今から17・8年前の事、
とある 一人暮らしのおばちゃんと知り合いになりました。
昭和二年生まれのその方は、私の亡き父と同い年。
叔母の姑のお友達でしたから、叔母絡みのお付き合いではあったのですが、
一人暮らし、子供なし、ご主人はとうの昔に他界されている…という事で、頼み事がある度に電話が掛かってきました。
年齢を感じさせないハツラツとした容姿とお喋り。
昔、ハワイ、オアフ島に住んでいたからか、国際的で、とても社交的な人でした。
そんな楽しいNおばちゃんは、私の実家にも良く遊びに来ていました。
実家のお正月の集まりには必ず参加してくれた上、親族が集まる旅行には必ず誘っていました。
そんなNおばちゃんが、昨年六月、一人暮らしの自宅で倒れていました。
脳梗塞でした。
救急病院は、症状がある程度落ち着いてくると出されてしまい、老人専門病院に転院しなければなりません。
移動先はいくつか紹介されますが、なかなかいいところがない。
どこでも良ければありますが、ただ寝たきりなってしまうのではかわいそう。
そこで叔母に頼まれました。
亡き父が入院していた、東京郊外の病院に、Nおばちゃんを入院させてもらえるよう頼んでもらえないか…と。
私は早速、亡き父(2016年12月に他界)が以前お世話になっていたその病院に電話を掛け、その頃、とてもよくして頂いた相談員さんに電話を取り次いで頂きました。
相談員さんは、私や私の父の事をとても良く覚えていて下さり、Nおばちゃんの症状を説明すると、
どうぞ、こちらにいらしてください。
僕が上に話しておきますので紹介状だけもらってきて下さい。忙しければFAXでもいいですよー!
と、即答して下さいました。
亡き父が最期お世話になったその病院に、一人暮らしのNおばちゃんが入院できる事がとても嬉しく、相談員さんに、感謝の気持ちでいっぱいになりました。
Nおばちゃんが無事に転院してからというもの、私は叔母を連れ、Nおばちゃんのお見舞いに通いました。
東京郊外の、クネクネした山道をマイカーで走っていると、2016年12月に亡くなった父の見舞いに通っていた頃を思い出しました。
この山道を毎日走ったよなぁ…
本当に懐かしい。
車を走らせていると、亡き父がまだそこにいるような、そんな錯覚に陥った時も多々ありました。
病院へ着くと真っ先にNおばちゃんの部屋へ行き、声を掛けて世間話をしました。
Nおばあちゃんはどんな時も素直に、
ハイ!わかりました!
と、言うのが口癖でした。
外にお散歩に連れ出したりもしました。
次第にNおばちゃんは、自分が自宅にいるものと勘違いする事が多くなり、
寒いでしょ、こたつに入りなさいね。
とか、
タクシー呼んでお寿司食べに行きましょう!
とか、
スーパー行ったらミカン買ってきてもらえる?
とか、楽しそうに話していました。
私の方も、
はーい!じゃ、今度行こうね!
今日は寒いから外出は無理よ。
とか、Nおばちゃんが楽しいと思えるような会話を心掛けました。
…又、私が病院の休憩所で休んでいると、相談員さんが声をかけて下さいました。
相談員さんはNおばちゃんの事を本当に良く気遣って下さり、
部屋はあの部屋で大丈夫?
不便なら変えるので言って下さいね。
とか、
師長呼んで病状説明しましょうか?
とか、
リハビリは一日三回やっているので、Nおばあちゃんは話し相手がいて楽しそうですよ。
とか、
寝たきりにさせない、自宅にいるようなきめ細かな対応をして下さっている事がよく分かりました。
Nおばちゃんも、
ここの人たちは本当に親切!
と、良く笑うようになりました。
そんなNおばちゃんですが、
頑張りましたが、今年の5月中旬に亡くなりました。
私が病院へお見舞いに行った翌日の真夜中の事でした。
…現在私は、自宅の片付けのお手伝いをしています。
神奈川に高齢の弟さん夫婦がいらっしゃったのでホッとしましたが、ほとんど会っていなかったそうです。
葬儀社を探してもらえないか?
と、弟さんから頼まれたので、亡き両親と同じ葬儀社にしましたが、参列者はわずか数名でした。
Nおばちゃん、一人暮らしの自宅で過ごす夜は寂しかった事でしょうね。
私の亡き父も、2012年に母(享年70、肝細胞癌)が亡くなってから丸四年、一人暮らしをしておりました。
亡き母は、肝細胞癌の発見から4ヶ月で亡くなってしまった為、バタバタと一人暮らしが始まってしまった父でした。
寂しさから、毎日、毎日、父から電話やメールが来ていた事を思い出します。
亡き父は、2016年8月の暑い朝、一人暮らしの自宅で倒れていました。
たまたま私が朝早く様子を見に行ったので発見できましたが、約10時間、歩くことも、起き上がることも出来ず、4点式杖を下敷きに、倒れていました。
救急車で搬送し、その四ヶ月後に亡くなりました。
パーキンソン病でした。
上記は、父が私にくれた最後のメール。(緑色の文字が私、黒い文字が父)
Nおばちゃん、天国でみんなに会えたかな?
明日から東京はお盆です。
仏壇にいろいろ準備をしました。
提灯も出しました。
父と母が帰ってくる〜〜。
生きてたら、父は92歳、母は77歳。
二人に会いたいなぁ〜。
追伸
コメントたくさんありがとうございます〜!
お返事が滞っており申し訳ありません。