Fin-blog

フィンランドという国のライフスタイルや文化について心に思うことを記していくためのブログです。

マ・ペ・ラ・ス - フィンランドの一週間

2007-09-30 | Weblog
「マ・ペ・ラ・ス」という言葉は
フィンランドで生活をし始めてすぐに覚えた暗号。
デパートの扉、スーパーやらカフェのどこかで
必ず見る「マーペ・ラ・ス」は
例えば次のように表記されている。

ma-pe 9-21
la 9-18
su 12-18

ma-pe, la, su だから「マーペ・ラ・ス」
「マ」はマウナンタイの略で
フィンランド語で月曜日のこと。
「ぺ」はペルヤンタイ、金曜日。
「ラ」はラウアンタイ、土曜日。
「ス」はスーヌンタイ、日曜日。
上の表記を日本語で解説すると

 月~金曜日は9~21時
   土曜日は9~18時
   日曜日は12~18時 の営業時間です。

となる。
ただし、8月が終わると日曜日は表記されなくなることが多々ある。
日も短くなって観光客も減るシーズンは
日曜日はどこのお店もたいていはお休みをする。
土曜日も営業時間は短めでプレ・お休み。
中には金曜日をプレ・お休みの前の日、
つまりクリスマスでいう12月23日を"イブ・イブ"
と呼ぶのと同じ感覚で営業時間を設定しているお店も多くある。

ma-to 9-20
pe 9-18
la 10-14
su

という風に。
ちなみにト(to)はトルスタイで木曜日。

日本のように7日間の間を挟んで
水曜日を中休みにするというのでなく、
月曜日から始まって始めの数日頑張って働いて
残りの週末はゆっくり過しましょう、
家族や恋人、友達と過しましょう、といった具合。

やるべきことは先にさっとやり終えて
残りの時間を自由に使おうとする意識は
一日の中でも見られる。
とにかくフィンランドの朝は早い。
お店や学校も朝7時も過ぎれば普通に
幾数もの人が建物内を行き来している。
そして、夕方4時も過ぎれば
トラムは車道、その他の交通機関は
家に帰ろうとする人でいっぱいになる。

日本にいた時の私の曜日の感覚は「マーぺラス」。
月曜日から金曜日は学校に行く。
土日はアルバイト。
翌日からはまた学校で週末はアルバイト。
曜日の感覚がなくなってくる。

フィンランドに来てからは「マーペ・ラ・ス」。
月曜日から金曜日は平日。
学校に行ったり、どこか別の施設に行ったりする。
土曜日にはこの休日に必要なものを
買い忘れていないかチェックして
忘れ物があれば街に出て買い物をする。
尋ねておくべき場所があれば
施設が閉まってしまう前に行っておく。
なぜなら土曜日はどこのお店、施設も
いつもより早い目に閉まってしまうから。
日曜日はお休み。
私だけがお休みなのでなく
街全体がお休み。
なので、家でのんびりするか
公園に行ってのんびりをするしかない。
しかし、のんびりするしかなくて
暇で何をしようかと思えるのが何とも贅沢。

確かにスーパーは一週間
休むことなく営業しているけれど、
たいてい

ma-pe 7-21
la 7-18
su 12-21

といった具合で土曜日と日曜日の間に
見えない休みが存在している。

ただし、最近新しくできたショッピング・モールは
夜遅くまで日曜日でも営業をしている。
日本人の私にとっては
いつでも買い物をしたり娯楽を楽しめたり
できる環境があるのはとても心強い。
だけれど、一方で
このままフィンランドが
一週間の曜日の感覚がなくなってしまうほど
毎日がんばって働き、がんばってお金を使って娯楽に走るような
国になってしまうのではないかと不安にも思っている。




フィスカルス村の作家たち

2007-09-23 | Weblog
交換留学生として通っている
ヘルシンキ芸術大学が留学生のために主催してくれた
フィスカルス村へのツアーに参加をした。
フィスカルスとはオレンジ色の柄を持つハサミで有名な会社。
フィスカルス村とはそのフィスカルスの工場があった跡地
にアーティストたちが工房を持ち、
制作や生活をしている場所。
フィスカルスは現在工場をアメリカに移しており
販売のシェアの50%はアメリカだ。
ちなみに"あのハサミで有名な"とは言うものの
フィスカルス社は手の役割を果たす様々な道具を生産していて
ハサミ以外にも蝶番(ちょうつがい)やカトラリーもそのうちに入る。
現在の売り上げの大半はガーデニングに使う第二の手として働く道具だ。

