私が留学したビジネススクールの教授である。ベンチャー・キャピタリストでもある。
私は昔アメリカのロースクールに憧れたことがある。
中学か高校の頃、アメリカのドラマ「LAロー」というのが大好きで、法廷弁護士になりたい、
陪審法廷に立ちたいと思っていた。
その頃NHKでアメリカのロースクールを紹介する番組を見た。確かハーバードだった。
事前課題としてものすごい分量の文献を読むことが課され、授業は少人数で討論ベース。
とても印象に残っているのがある授業風景で、
準備不足の学生が教授の質問に答えられず、矢継ぎ早の質問の中棒立ちになっている姿だった。
仮にも超エリート学生である。
私は当然ビビッたが、それでもいつか挑戦してみたいと思っていた。
時は流れて、社会人となり、ハーバードでもなくロースクールではなく、ビジネススクールに
留学することとなったが、そこの教授で真っ先に浮かぶのが、このO教授である。
1年の必修コースが終わった夏休み、ある先輩からこの教授のコースのことを知る。
曰く
「最もタフだが、最高の授業だ。」と。
私は2年目が始まって早速この授業を受講した。
実は単位数を稼ぐため、夏休みにこのコースの序論を私は受講していた。
別の教授がメインでO教授はサポート的立場で参加していた。
とても良い授業だったが、特段タフという印象はなかった。
で、秋学期のこの2番目の授業だが、O教授とC教授の2枚看板の体制だった。
噂通り、最初の授業は立ち見が出るほどの超満員。
そこでO教授が早速かます。
曰く
この教室内では君達は企業経営者である。
授業に際しては経営者として株主、銀行家、ビジネスパートナーと接するような
つもりで臨め、と。
私語、遅刻(遅刻は他の授業では結構多い)はもとより、準備はしっかりしておけ、
「分かりません」では済まされないということである。
非常に説得力のある理屈であった。
教室もこのコース専用の大企業の重役会議室みたいな造りである。
授業のベースは個人プロジェクトで、テーマを決め、リサーチを行い、計画を立て、
その実現可能性を検証し、完成させる。
プロジェクトは毎回ステップ毎に提出・発表が求められ、授業もその進行に沿う形に設計されている。
2回目の授業から人数が激減した。いかにも少人数コースという態勢である。
留学生は殆どいない。
確かに課題からして本当にきつい。他の科目の準備を諦めないととても出来ない。
実際そのうちの2教科については本当に何もできなかった。
授業はとても温厚なC教授とO教授が交互に話す。毎回二人が話す。
ゲストを招くこともある。キンコーズやベン・アンド・ジェリーの創業者が来たこともある。
本当に刺激的な内容ばかりだった。
発表は留学生の私ばかりでなく、アメリカ人も終わった後はぐったりする。
二人の教授から矢のような質問と率直なコメントが入り、さらに他の学生にも質問を促す。
このQ&Aセッションに対する準備と対処が大変なのである。
前に書いた通り、答えられなければ「お前の会社に投資する人間も、金を貸す人間も、
手を組もうと言う人間もいない。」ということである。
いい加減な答えも、苦し紛れの言い逃れも、ごまかしも通用しない。
O教授の質問は納得のいく回答が得られるまで続けられる。
「それは答えになっていない」
「君の言っているのはYであってXでない、私が聞いているのはXだ。」
「それもYだ、Xは何だ?」
O教授は恐らくテーマを提出させた時点で、全学生のプロジェクトの領域についてリサーチを
行っているようだった。
自らのベンチャー・キャピタリストとしての経験・知識もある。
そこまでは知らないだろうと手を抜いたり、適当なことを言うと痛い目にあう。
各業界の動向、市場規模、コストの相場観、テクノロジーの動向等すべて踏まえた上で
突っ込んでくる。
私はアメリカ人の学生さえ、O教授の前に棒立ちとなる姿を目の当たりにした。
上に書いたNHKの番組以上の凄まじさである。
千本ノックというか、怒涛のラッシュでTKO寸前という感じである。
中にはどうしようもなくて抗議する学生もいたが、
"This is not personal."と君が嫌いだからじゃない、授業のために必要なことだと
フォローする場面もあった。
一方のC教授は基本的に発表者の努力と苦労を労うのが基本線である。
発表者が力を入れて準備したところ、一番言いたそうなところを見抜いて、
そのあたりを質問してうまく拾ってくれるという感じだった。
このO教授とC教授の「アメとムチ」のコンビネーションは名人芸だと思う。
見た目はC教授のほうが巨漢でスキンヘッドとはるかにおっかないのが余計おかしい。
本当に最もタフで最高に素晴らしい授業だった。
ここで得た自信と知識と出会いは何物にも代え難い。