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ペンネーム牧村蘇芳のブログ

小説やゲームプレイ記録などを投稿します。

禁断の果実 第9話

2025-01-21 21:13:16 | 小説「魔術ファミリーシリーズ」ウェストブルッグ1<禁断の果実>完

 吟遊詩人のルクターは、
 貿易地区の一角にある荷馬車用の馬小屋内にいた。
 30~40頭ほどの馬を収納出来るスペースは、
 今が昼間で馬が皆仕事に出ているのか、
 子馬すら見えない。
 連れ去ったイヴには、あの後さらに
 “闇夜の羊”という呪歌を聴かせており、
 完全に熟睡状態にしている。
 ちょっとやそっと抓った程度では、まず起きまい。
 そのイヴを、見つからないように藁で覆い隠した。
「さて、アガンに連絡するかな。」
 よっこいしょと腰を上げながらの台詞に、
「連絡する必要はねぇよ。」
 と、一人の男の声が応じていた。
「オヤー?
 ビルかい?」
 殺意に満ちた声を受けてもなんのその。
 茫洋たる表情に、一人の名が挙がった。
「ビル様が、わざわざ出向くと思ってか。
 てめえの相手なんざ、
 俺一人で充分すぎて釣りがくるんだよ。」
 現れた男は、
 やけに自身たっぷりの台詞を口にしていた。
 が、馬小屋自体が暗いのか、
 人は暗い人影のようにしか見えない。
「てめえはここで死ぬんだ。」
 荒々しい声に向けて、
 ルクターが人影に勢いよく魔弦を放った。
 触れれば岩をも断つ魔弦を、
 馬小屋全体に這わせる。
「どこにいても体が真っ二つになるけど、
 どうします?」
「やってみな。
 次の瞬間、てめえの体がバラバラになるぜ。」
 ルクターは、その声の終わった次の瞬間、
 敵の期待通りの行動に出た。
 しかし、分断されるのは藁ばかりで、
 神出鬼没の敵を切り刻んだ手応えがない。
「それだけか?
 馬小屋ごと分断するぐらい出来ねえのかよ。」
 ルクターは、ようやく声の主を思い出し、
 魔弦を他の弦に変えようとした。
 だが、
「ガッ!?」
 と、声を上げ、その場に崩れ落ちてしまった。
「遅かった・・・ですか・・・。」
 その声を最後に、ルクターは
 微塵に刻まれた藁の上に伏してしまった。
「ケッ、イヴを連れ去るのに
 いちいち手間取らせやがって。」
 声の主は、やはり漆黒の人影そのものであった。
 真横から見れば、その本体を見極める事が
 不可能なほどのペラペラさだ。
 こいつの体は、
 限りなく二次元平面に近い体であった。
 その影の腕が槍状に変型した。
「死にな。」
 だが、簡単に止めは刺せなかった。
 ルクターの変えようとしていた別の弦が、
 急速にルクターの体を包みはじめたのだ。
 それは、みるみるうちに巨大な繭を形成し、
 主を完全に囲ったのである。
 影の槍は、この物体を刺し通すことは出来なかった。
「チクショウめ。」
 ペラペラな男は、その繭を外そうと手を触れたが、
「痛っ。」
 なんと、驚くべきことに影の手が切れたのだ。
 新たな魔弦の切れ味に、
 ここは引くしかなかった。
「チッ、いつか決着はつけてやる。
 覚えとけよ。」
 魔弦の繭に包まれている相手に聞こえたかどうか。
 影な男は、隠されたイヴを容易く見つけるや、
 イヴの影の中に入っていった。
 次の瞬間、イヴがムクリと起き上がる。
「女の口調を俺にやらせるなんて間違ってんだよ。
 でも、こんな真似ができんのは俺しかいねえしなあ。
 ・・・仕方ねえか。」
 女の、イヴの声で嘆くや、
 コイツはイヴの体を乗っ取って馬小屋を出、
 外へ歩き出していった。
 ルクターの繭を荷馬車の者が見つけたのは、
 昼過ぎになってからだった。

「御苦労だったな。」
 重く響き渡る男の声が、暗い部屋で聞こえた。
 その男の座っている椅子の豪華さから、
 瞬時にここの主であると確認出来るだろう。
「いやー、暗い馬小屋の中にいたから楽だったよ。
 でなきゃ、ルクターの魔弦に切り刻まれて
 さようならだったぜ。」
 主に対しても、この口調は直らないらしい。
 しかし、体はごく普通の男のものだ。
 身長は極端に低いが。
 先程のペラペラは何だったのか?
「イヴは?」
「とりあえず誰も使ってねぇ個室に入れてらあ。
 ルクターの呪歌でも聴かされてたのか
 当分起きねえぜ、ありゃ。
 盗んできた種のありかを聞き出すのは、
 まだ無理だ。」
「味方でありながら、
 次なる計画には反対か・・・。
 まぁ、とりあえずはそれでいい。
 あれはまだ使える。」
「使えなくなりゃあ、用無しかい?」
 椅子に座っていた男はニタリと笑った。
「まだまだ使えると、
 しっかり自分をアピールすることだ。」
「妹と弟はどうした?」
「彼等には別の任務がある。
 あの種を用いて例の薬を作る為の、
 原料調達がな。」
「・・・本気でやるつもりなのか?」
 図々しい男の声色が強張った。
 一種の恐怖心が露になったかのようだ。
 麻薬以外に、
 まだ何か新たな薬品を作るつもりなのか。
「もちろんだ。
 案ずるな、被験者は
 麻薬フォルターを服用している俺がやる。」
「大した自信だな。」
「錬金術の家系では名家とまで言われた
 カーター家の跡取りがやるんだ。
 問題はない。
 ただ、その合成する為の品は、
 4つのうち2つまでが揃っている。
 残り2つのうちの1つである高山植物は、
 数が希少なものでな。
 一人で探し出すのは困難だと思ったわけだ。」
 影男は、ニヤリとした。
「俺一人にイヴを連れてくる役目を与えたのは
 困難じゃねえってか。」
「出来なかったら・・・。」
「出来なかったら?」
「リストラされてるところだったということだ。」
 この世界にも、
 リストラ等という言語は存在するらしい。
「で、リストラを免れる為に、
 次に俺がやることは何だ?」
「イヴは、ここの盗賊ギルドの脱会を望み、
 私の配下になろうとしている。
 盗賊ギルドから目の上の瘤に見られたイヴを、
 このままにしておくのはあまりにも危険だ。
 イヴだけでなく、延いては私たち自体がな。」
「俺に、この王国にある
 盗賊ギルドを叩きのめせってか。」
 義賊な行動っぽいところが、
 この影男には気に入らないらしい。
 そんなことでもしたら、
 間違いなく王宮護衛団から
 最高の表彰を受けるだろう。
 だが、目前の男の命令は違っていた。
「いいや。
 お前の力で盗賊ギルド全体を乗っ取れ。
 麻薬フォルターの流通経路を確保するにも、
 その方が都合がいい。」
 盗賊ギルドをたった一人で占領しろという、
 大胆不敵な、実行不可能に近い命令に、
 影男は妖しく笑った。
「そいつぁ面白れえ。
 さすがビル様は考えることが違うぜ。」
 一人でやるということに対して、
 少しの不満もないようだった。
 ビルは、その様を見て取ったのか、
「一人でいいのか?」
 と、問うてきた。
「邪魔なんだよ。
 他の奴が周りにいるってなあ。」
 ビルは、やれやれとでも言いたげに
 一言吐いた。
「だから、お前はどんな時でも
 一人で行動させている。
 リストラしないように気をつけることだな、
 魔影のギラン。」
 その声に、ギランはビルに背を向けた。
「トイレ掃除以外なら我慢してやらあ。」
 相変わらずな口調で、
 ギランは部屋を去っていった。
 それを見届けたビルが、
 ゆっくりと立ち上がる。
「ルクターに倒されなかったのは
 僥倖だったな、ギラン。」
 ビルは、ギランの手が負傷していたことを
 見抜いていた。
 問題なのは、ルクターが来たということは、
 他の2人も・・・
 おそらくはフォルター男爵自身も来ただろう。
 フォルターは俺が殺す。
 アガンはギランが殺す。
 テリスはスーレンが殺す。
 ルクターはベリスが殺す。
 これで充分だな。
 フォルター男爵の元側近であるビルは、
 誰に誰を殺させるか計画を立てていた。
 出来なかった者は、
 やっぱりリストラなんだろうか?