その工場跡地が今のようなアーティストの村になった経緯は
一年前ほどに長野県で行われた"フィスカルス村"展覧会の報告を
このブログでしたときに記した通り。
今回は、昨年に長野県の決して大規模とは言えない展覧会場で
思いを馳せていたフィスカルス村での
アーチストの作品を実際に見て来た感想を
簡単に記しておきたいと思う。

自然豊かな工場跡地に魅了されて集まった
アーティストたちの作品なだけあって、
どれも素材選び、素材への加工に対するこだわりが独創的だった。
"自然豊かな・・・・だけあって"と言うのは、
最近、私自身が林や森の中へ入って
地面に生息する動植物を観察しているうちに
何だか人工物と天然物とかといったモノに対する区別がなくなっていくから。
簡単に言うと、絵の具のチューブから出てきた黄色は紙の上に、
マスタードのチューブから出てきた黄色は食器の上に載せる、
といったモノ同士の関係が曖昧になっていく感じなのだ。
私はフィスカルス村のアーティストではないので
あくまで憶測でものを言うのだけれど。

また、ここのアーティストたちは
ただ素材にこだわるだけの工芸作家ではない。
ものづくりを通して独自の見解を人に伝えようとする芸術家でもあるのだ。
そしてはたまた芸術家だけにも留まっていない。
作品のタイトル札には必ず「1200 e(ユーロ)」
とかといった風に値段が付けられていて
売約済みの作品の横には蛍光色の丸いシールが貼られている。
工房では一般客に有料で技術の体験をサービスしている。
そう、彼らは芸術をするだけにとどまらず
お金を得るための営業活動も組織的に行っているのだ。

芸術作品にプライスカードが付けられていると
ついつい見る側は「買わされるのではないか」とか
「芸術という目に見えない高尚ものに値段をつけるなんて」と
その作品に対して嫌らしさを感じてしまう。
しかし、作家は神様ではなく同じようにお金で生計を立てている人間だ。
大金持ち(パトロン)に経済的援助を全て委ねる作家と
比較してどちらが嫌らしいと感じるのか、
もしくは何も感じないでいられるのかは、
作品を鑑賞する側がいる時代や文化、個々の価値観によるのだろう。

数十万円する携帯電話 ー NOKIAの "VERTU"シリーズ

2007-09-21 | Weblog
世の中にはとてつもない
お金持ちと呼ばれる人がいて、
世の中にはそのお金持ちをターゲットにした
とんでもないサービスやモノが存在する。
フィンランドに本社を持つNOKIAの
最高級の携帯電話シリーズ "VERTU"も
そういったとんでもないお金持ちを
ターゲットにしたモノ、携帯電話だ。

"VERTU"シリーズのwebページのアドレスはこれ↓
http://www.vertu.com/en/?lang=en

ムーミン博物館のあるタンペレ市から
今住んでいるヘルシンキ市に向かう近郊列車の中で
あるフィンランド人と知り合った。
彼は日本という国が大好きで
列車の数少ない乗客に日本人がいるのを見つけて
話しかけて来たのだ。
彼の持っている車はホンダのもので、
白地のボディの屋根の部分に赤い丸のマークを付けているのだそうだ。
ビルの上から自分が運転する車を眺められた時に
車の屋根の部分が日本の国旗、日の丸に見えるようにとのこと。
そんな日本好きの彼は実際には
日本をさほど訪れたこともなく、
そんな遊び心を持った彼には
妻と1歳と2歳になる娘二人がいる。
そして職業は大手携帯電話メーカー
NOKIAの営業マンだった。

その出会いをきっかけにして
私はこの世の中には数十万する携帯電話が
あるのだということを知り、
直接NOKIAのショールームに行って
その携帯電話をこの目で確かめたいという気持ちになった。
Areksanterinkatuにあるショールームは
NOKIAが最も力を入れてプロモートしている
ものの内の一つらしく、
ここはおしゃれなクラブかとも思えるほど
雰囲気のある空間をつくり上げていた。
その中でも"VERTU"シリーズのブースは別格になっていて
そこのブース内にある携帯電話にだけプライスは表示されていなかった。
他の携帯電話でも、5~10万円ほどする
私からするとそれでも十分に値の張っているように見える
ものもショールームには展示されていた。
"VERTU"は日の丸を車の屋根に付けている彼によると
日本円にして30万円以上はするらしい。

