背中合わせの二人

有川浩氏作【図書館戦争】手塚×柴崎メインの二次創作ブログ 最近はCJの二次がメイン

海へ来なさい【9】

2009年09月12日 07時13分53秒 | 【別冊図書館戦争Ⅱ】以降


【8】へ

濡れねずみというよりも、濡れ狼とでもいった風情の手塚が、バンに戻ってきた。
運転席側のドアをさっと開けて滑り込んできた、それだけの間に、シートにもハンドルにもすさまじい雨風が吹きつけ車内を濡らす。
「どうだった?」
後部座席から身を乗り出すようにして訊いた柴崎に、手塚は、
「だめだ、左のタイヤが前も後ろも完全にはまってて、びくともしない」
ぶるっと頭を振った。髪から滴る雨粒を振り払うように。
「完全に側溝に落ちちゃってるのね、半身」
車の傾き具合からして、そうではないかと思っていたが、案の定か。
「びくともしないのは、あたしたちが乗ってるからじゃない? 降りて、四人でいっせーので押したらどお」
郁が提案するも、手塚の後から続いて助手席に戻ってきた堂上に却下される。彼も手塚同様頭から足まですっかり濡れそぼってしまっている。
「だめだ。風が強くなってきたせいで、あれこれ飛んできて危ない。枝や、もっと危険なものにでも当たったら怪我をする」
そういったそばから、がん! と車体の横っ腹に空き缶かスチール板のような硬質なものが当たった。
思わず身をすくめる柴崎。郁は、びっくりした様子で目を見開きつつ、
「……篤さん、これって借り物だよね」
と前に座る夫をこわごわ見た。今のは完全にへこんだか傷が残る感じのぶつかり方だったよ……。
堂上は不機嫌そうにフロントウインドウを見据えたま返す。
「しようがない。修理に出してから返さなくてはならんだろう」
「お金、かかる、よね」
「……」
押し黙る堂上。郁は家計を預かる妻として、歯軋りしたい気分だった。
「ああ、なんでこんなことにっ! なんてついてないの。台風のばかっ、何もこんなに景気よく荒れなくたっていいじゃないのよ」
「すまん。俺が運転をしくじったせいで」
手塚が硬い口調で詫びる。
あわてて郁は、「そんな、手塚を責めてるんじゃないよ。ただ、なんでこうアクシデントが続くかなってそういう意味で言っただけ」と言葉を添える。
「でも俺がもっと注意して運転してたら、こんなところで立ち往生なんてしなかった」
苦い横顔が、ヘッドライトに透かしだされて車内に浮かびあがる。
「それを言うんなら、そもそもあたしが海に行きたいだなんて言い出さなきゃよかったんだわ。そしたらこんなことにはならなかった」
柴崎が言う。
「そんな、あんたはただ呟いただけじゃないの。こうして実際に日取り組んで強引にだんどったのはあたしよ。責任があるとしたら、あたしだかんね。あんたたちじゃ、ない」
鼻息荒く、郁がまくしたてる。
「違うな。今日、時間が遅くなるにつれて天候が怪しくなるっていう予報を聞いておきながら、それでも海行きを決めたのは俺だ。そもそも、朝の時点で延期にするべきだったんだ。俺の判断ミスだ」
堂上が割って入る。
「海での事故だって、そうだ。もっとちゃんと俺が毬江ちゃんを見ていたら、救急車をおっかけて道に不慣れな街の病院に来ることもなかった。それにさっきだって台風の中、無理に病院を出発することもなかったんだ。少し状況を見極めればよかった。全く俺はどうかしてる。判断ミスばかりだ。おかげでお前たちをこんなところで足止めさせてしまうことになってしまった」
「そんな。そんなことはありません。一正」
手塚が堂上の語尾に被せるように言った。声がわずかに上擦る。
「何もかもが一正のせいな訳、ないです」
「そうよ、篤さん。何回も言ってるけど自分ばっかり責めちゃだめ。そういうの、よくないよ。一緒にいるあたしたちにだって、失礼だよ。責任を一人で背負おうとするのは、かっこよくもあるけど、見方を変えれば一緒にいる連中がそれを負うだけの人間じゃないって烙印を押すことでもあるんだからね」
「お、珍しく笠原がいいこと言ってる」
「まぜっかえすな、柴崎! とにかく、あたしはね、誰のせいとかそういうのを追及するのは無意味だって言ってんの。それよりも、これからどうするか考えなくっちゃ」
「同感でーす。不本意だけど、著しく笠原に賛同」
柴崎がほっそりした手を上げる。
「だからあんたはひとこと余計だっつーの!」
「いいじゃない。か弱いあたしには、シリアスになりがちなこの雰囲気をまぜっかえすことぐらいしかできないもーん。
ということで、どうします? 台風の中、脱輪して二進も三進もいかなくなったわけですが、車中に一泊でもする? 戦闘職種でないあたしは、野営の経験はもちろんないですが、それでもこうなった以上それなりの覚悟はできてるのでご心配は要りませんよ」
にっこりと笑う柴崎だったが、手塚は彼女のふざけた物言いの裏に、わずかな緊張がにじんでいるのを見逃さなかった。
心配が要らないわけないだろうが。心の中、そうひとりごちる。
お前、キャンプした経験もないんだろう。車とはいえ、外でなんか、おちおち眠れたもんじゃないぞ。
ましてやこの嵐だ、寝ようたって、簡単にはいくもんか。
何か言葉をかけてやりたい手塚だったが、堂上夫妻の手前、それもできない。
堂上と郁も、判断がつきかねるように黙ってしまう。
沈黙が覆った車内に、外の強風と打ちつける雨音だけが不吉なBGMのように鳴り響いた。


