絵日記

「世の中の役に立つ」ものではなくただ「絵でしかない」ものを描いてみたいな、と。

彫刻鑿鍛冶の廃業

2022-06-22 09:22:02 | 刃物

「小信」(このぶ)という彫刻鑿・彫刻刀鍛冶の存在を初めて知ったのは、小畠さんという若い木彫家の著作からでした。

それまでは上野の「光雲」「宗意」という刃物店で、彫刻刀・鑿を購入していました。八分(24mm)巾で一万円ほどもする彫刻鑿は、当時の私には大変高価なものでした。

その「光雲」「宗意」よりも名高い鍛冶師が存在していたことに驚き、ぜひ「小信」の彫刻鑿を手に入れたいと思うようになりました。

ふつう刃物の銘というものは堅苦しく「義正」「清綱」などと言うのがふつうですが、「小信」という、なんだか女性名のような柔らかい鍛冶名も魅力的に思えました。また、「光雲」「宗意」のような店名ではなく、鍛冶師個人の銘であることも新鮮でした。

(後に知ったところによると初代は義宗で「信」の一文字を銘にしたそう。その後「信吉」が次ぎ、先々代で「小信」になったのだとか)

しかし、現在のようにwebを介して何でも調べられる時代ではありませんでした。しばらくの間、「小信」の入手方法が分からず、「小信」は私の中で手の届かない幻の道具でした。

1978年、渋谷宇田川町に「東急ハンズ」がオープンしました。

新聞に折り込まれたオールカラー見開き広告に、見たこともない道具がたくさん紹介されて、その中に「彫刻刀・鑿、小信」が写真入りで載っていました。

オープン当日、ごった返す人混みの中、階段を駆け上がり4F木彫売り場で、初めて「小信」の刃物と対面しました。

このときは八分の丸鑿一本だけ買いました。飾り気は無いが美しい刃物でした。

以来数十年かけて、多くの鑿や彫刻刀を「小信」で揃えました。数えたことはありませんが、木彫鑿で30本くらいはあると思います。誂えで造ってもらった品物もあります。

「小信」の仕事場である田無の工房にも、何度かお邪魔して、直接ご本人と話しをしたこともありました。その滝口さんは身体を壊して引退され、弟子の斎藤さんが仕事と仕事場を引き継いで「左小信」銘で鑿や刀を鍛っていたのですが、2021年10月で廃業された、とのこと。それを、つい最近、偶然知りました。

いま、ヤフオクなどのオークションサイトでは、「小信」の刃物が大量に出品されています。きっと、廃業された木彫職人や宮大工さんの持ち物だったのでしょう。

貴重な品々ですが、使い手が居なければ仕方ありません。

一方、現在、仏像彫刻・鎌倉彫・日光彫などを生業にしている職人の間では、やはり「小信」が一番で、「手に入れたくても入らない」と困っている方も。

使い手を失った刃物たちが、それを必要とする職人の手に渡っていけば良いようなものですが、なかなかそう、うまくは行きません。一口に「木彫職人」と言っても、使う道具は様々で、Aという職人が使っていた道具がBという職人には合わない場合も多いのです。

逆に言えば、それだけ木彫刃物の種類は多様である、と言うことなのです。

彫刻刀は「清綱」「義延」など、まだまだ達者な鍛冶屋さんが居ますが、あの優美で使い良い彫刻鑿はやはり「小信」。鑿に関しては他の追随を許しません。 

さて、下の写真は「直行」と読めますが、(道行とも読めますが、さすがにそんな銘は無いと思います)家の近くのごみ置き場に他の道具と一緒に捨てられていた鑿。妻が見つけてきました。

研ぎ減らされ、黒檀の柄も短くなっていました。錆びついていましたが、ここまできれいに研ぎ減らし、桂を下げているのですから、大した腕前です。職人の使っていたものでしょう。三ツ割という珍しい造りで、木彫鑿のように耳が薄く整形されています。直角以下の鋭角の隅を仕上げる為の鑿でしょうか。刃巾一寸ほど。

もとは直刃でしたが木彫用に研ぎ 直してみました。まだまだ完全には研ぎあげていませんが、なかなか良い切れ味です。