「自動車免許を取るぞ」と決めたワタシ・・・
まずは英語かフィリピン語でやってる日本の自動車教習所を探しました。
でもいろいろ調べると教習所で技能は終了できても、学科は日本語の試験
なのでそれは絶対むり、(英文による学科試験もある)が日常会話程度の
英会話力しかない私にはこちらもかなり難しく・・無理みたい・・。
東京の英語対応の一発試験スクールで学科だけを15万円ほど使って勉強して、
地元の免許センターで英文による仮免許試験を何回も受けて,
結果その難しさに完全にギブアップ・・・絶対ムリムリムリを悟ったのでした。
最初から英語対応の普通の自動車教習所に入ると結局30万円位失うことになる。
なぜなら日本のスクール教習は最終段階まで到達できても仮免許の学科試験や
最後の試験場の学科試験が合格にならないからです。
(英語も日本語もフィリピン語も中途半端な私ではダメなのでした。)
そこで仕方なくフィリピンに帰って免許取得してそれを「日本の免許に
切り替える」いわゆる「外免切り替え試験」にチャレンジすることに
決めたのでした。
※外免切り替えにもごく簡単な交通ルールの試験が10問程ありますが
タガログや英語でも受けられるので問題無く合格できます。
---ここからはフィリピンでのことですーーー
<フィリピンの運転免許はマニラのLTO(陸運局)に行って申し込みます>
私がフィリピンに帰るとすぐにそこの関係者という男がやってきて
「すべてやってあげるから?万ペソでまかせなさい」とか言ってきます。
自分でやるのはいろいろ書類なども難しそうなので「ではお願いします」と
簡単に申し込む私・・。
翌日LTOで男の案内に従って運動・視力などの検査とスゴイ簡単な
学科試験を受け簡単に合格。
数日後に免許証発行となり、・・・ハズバンドに喜びの電話・・・
しかし喜んでくれると思ったハズバンドからはお叱りの言葉・・
「たとえその免許が本物のフィリピン免許でも日本人のだれが信じるか?」
「3日でとった免許を日本の試験官が本物と思うか?」
「もし本物でもそんな免許を日本の試験官が認めるか?」
・・・オロオロぽろぽろ涙が出てきたのでした・・。
その後何日かかかってようやくその免許をキャンセル(お金は戻ってこない)・・
※日本の試験場ではパスポートの日付を確認するのでフィリピンに帰国して
わずか3日後取得の免許では(日本で)受け付けてもらえない?と思ったからです。
翌日からフィリピンでは数少ないドライブスクールに入って1か月練習、
しっかり自信がついてから再度LTOで免許申請となりました。
LTOでは最初と同じことして簡単に合格・・数日後に再度の免許取得でした。
※フィリピン入国後、40日過ぎた日付の免許証なのでまずは安心です。
あとはその「日付から3か月滞在を」クリアーしてから日本帰ります。
※日本で使える国際免許は最大限利用できるように帰国数週間前に取得しました。
今回の私は合計4か月ちょっとのフィリピン滞在となりその間に日本の仕事も
退職させられ・・フィリピンでは毎日誰かに集られて日本で暮らす以上の出費・・
「ワタシお金ない」なって帰ってきたのでした。
日本に帰国後はフィリピン人ネットワークを使って急いで職を見つけると、
外国免許切り替えの技能講習をやってるとこをネットで見つけ2時間トレーニング・・
要領を覚えたら翌週はこれまたネットで見つけた技能テキストを参考に
近くの貸コースへマイカーを持ち込んで自信がつくまでの猛特訓をしたのでした。
・・テキストのとおりに出来るようになったのでいよいよ運転免許センターへ・・
しかしその後の7か月にわたる「切り替え技能試験」は緊張に負けて失敗の連続・・
苦難と涙と悔しさで、クレイジーとなるのでした。
ーーーここからは「外国免許切り替え試験」の顛末ですーーー
<切り替え試験>
1回目・レッドリボンという大統領府発行の証明書が不足で申請ダメ
再び1回目・
数週間後再申請、今度はOK、いろいろ検査試験も合格ですべてOKです。
そのあとは初めての実技試験となりましたがコースを覚えられずコースミス・・・
半分も走らないうちに失格でした。
2回目・
今度はコースも覚えて最後まで走れましたが、いろいろ減点で不合格。
3回目・
停止位置が手前過ぎてダメ×。
4回目・
クランクで脱輪で失格×。
5回目・
直線で50キロ以上のスピードが出せずにダメ。
6回目・