視界が悪かったのと、たまたま車道に何か大きなダンボールのようなものが風に煽られて飛んできたのとで、手塚がハンドル操作を誤った。そのせいで、路肩の側溝にバンの左のタイヤが取られた。
身動きがかなわなくなり、手塚と堂上が力を合わせてバンを押し上げようとしても、どうしても上がらない。ひどい横風が打ち付けるのと、雨がわんさか降ってくるので目も開けていられない。
携帯でJAFを呼ぼうとしても、圏外の表示が出るばかり。
圏外なんて、関東にまだあるのかと四人は口々にののしった。
しかし誰の携帯も電波は入らず。これにはほとほと参ってしまった。
市街地を抜け、しばらく海沿いのカーブの多い一本道を走ってきたせいで、民家もない。ガソリンスタンドも見えない。
あたりはただひたすらに山と森だ。対向車も、まったく現れない。
嵐が海水を巻き上げるように岸壁に打ちつけ、飛沫を散らし、木々を根元から激しく揺さぶる。ごうごうと不穏なうなり声のようなものが、遠く近くひっきりなしに聞こえた。
そのさまはまさに【悪夢】を絵に描いたようだった。


「……ひとつだけ、提案がある」
重々しく口を開いたのは堂上だった。
他の三人の視線が彼に集まる。
堂上はずっとそのことを提案しようと思っていた。けれどネックになっているのは自分たち夫婦ではなく、同乗している手塚と柴崎ということで、今まで言い出せなかった。
今も、どう切り出したもんだろうかと考えながら口を開く。
「さっき、手塚と外に出たとき、見えたんだが……。後ろに、というか、今来た道を数百メートル戻ったところに、宿泊施設があるみたいなんだ」
正確に言えば、宿泊施設の入り口がな。
「そうなんですか」
初耳だったのだろう、手塚が驚いた顔を見せる。
「おっしゃって下されば、俺がひとっ走りして空きがないか、飛び込みでもいいかどうか訊きに行ったのに」
「それがな……。ただの宿泊所じゃないんだ」
堂上は言葉を濁す。濁さざるを得ない。
「ただの宿泊所じゃないって……どういう意味?」
郁が怪訝な表情をする。
無理もない。手塚も似たり寄ったりの反応だ。なぜ一正はこんな奥歯に物の詰まったような言い方をするのだろうと疑念の顔つきで見ている。
「いや。だからだな……。家族連れだとか一般客を泊めるための場所ではなく、つまり、目的がある一定のものに絞り込まれた宿泊客のための施設とでもいうかな」
堂上は苦る。えーい、誰か察してくれ、と言いたい気分だ。
柴崎だけが、堂上の口重い理由を察していた。
だから、ずばり言った。
「ラブホテルですね。一正が見つけたのは」
ぎくっ。
柴崎を除く三人が、同時に身を強張らせた。
後部座席の彼女を見やる。
柴崎は顔つき一つ変えず、なんでもないことのように言ってのけた。
「いいんじゃないでしょうか。この際、ラブホテルでも何でも。車の中で夜明かしするのに比べたら。
あたしは構いませんよ。――もちろん手塚が嫌でなければ、ですけど」


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2 コメント

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本当の災難は… (たくねこ)
2009-09-13 16:00:41
ううう、また難がふりかかってきました~~。一番の災難はどれなんでしょう…どきどきが続きます…
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災難の矛先が、 (あだち)
2009-09-14 05:41:39
そこはかとなーく手塚に向かっているように思われるのは、おそらく皆様の気のせいではございません。。。笑 何を書いても手塚への愛が根底にあふれておりまして(^^;なーんて……
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