 ケイトは、テリスと共に
 マウンテン・ドームへと来ていた。
 ここは、巨大な植物園なのである。
 一千種を超えると言われるほどの
 膨大な量を管理しているだけあって、
 広大な敷地を陣取っていた。
 そのうちの一区画には、
 魔法で気温・湿度制御された
 高山植物専用の場所も設置されている。
 あまり人の入らないその区域へ、
 二人は向かっていた。
 でも、テリスは見つからなかったっていってた。
 一応、もう一度探そうと思ってきたけど、
 やっぱり無かったらどうしよう・・・。
「ここで無かったら、あてはあるんですか。」
 一番聞かれたくない質問をテリスにされ、
 ケイトはギクリとした。
「うーん、無い訳じゃないんだけど・・・。」
「あるという保証もないんですね。」
 残念そうなテリスの声に、
 ケイトは軽く肩をたたく。
「大丈夫、絶対に見つけてみせるから。」
 ケイトの強気な口調に、
 テリスが笑みを見せた。
「ケイトさん、有難う。」
「あなたから受けた仕事だもの
 ・・・って、そうだ。
 一つ気になっていたんだけど。」
「何ですか?」
「純白の花フラウスを見つけたとして、
 それをどうするの?」
「それは・・・。」
「言う必要はなくてよ。」
 ケイトとは違った、
 別の女性の声がテリスの台詞を遮っていた。
「スーレン、久しぶりね。」
 テリスは、声の主を容易く見抜いた。
 その者の、なんと長身なことか。
 先程出会ったアガンよりもあろうかと思われる身長は、
 長い脚線美を一種の芸術品と思わせる程に美しかった。
 ブルーの瞳と、腰まで伸びた長い金髪を有した女性は、
 冷ややかにこちらを見つめて殺意を露にしている。
 右手に持っているのは、男でも両手で持てるだろうかと
 悩ませる巨大な槍だ。
 あんな槍を片手で持つなんて!
「あなたの仲間?」
「昔は仲間でした。」
 テリスは、ケイトの疑問に受け答えながら、
 懐から2本の短刀を取り出した。
 何らかの呪紋処理を施した、
 クリス・ナイフと呼ばれる武器だ。
「ケイトさん、下がっていてください。」
「あの人、誰なの?」
「ビルの配下の一人、氷魔のスーレンです。
 今では我々の敵です。」
 我々の敵と聞いた時点で、
 ケイトがテリスの前に出た。
 腰に帯剣していた
 細身の剣レイピアをスラリと抜く。
「依頼人を危険な目に合わせる訳にはいかないわ。
 ここは私にまかせて。」
 反論しようとしたテリスだったが、
 ケイトの強い瞳に気圧され、
 ここは静かに下がるしかなかった。
 ケイトがスーレンと対峙する。
「あなたに用は無いわ。
 テリスを殺す邪魔をしないでくれる?」
 ケイトは、レイピアの剣先をスーレンへ向けた。
「私もあなたとは無縁なんだけど、
 彼女は私のお客様なの。
 お客様の安全を確保するのは、
 当然の義務だと思わない?」
 スーレンは、巨大な槍を両手で構えた。
「後悔するわよ。」
 死の国から訪れたような声色の台詞を皮切りに、
 ケイトが迷うことなく突進した。
 だが、
 ギィイイン
 と、ケイトの剣先が、
 目に見えない何かに弾かれた。
 ケイトとスーレンの間に、
 もう一人別の存在を認めた。
「姉さん。
 ここは俺にまかせて、姉さんはテリスを狙いな。
 二対二なら文句はないだろう。」
 突如現れた、ケイトよりも短身な身長の小男に
 テリスがハッとした。
「魔弾のベリス・・・!」
 一瞬、恐怖の相を見せたテリスだった。
 しかし、それに気付かぬケイトは、
 突然の新たな敵の遭遇に少しも臆することなく、
 眼前の敵を見据えた。
「久々に暴れるわよ。」
 ケイトの台詞は、この植物園の主が聞いたら
 即倒しかねないものであるのに、
 遠慮の念は欠片も無かった。
 スーレンは、ベリスとケイトの場を避け、
 テリスの元へと歩み寄った。
「テリス、ごめんね。」
 ケイトの謝る声にテリスは、
「気を付けて下さい。
 その者の力、侮れません。」
 優し気な声で忠告した。
 が、どこまでこの思いが通じたか。
「5分でカタをつけるわ。
 ちょっとだけ踏ん張っててね。」
 毎度の強きの発言は、
 テリスの心配など全くどこ吹く風であった。

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禁断の果実 第8話

2025-01-20 20:33:43 | 小説「魔術ファミリーシリーズ」ウェストブルッグ1<禁断の果実>完

「いいんだよ・・・ね?」
 今日はまだ始まったばかりだが、
 こんな事があるのだろうかと、
 朝から苦悩する日も珍しい。
 壊してもいいとは確かに言ったが、
 普通、こうも呆気なく壊れるものだろうか。
 ケイトは、ホット・コーヒーの入ったカップと
 バター・トーストを手にしたまま膠着していたが、
 目の前で起こった現実をやむなく認めるや、
「それ・・・いい?」
 と、ギルの手にしている潰れた種を受け取った。
 種をマジマジと見つめるケイト。
 そこにある思いはひとつ。
 この種は、ひょっとしたら外観だけが壊れていて、
 中身は無事なのではないだろうか。と。
 しかし、その思いはものの見事に打ち消された。
「う~ん、やっぱり潰れてる・・・なんで?」
「本当に壊してくれって依頼だったのかい。」
「うん・・・そうなんだけど・・・。」
 そう、破壊の依頼であった以上、
 これは実に都合のいい展開な筈である。
 だが、やはり腑に落ちないのも事実である。
 指で潰して終いになるような事なら、
 わざわざ依頼してくる訳がない。
「じゃ、何かあったら呼んでくれや。」
「あ、う、うん。ありがと・・・。」
 半ば申し訳なさそうな表情でギルが部屋から出た後、
 ケイトはトーストを食べながら考え込んでいた。
 ふと、先程路上で出会った美女のことが頭に浮かんだ。
 テリス・ミリエーヌ・・・、ミリエーヌ?
 そして、何か思い付いたように、
「まさか・・・。」
 と、つぶやくと、潰れた種をハンカチで包んで
 丁寧に袋へとしまった。
 もちろん、箱の方も忘れてはいない。
 そして、急いでトーストを平らげるや、
 個室を出てギルに料金を支払う。
 半ば慌てているケイトの様子に、
「何か思い付いたのかい?」
 と声をかけた。
「うん。
 まだ、予想にすぎないけど・・・ね。」
「ま、頑張れや。
 俺で出来る事なら遠慮なく言ってくれ。」
 その声に、ケイトが軽く笑みを見せた。
「ありがと。
 じゃ、ごちそうさま。」
 その声を背に、
 ケイトは酒場を出ると自宅へと急いだ。
 長い黒髪を美しく揺らしながら。
 美しさを際立たせる初秋の街の光景は、
 ここでもう一人の美女の存在も惜し気なく見せていた。
「さて、任務遂行といきましょう。
 ・・・でも、ケイトさんを敵にしたくないなぁ。」
 ケイトを追ったその足取りは、
 音もなく気配すら感じさせない幻影そのものであった。

 冒険者は、酒場を頻繁に通うのが通例である。
 その根本的な理由には、
 以下のような内容がある故に、だ。
 まず一つに、情報の収集が可能であるという事だ。
 酒場には、商人、騎士、吟遊詩人などと、
 職業を問わずに人が激しく出入りする。
 それ故に仕事を探す事も容易くなろう。
 第二に、食事が格安であるという事だ。
 もちろん、上限の値段を見れば
 目をふせたくなる料理等はあるが、
 ビギナーな冒険者を対象としたような
 低料金メニューもある。
 懐が寂しくても、野宿はともかく
 食事ができるのは実に嬉しい。
 そして第三に、
 酒場は兼宿屋も営んでいるという事だ。
 宿泊料金は、部屋の善し悪しによって
 値段も全く違う。
 明日にも潰れそうな簡易寝台を設けた部屋等は、
 それこそ最低料金レベルの部屋と言えよう。
 ところが中には、新品同様のベッドに
 テーブルとソファーを設け、
 ルーム・サービスとしてボトルもついてくる様な
 最高クラスの部屋もある。
 もちろん料金は目の出る価格で、
 一介の冒険者等が好んで泊ることはない。
 さて、この男は冒険者なのだろうか?

