ニューヨー句

1ニューヨーカーの1ニューヨーカーによる1ニューヨーカーのための1日1ニューヨー句

今朝の秋濡れてるパパにおめでとう 味付けの海苔食べながら今朝の秋

2005年08月31日 | Weblog
去年の冬ネズミが天井を齧って出入りしていた穴から、ギリシャ彫刻の鼻のかけらほどの石膏の塊みたいなものが落ちてきた。スタンドの傘にぶつかって倒れそうになったほか何事もなかったので、ほっておいたら、昨日とつぜん「アスベストじゃない?」と夫が言い出した。「暖房が入ると空気が対流してあの穴からアスベストが飛散するかも」などと言う。今ごろ日本中の家庭でこのような会話が交わされていることだろう。「どれどれ?」「ほらあの穴からはみ出している石綿状の、銀色の」だがそれは以前スーパーが鼠塞ぎに押し込んだ金属タワシであった。「でも念のためスーパーに来て貰おう」と夫は明るく言った。夫が天井を指さして「あれはアスベストですか?」と聞くと、スーパーは「イエス」と答えた。夫の顔はざあっと曇った。一度安心しかけただけに、ショックもひとしおなのだろう。だがそれは間違いだった。スーパーは夫が何を聞いたのかわからずとりあえずイエスと答えて間をつないだだけだった。すぐにスーパーは、「アスベスト? 天井にアスベストなんか使ってませんよ。アパートのどこにも使ってません。法律で禁止されてますから」と断言した。夫の顔が晴れた。よかった。今日は夫の四十の誕生日なのだ。  

八月や空を見てゐるひとばかり

2005年08月30日 | Weblog
レストランで、私はあまりメニューを読まずよく考えずに選んで失敗する。だからいつも同じものを注文しがちだ。夫は食に対する冒険心があり勘もいいので、店で一番美味しいものや今までに味わったことのないものに巡りあう。しかし年に一度くらい失敗もする。コニーアイランドのスナックスタンドで、「ソーセージをピタの上に乗せてオニオンソースをかけて」と私は注文した。すると生ぬるいソーセージが冷たい胡麻つきパンの上に乗ってきた。コカコーラの赤いテーブルに、縮んだピザとぱさついたホットドッグを並べると、子供もいっぺんに食欲をなくした。売子は売子で、この暑さのなか波打ち際で彼氏とバレーボールでもして素敵な汗をかくのでなく、鉄板相手にこんな汗をかいているのが嫌でたまらないという顔だ。夫はまだ看板に黄色や青い字でなぐり書きされたメニューを眺めている。どうするかと思っていると、やおら「モッツアレパ、プリーズ!」と叫んだ。モッツアレパ? モッツアレラパスタ? 噛みしめるとほんのり甘くてジューシーなモッツァレラチーズときんきんに冷えたトマトと麺とバジルの香。しかしこんな所にそんなものあるはずない。モッツアレパ。モツァレバ。モツレバ。熱々のレバニラ炒め。横に白いご飯もついている。そこへ夫が紙皿を運んできた。卵の黄味のような色艶のねっとりした丸いものが乗っている。夫は黙ってモッツアレパを食べた。「どう?」「鹿せんべいに味が似てる」と夫は言った。横から一口噛んでみると、コーンブレッドを古い油で揚げたものみたいな味がした。モッツアレラチーズの味は全くしないが、ほんのり甘くはあった。

