背中合わせの二人

有川浩氏作【図書館戦争】手塚×柴崎メインの二次創作ブログ 最近はCJの二次がメイン

言葉はいらない~meteor shower~

2021年06月15日 20時36分00秒 | CJ二次創作
23時を回った夜のプールに人気はない。
今夜は俺が貸し切った。とある作戦のため。
しんと青い空気があたりに漂う。水面に月を浮かべさざなみを揺らすプールサイド。
デッキチェアに寝そべり、夜空を眺めながら、俺は呼び出した彼女を待つ。
なんて贅沢な時間だろうと思う。本当のバカンスってこういうことなんじゃないだろうかと。
南の国のホテルのプールサイドに寝そべって、好きな女が来るのを待つ至福のとき。
願わくは、きりりと冷えたマテイー二なんかがあれば最高なんだが。そんなことを考えていると、
「なあに、こんな時間に珍しいわね。まだ泳ぐつもりなの」
闇を縫って涼やかな声が届く。
俺は顔をそちらに巡らした。
プールサイドに設えられた照明が風をはらむ金髪を美しく縁取る。海風を心地よさそうに受けながら、近づいてくる。
今宵アルフィンはホルターネックの白いワンピースを身につけていた。華奢な肩がむき出しなのに、裾は足首までしっかり覆い隠している。足を進めるたびに裾が脚にまとわりついて、ウエストから足首までのラインが艶めかしい。
「昼間さんざん泳いだから,今夜はもう泳ぐのはいいな」
と俺は少し目のやり場に困りながら言った。
アルフィンは背中で腕を組んで、小首を傾げた。
肩から腕にかけてさらりと金髪が滑り落ちる。
「じゃあどうしてあたしをここに呼び出したの?」
こんなに夜遅く呼び出した俺を怪訝に思っているらしい。俺は答えをはぐらかして「ん」とデッキチェアの上、身体をずらした。
左脇にスペースを作り、アルフィンに腰掛けるよう目で促した。
アルフィンは一瞬きょとんとしたが、すぐに察して俺の横にするりと乗り上がった。
幸せそうに微笑んで、隣に横たわる。
顔が、至近距離に来て俺の心臓が鳴る。
う。
改めて間近で見ると、夜目にもなんて可愛さだ……。凶悪だな。
化粧なんかしている風に見えないのに。コバルトブルーの大きな瞳と、それを縁取る長いまつげと。細く通った鼻筋。その下にあるふっくらした唇。そして真っ白な陶磁器のような肌。
何もかもが、神様の気まぐれで作られたみたいに美しい。
アルフィンの青い瞳に心まで吸い込まれそうになり、無理に目を逸らすしかなかった。
夜空に視線を逃がす。
目の前に広がるのは一面の星空。水平線のあたりは紫に染まり、天頂に向かうにつれて群青へと色合いを変えていく。
あまりに広大で、天地の感覚がなくなるような、無重力空間に浮かんでいるような錯覚さえ覚える。
椰子の葉擦れの音が耳をかすめていく。
静かだ。とても。
状況は整った。あとは、「その時間」を待つのみ。


さきほどまで、ホテルでアルフィンの誕生会を開いていた。
休暇中の今日。1月12日、アルフィンは18回目のバースデーを迎えた。
ちょっと奮発してスイートルームをまるっと貸し切りにした。部屋のアップグレードをはかってアルフィンにプレゼントしたのだ。
アルフィンは大喜びではしゃいだ。そしてタロスとリッキーがそのスイートルームを万国旗や金銀のモールできらきらに飾り付けて、パーテイー仕様に整えた。
クラッカーを鳴らして派手に誕生会を開いてケーキを食べ、アルコールもしたたかに呑んだ。
ツイスターゲームやら王様ゲームやらどんちゃん騒ぎをした。4人でさんざん遊び尽くした。
俺がこのプールサイドにアルフィンを呼び出したのは、その後のことだった。