「あんた一人だけかい?」
 ケイトの去った、少し後の出来事である。
 連れのいない騎士とは珍しいものだと、
 キルジョイズの酒場兼宿屋のマスターであるギルは、
 その男をしげしげと見つめた。
 身長は170を楽に越えた長身ぶりで体格もいい。
 漆黒の鎧を身にまとい、大きめの、
 これまた漆黒のサーベルを帯剣したその様は、
 魔界から訪れた暗黒騎士そのものに思えた。
「ああ、もし後にルクターという男が来たら、
 その者は私と同室にしておいてくれ。
 おそらく来ないとは思うが。」
 余程仲の悪いパーティなのだろうかと
 ギルは改めて見つめ直した。
 口調は、台詞の割に刺の感じない
 紳士的な雰囲気がある落ち着いたものだ。
 とても仲違えするようには思えないのだが。
 人間関係とはどこの世も難しいものかと、
 ギルは『ふむ』と口に出さずに
 感情を胸のうちにしまう。
「分かりました。
 じゃ、二名用の部屋でよろしいですね?」
「ああ、有難う。」
「では、こちらの台帳にサインを。」
 ギルは台帳と羽根ペンを差し出した。
 男は、アガン・ローダーと名を記入すると、
 一つ問うてきた。
「魔法街へ行くにはどう行けばいい?」
 声は、あくまでも紳士的であった。

 ケイトの自宅への足取りを追う者の存在は、
 ケイト自身には分からなかった。
 しかし、
「あれぇ、お姉ちゃん
 変な人に後つけられちゃってるなぁ。」
 と、目に見えない場所にいながら、
 その存在を把握している者もいた。
 魔術探偵の玄関から入ると、
 小さな靴とケイトと同じくらいの
 大きさの靴が一足ずつあるのに気付いた。
 小さい靴の方は、おそらくドールのものだろう。
 一緒の靴はキャサリンかな?
 それでも、応接室の扉を開けて目に映るのは、
 従順な美少女一人のみであった。
「おかえりなさいませ。」
 ドールは、大きめの篭を手にして立っていた。
 篭には長いパンや色彩豊かな果物が
 いっぱいになって入っている。
「買い物に行ってたの?」
「はい。
 今日の昼食と夕食の下準備です。
 あと、偶然でしたが、
 ルクターと名乗る箱の中身を狙っている方と
 お会いしてきました。」
「あたしもテリス・ミリエーヌっていう女性と
 会ってきたわ。
 全部で何人いるのかしら?」
 ケイトがソファーに座った後、
 ドールが向いのソファーに座る。
 ドールは、篭を応接のテーブルに置き、
 普段以上の真剣な眼差しでケイトを見つめた。
「ルクターという名は、以前噂に聞いた事があります。
 “死の響のルクター”という異名を持つ実力者で、
 暗殺を稼業にしていると。
 一方のテリスは、シャンテ=ムーン大陸一の
 幻術師と名高いエミル・ミリエーヌの一人娘。
 彼女の死後、その術はテリスが受け継いだ筈です。」
「二人ともかなりの実力者ね。
 あたしも、ミリエーヌって聞いて、
 まさかと思ったんだけど、やっぱりそうか・・・。」
「やっぱり、とは?」
 ドールの声に応えるように、
 ケイトは一つの潰れた種を見せた。
「・・・幻の殻ですね。
 潰れたように見せかけている訳ですか。」
 人形娘の目は、普通の人間とは
 かけはなれた超視力を有していた。
「さすがはドールね。
 一発で見破るなんて。」
「ありがとうございます。
 では、当面の課題はこの幻の殻を解く事ですね。」
 ドールは、アリサと組んで依頼人を連れ去らわせた
 事実を隠し通すつもりらしい。
 そして、種を滅する薬品を作る為の、
 3つの品の事も。
「そうね。」
 ケイトは、種を再びしまうや、
 また玄関へと足を運んだ。
「どちらへ?」
「もう一度王宮魔法陣の塔に行ってくるわ。
 とりあえず、この幻を解いてくる。
 この幻を解くことが出来るのは、
 王宮魔法陣の幻術師イリスしかいないと思うの。」
 これではやくも今回3度目の訪問である。
 ケイトにしてみれば、
 明日は足腰が痛いなと嘆きかねない。
 しかし、今回は簡単に外出は許してくれなかった。
 コンコン
 ドアをノックする音が聞こえた。
 ケイトが覗き窓を覗く。
 そこに立っていたのは、
 先ほど路上で出会ったテリスであった。
「堂々とやってきたの?」
 その声にテリスは、
「一時、休戦します。
 悩んだんですけど、
 やっぱりあなたを敵にまわしたくないし。
 別の用件なら聞いてくれると思って。」
 と、可愛らしく愛眼した。
 幻の殻を種に施した張本人の台詞とは、
 とても思えない。
 ケイトは、後ろにいるドールに、
『何かあったら、サポート宜しく』
 と、念話し、
『了解しました』
 と、返事を念話で受け取った。
 ケイトは、ゆっくりとドアを開けた。
「すみません。
 わがままを聞いてくれて。」
 ケイトもまた、
 やっぱり敵にしたくないと思っていた。
 こんな素敵な人、敵にしたくないよなー。
 ケイトは、テリスを魔術探偵の応接室へと入れ、
 ドールに紅茶を入れてもらうようにした。
「あ、おかまいなく。」
「そんな遠慮しないでよ。
 それより、別のお願いって何?」
 テリスは、真剣な眼差しでケイトを見つめた。
「高山植物を探しているんです。」
「高山植物?」
「はい。
 真紅の花ブレッグと対をなして生えると
 言われている純白の花フラウスです。」
 二人が話していると、
 ドールがキッチンから紅茶を入れてやってきた。
「どうぞ。」
「あ、有難う。」
 ドールが盆に持ってきた紅茶は、4人分あった。
 あたしとテリスとドールと・・・え?
「残る一つのカップは誰のなの?」
「キッチンの窓から見えたのですが・・・。」
 コンコン
 ドアのノック音がまた鳴った。
 あ、そういうことなのね。
 今度はドールが覗き窓を覗いた。
「どちら様でしょうか?」
「フォルター財団に勤める者で、
 アガン・ローダーという。
 魔術探偵に仕事の依頼があって参上した。」
「今日はまた、えらく千客万来ね。」
 と、ケイトが語っているところに、
「アガン!?
 もう来たの?」
 と、テリスが驚きの声を上げた。
 そうか、そう言えばテリスも
 フォルター男爵のって言ってたっけ。
「では、ケイト様。入室させます。」
 ケイトは、ドールの不敵な行動に思わず、
「ええっ!?」
 と声を上げていた。
 相手は一応敵である。
 ドールは、不意に襲撃されることを
 想定していないのだろうか。
 ケイトは念話する事すら忘れ、ドールに、
「いいの?」
 と言った。
「お客様は丁重に迎えるのが礼儀です。
 それに・・・。」
「それに?」
「このままでは、
 4つ目の紅茶が無駄になってしまいます。」
 ケイトとドールの、この奇妙なやりとりに、
 テリスが必死で笑いを堪えていた。
 ドールの応答が生真面目なだけに、
 妙なくらいおかしい。
 ケイトは、少し考え込み、
「いいわ、入れて。」
 と、ドールの客に対する礼儀とやらに同意した。
 少々不本意だけど仕方ない・・・のかしら?
 ドールが、躊躇いなくドアを開ける。
「どうぞ、お入り下さい。」
「有難う。」
 アガンが、玄関にて
 腰に帯剣していた剣を鞘ごと手に取るや、
「預かってくれ。」
 と、ドールに手渡した。
 どうやら、本当に敵対する気は無いようで、
 純粋に仕事の依頼にきただけらしい。
 ・・・って、ちょっと待って。
 それって、いっぺんに3つも仕事をするのぉー!?
 ケイトの思いなどどこ吹く風。
 漆黒の鎧を身にまとったアガンは、
 ケイトの向い側の、
 テリスの座っているソファーへと腰を下ろした。
「失礼する。
 突然の訪問、申し訳ない。」
 ケイトは、この震度5の地震が来ても
 ビクともしないような落ち着き払った声に、
 抵抗の色を陰も形も無くすや正直に語る事にした。
 今は2件も仕事の依頼を受けていて、
 これ以上は無理だと。
 するとアガンは、
 横に座っているテリスに目をやり、問うた。
「どの様な依頼をしたのだ?」
「純白の花フラウスを一緒に探してもらおうと思って・・・。
 あんな希少な花探すの、一人じゃ厳しいと思ったから。」
「自身で探してはみたのか?」
「キルジョイズの酒場で
 花屋さんの卸業者している人に会って、
 マウンテン・ドームっていう植物園に行けば
 あるかもって言われたんだけど・・・。」
「無かったのか?」
「植物園が広すぎて、
 とても探しきれるものではなかったわ。」
 テリスはそう言って肩を落とした。
 それに同意するように、アガンは立ち上がる。
「ならば、やむを得んな。
 私が手を引こう。」
 え?
 そんな簡単に手を引いてしまうの?
 ケイトは、彼の依頼内容が気になった。
 たとえ敵であろうと、
 こんな紳士な人からの依頼に。
「待って。
 もし、仕事の合間に出来そうな依頼だったら、
 聞かせて。」
 とても、最初は千客万来に頭を抱えていた
 ケイトの台詞とは思えなかった。
 アガンはケイトを見つめた。
「人を探している。」
「人を?」
「名は、ビル・カーターという。」
「・・・聞いたことのない名前ね。
 どんな人なの?」
「総てを話したいところだが、
 我が主の威厳にかかわる事でもあるのでな。」
 ケイトは、アガンの想いを尊重することにし、
 これ以上は聞かなかった。
「・・・分かった、ビルね。連絡先は?」
「キルジョイズの酒場に宿をとった。
 私は常にカウンターで食事するようにする。
 もし不在の時は、
 酒場のマスターに伝言しておいてくれ。」
 そう言うと、アガンはドールから剣を手に取り、
 その場を去っていった。
 ケイトは、残していた紅茶を一気に飲み干すや、
「じゃ、行きましょうか。」
 と、テリスを促した。
「どこへ?」
 ケイトは、きまってるじゃない!
 と言いたげな顔で明るく応えた。
「純白の花フラウスを探しに。」
 テリスは、敵である身の上なのに、
 こんなに信用してもらえた事に凄く喜んでいた。