最高級の携帯電話にはとにかく
どこかしこにダイヤモンドなどの宝石が使われていたり
レザーが使われていたりと手が込んでいる。
その使われ方は時に悪趣味で、
成金主義的な携帯電話を生み出した過去もあったらしい。
見た目はともかく機能も最高級で、
中でもお金持ちにしかその電話を手にできないことを
納得させてくれるのは「NOKIA コンシェルジュ」という機能。
このサービスを利用すると
コンサートや飛行機、ホテルなどの
スペシャルシート、スペシャルルームを
特別価格で予約できるのだそうだ。
特別とは言っても相当のお値段がするのだろうけれど。

無駄に高級感を出そうとしている点。
お金持ちにしか持てない絶対的な権利を生かしている点。
それらは、平等がキーワードだったはずの
フィンランドには似つかわしくないように思える。
しかし、ビジネスに長けたフィンランド、
手工芸に長けたフィンランドという切り口から見れば、
"VERTU"はフィンランドにしか生み出せない携帯電話なのかもしれない。

VUOKKOさんとの夜

2007-09-17 | Weblog
VUOKKOさんとの夜とは言っても
VUOKKOさんと二人きりで夜いっしょにお話をしたのではない。
VUOKKOに会えたという自慢をしたくて
ブログを書くことにした。
そう。ただの自慢。

今、交換留学生として通っている
University of Art and Desigh Helsinki の
ファッション&テキスタイル・コースの生徒や先生方が
集まるパーティーがあった。
新学年度の始まりを祝うためのパーティーだ。
ヘルシンキのセントラルより少し南にある
デザインミュージアムで行われると聞いていたので
とてもわくわくしていた。
デザインミュージアムはポピュラーな美術館であったし
何より今はVUOKKOのテキルタイルや
ファッションの作品が展示されているからだった。
パーティーの一週間ほど前になって
学校からメールで
「パーティーに参加する人は出欠の返事をください。
 VUOKKOのレクチャーもあります」と伝えられた。
きっと大きなレクチャールームの教壇に立って
VUOKKOがフィランド語で延々と語るのだろうとは思ったけれど
VUOKKOに会えると知っただけで、胸がわくわくした。

パーティーにはドレス・コードもあるというので
普段のコーディネートからジーンズを差し引いた
姿でデザインミュージアムに足を運んだ。
そして、美術館に着いてから何か自分が
想像していたのとは違う事態に感づいた。
参加者のファッションが皆フォーマルだったこと。
パーティーがもうすぐ始まるというのに
想像していたよりも人の集まりが少なかったこと。
そして、VUOKKOがエントランスから入ってきて
学校の先生と話をしている姿を見て、
とても内輪なパーティーなんだ!と知ったのだ。

ミュージアムの二階で開催されている
VUOKKOの展覧会の入り口でシャンパンが配られた。
そのまま人に流されて、テキルタイルの作品が大きなパネルに張られて
何枚もダイナミックに展示されているブースに入り
しばらくするとVUOOKOがフィンランド語で挨拶をした。
そしてすぐに目の前でファッションショーが始まった。
ただでさえファッションショーを生で見る機会がないというのに
突然に始まったVUOOKOのショーに目は釘付けになった。

ショーの後はVUOKKO自身による展示作品の解説。
展示会場を巡りながらフィンランド語で
VUOKKOは冗談をまじえながら話をした。
まったくもって何を話しているのか分からなかったけれど、
VUOKKOが作品を直に触りながら解説する姿を見ているうちに
彼女の作品をもう一歩踏み込んで観ることができた。
私が気付いたこととは
「VUOKKOのデザインした洋服は、
テキスタイルにプリントされた画がグラフィカルなだけでなく
その布が裁断されて立体物となったときの
空気の膨み方までもがグラフィカルである」ということ。
簡単な言葉にできていないけれど、
とにかく私はフィンランド語がわからないなりに
VUOKKOの話す姿と作品を目の前にして新しい発見をできたのだ。