交差点右折の時徐行せずに×
7・8・9・10回目
なんだかわからないけどダメ・・うまくいったときもあるけど結果はダメ・・
なにがダメだか分からない・・・
それでも試験中の試験官の採点用紙にチェックする手の動きで
どこで減点されたか見えるようになってきます。
※10回ダメだったらあきらめようと最初は思っていたのですが、
20回以上来てる人もたくさんいたのでワタシもあきらめない勇気もらいました
11・12・13・14・15回・・・
だんだん減点箇所が少なくなってきました(試験管の手があまり動かない)。
そしてそのあと(20回になる前に)何とか合格したのでした。
ーーー下の3点は最後まで気づかずに減点され続けた箇所の発表ですーーー
1・カーブ手前ですごいおもいっきりの減速をしていなかった。
カーブやクランク・S字に入るときはその直前までに遅すぎるくらいのスピードまで減速して、
その後で足をブレーキペダルからアクセルペダルに移し、その後ハンドルを回し始めます。
カーブやクランク・S字を通過中は(足は)アクセルペダルの上に置き、
2度とブレーキペダルに行かないようにします。
※カーブやS字・クランクへは信じられない程の遅い速度で入る。
カーブやS字・クランクに入ったらアクセルペダルに足を置いて通過する。
2・左折の時左ギリギリを回らずに少し膨らんで曲がった。
左折も右折も反対側に膨らんで曲がるのはダメとのことです。
3・キープレフト(左端に寄って走行)が徹底していなかった。
通常直線コースは左のラインから1メートル以内を走り、左折の時はさらに狭くして
交差点に近づいていきます。
左側に自転車とかを入り込ませないようにするということのようです。
ーーー日本の外国免許切り替え試験合格への近道ーーー
1・ネットに有るテキストを検索して参考にする
2・外免切り替え技能講習を何度も受けて基本をマスターする
※試験官はうまいドライバーを合格するのではなく、変人なくらい基本にこだわります。
だからフィリピンで普通にドライブマスターしたら合格できません・・・
変人なくらい基本に忠実な日本の走りをマスターしなければダメなのでした。
まずは英語かフィリピン語でやってる日本の自動車教習所を探しました。
でもいろいろ調べると教習所で技能は終了できても、学科は日本語の試験
なのでそれは絶対むり、(英文による学科試験もある)が日常会話程度の
英会話力しかない私にはこちらもかなり難しく・・無理みたい・・。
東京の英語対応の一発試験スクールで学科だけを15万円ほど使って勉強して、
地元の免許センターで英文による仮免許試験を何回も受けて,
結果その難しさに完全にギブアップ・・・絶対ムリムリムリを悟ったのでした。
最初から英語対応の普通の自動車教習所に入ると結局30万円位失うことになる。
なぜなら日本のスクール教習は最終段階まで到達できても仮免許の学科試験や
最後の試験場の学科試験が合格にならないからです。
(英語も日本語もフィリピン語も中途半端な私ではダメなのでした。)
そこで仕方なくフィリピンに帰って免許取得してそれを「日本の免許に
切り替える」いわゆる「外免切り替え試験」にチャレンジすることに
決めたのでした。
※外免切り替えにもごく簡単な交通ルールの試験が10問程ありますが
タガログや英語でも受けられるので問題無く合格できます。
---ここからはフィリピンでのことですーーー
<フィリピンの運転免許はマニラのLTO(陸運局)に行って申し込みます>
私がフィリピンに帰るとすぐにそこの関係者という男がやってきて
「すべてやってあげるから?万ペソでまかせなさい」とか言ってきます。
自分でやるのはいろいろ書類なども難しそうなので「ではお願いします」と
簡単に申し込む私・・。
翌日LTOで男の案内に従って運動・視力などの検査とスゴイ簡単な
学科試験を受け簡単に合格。
数日後に免許証発行となり、・・・ハズバンドに喜びの電話・・・
しかし喜んでくれると思ったハズバンドからはお叱りの言葉・・
「たとえその免許が本物のフィリピン免許でも日本人のだれが信じるか?」
「3日でとった免許を日本の試験官が本物と思うか?」
「もし本物でもそんな免許を日本の試験官が認めるか?」
・・・オロオロぽろぽろ涙が出てきたのでした・・。
その後何日かかかってようやくその免許をキャンセル(お金は戻ってこない)・・