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禁断の果実 第7話

2025-01-19 21:21:57 | 小説「魔術ファミリーシリーズ」ウェストブルッグ1<禁断の果実>完

「う~ん、やっぱり行くとしたら
 “キルジョイズの酒場”かなぁ。」
 城内にある王宮魔法陣から出てきたケイトは、
 城門をすぎるとローブを脱いで右腕にかけていた。
 朝晩は肌寒くても、
 昼間はまだ暖かい日もあるのが今の日常である。
 風の吹かない今日みたいな日に、
 深紅衣のローブをこのまままとっていれば、
 直射日光よろしく汗だくになるのは目に見えていた。
 そんなものだから、今は真紅と漆黒にて彩られた
 鮮やかなブラウスが映えている。
 行き交う人という人が、
 その美しさ故に振り向いていた。
 男性はもちろんのこと、女性までもが。
 その上品な美しさは、この上なく気高い。
 ただ、ロード・ストリートにて対立した、
 この女性については違った意味合いで
 向き合っていたようだった。
 キャサリンのような美しいウェーブ・ヘアを有していたが、
 髪はそれほど長くないのか肩にかかっておらず、
 肩の上でフワフワと宙に浮いているような、
 優しげな印象を与えていた。
 服装は初秋に合わせた淡い赤茶色で、
 もの静かな雰囲気が漂っている。
 唯一気になるのは、
 彼女が武器を所有していない点であった。
 一般国民か魔法使いなのかもしれない。
 対峙しているや、
 彼女は静かに歩み寄り、声をかけた。
「申し訳ありません。
 貴女にお願いがあって参上したのですが。」
 彼女のはっきりとした口調が、
 ストリートを軽く抜けた。
 淡く暖かい声は、
 その場で耳にした者全てを魅了するような、
 海原にたたずむ海魔セイレーンのようであった。
 舞台役者なのかしら?
 ケイトは、素直にそう感じながらも声に応えた。
「どんなお願いですか?」
「貴女の手にしている、
 その皮袋の中身を頂きたいのですが。」
 思わず『いいですよ』と
 声の出そうになったケイトであった。
 軽くせき込みをして、自身を立ち直らせる。
「貴女もこの中身を狙う一味なの?」
 ケイトの声は、どこか残念そうな色があった。
 素敵な友達が出来るかと思ったのにぃ。
「そう思われては仕方ありませんが、
 我が主様にとっては重要な事なのです。」
 依頼人は破壊を頼み、
 来訪者は必需とするものとは。
 どちらが正しい意見なのだろうか?
 だが、ケイトにとっては“どちらが正しいか”
 なんて事はどうでもよかった。
 私は、仕事で受けているのだから。
「残念だけど、私も仕事で受けている以上、
 『ハイ、どうぞ』
 なんて言って渡すことは出来ないのよ。」
 その声に女性は、
 こちらもまた残念そうな声色で応えた。
「分かりました。
 でも、ここで争うには
 一般の方々に迷惑になりますので、
 時を改めて御伺い致します。」
 暗殺者共と同じ行動を取っている者の
 台詞とは思えなかった。
 殺し屋を雇っている者共が、
 まさか一般国民の人命を配慮するとは。
 ケイトと擦れ違い、
 過ぎ去って行こうとする背に、
 ケイトが声をかける。
「あなた、名前は?」
「フォルター男爵の側近の1人で、
 テリス・ミリエーヌといいます。」
「出来るなら、敵同士で会いたくないわね。」
 テリスは、ケイトの声に軽く笑みを見せると、
 そのまま広場へと去っていった。
 さも、申し訳なさそうな雰囲気を残して。
 ケイトは、ロード・ストリート沿いにある
 “キルジョイズの酒場”を見つけると、
 扉を開けながらため息をついていた。
「・・・この箱の中身って、なんなんだろ?」
 それは、これから明らかになる事であった。

 酒場に入ると、
 そこは他国からの冒険者や商人などが
 沢山席を取っていた。
 ここは、この王国内にある酒場では一番大きな酒場で、
 朝と昼には軽食&コーヒー等もやっている事から
 絶えず人が出入りしている。
 そんなところだから、
 ビギナーな冒険者が仕事を探すには、
 最も適した場所と言えた。
 10人で楽に囲える大テーブルが山とある他に、
 同人数程度を収容できる個室まであるのはここだけである。
 ケイトは、とりあえず2~3人用の個室を頼んだ。
 しかしながら、個室の場合は
 コーヒーのみの注文は不可である。
 必ずアルコール・ドリンク
 または軽食を注文しなければならない。
 仕方ない、バター・トースト・セットでも頼むか。
 ケイトは、カウンターで注文するや、
 マスターから個室の鍵を受け取ると、
 さっさと入って箱を取り出した。
「さて、開けましょうか。」
 外に声の洩れぬ様、
 低い声でアンロックの呪文を詠唱する。
 脇には、先程の呪文書を開いていた。
 詠唱が終わると、
 カチッと金属の音が小さく鳴った。
 どうやら、開ける事に成功したらしい。
「冗談抜きで上位古代語魔法に相当する
 魔鍵がかけられているなんて・・・。
 イヴって、いったい何者なのかしら?」
 そうつぶやきながらも箱に手をかけ、開けた。
 中には、1つの種が入っていた。
「・・・これを壊せっていうの?」
 外見は、いたって平凡な種であった。
 薄い茶色の被子に包まれたその種の大きさが、
 約5センチと大きめだという点を除けば、
 あとはいたって平凡窮まりない種であった。
 緑色の芽が、
 申し訳なさそうに少しだけ葺いている。
「わざわざ依頼してきた程なんだから、
 火炎系の呪文は通用しないだろうなぁ。」
 そんなことをつぶやいていると、
 コンコン
 とノックの音が鳴るや、
 マスター自らが軽食を運んできた。
 ここの店のマスターであるドワーフの、
 ギル・ジル・キルジョイズは、
 過去に起きた魔族討伐大戦の時の六英雄の1人である。
 今でこそ酒場のマスターを営む40代後半のおじさんだが、
 冒険者時代の頃を知る人は、
 現在でも“重戦斧のギル”と呼んでいる。
 ちなみにドワーフとは、ヒューマンとは違った種族である。
 身長は高くても100センチをようやく越える程度ではあるが、
 数々の種族がある中では一番怪力な種族なのだ。
 加えて手先が器用で、一般のドワーフは細工師が多い。
 男は必ず髭面なのも、常識の一つである。
「はいよ、バター・トースト・セットおまち!
 ・・・なんだい、その種みたいなのは。」
 マスターの台詞は、
 今日も明るい陽気な男の声であった。
「あ、ありがと。
 これを木っ端微塵に消滅してくれって
 依頼受けたんだけどねー。」
「ふーん。」
 マスターが、数個の石を固めたような手で
 種をそっと摘む。
「植物アレルギーな人からの依頼か?
 もったいない、芽が出てるじゃねーか。」
「うーん、どうだろ?
 あたしまだ依頼人に会っていないのよ。」
 ケイトは、バター・トーストを手に、
 ギルの手にしている種を眺めながら話していると、
 突然、突拍子もないことを口にした。
「マスター。
 それ、そのまま指で潰せる?」
 この店のドワーフは
『はぁ!?』
 とでも言いたげな表情を見せるや、
「いいのか?」
 と、念を押す声を上げた。
「うん、いいよ。
 どうせ、壊すのが目的だし。」
 マスターは、右手にトースト、
 左手にコーヒー・カップのケイトを横目で見るや、
 指先に力を入れた。
 いや、正にこれから強くしようという矢先であった。
 グチャ
 マスターが、呆気にとられていた。
 それを見ていたケイトもまた、
 呆気にとらざるをえなかった。
 中年男と美女の二人が、
 まるで鳩が豆鉄砲食らったような
 顔をしながら見ていたその視線の先には、
 指圧で潰れた種があった。