穴のなかにも風の吹く海月かな

2005年08月29日 | Weblog
コニーアイランドのビーチで風に吹かれてきた。たった一日きりの夫の夏休みだ。遊園地で遊んで帰るつもりで来たら、海はまだ暖かかった。娘たちはTシャツに短パンのまま波にころがされて遊んだ。これをやるとおへその中まで砂がぎっしり詰まるがおもしろい。FUJIフィルムの緑の飛行船が頭上に浮かんでいる。宣伝幕をひらひら引っぱって軽飛行機が目の前を行ったり来たりする。次に対岸のロングビーチの方へも飛んで行って、また行ったり来たりしている。メキシコ人の女がパラソルをかついで来て、涼しい日陰を一瞬作ってから「パラソルいらんかね」と聞く。隣のメキシコ人一家はパラソルの下に毛布を広げている。父親はバスタオルで包んだバドワイザーを飲んでいる。四人兄弟はTシャツを脱いでパンツ一枚で泳ぎ出す。赤ん坊を小脇に抱いた母親も海に入って行く。その隣では麦藁帽をかぶった中国人の父親がズボンの裾から白いすねを見せて、末娘の背中をつかんで波の上にぶら下げている。大喜びで波を蹴るおかっぱの女の子。メキシコ人の母親がビニール袋に何かを捕まえて戻ってくると、穴を掘って待っていた長女が興奮してスパニッシュで叫んだ。見物に来た金髪の姉妹もスパニッシュを喋る。穴の中は白いビニール袋が敷かれてプールになっている。捕まえたのは赤い筋の入った海月のこどもだった。これから海は海月だらけになるのだろう。横で中国人が熱心に海月を捕まえ始めた。

秋の水厠の裏になくしけり

2005年08月28日 | Weblog
長女がヘッドホンをつけてピアノを弾いていると、例のごとく黒猫が飛び乗った。電子ピアノのボタンのパネルのところに立って、鍵盤が音もなく動くのをしばらく見てから、鍵盤の上をゆっくり二歩斜めに歩いて飛び降りた。長女がヘッドホンを外して言った。「猫が作曲したよ。聞く?」長女が再生ボタンを押すと、B♭とFの二音が流れた。秋らしい曲だ。いかにも柔らかい音だ。揚琴の音にも似ている。長女はその曲の続きを作ることを思いついた。「いいアイデアでしょう? タイトルをBest Friendにするの!」私は感心した。「なぜBoyfriendにしないの?」と次女がまぜっかえした。不思議なのはここからで、二三日後の夕食の時、料理が来るのを待つ間、夫が勢い込んで話し出した。「今日次の曲のアイデアが浮かんだよ。Best Friendというタイトルで、今まで出会った……」

黒猫の和名は小梅薄かな

2005年08月27日 | Weblog
七十二丁目通りにハードウェアの店がある。間口は狭く奥行きの深い店だ。ちょうど去年の今ごろここに引越して来て、掃除機やらバケツやらを買った店だ。冬になって最初にキッチンにネズミの糞を見たときも私はこの店に駆け込んだ。「ネズミ取りを見せて」「二種類あるよ。翌朝、罠にくっついてチューチュー鳴いてるネズミをつまんで捨てるタイプか、あるいは一発で針がぐさっと刺さってネズミを殺すタイプか」にこりともせずに言ったのは、真に真っ黒なのっぽの黒人男だ。おしゃれなシャツを着て丸眼鏡をかけている。「どっちにする?」私はすごく迷ってから、こう聞いた。「Do You have a medicine for mice?」そこで黒人は初めてにやりとして、「それは獣医に行ってもらわなきゃだめだな。ところで、それは殺す前に飲ませる薬のこと? 殺してから飲ませる薬のこと?」と言って、自分で自分の言ったことにヒーヒー笑った。掃除をしていた中国人らしい男にもう一度話して聞かせてまた笑った。中国人は笑わずに宙を見つめて不可解な顔をしていた。そのときは結局、ネズミがくっついてチューチュー鳴くタイプのネズミ取りを買って帰ったのだが、幸運にも一匹もくっつかなかった。相変わらず糞は毎朝キッチンに残っていた。のら猫シェルターで黒猫をもらってきた翌朝から、劇的に糞は消えた。ハードウェアの黒人の名がB・Bだとわかるのはもっと後のこと。

