも行かないでしょ。イブに呼び出すんだもの。
何か、あたしにしてほしいこと、ある?」
訊かれて、手塚は返答に窮する。
そう改まって言われると、すぐには思いつかないものだ。
「山ほどある気もするし、全然ないって気もするんだが」
「なあに、それ」
柴崎は呆れ顔だ。
そうだ。ふと名案が頭に浮かぶ。
「じゃあ、ひとつだけ。買い物に付き合ってくれないか。時間のあるときに。
実はお袋に何を贈るか迷ってたんだ。今年」
「クリスマスプレゼントね」
柴崎は身を乗り出した。
「いいわよ。あたしでよければ見立ててあげる。
この年になっても、しっかりお母さんにクリスマスに贈り物選んでるってあたりが、さすがよね」
手塚の顔が曇ったのを見てとって、彼が何か言う前に柴崎が慌てて付け加える。
「違う、からかってるんじゃないの。ほんとよ。
褒めてるんだからね、ちゃんと」
マザコン気味なのを揶揄されているのかもしれないと、不安になった手塚は、それを聞いて安心しつつも憎まれ口しか利けない。
「お前が俺を褒めるなんて珍しいこともあるんだな」
「あたしを石か岩か何かだと思ってんの? これでも認めるとこはちゃんと認めてます」
「それはそれは、いたみいります」
「ふん。やな感じ」
「いつならいいんだ? 付き合ってくれるんだろ? 買い物」
手塚は実際的な話に入る。
これはチャンスだ。思いもかけず、柴崎と出かける約束を取り付けることができるのだ。
それも、クリスマスの前に。逃す手はない。
「あ、うん。そうね、来月の頭の休みが重なったら、でどお?」
「シフト表が確定してからだな」
「うん。お互いのね。
あ、分かってると思うけど、念のため一応言っておくわね」
「分かってる。笠原にも内緒だって言うんだろ。買い物の件も。イブの件も」
「……察しのいい男は好きよ」
にやりと笑う。
少し毒をはらんだ目でも、そんな台詞を言われると心が騒ぐ。
「そりゃ、光栄だな」
平静を装ってそう返すと、柴崎は、
「じゃあ、約束ね。指きりしよっか」
と右手の小指を手塚の目の前に突き出してきた。

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