『話が違うじゃないですか!!』
おぉぉぉぉぉ。
キレとる、キレとる。
職場以外でお外の人に同居人・しおちゃんがキレるのは、珍しいことです。
スマホを持っている手まで熱を帯びているように見えました。
『だーかーらぁー、私何回も言いましたよね!?』
転院のお話を聞いた翌日。
しおちゃんにお迎えに来て貰い、A病院を退院。
私は、一旦家に戻っていました。
医院長先生が紹介状を書いて下さったので、A病院で手配して頂いたO病院に朝一で早速電話をかけたところ…
驚いたことにナント空振り。
「A病院からそんな話は聞いていない」「もし、そういった話があったとしてもうちでは受け入れられない」と言われてしまいました。
A病院とO病院とで転院の話が共有されていないなど誰が想像出来たでしょう。
しかも、事実確認のためにかけたA病院でも電話に出た方が全く何も把握しておらず。
事情を説明してみるも「(転院先は)ご自身で探してみてはどうでしょう?」とのアドバイス(?)が返ってきたのみ。
しおちゃんも受け入れの厳しい医療事情は重々理解していたと思いますが、院内でさえ情報の共有がなされていない現状や、やっつけとも取れるその対応に呆れ果て、ついにブッチーンとなってしまったわけです。
何も出来ない患者を置いておくだけ病床の無駄。
退院させるだけさせ、患者を追いやってその責任は知らぬ存ぜぬ。
他の病院に丸投げするのが今コロナ禍で人々に敬意と感謝を向けられている医療従事者の実態なのかと、憤りを感じてしまったようです。
『もういいよ、しおちゃん…。ごめんね』
栄養は入れて貰った。
痛みも少し軽減した。
行った甲斐はあった。
家に帰って来れるぐらいは元気になったんだ。
次の病院を探そう。
もっともっと元気になれるはずだから。
自分のために人がモメてると思うと辛くて。
惨めで。
罪悪感を感じながら転がっていると、ますます身体に堪えそうです。
『あー、もうムカつくっ!話の分からん人間を電話口に出すなよ』
電話を切っても興奮冷めやらぬ、しおちゃん。
『ごめんね…私が代わってあげられたらいいのに、なんも出来なくて(涙)』
あらら。
兄嫁・あーみんが泣き出してしまいました。
しおちゃんが溜息をついてティッシュを渡しました。
『ほれ、泣かないのっ。泣きたいのはみーちゃん(猫野のこと)なんだよ?』
『ううっ…(泣)』
『まあまあ。抑うつ期にネガ(ティブ)るなっつっても無理やって。ね、あーみん。あーみんが代われたとして私みたいになっちゃっても一番困るの私なの。大事な嫁さん預かってる間に何かあったら、お兄にしばかれっからさ(笑)優しい気持ちだけ貰っとくね、ありがと』
冗談を言う元気もまだまだ健在な私。
私の兄は、昭和のヤンキー上がりで輩気質な人だけど、図太い私とは逆に繊細で妹に「しばくぞ、ゴルァ」とは言っても、しばけない小心者(しばかないのが普通かもしれませんが、“輩前提”という意味でこういった表現にしました)
たとえ勢い余って私を小突いたところでショックを受けて家出をするのは私じゃなく、兄のほうなんです(苦笑)
私の言ったしばきが冗談なことを分かっているあーみんから少しだけ微笑み(えみ)が溢れました。
『中身はこんな元気そうなのに身体ん中に腫瘍があるとか何だかまだ信じらんないわ…』
『しおちゃん、正解!私、家帰って来て元気になっちゃったかも』
『いや、その腹で言われましても。あんま調子こいてると祭りに貸し出すよ?太鼓腹』
『クスクス…(グスン)…フフフフ(微笑)』
『貸し出すとか言って、しおちゃん、利用料取る気でしょ?』
『そ、そんな。め、滅相もない。我が家の家宝を差し出すんだから、利用料貰ってあげてもいいけど。
つーか、中年腹と勘違いする?普通』
『取る気満々やん(笑)何よ?卵巣と一緒に頭の検査も受けろってか?』
『検査を受ければどれだけ残念な人か分かるよ(笑)』
『フッ…(グズッ)…クスクス(微笑)』
笑いが戻ってきた猫野家。
いつまでもここでこうしていたいと思いました。
ほどなくしてA病院から電話があり、しおちゃんが私の代わりに出ました。
電話は先程の方とは違い、消化器科の若い男性医師からで。
院内で転院の話に行き違いが生じてしまっていたことに関するお詫びと、「医院長推奨の病院とは別の病院なども当たっているため、もう少しお時間を下さい」という内容でした。
『良かった…多分、昨日、医院長先生から頼まれて転院先ずっと当たってくれてた先生じゃないかな。退院前もわざわざ来てくれて、「必ず転院出来るようにしますから大丈夫ですよ」って言ってたんだ』
『良くないよ!出来ないなら気ぃ持たせんなっつーの!』
『だよね…(グズッ)みーちゃんが帰って来てくれたのは嬉しいけど、O病院に直行する話もあったんでしょ?O病院側がOKしてないのに、受け入れが決まってるみたいに言ってたってことだもんね…(ズズッ)』
『確かに。昨日私が聞いた時は医院長先生の一声でまとまりそうな勢いだったものが、今日になって全然違ってたからなぁ。ハラハラしちゃったね』
『あぁー、やっぱムカつく!!』
『電話ありがとう、しおちゃん。ちょっと休憩して落ち着こ。まだ決まったわけじゃないしさ。私らだけじゃ、もっと受け入れ厳しいじゃん?頼るとこは頼らなきゃなんないし、モメんとこーよ』
『『だね』』
A病院との履歴ばかりが増え、しばらく進展のないやり取りが続きました。
その中で挙げられた転院先は、3軒ほど。
医院長先生が推奨していたという病院です。
しかし、「前日予約必須」「当日予約が既に終了」「通院も見据えると遠過ぎる」などの理由から一向に決まりません。
失礼ながら、紹介状やA病院と先方との交渉は全くと言っていいほど無意味なものになっていました。
転院しようにも、まず受診が必要になってくるらしく、受診予約が入れられるかどうかが鍵となります。
結局のところ、自分で交渉から始めるより外なく、直行など夢物語になってしまった私たち。
その私たちに、身近な病院で緊急外来と一般外来の差が無くなっているということを教えてくれたのは、テレビのニュースでもネットの記事でもありませんでした。