秋風やセロを直しにゆくところ

2005年08月26日 | Weblog
長女のチェロにウルフがあるので、直してもらいに行った。電話番の女性はナンシーでもサリーでもなくデビッドの奥さんのダイアンだった。約束の二時に行くと、「デビッドがまだなの。チェロは置いて一時間後に来て」と言う。本屋に一時間いたらDVDを買ってしまった。子供は自分たちの小遣でスクラップブックを買った。三時になってもデビッドが来ないので、長女はダイアンの前でウルフを聞かせた。D弦のF#を弾くと、うをんうをんと鳴る。「弦が古いのね」ダイアンは喋りながら弦を張り替え始めた。「九ヶ月に一度は張り替えに来て」「どんないい楽器でもウルフを持ってることあるわ」「D弦がよく鳴る楽器はいい楽器」「弦を張り替えるとウルフは移動するから気をつけて」「まだウルフが気になるならいつでも持って来て。だけどレイバーデイの前後はお休みよ」「なんて素敵なスクラップブックでしょう」閑静な六十八丁目通りに面した地下室。開いた窓から陽射しとともに涼風が吹き込む。様々な靴を履いた足が目の前を通り過ぎる。レッグウォーマーをつけた棒のような足たちを見上げると、ひっつめ髪の生徒たちがレオタードのまま帰って行くのだった。タオルを口にくわえた一人が長女に手を振る。しゅっしゅっという弦の音と蜜蜂の唸りのようなダイアンの声。楽譜立てに置いた音楽雑誌の表紙にForeverの文字が見える。弦の代金を払って家に帰ると、夫が、「四本とも張り替えたの!? ぼく達は弦が切れるまでは張り替えないよ。でもまあ予備も必要だから。確かに少しはましになってるが、でもまだウルフはあるなあ」と溜息をついた。で、レシートを見たら弦四本で$127もするのであった。

窓飾る腕に日焼のあと赤く

2005年08月25日 | Weblog
夏休みもようやく終盤にさしかかったなあと思いながら、洗濯に行くため階段を下りて来たら、スーパーのJSPがゴミ袋の口をしばりながら歯を見せて笑って、「子供達はもうじき学校だね。もうじき、もうじき」と励ましてくれた。ヒスパニックの人々とはなぜか気心が通じ合うような気がする。特にメキシコ人は、愛媛県宇和島市以南高知県宿毛市以西の半島などに住む人々に顔も気質も似ているようだ。祖先がモンゴロイドという以上に共通のものを感じる。一階のデリに雇われているメキシコ人は、長い黒髪を頭の後ろにしばって、月水金とか決まった日だけ来て、手にプラスティックの手袋をはめて、近所のアパートのドアマンやスーパーや独身者や通勤者のためにツナやターキーのサンドウィッチを作りコーヒーを売っている。たとえば角のフルーツスタンドのインド人はここでランチとコーヒーを買いトイレを借りるのだ。この前、私がオイルを切らして買いに行くと、「あんたんとこは二人だろ。おれんとこは五人姉妹。一番上が十四。おれ早く結婚したからね。娘らは嫌がるけど、おれは帰って娘抱っこすんのが楽しみでさ。誰か一人いなくても、めちゃくちゃさみしい。娘が二人きりじゃ淋しくねえか?」とメキシコ人は言うのだ。一階の美容院にお勤めの金髪のお姉さんおばさんにこんな口をきいているのを見たことがない。きっと私の顔が彼のいとこにそっくりなのだ。だって彼の顔は、お祭で太鼓を叩いているサトおっちゃん(私の母の唯一の弟)にえくぼまでそっくりなのだ。彼の話を聞いて、子供のあまりのうるささに発狂しそうになっていたのがちょっとおさまった。