 暖かな庭にたたずむ優男の手が、
 今正に小さなハープの弦を引かんとしている時であった。
 部屋にて、清楚な表情で死の調べを聞かんとする美少女は、
 1人の不安そうな表情を見せる美女の存在すら忘れさせる程の、
 存在感を有していた。
 小声で、その美少女・・・
 人形娘ドールは何やら呪文を詠唱しだした。
 それに合わせて、アリサも何か別の呪文を詠唱する。
 優男の弦が弾かれだした。魔弦の曲が鳴り始めたその時、
 バタン!
 と、少しだけ開いていた窓が、
 ひとりでに音を立てて閉まった。
 それだけではない。
 魔弦の曲が全く聴こえなくなってしまったのだ。
 アリサの詠唱した神聖魔法
 “沈黙の呪文”による効果である。
 ハイ・プリーステスの彼女が詠唱したその呪文の効果は、
 優男の魔弦の曲を完全に遮断していた。
 そして、部屋にいた美女イヴが
 『え!?』と驚いた表情を見せた時、
 その部屋にいた人形娘ドールの存在は既に無かった。
 いや、移っていた。
 優男ルクターの眼前に。
「・・・いつのまに?」
 かなり高度な魔法の一つ、
 転移の呪文であった。
 ケイトや、王宮魔法陣のポーラぐらいの
 高レベルな魔法使いでもないかぎりは、
 まず習得不可能と言われているハイレベルな魔法だ。
 術者自身を自在に瞬間移動させるこの魔法は、
 想像以上に術者の魔力を消耗する。
 それをドールは、顔色一つ変えずにこなしてみせた。
 イヴは、今になって初めて
 人形娘の実力の奥深さを悟っていた。
 そんな中、アリサはイヴに
 『私達が出会った記念に』等と言って、
 銀のブローチを胸元に付けてあげてプレゼントしていた。
 えらく余裕である。
 人形娘ドールは、ルクターと対峙していた。
「あなたの周囲には、
 アリサさんの沈黙の呪文で音を完全に遮断しています。
 貴方の魔弦の響きは、絶対に聞こえませんよ。
 諦めて降伏して下さいませんか。」
 ドールの台詞は、実力を備えた
 上級貴族のお嬢様のようであった。
 しかし、ルクターは意に介さぬ不敵な笑みを見せ、
「そう思いますか?」
 と言って右手で弦を弾きはじめた。
 いや、違う。
 弦の一本一本が小さなハープから弾き出され、
 それらは長く伸びだして
 急速なスピードでドールを襲撃しだした。
 ドールは、寸でのところでそれらの攻撃を躱し、
 サテン・ドレスのスカートを風になびかせながら
 ルクターとの間合いをとった。
 それだけではない。
「ルクターの弦が・・・!」
 部屋で戦いを見守っていたイヴが、
 歓声を上げた。
 ルクターの弦が、
 ことごとくバラバラに切断され、
 地に落ちていったのだ。
 ドールの両手の爪が、長く鋭く伸びている。
 敵の直接攻撃に対しても、
 微塵の動揺もみせないドールの魔爪であった。
 ルクターは、残りの弦をハープに戻した。
「まだ、降参して下さいませんか?」
 あくまでも丁寧な声が、ルクターの耳に届いた。
 が、
「こちらが優勢なのに?」
 と、またも不敵な声を上げた。
「ここまで大掛かりな仕掛けを仕組んだのは、
 久しぶりですよ。」
 ルクターが、魔弦を弾き始めた。
 しかし、アリサの沈黙の呪文の効果が
 効いている最中ではないのか?
 だが、曲は確かに聴こえていた。
 穏やかなスロー・テンポの曲が流れていた。
 母が、背で泣く赤子のために歌う
 子守歌のような曲が。
 地に落ちた弦からも、
 それらが聴こえてくるようだ。
 しまった、ルクターの今度の魔弦は、
 耳にではなく脳に直接響いてきている!
 すると、なんという事か、
 3人とも地に伏してしまったのだ。
 沈黙の呪文の効果等、かけらも持たぬように。
 見事な攻撃と言えた。
 弦をわざと切らせて地のいたるところに落とさせたのは、
 脳に直接響かせる為の結界を作っていたに違いない。
 もはや、ドールに勝ち目はないのか。
 だが、地に伏すドールの瞳に諦めの表情は無かった。
 必死に右手を、いや右腕をルクターに向けて伸ばす。
「おやすみなさい。」
 優男のこの美声に、アリサ、イヴ、ドールの3人は
 深い眠りについたようであった。
 ルクター・ソーンの呪歌“安らぎの響き”は
 優春な夜を運ぶ、催眠系の呪歌であった。
 暖かな表情を露にしたルクターは、
「安心して下さい。
 用があるのはイヴさんだけですから。」
 そう言うや、
 閉じられた窓を開けて部屋に入り、
 イヴの元に寄ってイヴを抱き上げた。
 倒れているドールとアリサには成す術が無い。
 ルクターは易々とイヴの強奪に成功し、
 部屋を後にしていった。

 数分後、アリサとドールが起き上がる。
「とりあえず、予定通り私のブローチを
 プレゼントしておいたわ。」
 予定通り・・・と、いうことは
 アリサはイヴに悟られないよう、
 ドールと念話していたのだろう。
 2人は、イヴに隠れて何をするつもりなのだ?
「ご協力、感謝致します。
 後ほど、御同行宜しくお願い致します。
 では私はこれで。」
 人形娘ドールは、
 アリサにペコリと頭を下げて、
 スカートの裾を軽くつまんで一礼し、
 この場を去ろうとした。
「あなたって、恐ろしい人ね。」
 アリサが、ドールに対して
 素直な感想を口にしていた。
 大事な客人を易々と敵に渡した事を
 語っているのだろう。
 たとえ、どの様な勝算があったとしても、
 こんな無謀にちかい行動を取った事に。
 それとも、別の何かの目的の為に、
 イヴを敵に渡したのだろうか。
 その声にドールは、
 当然の様な台詞を残して去っていった。
「いいえ。
 私は人形ですわ。」

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禁断の果実 第6話

2025-01-19 10:51:58 | 小説「魔術ファミリーシリーズ」ウェストブルッグ1<禁断の果実>完

 ケイトが城内へ出かけ、
 ドールが買い物へ出かけ、
 ベレッタが王城前広場へと出かけ、
 ヴェスターは早朝出勤、
 そしてキャサリンは路上にて死闘という今の状況の中、
 家にいるのはアニスのみであった。

