背中合わせの二人

有川浩氏作【図書館戦争】手塚×柴崎メインの二次創作ブログ 最近はCJの二次がメイン

さくらだより【8】

2011年05月09日 16時19分09秒 | 【別冊図書館戦争Ⅰ】以降
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外に出ると、桜吹雪が二人を出迎えた。
乱れた息を整えるのも忘れ、手塚も柴崎も目の前を舞う花びらに見とれる。
言葉を失う。それほど圧倒的な美しさだった。
ざあっと、春風が音を立てて二人の間をすり抜けるごと、青空に渦を巻き、天に昇り地を流れ、視界を薄紅一色に染める。
常世ではない場所に紛れ込んでしまったような、そんな錯覚さえ覚えた。
「……きれい」
ややあって、ぽつんと柴崎が呟くのが聞こえた。
「ああ……。夢みたいだな」
言ってしまってから、手塚は赤くなる。
き、気障だったか。今の。
うっかり漏れてしまった。狙った訳じゃないんだが。
しかし、柴崎はからかうことなく「そうね」と素直に返した。
「夢みたいにきれいね。怖いぐらい」
「……」
手塚は柴崎の手を握り直した。そこで初めて繋いでいることに気がついた様子で、柴崎が「あ」と小さく声を上げた。
でも振りほどいたりせず、そのまま手塚に預けた。
「ちょっと、話さないか」
手塚は校庭をあごでしゃくって柴崎を促した。
避難所の中学校の校庭は、いま駐車場になっている。でも土手なら座って話ができそうだった。
桜を見上げながら。
柴崎は黙って手塚に従った。くるくると螺旋を描くように花びらが踊るなか、甘い足取りで二人はゆっくりと歩いていく。


「なあ、いつこっちへ来たんだ?」
「昨日。お昼過ぎっていうか、夕方近くに着いたの」
「時間、かかったろ」
「うん。まあ」
「でもなんで避難所に? うちのほうに顔を出すかと」
「あんたたちの仕事場にお邪魔するわけにはいかないわ。公務で来てるんだから。あたしのは私事」
「それにしたって……女だし、無用心じゃないのか。避難所で一人で寝泊りなんて」
「大丈夫。みんなよくしてくれるから。自分たちのほうが大変でしょうに、避難してる方たち、みんな気を遣って優しくしてくれて……。なんだか申し訳ないくらい」
「そうか……」
「……ゴメン」
「なんで謝る?」
「なんか、あたし場違いだなーって。来て分かった」
「場違い? んなことあるか。さっきだってあんな喜んでただろ。お前の読み聞かせ」
「あれはたまたまよ。あの子達があんまし退屈そうだったから」
「お前は場違いなんかじゃないよ。みんな、お前の読み聞かせの間は、震災のことも忘れてた。そういう顔してた。頭カラッポにしてお前の話だけに集中してたよ」
「……ほんの一瞬かもよ」
「その一瞬が大事なんだよ。こういうときは。だれもが見えない不安と戦ってるんだ。折れそうになるとき、あるだろ。投げ出したいときもある。そこを救うのが本とか、読み聞かせとか、音楽とか、そういうことなんだと思う。たしかに文化や芸術じゃ腹はふくれない。でも、それなしじゃ人間は生きていけないんだよ。ここで働いてみて、俺つくづく思った」
「……」
「だからお前が場違いとか言うな。俺が怒るぞ」
「……ここに来た事、黙ってたのは怒らないの」
「そっちはいい。不問だ。……なんでお前が連絡寄越さなかったのか、わかった気がするから」
「……」
「泣くなよ」
「泣かないわよ、何言ってるの」
「ならいい。今お前に泣かれると、自信がないからな」
「自信? なんの自信?」
「……お前は知らなくていい。男の事情だよ」
「なにそれ。わけわかんない」
「微笑ったな。それでいい。お前は減らず口たたいてるぐらいがちょうどいいんだよ。
だから元気出せ」
「……うん。出す」
「無理やりでも出せ。な」
「ん……」


土手に並んで腰を下ろし、話をした。
春風に乗って、時間が流れていくにまかせて。
取り留めのない話、大事な話、織り交ぜて、会えなかった間の出来事をお互いに綴っていく。
まるで目に見えない日記帳に、交互に文字をしたためているようだった。
桜の花びらがしおり代わり。交換日記とかいうと、たとえが古すぎか。
「それにしても笠原にはしてやられたな。なんだよ人を非番に呼び出してってむかついたけど、こういう裏があったとは」
郁にはかられたと分かり、手塚はくさった。ついた手で草をむしる。手慰みに風に飛ばした。
柴崎は笑った。
「堂上教官も共犯よそれ」
「全くだ。――あ、やっぱしメール来てる」
「え、誰から」
「笠原だよ……あ」
携帯を操作していた手塚が、文を読み終えたタイミングでパタンとフラップを閉じる。
パンツのポケットにすばやく突っ込んだ。
「あたしには届いてないわ。ねえなんて書いてたの。見せてよ」
柴崎が手塚との距離を詰めてくる。
手塚は携帯防御の態勢を取った。
「だめだ。個人的なメールだから」
「ずっるい。教えてくれたっていいでしょう」
いいもん。あたしが直で聞くから。柴崎が自分の携帯でメール画面を呼び出したのを見て、手塚が慌てて制止する。
「よせって。んなことしなくていい」
「何あせってるの。あやしい。あたしに知られちゃまずいこと?」
柴崎が疑惑のまなざしを手塚に向ける。じとっと目の奥を探るように覗き込んでくる。
「そうじゃないけどさ」
~~まずいっつうか、なんというか。
背中に汗をかきながら手塚は苦る。
「柴崎には首尾よく会えた? あたしと篤さんに感謝しなさいよあんた。こんな機会滅多にないんだから心して使うように! 男ならびしっと決めなさい! 告るなら告る。プロポーズるなら、とっととする! 千載一遇のチャンスを逃すなよ、手塚三世!」
笠原のメール。こんなの柴崎に見せるわけにはいかないだろ。
急いでいたのかあるいは本当にケアレスミスなのか。三正がルパン三世に誤変換されているのがいかにもあいつらしいっつーかなんつーか。
詰めが甘い。
でも、サンキューな。心の中、手塚は郁に礼を言った。

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2 コメント

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ルパンww (まききょ)
2011-05-09 20:48:52
三世wwウケましたww
郁ちゃんらしいなぁ(^w^)

返信する
うちのATOK? (あだち)
2011-05-10 03:28:51
一発変換で「三正」も「一正」もいかないのですよ。まききょさん(当たり前か?)
いつも一世 三世なので、ネタに使ってしまいました(^^;
郁ちゃんごめんです。
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