蛾の繭の十三ほども今朝の秋

2005年08月24日 | Weblog
時々夕立が降ったので、CHPさんの松葉牡丹は水をやらなくても赤、ピンク、黄、オレンジとたくさんの花をつけている。猫じゃらしも健在だ。前回ベビープールで遊んだとき、CHPさんの長椅子を借りて私は日陰で文庫本を読んだ。その長椅子に、「コクーンがついてる!」と子供が叫んだ。CHPさんの枯れかけのクリスマスツリー(ヒバ)の葉っぱを使ってその繭は作られているので、ところどころ枯れて、ところどころ緑色だ。長椅子をふたつ積み重ねた継ぎ目に繭がついているので、椅子を取ればポロリと外れてしまいそうだ。トゲトゲの小クリスマスツリーのような繭をじっと見ていると、いきなり私の視界が広がったような気がして、あっと驚いた。長椅子にさらに二個の繭、そして長椅子のまわりの手すりや壁の出っ張りにも十個くらい繭がついている。「コクーンだらけ!」と子供も同時に叫んだ。数えてみるとちょうど十三個。「コクーンが十三個!」と子供が叫ぶ。「可愛いね」と喉まで出かかっていたのが急きょ、「気持ち悪い」に変ってしまった。

迷ひ凧見て屋上に歌ひけり

2005年08月23日 | Weblog
タワーレコードでベートーベン楽譜全集を買って帰る途中、中国琴の生演奏を見た。そこは立ち食い蕎麦とバーガーキングが合体したような中華麺類店で、グラスを傾けながらライブを楽しむような場所ではないのだが、ともかく夕暮れの大通りに面したガラス扉の側で、中年婦人が機織りのような琴をがまの穂のようなばちでぽろぽろ叩いていた。ハープの音にも似ている。弦が二百本くらいありそうだ。星の夜か埴生の宿のような曲が終った。壜に1ドル入れて「何という楽器ですか?」と聞いてみた。すると隣のテーブルで水を飲んでいた日焼けした夫かマネージャーのような人が「チャイニーズハープ」と答えた。「中国語では?」と聞くと「ヤンチン」と教えてくれた。婦人が「日本の曲を弾いてあげましょうか」と、さくらさくらを弾き出した。最後に小さなノートに婦人のサインとヤンチンの漢字を書いてもらった。揚琴という楽器だった。お礼を言って店を出て、二三歩歩き出したとき「あれでバッハを弾いたらどんな音がするかな」と夫が言い出した。引き返してもう一ドル払ってリクエストしようかとも思ったが、なんとなくそのまま歩き続けて帰ってしまった。頭の中でその音を想像しながら。

町の灯や屋上に咲く猫じゃらし

2005年08月22日 | Weblog
夕べはあっけなかった。九時半、布団の上に置いた寝袋に三人で入って、私が大泥棒ホッツェンプロッツを読み始めると、まだおばあさんの歌うコーヒー挽きが盗まれたばかりで、三人とも寝てしまった。十一時まで起きると豪語していたのだが。
 昨日EKちゃんが夕方五時に来て、マウストラップゲームをして、ピザを食べ、ベランダでしゃぼん玉を吹いて、歌合戦をした。ハミングして、題名を当てるのだ。EKちゃんはスマップやキロロやちゅらさんの主題歌を歌った。キャンプで習った唄も歌って踊った。「母さんがよなべをして」「さっちゃんはね」など童謡もたくさん知っていた。うちの姉妹は日本の唄を知らない。長女は学校で習った「素晴らしき十三州」とかブリットニー・スピアーズを歌っていたが、そのうち悲愴ソナタを歌い出した。次女はショスタコヴィッチのチェロコンチェルト一番を歌った。姉妹でバッハのインベンションを二部に分かれて歌った。それで火がついて、みんなで蛙の歌とカッコウを喉が嗄れるまで輪唱した。トトロの唄を歌ってマーチしておひらきとした。
 今朝は暗いうちから起きて三人英語で喋りまくり、シリアルを食べ、お化粧を塗りたくったところに、セントラルパークを20キロ走ってきたお父さんがお迎えにいらした。