 普段は、自宅の薬局にて仕事をしている。
 食料品等の買い物はドールがしてくれるので、
 アニス自身が外出する時といったら、
 気晴しにショッピングを楽しむぐらいなものであった。
 食料品等はともかく、
 化粧品や衣類等はさすがに自身が出かける。
 とりあえず今は外への用は無かった。
 なら、いつも通り仕事にとりかかるか。
 そんな思いで薬局の部屋に向かうと、
 まだ閉まっているにもかかわらず、
 コンコン
 と、ノックが軽く響いた。
 アニスは『あら?』とでも言いたげな表情を見せるや、
 玄関に出て扉を開く。
「早朝からの突然の訪問、誠に申し訳ない。
 2つ程、貴女にお願いがあって参上した。」
 訪れた客は、貴族風の容姿をした大男であった。
 黒のシルク・ハットに黒のマントを着けた様は、
 さながら異国のマジシャンのように見えた。
 身の丈は190あるだろう。
 身長が160丁度しかないアニスでは、
 目を合わせるには見上げねばならない。
「仕事の依頼かしら?」
 目を輝かせてのアニスの声であった。
 早朝から貴族の方が直々に訪問した依頼とあっては、
 報酬の額は想像以上であろう。
 この女、どうやら金目のものと
 奇怪な薬品には目がないらしい。
 その蘭々たる声に大男は、
「ええ、大きな仕事の依頼です。」
 と、あえて“大きな”という言語をつけて
 強調性を高めて語っていた。
 アニスの言動に合わせるかのごとく、
 なるべく声を明るめにして。
「まぁ、こんなところでは何ですから、
 どうぞお入り下さい。」
 早速アニスは大男を中へと促した。
 それは、来客に対する礼儀なのか。
 はたまた、簡単には帰すまいという
 意思があっての行動か。
 だが、この大男にとっては、
 そんな事は歯牙にもかけていないようであった。
「では、お邪魔させてもらおう。」
 大男は、黒のシルクハットを手に取り、
 アニスの後へと続いた。
 通された間は、様々な薬品が立ち並ぶ店内に
 設けられた簡易な応接室であった。
 ガラスの様な、半透明な材質を壁に仕立てた
 この応接室は、店内に並ぶ医薬品が楽に見渡せていた。
 ここなら、長年の成果を目で見てもらえる。
 そして勿論のように、この部屋に設けられた棚には、
 今までに得た賞状等がところ狭しと置かれていた。
 ガラステーブルとソファーが置かれているが、
 ソファーの配置は、これらを楽に見渡せる様に
 配慮されている。
 大男が座ると、アニスはコーヒーを差し出した。
「あ、おかまいなく。」
 そして、アニスが座るのを確認するや、
「では、早速本題に移らせてもらってよろしいか?」
 と、声を発した。
 急いている様な声色であったが、
 今のアニスにその様な些細な事は
 無きに等しい状態である。
「えぇ、もちろん。」
 やはり声は上ずっていた。やれやれ。
「私の名は、フォルター男爵と申します。
 貴女を名のある錬金術師と見込んで、
 特殊な薬品を調合していただきたいのだが。」
「それは、如何様な薬品なので・・・?」
「申し訳ないが、ワクチンとしか申し上げられない。
 極秘事項なものでな。」
 真剣な眼差しで語るフォルター男爵の声に
 一寸の淀みも無かった。
 ワクチンと語るからには、
 何らかの病原菌の類いを除去する為のものなのだろう。
「人体に投与する薬品なのかしら?」
「ええ、そうです。
 ですから、人体に対する副作用がないように
 作ってほしいのです。」
 アニスは、ふと思い付いたことを口にした。
「どこかの病院に販売する目的なのかしら。」
「申し訳ないが・・・。」
「あ、失礼。極秘事項でしたわね。」
 普通、傷の治療や、麻痺毒、猛毒、石化等の
 治療は寺院にて行ってくれる。
 有料ではあるが、治療呪文にて確実に癒してくれるので、
 冒険者に限らずあらゆる人々が寺院を利用している。
 だが、一般に奇病に属される特殊な病となると、
 呪文のみを治療の頼りにしている寺院ではお手上げ状態らしく、
 そんな時、人々が訪れる先が病院だという。
 奇病には、人体の一部に醜い人の顔が浮き上がる人面疽等を
 はじめとした、様々な奇病が約一万種はあると言われており、
 病院は、この世界には絶対必要な、
 人類の生命線を繋ぐ最後の切り札的存在なのだ。
「調合すべき材料は、全てご用意いただけるのかしら?」
「もちろんです。」
 ならば、アニスの応えは一つである。
「是非、お受け致しますわ。
 で、もう一つの依頼は?」
「特殊な薬品の依頼を、
 他に受けるような事はしないで欲しいのだ。
 このワクチンが出来上がるまでは。」
 奇妙な依頼を申し出たフォルター男爵であった。
「つまり、このワクチンの調合にのみ集中してくれ、と?」
「うむ。事は一刻を争うのでな。
 いかがかな?
 前金にて10万リラ支払うが。」
「承知致しましたわ。」
 即答のアニスの声に、
 フォルター男爵は1枚の羊皮紙を差し出す。
 それは契約書であった。
「あら、珍しい。
 “雄羊の契約書”ですわね。」
 雄羊の契約書とは、一種の呪術である。
 契約に従い、この契約書にサインすれば、
 もし契約を破棄した場合に悪魔の呪いが
 振りかかるというものである。
 その悪魔の呪いの内容は、
 両目を奪われたり、
 両腕両足をもぎ取られたり、
 心臓を含む全ての内臓をえぐり取られたりするという。
 あまりにも危険すぎる契約書な為、
 現在では闇商法の者共ですら触れようともしない、
 恐怖の書類であった。
 しかし、それでもアニスの声色にはまだ明るみがある。
 余程、先程の10万リラが効いたのかもしれない。
「契約、願えるかね?」
 今回の目的達成の為ならば、
 手段は選ばぬつもりらしい。
 が、契約自体は守りきれば、
 呪いは効果を成さずに自然消滅する。
 今のアニスにとっては、
 特に契約に対しての障害は無かった。
 ならば行うべき道は一つである。
「是非、契約致しましょう。」
 アニスは、大きな羽根ペンと黒インクの入った
 小さな容器を取り出すと、雄羊の契約書にサインした。
 羽根ペンの羽根は、
 全長10メートルを越える怪鳥ロックの羽根であった。
 その羽根ペンに目がいったのか、
 フォルター男爵が声を掛ける。
「珍しい羽根ペンをお持ちですな。」
「えぇ。
 うちの主人が剣でロックを倒した時のものですの。」
「ほぉ、剣士でしたか。」
「一応、魔法も使えますが。」
「おお、魔法剣士でしたか。」
「えぇ、まぁ・・・はい、書きましたわ。」
 数回の会話のやりとりをしながらの中、
 契約は成された。
 フォルター男爵は、契約書に
“アニス・ファン・ウェストブルッグ”
 と書かれたサインを目で確認すると、
「では、宜しくお願いします。」
 と語って、前金の10万リラを支払った。
 アニスは、兎のごとく飛び跳ねたい気分を抑えながら、
「有難うございます。」
 と、丁寧な手つきで受け取っていた。
 今のアニスは、足が地についていまい。
「では、調合すべき3つの品のうちの一つである
 “聖水”を置いていく。
 残りの2品については、
 私の部下が手にしてくる筈なので、
 彼等から受け取ってほしい。」
「彼等の名は?」
「テリス・ミリエーヌ、
 ルクター・ソーンの2人です。」
「分かりましたわ。」
 アニスは、フォルター男爵のコーヒー・カップが
 空なのに気付くと、
「もう一杯いかがですか。」
 と、促した。
「いや、せっかくですが、そろそろ私の部下が3人、
 この国に到着する頃だと思いますので失礼致します。」
 フォルター男爵は席を立ち、
 契約書を手に足早に去っていった。
 カツ、カツ、と、足音を響かせて。
 扉が開き、再び閉じた後の部屋には、
「キャー! 10万リラよー!!
 何買っちゃおーかなー!!!」
 と、およそ40代の主婦には似合わない、
 キーの高い声が鳴っていた。
 結婚式場の教会に鳴り響く、巨大な鐘の様に。
 その様から察するに、今後の展開は
 何一つ考慮していない薬局の主であった。

 フォルター男爵はウェストブルッグ家から
 数分歩いたところで、
『しまった』
 と嘆いていた。
 道を聞くのを忘れたらしい。
 しかし、運が良かった。
 正面の十字路に、美少女が一人いたのだ。
 おお、丁度いい。彼女に聞くとしよう。
「もしもし、道を訪ねたいのだが。」
「ホエ?」
 しまりのない声であったが、
 フォルターは屈しなかった。
 この手のタイプと話すのは慣れているらしい。
「第30分岐点という十字路には、
 どう行けばよろしいかな?」
「ここだよ。」
 即答の美少女の声に、
 フォルターは一瞬言葉を失っていた。
「ここ・・・なのかね?」
「うん。ここー。」
 ホエホエとのやりとりに、
 フォルターはこれ以上は話しても無駄と悟り、
 美少女に礼を言った。
 ここで待ち合わせていた暗殺者共を、
 待つ事にしたのである。
 が、美少女が去った10分後も、
 一向に来る気配が無かった。
 ・・・イヴにやられたか、
 もしくは奴にやられたか。
 仕方ないな。
 やはり奴は、私かアガンでなければ倒せぬようだ。
 闇の助力は、もはやアテにならんとみていいな。
 そんな思いを抱き、フォルターはこの場を去る事にした。
 実は暗殺者共が、
 ウェストブルッグ家の敵にまわって戦闘していた事など、
 少しも思い付くことのないフォルターであった。