さすがに一人がけのチェアに二人が横になると、狭い。アルフィンが身体を添わせるようにぴとっとくっついてくる。
気恥ずかしい。でも隣に来るように言ったのは俺なので、そのままでいると、
「どうしたの今夜は。いつものジョウと違う」
アルフィンが顔をのぞき込むようにして訊いてくる。
俺は首の後ろで両手を組んで、空に目を向けたまま「さあてな」とはぐらかす。
「へんなの。……あのね、誕生日プレゼント、嬉しかった。ちゃんとお礼言ってなかったわね。ありがと、ジョウ」
殊勝にお礼を言った。
「どういたしまして。喜んで貰えて何より」
「最高に楽しかったわね、さっきのツイスターゲーム。タロスがあんな必死であんな格好までするなんて」
「リッキーには絶対負けねえって言って無理してたからな。腰、ぎっくりになってないといいけどな」
「1年分くらい笑ったわ、さっき。おなかよじれちゃうかと思った」
「君が楽しんでくれたなら、いいさ」
本心だった。
アルフィンが喜んでくれるなら、スイートルームだって貸し切りにするし、誕生会だって企画する。
王様ゲームだってツイスターゲームだって。どんちゃん騒ぎも、苦手なカラオケだって。
タロスとリッキーは途中からアルフィンを喜ばせようという当初の目的をすっかり忘れて、勝負に目の色を変えていたけれど。
「……ねえ。今こうやって二人でいることも、あなたからの誕生日プレゼントなの?」
声を潜めてそっと言葉を唇に載せる。
極悪。無意識に可愛らしさを放出。無自覚なのがたちが悪い。
「いい読みしてる。でも外れだ」
俺が言うと、アルフィンは意外そうに声のトーンを上げた。
「うそ」
「ほんと。でも、ここにアルフィンを呼んだわけは今わかるさ」
そろそろかな。俺は頭の後ろで組んでいた手をほどいて、左腕のクロノメータを見た。
23:17 予定の時間が来る。
なんだかどきどきしてきた。
「もうじきだぞ。ーー上を見てアルフィン。見逃すなよ」
俺は空に目を向けたまま言った。俺の視線の先を追うように、アルフィンは首を巡らし、息を呑んだ。
「!」
俺たちのほぼ真上、夜空の一角。こぼれ落ちそうなほどの満天の星。その星の塊がいきなり弾けた。
次から次へと、夜空に弧を描いて星が流れ始める。
きらめく星屑が、尾を引いて空から降ってくる。
ーー流星群。
唐突に始まった天体ショーに、アルフィンは声を失った。
唇を半開きにしてそれに魅入った。俺は、流星群よりも彼女を見ていた。
瞳に星を映して瞬きも忘れて空からこぼれ落ちる白銀の滝を見守るアルフィンを。
星の光に全身を打たれながら。
「……すごい」
ややあって、やっとのことでのどの奥から声を絞り出すようにしてアルフィンが言った。
俺の肩に手を置き、
「すごいすごい、ジョウ!」
ぐいぐいと揺さぶった。興奮して声が上ずっている。子供みたいな仕草。
「ああ。ほんとだ。……噂以上だな」
ほっとしてつい、漏らしてしまった。
ぴくっとアルフィンの横顔が反応する。
ゆっくりと空から視線を引き離し、俺を見た。
アルフィンは聡い。俺の一言ですべてを察し、脳内でピースの断片をつなぎ合わせた。
「……ジョウ、もしかして」
アルフィンの瞳に、空の星とは別の美しい星が宿る。
あなた。と唇が震えた。
俺は、照れくさくて直視できない。視線をそらした。言い訳みたいに言葉を紡ぐ。
「今夜、60年に一度今の時間だけ見られるっていう流星群を君に見せたかった」
だから。
「……だから、ここだったの。この星にバカンスに来ようって決めたのは、」
半年前、ニュースでそのことを知って個人的に調べ、ホテルを予約した。
1月12日にあわせて。
「君の誕生日に流星群が見られるのは、銀河系でここだけだった。晴れてよかった。雨が降ったらどうしようかってずっと気をもんでた」
見せてあげられてよかった。心から思った。
「誕生日おめでとう、アルフィン」
アルフィンは俺を食い入るように見つめていた。まるで呼吸をするのを忘れたかのように。
そして、
「……星を」
やっとのことで、震える唇にその言葉を載せた。
「星を、誕生日にもらったのは、生まれて初めてよ」
こんなにたくさん。
浴びるほど。
アルフィンの瞳の焦点がぼやけ、透明な膜がうっすら盛り上がって涙となり、しぜんと頬をぬらした。
美しいしずくが頬を伝わり、あごを通って首筋に落ちた。
「……」
俺は無意識のうちにアルフィンの横顔に手を伸ばした。
涙を親指でそっとぬぐってやる。
綺麗な涙。あたたかい。流星より神聖で、触れるのをためらうほど。
でもアルフィンは俺にゆだねる。自分の頬を包む俺の手に手をそっと重ねる。目を伏せて、頬ずりした。
そして、囁く。
「大好き、ジョウ」
俺たちを星々が高みから見守ってくれている。幾億の祝福の瞬きとともに。
「……」
俺は黙って腕の中にアルフィンを囲った。そのぬくもりを抱きしめ、彼女のこめかみに口づけを刻む。
俺は君と居ると、優しい人間になれる気がする。
もう伝えたか。まだだったか。
俺の鼓動と体温を通じて、伝わっているといいと思った。
アルフィンの頭をあごの下に挟み込みながら、俺は流星群を見つめる。
銀色の雨は矢のように海に降り注ぎ、紫色の水平線に次々と呑まれていく。
言葉はいらない。君のほかには何もいらない。


END

pixivさんに投稿した「meteor shower~流星群~」の対の話です。ジョウ視点。
個人的にはこっちの一人称のほうが好きかな。書きやすい。
合わせてお楽しみください。
⇒pixiv安達 薫


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2 コメント

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Unknown (おすぎーな)
2021-06-16 09:17:37
こんにちは!
pixivのコメントより
確かに安彦氏作画アルフィンが、よりいっそうキャワイ~~😍を引き出してくれるはずです❗️
安彦氏作画アルフィン大好物💕
返信する
REBIRTHの (あだち)
2021-06-17 00:26:31
針井さんの作画が安彦さんのタッチに似ていてとても心地よく読めています。長い年月経つといろいろ人材が傑出してくるものなんだなあと感慨深いです。
メールありがとうございます。準備に入らせていただきます。
返信する

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