※日本の試験場ではパスポートの日付を確認するのでフィリピンに帰国して
わずか3日後取得の免許では(日本で)受け付けてもらえない?と思ったからです。
翌日からフィリピンでは数少ないドライブスクールに入って1か月練習、
しっかり自信がついてから再度LTOで免許申請となりました。
LTOでは最初と同じことして簡単に合格・・数日後に再度の免許取得でした。
※フィリピン入国後、40日過ぎた日付の免許証なのでまずは安心です。
あとはその「日付から3か月滞在を」クリアーしてから日本帰ります。
※日本で使える国際免許は最大限利用できるように帰国数週間前に取得しました。
今回の私は合計4か月ちょっとのフィリピン滞在となりその間に日本の仕事も
退職させられ・・フィリピンでは毎日誰かに集られて日本で暮らす以上の出費・・
「ワタシお金ない」なって帰ってきたのでした。
日本に帰国後はフィリピン人ネットワークを使って急いで職を見つけると、
外国免許切り替えの技能講習をやってるとこをネットで見つけ2時間トレーニング・・
要領を覚えたら翌週はこれまたネットで見つけた技能テキストを参考に
近くの貸コースへマイカーを持ち込んで自信がつくまでの猛特訓をしたのでした。
・・テキストのとおりに出来るようになったのでいよいよ運転免許センターへ・・
しかしその後の7か月にわたる「切り替え技能試験」は緊張に負けて失敗の連続・・
苦難と涙と悔しさで、クレイジーとなるのでした。
ーーーここからは「外国免許切り替え試験」の顛末ですーーー
<切り替え試験>
1回目・レッドリボンという大統領府発行の証明書が不足で申請ダメ
再び1回目・
数週間後再申請、今度はOK、いろいろ検査試験も合格ですべてOKです。
そのあとは初めての実技試験となりましたがコースを覚えられずコースミス・・・
半分も走らないうちに失格でした。
2回目・
今度はコースも覚えて最後まで走れましたが、いろいろ減点で不合格。
3回目・
停止位置が手前過ぎてダメ×。
4回目・
クランクで脱輪で失格×。
5回目・
直線で50キロ以上のスピードが出せずにダメ。
6回目・
交差点右折の時徐行せずに×
7・8・9・10回目
なんだかわからないけどダメ・・うまくいったときもあるけど結果はダメ・・
なにがダメだか分からない・・・
それでも試験中の試験官の採点用紙にチェックする手の動きで
どこで減点されたか見えるようになってきます。
※10回ダメだったらあきらめようと最初は思っていたのですが、
20回以上来てる人もたくさんいたのでワタシもあきらめない勇気もらいました
11・12・13・14・15回・・・
だんだん減点箇所が少なくなってきました(試験管の手があまり動かない)。
そしてそのあと(20回になる前に)何とか合格したのでした。
ーーー下の3点は最後まで気づかずに減点され続けた箇所の発表ですーーー
1・カーブ手前ですごいおもいっきりの減速をしていなかった。
カーブやクランク・S字に入るときはその直前までに遅すぎるくらいのスピードまで減速して、
その後で足をブレーキペダルからアクセルペダルに移し、その後ハンドルを回し始めます。
カーブやクランク・S字を通過中は(足は)アクセルペダルの上に置き、
2度とブレーキペダルに行かないようにします。
※カーブやS字・クランクへは信じられない程の遅い速度で入る。
カーブやS字・クランクに入ったらアクセルペダルに足を置いて通過する。
2・左折の時左ギリギリを回らずに少し膨らんで曲がった。
左折も右折も反対側に膨らんで曲がるのはダメとのことです。
3・キープレフト(左端に寄って走行)が徹底していなかった。
通常直線コースは左のラインから1メートル以内を走り、左折の時はさらに狭くして
交差点に近づいていきます。
左側に自転車とかを入り込ませないようにするということのようです。
ーーー日本の外国免許切り替え試験合格への近道ーーー
1・ネットに有るテキストを検索して参考にする
2・外免切り替え技能講習を何度も受けて基本をマスターする
※試験官はうまいドライバーを合格するのではなく、変人なくらい基本にこだわります。
だからフィリピンで普通にドライブマスターしたら合格できません・・・
変人なくらい基本に忠実な日本の走りをマスターしなければダメなのでした。
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