 ケイトが再び王宮魔法陣を訪れた時は、
 既にマサリナの姿は無かった。
「あれ? もういないや。」
 ケイトは、そんな独り言をつぶやきながらも内心、
『やった、邪魔者がいない。』
 と、ほくそ笑んでいた。
 この箱をさっさと開けてしまって、
 鬼の居ぬ間にまだ見たことのない魔術書を
 あさっちゃおうと目論んでいるのである。
 膨大な数の古文書を保管しているこの部屋は、
 ケイトのような魔法使いにとっては宝箱そのものであった。
 先程までマサリナの居たこの部屋は、古文書の書庫であった。
 部屋の中央に巨大なデスクが陣取っている他は、
 壁という壁に本棚を設け、
 いつ崩れてもおかしくないと思える程の無数の本が、
 ギシギシになって詰め込まれている。
 この世界では、
 魔法使いなどのスペル・ユーザーが行使する術は、
 “魔法”と“魔術”の2種に大別される。
 古代語魔法、神聖魔法、精霊魔法、暗黒魔法などは、
 一般に知られている“魔法”で、
 そのどれもが呪文と呼ばれる詠唱を必須としたものである。
 これらに相反し、
 詠唱を必要とせずに魔法と同等の効果を得る術を総じて
 “魔術”と呼んでいるが、これらは、錬金術、超能力、
 特異体質による個有魔力(ユニークスキル)等がある。
 最後のユニークスキルについては、
 この世界の住人は安易にただ“魔力”と呼び分別しているが、
 明確に語れる者は一人としていない。
 あえて単純に説明するなら、
 持って生まれた己自身の特別な力、
 とでも説明した方が分かりやすいだろうか?
 まぁ、こういった魔力については、
 人間全員が所有しているわけではなく、
 所有している人もいれば、していない人もいるので、
 明確に語れないのは止むを得まい。
 ケイトは、古代語魔法を行使する
 ハイ・ソーサリス(女魔法使い)でもあったし、
 また、如何なる炎をも操る魔力を有していた。
 古代語魔法にはもちろんのこと、
 火炎系、爆炎系の呪文はある。
 つまり、ケイトは古代語魔法以外にも、
 己の魔力で様々な種類の炎を繰り出せるのである。
 故に、人はケイトのことをこう呼んで畏怖している。
『妖炎のケイト』と。
 そんなケイトだからこそ、
 特にまだ解きあかされていない
 火炎系、爆炎系の呪文書等については
 常に興味津々なのであった。
 ケイトは、さっさと箱を開けてしまおうと
 “開門(アンロック)”の書を探し出した。
 すると・・・。
「おや、ケイト。
 また来たのですか?」
 部屋の入り口には、見慣れた老婆が
『オヤオヤ』
 といった目つきでケイトを見ていた。
 ケイトが内心、舌打ちする。
「え、ええ。
 ちょっとこちらの仕事の都合で、
 アンロックの呪文書が必要になったもので・・・。」
 表情はあくまでにこやかに、
 そして言葉遣いは丁寧なケイトであった。
 勿論これは、
 やむなく精一杯の演技をしているに他ならない。
「ま、アンロックぐらいなら貸してもいいでしょう。」
 その見慣れた老婆・・・マサリナはそう言うと、
 ケイトが目的の本棚から離れているのを目で確認するや、
 両手で複雑な印を結び、なにやら唱えた。
 すると、壁に押し付けられていたその本棚が
 ゆっくりと動き出したのである。
 回転扉のように動いたその扉の向こうの部屋には、
 今いるこの部屋よりも膨大な本の山が存在していた。
 ケイトは、その様子を半ばボーゼンとして眺め、
 そして、まさかと思いながらもおそるおそる問いかける。
「あ、あのー。
 ひょっとしてこっちの部屋にあるこれらの本は・・・。」
「全部ニセ物の本ですよ。」
 ケイトは
『やられた』
 と、胸のうちで面喰らっていた。
 マサリナの方が一枚上手である。
 さすがは年の功であった。
 それにしても、
 魔術や魔法の発動を許されない王城地区にあるこの塔内で、
 何故魔法で本棚の扉を開けられたのだろう?
 だが、今のケイトにそんな事を考える気力は無かった。
 朝からの行動は全て裏目に出ていたのだから、
 それもそうだろう。
 ケイトは今、唸りたい気分を必死で抑えていた。
 そんなケイトの気分などに気付かぬマサリナは、
 奥の部屋から一冊の魔術書を手にしてきた。
 開門の書である。
「これで、よろしいですね?」
「・・・ハイ。」
 本当なら、奥の部屋にある魔術書全てを
 持ち出したい気分だったが、
 ここはひとまず引くしかなかった。
『絶対に開けてやる!』
 ケイトは、一つの目標を心の内で立てていた。
 ところでケイトよ。
 その目標とは、当然箱の事だろうな?
 まさか、こちらの本棚扉の事ではあるまいな!?
 ケイトは、開門の書を手にこの部屋を出た。
 ここで箱を開きたいところだが、
 基本的に城内での魔法の類の発動は不可能であるし、
 城内滞在規則に反する行為でもある。
 魔法の類いの発動を許せるのは
 王宮魔法陣の5人と国王のみで、
 他の者の使用は如何なる魔法であろうと
 その発動を認めないという規則があるのだ。
『・・・まてよ。
 そんな規則があるって事は、
 魔法を発動させる裏技があるって事なの!?』
 マサリナが用いた扉を開く術については、
 後でゆっくりと考えるしかなかった。
『意地でも開けてみせるから!!』
 年中強気なケイトであった。
 ところでケイトよ、あえて確認するが・・・。
 本当に箱の事なんだよな?
 それは。

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禁断の果実 第5話

2025-01-18 13:20:16 | 小説「魔術ファミリーシリーズ」ウェストブルッグ1<禁断の果実>完

 王城内にある大きな会議室で、
 2人の男性の声が聞こえた。
 エレナ女王の父親である、
 前国王の肖像画の掛けられたこの部屋は、
 常に威厳に満ちた空間が支配している。
 気品の高い長テーブルと椅子は、
 芸術の都“ヴェーナー”で作られた最高級品であった。
 そんな部屋が、
 今は2人の男と2つのコーヒーカップに陣取られている。
「フォルターですか・・・聞いた事のない麻薬の名ですね。
 確か子爵階級か男爵階級に、
 そのような名を持つ者の財団がありましたかな。」
「ええ、おります。
 男爵としての地位の割には、
 かなり大きな財閥のようで、
 貿易商を手掛けて成功したのがきっかけだとか。
 あ、ただ、今回の一件に関連性があるかどうかは
 分かりませんが。」
 早朝出勤という事で来てみれば、
 王宮室の者が話があるというから何事かと思案していれば、
 現在闇取引であちこちにまわりはじめた新麻薬の事について
 であった。
 麻薬の名がそれらしい。
 その件についてなら、
 今は王宮護衛団のメンバーが必死に調査中な筈である。
 わざわざ、我々“白銀”が出張る程の事ではない。
「そのフォルター・・・でしたか、
 その麻薬については、
 現在セイクレッド・ウォーリア卿率いる
 王宮護衛団が調査中のはず。
 我々エレナ女王を守護する“白銀”が
 出張る内容ではないと思うのですが。」

 このガーディア王国では、
 エレナ女王直属の団は全部で4つ存在する。
 1つは、主に他国との戦争時に活躍する戦闘集団“王宮騎士団”。
 異常なまでの強さを誇る4人の将軍を筆頭に存在する王宮騎士団は、
 常勝無敗の魔人の集団として他国から恐れられている。
 現在は、ラン将軍率いる第1部隊が、
 東方の地マズウェルに遠征中である。
 そこでは、奴隷商人を内密に拡張させている王国だという情報を入手。
 しかも、その奴隷の8割が10歳にも満たない幼女だと知った時には
 エレナは猛烈に激怒した。
 もはや話し合いの余地は無いと、
 エレナは女将軍のランが戦陣をきる第一部隊を送ったのだ。
 また一つ、勝利の印が刻まれ、王国が更に広まる日も近い。
 2つ目は、王国内でのもめ事を解決する事を目的に、
 エレナ女王自身が提案し発足させた自警一団“王宮護衛団”。
 元王宮騎士団第1部隊の隊長セイクレッド・ウォーリア卿が統括する
 この一団は、とにかく敵に対して情けが無い。
 こそ泥ならまだしも、
 殺人、強盗、恐喝、強姦、洗脳、墓荒らし、密売、邪教徒等の
 極悪人には、一ヶ月もの間、
 一時も寝かせずに神経を徐々に焼いていく。
 一ヶ月かけてショック死させるこの極悪処刑法には、
 どんなに肝の座った悪人でも正体が抜けるという。
 王宮護衛団に目を付けられた悪人は、
 国外への逃亡を計るしか道はないが、
 それが成功した例は無い。
 3つ目は、国の政権執行を管理し、
 尚且つ他国との貿易や国内外の情報をも管理する“王宮魔法陣”。
 地上最年少の予言者フィアナ・ウィン・リノットを中心に、
 5人の魔力を秘めた者たちが魔法陣を仕切っている。
 ウィンとは国から頂いた名で、王宮魔法陣としての証なのだ。
 王宮魔法陣では大別して5つの部署に別れており、
 様々な活動を展開している。
 ケイトがアルバイトしている古文書解読もまた、
 王宮魔法陣の管理下にある仕事なのである。
 それに携わっているマサリナ・ウィン・ステイシーもまた、
 王宮魔法陣最高実力者の5人のうちの1人なのだ。
 ちなみに、彼女はアリサの祖母である。
 噂では、6つ目の部署が存在するらしいのだが、
 それについては極秘情報のようで国民は皆無に等しい。
 そして最後の4つ目が、
 エレナ女王自身を守る為に存在する護衛団“白銀”である。
 が、エレナ女王自身があまりにも強すぎる故か、
 この一団が活躍した話は耳にしたことがない。
 国民的見解であるが。

