背中合わせの二人

有川浩氏作【図書館戦争】手塚×柴崎メインの二次創作ブログ 最近はCJの二次がメイン

海へ来なさい【10】

2009年09月13日 19時12分53秒 | 【別冊図書館戦争Ⅱ】以降

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……いったいぜんたい、どういうことだ。
なんで、こんなことになっている――


手塚は、ベッドの端にちょこんと浅く腰掛けながら、この部屋に入ってからもう三十回は自問したことを更に頭の中で繰り返した。
いったい、なんだってこんなことに。
バスルームからは、シャワーの雨音。床を勢いよく打つ、しずくの音。
いやに艶かしく聞こえるのは、ここがラブホテルだからだろうか。
それとも、浴びているひとが、そう聞こえさせるのか。
いずれにせよ、手塚の頭はぐるぐるだった。じっとしていられない。でも、うろうろするわけにもいかない。動揺する気持ちを押さえ込むように、ひざの上、ぐっと拳を握り、何かに耐えるように時間をやりすごすしかできない。
せめて窓でもあれば、視線を外に逃がすことも可能だったはずだが、生憎ここはラブホテル。
この部屋に、窓などひとつも見当たらない。
ややあって、柴崎がバスルームからひょいと顔を覗かせた。タオルを頭に巻きつけ、ホテル備え付けのバスローブを身に着けた格好で。
頑なにバスルームに対してでかい背中を向けて、視線を外している手塚に、
「お先。ながながと入ってごめんね」
と声をかけると、
「あ、ああ……」
抑えようにも、どうにも上ずった声が返ってくる。
「あんたも入れば? すごいわよ、洗うたびに砂がこう、髪からぱらぱらと」
柴崎が、バスルームから濡れた素足を部屋のじゅうたんに乗せる。脱衣場はない。バスに行く前、この部屋を使うカップルはおおかた一糸纏わぬ姿になっているから必要ないためだろう。
「いや、俺は」
手塚は高鳴る心臓の鼓動を聞かれやしないかとひやひやした。柴崎は彼の背中に重ねて言う。
「だめよ、シャワー浴びなきゃ。あんた、ずぶ濡れじゃない。あったまらないと風邪引くわ。入って」
「……わかった」
意固地なほど目を合わせないようにして、バスルームに向かう手塚。彼とすれ違うとき、ふっと甘い香りが鼻先をかすめる。
柴崎はそれが、昼間自分が彼にふざけ半分で塗ってやった、サンオイルの香料だと気がついた。
バスのドアが閉じる音がして、彼女は窓のない部屋から、外の天候に思いを巡らす。
防音が行き届いたラブホテルだから、様子を窺うことはできないけれど、きっと表は暴風雨になっているはずだ。風と雨は、自分たちがここに辿り着くまでよりもきっと、激しさを増しているに違いない。
「嵐か……」
誰にともなくそう呟くと、手塚がシャワーを使う音が聞こえてきた。
――外だけでなく、ここにも嵐が吹き荒れそうね。
ひっそりと予感のようなものを感じ、柴崎は濡れ髪をタオルでそっと包みなおした。