ショーにレクチャーにと贅沢な時間を過ごした後には食事が用意された。
大きくて白い上品なフォルムのお皿の上に料理を載せて
皆はフィンランド語や英語を使って立って話をしていた。
たくさんの人と話せるイベントこそを利用して
私は英会話の実践をしなくてはならないのだけれど、
この時ばかりはVUOKKOの世界に浸っていたくて
ちゃっかり料理を片手にしながら
もう一度展覧会場を一人でゆっくり見て回った。
VUOKKOは学校の先生たちと会場の端で
小さなテーブルを囲んで話をしていた。
そこに割り込んで
「私はあなたの作品が好きで好きでしようがありませんっ!!!!」
と叫びたかったけれど、フィンランド語どころか
英語すら流暢に話せないドレス・コードぎりぎりの姿をした
日本人が突然登場したところで
ただの変わり者としてしか見てもらえないだろうからと、
VUOKKOの姿を遠くからちらりと見たりもしていた。
それはそれで十分怪しいのだけれど。

パーティーの前日に、
たまたま私はマリメッコのショップで
普段から使っているバッグを新調しようと吟味した結果、
VOUKKOのデザインしたテキスタイルからできたバッグを手に入れていた。
「たまたま」というのはそれがVUOKKOのデザインだと知らなかったから。
そうと知ったのは料理片手に展覧会場を改めて一人巡ったときだ。
もしもそのバッグを入り口でクロークに預けずに
パーティー会場に持ってきていたなら、
場の空気も読まずにVUKKOさんに向かって
「私はあなたのデザインしたバッグを持っていますっ!!!」と
体当たりして伝えていたかもしれない。


「スプーンからできたフック」

2007-09-12 | Weblog




「スプーンからできたフック」。

いつもこのブログのタイトルには簡潔な言葉を使ってきたけれど、
ゴロが良いので今回のタイトルは少し意味不明なこれ↑
ちなみに薄ボケた写真の意味不明なスケッチは
私が、持っていたプリントの裏にささっと描いた
スプーンからできたフックの図。

スプーンからできたフックは
以前に今の私と同じように短期間フィンランドに留学されていた
先輩に教えてもらったカフェの中にあった。
そのカフェの目印は雲のマーク。
エスプラナーディ公園の西の端を縦に通る
ユニオンカツという通りを南に少し下って右手にあるお店。
近くにはカモメが飛び交う港がある。
お店の中に入って一番始めに目に留まったのは
ケースの中に並ぶおいしそうなキッシュやパン、サラダだったけれど、
レジで注文を終えてテーブルに着いてから
目に留まったのがこのスプーンからできたフックだった。
スプーンというモチーフもフックという道具も
普段から親しみのあるモノだけれど、
スプーンからできたフックは
むしろ親しみのある要素でできているからこそ
私にとってはショックだったのだ。

フィンランド人はリサイクルするのが上手だ。
というよりはモノを捨てられない性分の人たちなのかもしれない。
街中にゴミがポイ捨てされているとやたらに目立つ。
そのくらい街にゴミが落ちていることは稀である。
トラムや食堂など公共の施設には
「もう私は読んだので皆さんご自由にお読みください」と
読み終わった雑誌や新聞を置くエリアが設けられてあったり、
そうでなくても自然とそういったエリアが生じている。
スーパーやお酒屋さんにはボトルのリサイクルマシーンもある。
マシーンとは言ってもその場でボトルをクラッシュする機械なのでなく、
重みやら量を計ってそれをレシートに印刷して出すものらしい。
私はまだ利用したことがないのでよく仕組みはわからないが
そのレシートを集めてお店のスタッフに提出すると換金してもらえる。
リサイクルショップもたくさん街中にあるし
SECCO(セッコ)という「ゴミは宝の山だ!」と唱う
今注目されているプロダクトデザインのブランドもフィンランド生まれ。
ガラスメーカーのイッタラやテキスタイルメーカーのマリメッコといった
一流とされるブランドもアウトレットショップを自店として持っている。
フィンランドでは、
古いからもういらないとか形がわるいから役に立たないとかと言って
簡単にポイッと捨ててしまうことは恥ずかしいことなのかもしれない。

今日、カフェの主人と
そのスプーンからできたフックについて話すことはなかった。
互いの言語、フィンランド語と日本語の教え合いっこをした。
あまりにおいしくてハマってしまうかもしれないキッシュと
次私がまたお店に来るときには用意しておいてくれるらしい
パンプキンスープを食べるために今度このお店に訪れたときには、
スプーンからできたフックについての話題に触れてみたいと思う。
この素敵なフックもあなたがつくったのですか?と。