おっちゃんは既にリタイアしたので、背広には縁遠くなった。
メンズスーツと呼ばれるようになっても、
男の外着として、
不朽の第一必須アイテムであることに変わりはない。
まして男の戦闘服、然り。
戦闘服として成り立たせる為の、過酷な要求をクリアした、究極のスタンダード。
大将の戦闘服、戦国武将の鎧甲冑を連想させたのは、麻生さんのスーツ姿だった。
首相に就任された頃、(当時はまだ、ウチでもテレビを観ていた)、
その服が超一流テーラーの匠の手になり、いかに高価で上等か、が喧伝された。
たしかに高級感あふれていて、言うことなし。
形状記憶装置が装填されていたのかどうか、それはわからないが、
東北で発掘された縄文の土偶に似てる、と思ったのは、わたしだけかも知れない。
対照的なのは、かんさんのスーツ。
就任後、有名スタイリストでも手当てされたのだろうか。
売り出し中のタレント風の、気合いの入った流行の取り合わせ、
高級そうでも服ばかり目立つ借り着風、なのは、わたしの偏見か。
たまたま目に入った、数少ない症例だけでは、なんとも言えないが。
さて、その語られる言葉と同じ比重かどうか、
小沢さんの服装をチェックしておられる視聴者諸兄姉も、希におられることだろう。
彼の背広こそ、希有な熟練の匠の仕事に拠ると、わたしはお見受けする。
しなやかな極上の素材で、あたかも一続きの皮膚のように、
着手と一体化し、何よりも目立たず、まして高価そうになぞ見えない。
それに気づいたのは、代表戦の立ち会い演説会、ネット中継の映像。
炎天下のヨドバシカメラ前、街宣車上、その立ち姿の乱れず端正なこと。
その立ち居振る舞いや言葉はいまさら言うまでもないが、
また、比較すべき相方のレベルはさておき、
寸分の隙もない、誠実、正統を形に表したような完璧な背広姿、
に注目した聴衆は、わたしだけではなかっただろう。
最近の映像では、首筋から肩のなだらかな稜線の優美なこと、
アームホールの存在感さえ消してしまう、伝統的な服造りの正確さに、見取れた。
服の制作者の、クライアントへのレスペクト、
着手の、縫い手への揺るぎない信頼と感謝、が読み取れる。
権力者も三者三様ながら、
背広って、群衆の中の隠れ蓑どころか、着手の正味を映し出すスケルトン、
実に怖いコロモなのです。
メンズスーツと呼ばれるようになっても、
男の外着として、
不朽の第一必須アイテムであることに変わりはない。
まして男の戦闘服、然り。
戦闘服として成り立たせる為の、過酷な要求をクリアした、究極のスタンダード。
大将の戦闘服、戦国武将の鎧甲冑を連想させたのは、麻生さんのスーツ姿だった。
首相に就任された頃、(当時はまだ、ウチでもテレビを観ていた)、
その服が超一流テーラーの匠の手になり、いかに高価で上等か、が喧伝された。
たしかに高級感あふれていて、言うことなし。
形状記憶装置が装填されていたのかどうか、それはわからないが、
東北で発掘された縄文の土偶に似てる、と思ったのは、わたしだけかも知れない。
対照的なのは、かんさんのスーツ。
就任後、有名スタイリストでも手当てされたのだろうか。
売り出し中のタレント風の、気合いの入った流行の取り合わせ、
高級そうでも服ばかり目立つ借り着風、なのは、わたしの偏見か。
たまたま目に入った、数少ない症例だけでは、なんとも言えないが。
さて、その語られる言葉と同じ比重かどうか、
小沢さんの服装をチェックしておられる視聴者諸兄姉も、希におられることだろう。
彼の背広こそ、希有な熟練の匠の仕事に拠ると、わたしはお見受けする。
しなやかな極上の素材で、あたかも一続きの皮膚のように、
着手と一体化し、何よりも目立たず、まして高価そうになぞ見えない。
それに気づいたのは、代表戦の立ち会い演説会、ネット中継の映像。
炎天下のヨドバシカメラ前、街宣車上、その立ち姿の乱れず端正なこと。
その立ち居振る舞いや言葉はいまさら言うまでもないが、
また、比較すべき相方のレベルはさておき、
寸分の隙もない、誠実、正統を形に表したような完璧な背広姿、
に注目した聴衆は、わたしだけではなかっただろう。
最近の映像では、首筋から肩のなだらかな稜線の優美なこと、
アームホールの存在感さえ消してしまう、伝統的な服造りの正確さに、見取れた。
服の制作者の、クライアントへのレスペクト、
着手の、縫い手への揺るぎない信頼と感謝、が読み取れる。
権力者も三者三様ながら、
背広って、群衆の中の隠れ蓑どころか、着手の正味を映し出すスケルトン、
実に怖いコロモなのです。