「あー食べた食べた、お腹いっぱい!」
郁は言って、ベッドの上、行儀悪くお腹を派手にさすった。
もともと鍛えてあるせいで、多少食べすぎてもそこはうっすらとしかせりだすことはない。
堂上は「味はともかく、さしあたって空腹を満たすことはできたな」と苦笑した。
側溝にはまって身動きとれなくなったバンを道において、大雨の中このホテルに駆け込んだ。
空室があるかどうか心配したが、かろうじて二部屋は空いていた。部屋をろくに確認もせずにルームナンバーをタッチパネルで押して中に入った。
「台風の中でも満室なんて、ラブホテルって盛況なんだねえ」
そっち方面には疎い郁が、腑に落ちないように呟く。
「逆かもしれないぞ。雨が降る前に、休憩で使っていたカップルがこの台風で立ち往生して宿泊に予定を切り替えたのかもしれん」
「あ、なーる」
「あくまでも推測だけどな」
堂上の口調がやっと普段のように寛いできたのを感じ、郁は内心ほっとした。
毬江の事故のことや、今夜のアクシデントに対して必要以上に責任を感じ、自分を責めることばかり口にしていた。そんな堂上を見ているのは、つらかったから。
「……柴崎たちもごはん、食べたかなー」
二人がどこの部屋に入っていったか、よく覚えていない。予約するところは全部男性陣に任せた。自分も柴崎も無言だった。髪からぽたぽた滴がしたたって、つま先と絨毯を濡らすのを見ていた。
エントランスの派手な装飾が癪に障るほど、なんとも気詰まりなムードが漂っていたのを思い出す。
「食っただろう。今頃ベッドインの最中かもな」
堂上はあっけらかんとどぎつい台詞を口に載せる。
郁は目を剥いた。
「な……! い、いきなり何言うの。あ、篤さんてばスケベ~~」
「何でだ? 普通だろ。ここの場所のことと、あいつらの関係を考えれば」
堂上のほうは逆に怪訝そうに眉を寄せる。スケベ呼ばわりされたのが心外だったらしい。
ルームサービスで食べ終わった食器をそそくさと片付けながら、郁は言った。
「そ、そりゃそうだけどさ。でも、あからさまなんだもん」
うなじまで赤くなっている。ショートカットなので、はっきりと見える。
「恋人同士なんだ。別にメイクラブしたってよかろう」
メイクラブ! また古いことばを……!
篤さんてば~~。郁は別の意味で赤くなりながら、必死に気を取り直して続けた。
「あの二人はさ、あたしの見たところ……まだなんだよ。……たぶん」
ごにょごにょと郁が語尾を濁す。
「まだ? まだって何が」
「だからあ、そのう……そういうことが」
「そういうこと?」
鈍い堂上に郁が痺れを切らした。
「篤さんてば、わざとでしょ。わざとカマトトぶってるの。むっつりカマトトなんてずるいよっ」
むっつりカマトトだと?
堂上は、郁と一緒になって彼女の作り出す新語の数々には毎度驚かされていた。今も鳩が豆鉄砲をまともに食らったように目を見開き、かぶりを振った。
「お前が何を言っているのかさっぱり分からん。ちゃんと分かりやすく説明しろ」
「だから、つまり、手塚と柴崎はまだ深い関係になってないってこと。恋人同士だけどね」
そこまで言われてようやく堂上は眉間を開いた。
「そうなのか? 俺はまた、てっきり」
「あたしも柴崎から問いただした訳じゃないから、あくまでも勘だけど……。きっと、まだなんだと思う」
「……そうか」
大事にしているからこそ、手を出せない。
その心理は、郁に言われるまでもなく理解できる堂上だった。
「やつらをここに誘って悪いことしたかな」
「ううん。そんなことはないと思う。かえって荒療治になって、いいかも」
「荒療治?」
柴崎のことを気遣いすぎて、手塚が最後の一線を越えられずにいるとしたら。
今夜のこの嵐が、二人の関係を揺ぎ無いものにする、恵みの雨になるかもしれない。
そんなことを郁が思っていると、不意に堂上に後ろから抱きすくめられた。
「え、えっ?」
いきなりなので、心の準備ができていない。郁はあたふたともがいた。
それを押さえ込んで、堂上が郁のうなじに唇を埋める。
そこはさっき、ほんのりと上気してセクシーさを見せつけていたところだった。
ぞく。
寒気にも似たさざなみが背中から首筋に這い上がる。思わず郁は「ひゃっ」と身を縮めた。
構わず郁のうなじに唇を小刻みに押し当てる堂上。
「あ、篤さん」
郁が振り向こうとしたが、そうさせず、堂上は低い声で囁いた。顔を見られたくなかった。
「このままで聞いてくれ。今日はありがとうな、郁」
「え?」
どうして篤さんがあたしにお礼を言うの。
郁を腕の中に閉じ込めたまま、堂上は言葉を継いだ。
「俺の不注意を、一緒に詫びてくれてありがとう。――嫌な思いをさせた。すまん」

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2 コメント

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あああああ(T^T) (たくねこ)
2009-09-14 10:32:52
まだ災難がっ!!しかも忍耐試されまくり??? 最初、携帯で読んでいたのですが(通勤中)「あれ?いつのまに『夜』にはいりこんだんだ?」とか思っちゃいました。 えと、手塚への災難は愛です、愛!そんな愛、大好きです!
返信する
携帯でもありがとうです (あだち)
2009-09-16 03:19:01
たくねこさん
先日はメール、ご親切にありがとうございました。おかげさまで無事入手しております♪

いつのまに「夜」に入り込んだんだ? という指摘はあながちはずれではないかもですよ。。。意味深。
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