 で、脱線した話を元に戻すが、
 女王を護衛する事を生業とした一団が、
 こうした麻薬組織撲滅等の調査に助成するのは、
 他人の仕事に横槍を入れるようなものであった。
 この男の語っている事は、確かに一理ある。
「確かに貴君のおっしゃる事は分かります。
 しかし、これは王宮魔法陣のフォーチュンテラー、
 フィアナ殿による忠告なのです。」
 淡々とした会話であったが、
 王宮魔法陣の長であるフィアナの名が出た以上、
 反論の声はここで止まる事となった。
 彼女の予知能力の素晴しさは、
 この城で勤める者なら誰でも熟知している。
 それよりも問題なのは、王宮室の次の台詞であった。
「ただ、“白銀”の責任者である貴君をお呼びになったのは、
 “白銀”の助力を得たいが為ではありません。」
「は? ではいったい・・・。」
 王宮室の者は、
 ここで生つばをゴクリと飲み込み、応える。
「ですから、フィアナ殿からあなた方・・・
 ウェストブルッグ家への忠告なのです。」
 王宮室の向かいの席に座っていた男、
 ヴェスター・リー・ウェストブルッグは、
 その王宮室の緊迫した声を聞きながら、
 コーヒーをゆっくりと口に移した。
「それは、いかような忠告で・・・?」
 忠告とは、以下のような予言であった。

『災いの種がウェストブルッグ家に訪れる。
 炎と嵐は立ち向かうが、運命は変わる事なく種は育つ。
 その種、禁断の果実の種なり。
 育つままに実は生まれ、その実、一人の者に噛られる。
 それ、破局の序章なり。』

 ここで、言葉は切れた。
 少しの間、沈黙が訪れる。
 カップに残ったコーヒーは既に冷めていた。
「あの、その続きは・・・?
 それに、麻薬とこれとどういった関係があるので?」
「続きは見れないそうです。
 邪気が強すぎて。
 麻薬との絡みについては、何かしらの形で
 関連しているとしか言えないらしいです。」
「邪気・・・ですか。」
「ええ。
 かなり強力な邪気が、
 先見の力をも遮っている、と。」
 ガーディア王国内では稀な魔力を有するフィアナが、
 先見を許されぬとは。
 正に驚愕に値する内容であった。
 だが、
「その邪気を発する者・・・ただならぬ者ですな。
 ところで、王宮室責任者ラングリッツ殿。
 一つお聞きしたい事が。」
「何か?」
 冷めたコーヒーを飲み終えたヴェスターは、
 まるでデザートを欲しがっているような口調で、
 一言こう言った。
「その禁断の果実って、美味しいんですかね?」
「はあ?」
 このヴェスターという男、
 立派にキャサリンの父であった。
 やはり血は争えない。
 王宮室を任されているラングリッツも、
 さすがに言葉を失っていた。
 ヴェスターは軽くほくそ笑むと、
「じゃ、私はこれで。」
 と言ってその場を去ってしまった。
 その場に残されたラングリッツと、
 2つのコーヒーカップを置き去りにして。
「フム。心配ではあるが、
 少し様子を見るとするか。」
 ラングリッツは、一人残された孤独の空間で
 そうつぶやいていた。
 彼等、ウェストブルッグ家を
 この王国から失いたくないという思いは強かったが、
 彼の実力を確かめるには丁度いい機会だとも考えたのである。
 そう、ヴェスター・リー・ウェストブルッグの真の実力を。
 銀のブロード・ソードを帯剣する“白銀”の騎士が、
 何故魔術一家の主なのかを。
 これは、王宮内では一つの謎として扱われている内輪である。
 騎士としての剣の実力の凄まじさは誰もが承知しているが、
 魔術一家の主としての実力となると話は別であった。
 もし、彼も魔術を扱えるのなら、
 如何様な魔術を駆使するのだろう。
 彼に対する興味は尽きない。
 だが、こういった興味を抱くのは、
 ラングリッツやセイクレッドのような、
 ウェストブルッグ家の味方である者たちのみが語る声であった。
 敵は間違っても語るまい。
 いや、語らないと断言すべきだろう。
 それだけ、ウェストブルッグ家の者たちとは皆に敬われ、
 また、敵から恐怖視されているのである。
 それは、今、敵を目前としている、
 キャサリン・アン・ウェストブルッグにも
 同様の事が言えるにちがいない。
 ウェストブルッグ家の次女が繰り出す、
 恐怖の魔法が見られるだろう。
 敵よ。風に恐怖したまえ。

 魔法街の道は、
 複雑に入り組んだ一種の迷路となっている。
 これは、以前この街に住んでいた
 魔術師が作り出したものらしい。
 “立体迷路”と呼ばれるもので、
 道を縦横無尽に走らせたこの作りは、
 住人でもなかなか慣れるものではない。
 道を歩いていれば分かるが、
 いつのまにか上の道路から下の道路に移っていたり、
 下の道路から地下の道路に移っていたりと、まるで
『まっすぐ歩いていても迷ってしまう。』
 と、随分評判である。
 もちろん、悪い意味で。
 ウェストブルッグ家は、
 そんな魔法街のほぼ中央に位置している。
 王国外の者がここを訪問するのは、
 たとえ観光客向けの案内地図付パンフレットを手にしても、
 辿り着くのは困難にちがいない。
 しかし、盗賊ギルドや暗殺ギルド等といった闇組織では、
 綿密詳細な地図がしっかりと用意されている。
 それさえあれば、ここに簡単に赴くことは充分に可能な筈だ。
 だが、この美少女を殺すことは、果たして可能なのだろうか?
 暗殺者共が四方八方から襲撃を仕掛けたその時、
 ビュウウウ
 風が強くうねり、彼等は全員外に放り出された。
 突風にあおられ、バランスを失いかけるが、
 どうにか再び戦闘体制に戻る。
 成る程な。風使いか。
 声には出さず、その敵の力を容易に見抜いた。
 そして、キャサリンを間近に見、皆が驚愕した。
 キャサリンの周りだけが、
 とてつもなく強い風が包み込んでいたのだ。
「んー。
 クロコダイルってどこにいるのかなぁ?」
 竜巻の中心に佇むキャサリンは、
 相変わらずホエホエだ。
 何を考えているんだか。
 彼等は、腰に備えていた投げナイフを数本手にすると、
 試すように一本だけキャサリンに向けて投擲した。
 ナイフはキャサリンには届かなかった。
 キャサリンを包み込む風が、いとも簡単に弾き返してしまったのだ。
「馬鹿な!?
 このナイフにはどんな圧力をも無効にしてしまう
 魔力が封じ込められているんだぞ!」
 無知とは罪である。
 その“真空ナイフ”を発明したのは
 目の前の美少女だというのに。
 発明者は普通、
 発明した物の長所と短所は熟知している。
 それでも彼等の一人が、
 新たなマントを装備するや、猛然と突進した。
 風圧に臆することのない
 “対空のマント”を装備したからによる自信だ。
 投げナイフは弾かれても、
 投げナイフを手にしたこの暗殺者を弾くことは出来ない。
 キャサリンの心の臓寸前にまで刃が迫ったその時、
「ギャアアアアアア!」
 この世のものとも思えぬ断末魔が聞こえたかと思うや、
 その者はその場に崩れ落ちて気絶した。
 キャサリンの竜巻には、
 5万ボルトを超える静電気が常に帯電していたのだ。
 竜巻を形成するときに発生する、
 この超自然現象を二重の壁としていたのである。
 剣や小型のナイフ等は、
 9割が伝導物質だ。もちろん、暗殺武器も。
 ホエホエの表情の裏に潜む真の実力に、
 ようやく彼等は恐怖を悟った。
「一旦、退け!」
 それが、遅すぎた台詞である事に気付くのに、
 さほど時間は要さなかった。
「逃がさないよーだ。」
 暗殺者共の撤退を許さないのか、
 いつの間にか彼等の背後を風が包囲していた。
「じゃね、バイバーイ!」
 彼等には、彼女の笑みが天使の笑みに映ったか、
 それとも悪女の笑みに映ったか。
 キャサリンのその声を合図に、
 風は巨大な竜巻を形成して彼等全てを飲み込む。
 ゴオオオオ
 竜巻の轟音が、彼等の叫びを消し去っている。
 上空の白雲が、受け入れを待つかのように
 大きく穴を開けた。
 ヒィイイイ
 風の巻き上げる響音か、
 彼等の最後の声なのか、
 どちらともとれぬ音を残し、
 それらは天空の彼方へと消えていった。

 辺りには、ホエホエだけが残っていた。
「さ、おうちに戻ろーっと。」
 今の出来事など、
 微塵にも気に病んでいないようだ。
 この娘は真面目に戦ったことがあるのか?
「んー・・・。」
 あ、でも何か一つ気になってる。
「ちゃんと、南の大陸の川に落ちたかなぁ。」
 キャサリンが風で送ったその先は、
 南の大陸パナマ=ラマの大河ラグーンである。
 そこは、獰猛な肉食獣で知られる巨大鰐
 クロコダイルの生息地なのであった。

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